●山本とゴリラ
4人が駅前広場に到着すると、他人のネタをパクり続けている山本がくじけないよう、滝田が声をかけているところだった。
「待たせたな、助けに来たぞ!」
麻生 遊夜(
ja1838)が背に赤く『深夜会』と刺繍されたコートを翻しながら現れる。
「来てくれたか、はよヤマを助けたってくれ! もうアイツの芸人魂は限界やねん! ――て、あんたらは」
滝田は麻生の後ろにいる来崎 麻夜(
jb0905)とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)をよく見た。三人とも黒ずくめの装備で、三人ひと組みたいな印象だ。彼らには世話になったことがある。
「あんたらまた助けに来てくれたんか、すまんなあ!」
「……ん、誰?」
とヒビキは首をかしげる。
「んー、どこかで見た気がする」
来崎も記憶を探るように、人差し指を顎に当てた。そういえば、前にも大阪弁の人間に相棒を助けてくれと頼まれたことがあったような。
「この喋り方で二人組……前に廃校で会った……?」
「そうそう、その時や!」
「ん、前に喧嘩してた人」
ヒビキも思い出し、こくりとうなずく。来崎とヒビキ、麻生は以前山本が女ヴァニタスにさらわれた時、依頼に応じてくれたのだ。
「コンビ名は……聞いてなかったけど」
「『ときめき40』聞き覚えがない」
「あの時はそれどころやなかったからな」
「あれから仲良くやってるんだな、いいことだ」
とかいう麻生達と滝田の話を聞きながら、今までディアボロを観察していたミハイル・エッカート(
jb0544)が口を開いた。
「アレはお笑いを理解するゴリラなのか?」
「いや、そーいう訳やないと思うけど、何やヤマの動きが気に入ったみたいやねん」
「俺にはあの動きの何が面白いのか分からんが」
「うっ。その言葉は芸人にとって地味に傷つくわ……」
滝田の心に50ポイントのダメージ。
ダークスーツにサングラスという外見同様、ミハイルは笑いの感性もクールらしい。
「とにかく山本さんを助けるのが先決だな」
麻生が切り出すと、ミハイルも簡単に作戦を説明する。
「いいか。俺があのゴリラの注意を引くから、滝田は山本を安全な場所まで連れて行ってくれ」
「分かった」
ミハイルはゴリラに近づいて行った。
山本はもうネタ切れらしく、だんだんゴリラの反応が薄くなってきているようだ。山本の目がチラとミハイルの方を見た。おそらくこっちの意図を察してくれるだろう。
来崎は『Shadow Stalker』を使い暗闇を纏い、周囲に溶け込み『潜行』する。
他の者もゴリラの注意がミハイルに向いたら、すぐ飛び出せる位置に着いた。
ミハイルは『ニンジャヒーロー』を発動させた。
「おい、ゴリラ! 俺の芸を見ろ!!」
ゴリラがその声に振り向いた。
ミハイルは両手を前に出して、親指が離れたりくっついたりしているように見せる。
「不思議な指だろ、ほら、すごいだろ!」
ぼーっとした顔でそれを見ているゴリラ。反応がイマイチ分からない。が、ミハイルは続けてハンカチを取り出した。
「実はこのハンカチ、生きているんだぜ!」
ハンカチを手の動きに合わせて、見えない糸で引っ張られているかのように器用に操ってみせる。
と、急にゴリラがミハイルに一足飛びで迫り、張り手をぶちかました!
「ぐわっ!!」
手品の途中だったミハイルは突然のゴリラの動きに対処できず、まともにゴリラにバーーン!! と喰らって吹っ飛んでしまう。
「今だ!」
ミハイルの芸はゴリラのお気に召さなかったようだが、どんな形にせよゴリラが山本から離れたので、麻生が合図を出した。皆が飛び出し、山本とゴリラの間に入る。
滝田は山本に駆け寄った。
「ヤマ大丈夫か、仲間が来てくれたで!」
膝を付き力尽きた山本に肩を貸し、その場から離れる。
麻生がすれ違いざま、
「芸人としての信念を曲げてまでの足止め、よくやったぞ! あとは任せろ! 今はゆっくり休むんだ」
ほろりとしながら山本の心意気を称えてやる。山本は憔悴した様子ながらも、にやりと笑うのだった。
そして滝田と山本は現場から離れて行った。
さて、ここからが本番だ。
●ゴリラとウ○コと
ミハイルを張り飛ばしたゴリラは、凶暴そうに牙を剥き威嚇してくる。
『ウゥ〜、ガアァッ!!』
「俺とも遊んでくれよ」
麻生は愛銃インフィニティを両手に構え、来崎とヒビキが死角に回り込めるよう、威嚇射撃で気を引く。
顔を狙われたゴリラは嫌がり、麻生にパンチを打ってきた。
「そうそう、こっちだこっち」
麻生は余裕でパンチをかわし、足に照準を合わせる。
「耐久自慢っぽいな? じゃ少し腐って行ってくれや」
放たれた弾は『腐爛の懲罰』。
ゴリラの足に当たると同時に、花の蕾のような模様が表れた。その蕾の開き具合が、『腐敗』の度合いを示しているのだ。
死角に入った来崎の周囲に羽が集まり、一気に霧散した。『Night Blindness』だ。
「さぁさ、光に嫌われようねー」
クスクスと笑う来崎に応えるがごとく、散り散りになった羽がゴリラの顔にまとわりつく。羽はゴリラの耳に入り目を塞ぎ、『認識障害』にさせることに成功した。
ゴリラは顔に付いた羽を取ろうと必死になっており、隙だらけだ。
「……隙あり、油断は禁物」
ヒビキはゼルクを装備し、背後から思い切り『薙ぎ払い』をお見舞いしてやった。
『ゴホォッ!!』
ゴリラに激しい一撃を与えるも、『スタン』させられなかったと察したヒビキはすぐさま次の行動に移る。
ゼルクをゴリラの首に絡め、背中に足を突っ張って絞め上げる。ここならばゴリラの手が届かない。
「骨格の限界……ディアボロでも、それは同じ」
「いいぞ、もう少しそのままだ!」
ミハイルが『毒手』攻撃をしようとゴリラに迫る。
ゴリラもさすがに危険を感じ、首を絞めているヒビキをどうにかしようと考えたらしい。さっき山本がネタをしていた大きな木に背中から向かって行く。
「圧し潰す気? やられない」
ヒビキは即座にゴリラの背中から飛び退き離れ、ゴリラはただ自分の背中を打ち付けただけになった。
ゴリラはヒビキに敵意丸出しで、今まで何も持っていなかったはずなのに何かを投げつけてきた。
「!?」
意表を突かれたヒビキは『それ』を頭に受ける。
べちゃ。
むわぁ〜ん。(←匂い)
それはウ○コだった。
「なッ……なんということだッ!! 見た目はゴリラそのもの、行動も似たようなものと言うことか! 牙をむいたり、ドラミングやハンドスラップ、落ちてる物を投げ、つばを吐くこともあると聞く! 物を投げる……手近な物、つまりウ○コ的なものを投げてくる可能性が充分にあったということだ!」
麻生が声を上げる。大事な娘にウ○コが直撃というショックのあまり、うんちくを語りたいのか衝撃を伝えたいのかよく分からない。
「そういえばゴリラは投げてくるんだったね、動画とかで見たことあるや……」
「これはさすがに可哀想だな……」
来崎とミハイルも気の毒そうな目でヒビキを見ている。
「威嚇行動として有名だ……させん、させるわけにはいかんぞ! 可愛い可愛い娘たちをこれ以上○ンコ的被害に遭わせるなどおとーさんは許しませんよ!? 全て俺が防いでみせよう……例えウン○的なものに塗れたとしても!」
キリリと通常より二割増のオットコ前な顔をして、麻生はヒビキと来崎の前に出た。
ゴリラは取り乱している麻生らを見てニヤついている。それがまた憎たらしい。
「………」
ぷち。
『朦朧』は免れたけども今まで言葉もなく俯いていたヒビキの中で、何かが切れた。
「……考えうる限り、最悪の事態」
そして最大の屈辱。
『鬼降し』を発動した。
角が生え金色の瞳になり顔には紅い戦化粧が現れる。まさにヒビキの今の心境が具現化されたと言ってもいいだろう。
さらに手にはギガントチェーンを持ち、ゴリラに特攻した。
ゴリラも吠えながら迎え打つ。
ヒビキは躊躇なく『荒死』を使う。
「……もはや、言うことなんて、ない……潰れろ」
凍えそうな殺意を宿した目で、ヒビキが刺の付いた鉄球を振り下ろした。一撃、二撃とゴリラの顔や腕を抉ったが、敵もさるもの、三撃目は鎖部分を拳で弾かれ威力が半減、四撃目はかわされてしまった。
「くっ」
ゴリラを潰すまでには至らず、『荒死』直後のヒビキは行動不能。ゴリラの格好の的になってしまう。
ゴリラは嬉々として腕を振り上げた。
「やらせないと言ったはずだ!」
「これ以上ヒビキに手を出させないよ」
麻生が『絶望の拒絶者』を撃った。赤い弾丸がゴリラの腕に当たり、さらに来崎もサタナキアLB63を撃って攻撃を邪魔する。
「今度は避けられんだろう」
ミハイルがゴリラの懐に入り、『毒手』の腕で手刀突きを入れた。ゴリラの頬を切り裂いて『毒』を与える。
すぐさま離れると、ゴリラはまたウ○コを投げてきた。
「二人共危ない!」
「やーん! 汚いー!」
「もう絶対に当たらない」
来崎とヒビキは麻生の後ろに隠れる。
ミハイルは『シールド』でカルキノスの盾を出す。
ぐちゃりと盾に響く嫌な音。
「ああ、くそっ! この盾、高級品だぞ!?」
なんだかものすごく負けた気になる。
「動いちゃだーめ♪」
ウ○コを投げながら動き回られると色んな意味で迷惑だと感じた来崎が、ゴリラに幻影を見せる。怪しく笑う来崎の長い髪が自在に動き、ゴリラの四肢の自由を奪うという幻影を。
『忍法〈髪芝居〉』は成功し、ゴリラを『束縛』した。
「ボクの髪はそう簡単には解けないよー?」
その間に麻生がゴリラの側まで接近していた。さっき『腐敗』にさせ蕾が開いた足に、銃口を向ける。
『愚か者の矜持』の赤黒いアウルが腐敗した足を撃ち抜いた。
「どうよ、結構効くだろう?」
片足が使い物にならなくなったゴリラに麻生はニヤリと笑う。
しかしゴリラは完全に動けなくなった訳ではない。
『束縛』から回復すると、手を使い跳ねるように移動して、麻生にパンチを繰り出した。しかもウ○コを触った手で。
「がっ!」
麻生は数m後退させられる。肉体的なダメージに加え、精神的にもキツイものがある。
「先輩!」
「ユーヤ……!!」
来崎とヒビキがゴリラに向かって行こうとすると、ゴリラはまたウ○コを投げるような素振りを見せた。
「させるか!!」
ミハイルは『Gun Bash』で盾をアサルトライフルに変形させ、銃身を持って勢い良く振り抜いた! 銃床がゴリラのみぞおちに食い込むようにヒットする。
「ウ○コは尻の中へ帰れ!」
見事ウ○コ投げを阻止!
ヒビキもブレイクアームドリルに持ち替えて背後から接敵した。
怒りを込めた『烈風突』を、ゴリラの尻にねじ込む。
「……これは貴方が悪い、こんなこと、したくなかった」
ゴリラの尻に攻撃など、もう泣きたいやら悔しいやら。帰ったら武器を必ずメンテに出そうとヒビキは決意した。
ゴリラは衝撃で弾き飛ばされる。だいぶ弱ってきたようだ。
それでも起き上がったゴリラは叫びながら、両手でウ○コを大量に投げつけてきた!
『ウガーーッ!!!』
皆が一番嫌がる攻撃だと学習したのだろう。
「うわッ!!」
「きゃあ、先輩ー!」
「最悪」
麻生が、飛んで来るウ○コに片っ端から『絶望の拒絶者』を交えた射撃で来崎とヒビキを庇う。
「俺が壁になる! ミハイルさんも壁になるのだ!!」
「馬鹿言うな、こっちも手一杯だ! 格好良いところは任せる!」
ミハイルも『シールド』を駆使しながら直で当たるのだけは避ける。
来崎の頭に滝田と山本を盾にしようかと外道の極みのような考えが一瞬浮かんだが、それは麻生の声で実行されなかった。
「『絶望の拒絶者』が切れた!」
「先輩!」
来崎は『ナイトミスト』の闇で麻生の身を包み回避能力を上げ、ウ○コを回避させる。
「麻夜、助かった」
「だって先輩にも当たって欲しくないし」
助け合うのが家族でしょ? 来崎の瞳がそう言っているように見えて、麻生は嬉しさを感じるのだった。
「このままでは埒があかない。俺が引き付けるから、止めを!」
ミハイルはそう言って、麻生達から離れた所でゴリラに叫ぶ。
「ゴリラ、こっちを見ろ!!」
『ニンジャヒーロー』で『注目』させる。
ウ○コ投げがミハイルに集中したのを見計らい、
「よし、行くぞ!」
麻生が飛び出した。
来崎が銃撃で、ヒビキがスリングショットP3でそれをフォローする。
振り上げられたゴリラの腕を来崎の銃弾が撃ち抜き、ゴリラの眼前に接近した麻生は、インフィニティの銃口を敵の眉間に押し付けた。
「さようならだ、良い旅を」
麻生は引き金を引いた。
『愚か者の矜持』が放たれ――、ゴリラはようやく倒れたのだった。
●ストリートライブはシャワーの後で
ゴリラを倒したはいいが、辺り一面ウ○コまみれだ。戦闘中はあまり気になっていなかったけれども、終わってみれば匂いもすごい。
「皆、ようやってくれた! 広場はえらいことになっとるけど……」
どこにいたのか、滝田と山本がやって来た。
「来てくれてありがとな。ホントに助かった」
山本もどうにか精神的ダメージから立ち直ったようだ。
「それはいいが、あー、蟹座の星図がウ○コだらけだ。このままヒヒイロカネに収納したくないな」
ミハイルが盾を見て嘆く。仕立ての良さそうな高級スーツのズボンも、ウ○コの飛び散りで汚れていた。
「今すぐお風呂に入りたい……」
ヒビキの切実な訴え。
「近くにビジネスホテルがある。そこでシャワーを借りられるんじゃないか?」
山本が提案すると、滝田も
「せやな、せっかくやから風呂終わったら俺らのライブ見てってくれや!」
ということで、麻生達が身を綺麗にして駅前に戻ってみると、地面には水が撒かれ一応ウ○コの痕跡はなかったが、ほんのり香っていることだけは否めない。
そのせいか『ときめき40』に立ち止まる客は少なめだったが、滝田と山本はネタを始めた。
「お前は動物で何が一番強いと思う?」
「それはもちろんゴリラやろ!」
「出た、ゴリラ最強説」
「ゴリラはウ○コ投げて来ますからね!」
今しがたの経験が早速ネタになっている。
「ウ○コがこう来たらもう敵わへんやろ!?」
「それはゴリラが強いんじゃなくてウ○コが強いんだろ!?」
ドゴーン! 豪快なツッコミが炸裂。
「ひでぶ!」
笑う客達の後ろで、4人は見ていた。
「あははー、そこそこ面白いね、先輩♪」
「微妙」
来崎とヒビキは麻生の両側から腕を組んでとても仲が良さそうだ。
「そういえば見るのは初めてだな」
「ん? 今のはどこが笑いどころだったんだ?」
決してイヤミではなく、純粋なミハイルの質問。
「……説明しにくいな」
ミハイルが彼らの笑いを理解するには、まだしばらく時間がかかりそうだ。
それでもいつか、皆が笑える世の中になればいい。
そんな願いと共に、麻生は心の中で『ときめき40』にエールを送った。