●突撃牛に突撃
彼らはサーバントが陣取っている自然公園の中心、天使像がある場所までやって来た。普段は子供からお年寄りまで色々な人が利用しているこの公園も、今は立ち入り禁止になっており妙に静かに感じられる。
撃退士達は遠巻きに退治するべきサーバントを観察した。
あの巨大な雄牛はもう何時間もあの『慈愛の天使像』の前から離れようとせず、仁王立ちになって、時折警戒するように周囲をぐるっと回ったりしているのだった。
作戦はいたってシンプルで、囮を使い雄牛の気を引き、他の者が攻撃する。簡単に言えばそれだけだ。
「数の利は、こちらにある。華麗に翻弄して倒してしまおう。攻撃タイミングは計れよ?」
ポニーテールの凪澤 小紅(
ja0266)が努めて冷静に言った。
一人ややテンションが下がっている雷牙 剣(
ja0116)以外はそれぞれうなずく。雷牙は激しい戦いを好んでおり、それがこの依頼では期待できないと感じているのだ。
「しかし、何だってこんな所に居座るのだ?」
不思議そうに綾瀬 レン(
ja0243)がつぶやいた。凪澤も同様の疑問を口にする。
「主を亡くして、間違えているのだろうか?」
「だから近づく者には突撃を、か?」
話に加わったのはライアー・ハングマン(
jb2704)だ。半獣人の悪魔で、狼の耳と尻尾がある。
「赤い闘牛ねぇ……ま、近づかれなきゃ良いんだろ?」
そうだな、と凪澤も綾瀬も同意した。
「どっちにしろ、迷惑だから退場してもらわないと」
「ああ、仕事には変わりないな。報酬分の事はするさ。上乗せしてくれるのならば、もっと頑張るがね」
そんな中、雄牛を見て一人少々動揺している男がいた。
「えっと……何か、思ってやがったのより、デカい……で……ありやがるん、ですが……」
エドヴァルド・王(
jb4655)だ。若干冷や汗混じりの引きつった笑いを顔に貼り付けている。彼とペアを組み後方支援を行う予定の綾瀬が、彼を落ち着かせるように端正な顔に微笑みを浮かべた。
「よろしく頼む。最悪の場合は引き摺ってでも助けるよ」
「あ、いや、でも全然頑張りやがるですからっ!」
母親譲りらしいおかしな言葉遣いだが、彼の必死さは綾瀬にも伝わったようだ。
「一応、このライフルにはナイフがついてるから接近戦もできるが……アテにはするなよ?」
「だ、大丈夫でやがります! レンはレンの仕事に集中してくれやがってください!」
「分かった」
ぽん、と綾瀬はエドヴァルドの肩を叩いた。
皆は囮のランディ ハワード(
jb2615)とエドヴァルド、綾瀬を残して、まだ距離を保ちながら天使像を半円に囲むように移動していった。
「やっべえ、あいつの突撃ギリで避けたらぜってい気持ちいいよなあ……」
雷牙が羨ましそうに囮の二人を見ながら言うと、凪澤の視線とカチ合った。
「あん? 避けちゃダメ? それでも気持ちよさそうなんだけど……はいはい、準備しますよっと」
凪澤は何も言っていないが、その視線に込められた思いを勝手に想像して答えつつ、雷牙は光纏し、武器のトンファーを出した。
凪澤も光纏すると、全身がうっすらと赤く光る。そしてサーバントを逃さないために阻霊符を発動させた。
彼女達とは反対方向に行ったヴィンセント・ライザス(
jb1496)も自分の立ち位置を決め、チタンワイヤーを手にする。彼の近くにライアーもスタンバっていた。
「力というのもは往々にして知略の前に平伏すものだ。……さぁ、見せてくれよう」
ヴィンセントは眼鏡を押し上げ、不敵に笑いながら戦闘開始を待った。
ランディはエドヴァルドと並びながら、じっくりと雄牛を見ていた。
「ほう……これが突撃牛か。天使像を守るために前線に出て来たか。それとも、命令か? 主への忠義を尽くす、それもまた武人の誇りよ。武人として俺様は畜生たる貴様を褒め称えよう。しかし……職務だ。刃を抜いたからには……斬り捨てる!」
機械剣S-01の柄を握り光纏すると、淡く輝く刀身が現れた。そして不可視にしていた自身の翼を顕現させる。
「すまんな、使える手はどんな手でも使う。悪魔だから空を飛んでもよかろう。それでは対処してもらおうか……」
エドヴァルドも光纏すると、髪と瞳が紅く染まった。大剣フランベルジェを構え、雄牛の正面からじりじりと(少々ビビリつつではあるが)接近していった。
「く、来るなら来やがれ、です!」
ランディは堂々とした足取りでその隣を行く。
サーバントは近づいてくる二人を見ると、警告のつもりか、鼻息も荒く低い唸り声を上げた。
それでも二人は歩みを止めない。
雄牛の興奮が高まっていくのが分かる。近づくごとに、この牛の大きさが実感できた。毛並みは真っ赤で体躯はかなりガッシリしている。四肢も太い。角も鋭く突き出ており、刺されないよう気をつけなければならないだろう。などとエドヴァルドが考えていると、雄牛の警戒値が限界に達したのか、とうとう彼らに向かって突進してきた。
エドヴァルドの斜め後方で、綾瀬がアサルトライフルWD3を構えた。
「さあ、足を止めさせてもらうか?」
一発撃ち込み前足の付け根に当たったのだが、皮膚が硬いのか、大したダメージにはならず突進力も衰えなかった。
「ち、意外と硬い」
まともにぶつかる寸前でランディは飛び上がって回避し、エドヴァルドは『防壁陣』を使い、剣で真正面からそれを受けた。
「ぐあっ……!」
かなりの衝撃でいくらか後ろに押されたものの、踏み止まった。雄牛がさらに力任せに押し切ろうとする。
「……負けてたまるか、ですよっ」
エドヴァルドも意地でも引くものかと押し返す。
「おらあっ!!」
雷牙の声が聞こえたかと思うと、トンファーが雄牛の横っ面を殴りつけた。
雄牛の力が弱まった隙に、エドヴァルドは剣を横に流し牛の顔を蹴って跳びざま、斬り付けた。雄牛の首に傷を負わせる。
「お、俺だって何も考えねぇで受け止めてるだけじゃねぇ、です」
離れた所に着地し、荒い息をつきながら言った。
すでに雄牛の周りにはさっきまで射程外にいた仲間達が集まって来ている。
凪澤は最初からサーバントに反撃などさせないつもりで、自身の闘気を解放していた。そして相手を吹き飛ばさんばかりの強力な一撃を放つ。
『ヴモッ!』
命中した『薙ぎ払い』は、雄牛を動けなくさせた。
「これを逃す手はない」
ヴィンセントは魔法陣で自身を包み一瞬で雄牛まで移動、超スピードで蹴りつけた。
「尻が留守だ。……蹴るに限るな」
直後には再び元の位置におり、魔法陣は砕け散っていた。
雄牛の後ろからアサルトライフルAL54をぶっ放すライアー。
ランディも上空からウイングクロスボウに持ち替え攻撃し、雄牛の背に矢を突き立てた。
綾瀬が今度は雄牛の目を狙う。
「狙えるところは狙わせてもらおう」
額の真ん中の目を潰すことに成功した。
彼らの攻撃でサーバントの体には数々の傷ができたはずだが、あまり弱った様子ではない。
『ヴモオォ!』
「うるっせえんだよ!」
雷牙が再度トンファーを脳天に叩き込んだ。その一撃が効いたのか、雄牛が横様に倒れ込む。
「牛追い祭りかこりゃあ? ならもっと走り回れってんだよなあ」
雷牙が物足りなさそうに牛に近づいた瞬間、雄牛は唐突に起き上がり、その角で襲いかかった。
「!」
雷牙が多少気を抜いていたのは否定できない。そのために回避が遅れ、角は雷牙の脇腹を引っ掛けた。
「うぐッ!」
そのまま雄牛の頭が大きく振られる。雷牙は宙を舞い、地面に叩きつけられた。
「がッ……!」
「大丈夫か!?」
綾瀬が駆け寄ると、雷牙は脇腹から血を流していた。ここにいるのは危険だと判断した綾瀬は、雷牙を安全な所に退避させる。
その間に、ヴィンセントが充分に距離を取りヨルムンガルドを撃った。
雄牛はヴィンセントに反応するが、彼が天使像から離れすぎているため寄って行こうとはせず、むしろ像に当たらないようその銃弾を一身に受けているのだった。
しかし、雄牛はヴィンセントを攻撃しに行きたいが像を守るために動けないというジレンマに耐えられなくなって、
『ヴモオォオオー!!』
突然雄叫びを上げると、闇雲に像の周りを走り出した。
「とうとう精神に異常をきたしたか?」
ヴィンセント達は巻き込まれないよう像から離れ、様子を見る。
上空にいるランディがクロスボウで狙ってみるが、こう動き回られては上手く定まらない。
その時、エドヴァルドは牛が天使像に向かっていることに気付いた。怒りのあまり周りが見えなくなってしまったのか、額の目を潰されたため遠近感が狂ってしまったのかは判らないが、このままだと天使像に衝突してしまう。
エドヴァルドは考える間もなく、全力で天使像の前に立ちはだかった。『防壁陣』を発動し、雄牛の突進を受け止める。背中が像にぶち当たった。
「きっと、皆に親しまれてやがる像だと……思う、ですから……」
像と牛に挟まれ空気が肺から追い出される。
「かはッ……!」
像が揺れ、ピクリと自分の守るべき像に気付いた雄牛が、一瞬力を緩めた。
エドヴァルドの視界に赤い残像が見えた。『薙ぎ払い』を放とうとしている凪澤の姿だった。
「もう一度効けばいいがな!」
剣を振り下ろし力強い一撃が雄牛の胴に当たる。だが、今度は動きを止めるまでには至らなかった。
『ヴモーッ!!』
雄牛は彼女を踏みつぶそうと後ろ足で立ち上がった。そこに、霧のようなものを体に纏い周囲に同化したヴィンセントが接近していた。ワイヤーで牛の後足を絡め取り、転倒させる。
『グモゥ!』
「すまない」
凪澤は一旦雄牛から距離を置いた。
「簡単な理だ。質量がでかい物は確かに攻撃の威力も高いが……こうやって下を薙げば、簡単にバランスを崩す」
ヴィンセントは説明的にそう言うと、さっと気配を消しながら後退した。
牛はすぐ起き上がり、誰を攻撃するべきか迷うようにぐるりと首を回す。
「前や横ばっかり見てると危ないぜよー?」
ククク、と笑いながらライアーがライフルを撃ち、綾瀬の攻撃もそれに加わった。
ライアーはちくちくと援護を繰り返しながら敵のダメージを見つつ、大技を繰り出すタイミングを計っていた。
雄牛がライアーに振り向き突撃するかと思われたが、エドヴァルドが彼の前に出た。
「お前の相手はこっちだ、ですよ!」
エドヴァルトが突っ込んでいくと雄牛も闘牛さながらに、土煙を上げるほどの勢いで突撃して来る。
綾瀬が最初と同じように援護射撃をし、弾は雄牛の足の肉をえぐった。けれども興奮状態の牛はそれを全く気にしていない。
エドヴァルドは今度も『防壁陣』を使い武器で受けるつもりで目の前に突き出すと、雄牛は剣を弾くように角を使ってきた。それに気を取られ、エドヴァルドは雄牛の体当たりを食らってしまった。
「うあッ!」
後ろに飛ばされ、転がりながらも立ち上がった。ぶつかると同時に自らも後ろに跳躍し勢いを殺したので、ダメージはそれほどでもない。
雄牛の方は今までの攻撃がやっと効いてきたのか、立ってはいたが苦しそうに呼吸をし、動きも鈍ってきた。体中の傷から出血もしているようだ。赤い毛並みで目立たなかったのだ。
「ライアー! ヴィンセント! チャンスをくれてやる! 最悪、俺様ごと自慢の技で吹き飛ばしてみせろ!」
再び機械剣に持ち替えたランディが、上空から雄牛めがけて降下してきた。
ランディの意図を察したライアーはヴィンセントにアイコンタクトを送り、集中した。
「さぁ、派手にいこうか……!」
「皆気を付けろ!」
ヴィンセントの声が皆に注意を促し、皆はライアーの射線を塞がないよう離れる。
ランディが体重と降下の勢いを乗せた強烈な一撃を、サーバントの頭部にお見舞いした。
「いけ! 自慢の技の威力を見せてみろ! 魔に属するその威力を!」
そしてすぐさま退避する。
「イッツァ・ショータイム! 威力は見てのお楽しみ、ってなぁ!!」
楽しげな笑みを口元に浮かべたライアーは、無数の三日月型の刃をありったけ雄牛にぶち込んだ。
その攻撃に乗じて、ヴィンセントは指を鳴らす。魔法陣が雄牛を囲んだ。中には重力の歪みが二つ発生しており、ライアーの『クレセントサイス』で切り刻まれた雄牛の体は、さらに引き裂かれんばかりに引っ張られた。
「いかに天魔といえども、重力には逆らえまい?」
『ヴモモオォーッ!!』
魔法陣が消えると、前のめりに倒れるサーバント。地面が雄牛の血で濡れていく。それでも雄牛はまだ立ち上がろうとしていた。
皆はその姿を固唾を呑んで見守る。
雄牛は何かを訴えるかのように天使像を見上げ、ヨロヨロと体を起こそうとするが……、やがて力尽き、もう立ち上がることはなかった。
●守られた天使像
たまたま天使がこの公園に来て、たまたまこの天使像を見つけ、たまたま気晴らしで命令されただけだった。結局雄牛の主はそんな命令のことなどとっくに忘れており、『もう像を守らなくてもいい』という次の命令を下すはずも当然ない。牛は何も知らず、疑問すら感じることなく、ただ命令のままに、全力で使命を全うしたのだった。
「武人としては戦えたことを誇りと思うぞ。名誉ある戦いだった。今は眠れ。いつかまた楽しい闘争にてお前と出会えることを願う」
ランディはサーバントを見下ろしながら、厳粛に言った。
その傍らでは、天使像を念入りに調べている凪澤が、首をひねっていた。あれだけ必死に雄牛が守っていたのだから何か秘密でもあるのかと思ったのだが、見た限りごく普通のブロンズ像だった。
「ふむ、天使像に何かあるって訳でもねぇナ」
天使像の後ろ側を調べていたライアーが正面に戻って来た。
「はぐれた個体か……? これが主人にでも似てたんかねぇ」
像を見つめてから、少し悲しげな視線を牛に向け、
「まったく、健気なこった」
静かに黙祷した。
負傷した雷牙は、病院へと向かった。そこまで深手ではなかったのと自分のプライドが許さなかったのか、自力で行った。
エドヴァルドも何度か雄牛の突撃を食らったが、打ち身と多少の擦り傷で済んだ。
「全く、いきなり牛の前に飛び出すとは無謀だぞ? 援護が間に合わない」
軽くエドヴァルドをたしなめる綾瀬。
「いや、自分も必死でありやがりましたから……申し訳ねぇです」
決まり悪そうに笑いながら、エドヴァルドは痛む胸をさすった。
「ま、ともかく二人共大きな怪我でなくて良かったよ」
さて、と綾瀬は皆の方を見た。
「一仕事終わり……どうする? なんなら皆でお茶でも行くか? 奢らないけど」
「悪くないな」
彼の提案に凪澤が乗ると、全員で町に繰り出した。
そしてこれからも『慈愛の天使像』は公園の中心で、憩いに来る人々を優しげに迎えるのだった。