●大根を探せ!
撃退士達は、通報のあった畑を管理している農家へとやって来た。
そこには畑仕事をするために来たのだろう夫婦が何組かかたまって、彼らの到着を待っていた。天魔の被害にあった夫婦がいると聞かされ、さらに先に派遣された撃退士がやられて帰ったということで、皆不安そうにしている。
「大丈夫です、わたし達が必ず倒します。ですから皆さんは絶対にここから出ないでください」
緑がかった金の瞳を持つ黛 アイリ(
jb1291)が、外見よりも落ち着いた声で告げる。
「……周辺の地図とかありますか?」
物静かに問いかけたのは、セレス・ダリエ(
ja0189)だ。いや、と農家の主人が答える。いかにも農業をやってる感じの、日焼けした小柄なおじさんだ。
「地図もなにも、ここは畑と野っ原で見通しもいいから、誰か来たらすぐに分かりますよ。今の所うちの畑に来る人以外はいないし、その人らにも畑に近寄るなって言って帰らせるかここにいるかです」
「そうですか……分かりました」
「今度こそよろしく頼みます」
おじさんは頭を下げた。
屋外では、全身着ぐるみの大谷 知夏(
ja0041)がハイテンションで
「ご近所の平和を守る為、そして珍しい形のディアボロを拝む為参上!」
とヒーローよろしくポーズを付けている。
「無事に退治したら、お礼に畑の野菜とか貰えるっすかね?」
「うーん、私は野菜よりマンドラゴラそのものに興味ありますねぇ……」
ニマリとしながら言った金髪くせっ毛のセラフィ・トールマン(
jb2318)は、さらに怪しげな発言をした。
「マンドラゴラと言えば、アレですよね。叫び声を聞くと死ぬってのが有名ですけど……、確か、魔法薬の材料としてもよく知られてますよね。特にアレなおくすりの方面で……。いや、別にやましい事とか考えてないですよ? ちょっと削ってパパのお茶に入れちゃおうとか、そんな恐ろしいこと……」
ちらっと仲間を見ると、体は大きいが年齢的にはまだ少年の虎落 九朗(
jb0008)が若干冷めた目で彼女を見ており、その隣で長い黒髪に大きな目が愛らしい東風谷映姫(
jb4067)は、セラフィの言葉の意味が分かっていないのか、にこにこしていた。
「二人とも、ちょっと不謹慎だぜ? これ以上犠牲者をださねぇためにも、きっちり始末つけねーと」
「はーい」
虎落のたしなめにいくらか真面目になって、大谷とセラフィが返事をする。
「しかしあれだな、こんなにアスヴァンが揃った依頼なんて奇跡のレベルじゃね? 安心感は半端ねえ。それに攻撃にも参加するとなると、悪魔勢相手なら火力も意外に高いし……」
そこまで言った虎落は、女性達が意地悪な笑いを浮かべて自分を見ているのに気付いた。アスヴァンに信頼を寄せている彼自身のジョブも、アストラルヴァンガードだからだ。
「いや、自画自賛じゃねえからな!?」
あわてて付け加えるが、彼女らはうんうんとうなずいた。
「知夏もそう思うっすよ! だから頑張るっす!」
「私のおくすりのためにも!」
最後の一言がちょっと引っかかったが、四人はよし、と気合を入れる。
黛とセレスが家から出て来たので、皆でもう一度作戦の流れをおさらいすることにした。
全員戦闘中はマンドラゴラの絶叫防止に耳栓をしてしまうため、意思伝達はハンドサインで行う。いざという時にまごつかないように、『攻撃開始、援護or回復求む、回復に入る、前に出るor後ろに下がる、待て』等のサインを念入りに確認した。
それから一応一般人が周囲にいないか、大谷、セレス、東風谷が見回り、その後行動を開始する。
皆が再確認したところで、見回り班はそれぞれ畑周辺に向かった。
畑の先は木がまばらにあり、その向こうに住宅地の始まりを示すように一軒家がポツポツと建っている。道を挟んだ反対側は昔は田んぼだったらしい野原が広がっていた。農家のおじさんが言っていた通り見晴らしがいいためか、大谷達はものの数分で帰って来た。一般人は誰もいなかったようだ。
「それじゃあ、皆行くぜ!」
虎落の号令で皆は耳栓を装備、大谷はさらにヘッドフォンを着けて大音量で音楽を流し、セラフィは耳栓の上にもふもふの耳あてを着けた。
これでお互いの声は聞こえない。虎落はサインを送り、皆は固まらないよう広がった。
敵が地中に埋まっていると見つけにくいため、黛は光纏し阻霊符を発動させる。これでマンドラゴラが地中に埋まっているなら外に押し出されただろう。それから、己自身に『聖なる刻印』を刻み込んだ。なるべく畑を踏み荒らしたくないけど、と思いつつ探索を開始する。
虎落とセラフィは皆より前を行く。虎落も自身に『聖なる刻印』を使用した。
誰かのサインを見逃さないようにお互いの動向にも気を配りながら、彼らは少しずつ進んだ。
畑には白菜の他にもネギやじゃがいも、ハーブなどが植えてあり、作業用農具や肥料などがそのまま放置されていた。
セレスはあまり畑を荒らさないよう、時折背後も気にしながら、ネギの畝を注意深く見てゆく。
セラフィが畑の真ん中辺りで、『生命探知』のスキルを使うために光纏した。頭上に天使のごとく光の輪と白い翼が現れる。本人はあまり気に入ってない現象だが、こればかりはどうしようもない。
「さーて、何処に隠れてるかなー♪……いた!」
セラフィはすぐにハンドサインを使い、皆に前方10時の方向に敵がいることを知らせる。ゆっくり歩み寄ると、ハーブの列の端で地中に入れないことが不思議なのか、まごまごしている二体の大根のようなものが見えた。
10メートルほど手前で、虎落は待ての合図を出す。
●大根退治
あまり曲がらない文字通りの大根足で、あっちにウロウロ、こっちにウロウロしている二体のディアボロ。
「うわぁ……なんていうか、その、無駄に美脚ですねぇ……」
じっくり見たセラフィの感想だった。
(……意外と可愛い)
これは黛の感想。
虎落とセラフィは視線を交わし、スキルの射程範囲にまでマンドラゴラとの距離を詰める。耳栓をしているとはいえ、近距離の攻撃は絶叫から逃れられるか分からない賭けのようなものだった。
ピコッとディアボロが撃退士達に気づくが、オタオタしているだけだ。
光纏のために出現している虎落の背後、太極図の黒い部分が増え、回転しだした。聖なる鎖を出現させる。虎落の『審判の鎖』は蛇のようにくねりながら右のマンドラゴラに襲いかかり、縛り上げた。麻痺してくれれば戦闘が有利になる。
虎落とほぼ同時にセラフィも『Apocalypse:Restraint』を放つ。白い翼が白銀の鎖に変化し、流れるような動きで左のマンドラゴラを絡め取った。
『キエエエェェェ!!!』
二体が奇声を発した。
耳栓のおかげで音自体は聞こえないが、全員の頭の中がビリビリと振動に震えるかのようだった。
「くッ……!」
虎落は何とか持ちこたえ、マンドラゴラから離れた。
しかしセラフィが倒れている。
「!」
すぐさま気付いた黛が回復求むと後ろに下がるのハンドサインをし、セラフィを後衛まで運んで行く。
「大丈夫?」
(……って言っても聞こえないか)
セラフィは目を見開いたまま昏倒していた。
はっとマンドラゴラの方を見た虎落は、一体がいなくなってることに気付いた。運良く麻痺にならなかったらしい。セラフィに一瞬気を取られたスキにどこかに隠れたのかもしれない。
セレスと東風谷の方を見たが、彼女らも少々あせりの表情で分からないと首を振る。
とにかく、大谷は黛とセラフィの所に駆けつける前に、スキル封じの魔法陣を展開させた。聖なる鎖に巻きつかれ麻痺しているマンドラゴラの絶叫封じに成功、こうなればただの面白おかしい形の大根である。
目の前の一体を確実に仕留めるために、虎落は攻撃開始の合図を出した。
その間に大谷は回復に入ると知らせ、セラフィと黛の所へ駆けつけた。
セレスの手元にエネルギーが集まってゆく。それは薄紫色の矢の形になり、マンドラゴラに発射された。マンドラゴラは避けようとぴょこぴょこと足を踏み変えていたが上手くいかず、片足を矢に持っていかれた。
『キィアアアア!!』
マンドラゴラは絶叫するも、もう撃退士達の脳を揺らすような感じはない。
「えいッ」
東風谷もバヨネット・ハンドガンでマンドラゴラを攻撃する。マンドラゴラの頭頂部がえぐられ、髪の毛のような葉っぱが吹き飛んだ。
『キエェエ!!』
続けて虎落のシルバーマグが火を噴いた。が、鎖が消え麻痺が解け、マンドラゴラは片足でぴょいんと横に移動しそれを避けた。そのままおかしな動きでこちらに近づこうとする。
近づかせまいともう一度放ったセレスの光の矢がマンドラゴラの腕を射抜き、その動きを中断させた。根っこの腕がちぎれて後ろに飛び、ぽとりと落ちる。
『キヤァアア!!』
苦痛のために叫んでいるのかそういう性質ゆえに叫んでいるのか、もはや分からなかった。
「よし! これで止めだ!」
と虎落が叫び(誰にも聞こえていないが)、セレスと東風谷に自分が前に出るサインをする。
『レイジングアタック』でカオスレートが天界寄りになったシルバーマグWEを構え直した。そして足と手をもがれもたもたさせているマンドラゴラの体に、数個の風穴を空けた。
虎落達が戦っている後ろでは、大谷の『クリアランス』でセラフィが昏倒から回復していた。
「ううぅぅぅ……! 耳栓しててもここまで効くなんて……っ!」
声は聞こえないが悔しさだけは黛と大谷にもよく分かった。
黛が辺りを見回すが、もう一体はちょっと見ただけでは見当たらない。野菜に紛れられたら意外と見分けがつかないのだ。
大谷が虎落達が相手をしている一体のマンドラゴラを示し、もう一体がいないとジェスチャーした。何となく悟ったセラフィは解った、とうなずいてもう一度『生命探知』を行う。
「……後ろだ!」
セラフィが指差した方向には、手押し車があった。その後ろに隠れるようにして、もう一体のマンドラゴラが接近していたのだった。
素早く黛が攻撃開始を指示し、大谷とセラフィは散開する。
黛はその瞳と同じ色の光を宿した十字手裏剣を、射程ギリギリから投げた。しかしマンドラゴラがヒョッとびっくりした仕草で飛び上がったため、当たらなかった。そのコミカルな動きが笑いを誘い、黛は思わず頬を緩めてしまう。
(ヤバイ、ちょっと可愛い……)
セラフィの眼前に無数の稲妻の矢が出現した。
「いっけえー!」
右手をマンドラゴラに向かって突き出すと、稲妻は真っ直ぐ目標目指して飛んでいく。マンドラゴラの胴体が削り取られ、太さが半分ほどになってしまった。
『キエエエェ!!』
絶叫するが、皆マンドラゴラからは充分に距離を取っているので昏倒には至らない。
「たたみかけるっすよ!」
大谷が両手を広げると、頭上にいくつもの彗星が現れた。両手を振り下ろす動作と共に、アウルの彗星がマンドラゴラに降り注ぐ。
『キアアァァ!!』
頭は潰れ葉っぱはちりぢりになり、腕もねじれてしまった。危なっかしく立ってはいるが、もう滑稽というよりは哀れな姿だ。
(ちょっと可愛かったけど、ディアボロはディアボロだからね)
黛は気を引き締め、『レイジングアタック』を使用した手裏剣を再度勢い込めて放つ。
マンドラゴラは胴を完全に切断され、ぱたりと倒れた。
その残骸は、野生の動物に食い散らかされたただの野菜に見えなくもなかった。
「大丈夫か!?」
先に一体を倒した虎落達が黛達の方へやって来た。敵を倒したらしいのを見ると、耳栓を外した。皆もそれにならって耳栓を外す。全員がほっとした息を吐いた。
「ディアボロにしておくにはもったいない、見事な大根だったっすね!」
大谷が戦闘の熱気も冷めやらぬまま、感心したように言った。
「さて、私はマンドラゴラをちょっぴりいただいて、おくすりにしましょうかねぇ〜」
ルンルン♪という擬音が聞こえてきそうな足取りで、セラフィがマンドラゴラの死体に近づく。が、
「薬って、伝説でいう魔法の妙薬のこと? でもそれ悪魔が作ったディアボロだから、そういう効果は期待できないと思う」
黛の冷静で的確なツッコミがあり、彼女の足ははたと止まった。
「し、しまったあ〜、そこまで考えてなかったぁぁ!」
がくりとうなだれるセラフィであった。
●修復作業
畑は結局見て見ぬフリができないくらい荒れてしまったので、黛とセレスが修復する役を買って出た。
虎落は最初の犠牲者、林夫妻を見舞いたいと言い夫妻が運ばれた病院に向かう。
他の者は農家にいる人達に報告に行った。
虎落が病院に着くと、林夫妻のご主人の方は危機は脱したものの絶対安静とのことだった。夫人の方はまだ動けはしないもののそれ以外は大丈夫らしいので、虎落は夫人に面会することにした。そしてディアボロを退治したということと、畑を荒らしてしまったので仲間が修復している旨を伝えた。
夫人はディアボロ退治に深く感謝し、畑についても責めることなく、むしろ多少傷んでしまっても食べられそうなものは持って行ってもいいと言ってくれた。
「ありがとうございます! それじゃあお大事に!」
虎落は嬉しそうに一礼し、病室を後にした。
(こりゃ大谷さん喜ぶな)
などと思いながら。
「ふう……、こんなもんかな」
黛は軍手をはたきながら立ち上がった。
戦闘の影響で破損してしまった野菜を抜いて、崩れた畝を直した。じゃがいも以外は三分の一ほど抜くことになってしまったが、仕方ない。
「そっちはどう?」
隣の畑で作業しているセレスに声をかけると、彼女は終始無言だったが、立ち上がりこくりとうなずく。二人はあまり会話もなく作業していたが、別に居心地が悪いというわけではなかった。
二人の頑張りで、何とか畑を戦闘前のような元の形に戻すことができた。
農家から大谷達が手を振りながら出て来る。中にいた夫婦達も、畑の様子を見るために出てきた。
彼らはディアボロ退治と畑の修復に満足したようで、口々に撃退士達にお礼を言い、握手を求めたりお茶やお菓子を勧めたりした。
やがて虎落も戻り日も暮れた頃、そんな素朴な人々に見送られ、撃退士達は学園へと帰って行くのだった。
全員が満足気な顔だったが、大谷だけはそれ以上のホクホク顔で、ダンボール一杯の白菜やらネギやらじゃがいもを抱えていた――。