●マスク隊参上
福永の畑の前にやって来た彼らの姿は、異様だった。
「攻撃後すぐに逃げるとか、行動不能系のバッドステータスにさせればむせずに済むかな……?」
花粉用マスクをした龍崎海(
ja0565)が顔をしかめつつむせ花粉の対処を考えている。極端に痛いとか苦しいとかいうダメージではないが、むせずに済むならむせたくない。
「う〜ん、コイツらはいても特に害は無いような……」
佐藤 としお(
ja2489)は見た目は普通のヒマワリのディアボロ達を見ながら、ポリポリと頬を掻いた。近寄れば物を盗られはするがすぐに返してくるらしいし、攻撃しなければむせ花粉を吐くこともない。
「いいえ、そんなことはありません」
ぴしりと言い切ったのは、樒 和紗(
jb6970)だ。
樒は花粉用マスクに小豆色のジャージというガチな農作業姿である。
「丹精込めた畑を荒らすなど言語道断です。実りの喜びを邪魔する輩は、俺が刈り取ります」
樒自身農業レベルの家庭菜園をやっている農ガールなので、福永の気持ちがよく解るのだ。
「和紗さん、本格的ですね」
藍那湊(
jc0170)の言葉に、樒はふふ、と微笑む。
「やはり畑はこの格好が落ち着きます」
樒にとって畑にはジャージが正装。
藍那はむせ花粉対策に濡れたガーゼを仕込んだフェイスマスク、目への影響も考慮して伊達眼鏡を装着していた。女の子に間違われる容姿もあってか、何だかアイドルの変装みたいである。
「ひまわりは太陽の方を向くって言うけれど……このディアボロはそうでもないみたいだね」
お化けヒマワリはそれぞれ勝手な方向を向いていた。
「なるべく畑を荒らさないようにやっつけないとね……。咳き込むのは嫌だけど、耐えられなくば男がすたるっ」
たぶん。
これも男らしくなるための修行だ、と藍那もやる気充分。
ライダーゴーグルと花粉用マスクにビニール袋を被った亜妖(
jc1026)が、若干めんどくさそうに口を開く。
「……このディアボロには、迷惑以外の何か特出する特徴でもあるのだろうか?」
そこまで知りたい訳ではないが、この意味不明の行動をするディアボロが存在するということを考えると作った悪魔の気が知れん、と亜妖は思うのだった。
それにしてもこの格好は。
「……暑苦しい……」
普段は中性的な顔立ちで初対面の人間を戸惑わせる亜妖だが、今回は別の意味で戸惑うだろう。
「遠距離攻撃を無効化するとは興味深い敵だ。片付けるついでに今後の戦闘サンプルとして観察させてもらおう」
ローニア レグルス(
jc1480)も考え深げにお化けヒマワリを見据える。
そんなローニアは顔に防護マスク、身体には競泳水着一枚という勇者な装備だった。RPGだったら確実に仲間に止められる。
「取られて困る物はない……」
コホーと呼吸しながら仁王立ちのローニア。
これは決してローニアの趣味ではなく、盗む習性のあるヒマワリの対策を考えた上での格好だ。
取られて困る物はないが大事な物しか残されていないというこの姿なら、必然敵が狙ってくる所も限られてくるというもの。つまりそこを守ればつるの対処もしやすいはずだ。
「とにかく、本当にアレの攻撃は花粉と物を盗るだけなのか試してみよう」
ローニアはどこからか中に小石を入れ紙を丸めて作った球を取り出した。
手作り球をヒマワリに向かって投げつける。
お化けヒマワリの葉っぱは機敏に反応して、その球を見事に跳ね返した。
「むっ」
ローニアもハンズ・オブ・グローリーを装備した手で打ち返す。ヒマワリもまた球を弾く。
ノーバンで打ち合い何回か高速のラリーを続け、
「ちょ、何やってるのローニアくん」
藍那のツッコミにローニアはふむ、と我に返る。
「いい反射だ。この勝負……いや、こんなことをしてる場合じゃなかった」
返って来た球をスルーして次の行動に移る。
「湊、ちょっと息を止めてじっとしていろ」
「え? うん、分かった」
ローニアが何をするつもりか分からないまま、藍那は言われた通りに息を止めて直立した。
すると、ローニアは藍那の襟首をがっしと掴んで、ヒマワリに放り投げる!
「ええええーーーっ!?」
あまりに突然のことで藍那は息を止めておくのも忘れて叫んでしまった。
ヒマワリにぶつかると思った瞬間!
バチコーン!!
「わうっ!」
藍那は葉っぱでしたたかにビンタされ吹っ飛び、地面に倒れ込んだ。
土を払いながら起き上がった藍那は、ローニアに一言物申す。
「もー何するのローニアくん! ヒマワリにバーンされたよっ」
「これも弾き返されるか……飛び攻撃反射、徹底しているな」
ほっぺを押さえて口を尖らせている藍那をまるっと無視して、ローニアは一人納得している。
「むせるのは、嫌ですが、仕方ない、です、ね。物事に、犠牲は、つきもの、ですし」
アルティミシア(
jc1611)が八咫烏の爪を構えて、『闇の翼』を広げた。まだ子供に見えるが、言っていることはどこか達観している。
「どうせむせるのなら……まずはボクが、逝ってきます」
アルティミシアは飛び上がりヒマワリに降下、花をすくい上げるように斬り上げた!
ばふん!!
花粉が吹き出した。
「!!」
アルティミシアはまともに花粉を浴びてしまう。
「うっ、ゲホゲホっ! これ、は、洒落に、ゲホっ、なら、ない、です、ゲホっ!」
アルティミシアもマスクをしていたが、やはりむせてしまうようだ。一旦ヒマワリから離れて、ようやく収まってくる。ヒマワリはそれ以上攻撃らしいことはしてこない。
「この花粉は相当ですね……」
その様子を見た樒は
「まずは確実に一体ずつ潰していった方がいいでしょう。ちょっと待っててください」
福永に借りたホースを持って、部活棟へと駈けて行く。
一番近くにあるトイレの水道にホースを繋げて水を出しながら戻って来た。
畑上のヒマワリ達に掛かるように、棒を突き立てそれにホースを固定する。
「これで少しは花粉の飛散を抑制できるかもしれません。皆さんも濡れますけど……濡れてむせたら、……申し訳ありません」
そっと目を逸らす樒だった。
「少しでもむせないで済むなら、濡れるくらいどってことないっしょ!」
佐藤は『ナパームショット』を撃つ。が、それは直撃させず根元近くに着弾させ、範囲攻撃でダメージを与えた。
ばっふ!
むせ花粉の反撃!
撒かれている水のおかげであまり広がりはしないが、やはりヒマワリの近くにいないに越したことはない。
「その攻撃は周りの野菜も荒らすことになりますから、止めた方がいいでしょう」
「あ、そうか。次は気をつけるよ、ごめん」
樒に注意され、佐藤は素直に謝る。佐藤にとってはいささかやりにくい敵だ。
龍崎がさっとヒマワリに近づいて、シュトレンで花部分に斬り付けすぐに離れる。
ヒマワリはしなしなっと萎れて、倒せたようだった。
「死亡する時は花粉を出さないんだな。一撃で倒せれば花粉の反撃を受けずに済むのか」
分析している龍崎の後ろに、いつの間にかヒマワリが移動していた。
「あっ!?」
つるが伸びて、龍崎のマスクを器用に盗ってしまう。
「返せ!」
ヒマワリは盗って嬉しがっているかのようにマスクをわっしょいして、数秒後、うつむき加減にあっさり龍崎に返した。
「あぁ……返してくれるならいいんだ」
何だか調子が狂う。
「んっ」
藍那は今度は息を止めてヒエムスを振りかぶる。遠距離攻撃を弾く葉っぱを数枚削ぎ落とした。
ぼわっと花粉が吐き出される。
すぐに身を低くし転がり花粉から逃れたので、藍那がむせるのは最小で済んだ。けれども、近くにいた龍崎は思い切りむせてしまう。
「ゴホゴホッ! ガハッ!」
「仕方ない、これが一番確実だな」
亜妖が堂々と近付き、ロンデル・ダガーでさくっと斬り付けた。
花粉が振り撒かれ、亜妖も激しく咳き込んでしまう。
「グ、ゲッホゲッホ!」
樒の瞳が緑色に発光した。『緑火眼』を使い霧氷で花を断ち切ると、ヒマワリは枯れた。
「本来は射手ですが……その分当てることには多少自信があります」
と、背後で何かが倒れる音がしたと同時に、撒かれていた水があさっての方に弧を描く。
「なに?」
振り向くと、ヒマワリがいつの間にか移動していてホースを倒していた。
「何するんですか!」
思わず近づいた樒につるが伸ばされる。
樒は咄嗟に『シールド』で霧氷を盾がわりに構えると、つるは霧氷を取り上げてしまった。
「あっ」
数秒後、ヒマワリは幾分頭を下げるような仕草で霧氷を樒に返し、装備し直す樒。
「自動攻撃じゃなければ、『朦朧』で反撃できないはず」
龍崎は『胡蝶の妖撃』を放った。
無数の蝶はヒマワリの葉っぱにまとわりつき攻撃、『朦朧』に成功する。
ヒマワリはフラフラとして反撃してこなかった。
「今がチャンス、ですね」
アルティミシアが上空から爪で切り込み、
「逃す手はない」
ローニアも同時に拳状のアウルを打ち出して、ヒマワリを撃破した。
●色々盗まれました
ヒマワリ達は逃げはしないけれども、人が見ていない間にこっそり背後に回っていたりするので、皆は少しずつ畑から離れてヒマワリを誘導していた。
亜妖に忍び寄っていたヒマワリがトランプを盗む。
「まあ盗られても困らないが不愉快ではあるな」
亜妖は割と冷静に、返しに来たつるを切り落とした。
案の定むせ花粉の反撃をお見舞いされガッツリむせ返る亜妖。
「ガハ、ゲホッ、ゴホゴホッ!」
佐藤が『アシッドショット』を撃ち、葉っぱがそれを弾き返した隙を狙って、龍崎が『レイジングアタック』をぶち込んで倒した。
「あっ、こっちも盗られた!」
と叫んだのは藍那だ。
つるが藍那から盗った物は――
ばばーん!
「残念! 学園長ブロマイドでした!」
どう残念なのかは謎だが、ヒマワリは急速に興味を失い、いかすブロマイドは即座に突き返された。
「何が、気に入らないん、ですか」
アルティミシアが爪を薙いで花を傷つける。
花粉を吐き出すタイミングで、藍那が冷たい突風を巻き起こした。『朔風』は花粉の半分程を吹き飛ばしたが、残りは自分とアルティミシアをむせさせた。
「ゲホゲホッ!」
「ゴホゴホッ! うー、苦しい〜っ」
「本当に迷惑以外の何物でもないな」
心底迷惑そうに、亜妖がダガーを突き刺し止めを刺した。
ローニアのマスクにつるが伸びる。
『夜闇』で己の姿をぼやかせ身を翻すローニアの行く手には、別のヒマワリがいた。ローニアが反応する前に、彼の聖域につるが掛かった。
すぽーーん!
その場の全員の時が止まった。ローニアの水着はヒマワリのつるの中。
今ローニアは一つ間違えば完全なる変態! リアル『頭隠して尻隠さず』!
だがローニアは全く動じていなかった。
「漢だ……!!」
「漢ですね……!」
感嘆の声を上げる藍那と樒。
「ナンセンスだ。俺がそんなことで怯むと思ったか」
コホー……、と防護マスク越しの呼吸音がより変態性を高めているが、あえて誰も何も言わなかった。
ヒマワリはなぜか今まで以上にペコペコしながらローニアの水着を返してくる。
「ふん」
ローニアはマルチギアブレイドに持ち替えて、つるをぶった切った。
ブファッとむせ花粉反撃をされ、結局むせる。
「ガハゲホ、ゴホッ!」
「凍っちゃえー」
藍那が『結氷』でヒマワリに氷の鞭を巻きつけた。ヒマワリは『スタン』になり反撃できない。
「任せてください」
樒は霧氷を振り下ろし、ヒマワリは萎び、滅びた。
ヒマワリは盗む以外の攻撃をしてこずあまりにあっさり倒されていくので、佐藤はちょっと不憫に思えてきた。
「やっぱなんだか可哀想になってきた」
「そうでしょうか?」
樒が佐藤に応えた時、レースのハンカチを盗られてしまった。
ぴきっと樒のこめかみの血管が浮いた気がした。
樒はとびきりの笑顔をヒマワリに向け、
「――微塵切りにしてあげましょうか?」
こわい。
シュッと盗る時よりも早いスピードでヒマワリはハンカチを返した。
樒は大事そうにハンカチをしまう。
樒にとってこのハンカチは友人からもらった大切なもの。
「たとえ数秒でも、大事な物を盗まれて平気ではいられません」
むせるのも構わず、思い切り刀を振り抜いた。
「ゲホゲホッ!」
佐藤にも充分、ヒマワリの罪深さが伝わったことだろう。
「これで終わりだ」
最後は龍崎が『レイジングアタック』でケリをつけた。
●畑は守られた。
結局全員何かしらでむせることになってしまったが、お化けヒマワリを倒すことはできた。
「喉いたい……咳き込みすぎて数年ぶりに涙が出るかとー……」
喉をさすりながら藍那が息をついていると、今までどこに隠れていたのか、福永がこちらに走って来る。
「大丈夫だったか!?」
皆が平気そうだと見ると畑の様子を確認した。
「うん、思ったより畑も無事で良かった! お前らの勇姿、俺はちゃんと見ていたぞ! ありがとう、感動した!」
ぶわわっと涙を流して喜ぶ。
「ボク、お役、に、たち、ました、か?」
少し離れた所でぐったりとしているアルティミシアに、福永は熱く感謝を示した。
「ああ、もちろんだとも! ちょっと待ってろ、畑を整備したら野菜分けてやっからな!」
「土いじりは最近得意なので任せてください」
樒もこくりとうなずいて、手伝いを申し出る。藍那も手を挙げた。
「あ、僕も手伝いますっ」
「重ね重ねありがたい! 早速始めよう!」
「夏野菜がおいしい季節ですものねー。おいしいものがまたたくさん実りますようにっ」
願いを込めて、藍那は倒れかけたナスを真っ直ぐにして根元の土を押さえる。
「ふむ、瑞々しくて美味しそうな野菜です。……天ぷらにでもしたらきっと美味しいでしょう」
樒も葉っぱにかかった土を払ったり雑草を抜いたりと作業に励む。
「採れる野菜は採っちゃっていいぞー」
と福永が言ったので、もう充分育った野菜を収穫した。
畑の手直しが完了すると、その場で福永が野菜を袋詰めする。
「今回は色々本当に助かった! お礼替わりだ、良かったら持って行ってくれ。もちろん無農薬だぞ!」
ということで、
「喜んでいただくよ」
「俺ももらいます」
龍崎と樒が袋いっぱいに詰まった野菜セットをもらうことにした。
その日の夕食、龍崎は冷やし中華を作った。もらったきゅうり、ナス、ピーマン、さらに卵とハムを加えれば具だくさんで食欲をそそる。
「うん、美味そうだ。いただきます」
一方樒は自らうどんを打つという本格派。自分で収穫した新鮮野菜で天ぷらを揚げ、天ぷらうどんを作った。
「我ながらいい出来です」
二人は充実した夕食を迎えられたのだった。
妙な敵と戦いむせる羽目になったが、福永の畑も最小の被害で済んだし、美味しい夕食にありついた者もいた。
終わり良ければ全て良し。
そんな一日なのだった。