●撃退士達と一般人
通報のあった町の最寄駅では、二人の少女が階段の上で電車を降りて来た乗客数人と何やら言い合いをしていた。
「何で家に帰れないんだよ」
イラついた様子の若い男が、駅員に食ってかかっている。他の客も駅から出られないことに不満を抱いているようだった。
「今行かれるのは危険だということなので……」
30代半ばくらいの人の良さそうな駅員が、恐縮しながら事情を説明する。小さな駅のため、この時間駅員は彼一人しかいない。
「だから、天魔が出たって言ってます。あなた達も出来る限り外に出ないで、わたし達が何とかするから」
無表情で黛 アイリ(
jb1291)が言った。事前に彼女がこの駅に電話して乗客の足止めをお願いしていたのだが、彼女らが到着してみるとこの有様だったのだ。
「あんたらがいくら撃退士だって言われてもなあ〜」
また別の乗客の一人が、胡散臭げに黛とその隣の落月 咲(
jb3943)を見る。
一般知識として天魔と戦えるのは撃退士だけ、というのは知っているが、天魔を見たことのない者にとっては、このまだ子供とも言える少女達にそんな力があるとは信じられなかった。
「では、ウチが巻き込んでアナタ達を斬ってしまうかもしれませんが、仕方ありませんねぇ」
いい加減この言い合いにうんざりしてきた落月の顔は笑顔だったが、目は笑っていなかった。
そこに、でかいスナイパーライフルを担いだ男、影野 恭弥(
ja0018)が階段の下に現れた。
乗客全員が一斉に黙り込む。
「俺達は撃退士だ。この先にサーバントが現れ、それを討伐するためにここに来た。一番安全なのは、敵を討伐するまでここに留まっていること。時間を惜しみこの先へ進むなら、安全は保証しない」
ニット帽の下からのぞく鋭い目やなぜか迫力のあるその声音は、乗客達を納得させるのに充分だった。
「じゃあ、わたし達がいいと言うまで、ここから出ないでください」
最後に黛が念を押してから、落月と階段の下にいる仲間の元へ行った。
「ヘビ、ヘビ、ヘビ女のサーバント退治です。私は蛇が苦手ではないものの、一生好きになりそうもなければ好きになりたくもないです。って言うか、あの目が嫌いです。サクッとブチのめすです」
フシュー、と蛇の真似をし、やたらテンションの高い悪魔っ娘のパルプンティ(
jb2761)が角をクネクネさせている。
「ヘビ女がディン・シャアの駅に到着すると、セロリマンのピンチが危ないそうです。どうしましょ?」
「………」
どうやら影野に話しかけているらしいのだが、影野は答える気があるのかないのか、それとも答えようがないのか無言だった。
ちなみに、ディン・シャアとは電車のことで、セロリマンはサラリーマンのことらしい。
「こんな人が多い所でサーバントなんて……大事にならないうちに依頼を達成しよう」
と一人気を引き締めているのは、ちっちゃくて華奢でいかにも女の子に見える外見だが立派な男の子の、橘 優希(
jb0497)だ。
「皆、集まってくれ」
新田原 護(
ja0410)の声に皆が彼の周りに集合すると、小学生ほどの身長で伊達メガネをした96No lCa(
jb4039)が紙を皆の前に差し出した。体の割に大きめの右腕の義手が目を引く。
彼女は周辺を探索して、大体の地図を作成していたのだった。地図には数箇所、サーバントとの戦闘に適していると思われる場所に印が付いている。
「ここの駐車場がいいな。そこそこ広いし、住宅が接してない」
新田原が駅前のスーパーの第二駐車場を指すと、皆が確認して同意した。
「じゃあ囮班は敵と遭遇したらここに誘導する。すぐに皆に連絡するから、近づいてきたら皆もそっちに追い込んでもらいたい。駐車場に着いたら全員で遠慮なく攻撃だ」
「了解!」
連絡のために皆で携帯の番号を交換し、それぞれの持ち場へと移動を開始した。
●囮作戦
影野は駅前に陣取り、膝を付きスナイパーライフルをいつでも構えられるようにしつつ、待機していた。
ここなら駅に至る全ての道が見える。夜目のスキルで視界を確保し、数分ごとに索敵も使い敵のチェックも怠らない。彼は戦い慣れていた。
他の者もそれぞれ光纏して持ち場へと向かった。
黛は阻霊符を発動させ右の方の道を警戒、落月は左側を見張っていた。パルプンティは真ん中の道であまり緊張感なく待機中だった。
「男を虜にするか……、定番といえば定番だな。問題は住宅地というところか。大規模火砲は使えんし、流れ弾にも注意だな。こういう時、銃器使いは困る……」
囮役の新田原はつぶやきながらペンライトで辺りを照らし、住宅街の中をスキルによって今は昼間のように見えている視力で、敵の姿を探していた。
もう一人の囮役橘はやはり住宅街の中を、自販機で買ったコーンポタージュを片手に、一般人を装いうろうろと敵を捜索していた。
「……サーバントにまで女性と思われたらどうしよう?」
囮としての彼の目下の心配はそれだったが、すぐにそれが現実になる。
角を曲がった先に、ナーギニーがいたのだ。
「!」
橘とナーギニーは対面し、橘はナーギニーの顔を思わず見てしまったが、確かにすごい美人だと思った。ナーギニーもじっと橘を見ている。
橘はこのまま一般人のフリをするか光纏して攻撃を仕掛けるか迷った。
が、ナーギニーは冷たい目で彼を一瞥し、ぷいと反転しようとした。つまり、橘は男と認識されなかったという訳だ(外見的には仕方ないが)。
橘の心の中に静かな怒りの炎が燃え上がる。それとともに光纏の光が彼の体を包んだ。
「……僕は、男だっ!」
きらびやかな宝石で装飾された両刃の剣を召喚し、力任せにスマッシュの一撃を放った。
ナーギニーは電柱の後ろに逃れ、彼を馬鹿にしたような目つきで見るとそのまま行ってしまう。
「うー、ものすごく悔しいけど、作戦を優先しなくちゃ」
橘は携帯で、新田原にサーバント出現の連絡を入れた。
「分かったよ!」
自由に動いて適宜対応するためあちこち動いていた96Noは、新田原からの連絡で橘の応援に向かうことになった。彼女は実は二重人格で、エルカとクロノが存在する。エルカの時には声を発することができず、筆談で意思を伝える。喋らなければならない時にはクロノと入れ替わるのだった。
今クロノで電話を終えた後再びエルカになり橘の方へ急ぐと、そう行かないうちにナーギニーがこっちへやって来るのが見えた。その後ろに橘がいる。
ナーギニーは彼女を認めるとスピードを上げ引っ掻くように爪を斜めに振り下ろすが、エルカは軽々と跳んで避けた。アサルトライフルの先端に付いているナイフを突き出し戦うかのような姿勢を見せ、橘と共に誘導する方向にナーギニーを進ませる。
ナーギニーは反撃に出ようとするが、彼らはちょいちょい攻撃はしてくるもののすぐに距離を置き、中々必要以上に近づいて来ないので、彼らの相手をしながら他の獲物を狙おうとしていた。
ナーギニーの先に新田原の姿が立ちはだかる。男性の新田原を見てナーギニーは嬉々として襲いかかろうとするが、新田原は
「いたな……悪いが、美味しい晩御飯にはなりたくないのでな。先手を取らせてもらう」
オートマチックP37を構え、ナーギニーの右寄りの足元に2、3発撃ち込んだ。
ナーギニーは構わず突っ込んで行くが、そうすると彼も他の二人と同様に逃げて行き、また挑発するように銃を撃ってくるのだった。
ナーギニーは曲がろうとした道を新田原の銃弾に遮られ、そのまま真っ直ぐ進む。これで大通りに出てしまえば戦闘ポイントまでもうすぐだ。
96Noがクロノになって待機班に電話する。
「えっとね! 変なのいたねだよ。どーんと行ったら会えるはずだよ!」
エルカに戻り、筆談用の紙がたくさん入っているウエストポーチから一枚取り出して、『美女ね。実物はただの蛇婆じゃないの』と書いた。
クロノの前にも新田原から連絡を受けていた待機班は心の準備もできていた。
「敵確認」
駅前で影野がライフルのスコープを覗いていた。大通りに出てきたナーギニーの胴体に黒い霧を纏った弾丸を放つ。スキルのせいで、彼の銀色の髪や装備などは全て黒く染まっていた。
弾丸は蛇の下半身に命中し、ナーギニーのスピードが少し遅くなる。
落月や黛、パルプンティも合流し、ナーギニーは必然的に進める方向が限られ、撃退士達はサーバントを目的の駐車場まで追い込むことができた。
今や完全に彼らの術中にはまったことを悟ったナーギニーは、敵意むき出しの目で彼らを睨みつけていた。しかしいくらその目を見ても、彼らからは他の人間のように思考力を奪えない。それがまたサーバントの怒りをあおっていた。
「悪いな、ここでフルボッコと洒落こもうか?」
そう言った新田原にナーギニーは素早く距離を詰めてきた。
「!」
首に掴みかかろうとしたナーギニーにパルプンティのPDW FS80の弾丸が尻尾に当たる。
「やった、当たりました!」
『ギシィィイ!』
きしんだ声を上げてナーギニーが今度はパルプンティの方へ向かって行く。
「おやおや、お美しいお顔で〜。美しく斬りましょうか、それとも醜く潰しちゃいましょうかァ」
ナーギニーがパルプンティに気を取られている隙に、落月が背後から斬りかかる。しかしナーギニーは体をくねらせ、尻尾をムチのようにしならせて落月を攻撃してきた。
「!」
咄嗟に打刀でガードしたが、体ごと飛ばされてしまった。
影野のライフルが火を噴く。ナーギニーの腕に当たったが、致命傷ではない。続けてエルカが義手の右腕のみで持ったアサルトライフルを撃つが、これは胴体をかすめただけだった。新田原も狙いを定め、ナーギニーの脇腹を撃ち抜いた。
『グギイィ!』
ナーギニーが身をよじって苦しむ。バタンバタンと尻尾がのたうっていた。
「気休めだけど、これで堪えて」
黛が毒に備えて、聖なる刻印を橘に使用した。
「ありがとう」
でも、と橘は思う。
「サーバントとはいえ……女性に向けて剣を振るうのは心が痛む……」
さっきは怒りに任せて攻撃してしまったが、上半身だけは完全に女性なのだ。
だが、心を鬼にして橘は剣を振り上げた。すると、振り下ろす前にナーギニーの手が彼の腕を掴んだ。
「!」
ものすごい力で引き寄せられ、ナーギニーは口を開く。
その時、打刀の一閃が橘を掴んでいるナーギニーの腕を肘から斬り飛ばした。
『ギャアァア!』
「大丈夫ですかァ、橘さん」
落月の攻撃だった。
「は、はい!」
「はぁい、ここからはブリちゃんの出番ですよ〜♪」
パルプンティが頭の上で武器を回転させながら、漆黒の大鎌デビルブリンガーを装備した。そしてナーギニーに近づくと、神懸り的なタイミングで足をつまづかせた。
「わっ!」
おかげでナーギニーが横薙ぎにした無事な方の爪からは逃れられた。そのままその勢いで、鎌を偶然にもナーギニーの尻尾に突き立てる。
『ギャアァ!』
「え? 何だか分からないけどやりました!」
ナーギニーは痛みに叫びながら、黛に掴みかかろうとする。黛はオートマチックSA6で応戦した。弾はナーギニーの下半身に当たるが、ナーギニーはすぐにでも噛み付かんとばかりに口を開けたまま、歩みを止めなかった。
そこへ新田原が
「ち……噛み付きか、だったら私の腕でも噛んでいろ!」
銃ごとその手をナーギニーの口の中に突っ込んだ。牙が手に食い込む。
「くっ……!」
痛みに顔を歪ませる。引き金を引こうとしたが、指をがっちり噛まれていてできなかった。
「護さん!」
橘のスマッシュがナーギニーの腰の辺りに当たるが、ナーギニーは新田原を離そうとはしない。エルカが負傷した脇腹にさらに弾丸をお見舞いすると、痛みに耐えかねて新田原を離した。
「大丈夫?」
心配する黛に、新田原は不敵に笑った。
「ギャンブルは嫌いだがな。そうも言えんのがこの世界だ。チップが自分の体ならレイズしても問題ない」
運良く毒にはならなかったようだ。痛むが、武器をライトブレットに持ち替える。
ナーギニーのダメージも大きくなっている。苦しんでいる今がチャンスだ。
新田原はアウルの弾丸をサーバントの胸に向けて撃った。
『グギャアァ!』
「もう一回!」
落月が再び加速させた打刀でナーギニーの尻尾を完全に切断した。
『ギエエェ!』
最後に脳天に一発影野の弾が命中し、しばらく動きを止めた後、ナーギニーは倒れた。
●そして撃退士達は
落月は、もう大丈夫だと駅員達に告げに行った。
怪我をした新田原は応急処置をし、取りあえずほっとする。その横で、橘がため息をついていた。
「あの美貌でちゃんとした人間だったら良かったのになぁ……」
その様子に苦笑し、ふと黛がいないことに気付いた。
黛は先に襲われた人達の身を案じており、危険がなくなった今、彼らを探しに行ったのだった。
「あ、いた!」
黛は横たわっている警官の側にかがみこんだ。まだかすかに息がある。ライトヒールを使用し、首の傷を塞いだ。毒はもう抜けているが血を流しすぎたようだし、瀕死の状態だ。救急車を呼び、彼女は警官の自転車を交番に返してから仲間の所へ戻った。
のちに分かったことだが、最初に襲われかかった中年のサラリーマンは気が付いたら道に倒れていて、襲われた時の記憶がなく、普通に家に帰っていたとのことだ。
こうして撃退士達は駅員や乗客達、交番にいた通報した警官とナーギニーから逃げた青年から感謝され、彼らが帰るのを見届けた。
「私達も帰るか」
新田原が言い、皆も帰路につく。自分達の久遠ヶ原学園へと――。