●山本を探せ
依頼を受けた撃退士達は出来るだけ急いで現場に駆けつけた。
校門前に座り込んでいた滝田が、焦りながら体を起こす。
「おぉ待っとったで! すまんがはよ助けたってくれ!」
「ん、手早く、見つける」
こくり、とヒビキ・ユーヤ(
jb9420)がうなずく。
「タイムリミットは25分、急がないとだねぇ。ボクは飛べるから三階の担当がいいかな」
来崎 麻夜(
jb0905)も校舎を見ながら言うと、来崎と同様に翼を持つヒビキがそれに加わった。二人はまるで姉妹のように、全身を黒で統一していた。
「ん、三階は、任せて? 邪魔なのは、排除して、来るから」
クスクスと楽しそうに笑う。
「では私は一階を。左の棟の端から行きましょう」
続けて目を前髪で隠してしまっている只野黒子(
ja0049)が自分の担当を決める。
「……俺も……一階……反対側から……」
若松拓哉(
jb9757)も一階を志願した。
ちっちゃくてなぜか泣きそうな顔をしている少女、五十嵐 杏風(
jb7136)も小さく発言する。
「ミーは二階に行きますぅ……。阻霊符の発動は任せてくださぃ……」
(……自業自得だな……。互いに甘えて、つまらないケンカを繰り返し過ぎたんじゃないか……? 独りきりになって、後悔でも反省でもすればいい……)
不健康そうな風体と常に鬱々とした雰囲気の山木 初尾(
ja8337)がそんなことを考えていると、
「じゃあ初尾さんは残った二階の右棟でいいか?」
麻生 遊夜(
ja1838)に声をかけられたので、了承の印にうなずいた。
「全員の携帯番号を交換しましょう……常に複数通話状態にしておくと便利ですぅ……」
五十嵐の提案に従い連絡手段も整い、打ち合わせは完了した。
「三階はボク達に任せろー♪先に行ってるから早く来てね?」
来崎とヒビキは早速翼を出して飛び上がり、校舎へと飛んで行く。
五十嵐も腰の位置に翼を出し、飛んだ。他の者も、麻生と滝田を残して校舎へと走った。
皆はそれぞれ『コ』の字形の校舎の横線の端から侵入、教室を捜索していき、縦線の中央で落ち合う手筈だ。
当然窓には鍵が掛かっているので、普通には入れない。五十嵐は二階に着くと、『物質透過』で壁をすり抜け中に入った。
初尾は『壁走り』で二階まで壁を駆け上がり、廊下の窓を割った。
「うん、人命優先だよね!」
てへぺろ♪と心で舌を出しながら、来崎も教室の窓を割り侵入する。
「ん、廃校だから、問題ない」
ヒビキ、若松、只野も同様に、手近な窓を破って校舎の中へ。
『……侵入成功……』
『こちらも中に入りました』
五十嵐は携帯からの声で皆が校内に入ったことを知ると、自分も皆に向かって告げる。
「阻霊符を起動しますぅ……」
山本がどこにいるか分からない以上、教室を一つ一つ調べるしかない。それだけでも大変なのに、廊下や教室内にはワニのディアボロが彼らを待ち受けていた。
「ここにもいませんね」
只野は調べ終わった教室を出る。すると、ワニが3匹、ワニとは思えないスピードで廊下を走って来た。噛み付こうと口を大きく開けている。ずらりと並んだ鋭い牙がよく見えた。
蒼海布槍を出し、鞭のように振り回す。
「あなたがたの相手をしている暇はありません」
ワニ共を蹴散らしてその間を走り抜けた。
次の教室を覗く。窓から見た感じでは誰もいないが、力任せに鍵の掛かった扉を開けて中に入る。念のため掃除用具入れの中や教卓の下まで確認した。
調べながら聞き耳を立てることも忘れない。もしかしたら山本が助けを求めて叫んでいるかもしれないからだ。
追ってくるワニを牽制しながら、只野はまた次の教室の扉を開けた。
「……天魔……」
若松は職員室のドアを開けた途端出て来たディアボロに『ストライクショット』を撃ち込んだ。
中に入るとさらにワニが何匹かいる。向こうも若松を見つけ、ガサガサと近付いて来た。
「……ワニ……鰐皮……」
バヨネット・ハンドガンでワニの大きく開かれた口内へ数発撃ち、身を捻りざまジャンプ、別のワニの頭に一発お見舞いした。もう一匹の襲撃を片手に持ったナイフで弾き、そのまま頭部を狙い撃ち抜く。
「……高価……剥げる……?」
ワニが動かなくなったのを確かめると、若松は職員室内を探し始めた。
人が隠れられそうな場所は探したが、ここにはいないようだ。
「……次……」
今の所、五十嵐が見てきた二階の教室に山本はいない。
「急がないとぉ……」
角を曲がった途端、ワニと出くわした。
「ひぃっ」
2匹のワニが一斉に飛びかかってくる。
「ワニさん、怖いですぅ……こ、来ないでくださぃ……!」
五十嵐は顔を背けつつ救済のロザリオを前に突き出し、無数の光の矢を飛ばした。
ワニは矢に貫かれ、倒れる。
「よ、よかったですぅ……」
五十嵐は『開錠』を使い教室に入り、急いで山本を探した。
初尾は『遁甲の術』で気配を消し、捜索をしていた。
早速ワニの群れと当たった。ワニ達は獲物を求めるように時折首を伸ばしキョロキョロしている。
リミットがある以上なるべく戦いは避けたい。
幸いワニはこちらに気づいていない。『潜行』が効いているうちに初尾は静かに壁を歩き、群れを越えてやり過ごした。
そして教室を端から順に覗いて行った。
教室の前にワニが6匹、ウロウロと歩き回っていた。
ヒビキはジャイアントピコハンを装備した。
飛んで行くとワニがジャンプして噛み付こうとしてくる。
ヒビキは余裕でかわしながら、ハンマーでワニの頭を次々と叩いた。
「今はちょっと、忙しいの。邪魔すると、潰しちゃうのよ?」
ヒビキのクスクス笑いと共にピコピコッとリズミカルな音が響き、何かを連想させた。
「ん? 高得点?」
ふとヒビキは首をかしげる。
「こんなゲームがあった気がする」
ちょっと楽しげに、もう一度ピコハンを振り下ろした。
来崎は資料室のドアを蹴破り、中に入った。
ぐるりと室内を一周し山本がいないか確認していると、ワニが中へ入って来た。
「おおっとぉ」
『ナイトミスト』の闇を纏いワニのあぎとを避ける。
一匹のワニを蹴り飛ばして後から入って来たワニにぶつけた。
「ごめんね、ちょっと急いでるんだー」
廊下に出たらまだ数匹ワニがいる。来崎は飛び上がり、飛び石を飛ぶようにワニの頭を踏んづけて行った。
「邪魔しちゃダーメ♪」
クスクス、と最後のワニを踏みつけて倒し、次の視聴覚室のドアを蹴った。
室内の真ん中には、鎖に巻かれた山本が天井からぶら下がっていた。
「あっ、あんたは学園の生徒か!?」
「見つけた♪はぁい、助けに来たよー」
にこやかに来崎が中に入る。
女ヴァニタスは側の机の上に腰掛けており、残念そうに言った。
「なぁんだ、もう見つかっちゃったの」
来崎は山本に取り付けられた爆弾を見つけ、携帯を取り出し時間を確認する。
残り時間あと10分を切った。
「皆、山本さん見つけたよー、三階の視聴覚室にいるから早く来てね」
来崎は皆に集合をかけた。
●行くの? 行かないの?
麻生は仲間達が校舎に向かうと、滝田の足の傷を診た。
取りあえず『束の間の善意』で治療し、立ち上がっても大丈夫なくらいに回復させた。
「わ、悪いな……」
小さく礼を言う滝田は相当落ち込んでいるようだ。
「それじゃ、早いとこ迎えに行こうぜ?」
麻生はわざと明るく持ちかけてみる。
「えっ!?」
「どうした? コンビ組んでる友達だろ?」
「いやでも、アイツ俺が行くの嫌がっとるみたいやし……。あんたらが助けたってくれや」
滝田は気まずそうに目を伏せてしまう。
「何だ、喧嘩でもしたってか? 言ってみろよ?」
「う……実は……」
滝田が経緯を説明すると、やれやれ、と麻生は肩をすくめた。
「おいおい、他人、特にこの系統の性格してる奴の言伝とやらを信じてんじゃねぇよ」
「やって、ホンマにアイツが俺に愛想つかしてて、面と向かって『コンビ解消だ』とか言われたら俺もう立ち直れへんわ!」
「仮にそうだったとしても本人から聞け、本心をな。そこで誠心誠意謝るなり腹割って話し合うなりすればいい」
滝田はまだ迷っているようだ。
「伝えられる時に伝えときな、出来なくなってからじゃ……遅いんだからな」
麻生は少し寂しげにそう言うのだった。
その時、コートのポケットの中で通話状態にしてある携帯から
『皆、山本さん見つけたよー、三階の視聴覚室にいるから早く来てね』
という来崎の声が聞こえてきた。
滝田もホッとしている。
「見つかったんならもう大丈夫やろ。今日はこのまま帰って、落ち着いてからアイツと話すわ」
「あのなあ、ああいう輩が相棒さんに何も吹き込まないはずがないだろ? 今行かないでどうする」
「けど……」
などとしばらく押し問答していると、初尾がこっちに戻って来た。
来たはいいが、初尾は無言のままじっとりと非難の目で滝田を見、ようやく一言、
「クリスマスのことを忘れたのか……?」
「クリスマス? ……おお、覚えてんで。あん時におったあんちゃんやな。久しぶりやん」
「そういうことじゃない……あのクリスマス会の目的だ……」
あの時も山本と仲直りするためにクリスマス会を開いたのではなかったか。それを忘れてしまったのか、と初尾は問うているのだ。
滝田にも伝わったらしく、顔つきが変わった。
「ヴァニタスの戯言は簡単に信じるくせに、相方のことは信じないのか……? 人間は誰もが一生孤独だ、全て分かり合える親友なんて存在しない……それでも、今、助けに行くと行かないとでは、大違いだろう……」
「そうだぜ、ここで行かないと一生わだかまりが残るぞ。何、後悔はさせないさ」
ニヤリと麻生が笑うと、滝田も心を決めたようだった。
彼らの言う通り、今まで二人一緒にやってきたのに、これでこじれてしまうのは嫌だと思ったからだ。
「よし、ちっと乗り心地は悪ぃだろうが勘弁してくれよ」
足の怪我を慮って滝田を背負った麻生は、ご機嫌にケラケラと笑いながら走り出した。初尾も後に続く。
麻生と初尾は『壁走り』で外壁を一気に駆け上がる。
突如窓を突き破りワニが顔を出し、グバッと口を開いた。
「!」
危ないと思った瞬間、下からFanfare T9の音色が聞こえ、その衝撃波に当たったワニは窓から落下した。
「すまねぇ!」
麻生が下に視線を向けると、只野が手を振っていた。
●そして仲直り
視聴覚室では、捜索チームが集まっていた。イミーレは今の所邪魔はせず、座ったままだ。
取りあえず山本から鎖を外しつつ、事情を聞く来崎。
「難儀な性格してるねぇ……こういうのは本人から聞かなきゃダメだよー? 喧嘩の後だから気まずいのも解るけど、ね」
年上のお姉さんのようにクスクス笑う。
「本人からはアタシが聞いたわよぉ。カレはアナタなんかどうでもいいって、帰っちゃったわ」
イミーレが惑わせようと口を挟んだ。山本の表情が曇る。
「滝田さんは、来ますよぉ……?」
イミーレを無視し山本の腕の傷を応急処置してから、五十嵐が言った。
「でも俺、さっきもアイツにダメ出しして……、アイツ今度こそ嫌になったのかも……」
「生意気なことを言いますがぁ……他人が言ったことで壊れるような関係なのですかぁ……? 喧嘩したって、いいじゃないですかぁ……ぶつかったっていいじゃないですかぁ……それだけ相手を思っているということですよぉ……」
「喧嘩がどうして相手を思ってることになるの? 嫌いだから喧嘩するんでしょお?」
またイミーレが口出ししてくる。
若松は自分の頭を軽く二度叩いて、『非常電源』と呼んでいる人格を呼び出した。
「やっほう、そこの人? 目的は知ってるけどいつもこんなことしてるの? 『人を騙すが嘘はつかず』が詐欺師の基本だぜ? 凡人以下……いや、欠片の男との約束っす! なんて言うのは都合が良すぎるかな?」
「別にアタシ詐欺師じゃないし。何でそんな約束しなきゃなんないのよ」
冷ややかな顔でイミーレが応える。
その横で、ヒビキと来崎が鎖に付いた爆弾を検分していた。
残り時間3分弱。
「外に、放れば良い?」
ヒビキが首を傾けて聞く。窓の外はグラウンドだ。
「もう時間がないし、そうしよう」
来崎もヒビキの意見に同意して、二人で窓から鎖ごと爆弾を投げ捨てた。
しばらくするとドカーン! と大爆発。そのすぐ後に、山本を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あの声は……滝田?」
うつむいていた山本がはっと顔を上げる。
視聴覚室のドアから滝田を背負った麻生と初尾が現れた。
「待たせて悪いな、お届け者だぜぃ」
麻生はグッと親指を立て、滝田を下ろして山本の前に押し出す。
「滝田、来てくれたんだな」
山本がどこか安心した表情で立ち上がった。思っていた反応と違ったので、滝田は面食らった。
「おん……お前は嫌かもしれんけど……」
「嫌って? 俺もうお前が帰っちまったんじゃないかと思ってたんだぞ」
実際帰ろうとしてたのだが。
「お前、怒ってへんのか?」
おずおずと滝田が聞いた。
「来なかったら怒ってたけどな。助け呼んでくれたのお前だろ? サンキュ」
いつもの山本だ。
はは、と滝田は笑った。
イミーレが机を叩いて立ち上がる。
「ガッカリだわぁ、もう見てらんない。アタシはこれで失礼させてもらうわね」
不機嫌そうに言い捨てて、イミーレは出て行くのだった。
「結局俺ら、あの女に踊らされてた、のか?」
ぽつりと山本がつぶやくと、
「ま、そういうことだねぇ」
来崎他全員が同意する。
そしてどちらからともなく『悪かった』と言い、肩を叩き合った。
皆が校舎から出て来た時、若松はバヨネット・ハンドガンに付いているナイフでワニの死骸から皮を剥いでいた。
「何をしてるんです?」
只野が背後から声をかける。
「……校舎……再利用……不可……? ……鰐皮……再利用……可……?」
「そうですか……でも、ディアボロの原材料を考えると、止めた方がいいかもしれませんね」
「……そうか……」
若松はそのままワニを手放した。
五十嵐は仲直りの様子をスケッチしていて、それを滝田と山本にプレゼントする。
「笑顔はいいものですよぉ……」
「あ、ありがとな」
「なんや照れくさいのう」
楽しげに笑っている自分達の絵を、二人はありがたく受け取った。
「ん、仲が良いのは、いいこと」
並んで歩く二人を見て、ヒビキが満足げにうなずく。
喧嘩するほど仲がいいとも言う。きっと二人はこれからも喧嘩をするだろう。でもそれは嫌い合ってるからではなく、相方はコイツしかいないと思っているからこその、自分を解ってもらいたいという気持ちの表れなのだ。
「本音を言い合って、互いに謝れば、もっと仲良くなれる」
ヒビキと来崎、麻生のように。
『家族』が出来て人とはそういうものだと知った。例外もたまにはあるけれど、滝田と山本には当てはまらないようだった。