●新築一戸建てへ
猪討伐に集まった撃退士達は、依頼者の家へと急いでいた。親子はさぞかし心細い思いで自分達を待っているに違いない。
「子を守る親の心、見捨てるわけにはいかないな。猪達を狩りきって、必ずや親子を助け出してみせようか」
ダンディなリーガン エマーソン(
jb5029)は渋く言った。落ち着いた大人の雰囲気を醸し出しながらも気迫を感じさせる。
「亥年にはまだ4、5年早い件」
玉置 雪子(
jb8344)の口調は軽い。小柄な少女姿の玉置はフヒヒ、と笑った。
「天魔の襲撃って戦災だもんなぁ」
走りながら西條 弥彦(
jb9624)は、家を天魔に破壊されてしまった家族のことを思う。自分では防ぎようのない不幸だ。運が悪かったとしか言い様がない。
パウリーネ(
jb8709)はずっと林檎をかじっており、その顔はこれからの戦いに無関心なようにも、自分なりに緊張を抑えようとしているようにも見えた。
現場の家が目前になると、骸目 李煌(
jb8363)は光纏した。全身から黒いオーラが噴き出し、銀髪が紫になった。服から見える首元には手のような痣も浮かんでいる。そして『陰影の翼』で翼を顕現させた。
玉置といつの間にか林檎を完食したパウリーネ、西條も翼を出し飛び上がる。
家の周りを飛んで猪の姿を探し始めた。
「さて、分かりやすく人命救助、やりますか」
天険 突破(
jb0947)が勢い良く生垣を飛び越え、続いてリーガン、咲・ギネヴィア・マックスウェル(
jb2817)も庭へと踏み込んだ。
「……今猪は家の裏にいる……!!」
骸目の警告を聞きながら、天険は開け放しの窓から家の中に入った。
「救援だ、誰かいるなら化物を追い払うから、少しだけそこで待っててくれ!」
二階に向かって声をかける。
「慌てず騒がず、大人しくしていてくれればすぐに終わる!」
リーガンも大声で呼びかけた。
二階の子供部屋に避難していたいずみ親子はそれを聞きつけた。いずみの胸に安堵と希望が広がる。
「ママ、助けに来てくれたって!」
娘のるりの顔が明るくなった。
「ええ、そうね。でもまだ危ないから、撃退士さんが天魔を倒してくれるまで静かに待ってましょうね?」
「うん、るり、ちゃんと静かにできるよ!」
「いい子ね」
母は再び娘を胸に抱きしめて、戦闘が終わるのをひたすらに待つのだった。
●猪狩り
猪も天険とリーガンの声に気付いたようだ。くるりと向きを変え、家の中へ突進する。
「……猪が家の中に入った……!!」
天険の目の前に猪が透過しながら現れた。
「うおッ!」
脇に避けると、大型は天険を通り過ぎて足を止める。小型の猪達が天険を取り囲み始めた。
この展開はまずい。早くこいつらを外に出さなければ。
「ちょっと、あんた!」
大窓の所に仁王立ちした咲は、鋭い視線をでかい猪に据えた。猪の方も咲の視線を受け止め、お互いにらみ合う。
咲は強気な笑みを見せ、さっと懐から取り出したものは――肉まん。
「ふん、あんたなんか肉まん食べながらでも相手できるんだから!」
『挑発』を使い肉まんにかぶりついた! だがしかし!
「ってこれピザまんやーッ!」
でも美味しくいただきました。
とにかく、猪はその挑発に乗ってくれ、咲に突撃!
「ノってきたわねー!」
「ホラこっちだ!」
天険も自身を餌に小猪を引き連れて、咲と共に庭に出た。
「全ての猪の数を確認しました」
玉置は猪共が全部屋外に出たのを確かめると、すぐさま庭に降り立ち阻霊符を発動させた。
「ひえーっ! いったーっ!」
咲は上手いこと猪から逃げたつもりが、脇腹を牙で引っ掻かれてしまった。
「……怨霊よ、怨念の炎を燃やし放て……。怨霊魔砲・炎……」
骸目が小さく呪文を唱える。骸目の骨と変わり果ててしまった左腕に、怨霊のようなものが纏わり付いた。骸目の耳に怨霊の怨嗟の声が聞こえる。その禍々しい怨霊を猪に放った。
「……小さな子がいる場所を狙うなんて、許せないな……」
『怨霊魔砲:炎』は大猪に命中し、爆発した。
猪の反撃、土弾が発射される。
「――!」
骸目は油断せず身を翻しそれをかわした。
小型の4匹は、咲の周りをぐるぐる走る。
「させるか」
西條はアサルトライフルWD3で小猪を撃つ。それに合わせて、天険も烈光丸で斬りかかった。
猪達は攻撃を受け列を乱す。
「小型はこっちに任せてくれ」
「オッケー!」
咲は西條の言葉に答えてから、背中に手を回した。自分の身長より長いブリアレオスを引き抜いて構える。
「かかってきなさいかかってきなさい」
こっちを見ている大猪にわざと二回言い、くいくい、と手招きした。
小猪達は目標を変え、いっせいに天険に飛び掛った。
「こいつらっ……!!」
天険が近寄らせまいと剣を振り回す。一匹に斬り付け、返す刀でもう一匹。しかしそれは避けられた。
「一匹ずつ確実にいこう」
後衛からリーガンがアサルトライフルAL54で援護射撃をする。骸目も黒月珠で攻撃、黒い月牙が小猪を襲う。
猪達は散らばった。
「おお、素敵な猪だなー。アレが跡形なく挽肉になればもっと素敵だろうなー。ハハハッ」
パウリーネは箒に座って飛んでおり、『魔女』を自称している通りその姿はそのまま魔女だ。
ダメージの大きそうな猪に狙いを付け、アストライオスの紋章を掲げる。無数の光の星が流星雨のように猪に降り注いだ。猪達は慌てたように走り回る。
猪達はそれぞれいくらかのダメージを負い、再び列をなし天険を取り囲もうと駆けて来た。
「おらっ!」
先頭の一匹に蹴りを入れる天険。すると二番目の奴が足を引っ掻いた。
「離れたまえ」
リーガンが二番目の猪の後ろ足に鋭い一撃『ストライクショット』を放つ。撃たれて飛び退った猪に骸目が黒月珠を使い、一匹を倒した。
小猪達は攻撃されれば一旦は引くものの、すぐに寄って来るのだった。
大猪が小猪達の方に行こうと、太い牙を突き出し咲に突撃する。
咲もそれ待ち構えるように戦鎚を構え、ぶつかる瞬間、『シールド』で猪の激突を受けた。
「ウヌゥー」
そしてそのまま力任せに鎚を振り抜き押し返す!
「ウリボーッ!!」
猪は後方に転がされていく。
「今度はこっちから行くからねーっ!」
咲は猪に起き上がる間を与えるかとすぐさま接近し殴りかかる。
だが猪はその立派すぎる牙で鎚を受け止めた。
「グワーッ! 生意気なぁ〜!」
何度か打ち合い、咲は大きく猪を弾いた。
猪は鼻息荒く土弾を吐く。咲のすぐ横に落ち、土煙が舞う。
「うわっ! ぺっ、ぺっ!」
一瞬咲が猪から目を離した隙に、大猪は植木やブランコをなぎ倒しながら庭を走り回り、あちこちに土弾を撒き散らしだした。
「なっ!」
「しまった!」
天険達は咄嗟に回避行動を取ったが、リーガンは『重圧』になってしまった。
空を飛んでいる骸目やパウリーネ、西條が大猪の暴走を止めようとするも、動き回っているせいで狙いを付けにくい。おまけに土弾の土煙も目隠しの役割をしていて厄介だった。
猪はそのまま駐車場に続く庭との境目へと差し掛かる。そこには誰もいないと見せかけ、『蜃気楼』で姿を消した玉置が控えていた。
猪が気付いた時にはもう遅い。
「行かせません、逃しません」
玉置は『scraping.exe』で作り出した氷の槍を猪の胸に突き込んだ。当たると同時に槍は粉々に砕けてしまう。
ひるんだ猪は方向転換し走り去った。
リーガンが土弾に気を取られていると、小猪に足を噛み付かれた。
「くっ!?」
他の二匹もリーガンの動きを止めようと寄って来る。
「いかんな……!!」
「大丈夫か!?」
天険がリーガンを噛んだ一匹を斬り付けようとしたが、素早く避けられてしまう。
「……女に負担はあまり掛けたくないんでな、倒させてもらう……」
骸目は黒牙をリーガンに近付く猪に飛ばした。牙は猪の鼻先に当たり、続けて西條も猪の足元を撃ち抜いた。
「結構しぶといなー。挽肉のしがいがあるよ」
パウリーネは『ハイドアンドシーク』で気配を消し上空を旋回、背後からそっと近付く。
一匹ずつ確実に。ディアボロ共は全部潰そう。全部残さず。
パウリーネは動きの鈍った一匹を見定め流星を降らせ、一匹潰すことに成功した。
「調子に乗るなよ!」
天険がうろうろと逃げ惑う小猪に太刀を振り下ろした。胴体を深く斬られ、苦痛の鳴き声を上げてのたうつ猪。
「噛み付いた代償は払ってもらおうか」
リーガンはその猪の頭部を狙い『ストライクショット』を撃ち、さらに一匹減らした。
小型猪はあと一匹だ。
(……小型の残り一匹、一気に大型を仕留める……)
骸目は大型猪を相手している咲に目を向けた。
咲はまた突撃を受けたようで、『剣魂』で回復していた。
「全員で集中攻撃しよう!」
西條が皆に呼びかけ、皆がそれに応える。
大猪は撃退士を突破しようと全力で突進した。
家に向かっていることに気付いた西條が
「行かせるか!」
ライフルを撃つが、猪は弾が当たってもまるで頓着せず突き進む。家の壁にぶち当たり、壁がちょっと壊れた。
小猪が皆の足元をちょろちょろうろつき、玉置が雪村で追い立てる。猪が反撃してきても、『予測回避』で上手く避けていた。
そしてタイミングを見計らって、『scraping.exe』を繰り出す。氷の槍は下から猪の喉元に刺さり、砕け散った。
「あなたは邪魔なのよ、さようなら」
「これで終わりだ!」
猪が弱ったところを天険が容赦なく切り伏せ、小型猪は全て討伐した。
「新築の家をこれ以上壊させるのは忍びない」
リーガンは静かな闘気を込めて、大猪に『ストライクショット』を放った。
一撃が猪の脇をかすめても、猪は真っ直ぐリーガンに突っ込んでくる。
「往生際が悪いね」
「……怨霊魔砲・炎……」
パウリーネが紋章を使い、骸目は『怨霊魔砲:炎』のオーラを猪にまとわりつかせる。
紋章の攻撃と『怨霊魔砲:炎』の爆発で、猪はリーガンにたどり着く前に勢いを失った。
苦悶の悲鳴と共に一度は地面に倒れ込む。だが起き上がったその目はまだ敵意をむき出しにしていた。
激昂した猪は手当たり次第に突進する。
パウリーネや骸目がその進路を阻もうと攻撃するが、猪はジグザグに走って攻撃をかわす。
さらに西條の狙撃をジャンプして避け、天険に襲いかかった。
「くっ!」
天険は腕に浅く刺さる牙を感じたが、かろうじて武器で防いでいた。それでも猪は剣に噛み付き離れようとしない。
玉置が駆け寄り刀でその硬い毛皮に斬り付ける。まだ猪は食いついたままだ。
「最期の悪あがきですか」
咲も猪に接近し、
「ウララーッ!」
ブリアレオスを力いっぱい横腹に食い込ませた。
少し猪の力が弱まった瞬間を見逃さず、天険が猪の腹に膝蹴りをヒットさせる。
猪はとうとう天険の太刀を離し、荒い息をつきながら体勢を立て直す。もはや誰に目にも猪に終わりが近づいているのは明らかだった。
「さー、とどめいくわよー!」
咲が大猪の目の前に立ちはだかり、まるで大リーガーの強打者のようにぶんぶんとブリアレオスを振り回す。
「せーの、ウリボーッ!!」
ドカーン!
と戦鎚は見事に猪の脳天を打ち砕き、やっと猪は動かなくなったのだった。
●親子と撃退士達は
「……静かになったわね……」
いずみが物音のしなくなったことに気付き、おもむろに立ち上がる。窓から庭を見下ろすと、芝生が土にまみれた庭と、倒れて動かなくなった猪達が見えた。
撃退士達が倒したのだ。
「よ、良かった……」
ホッとして、全身から力が抜ける。
「天魔は全部倒したから、もう降りてきても大丈夫だ!」
撃退士の声が下から聞こえた。
怪我をしたリーガンと天険は天険の『ライトヒール』で回復し、咲は自分の『剣魂』で回復する。
「これは……牡丹鍋の補給を急がないと……」
咲は深刻そうな顔でお腹をさすった。お腹が空いて力が出ない。
「鍋じゃないけど、あげる」
パウリーネがさっそく林檎を丸かじりしており、咲にも一つ差し出していた。
「ありがと!」
とりあえず頂ける食べ物は頂いておく。
「こ、これは……」
いずみ親子が降りてきた。物が散乱した家の中と荒れた庭を見回した母の顔には、複雑な表情が張り付いている。
それでも、命が助かっただけありがたいことだ。
「……皆さん、ありがとうございました」
撃退士達に頭を下げる母親。
「ありがとーです!」
るりもちょこん、とお辞儀した。
「まずは家の中を片付けないと」
いずみが途方に暮れたようにリビングに向き直る。
「俺も手伝うよ。さっき土足で入っちまったしな」
天険が手伝いを申し出ると、二人して倒れたテーブルやら戸棚から出た物などを片付けていく。
「二人共無事で良かった。君も騒いだりしないで偉かったぞ」
リーガンは娘のるりを褒めて、にっこりと笑いかけた。
「でわでわ、頑張ったるりちゃんに〈ゆきわんこのぬいぐるみ〉を譲渡するんですわ? お?」
玉置が子犬のぬいぐるみを取り出し、るりに渡した。
「わあーかわいい! おねえちゃん、ありがとう!」
「まあすみません、そんな」
母が片付ける手を止めて恐縮する。
「いえいえ、なんと〈ゆきわんこのぬいぐるみ〉の中には、『ゆきこ』のキーワードが隠されてた件」
「ゆきこ?」
「『ゆきこ』とは雪子の名前なのです。この子を雪子だと思って大事にしてくだしあ、だからもう何も怖くない。……なんつってっつっちゃった。アレ、これ死亡フラグ?」
「うーんと、この子はゆきこちゃんだね! わかった、大事にする!」
玉置は一人ちゃかちゃかしていたが、るりには伝わったようだ。
そんな様子を、骸目は少し離れた場所で見ていた。
今まで人は自分を忌避してきた。その過去を思い出す度、人を好きにはなれないと思う。だけど今はこの親子の無事に安堵していた。
(……俺をこの家族はどう思うだろうか。俺を悪魔と忌むんだろうか……)
骸目は静かにるりに近付き、骨と化した左手でその頭をなでた。
「……無事で良かった、よく頑張ったな。良い子だ……」
るりは骸目の左腕をキョトンと見つめている。そして無邪気にその言葉を口にした。
「この手、どうしたの? てんまにやられたの?」
「こらるり、そんなこと聞いちゃダメ! 失礼でしょ?」
「しつれい?」
「すみません、まだ子供なので分かってないんです」
母親は慌てて子供をかばうように抱き寄せた。
もちろん、骸目にもるりに悪気がないのは解っている。でも、母親の目に怯えの色を見て取って、視線を落とした。
くるりと踵を返して、そっとその場を離れる。
「……例え人間達に忌み嫌われようと、俺は敵を殺るだけだ……」
どれだけ人間に畏怖されようと、自分の力が救いになるのなら。
それは人間を嫌いになりきれない、骸目の切ない思いなのかもしれなかった。
これ以上理不尽に天魔の被害に遭う人を増やさないために。
撃退士達は決意を新たにするのだった。