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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/02/27


みんなの思い出



オープニング

 放課後の漫画研究会、通称『漫研』の部室で、一人の少女が机に突っ伏していた。
 彼女の名前は山野由梨香。久遠ヶ原学園高等部二年の生徒である。
 机を三つつなげて自分は真ん中に座っていた。脇にスキャナーとノートパソコン、トレス台とペンにインク、漫画用原稿用紙があり、彼女の手元には漫画の下描きをした紙が32枚、乱雑に敷かれている。それは彼女が描いたものだった。
 山野はむっくりと体を起こし、その下描きを虚ろに眺めながら、
「あ〜……アカンわ〜……」
 とつぶやいた。関西人でもないのに関西弁が出てしまうほどアカンらしい。
 実は、部員全員でとある雑誌の漫画賞に応募することになっているのだが、その締切があと一週間にまで迫っているのに下描きから先に進まないのだ。
 他の部員は皆今が追い込みでそれぞれ頑張っている。
 しかし、山野はどーしても下描きから先に進めなかった。
 なぜなら、彼女はペン入れが大嫌いなのだ。

 締切的には、今ペンを入れればあとの作業自体は比較的楽なのである。線画をパソコンにスキャナーで取り込み、コミックソフトでトーンや効果線の作業をすればいいだけだ。手作業でやるよりだいぶ時間が短縮でき、一週間もあれば充分終わるだろう。部員の中には下描きからペン入れも全てコミックソフトでやる者もいるが、山野はアナログのペンタッチを好んでいたので、ペン入れまではアナログでやることにこだわっていた。
 しかし……、そのペン入れが大嫌いなのだった。
 漫画を描くのは好きだ。ペン入れ以外の作業も好きだ。
 今描いて応募しようとしているのは、新人の少女漫画家の修羅場に無骨でダンディ系のおっさんが未来からやって来て、なぜか彼女の漫画を手伝うハメになる、というギャグ漫画だ。
 この漫画が完成するのを考えるとワクワクする。もちろん応募する気満々で、下描きまでは早い時期に終わっていたのだが、いざペン入れの段階になると中々気が乗らないのだった。
 そして今日までズルズルと引き延ばしてきてしまった。
 これじゃあいけない、と山野はトレス台を引き寄せスイッチを入れ、原稿を一枚ペン入れしてみる。
「あっ、失敗した!」
 最後の最後でインクを手ですってしまい、キャラの絵にかかってしまった。あと、せっかく大ゴマの顔なのに、キャラの輪郭線がイマイチ気に入らない。
 山野は一瞬迷ったが、その原稿を破って捨ててしまった。本当はパソコンに取り込んでしまえばそれくらいの失敗はどうにでも修正できるのだが。
「う〜……、やっぱりアカン……」
 山野はペンを置く。こんなモチベーションでペン入れしても、今のように失敗して気に入らないものになってしまうだけだ。
 以前仲間の部員が何人か、作業が遅々として進まない山野を心配して手伝いを申し入れてくれたが、ペン入ればかりは他人に任せられるはずもない。
 励ましや差し入れもありがたくいただいたが、それだけでは進めなかった。
「もっと、何かを……」
 山野の目がキラリ、と光った。
「普通の『がんばって』とか『やればできるよ』とかいう励ましはもう聞き飽きたんだよね〜。もっと、嘘でもいいから脳髄に響くヤル気の出る言葉が欲しい!」
 さっきまでは気の抜けた表情だった彼女の目に生気が戻ってくる。
「例えばー、胸をはだけたイケメンが目の前であたしをステキに褒めちぎってくれるとかー、クールなツンデレ女子がちょっとした萌えシチュを演じてくれるとか!」
 それをイメージして山野の顔はニンマリしてきた。
「いける! それならめっちゃヤル気出る!」
 勢いよく立ち上がり、携帯を取り出し、依頼斡旋所にメールを打ち始めた。
「我が元に集え、言霊を操る勇者たちよ!」
 携帯を持つ右手をバッと差し上げ、そして送信を押した。



リプレイ本文

●午前10時
 依頼があった翌日、皆は漫研の部室に参上した。傍から見れば一種異様な光景だが、ペンネームロマンティック☆聖羅こと山野由梨香にとっては、そこはまさに理想郷だった。
「ふわあぁ〜……」
 勢ぞろいした面子を見て、山野は思わず感嘆の声を上げる。
 縦巻きロールの髪型がよく似合っている紅華院麗菜(ja1132)はロリ系お嬢様な出で立ちで、ついと片手を口元に当てて言った。
「何事もモチベーションって大切だと思いますの。これを無視しますと上手くいきますものも上手く運ばなくなるものですの。ロマンティック☆聖羅さんにはテンション上げて頂き素晴らしい作品を仕上げて頂きたいと思いますの」
 小さいのに高慢な物言いがまた可愛い。
「撃退士って……戦ってばっかりの職業なのかと思ってましたけど、こういう依頼もあるんですね……。ちょっとびっくりしましたけど、初めての依頼ですし、精一杯頑張りたいです! 何かして欲しいことがあったら、何でも言って下さい!」
 メイド姿の古庄 実月(jb2989)の、恥ずかしさを隠しきれないながらも一所懸命な感じがたまらない。
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は依頼を受けた当初は『自分を褒めてくれ……という依頼ですか。お金を出して褒めてもらおうなんて、何というか、世も末ですねえ』などと思っていたが、『レディの頼みとあらば、叶えて差し上げるのが紳士の務め』と、今は執事服を着こなし、
「あなたの執事、エイルズレトラ・マステリオ。ただいま戻りました、お嬢様」
 優雅に一礼した。
 小生意気な美少年執事、かなりアリです。
 矢野 古代(jb1679)は始め、『萌えとはいったい……何だろう?』と三十路男性、本気で戸惑った。しかしリサーチの結果、ひとつの結論にたどり着く。
 痩せたのか多少緩くなってはいたが昔使用していたスーツを着込み、『スーツ系男子』を目指した。少し崩した額にかかる前髪と、ほんのり香る香水が大人の魅力だ。
 ランディ ハワード(jb2615)は戦意を上げる、つまりヤル気の大事さを知っていたので、やれるだけのことはやるつもりでここに来た。
 かなり小柄だがクール系で、悪魔だからか立っているだけでも何だかオーラがある。
「はい、これっ!」
 アーレイ・バーグ(ja0276)が持参したサンドイッチとカフェオレを山野に差し出した。
「か、勘違いしないでよねっ! あくまで依頼なんだからっ! 聖羅の体調が心配で食事持ってきたんじゃないんだからねっ!」
 ぷいっと横を向く。
「あ、ありがとうございます!」
 アーレイさん、さっそくツンデレ攻撃ですかあっ!?
 彼女はハイソなお嬢様風の衣装に身を包み、歩く度にその豊かな胸をたゆんぷるん♪とさせていた。同じ女性でも思わず目がいってしまう。
 未だかつてこの何の華もない部室が、こんなに豪華な空間になったことがあろうか? いや、ないッ!
 山野の萌えメーターがクッと上がった。

 皆が山野の過去の作品を見たいというので、山野はロッカーに保管していた過去二作品の原稿と数点のカラーイラストを渡す。
「まずは読ませてもらうぞ……」
 ランディがゆっくりと原稿を繰りながら、作品の傾向と完成度などを分析している。読み終わった原稿は次の人へ回され、他の皆も空いている原稿から次々と読み進めていった。
「ふむ……作品はオーソドックス、しかし熱意はある……これでペン入れだけが不安なのか? なるほど……ならばあの手でいくか」
 ランディは小さくつぶやきながら考えをまとめているようだ。
「庶民の描いた漫画とかあまり期待しませんけど見せて頂きますわ」
 つん、と原稿を受け取り一通り読んだ紅華院は、
「……ふ、ふん、庶民の癖になかなかやりますわね、絵は達者で読みやすいですしお話も中々に面白いシチュエーションですわね、べ、別に認めるとかではないですけれども、続きを読みたいというか……」
「本当!? 麗菜ちゃん!」
 山野の顔がぱあっと明るくなる。
「本当ですわ。貴女は嘘でもいいっておっしゃってましたけど……」
「うれしーッ!」
 がばちょ! と紅華院に抱きつく山野。
 しかし
「なによこれ、こんなんじゃ有明に行ったら島でぽつんと客が来ないブースで一人座ってることになるに決まってるじゃない!」
 というアーレイの声が。
「そ、そっか……」
 山野が少し表情をかげらせる。アーレイはそのタイミングを見計らって、そっぽを向いて赤面しながら付け加えた。
「まっ、まあ……基本はしっかり出来てるし、塗りも研究してるとは思うわ。ちょっと頑張ればすぐに中堅くらいにはなれると思うけどっ」
「えっ」
「なによ! 褒めてるんじゃないからねっ! 客観的な意見ってやつをちょっと言ってみただけよ!」
 こんな目の前でリアルツンデレを見られるなんて、素敵すぎる。
 山野は思わずニヤニヤした笑みを抑えられない。
 山野の隣に、矢野が作品を読みながら近づいてきた。
「少年漫画やギャグ漫画と言うにはやや線の勢いがないな」
「あ、そうなんです。あたし筆圧低くて、Gペン使ってるんですけど……」
 山野が自分の欠点を指摘されて真面目な顔になると、矢野はにっこり微笑んだ。
「でも話は面白いし、何より見やすい線だ」
「そうですか? そう言ってもらえると……」
 照れた山野に追い討ちをかける。
「森田さんのように若いのにこんなふうに描けるのは相当努力したんだろう……良く頑張ったなぁ。おじさんに言われるのは心外だろうけど、尊敬するよ心から」
「矢野さんはおじさんなんて括りじゃないです!」
「ありがとう」
 す、と山野の耳元に顔を寄せ、甘く囁く。
「良ければ俺を、最初のファンにさせてくれ。君(の描く話)に惚れてしまったみたいだからさ」
 そしてぽんぽん、と山野の頭を軽くたたくようになでた。
 キュン☆
「や、矢野さん、ソレ反則です! 鼻血出ます! いや出ないけど!」
 山野は真っ赤な顔で両手で鼻を覆い、一歩引いた。嫌だった訳ではなく、恥ずかしさ故の条件反射というやつだ。
「はは、どっちだい? できれば出さないで欲しいな」
「大丈夫です! ヤル気スイッチ入りました! 聖羅描きまーす!!」
 山野はさっそく机に向かい、ペン入れを開始した。

●完成まであと25枚
 カリカリ、シャッというペンの走る音が室内に響く。始めのうちはいい調子で進んでいたが、5枚目を過ぎたあたりからペースが落ちてきた。
 7枚目を作画中、山野があっと小さく声を上げる。
「ミリペンのインク切れたー。しまった、買い置きがない」
「私買って来ます!」
 乾いた原稿を順番通りにまとめていた古庄が、立候補した。
「じゃあ、お願い。これと同じやつ、芯の細さ間違えないでね」
「分かりました!」
 山野がお金とインクのなくなったサインペンを見本に渡すと、古庄は力強くうなずく。
 そこでハッと、今自分がメイドのコスプレをしていることに気付いた。
(買い出し行くなら着替えないと……うう……でも山野さんを待たせるわけにはいかないし……)
 少しどうしようか迷ったが、
「うん、恥ずかしいけどこのまま行ってきます! 私、頑張りますから!! だから山野さんも頑張ってください!」
 と意を決して出て行った。
 はにかみながらメイドの初めてのおつかい……それもいい! それもいいなあ!
 山野ニンマリ。
 作業が一旦止まってしまったついでにちょっと小腹も空いたので、アーレイからもらったサンドイッチとカフェオレをいただくことにした。
「それではお嬢様、気分転換に手品などはいかがでしょう?」
 マステリオが空中からトランプを取り出し、いくつかのマジックを披露した。
「えーっ、すごい! 本格的!」
 山野は感心して拍手を送る。
「残念ながら、たった一言でお嬢様にやる気をみなぎらせるような、そんな魔法のような言葉を僕は知りません。けれど、お嬢様は本当はやればできるお方ですから、お嬢様がその気になった時に全力を出せるよう、英気を養っていただくのが僕の務めです」
 マステリオは一礼して、控えめに言った。
「充分癒されました!」
 そこに、買い物を終えた古庄が帰って来た。
「これですよね?」
 急いで行って来たらしく、荒い息をつきながら頼まれた品を山野に見せる。
「うん、ありがとう、実月ちゃん!」
「いいえ、完成したら是非読ませてください!」
「そうですね、依頼を抜きにして、完成の暁には是非とも読ませていただきたいですねえ」
 マステリオも賛同した。
「もちろん! よし、続きやります!」
 二人の言葉に嬉しくなった山野は、再び原稿に取り掛かった。

●中間地点
 半分終わったところで、ランディが紅茶を出した。
「少し休んではどうかな?」
「そうですね、そうします」
 山野もそれを受け入れ、ペンを置く。
「僕ケーキ買ってきたんで、皆で食べましょう」
 マステリオがケーキの箱を山野の前で開けた。
「さあお嬢様、お好きなものをどうぞ」
「えっ、選んでいいんですか?」
「お嬢様のために買ってきたんですから、当然です」
「それじゃあ、ラズベリータルトいただきます」
「かしこまりました」
 本当に執事喫茶に来たようだ。こんな体験めったにできない。山野はこの状況を満喫していた。
 ケーキも食べ一息ついた頃、山野のヤル気がちょっと下がってきた。
 アーレイが何気なく山野の後ろに回る。そしてぽふ、と抱きついた。
「え?」
 山野は一瞬驚いたが、この背中に押し付けられている柔らかな感触は……。
 カッと山野の目が見開かれた。
「アーレイさん、これはもしや、思春期の男子が女子にされたいことランキングで必ず上位に入るという行為じゃあないですかあッッ!!」
 ズキュウウゥン! とかいう擬音が入りそうな説明台詞! この攻撃はガード不能! 乳最強ッ!
 しかもアーレイはこの攻撃の効果を上げるために、今日はノーブラなのだッ!
「……頑張りなさいよ」
 ぼそ、と告げられる励ましの言葉。
「――うおおおォッ!」
 山野の手はどこか別のスイッチでも入ったかのようなスピードで動き出した。
「こ、これはッ! 通常の三倍のスピードで原稿が上がっていく!」
 矢野は驚愕していた。(撃退士の指導のもと行っております。小さいお子様は決して真似をしないでください)
 このままいけばもうすぐ作業が終わるのではと思われたが、10枚を仕上げたところで山野はペンを落とし、机に倒れ伏す。
「ぐッ……!」
「どうした!?」
 皆が山野に駆け寄ると、山野は疲れ切った様子で、
「こ、これは一日に一回、しかも10ページ分しか使えない秘技なんです……」
 ガクリ。
 というわけでまた休憩。

●完成まであと6枚
 山野は古庄に肩と首をもんでもらい、紅華院に腕をもんでもらっていた。
「ごめんね、こんなことまでさせて」
 山野が恐縮していると、紅華院は強気に言う。
「べ……別に貴女のために手伝っているわけじゃありませんわ。でも……時間があったら、貴女の好みでいいですから、何か絵を描いて頂けないかしら……?」
 少々あざとく上目遣いでお願いしてみる。
「そんなことでいいなら全然オッケーだよ!」
「よかった」
 思わず喜びが顔に出てしまった紅華院を見て、山野も笑った。
 あと一息、山野の心を動かす萌えが必要だと感じたランディが、山野の右手にそっと触れた。
「さっき……君の作品を見せてもらったよ。すごくいい出来だ……この手が生み出しているわけだね? ロマンティック☆聖羅」
 ドキッ☆
 大人びた雰囲気のランディにときめいてしまう山野。
「俺様は愉悦を求めている。実に面白い話だ。ペン入れに悩む作家の苦労話……。そして、その作家が完成させるであろう作品の出来のこと」
 だんだんとランディの顔が近寄ってくる。それとともに声も囁きに近くなっていく。ロマンティック☆聖羅のドキドキはもう止まらない。
「失敗を恐れていてはいけない。それは読者への……君のファンになっている俺様への侮辱だぞ。いい作品を未完のまま眠らせるなんて……俺様は読んでみたい。君の新作を。そして……もっともっと有名になった君の作品をね……」
「はうう〜……」
 こんなにクールで、人間なんて歯牙にもかけなさそうな(山野の勝手なイメージです)悪魔さんが、あたしの漫画にここまで興味を示してくれるなんて……!
「いよおおっし! 最後までやれそうです!」
 山野は気合を入れ直して、ペンを取った。

●開始から十時間後
 途中妙なテンションになったり何だかんだあったが、ようやく全ての原稿にペンを入れ終わった。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
 山野が深々と頭を下げた。
「じゃ、じゃあこれで帰るから! これ受け取りなさい!」
 アーレイがずい、と持っていた栄養ドリンクを突き出した。
「これでも飲んで精々頑張ることね! ま、まあ……今日は楽しかったわよ」
 ぷい、と横を向く。
 そう、ペン入れは終わったとしても、完全に完成するにはまだやることが残されているのだ。
「アーレイさん、この先のことも気遣ってくれるなんて、あたし感動で涙出そうです!」
 山野はありがたくドリンクを受け取った。
「じゃあ俺も」
 と矢野も何かの包みを取り出す。
「これ、良ければ後で食べてくれ。疲れた時には甘いものだろう? ああ、別にわざわざ作ってきたわけではないからな?」
「クッキーですか? わ〜、ありがとうございます!」
 しかも作っていないと言いながら完全に手作りなところがニクいです!
「漫画って、一つ描くのにすごく色んな作業が必要になるんですね……。一からちゃんと物を作れる人っていうのはやっぱりすごいなぁって思います。完成まで頑張ってくださいね!」
 古庄が自分も両手をグッとするポーズをしながら言った。
「うん、頑張るね! あ、そうだ」
 山野は思い出したように、クリアファイルを紅華院に渡す。
「はい、これ」
「え」
 本当に描いてくれるとは思ってなかったので、紅華院はびっくりしながらもファイルの中を見てみると、そこにはさっきまで山野が描いていた漫画のおっさんキャラが、照れながら一輪の花を紅華院によく似た少女に差し出しているというイラストが。
「完全にあたしの趣味だけど、こんなんで良かったかな……?」
「ありがとう、大事にしますわ!」
 紅華院は満面の笑みで答えた。

 それから山野は無事漫画を完成させ、締切までに出版社に送ることができた。
 彼女の漫画が何らかの賞をもらえるかどうかは、漫画の神のみぞ知る、である。



依頼結果