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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/05/12


みんなの思い出



オープニング

●落ち武者の噂
 平野結衣は、父親の仕事の都合で新学期に合わせて引っ越してきて、近くの高校に入学した新一年生だ。
 そろそろ学校にも慣れ、楽しく高校生活を送れそうだと感じていた今日この頃、新しい土地での初めての友人千聖が、こんなことを言い出した。

「そういえば結衣ってそこの町内の三丁目に越してきたんだっけ? あそこらへんって落ち武者の怪談があるの知ってる? ちょっと怖いよ」

 『怖い』と言いながらもその顔は楽しそうだ。
「えー、何それ。知らない〜」
 結衣は越してきたばかりなのだから知ってるはずもない。当然千聖もそれを承知の上で、結衣をからかおうというのが見え見えだ。しめしめ、とばかりに話しだした。
「三丁目ってさ、学校から帰る途中で分かれ道があって、左に坂道を下っていくと近道じゃない? あんたいつもあそこ通って帰るの?」
「う、うん……。行きも帰りもあそこ通るよ」
 結衣もちょっとドキドキしながら話を聞く。
「そっか。でもね、昔から住んでる地元民はあんまりあの道通らないんだよ。遠回りでも真っ直ぐの道を行くの。特に暗くなってからは絶対に通らない」
「そうなの?」
 そう言われると、あまり人通りがないなと思ったことがあるが、時間帯の問題かなとそこまで気にしていなかった。
「あの道のあたりは昔湿地だったんだって。今はちゃんと埋め立てられてるけどね。けど、周りは何もないでしょ?」
「そうだね。小さな廃工場とか建てる途中でやめちゃったみたいな中途半端な土台があるくらいだね」
「それはね、夜になると落ち武者の霊が出るから、皆怖がっていなくなったらしいよ」
 まあどこの町にでもよくある話だ。それでも結衣は最後まで話を聞いてみることにした。
「……どうして落ち武者が出るの?」
 千聖は得意になって先を続ける。
「昔々、戦に負けた落ち武者があの辺りにたくさん逃げてきたんだって。でも村人達も戦のせいで食料や人手を取られて貧しかったから、彼らは迷惑でしかなかったわけ。で、落ち武者を村に入れないように、時には手を下してまで見殺しにして、その死体を全部あそこの湿地に埋めたって話だよ。それ以来時々落ち武者の霊が出るって噂があるの」
 結衣は少し息を飲んだ。『手を下してまで見殺しにした』という部分がちょっとしたインパクトで恐ろしさを誘う。そんなことされたなら、村人を恨んで化けて出てもおかしくないような気がしてしまう。
「確かにちょっと怖いけど……ただの昔話でしょ? どこにでもあるよ、そんな話」
 見栄を張って強がってみる結衣。
「でもさあ、実際あまり通る人がいないってことは、やっぱりそれなりの根拠があるんじゃない?」
「ちょ、やめてよ千聖〜。そんなこと言われたらもう通れなくなるじゃん!」
 結衣は軽くふざけた調子で千聖を叩く真似をすると、千聖も笑って『ごめんごめん』と返してくれた。
 けれども、千聖の話はこれで終わりじゃなかった。

「それでね」
 と急に真顔になる。
「さっきまでのは昔からの話。ここからは最近の話」
「え……」
「最近SNSで噂になってるんだけど」
 結衣はそういうのはやっていないのでこれまた知りようのない話だ。千聖は地元のコミュにでも入っているのだろう。
「夜あの道を通ると、『おいてけ〜』って声が聞こえるんだって」
 何だかホントに聞いたことある話になってきた。こういう昔話、あった気がする。
「……『おいてけ』って、何を置いてくの?」

「それは――お前の命だーーーっ!!」

 突然大声を出されて結衣はびっくりしたものの、
「もー、脅かさないでよー!」
「あははは、やったー!」
 と笑って終われたなら良かったのだが。
「でもね、SNSで噂になってるのはホントだよ。くわしくどこの道とは言ってないけど、地元民ならすぐ分かるし。実際何人も『おいてけ〜』って声を聞いて即ダッシュで逃げました、なんて書き込みもあるんだから。だから最近、あの道は陰で『おいてけ道』って呼ばれてたりするみたい。あんたも通る時は気を付けた方がいいよ」
 最後真面目に千聖に警告されたので、結衣も笑って流せなかった……。

●おいてけみち
 昼間千聖に言われたばかりなのに、結衣は夜、その『おいてけ道』への分かれ道に来ていた。
 学校帰り、本屋に寄り道していたらもうそろそろ7時になるところだ。母親からのメールがなければ、あと30分は本屋にいたかもしれない。
 陽はとっぷりと暮れ、結衣の脳裏に千聖の話がありありと蘇る。
 遠回りしてしまうと見たいテレビに間に合わなくなってしまう。でも落ち武者の霊には会いたくない。
 結衣は迷っていた。
「だ、大丈夫。今まで何もなかったし、あたし霊感ないし! 大体幽霊って丑三つ時に出るのが普通でしょ!? まだ全然早いし!」
 しかし一歩が踏み出せずにいると、サラリーマンふうの男の人が結衣を追い抜き、さっさと『おいてけ道』へと下っていくではないか。
(良かった! 男の人が先に歩いてくれれば心強い!)
 ラッキー、と結衣も少し離れてサラリーマンを追うように『おいてけ道』に入って行った。
 でも不安もあるので、何かあった時のために携帯を手に持ちながら歩いてゆく。

 古い道はアスファルトだが、人がやっとすれ違える程度の幅しかなく、両側は寂れた草地ばかりだ。
 街灯は一応あるものの、他に光源がないのでひどく頼りない。
「そういえば、こんなに暗くなってからここを通ったことなかったなあ……」
 なんて思いながらサラリーマンを見失わないようにしていると、かすかに何かが聞こえた気がした。
「!?」
 まさか、と耳を澄ましてみる。
『おいてけ〜……』
 小さくではあるが、そう聞こえた気がした。結衣の腕に鳥肌が立った。
 サラリーマンも立ち止まって周りを気にしている。
(あたしだけじゃない。あの人にも聞こえてるんだ)
 すると、
『おいてけーっ!』
 という声と共にざんばら髪で血まみれの落ち武者が暗がりから出てきて、サラリーマンに襲いかかったのだ!
「!!」
「うわあああーーっ!!」
 サラリーマンの絶叫が響く。
 結衣の足はガタガタ震え、もう声さえ出なかった。逃げなければ、という焦りとは裏腹に、体は恐怖で動いてくれない。
 落ち武者はサラリーマンに覆いかぶさり、その肉を喰らっているようだ。結衣には気づいていない。
 今のうちに逃げないと、次は自分だ。
 結衣はどうにか足を動かし、そろそろとその場から後退り、完全に落ち武者が見えなくなってから走って分かれ道の所まで戻った。

 フルマラソンでも走ったかのように荒い息を吐きながら、結衣には分かったことがある。
 あれは幽霊じゃない、ということだ。
 本当に命を置いていくことになるなんて。
 泣き出しそうになるのを必死に堪えて、結衣は力いっぱい握りしめていた携帯で久遠ヶ原学園に連絡をしたのだった……。


リプレイ本文

●いわく付きの道
 撃退士達は通報した平野結衣の言う通りの道を辿って、三丁目に近道となる『おいてけ道』と遠回りの道との分かれ目に来た。
 元々この道の利用者はあまりいないらしいが、次の犠牲者が出ないとは限らない。早期解決に越したことはないだろう。
「久しぶりの仕事ですか。肩慣らしにちょうどいいですね。というか、優希もリアさんもいますし、無様な姿はさらせないのですよ!」
 右目に傷の残る少女、橋場 アイリス(ja1078)は意気込んで早速『おいてけ道』へと続く坂道を下りだした。
「きゃ〜ん、アイリスちゃん勇気あるっ!」
 男性陣よりも長身の卯左見 栢(jb2408)が長めの横髪をパタパタさせて黄色い声を上げる。髪の色が白いせいもあって、その姿はうさぎのようだ。ちなみに彼女は女の子大好き! なのデス☆
 皆も橋場に続いて坂道へ足を踏み入れた。『おいてけ道』は道幅が狭いので、二人づつの列になる。
「とーりゃんせーとーりゃんせー……でしたっけ?」
 先頭を歩く橋場が『おいてけ道』の噂を聞いて思い出したことを口にすると、隣の橋場・R・アトリアーナ(ja1403)も不審そうにつぶやいた。
「……この時期に、とおりゃんせー?」
 まあ、天魔がシーズンやら定石なんかを気にするはずは当然ないが。
「でも……ちょっと肝試しとかする季節には早いんじゃないかなー?」
 橘 優希(jb0497)は周囲を気にしながら歩いている。辺りは予想以上に暗く、静かで、街灯の光も弱々しい。落ち武者の噂のせいで、余計にこの雰囲気がホラーチックに感じられた。
「……これじゃあディアボロ以外のものも出そうだよ。うぅ〜、早く帰りたい……」
 橘は不安を隠せず、仲間と離れないよう、なるべく明るい所を移動していた。そんな様子は可愛らしい外見と相まって完全に女の子みたいだが、本人的には至って男子である。
「怖がってる優希ちゃんもカワイイ!」
 卯左見の黄声。女の子っぽい子も大好物デス☆
「最近噂になったということは、また天魔が気まぐれに再現した作品か?」
 はしゃぐ卯左見を横目に、アイリス・レイバルド(jb1510)は無表情に言った。黒服の中で首に付けた虹色の鈴が目を引く。
「ま、何であれ俺達の出番なのは間違いないな」
 天険 突破(jb0947)は既に烈光丸を装備し、その光で周囲を照らしながら慎重に進んでいた。
「ホントに霊だったとして、その不遇な終末は同情するけど……、もしディアボロだったら……ボクらは撃退士だからさ……、覚悟してもらうしかないよね!」
 普段は軽薄な印象を持たれる藤井 雪彦(jb4731)だが、今は依頼に対して真剣だった。

 道の中程まで来たあたりで、橋場が足を止める。
「ど、どうしたの?」
 怖々尋ねる橘。
「しっ、静かに」
 天険が鋭く橘と皆に『喋るな』というジェスチャーをした。
 すると、どこからか
『おいてけ〜……』
 という声が聞こえてきた。
「ひっ……!!」
 橘が小さく悲鳴を上げる。
 皆は身構え光纏した。
『おいてけぇ〜!!』
 街灯の光の届いていない暗がりから、何かが躍り出てきた。

●命おいてけ
 ざんばら髪を振り乱し、体に矢や折れた刀が刺さったままの落ち武者だ。その口元はサラリーマンを食らった後だからか、新しい血で汚れていた。
「きゃーなにあれっ落ち武者ちゃんじゃーん! ホラーだよっホラー!!」
 この状況に卯左見はなぜか大興奮だ。ホラー好きとはいえ、落ち武者をちゃん付けで呼ぶ者は滅多にいない。
「多少の部位欠損程度では構わずに戦闘続行しそうな印象だな。だが……それなら壊れるまで殺せばいい」
 冷静に敵を観察しつつ、レイバルドが所見を述べる。
 腕を落とそうとも足を切られようとも倒れない敵の厄介さはよく知っている。だからレイバルドは絶対に気を抜くことはしない。
 そのレイバルドの横で、卯左見は全く緊張感がなかった。
「きゃー落ち武者ちゃーん! Hey、パス!」
 何をパスされる気でいるのか皆を呆れさせつつ、卯左見はぶんぶん手を振る。
 落ち武者はそれに応え(?)、卯左見に向かって来た。その血走った目は決して友好的ではなく、襲う気満々に骨ばった腕を振り上げる!
「きゃーーーっ!!」
 別の意味で卯左見は悲鳴を上げると、天険が烈光丸から衝撃波を飛ばした。『飛燕』だ。
『ォアアァ〜』
 落ち武者の甲冑に命中、大きくよろめき、爪が空を切った。やられ声まで何だかおどろおどろしい。
「やっぱり天魔だな。久しぶりの撃退士らしい仕事な気がするぜ。こっちの攻撃が通じる以上、全力で攻めるだけだ!」
 天険は満足気に笑みを浮かべた。相手が天魔なら自分の仕事だ。やり方は充分に心得ている。

「まずは、機動力アップでいこう!」
 藤井がなるべく仲間の近くへと移動して、『韋駄天』を使用した。藤井と橘、レイバルドの足に光るアウルを纏わせる。
 橋場はエネルギーブレードで斬りかかった。
「おいていって欲しかったら、こっちへ来なさい!」
 落ち武者の気を引くため派手に甲冑に当て、すぐに退く。
 橋場の背後には街灯があった。落ち武者をそこまで誘導するのが目的だ。
「……落ち武者型とは、シリアスになりきれないシュールさを感じますの」
 アトリアーナもギガントチェーンで、落ち武者が街灯に向くように、それ以外の方向にハンマーを投げつける。
 落ち武者はヨロヨロと街灯へと向かい始めた。
「見えない敵より見える敵の方が安心する……かな」
 本物の幽霊より天魔の方がマシだと自分に言い聞かせ、橘はモラルタ・ベガルタを両手に落ち武者に接近した。
 小刻みに牽制攻撃を繰り返すと、落ち武者は自分の脇腹に刺さっていた刀を引き抜く。
『おいてけぇーっ!』
 橘目掛けて突き刺そうとしてきた。
「っ!」
「黒粒子の護りを!」
 レイバルドは即座に『黒の障壁』を橘に使った。
 橘を覆う黒色の粒子が落ち武者の攻撃の威力を弱め、橘は二の腕を浅く刺されるだけで済んだ。
「きゃあっ、優希ちゃん大丈夫!? 落ち武者ちゃんひどーい、アタシもガンバる!」
 卯左見は『ハイドアンドシーク』で暗闇の中へと気配を消した。
「できるだけ有利に、防御を固めておかないとねっ☆」
 藤井が街灯の側に陣取り、『四神結界』を発動。これでしばらくは街灯の近くで戦う仲間の防御力が高まり、ダメージ軽減の役に立つだろう。
 落ち武者は大きく息を吸い込む動作をした。
「!」
 『雄叫び』をあげるつもりだといち早く気付いた橋場が、剣にアウルを集中させた。真紅に輝く剣を、落ち武者の顎へと振り上げる。
「砕きます!」
「叫ばせないよ!」
 橘も大きく開いた口に、双剣に溜めたエネルギーを撃ち放つ。
 橋場の『Regina a moartea』の斬撃は落ち武者の顎を割ったが、橘の『封砲』は口ではなくざんばら髪を三分の一ほど奪った。
 ダメージを受けても構わず、落ち武者は『雄叫び』を上げる!

『オァアアアーーッ!!』

 その声は脳髄を震わせ体に伸し掛るような、耳障りな響きを持っていた。
「くぅっ!」
「ひっ……!! や、やぁ、もうやだぁ!!」
 アトリアーナは咄嗟に耳を塞ぎ、橘は涙目で女の子のような悲鳴を上げる。
「――気合いなら負けないぜ!」
 天険は気合いで踏ん張り『雄叫び』をしのぎ、太刀に力を込める。強烈な一撃『薙ぎ払い』をお見舞いした。『スタン』に成功する。
「タフネスで耐えるタイプだな。どれだけ痛みに鈍かろうと、ダメージを蓄積させて体の構造的に動けなくさせてしまえばいい」
 レイバルドはイリスの紋章から無数の虹色の刃を飛ばした。刃は落ち武者の甲冑に覆われていない、剥き出しになった腕の付け根や膝関節などを狙って切り裂いてゆく。
「しぶといですの」
 アトリアーナは武器をグラビティゼロに持ち替え、杭を落ち武者の口の中に打ち出した。杭が後頭部を突き抜ける。
「きゃーアイリスちゃんもアトリアーナちゃんもかっこいー! さいこー!」
 きゃっきゃと声援を送りながら、『夜の番人』で視界を確保した卯左見が落ち武者の頭を白杵で殴りつけた。
「念を入れとこうかな」
 藤井は鳳凰を召喚した。『聖炎の護り』でバッドステータスの防御。
 刀を振りかぶり落ち武者が橋場に飛びかかろうとする。
「I deserted the ideal!」
 橋場は身をかがめ、着地の瞬間を狙い落ち武者の足を引っ掛けた。
 見事に転倒する落ち武者。
 アトリアーナがしめたとばかりに近付き、再びバンカーを打ち込もうとした時、足を掴まれた。
「しまった――!」
 そして刀がアトリアーナの足に突き刺さる!
「あうっ!」
 元々生命力が低い状態だったアトリアーナは気絶しそうになるも、『不撓不屈』で耐える。
「しっかりしろ!」
 天険が烈光丸でアトリアーナの足を掴んでいた腕に斬り付け、藤井も
「女の子をこれ以上傷つけさせないよ!」
 風を操り半月状の刃のようにし、手のひらから発射する。無数の緑の風刃『風妖精の嫉妬』は、天険の付けた傷をさらにえぐり、腕を一本切り落とした。
「きゃー落ち武者ちゃんゆるせなーい! えいえいっ!」
 卯左見は切られた腕がまた動き出してはいけないと、白杵に全体重をかけて潰しにかかる。
 うさぎの餅つきのごとく、何度も突かれた落ち武者の腕はすっかりすり潰されたのだった。

 まさにゾンビのように起き上がった落ち武者は半分崩れかけた口を開け、喉の奥から不快な声を発し始める。
 レイバルドは『シールゾーン』の魔法陣を展開した。
「その攻撃は、少し記憶に新しすぎる。封じさせてもらう」
 『封印』に成功する。
「もう声を出しても無駄ですよ」
 橋場はエネルギーブレードを開いたままの落ち武者の口に突き入れた。
 落ち武者が爪で橋場の頬を引っ掻くも、橋場はそのまま剣をねじり、アトリアーナが杭を刺した部分をさらに広げる。
「これもくらえっ」
 橘が『封砲』を放つと、黒い衝撃波はすでにグラグラになっていた落ち武者の上顎から上を吹っ飛ばした。
「……余計、ホラーになった」
 自分でやったことだが、そのスプラッタな姿に橘は思わず吐き気を覚えてしまうのだった。

 頭がなくなっても落ち武者はまだ動いていた。
「うわー……、一番イヤなパターンだよ」
 顔色を悪くしながらも、橘は戦いをやめる気はない。
 落ち武者は自分の肩や足から矢を抜いた。
「皆、気を付けて!」
 藤井の警告と同時に、落ち武者は残った手にまとめて矢を構え、あちこちに走りながら腕を振り回す。見えていない分、どこに向かうのか分からなくて厄介だ。
 アトリアーナは『死牙』を使った。武器を地面に突き立てると、巨大な獣の頭部が現れ、落ち武者に牙を剥く。
「……おいてくのは、そちらの方ですの」
 獣は落ち武者の胸まで覆うように噛み付き、その生命力を奪いアトリアーナの傷を癒した。
「頭部を失おうとも容赦はしない」
 レイバルドが動きを止めるため落ち武者の足に虹色の刃を飛ばす。アキレス腱部分を深く切り、落ち武者は体勢を崩した。
「そんなになっても動けるとはな」
 天険も高速の『飛燕』を放ち、背中の甲冑に穴を開ける。
 不格好な動きで落ち武者が方向転換し橘の方へと突進、力任せに矢を大振りして来た。
 橘は双剣を交差して矢を受け止める。だが落ち武者の力は強く、押し負けそうだ。
「うぅ、ゾンビのくせに……!」
 そこへ藤井が『風妖精の嫉妬』を放射、落ち武者の腕を切り刻む。
「特に恨みがある訳じゃないけど……、他人を苦しめるなら、消えてもらうよ」
 藤井の口調は穏やかでも、目は全く笑ってなかった。
 橋場とアトリアーナはお互い目配せする。
「いきますよ、リアさん!」
 橋場の合図でアトリアーナは体からアウルを燃え上がらせ、リミットを外した攻撃『荒死』を発動させた。その攻撃回数は4回!
「必殺ですの!」
 アトリアーナの攻撃に合わせ、橋場も『Regina a moartea』の剣を振り抜いた。
「きゃー二人共かっこいー! かわいー! すごーい!」
 ぴょんぴょんと跳んで歓声を送る卯左見。

 二人の圧倒的な破壊力の前に落ち武者は耐えられるはずもなく――、卯左見の騒ぎ声を背景に、戦闘は幕を閉じたのだった。

●おいてったもの
 改めて辺りを見回すと、犠牲になったサラリーマンの遺体が暗がりに見つかった。
「無事な物だけ回収しておきますの」
 アトリアーナが携帯やカバンを拾い上げ、天険が警察を呼び事情を説明する。それから、
「警察が来るまでしのびないからな」
 そっとシーツ状の布をサラリーマンの無惨な亡骸の上にかけた。
 レイバルドが負傷した橋場と橘に癒しの音色を奏でる粒子、『原初の調』を生成し傷を癒す。
 回復が済むと、橋場はアトリアーナと橘をハグした。
「お疲れ様でしたーですよー。リアさん、優希ー」
「アイリスもお疲れですの」
 アトリアーナも橋場をぎゅーと抱き返し、お互いを労った。
 橘はハグされながら何だかげっそりしている。
「ホントに疲れた……色んな意味で。……もう帰りたい」
「よしよし、終わりましたから、帰りましょう」
 橋場とアトリアーナが優しく橘をなでなで。
 そんな仲良し三人組の様子を、卯左見が指をくわえて見ていた。
「いいな〜三人揃ってかわいー! 仲間にはいりたーい♪」

 皆で立ち去る前に、橋場が持参した塩おにぎりを取り出した。
「多分、おいてけってこれですよね……」
 街灯の下におにぎりを供え、手を合わせる。
 今回の事件は、不遇な落ち武者の昔話が天魔に利用されたものだと言えるだろう。だからもう、化けて出るなどと言われぬよう、安らかに眠れるように、と。

 分かれ道の所まで戻って来ると、警察が到着していた。
 アトリアーナはサラリーマンの遺品を渡し、家族に届けてくれるように頼む。
 すると、パトカーの後ろから女子高生が姿を現した。
「あの、私通報した平野結衣です。天魔はもういないんですよね?」
 まだ不安気な彼女に、天険が答える。
「ああ、大丈夫だ。天魔は俺達が倒した。怖かったと思うが、元気出してくれ。いざとなれば撃退士がいるってことを、また思い出してくれよな」
 頼もしい言葉に、結衣の顔が明るくなった。
「はい、ありがとうございました!」
「これで変な噂はなくなると思うよ」
 藤井もにこやかに受け合うと、結衣は『友達にそう教えてあげます』と言って帰って行った。

 後日、藤井は再び『おいてけ道』を訪れた。
 今度は花を持って。
「無念……未練があるんだよね……。本当に生まれ変わりとか、ボクにはあるのか分からないけれど……あるといいなって思うよ……」
 ディアボロも元は人間。望まぬ姿に変えられたとなれば、恨みも残ろう。
 この世では悲しい終わり方だった昔の落ち武者と今の落ち武者が、今度は幸せな結末を迎えられればいい。
 そんな想いを込めて、藤井は乾いたおにぎりの隣に花を置いた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:3人

踏みしめ征くは修羅の道・
橋場 アイリス(ja1078)

大学部3年304組 女 阿修羅
無傷のドラゴンスレイヤー・
橋場・R・アトリアーナ(ja1403)

大学部4年163組 女 阿修羅
夢幻のリングをその指に・
橘 優希(jb0497)

卒業 男 ルインズブレイド
久遠ヶ原から愛をこめて・
天険 突破(jb0947)

卒業 男 阿修羅
深淵を開くもの・
アイリス・レイバルド(jb1510)

大学部4年147組 女 アストラルヴァンガード
斡旋所職員・
卯左見 栢(jb2408)

卒業 女 ナイトウォーカー
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師