●消臭&救出作戦
依頼斡旋所では、ジーナ・フェライア(
jb8532)が、トラックを借りられないかと交渉中だった。
「あくまでも近づくための手段です。どうにか借りられないものでしょうか? 一般人女性を救出するためにも必要なんです」
育てられた環境ゆえか、ジーナの外見は中学生という年齢にそぐわない、艶めいた色香がある。
「服や体に染み付いて取れなくなってしまいそうなほどの耐え難い悪臭は、早く何とかしなければ。捕らわれた女性が余りにもかわいそうだ」
ジーナの交渉を少し離れた所で待ちながら、すらりとした長身の遠石 一千風(
jb3845)が顔をしかめる。
散々撃退士には耐えられないものすごい臭いだと聞かされたが、一体どれほどなのか想像もつかない。
「僕の周りは常にエレガントでセレブリティな香りが漂わなければならない。故に、この状況は許しがたいな。僕が成敗してあげなくもないぞ?」
まるで花でも背負っているかのように微笑んだカミーユ・バルト(
jb9931)が、なぜか偉そうに言った。
見目は王子様然としていて麗しい。……あともう少し背が高ければいいのに、と誰もが思うほど。いや残念。
交渉を終えたジーナが、遠石達の方へ戻って来た。その様子からすると交渉は成功したようだ。
「商店街の人に借りることができました。校門まで来てくれるそうです。私がゴブリンの所まで運転しましょう」
「私が射程に入り次第、まず一般人女性達に『スリープミスト』を使用します」
セレス・ダリエ(
ja0189)が自身の作戦を述べる。
一般人女性は魅了されているとのことだから、ゴブリンを攻撃しようとすると邪魔される危険性がある。彼女らを戦闘に巻き込まないためにも、手っ取り早く眠らせた方がやりやすいだろう、との考えだ。
「じゃあ僕は眠った女性達を荷台に運びますね」
自分も女の子のような可愛らしい顔立ちの少年、ファリオ(
jc0001)が申し出た。額に埋め込まれているらしい宝石が不思議な印象を与える。
「私はゴブリンの足止めをしてみます」
城前 陸(
jb8739)は攻撃役を選んだ。
「私は臭いを消す方向で、ひとつ案があるので試してみようと思ってます」
パルプンティ(
jb2761)が自信ありげに、頭の角をピコピコさせた。
「えッ、どんな方法ですか!?」
ファリオが食い付く。他の皆も興味があるようで、パルプンティに注目した。
「私の予想ですが、豚ゴブリンの大激臭は自身の体臭を何百倍にもしたものじゃないでしょうか。それを魔法的に拡散させていると思うのですよ」
パルプンティの言葉に合わせて、角が動くのが可愛らしい。
「そして多分ですが、臭いの種類と嗅がせる対象を任意で操作できるのでは……。つまり一般人女性にはフェロモンを何百倍にして嗅がせている……みたいな?」
皆この意見に感心した。
「なるほど……、それなら一般人女性が魅了されるのもうなずけますね」
セレスは無表情ながらも納得したようだ。
あくまでも予想ではあるが、一理あるし説得力もある。
「なので、豚ゴブリン自身に消毒液や消臭液を浴びせることで劇的に臭いを抑えられるはず……上手くすれば豚ゴブリンと接近可能な程度には臭みが減るのでは、と思うのですよ」
「素晴らしい! よし、その作戦はパルプンティ君に任そう!」
自分が提案したかのようなカミーユ。
「ええ……、はい」
元からそのつもりだからいいのだが。
なぜか妙な感じになってしまう。いや残念。
「それでは、各自用意をして校門前に集合しましょう」
ジーナが言うと、皆一旦解散した。
数分後、校門前に再び彼らは集まった。
荷台の側面に店の名前が書いてある白い軽トラが停まっている。ジーナが運転席に乗り込み、他の者は荷台に乗り込んだ。
パルプンティは七分目程に消毒液を入れたバケツと、背中の悪魔のリュックに消臭スプレーを二本、持参していた。中身をこぼさないよう、バケツをしっかりと持つ。
「出発します!」
ジーナの号令でトラックは走り出した。
激臭の空き地へと――。
●悪臭の向こう側
「故郷では農作業でよく使っていました」
と言うジーナは、手馴れた感じで運転して行く。
「さて……初めての依頼だけど……上手くいくかなぁ」
ファリオは緊張からか周りを見る余裕はなく、ずっと
「……降りたら、すぐに女性の位置を確認して、手前から順番に……」
一人イメージトレーニングをしていた。
しかしそれもゴブリンがいる空き地が見えてくるまで。
「うっわぁ……もう既に臭いが……うっ、気持ち悪い」
まだ空き地に入ってもいないというのに、臭いが漂ってきているのだ。時間経過で範囲が広がったのかもしれない。島中が汚染される前に倒さなければ。
ファリオは気分が悪くなりながらもどうにか我慢する。仲間達のその苦い顔を見れば、皆臭いに我慢しているのだと知れた。
トラックは空き地に入り、臭さが最高潮に達するというゴブリンから100mの所で一旦止まった。まずゴブリン達の様子を見るのと、ここから先へ突入するにはそれなりの心構えを必要とするためだ。
ゴブリンとそのハーレムが見える。女性に抱きつかれ、自分も彼女らの肩や腰に手を回し、全く憎たらしいくらいに幸せそうだ。
「くっさーっ!!」
パルプンティが叫ぶと、頭の角がびびーん! と突っ立った。
「ええ臭いです」
セレスが同調する。
あそこまでブタ面で鼻が目立つのに、自分では自分の臭いは平気なのだろうか。
(平気なのでしょうね。はた迷惑ですね)
セレスは辛辣に思った。
憎たらしい顔だ。
「早々に片付けましょう……」
心なしかセレスの瞳が険しくなったような気がした。
「……もう帰って良いですか?」
涙目で誰にともなく訴えるパルプンティ。だが
「パルプンティさん!」
城前にたしなめるように言われ、渋々引き下がる。角がしょんぼりぴくぴく震えていた。
「うぅ、帰りたいですー。そういうワケにもイカナイのは分かってはいるのですが、あまりにも臭すぎるですよーぅ」
城前の視線がチクリ。
「………ヤルしかないのですねぇ」
「まあ、パルプンティさんの気持ちも解りますよ。臭いものには蓋と言いますが、あれは地面に埋めたいですね」
城前はゴブリンの醜態を見、気休めと分かっていながらもマスクを着用した。着けてもやっぱり臭い。
(臭い測定器があったら、どれくらいの数値だろ……)
きっとシュールストレミングよりも臭いに違いない。測定不能になるかも……。
なんてことを考えてしまう城前だった。
ファリオは言葉もなく、懸命に吐き気を堪えている。
「噂に違わぬ臭気だな……そして何て醜悪な……! 臭いがなくとも、見ていて眩暈がしそうだ」
カミーユも鼻をつまみ軽蔑も露わに軽く首を振った。
「効果があるかは不明だが、『アウルの衣』を使ってみようではないか」
効くことを祈って、カミーユが皆を霊気のヴェールで覆い、『加護』を与えた。
「気分悪くなるわね、この臭い……さ、行って早く終わらせよう……」
遠石が大きく息をついて覚悟を決める。個人的な気分ではあるがハンカチで口元を押さえた。
「ジーナさん、10時の方向、風上から接近してください」
突入前にセレスが提案した。
「実に理に適っている。セレス君の案には脱帽させられるな!」
カミーユが腰に手を当てハハハ、と笑う。
何となく馬鹿っぽく見えてしまうのはなぜだろう。いや残念。
「………」
セレスの顔には何の感情も表れていなかったが、個性的なカミーユに内心興味を抱いていた。
ジーナは『明鏡止水』で心を落ち着かせ、
「突入します!」
車を発進させた。セレスの意見通りに風上へ進路を取り、そこから猛スピードでゴブリンに向かって行く。
全員息を止めていた。
「醜悪、という言葉通りの存在ですね」
小さくつぶやき、ジーナは思わず撥ね飛ばしたくなる衝動を抑え、ゴブリンの数メートル手前で急停止した。
ようやくゴブリンが撃退士達を認識する。
荷台から飛び降り、セレスがすぐさま眠気を誘う霧をゴブリンに纏わせた。一般人女性らもゴブリンの周りに固まっていたのは好都合。全員に『スリープミスト』の霧がかかる。
『フガ……』
ゴブリン共々皆眠りについた。
(よし、作戦開始っ)
ファリオは手近な女性をゴブリンから引き離して軽トラの荷台へと運び込む。
ジーナも車から降りて手伝った。
セレスが寝ているゴブリン目掛けて雷を放つ。
『ヴガッ!?』
『ライトニング』で顔がチリチリになり目を覚ましたゴブリンは、今の状況に気付いた。連れ去られる女性を追おうとする。
「行かせません」
城前が聖なる鎖でゴブリンを縛り付けた。『審判の鎖』だ。『麻痺』に成功。
「どうにかなってしまいそう……」
少しでも気を抜けば臭いに負けそうになるのを何とか気力で耐え、遠石は花鶏を引き絞った。放たれた矢はゴブリンの二の腕に突き刺さる。
「わざわざ僕が出向いてやったんだ、さっさと退場してくれたまえ」
しゃらん、と優雅な動きでエレクトリックレイピアを取り出し、突きを入れた。
「これで全員ですね!」
ジーナが最後の一人と共に荷台に乗り込むファリオに確認すると、ファリオはこくりとうなずいた。
ジーナは再び車を走らせその場から離れる。
(行きがけの駄賃……貰っていけっ!)
離れ際、息が苦しいながらもファリオは力を振り絞って『エナジーアロー』の光の矢をゴブリンめがけて飛ばした。出っ張った腹をかすめ、ゴブリンはいきり立つ。
パルプンティがゴブリンの背後から全力でダッシュ! その手には消毒液入のバケツが。
「臭いが消えるか私の意識が消えるか、一発勝負です!!」
バッシャーン!!
消毒液を頭からぶっかけた!
『ブギャアアア!!』
ゴブリンは絶叫した。身悶え、ものすごく苦しんでいる。
「あ、臭いが……!」
城前がハッと顔を上げた。
消毒液のおかげで、普通に呼吸をしても耐えられるくらいまでに臭いが半減したのだ。
「苦手なら容赦しませんよーぅ!」
パルプンティはシャキーン! と両手に消臭スプレーを持ち、ヤツに向けてガンガン噴きまくった。
消臭攻撃を嫌い、ゴブリンはスプレーから逃げる。追うパルプンティ。
『ブキィイ!』
「逃がしません!」
「大人しくやられることね!」
弓を構え狙いを付けようとする遠石に、ゴブリンは口を舐め回し顔を歪めた。笑っているらしい。
遠石は肌にぞわりとしたものを感じた。彼女は光纏すると体温が上がるため、露出の高い水着のような衣装を着ている。それが女好きのゴブリンの目に止まったのだろう。
正直キモイ。
「来るな!」
近寄らせまいと矢を撃つが、コブリンは今度はそれをさっと避け、遠石の背後に回ってつるりと尻をなでた!
「ひいっ!」
「――っ、最低!」
女子達は文字通りのいやらしい攻撃にブチ切れ、それぞれ武器で打ちかかっていく。ゴブリンは身を翻しながら、一瞬の隙をついてボディタッチ☆
急に動きが良くなった。エロの一念、というやつだろうか。
「女性を不快にさせるとは……やることも汚らわしいな」
カミーユが素早く踏み込んで胴を払うように斬り付けた。
避け損ねたゴブリンの脇腹を捉える。
「もう一度くらえっ!」
ファリオの光の矢もゴブリンの下半身に命中。
取り合えず一般人女性をトラックごと離れた場所に置いて、ジーナと一緒に戻って来たのだった。
ジーナの漂う色香にゴブリンは好色そうな目を向ける。ジーナの顔は嫌悪感を最大限に表した。
醜いものは大嫌いだ。
「女の敵、許すまじ」
思い切り『炸裂符』を投げ付けた。
小爆発に驚いて手足をばたつかせるゴブリンに、セレスが再度雷を放つ。
「二度とセクハラできないようにしてあげましょう」
雷はゴブリンの右腕を焦がし使い物にならなくした。
「悪者は倒されるのがこの世の摂理です!」
続けて城前がスタッフを振り下ろしドタマをゴチン!
ゴブリンは目を回した。
パルプンティは皆の周りを移動しながら消臭スプレーをシュシュシュシュ! 悪臭を浄化!
「この豚め、僕が直々に止めをお見舞いしてやるぞ」
カミーユが勢いを付けゴブリンの頭上へとジャンプした。レイピアの切っ先を下に向ける。
「いい気になるのもここまでよ」
遠石は武器を機械剣S-01に持ち替え、ゴブリンとの距離を縮めた。
剣が焔に包まれたかのように燃え上がる。全身のアウルを燃焼させ、セクハラの怒りも込めて剣を一瞬のうちに振り抜く。
遠石の『鬼神一閃』が決まるのと、カミーユが脳天に剣を突き立てたのはほぼ同時だった。
「どうだ、気に入ったか?」
地面に降り立ったカミーユが肩ごしに問うが、もはやゴブリンに答えられるはずはなかった――。
●悪臭からの解放
ゴブリンが倒れると、悪臭はすっかり消えた。
「あ〜、普通に呼吸できるっていいですね!」
両手を広げ深呼吸する城前。
トラックの荷台に乗せられていた一般人女性が目を覚まし始めた。
「あれ、ここどこ……?」
「あたし何してたんだっけ……?」
「何か手が汚れてる」
口々に疑問を発し、辺りを見回す。
「皆さん、大丈夫ですよ〜」
城前とカミーユが彼女達に『マインドケア』をかけた。
「貴女方は天魔によって眠らされていたのだ。だが僕達が討伐したので、もう安心だぞ」
「眠らされた?」
「じゃあ、あれは夢?」
女性達は魅了中のことをよく思い出せないようだ。
「そう、夢です。全部夢です。ね?」
ジーナは強めの口調できっぱり言い切り、にっこりと笑う。
夢ということにしておいた方が、彼女達の精神上にもいいに違いない。
彼女達はジーナが一応病院へ連れて行くことになり、トラックは走り去って行った。
「しかし、あれ程までに魅了される臭い……一般人なら嗅いでみたかったですね」
興味深い、とセレスはトラックを見送りながらつぶやいた。
「うぅ……」
ファリオはヨロヨロと皆から離れ、かがみこんだ。もう限界だ。
「うえっ」
とうとう吐いてしまった。
「おえぇ……無理……息を止めてても、無理……」
「ああっ、ファリオさんしっかり!」
城前が優しく背中をさすってやる。
「本当にひどい臭いだったわね。早く帰ってシャワー浴びて、リフレッシュしたいわ」
遠石が城前やセレスに言うと、彼女らも大きくうなずいた。
まだ何となく鼻の奥に臭いが残っているような気もするし、服にも染み付いているような感じさえする。
遠石達は早速戻ってシャワーを浴び着替えてから、依頼解決の報告に行った。
男性教師は賛辞と共に彼らを迎え、
「良くやってくれた! キミ達のおかげでこの島は救われた! という訳でこれが宝の地図だ!」
じゃーん! と大げさな仕草で地図の一片を突き出す。
「やったぁ!」
かくして、遠石達は見事宝の地図をゲットしたのだった。