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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/12/15


みんなの思い出



オープニング

●マイホーム
 いずみはついこの間、この町に引っ越してきた。
 結婚して10年、念願の一戸建てマイホームが完成したからだ。
 都会からはちょっと遠いけれど、夫が通勤できない距離ではない。最寄駅には近いし小学校も幼稚園もコンビニも徒歩10分圏内にある。家から近い所にちょっとした山があり、周りに高いビル等がない分、空気が綺麗に感じられた。
 夫と二人、予算や子供の今後を考えに考えて、決めた場所だった。

「ふう、キッチンはやっと片付いたわね。後は子供部屋か」
 いずみは整理を終え、物を入れていたダンボールを折りたたむ。
 リビングに目をやると、昼寝をしていた子供が起きだしたようだ。
「今日はいいお天気だし、お庭に出ようか」
 いずみはまだ幼稚園前の娘を抱っこして、庭に面した大きな窓から外に出る。
 芝生の庭には小さなブランコがあり、紫陽花やツツジ、ハーブなどの植木が周りを囲っていた。広めの庭はいずみの希望で、駐車場の他にこれだけの広さの庭が取れるから、この土地に決めたようなものだった。
 娘は早速ブランコに乗って遊んでいる。
「ママー!」
 楽しそうに手を振ってくる娘に笑って手を振り返して、ここに来て良かった、といずみは心から思う。
 しばらく遊んでいる娘の姿を見ていると、
「ママー、あれなにー?」
 娘はしきりに前方を指差していた。
「なに? 何かあるの?」
 その方角は山がよく見える。でも何か変わったものなどあっただろうか?
 いずみは不思議に思いながらも娘のそばに寄り、その指差す方を見てみた。
 すると、動物――あれは猪だろうか――が、家々の間をジグザグに突進しているのが見えた。大きいのが一匹、その後ろに小型のものが四匹、連なっている。
「い、猪っ!?」
 いずみは驚いた。
 ニュースで時折狸や猪の被害に遭った人の話を聞いたことはあるが、まさかこの町でもそういうことがあるなんて。もっと田舎の方の話だと思っていた。
 猪らしきものは二件先のお宅に突進していった。しかも壁にぶつかるでも壊すでもなく、すり抜けて。
「! あれは猪じゃない、天魔だわ!」
「てんまってこわいやつ? こっちに来るの?」
「そうよ、とても怖くて危険なの」
 あどけない娘に言った時、悲鳴が上がった。中にいた住人が襲われたに違いない。
「やだどうしよう、あぁ、警察に連絡しないと……!! あれ、久遠ヶ原学園の方がいいんだっけ」
 いずみがパニックになりかけていると、襲った家から出て来た猪が彼女達に気づいたらしい。
 目が合った、と思った。そしてよく見ると普通の猪ではないことが理解できた。
 別にいずみ自身猪の姿をじっくり見たことがある訳ではないが、その猪は明らかに違う。
 強い毛はハリネズミのように逆立ち、口にはマンモスのような太い牙が生えている。足は蹄ではなく、虎のような爪のある足だった。その後ろにいる始めはうり坊かと思ったものも、小型で牙がないだけで、恐ろしさは大きなものと変わらない。
 猪達がこちらに突進して来た。
「っ! るり、早く降りて!」
 いずみは急いで娘をブランコから下ろして抱き上げた。猪はものすごい勢いで真っ直ぐやって来る。
「きゃあああ!」
 いずみは慌てて家の中に入り奥の部屋の方に曲がると、猪達はいずみのスカートをかすめて通り過ぎて行った。
「………?」
 もう行ってしまったのだろうか。と思ったらまた向こうから家の中を駆け抜けて行く。
「いやああぁ!」
 いずみは娘を抱いたまま二階に上がった。
「静かにしててね」
 いずみは子供部屋のベッドの上に娘を置いて、窓からそっと外をのぞいてみた。
 天魔達はどうやら階段を上るということまで知恵は回らないらしいが、いずみ達が中にいることだけは分かっているようで、外に出てくるのを逃さないよう家の周りをぐるぐる回っていた。
 これではこの家から出て逃げるなんてことは不可能だ。
 いずみは隣の寝室から家電の子機を取って来て、久遠ヶ原学園に連絡した。

●久遠ヶ原学園 依頼斡旋所
 人と接するのが苦手な九月沙那(くつきさな)は、相変わらず突然に鳴る電話の音に驚き、心の準備をしてから応対に出た。
「はい、久遠ヶ原学園です」
『天魔が出たんです、助けてください!』
 相手の切羽詰った声音に、沙那にも緊張が走る。自分まで慌ててはダメだ。こういう時こそ冷静に話を聞き出さなければならない。
「大丈夫です、落ち着いて、詳しい場所と、今の状況を話してください」
 相手は焦りつつ住所を述べ、状況説明をする。
『今家の中なんですけど、外に猪みたいな天魔が家の周りをぐるぐる回ってて逃げられないんです!』
「天魔は一体ですか、それとも複数いますか?」
『えっと、おっきいのが一匹で、あと小さいのが四匹いるわ。あ、それに二件先のお宅にも入ってて、そこで誰か襲われたみたい……うちには娘もいるんです、どうか娘だけでも助けてください!』
 母親はギリギリの精神状態のようだ。
「すぐに討伐隊を向かわせますから、あと少しだけご辛抱ください。それと、警察にも電話して救急車と近辺の封鎖をしてもらえるよう、お願いできますか?」
 沙那は母親に何か役目を与えて気を紛らせることにした。
『わ、分かりました』
「大丈夫です、必ずお二人を助けます」
 沙那は母親を元気づけてから通話を終え、すぐに討伐隊を募った。

●二階の子供部屋
 いずみは警察に電話して、周辺の封鎖と救急車を頼んでから疲れたように床に座り込む。
 その間も猪達は家の周りをぐるぐる回りながら、時折一階の部屋の中に突進を繰り返していた。透過してくれれば家具などに支障はないが、時には透過せず突撃して何かを壊す音が聞こえる。
 せっかく建てたばかりの家なのに、という憤りと失望と、もし二階にまで上がってきたらという恐怖がないまぜになって、いずみはもうどうすればいいのか分からない。
「ママー、るりたち、見つかっちゃったらどうなるの?」
 娘が今にも泣きそうな顔して尋ねてくる。
「大丈夫、大丈夫よ。もうすぐ助けが来るからね。その人達がやっつけてくれるから、大丈夫。るりは強い子だから、泣かないでいられるわね?」
「……うん、るりがんばる」
 母は娘の頭を抱きかかえ、安心させるように何度もなでた。

 この子だけは守らなければ。


リプレイ本文

●新築一戸建てへ
 猪討伐に集まった撃退士達は、依頼者の家へと急いでいた。親子はさぞかし心細い思いで自分達を待っているに違いない。
「子を守る親の心、見捨てるわけにはいかないな。猪達を狩りきって、必ずや親子を助け出してみせようか」
 ダンディなリーガン エマーソン(jb5029)は渋く言った。落ち着いた大人の雰囲気を醸し出しながらも気迫を感じさせる。
「亥年にはまだ4、5年早い件」
 玉置 雪子(jb8344)の口調は軽い。小柄な少女姿の玉置はフヒヒ、と笑った。
「天魔の襲撃って戦災だもんなぁ」
 走りながら西條 弥彦(jb9624)は、家を天魔に破壊されてしまった家族のことを思う。自分では防ぎようのない不幸だ。運が悪かったとしか言い様がない。
 パウリーネ(jb8709)はずっと林檎をかじっており、その顔はこれからの戦いに無関心なようにも、自分なりに緊張を抑えようとしているようにも見えた。
 現場の家が目前になると、骸目 李煌(jb8363)は光纏した。全身から黒いオーラが噴き出し、銀髪が紫になった。服から見える首元には手のような痣も浮かんでいる。そして『陰影の翼』で翼を顕現させた。
 玉置といつの間にか林檎を完食したパウリーネ、西條も翼を出し飛び上がる。
 家の周りを飛んで猪の姿を探し始めた。
「さて、分かりやすく人命救助、やりますか」
 天険 突破(jb0947)が勢い良く生垣を飛び越え、続いてリーガン、咲・ギネヴィア・マックスウェル(jb2817)も庭へと踏み込んだ。
「……今猪は家の裏にいる……!!」
 骸目の警告を聞きながら、天険は開け放しの窓から家の中に入った。
「救援だ、誰かいるなら化物を追い払うから、少しだけそこで待っててくれ!」
 二階に向かって声をかける。
「慌てず騒がず、大人しくしていてくれればすぐに終わる!」
 リーガンも大声で呼びかけた。
 二階の子供部屋に避難していたいずみ親子はそれを聞きつけた。いずみの胸に安堵と希望が広がる。
「ママ、助けに来てくれたって!」
 娘のるりの顔が明るくなった。
「ええ、そうね。でもまだ危ないから、撃退士さんが天魔を倒してくれるまで静かに待ってましょうね?」
「うん、るり、ちゃんと静かにできるよ!」
「いい子ね」
 母は再び娘を胸に抱きしめて、戦闘が終わるのをひたすらに待つのだった。

●猪狩り
 猪も天険とリーガンの声に気付いたようだ。くるりと向きを変え、家の中へ突進する。
「……猪が家の中に入った……!!」
 天険の目の前に猪が透過しながら現れた。
「うおッ!」
 脇に避けると、大型は天険を通り過ぎて足を止める。小型の猪達が天険を取り囲み始めた。
 この展開はまずい。早くこいつらを外に出さなければ。
「ちょっと、あんた!」
 大窓の所に仁王立ちした咲は、鋭い視線をでかい猪に据えた。猪の方も咲の視線を受け止め、お互いにらみ合う。
 咲は強気な笑みを見せ、さっと懐から取り出したものは――肉まん。
「ふん、あんたなんか肉まん食べながらでも相手できるんだから!」
 『挑発』を使い肉まんにかぶりついた! だがしかし!
「ってこれピザまんやーッ!」
 でも美味しくいただきました。
 とにかく、猪はその挑発に乗ってくれ、咲に突撃!
「ノってきたわねー!」
「ホラこっちだ!」
 天険も自身を餌に小猪を引き連れて、咲と共に庭に出た。
「全ての猪の数を確認しました」
 玉置は猪共が全部屋外に出たのを確かめると、すぐさま庭に降り立ち阻霊符を発動させた。
「ひえーっ! いったーっ!」
 咲は上手いこと猪から逃げたつもりが、脇腹を牙で引っ掻かれてしまった。
「……怨霊よ、怨念の炎を燃やし放て……。怨霊魔砲・炎……」
 骸目が小さく呪文を唱える。骸目の骨と変わり果ててしまった左腕に、怨霊のようなものが纏わり付いた。骸目の耳に怨霊の怨嗟の声が聞こえる。その禍々しい怨霊を猪に放った。
「……小さな子がいる場所を狙うなんて、許せないな……」
 『怨霊魔砲:炎』は大猪に命中し、爆発した。
 猪の反撃、土弾が発射される。
「――!」
 骸目は油断せず身を翻しそれをかわした。

 小型の4匹は、咲の周りをぐるぐる走る。
「させるか」
 西條はアサルトライフルWD3で小猪を撃つ。それに合わせて、天険も烈光丸で斬りかかった。
 猪達は攻撃を受け列を乱す。
「小型はこっちに任せてくれ」
「オッケー!」
 咲は西條の言葉に答えてから、背中に手を回した。自分の身長より長いブリアレオスを引き抜いて構える。
「かかってきなさいかかってきなさい」
 こっちを見ている大猪にわざと二回言い、くいくい、と手招きした。

 小猪達は目標を変え、いっせいに天険に飛び掛った。
「こいつらっ……!!」
 天険が近寄らせまいと剣を振り回す。一匹に斬り付け、返す刀でもう一匹。しかしそれは避けられた。
「一匹ずつ確実にいこう」
 後衛からリーガンがアサルトライフルAL54で援護射撃をする。骸目も黒月珠で攻撃、黒い月牙が小猪を襲う。
 猪達は散らばった。
「おお、素敵な猪だなー。アレが跡形なく挽肉になればもっと素敵だろうなー。ハハハッ」
 パウリーネは箒に座って飛んでおり、『魔女』を自称している通りその姿はそのまま魔女だ。
 ダメージの大きそうな猪に狙いを付け、アストライオスの紋章を掲げる。無数の光の星が流星雨のように猪に降り注いだ。猪達は慌てたように走り回る。
 猪達はそれぞれいくらかのダメージを負い、再び列をなし天険を取り囲もうと駆けて来た。
「おらっ!」
 先頭の一匹に蹴りを入れる天険。すると二番目の奴が足を引っ掻いた。
「離れたまえ」
 リーガンが二番目の猪の後ろ足に鋭い一撃『ストライクショット』を放つ。撃たれて飛び退った猪に骸目が黒月珠を使い、一匹を倒した。
 小猪達は攻撃されれば一旦は引くものの、すぐに寄って来るのだった。
 大猪が小猪達の方に行こうと、太い牙を突き出し咲に突撃する。
 咲もそれ待ち構えるように戦鎚を構え、ぶつかる瞬間、『シールド』で猪の激突を受けた。
「ウヌゥー」
 そしてそのまま力任せに鎚を振り抜き押し返す!
「ウリボーッ!!」
 猪は後方に転がされていく。
「今度はこっちから行くからねーっ!」
 咲は猪に起き上がる間を与えるかとすぐさま接近し殴りかかる。
 だが猪はその立派すぎる牙で鎚を受け止めた。
「グワーッ! 生意気なぁ〜!」
 何度か打ち合い、咲は大きく猪を弾いた。
 猪は鼻息荒く土弾を吐く。咲のすぐ横に落ち、土煙が舞う。
「うわっ! ぺっ、ぺっ!」
 一瞬咲が猪から目を離した隙に、大猪は植木やブランコをなぎ倒しながら庭を走り回り、あちこちに土弾を撒き散らしだした。
「なっ!」
「しまった!」
 天険達は咄嗟に回避行動を取ったが、リーガンは『重圧』になってしまった。
 空を飛んでいる骸目やパウリーネ、西條が大猪の暴走を止めようとするも、動き回っているせいで狙いを付けにくい。おまけに土弾の土煙も目隠しの役割をしていて厄介だった。
 猪はそのまま駐車場に続く庭との境目へと差し掛かる。そこには誰もいないと見せかけ、『蜃気楼』で姿を消した玉置が控えていた。
 猪が気付いた時にはもう遅い。
「行かせません、逃しません」
 玉置は『scraping.exe』で作り出した氷の槍を猪の胸に突き込んだ。当たると同時に槍は粉々に砕けてしまう。
 ひるんだ猪は方向転換し走り去った。

 リーガンが土弾に気を取られていると、小猪に足を噛み付かれた。
「くっ!?」
 他の二匹もリーガンの動きを止めようと寄って来る。
「いかんな……!!」
「大丈夫か!?」
 天険がリーガンを噛んだ一匹を斬り付けようとしたが、素早く避けられてしまう。
「……女に負担はあまり掛けたくないんでな、倒させてもらう……」
 骸目は黒牙をリーガンに近付く猪に飛ばした。牙は猪の鼻先に当たり、続けて西條も猪の足元を撃ち抜いた。
「結構しぶといなー。挽肉のしがいがあるよ」
 パウリーネは『ハイドアンドシーク』で気配を消し上空を旋回、背後からそっと近付く。
 一匹ずつ確実に。ディアボロ共は全部潰そう。全部残さず。
 パウリーネは動きの鈍った一匹を見定め流星を降らせ、一匹潰すことに成功した。
「調子に乗るなよ!」
 天険がうろうろと逃げ惑う小猪に太刀を振り下ろした。胴体を深く斬られ、苦痛の鳴き声を上げてのたうつ猪。
「噛み付いた代償は払ってもらおうか」
 リーガンはその猪の頭部を狙い『ストライクショット』を撃ち、さらに一匹減らした。
 小型猪はあと一匹だ。

(……小型の残り一匹、一気に大型を仕留める……)
 骸目は大型猪を相手している咲に目を向けた。
 咲はまた突撃を受けたようで、『剣魂』で回復していた。
「全員で集中攻撃しよう!」
 西條が皆に呼びかけ、皆がそれに応える。
 大猪は撃退士を突破しようと全力で突進した。
 家に向かっていることに気付いた西條が
「行かせるか!」
 ライフルを撃つが、猪は弾が当たってもまるで頓着せず突き進む。家の壁にぶち当たり、壁がちょっと壊れた。
 小猪が皆の足元をちょろちょろうろつき、玉置が雪村で追い立てる。猪が反撃してきても、『予測回避』で上手く避けていた。
 そしてタイミングを見計らって、『scraping.exe』を繰り出す。氷の槍は下から猪の喉元に刺さり、砕け散った。
「あなたは邪魔なのよ、さようなら」
「これで終わりだ!」
 猪が弱ったところを天険が容赦なく切り伏せ、小型猪は全て討伐した。
「新築の家をこれ以上壊させるのは忍びない」
 リーガンは静かな闘気を込めて、大猪に『ストライクショット』を放った。
 一撃が猪の脇をかすめても、猪は真っ直ぐリーガンに突っ込んでくる。
「往生際が悪いね」
「……怨霊魔砲・炎……」
 パウリーネが紋章を使い、骸目は『怨霊魔砲:炎』のオーラを猪にまとわりつかせる。
 紋章の攻撃と『怨霊魔砲:炎』の爆発で、猪はリーガンにたどり着く前に勢いを失った。
 苦悶の悲鳴と共に一度は地面に倒れ込む。だが起き上がったその目はまだ敵意をむき出しにしていた。
 激昂した猪は手当たり次第に突進する。
 パウリーネや骸目がその進路を阻もうと攻撃するが、猪はジグザグに走って攻撃をかわす。
 さらに西條の狙撃をジャンプして避け、天険に襲いかかった。
「くっ!」
 天険は腕に浅く刺さる牙を感じたが、かろうじて武器で防いでいた。それでも猪は剣に噛み付き離れようとしない。
 玉置が駆け寄り刀でその硬い毛皮に斬り付ける。まだ猪は食いついたままだ。
「最期の悪あがきですか」
 咲も猪に接近し、
「ウララーッ!」
 ブリアレオスを力いっぱい横腹に食い込ませた。
 少し猪の力が弱まった瞬間を見逃さず、天険が猪の腹に膝蹴りをヒットさせる。
 猪はとうとう天険の太刀を離し、荒い息をつきながら体勢を立て直す。もはや誰に目にも猪に終わりが近づいているのは明らかだった。
「さー、とどめいくわよー!」
 咲が大猪の目の前に立ちはだかり、まるで大リーガーの強打者のようにぶんぶんとブリアレオスを振り回す。
「せーの、ウリボーッ!!」
 ドカーン!
 と戦鎚は見事に猪の脳天を打ち砕き、やっと猪は動かなくなったのだった。

●親子と撃退士達は
「……静かになったわね……」
 いずみが物音のしなくなったことに気付き、おもむろに立ち上がる。窓から庭を見下ろすと、芝生が土にまみれた庭と、倒れて動かなくなった猪達が見えた。
 撃退士達が倒したのだ。
「よ、良かった……」
 ホッとして、全身から力が抜ける。
「天魔は全部倒したから、もう降りてきても大丈夫だ!」
 撃退士の声が下から聞こえた。

 怪我をしたリーガンと天険は天険の『ライトヒール』で回復し、咲は自分の『剣魂』で回復する。
「これは……牡丹鍋の補給を急がないと……」
 咲は深刻そうな顔でお腹をさすった。お腹が空いて力が出ない。
「鍋じゃないけど、あげる」
 パウリーネがさっそく林檎を丸かじりしており、咲にも一つ差し出していた。
「ありがと!」
 とりあえず頂ける食べ物は頂いておく。
「こ、これは……」
 いずみ親子が降りてきた。物が散乱した家の中と荒れた庭を見回した母の顔には、複雑な表情が張り付いている。
 それでも、命が助かっただけありがたいことだ。
「……皆さん、ありがとうございました」
 撃退士達に頭を下げる母親。
「ありがとーです!」
 るりもちょこん、とお辞儀した。
「まずは家の中を片付けないと」
 いずみが途方に暮れたようにリビングに向き直る。
「俺も手伝うよ。さっき土足で入っちまったしな」
 天険が手伝いを申し出ると、二人して倒れたテーブルやら戸棚から出た物などを片付けていく。
「二人共無事で良かった。君も騒いだりしないで偉かったぞ」
 リーガンは娘のるりを褒めて、にっこりと笑いかけた。
「でわでわ、頑張ったるりちゃんに〈ゆきわんこのぬいぐるみ〉を譲渡するんですわ? お?」
 玉置が子犬のぬいぐるみを取り出し、るりに渡した。
「わあーかわいい! おねえちゃん、ありがとう!」
「まあすみません、そんな」
 母が片付ける手を止めて恐縮する。
「いえいえ、なんと〈ゆきわんこのぬいぐるみ〉の中には、『ゆきこ』のキーワードが隠されてた件」
「ゆきこ?」
「『ゆきこ』とは雪子の名前なのです。この子を雪子だと思って大事にしてくだしあ、だからもう何も怖くない。……なんつってっつっちゃった。アレ、これ死亡フラグ?」
「うーんと、この子はゆきこちゃんだね! わかった、大事にする!」
 玉置は一人ちゃかちゃかしていたが、るりには伝わったようだ。
 そんな様子を、骸目は少し離れた場所で見ていた。
 今まで人は自分を忌避してきた。その過去を思い出す度、人を好きにはなれないと思う。だけど今はこの親子の無事に安堵していた。
(……俺をこの家族はどう思うだろうか。俺を悪魔と忌むんだろうか……)
 骸目は静かにるりに近付き、骨と化した左手でその頭をなでた。
「……無事で良かった、よく頑張ったな。良い子だ……」
 るりは骸目の左腕をキョトンと見つめている。そして無邪気にその言葉を口にした。
「この手、どうしたの? てんまにやられたの?」
「こらるり、そんなこと聞いちゃダメ! 失礼でしょ?」
「しつれい?」
「すみません、まだ子供なので分かってないんです」
 母親は慌てて子供をかばうように抱き寄せた。
 もちろん、骸目にもるりに悪気がないのは解っている。でも、母親の目に怯えの色を見て取って、視線を落とした。
 くるりと踵を返して、そっとその場を離れる。
「……例え人間達に忌み嫌われようと、俺は敵を殺るだけだ……」
 どれだけ人間に畏怖されようと、自分の力が救いになるのなら。
 それは人間を嫌いになりきれない、骸目の切ない思いなのかもしれなかった。

 これ以上理不尽に天魔の被害に遭う人を増やさないために。
 撃退士達は決意を新たにするのだった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

久遠ヶ原から愛をこめて・
天険 突破(jb0947)

卒業 男 阿修羅
べ、別にビビッてないし!・
咲・ギネヴィア・マックスウェル(jb2817)

大学部6年268組 女 阿修羅
徒花の記憶・
リーガン エマーソン(jb5029)

大学部8年150組 男 インフィルトレイター
氷結系の意地・
玉置 雪子(jb8344)

中等部1年2組 女 アカシックレコーダー:タイプB
遥かな高みを目指す者・
骸目  李煌(jb8363)

大学部2年2組 男 陰陽師
大切な思い出を紡ぐ・
パウリーネ(jb8709)

卒業 女 ナイトウォーカー
撃退士・
西條 弥彦(jb9624)

大学部2年324組 男 インフィルトレイター