●合宿開始
撃退士達がキャンプ場に到着すると、顧問の大友先生が笑顔で彼らを出迎えた。
「撃退士の皆さんですか! 今回は依頼を受けていただきありがとうございます! 私は保護者兼顧問の大友と申します」
「「お世話になります!」」
広士達三人がそろって挨拶する。
一人ずつ名乗ると、撃退士側でも金髪の青年吉宗 至(
jb7439)がじゃあ、と口を開いた。
「俺達も自己紹介しましょうか。俺は吉宗至です。兄さんの遺志を継げるような立派な撃退士になるのが夢です。五日間、よろしくお願いします」
軽く会釈する物腰は丁寧な感じが漂う。
次は子供のように小柄だが実は成人している年齢の鴉乃宮 歌音(
ja0427)。今日は男性率が高いので、袖がふんわりしたTシャツに七分丈のデニムパンツというあえて若干女の子っぽい服装で来た。
「鴉乃宮歌音だ。今回は食事やその他サポート全般を担当させてもらう。私が責任持って管理するから、存分に鍛錬に励んできなさい」
格好だけでなくそれ以外の場面でも女子力を発揮するつもりだ。
「次は俺でいいかな? 美森仁也です。精一杯協力させてもらうよ」
美森 仁也(
jb2552)は爽やかに微笑む。
広士は美森と面識があるので、今日の依頼にも来てくれて素直に嬉しかった。
「あ〜、恒河沙那由汰だ」
恒河沙 那由汰(
jb6459)は無愛想にそれしか言わない。ヤンキー風の外見もあり、優人はともかく部長や先生の表情が少し強ばった。
恒河沙的に今回は
(……こんな機会滅多にねぇし、少しは師匠っぽいことでもしてやるか……)
という思いで、一応やる気はあるのだが。
慌てて広士がフォローを入れる。
「この人は俺が目標にしてる師匠です! こう見えて実はツンデレの良い人なんですよ!」
思わず優人が笑いを噛み殺し、部長と先生の表情が緩んだ。
「おい、おめぇ……!」
恒河沙が反論しかけたが、場が和んだらしいのを見て口をつぐむ。
『実はツンデレ』発言にクスクス笑いながら、木嶋香里(
jb7748)も名乗る。
「木嶋香里です。素敵な経験と思い出にしましょうね♪」
すらりと姿勢よく立つ木嶋を見て、部長は心の隅で『来て良かった』と思うのだった。
「最後は私ですね。北條茉祐子です。一緒に練習頑張りましょう」
北條 茉祐子(
jb9584)はぺこりとお辞儀して締めくくった。
先生の諸注意を聞いて撃退士達に部員が任されると、早速練習開始だ。
●練習一日目
担当は吉宗である。
「初日ということで、三人の能力測定をしましょう。やり過ぎも体を壊すだけですからね」
「「はい!」」
「まずは50m走から、反復横跳び、腹筋、腕立て伏せなど、学校でも行われるスポーツテストを交えた基礎的なトレーニングを行います」
50m走は道路を使い、タイムを計る。
広士と優人は大体平均値で、部長は二人より少し早い。
次の反復横跳びは、広士が一番回数が多かった。
腹筋では美森や恒河沙も手伝いに加わり足を押さえてやり、吉宗の合図とともに腹筋していく。
「――55――56――」
「うー、もう駄目だー!」
広士が最初に潰れ、すぐに優人も限界に。部長は100回まで頑張った。
腕立て伏せも広士は50回行かずにへばってしまう。
練習の合間に、一人施設の位置確認や設備、用具の確認をしていた鴉乃宮が、スポーツドリンクを作って差し入れてくれたりした。
一通りの種目が終わり、記録した結果から三人の能力を分析する吉宗。
「広士さんは足の力が強めで持久力もありそうですね。反面、腕の力は弱めです。優人さんは概ね平均的かな。部長さんは全般的に平均以上の能力がありますね」
広士達は自分の能力を改めて知ることができた。
「後で結果をまとめて皆さんに渡しますので、明日からの参考に使ってください」
仲間達に告げ、吉宗はさて、と広士らに向き直る。
「今日はこのへんで練習を切り上げて、夕食の買い出しに行きましょう」
「やった!」
シャワーを済ませ普段着に着替えて、大友先生に車を出してもらい地元のスーパーへ行った。
鴉乃宮は海産物コーナーを吟味する。
「海が近いだけあって海産物が豊富で安い。今日はシーフードカレーにしよう」
自然鴉乃宮が仕切るように買い出しを終え、キャンプ場に戻り調理だ。
「俺らも手伝います!」
「やりたいなら止めないが、レシピは把握するといい。これだ」
部員達が申し出ると、鴉乃宮はさっとポケットからレシピの紙を取り出し優人に渡す。
「切り方はどうにでもなるが味付けの分量は間違えると死ぬから私がやろう。怪我はするなよ。それで鍛錬が終わったら来た意味がない」
「解りました!」
そんなこんなで食材の切り方がバラバラな、だが味付けは完璧なシーフードカレーが出来上がった。
先生も呼んで、美味しい夕食を堪能したのだった。
夕食の片付けを終えた広士達は、初日という緊張と疲れもあってか早々に寝てしまった。
こうして合宿初日は終了した。
●二日目
鴉乃宮が皆より早く起きて朝食の準備をしてくれていたので、広士達は目玉焼きにウィンナー、味噌汁とご飯という定番な朝食を摂ることができた。
8時からは朝練である。
担当は北條だ。
準備運動をしてから、北條は広士達を海岸まで1.5km、走らせた。
人気のない砂浜まで来ると、北條は仲間に持ってもらっていた大きめのバケツ10個と何個かのテニスボールを設置していく。
5個のバケツにテニスボールを入れ等間隔に置いた列が一つ。3mほど離れた隣に、空のバケツを位置をずらして置いた列が一つ。
ボール入りバケツからボールを取り空のバケツへ入れ、またボール入りバケツへとジグザグに走って行くという訓練だ。
「ボールは投げ入れてはいけません。これは私が考えた、敏捷性と正確性を向上するための訓練なんです。タイムを計りますね」
大人しそうな印象とは裏腹に、北條の特訓は甘くなかった。
「もう一本行きましょう!」
手を叩き三人を立たせる。
「足と腰にクルな!」
「中々タイム縮まらないな〜」
とか言いながらも一生懸命励んでいる部員達を、吉宗は遠い目で見ていた。
「修行っぽくなってきましたね。昔は俺も姉さんに地獄を見せられたもんです……」
そして吉宗も、広士達と一緒に同じメニューを(回数は多いが)こなしたのだった。
朝練を終えバンガローに戻ると、鴉乃宮が既に昼食の用意を整えていた。
鴉乃宮は彼らが海岸へ行っている間に各バンガローの掃除、洗濯まで済ませており、さらに練習に行く際は水もしっかり持たせるという万全のサポートを行っていた。
「なんか至れり尽せりだな〜」
優人が感動して言うと、鴉乃宮は真面目な顔で、
「戦は用意周到な準備と手厚い支援によって成り立つ。兵站支援を途切れさせないことが士気の高揚に繋がる。これは私の鍛錬になる。まあ何度もやってるから慣れてるけどね」
「おかげですごく助かります!」
広士も感謝しながら栄養バランスの良い昼食を平らげた。
昼の練習は木嶋が指導する。
ストレッチで体をほぐしてから本格的に始める。
「まずは受身や受け流すことを体感する練習をします」
木嶋が動きの説明をしながら、実際にやってみせたり、部員達にもやらせたりして体感させる。
休憩を挟んだ後、組手の練習へ。
「合気道は相手の力を利用していく武道ですから、感覚を掴むことを意識して動いてくださいね♪」
「「はい!」」
いつもの部活以上に真剣に三人は取り組んだ。
今日の夕食は北條が中心になって調理する。
献立は唐揚げと筑前煮、ポテトサラダだ。
「優人さん、他の部員さん……特に部長さんのフォローをお願いします」
「了解です! 部長、料理は俺の言う通りにやってくださいよ?」
という訳で、若干形の悪い食材の筑前煮だったり、大きさのまちまちな唐揚げが並んだ。
それでも味は抜群で、広士達は充分満足したのだった。
●三日目
朝練担当の美森は部員に水着を持たせて、昨日同様海岸まで移動させる。
「がっかりさせることになるかもしれないけど。やっぱりそのまま教えるのは難しいかな? 吉田君達は合気道部、つまり徒手空拳で戦う技能だろ? 俺達撃退士は、基本武器を持って戦うからね。だから俺は基礎体力を鍛える訓練をするよ。何事も基本の積み重ねが大事だと思うし」
美森が方針を説明すると、広士は少しも不満な顔をせずに言った。
「がっかりなんてとんでもないです! 俺達どんなことでもやります!」
「まずは砂浜の往復を数セットから。砂は足が取られるから、体のバランス感覚や足腰を鍛えるのには適しているんだよ。休憩後、遠泳するよ。水泳は全身運動になるからいいんだ」
「「はい!」」
遠泳では、部長と広士は泳げるがあまり得意ではないということで1km、優人は比較的得意らしいので3km泳ぐことになった。
「無理しないでね。溺れてからじゃ遅いから」
美森はレンタルボートで泳いでいる彼らに付き添い、無事全員が泳ぎきるのを見届けたのだった。
水泳でぐったり気味になりながら広士達が鴉乃宮の昼食を終えると、今度は昼練だ。
恒河沙が担当する。
「今日は約束稽古じゃねぇ、実践的な組手をする。取りあえず本気で倒すつもりで三人まとめてかかってこい」
ためらいながらも三人が打ちかかっていくと、恒河沙は見事な体捌きで広士らの攻撃をかわした。
「すげえ……」
部長が思わずつぶやく。実は恒河沙は武道と呼ばれるものは一通り達人レベルだったりする。
恒河沙は組手をしながら初心者の広士と優人に効果的な体捌きを教え、部長にはより難しい技の組み合わせを教える。そして何度も組手をして相手の動きを読むことや、自分の動き方を体に覚え込ませるようにした。
途中、熱中症対策に『ダイヤモンドダスト』を使い広士達を涼ませるなど気遣いも忘れない。まさにツンデレクオリティ。
夕食は木嶋がメニューを考え買い出しした。
「優人さんと部長さんには海鮮サラダとお味噌汁をお願いしますね。広士さんは私と一緒に鶏肉の炙りとお刺身を作りましょう♪」
全員にレシピを配り、優人達の出来を見ながら、豪華な和食コースのような夕食が完成した。
夜、外で美森が毎日の電話を愛妻に入れている時、恒河沙達のバンガローに広士と優人が遊びに来た。
「師匠〜、皆でトランプでもして遊びましょう!」
「あぁ」
恒河沙は読んでいた本を脇に置き、付き合ってやることにする。
それから、以前絡んできた不良はもう広士に見向きもしないことや、級友の小島も好きなゲームの話で気の合う友達を見つけたようだとかいう広士の話を黙って聞いていた。
●四日目
今日は朝から山登り。
と言っても当然レジャーではなく、美森の指示した通り、部員達は10Lの水の入ったポリタンクを背負っての登山だ。
「ボランティア活動することもあるだろうし、経験しておくといいと思う。辛くなったらすぐ言ってね。荷物持つから」
美森も管理者からもらっておいた簡易地図でルートを確認しながら歩く。
途中優人は一旦荷物を美森に預けたのだが、広士がくじけず歩いてるのを見て再び背負い、見晴らしの良いゴールまで到着したのだった。
「あ〜、結構キツイな〜!」
「つ、疲れた……!」
「お疲れ様。でもまだ下りもあるから頑張って」
美森は三人の様子を見ながら水の量を調整する。
広士達に付き合う形で倍の荷物を持って登っていた吉宗は、開けた景色を見渡していた。
「兄さんの色、綺麗ですね」
敬愛していた兄に思いを馳せ、広がる海と青空をうっとりと眺めた。
午後からは木嶋の組手の練習だ。
「今までの練習を思い出して動いてください!」
上手くできた時にはちゃんと褒めてやる。
「今の動き、いいですよ。上達してます!」
「ホントですか! よっしゃ!」
これが自信となりやる気に繋がれば、更に上達できるはずだ。
夕食は鴉乃宮が腕をふるい、パエリアを作った。他にもお好み焼きや焼きそばなどを振る舞い、皆お腹も心も一杯の夕食となった。
●最終日
海で遊ぼう!
ということで。
「やっと海で遊べるな〜!」
「目の前なのに特訓だったもんな」
更衣室で水着に着替えてきた広士達が他のメンバーを待っていると、背後から女子の声が。
「そこは精神修養だったと思いましょう」
「でもたまには楽しい思い出を作ることも大切ですよ♪」
振り向いた先に、可愛いタンキニ水着の北條と、ビキニ姿の麗しい木嶋がいた。
「……いい!」
小声で部長が言うのが聞こえた。
広士と優人は今初めて海の魅力に気づいたかのように、顔を真っ赤にしている。
「さあ行きましょう!」
木嶋は広士の手を取って波打ち際の方へ引っ張って行った。
皆で遊んでいる最中、広士の目にサーフィンをしている恒河沙の姿が飛び込んできた。
プロ並みに波を乗りこなしている。
「師匠すげーッ!!」
「あの人何やってもかっけぇな〜」
広士は大はしゃぎで恒河沙に駆け寄る。
「おめぇもやってみるか?」
「はい、ぜひ!」
恒河沙は自分のボードに広士を乗せ、基本から教えてやるのだった。
昼を過ぎるとBBQができる場所で鴉乃宮と吉宗が用意してくれていた。
「うわー、美味そう!」
「鴉乃宮さん、何でも作れるんですねー!」
程よく焼けた肉のいい匂いが、広士達の食欲を直撃する。
「遠慮せず食べるといい」
「食事も立派なトレーニングの一環ですよ。何より食べなければ餓えます」
真顔で吉宗が言う。何か妙な説得力があった。
美森や木嶋はビールやノンアルコールカクテルなどを皆に提供し、
「「かんぱーい!」」
皆で大いに美味しい料理を食べ、飲んで、あっという間に楽しい時間は過ぎていった。
帰る時間が迫り帰り支度をしていると、大友先生が部員達を呼びに来た。
「名残惜しいかもしれないがそろそろ帰る時間だぞ」
「よし、それじゃお前ら並べ」
部長が広士と優人を自分の隣に並ばせる。
「この5日間、とても勉強になりました!」
と部長。
「俺、最初は不安だったけど参加して良かったです。皆さんのおかげで少し自信が持てた気がします」
と優人。
最後は広士だ。
「師匠や皆さんに指導してもらえて嬉しかったです。毎日ご飯も美味しくて、皆さんと過ごせて本当に楽しかったです!」
それから三人一緒に
「「ありがとうございました!」」
きっちり90度体を折り曲げた礼をする。
撃退士達も嬉しそうに皆微笑んでいた。
「最後に全員で記念写真とか撮ってみたらどうだ? ま……いらねぇならいいんだがな……」
恒河沙のぶっきらぼうな提案に、広士が顔を輝かせる。
「撮りたいです! 撮りましょう!」
「じゃ先生のデジカメで撮ってやる。撃退士の皆さんも並んでください」
海を背景に先生の言うように身を寄せ合い――
――パチリ。
後にデータが恒河沙の携帯に送られたこの一枚は、広士の大切な思い出の一つとして記憶に刻まれたのだった。