●再会直前
件の倉庫周辺へと到着した撃退士達は、警察の包囲の中に入った。天魔との戦闘が行われているとは思えないほど辺りは静かで、しかしその静けさが張り詰めた緊張感を感じさせる。
周辺に被害が出ていないのは、塔利が倉庫内でディミテルを必死に抑えているからに違いない。
「人間の弱みに付け込み、連れ込んでは殺して魂を奪うたぁ許せねえな、この悪魔。イミーレの主ってな納得だぜ。アイツもそういうやり方を好む奴だった」
吐き捨てるように鐘田将太郎(
ja0114)が言った。イミーレと少なからず因縁のあった鐘田は、来るまでの間にマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)や九十九(
ja1149)、カイン=A=アルタイル(
ja8514)からイミーレを倒した時のことを聞いたのだ。
「はぁ、やれやれさねぇ。なんだかんだでまた悪魔と相対するのは巡り合わせなのかねぇ……。ま、塔利さんの手助けにやれるだけのことはやらせてもらいますかねぃ」
やる気なさげな口調の九十九だが、塔利に力を貸すことはやぶさかではない。
カインは感情の読めない表情をしていて、内心では
(塔利の奴、人に任せるとか言っておきながら結局自分で挑んでいるな。もうアイツ一人でいいんじゃないかな。でもちゃんと仕事しないといけないか)
と考えていた。
本当に塔利一人に放っておく訳にもいかない。依頼を受けた以上、やるべきことはやらねば。
「できるだけ予防策をしておきましょう。気休めかもしれないけど、ないよりはマシでしょうから」
ト部 紫亞(
ja0256)は『ウィンドウォール』をマキナ、鐘田、黒百合(
ja0422)にかけて回避力を上げる。
それからマキナは『黒夜天・偽神変生』、鐘田は『外殻強化』、ト部は『セルフエンチャント』で各自能力を高めた。
九十九が阻霊符を発動、他の仲間も光纏し、事前準備が整う。
皆はうなずき合うと、倉庫の破壊され空いた出入口から中へと飛び込んだ。
●ディミテル最後の戦い
「さてェ、敵なら潰さないとねェ……きゃはァ♪」
黒百合は散開しながらディミテルの位置を確認、スナイパーライフルXG1を撃つ。
まさに塔利に打ちかかろうとしていたので、引き離すように続けて発砲。
「来てくれたか!」
ちゃんとしない身なりのせいで普段からヨレヨレに見える塔利は、今はリアルにボロボロだった。
「俺は強くねぇんだ、今回ばかりはヤベェかと思ったぜ!」
黒百合達がディミテルを囲むと、塔利は一旦後ろに下がる。
「ふふふ、見た顔もいるようだ。今度はキミ達が相手か」
人数が増えてもディミテルは怯まない。むしろ楽しげに笑った。
「塔利さん、そこに倒れている人の避難をお願いします!」
御堂・玲獅(
ja0388)が首にロープを掛けたまま気絶している男を指差す。
「あんたが削ったあいつは俺達が倒す」
鐘田も請け負うと、塔利は『分かった』と男を担いで倉庫を出て行った。
未だ紳士のようなスタイルを崩さないディミテルを、鐘田は見据えた。
塔利が傷だらけになりながらも削ったのにまだ余裕のようだ。それだけでも強敵だと解る。
強敵との対戦に、鐘田は体の奥から湧き上がってくる高揚感を感じていた。
カインがショットガンSA6の銃口をディミテルに向けた。
「お前の部下イミーレだっけ? 介錯したのはさっきそこでボロボロになってたやつだけど、殺したのは俺だ。中々にむごたらしい、糞には似合いの死に顔だったよ」
「……キミ達も彼女に負けないくらい、情けない死に様にしてあげるよ」
あからさまなカインの挑発に、ディミテルは相好を崩したまま向かってくる。
カインは引き金を引いた。
ディミテルは斧で防ぎながら接近。カインはギリギリまで引き付けるために連射した。
斧の射程に入りディミテルが武器を振り上げる。
カインが飛び退き、白蛇の盾を掲げた御堂が二人の間に入り斧を受け止める。
「私が守ります!」
「『纏うは大地を殺す腐毒 貪り喰らい尽くせ荒ぶる九頭の大蛇 相柳』!」
九十九の詠唱が響いた。その手から放たれた矢は九頭の蛇となって錆色の毒風を吐きかける。『錆血風 荒喰九蛇相柳』はディミテルを『腐敗』にさせた。
鐘田もディミテルとの間合いを詰める。
(イミーレ倒せなかった分、こいつを叩きのめしてやる……!)
フルカスサイスで激しく攻め立てた。
鐘田の鎌を受け止めながら、ディミテルが囁く。
「私は戦い抜く覚悟を決めている。キミ達は私を殺せるくらい強いのかな?」
敵の言葉に鐘田はニヤリと笑った。
「敵が強ければ強いほど燃えるタチなんでね。てめえを倒したい衝動が抑えきれねえぜ!」
「ならば私を殺してみろ!」
攻防の応酬。
気付いた時には、マキナがディミテルのすぐ側まで来ていた。
「死すならば戦場の果てに――そう望むなら、応えましょう」
いかなる防御をも貫き通す一撃、『神天崩落・諧謔』をディミテルの脇腹にねじ込む。
「がっ……!!」
思わずディミテルが一歩下がった。
「何か一人で盛り上がってるけど、さっさと滅殺してあげましょうね」
ト部の人差し指がきらめく。と、黒い光線が発射された。狙うはディミテルの斧を持つ手首。
しかしディミテルは咄嗟に蝙蝠のような翼を現し、飛んで『L’Eclair noir』をかわす。
次いで長大な斧を高々と掲げた。ちょうどその時戻って来た塔利が警告を発した。
「あの攻撃はマズイ、皆離れろ!」
「もう遅い!」
ディミテルは急降下しながら、斧を床に叩きつけた!
下から衝撃波の柱が何本も立ち上り、鐘田とカインが突き上げられる。御堂は盾でいくらか威力を軽減した。
マキナは黒い炎のような翼を、黒百合も翼を顕現させて飛び上がり回避。
誰も『麻痺』にはならなかったが、鐘田のダメージが大きく気絶寸前だ。
「大丈夫ですか!? カインさんと塔利さんもこちらへ!」
御堂は鐘田の下に駆け寄り、傷を負った者を近くに呼ぶ。自分も含めまとめて『癒しの風』で生命力を回復させた。
「あまり効果が続かないみたいさねぇ。『貪り喰らい尽くせ荒ぶる九頭の大蛇 相柳』!」
九十九が再度『錆血風 荒喰九蛇相柳』を放つ。
命中はするが、状態異常の耐性が高いのか『腐敗』は持続しないみたいだった。
黒百合がディミテルの背後に回り込む。
『幻影・影分身』を使いロンゴミニアトを装備した分身を作り出した。
「そっちが二回攻撃なら、こっちは二人よォ」
二方向からの同時攻撃。
ディミテルは黒百合本体の攻撃を下から受け止め上方へ受け流し、そのまま回るような動きで分身に体を向けながら斧を打ち下ろした。
分身は対応が一瞬遅れ、腕にカスリ傷を受ける。
「まだまだよォ!」
分身が消えるまで黒百合は攻撃の手を止めない。
ディミテルが二人の攻撃をさばききれない一瞬を逃さず、背後から槍を力一杯振り下ろした。
「ぐあっ!」
ディミテルの背骨を砕かんばかりの衝撃が加えられる。
「そのまま倒れろ!」
塔利が追撃しようとすると、ディミテルは空中へ逃げた。
「逃がさないわよォ」
黒百合も飛んで後を追う。
突然ディミテルが振り向いて、『追尾針』を撃ってきた。
「っ!」
アイスピック状の黒い針は黒百合ではなくスクールジャケットに突き刺さる。
『空蝉』でかわしたのだ。
カインも翼を出現させ飛びながら、ディミテルの顔を狙いショットガンを放つ。マキナも飛び上がり『黒夜天・偽神変生』を切らさないようにしながらドラグーンファウストの黒焔で襲いかかった。
カインの攻撃を避けてもマキナの黒焔が当たり、ディミテルは先ほどよりも息が上がってきたようだ。
「これでどうです!?」
ディミテルの腕に御堂の『星の鎖』が巻き付いた。と思ったが、ディミテルを引き落とすまでには至らず消える。
ディミテルは御堂にも『追尾針』を飛ばした。
御堂は避けようとはせず盾を前にあえて受ける。守りきるのが自分の役目だと徹底していた。
九十九は重籐の弓をディミテルの翼に向ける。
「『蒼天の下 天帝の威を示せ 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊』!」
カオスレートをプラスに高めた攻撃『蒼天風 降来威天雷帝』の詠唱が完了。
「飛べなくしてあげましょう」
ト部の指先にアウルが集中する。
二人の雷の攻撃が同時に放たれた。ディミテルは避けきれず、片翼が消滅する。
「くそっ……!!」
高度を下げつつもまだ飛ぼうとしているディミテルの背後から、黒百合が抱きつくように首に手を回した。
「貴方ァ、結構素敵じゃないのォ……好みだからァ、熱烈な口付けをしてあげるわァ♪」
「何を――」
黒百合は顔を寄せ、口から『破軍の咆哮』の砲撃。圧縮されたアウルはディミテルの顔を内側から破壊した。
「ぐおおォ!!」
頬を吹き飛ばされ、ディミテルはとうとう墜落する。
鐘田はここぞとばかりに『薙ぎ払い』をお見舞いした。
「てめえとイミーレのしてきたことは許せねえ! てめえらの玩具にされた人達の分も喰らいやがれ!!」
怒りの一撃はディミテルの足を切り裂いた。『スタン』にはさせられなかったが、機動力は落ちた。
「ふふ、ふ……予想以上だよキミ達は」
ディミテルの顔は血だらけで、頬の肉がなくなり歯が見えてしまっている。それでも喜びに打ち震えているような姿は不気味だった。
おもむろに立ち上がり、斧を振り上げる。
その動作に気付いたカインが『神速』で素早い攻撃を斧にぶつける。
『突き上げ』を妨害されたディミテルは、『魔の加護』でカインに斬り付けた。
「うっ」
カインの二の腕から脇腹に痛みが走る。だがまだやれる。カインは眉一つ動かさず、さらに『黒夜天・亡霊兵士』で己の思考から戦闘以外の感覚を排除した。
「この野郎!」
塔利が『アーク』で攻撃する。けれどもディミテルの斧に弾かれ、さらに2回攻撃に押されてしまう。
それを助けようとマキナと鐘田が近くに移動してきた時、ディミテルは『突き上げ』た。
衝撃波の柱に飛ばされるマキナ、鐘田、塔利。
「皆さんしっかりしてください!」
すぐに御堂が皆を範囲内へ収め『癒しの風』を、鐘田と塔利には『クリアランス』も使った。
「キミは少々邪魔だね」
御堂の回復スキルを厄介だと感じたのか、ディミテルが御堂に近接してきた。『魔の加護』を使い斧を振るう。
御堂は盾を自分の前に掲げた。
「危ないさねぇ」
九十九が放った『暗紫風 気吹南斗星君』は矢を紫紺の風へと変化させ、斧にまとわりつき軌道を逸らす。
斧は命中せず、御堂はすぐにディミテルから少し離れた。
ディミテルが一人に攻撃していると、背後からト部が執拗に利き手を狙い『L’Eclair noir』を放ちすぐに後退、黒百合や九十九、カインも常に移動しながら遠距離から射撃。
戦闘に時間が掛かっているせいか今までのダメージが効いてきたようだ。ディミテルの動きが鈍くなっている。
「『蒼天風』を撃つさねぃ!」
九十九の声に、皆は射線を空ける。
ディミテルは警戒して防御体勢を取った。
雷帝の力を宿した矢は真っ直ぐに飛んでゆきディミテルの斧を持った上腕に命中する。
「うっ!」
握りが緩んだところに、塔利が剣を斧に引っ掛けてもぎ取った。
「しまった!」
「今だ!!」
塔利の合図に、マキナが迷いのない目でディミテルの懐に入り込んでいた。
ディミテルが既に覚悟を決めているのなら。答えを得た今の自分に思うところは何もない。
如何な相手であろうとも、戦うに対等な相手であれば。
例え自分の存在が偽りだとしても、揺らぐことも曲げることもない。
マキナは偽腕の右腕にアウルを込めた。
「望み通り、幕を引いてあげましょう」
腕をディミテルのみぞおちへと突き出し、『神天崩落・諧謔』を食らわせた。
「ぐはっ!」
体内に強烈な衝撃があり、血を吐くディミテル。
「てめえの死をもって償え、ディミテル!」
鐘田が大鎌を後ろに引いた。
何度ダメージを喰らおうが引かずに戦う。自分が倒れても仲間がそれを引き継いでくれるはずだ。
それがディミテルとイミーレの犠牲になった人達のために自分ができることだ。
鐘田は想いと共に『薙ぎ払』った。
ディミテルにはもはや武器がない。かばうように曲げた腕に鎌の刃が深々と突き刺さった。
「ぐああっ……!!」
ディミテルの口から押し殺した悲鳴が漏れる。
「自分の世界に浸ったまま消えていきなさい」
ト部の手から炎の塊が飛んで行く。
『フレイムシュート』の炎はディミテルの体を包み、ディミテルは壁の方へとよろめいた。
カインが天井近くまで飛び上がった。ルシフェリオンを構えて急降下する。
スピードを乗せてディミテルの頭上から叩き斬った。
「お前も早くあの世へ行って部下の忠誠を褒めてやりなよ」
それが、ディミテルの聞いた最後の言葉だった。
頭から腹まで切り裂かれたディミテルは、ぐちゃりと嫌な音を立てて崩折れたのだった。
●悪魔の最後に思うこと
「終わったな……」
ポツリと塔利がつぶやいて、皆はようやく安堵の息を吐いた。
ほとんどの者が傷付いていた。それでも深刻な傷を負った者がいないのは、御堂がこまめに回復してくれていたからだ。
「あら、久しぶり。まだ生きてたのね」
ト部はだいぶ前に塔利との面識があったが、今彼に気付いたとばかりに茶化す。
戦闘が終わって少し余裕が出て来たのだろう。
「ひでえ言い草だなぁ。ま、覚えてただけマシか」
塔利もハハッと笑い無精髭を掻く。
「ダメージのある人は私の周りに集まってください、回復しますから」
御堂の言うままに皆が集まり、御堂は『癒しの光』を使った。
それが済むと、塔利は改めて皆に向き直った。
「久しぶりのヤツも初めてのヤツも、来てくれて助かった。おかげでディミテルも倒せたしな。お前さんらもここまでホントにお疲れさん」
塔利はト部と黒百合、御堂と鐘田、最後にマキナ、九十九、カインと順番に見ながら礼を言った。
「戦った末に果てたのです。奴も本望でしょう」
「塔利さんの力になれて良かったさねぇ」
「……塔利は自分は強くないと言いながら前に出て戦ってる。俺より立派だ」
カインは伏し目がちにそう言った。
本当は戦闘なんて嫌いなのに、それしか生き方を知らないから戦っている自分とは違う。
塔利は複雑な顔をしてから、鷹揚な笑みを浮かべてカインの肩を叩いた。
「いつかお前さんにも見つかるといいな」
竹井については、警察が相応の対応をするだろう。
倉庫を後にする時、カインはふとディミテルの死体を見た。
顔はぐちゃぐちゃ、顔から腹までざっくり裂かれた傷。彼の下僕イミーレにも劣らないむごたらしさだ。
本人が無念を抱いていたならなお良い。
だけど――。
ディミテルの見開いたままの目は、マキナの言ったようにどこか満足そうで。
カインは僅かに顔をしかめた。
そして、もう振り返らず倉庫を出て行った。