●引き継ぎ
彼らが現場に到着した時、塔利は顔面蒼白になって逃げている真っ最中だった。
「お待たせしました、引き付け有難う御座います」
ユウ(
jb5639)が長い黒髪をなびかせて塔利に駆け寄ると、塔利は目に見えてホッとした表情をした。
「やっと来てくれたか! 正直俺はもう限界だ。蠅人間と幽霊はあっちにいる」
塔利が指差す方を見ると、50m程先の曲がり角からこちらをうかがっている人影が。
ナイトビジョンを装備した者には、人間と蠅がミックスされた不気味な姿の蠅人間がはっきりと見えた。その傍を、靄のような影幽霊が漂っているのも分かる。
「蠅と人間の融合……この場合肖像権は何処に申請すればいいのかしら。まあ知られる前に滅ぼしてしまえばそれで大丈夫なんだろうけど」
ト部 紫亞(
ja0256)がさらりと言う。外見が古風でお淑やかな印象なので、セリフが余計物騒なものに感じられる。
塔利は彼女に見覚えがあることを思い出して、
「お前さん、久しぶりだな! 今回もキモイ敵相手に世話になるが、頼んだぜ」
「構わないわ、私は天魔を滅ぼすだけだから」
「蠅人間は、おそろしいもの?」
ちょこん、と可愛らしく首をかしげたのはヒビキ・ユーヤ(
jb9420)だ。見た目は少女でも年齢的には成人している。
「恐ろしいも何も、あんな怖ぇモンはこの世にねえ!」
塔利は当然だとばかりに力説した。
「じゃぁ、私達が、倒してあげる。蠅やGには、コレが一番」
クスクスと笑って、ヒビキはツッコミハリセンをぶんぶん振った。その殺る気は実に頼もしい。
「ああ、そういやそういう映画があるんだっけか? 俺は見たことはないが、まさかその映画見たから虫嫌いになったとか?」
麻生 遊夜(
ja1838)の指摘に、塔利はあからさまにギクリとする。図星だったらしい。
「し、しょーがねえだろ!? アレは子供が見るモンじゃなかったんだ。うぅ〜、思い出すだけで鳥肌が……!」
言い訳をする塔利に笑いを堪える麻生。
「なぁに、どんな敵だろうが撃ち抜いてやるさ」
「でも、集られるのは嫌だよねぇ。虫でも人でもだけど」
全身黒づくめの来崎 麻夜(
jb0905)が気だるげに言うと、金鞍 馬頭鬼(
ja2735)も色々身に着けながら口を開いた。
「昆虫採取? 害虫駆除? ……どっちでもいいか、さっさと掃除して帰ろうぜ」
金鞍は影幽霊を構成している小さな蠅達が耳や鼻に入らないよう、耳栓をして、フルフェイスのガスマスクを着用、その上にナイトビジョンを着け、さらに長靴下と手袋、ネックウォーマーを着込んで、徹底的に肌の露出をなくしていた。
「虫型の天魔なんてのは珍しくもないが、虫が苦手とは気の毒だな。あとは俺達に任せてどこかに隠れてろ」
ダーク色のスーツに身を包んだミハイル・エッカート(
jb0544)が持参した虫除けスプレーに虫除けリング、線香花火を塔利に投げ渡した。
「隠れるのは言われなくてもそうするが……、この花火はなんだ?」
塔利の疑問に、ミハイルも『それが何か?』とでも言いたげな顔で返す。
「会社の同僚にはそれが虫に効くと聞いたが?」
「……ああなるほど。天魔にも効くかどうかは分からんが、ありがたくもらっておくよ」
塔利はミハイルの勘違いをそのままに、虫除けグッズを受け取っておいた。
ミハイルは改めて蠅人間の方を見る。
「さて、そろそろ行くか。確かに見た目は酷いもんだが、この程度なら許容範囲だな。ピーマン食べるか蠅人間とチークダンス踊るかを選べと言われたら、俺は蠅人間を選ぶぜ」
「お前さん勇者だな! おっかねえこと言うなよ〜」
『蠅人間とダンス』を想像したのか、塔利は震え上がる。そして
「それじゃ、後は任せた!」
そう言い残して、ダッシュでその場を離れて行くのだった。
●蠅 蠅 蠅
ユウは『闇の翼』で飛び上がり、他の者達もディアボロへと駆け出す。
蠅人間は彼らを敵と認識し、影幽霊を向かわせた。
「まずは倒すことより、先輩達に近づかせないよう引き離した方が良さそうだねぇ」
来崎は先制攻撃に『Howling Night bird』で不吉な叫び声を上げた。
「音の波に飲まれろー」
その声にやられた蠅が数十匹落ちるも、幽霊の塊は一斉に散る。
「気を付けてください!」
ユウは一声かけて、『オンスロート』の無数の刃を飛ばした。影の刃は分かれた幽霊を切り裂く。
ユウの攻撃に合わせて、麻生とミハイルは影幽霊の脇を抜け、蠅人間の前へ出た。
「さぁこっち来いや、相手してやるからよぉ」
ケラケラ笑いながら、麻生はブレイジングソウルを連射する。足を中心に狙い、その攻撃に蠅人間が気を取られている隙に、ミハイルが力を込めた『薙ぎ払い』の一撃を放った。『スタン』にさせる。
「お前のターンは永久に来ないぜ」
「俺から逃げられると思うなよー?」
麻生の腕を蒼い光が螺旋となって巡ったかと思うと、背中から黒と赤の翼が出現し、白い光の弾丸が銃口から飛び出した。『天騙る者』だ。
弾は蠅人間の一本の腕の付け根に命中、腕は血を流し自由に動かせなくなったようだ。
「動きを止めたら次は攻撃手段を潰す、基本だな」
ニヤリと麻生は言った。
幽霊の蠅達は簡単に数十匹単位でボロボロ死んでいくが、高い回避率で逃げているのもの多いため、全体的にはまださほど数は減っていない。
蠅人間は影幽霊を盾にしようと、自分の方へ呼び寄せる。
移動していく幽霊に金鞍が突っ込んで行き、
「そっちじゃねーぞ!」
『フェンシング』を繰り出した。目にも止まらぬ攻撃に何匹もの蠅が落ちる。金鞍はデュエリングシールドで何度も斬り付けながら挑発した。
「よそ見してんじゃねーよ! おらおらぁ!」
影幽霊達がまごついている間に、ヒビキが躍り出る。
「さぁ、遊ぼう?」
影幽霊とは反対の方向に行くよう、蠅人間に『掌底』を打ち込んだ。
「近くにいると、邪魔、だから向こうに、行くのよ?」
後退した蠅人間にさらに『掌底』。
「さぁ、向こうに、向こうに、向こうに、ね?」
『掌底』を使い切ったところで、後方に控えていたト部が『L’Eclair noir』を放った。
黒い稲妻がト部の人差し指からほとばしり、蠅人間の肩をかすめ焦がした。
金鞍の体に影幽霊がまとわりついてくる。しかし金鞍はシールドに加えがっちり着込んでいるため、邪魔なだけで痛くも痒くもない。
「そうだ、こっちに来い……ッ!」
そして用意して来た殺虫剤を取り出した。
「天魔相手だが試してみる価値はあるか」
一気に噴射する。蠅共は一旦金鞍から離れたけれどもやられた様子はなく、すぐにまた集まって来た。
「駄目か」
「金鞍さん、ちょっと我慢してねー」
来崎が『Night Rainbow』を放つと、七色の虹のような炎が炸裂した。
「燃え上がれー! \ひゃっほう!/ 綺麗な華になれー!」
来崎の楽しげな笑い顔が鮮やかな炎に照らされ、骨組みの翼や痣の浮き出るその姿に凄みを増した。
逃れた影幽霊にユウが上空から『オンスロート』を飛ばす。
続けざまの攻撃で地面には小さな黒い粒がいくつも落ち、影幽霊も少し小さくなったようだ。
ユウは蠅達が一定以上に広がらないのはなぜだろう、と攻撃しながらその行動を上から観察していた。
(核のようなものは確認できない……蠅人間の命令で動いている部分もあるけれど、敵への対応は常に集合体で動くという習性なんだわ)
「ならば倒しやすいはず」
ユウは再び影の刃で蠅を蹴散らした。
蠅人間は住宅の塀を透過し、暗がりに隠れながら移動しだした。撃退士達を惑わせようとしているらしい。
皆は蠅人間の姿を見失ってしまった。
「どこだ?」
辺りに視線を走らせる。
突如蠅人間は電柱の上からミハイルを強襲、口を伸ばしてきた。
「おっと危ねぇ」
ミハイルが間一髪で受け流すと、蠅人間の背中の羽が震えるのが分かった。
スキルを使うつもりだ。
「させるか!」
ミハイルは『GunBash』を使用、バックラーがアサルトライフルに変化する。すぐさま銃身を持ってフルスイングし、銃床で蠅人間の頭部をしたたかに殴りつけた。
スキル発動を潰された蠅人間がよろめく。
麻生は『影縛の術』で蠅人間の影を縫い止める。
「動かれてても当てる自信はあるが、油断は禁物ってな」
だが敵は『束縛』されなかった。
いきなり距離を詰め、三本の腕を突き出してくる。
「うおッ!」
麻生は咄嗟に身をひねった。蠅人間の刺が胸に浅い傷を与えたが、『毒』はもらわずに済んだ。
ト部がもう一度『束縛』するために『La main de haine』を使う。宙に描いた円に両腕を突き入れると、無数の白い腕が出てきて蠅人間に絡みついた。
「そう容易く逃れられると思わないで欲しいわね」
今度は見事『束縛』が決まった。
「一気に、行くよ?」
直後、蠅人間の背後に回ったヒビキが『闘気解放』した『薙ぎ払い』を思い切り叩き込む。が振り向いた蠅の口が伸び、反撃を受けてしまった。左の二の腕から血が流れる。
「痛いッ」
「大丈夫か!?」
ミハイルが『薙ぎ払い』で援護し、『スタン』に成功。
「今が勝負時だわ!」
ト部は黒い電撃光線を撃ち、一本の腕を貫いた。
「良い音、響かせてね?」
無邪気に笑いながらヒビキはハリセンを大きく振りかぶり、蠅人間の顔に振り下ろす。
「潰す、潰す、潰す、潰すッ!」
ハリセンはリズム良く音を鳴らしながら蠅人間の顔をメッタ打ちにした。
「おいおい、俺にもやらせろよ」
麻生も『天騙る者』を醜い足にブチ込む。
「……こういう時ってなんて言ったかしら……えーと、オクトパス殴りにされる木偶のモンクだったかしら」
一人得心し、ト部はまた電撃を放った。
金鞍は『フェンシング』を織り交ぜながら、蠅を叩き落とすのに専念していた。足元は蠅の死骸で一杯である。
影幽霊の大きさが半分位になり、ユウがエクレールCC9を連射すると回避した蠅は来崎に寄って集る。
「ボクに、触るなッ!」
来崎は右半身に闇を纏った。
「さぁ踊りの始まりだ!」
『Dancer in the Dark』で、近寄る蠅の周りを影を引き連れ踊るように動きながら攻撃する。
ボトボト蠅が落ちていく。影幽霊の形も崩れてきた。
散り逃げた蠅の集団はまた一つにまとまり、蠅人間に助けを求めるかのように飛んで行く。
「あッ、ごめん先輩、そっち行っちゃった!」
来崎が麻生に大声で知らせると、麻生とミハイルがこちらを向いた。
麻生は不敵に笑い、ガトリング砲に持ち替える。蠅の前に立ちはだかった。
「さぁ、この弾幕から逃れられるかな?」
ガトリング砲をド派手に撃ちまくる。
「どこまで削れるか、やってやろうじゃねーか!」
おびただしい数の弾丸がバラまかれ、蠅も粉々に撃ち砕かれてゆく。
ミハイルもトレンチコートを脱いで、蠅共をくるんだ。地面に置いて、ゴリゴリ踏み潰す。
「こりゃ後でクリーニングだな……」
ユウが飛んで来てまだ残っている蠅が蠅人間に近づかないよう、銃撃を繰り返した。
「だいぶ数が減ってきましたね」
金鞍も攻撃しては少しずつ後退し、自分達の方に影幽霊を誘導する。
そして、笑みを湛えた来崎が待ち構えていた。
「さぁ、オヤスミの時間ですよー」
辺りはたくさんの黒羽根に埋め尽くされた。だいぶ小さくなった影幽霊は羽根に覆われ見えなくなる。『Night Temptation』の効果だ。
「キミ達に耐え切れるかなー?」
一瞬にして黒羽根は氷の結晶と化し、範囲内の全てを凍てつかせたのだった。
ヒビキはジャイアントピコハンに持ち替えて蠅人間を殴り続けていた。
「コレも、良い音、なの」
蠅人間に『騒音』の魔法攻撃をされても顔を殴られても避けようとせず、攻撃の手を休めない。
蠅人間の顔はもはやぐちゃぐちゃだが、ヒビキも口元から血を流しながらずっと笑っていた。
「痛いわ、痛いの……でも、楽しいね、楽しいわ。さぁ、もっと、倒れるまで……ふふ、うふふ」
蠅人間はヒビキとト部の攻撃ですでに残る力もわずかに見えた。
影幽霊の始末を終えたミハイルがPDW FS80を構える。
狙いを定め、弾丸にアウルを集中し『スターショット』を撃った。強力な攻撃は蠅人間の背中から狂いなく心臓を撃ち抜く。
蠅人間は動きを止め……、バッタリと倒れた。
「………」
ト部は蠅絨毯が敷き詰められた道路を見渡し、
「これ、清掃局の人が泣きそうだわ……」
気の毒そうにつぶやいた。
●虫退治完了
「おぅ、お疲れさんだ」
麻生がヒビキと来崎に呼びかけた。
ヒビキは声をかけられ、戦闘時の一種病的な笑いから、あどけない子供らしい微笑みに変わる。
「ん、終わった」
「怪我してんな。じっとしてろ」
麻生がヒビキと自分の傷を治療している間に、ト部と金鞍が警察に天魔退治の完了を知らせに行き、ミハイルとユウは塔利を迎えに行った。
塔利は蠅まみれの現場からやや離れた所で皆に礼を言う。
「いやーマジで助かったぜ、お前さん達ありがとな!」
「いいえ、四四三さんこそお疲れ様でした」
ユウが丁寧に頭を下げるので、塔利は面食らったようだ。
「止めてくれ、俺は何もしていない」
「でも、虫が苦手なのに私達が来るまで逃げませんでした」
「それは、まあ……」
どうやら塔利は褒められることに慣れていないのか、ちょっと照れているらしい。
「虫退治も終わったことだし、同い年同士酒飲みながら苦手なもの談義しないか。学園は若者ばかりだから、飲み相手がいないんだ」
「いいな、遠慮なく行かせてもらうぜ」
ミハイルのお誘いを塔利は喜んで受け入れた。
「ボク達も帰ろうよ。ねぇ、キモチワルイ敵さんだったねぇ」
来崎が麻生の腕に自分の腕を絡めてスリスリする。
「そうだな、帰るか。俺達の家へ」
促すように麻生がヒビキを見ると、ヒビキは麻生の背中によじ登ってきた。首に抱きつき、甘える。
「お、どした? 疲れたか?」
「ん、これで、安心……」
ヒビキはおんぶの格好のまま、すやすやと眠ってしまったのだった。
麻生は優しく微笑みヒビキの体を支え、起こさないようゆっくり歩いて行く。
麻生と来崎とヒビキ。幸せそうな3人の姿は、ト部や金鞍の目に本当の家族のように映った。
皆の先を歩くミハイルと塔利は、すでに苦手なもの話に花を咲かせている。
「他にもあるぞ、『宴会時にネクタイを頭に巻くのが日本のサラリーマンの正装』とか同僚が言うのを本気にして、依頼で実行しちまったぜ!」
「ぶははは!」
「あの野郎、後でしばく!」
「お前さん、意外と信じやすい質なんだなあ〜」
くっくっく、と笑いを噛み締める塔利。
「そういやお前さん、そのコートやけに汚したな」
ミハイルの肩に掛かっているコートに気付いて言った。
「ああコレか? さっき蠅を包んで踏み潰したからな」
「げッ!!」
「ハハハ」
ミハイルが虫除けに効くのは線香花火ではなく蚊取り線香だと知るのは、それから数時間後のことであった。