●結成家にて
「うーん、撃退士は便利屋じゃないんだけど、困ってる人に助けを求められたら放っておけないよね」
ポニーテールの似合う天宮 葉月(
jb7258)がお姉さん口調で言った。話を聞く限り、今回のは一方的な逆恨みみたいだし、悪い子にはお仕置きしないと!
家に撃退士が来たことで戸惑っている優人の両親に、尼ケ辻 夏藍(
jb4509)は柔和な笑みを向ける。
「この辺りの地図はあるかな?」
「は、はい」
母親が慌てて地図を探しに奥へ引っ込んだ。
「……教えて欲しいことがある」
染井 桜花(
ja4386)は父親をじっと見つめてぼそりと質問した。黒髪が彼女の白い素肌をより際立たせている。
「……携帯を持っているか? ……GPSが付いているなら……位置情報サービス等を利用し……大まかな位置を特定できるはず」
「そ、そうか、なるほど!」
父親は彼女の意見に従い、すぐに自分の携帯を取り出し操作してみる。
その間に母親が地図を持って来て、テーブルに広げた。
「えっと、ウチがここで、中学校がここです」
全員が見つめる中、それぞれの場所を指差した。家から中学校の間には特に寄り道できるような所もないが、周辺は結構な広さになる。
「わ、分かったぞ! 優人の携帯は川付近にあるみたいだ」
父親が声を上げ、大体の地図の場所をぐるりと囲んだ。だいぶ範囲が狭まった。
「ふむ。川周辺なら橋の下辺りかな? 本の不良もよくそこで喧嘩しているし」
ちなみに尼ケ辻が言う本とは漫画だ。
「私はこちら側の川付近を調べてみよう。天宮君、生命探知をお願いしてもいいかい?」
「はい、分かりました!」
「じゃあ私はその対岸だ」
川内 日菜子(
jb7813)が意思を表明すると、
「……私も……そちらに行こう」
染井も手を挙げる。
「俺は空から通学路を行ってみるわ」
どこかめんどくさそうに恒河沙 那由汰(
jb6459)は自分の捜索範囲を決めた。いかにも興味なさげではあったが、恒河沙は過去に何度か広士と会っている。そのせいもあり、内心では彼なりに広士のことを心配していた。
「俺は狐サンとは別ルートで通学路を探してみましょうかねェ」
恒河沙を本性の狐と呼んだ百目鬼 揺籠(
jb8361)は、その名のごとく、着流しから出ている左腕に百目の文様がびっしり刻まれていた。
皆は情報共有のためにお互い携帯の番号を交換し、行動開始する。
恒河沙は飛び立つ前に、横目で百目鬼を見た。
「そんな目たくさん持ってて分かんねぇって、本当にその目は節穴だな」
ハハッとせせら笑う。
――カチッ。
「うるせぇよ、そっちこそ管狐らしく一発で場所当てたら如何です?」
嫌味を込めて百目鬼が言い返すと、恒河沙は
「あいにく俺は占いに頼らねぇ主義なんでな」
ばさっと飛び立っていった。
「いちいち一言多いんですよねェ……」
多少ムッとしながらも、百目鬼も飛び上がり、他の仲間もそれぞれの場所へ向かった。
恒河沙は『蜃気楼』を使い姿を消し、目立たないように飛行していた。
しばらく飛んだところで、道端に自転車が二台、倒れたまま放置されているのを発見。思った通り、自転車やカバンには二人の名前が書いてあった。ここで襲撃に遭い連れ去られたに違いない。
恒河沙はすぐ仲間に知らせ、自分もその付近を重点的に探すことにした。
「うーん、引っかかりません」
『生命探知』を試みた天宮が残念そうに言った。
「じゃあ次はあそこに見える橋の辺りかな」
尼ケ辻が『方位術』で位置を確認しながら橋に近づいて行くと……、スキルを使うまでもなく、橋の下から数人の声と争っているらしき物音が漏れ聞こえてきた。
尼ケ辻と天宮が静かに土手から覗く。
不良達は一人が優人を捕まえ、他は広士を取り囲んで一方的にボコっているのが見えた。
「おやおや、人の子はいつの時代も変わらないね」
本で見たことのあるいかにもな光景に、尼ケ辻は思わず声を漏らした。
「当たりですね」
天宮が皆に広士と優人発見の連絡を入れる。
間もなく皆が集まると、不良を逃さないように土手の上と前後から挟むように分かれて介入することに決めた。
●お仕置き開始
「撃退士です、二人を放しなさい!」
天宮が元気よく土手を駆け下り、開口一番、不良共に指を突きつけた。
「な、何だお前ら!」
茶髪ピアスが見慣れない天宮達に面食らって叫ぶ。
「だから撃退士だって言っただろ」
恒河沙が『磁場形成』で素早く接近、広士を抱えて離れた所に移動する。
優人の方は川内が、不良の手を軽くはたいて相手がひるんだ隙に優人を奪い恒河沙と合流した。
「私は通りすがりの仮面ラ……もとい、正義の味方だ。……なんてな」
優人は半ば呆然として川内を見つめていた。自分で久遠ヶ原に連絡したものの、本当に来てくれるか自信がなかったのだ。
「大丈夫?」
天宮が駆け寄り、二人の具合をざっと診てみる。
「俺は平気です、広士がかばってくれたから……広士、大丈夫か!?」
「うん、なんとか……」
と言うものの広士の顔には殴られた跡があり、制服の下は体中痣だらけのはずだ。骨までは折れていないようだが、疲れきっている様子は隠しきれていなかった。
「……よく頑張った」
染井が二人の顔を見て微かに笑った。が、それはすぐに消えてしまう。
それでも、広士には最高の賛辞に思えた。
「でも、あんまり無茶しちゃダメだよ?」
言いながら天宮が『ライトヒール』を使い、広士の治療をする。優人の方には『マインドケア』で心を落ち着かせた。それが済むと、不良達に改めて向き直る。
不良達はびくりと身構えた。
「キミ達、こういうのってカッコ悪いよ? 自分達が悪いことして咎められたんだから、自業自得でしょ? 悪いことをすれば当然報いはある。そんなことばっかりやって生きていけないんだよ?」
「あァ? うっせえんだよ、お前にカンケーねえだろ」
茶髪ピアスの返答に、天宮の笑顔がわずかにこわばった。
「女のくせに出しゃばんじゃねえ」
さらに余計な一言が追加。
天宮はツヴァイハンダーFEを活性化させ、ドッカと地面に振り下ろした。地面に大きな裂け目ができる。
「こうなりたい?」
にっこり。
不良達はあんぐり口を開けていたが、パーカー男が我に返った。
「お、お前らこそそんな武器使って卑怯じゃねえのかよ!?」
「使わなくとも貴様らなんてどうにでもできる。貴様らは悪党ではない。貴様らの心そのものが悪だ」
川内が憤りも顕に言い放った。
ヒーローをこよなく愛する川内にとって、この不良達は理不尽な逆恨みで弱者を虐げるなど、非道徳的な上に全くもって男らしくない。しかし撃退士の自分と一般人の彼らでは、不良と言えども彼らの方が弱者。そんな彼らにできることは――。
「今ならまだやり直せる。暴力は暴力を生むだけだ。今は強がってもそこそこやっていけるのだろうが、所詮井の中の蛙。このままじゃ皆に嫌われて惨めに堕ちていく人生になるぞ?」
素直に聞き入れてもらえるとは思っていないが、言わずにはいられなかった。彼らも救ってやりたい。それが川内の本心だったから。
何人かはちょっと弱気な表情になった。自分の将来に不安を感じたのだろう。
「お前ら簡単に飲まれてんじゃねェ! 俺は俺のやりたいようにやる!」
茶髪ピアスが仲間を怒鳴りつけ、金属バットを振りがざし川内に向かって行った。
「はっ、武器とか姑息なことしてんじゃねぇよ」
恒河沙が両手を前に出すと、『磁力掌』の引力で不良共が握る金属バットや鉄パイプが恒河沙へと引き込まれるようにぐいぐいと不良共の手を引いた。
「なんだこれ!」
「武器が勝手に!」
撃退士の能力を目の当たりにした不良達は驚いていた。
「何しやがんだてめぇ!」
メンチを切りながら恒河沙に近付く茶髪ピアス。外見だけ見れば恒河沙の方が不良のボスなのだが。
恒河沙は奪った武器を肩に担ぎ、『先読み』しつつ茶髪ピアスに劣らず剣呑な目つきで見下ろした。
「おめぇがこいつらのトップだろ? 私刑なんてこすい真似してねぇで、てめぇも男なら広士とタイマンはりな。まぁ負けるの怖くてこんな小狡いことしかできねぇっつーなら仕方ねぇけどな」
そうして軽く馬鹿にしたように口の端を持ち上げれば、茶髪ピアスは簡単に釣れた。
「あ゛ァ!? 俺があんなのに負けるわけねェだろ!? いいんだな、俺が勝ったらあいつらは一生俺の奴隷だ!」
「お前らは負けたらもうあの二人に手を出さねぇと約束しろ」
「おー約束してやんよ! 俺が負けるわけねーけどな!」
これで交渉成立だ。
●タイマンと乱闘
「できるな?」
恒河沙が広士に意思確認する。
「はい、やれます。元はといえば俺のまいた種ですから」
「おめぇは今は撃退士じゃねぇかもしれねぇが撃退士の心は持ってるよ。あいつをぶちのめして来い。大丈夫だ、おめぇならやれる」
「――はい!」
「広士負けるなよ!」
優人の声援を受け恒河沙の言葉に勇気づけられた広士は、決然とした表情で茶髪ピアスの方へと歩き出す。その後ろ姿に恒河沙はこっそり『風の烙印』をかけた。
茶髪ピアスと向き合った広士に、尼ケ辻は『意思疎通』で語りかけた。
『驚かないで。ほら構えて』
すぐに察した広士は、言う通りに構える。
「行くぞおらあぁ!!」
雄叫びと共に茶髪ピアスが荒々しくパンチを打ってきた。
『よく見て、右に避けて腕を捻りあげて』
尼ケ辻の声に助けられ、広士は上手いこと不良の腕を捻った。だが力が足りず、強引に茶髪ピアスは逃れてまた突っかかってくる。
『今度は下』
飛び退いて、
『そこでローキックだ』
キックを浴びせる。
「ぐわっ! てめぇ〜……!」
怒りに任せて突っ込もうとする茶髪ピアスの顔面に、突風が吹き付けた。恒河沙の『春一番』だ。
「!」
視界が奪われた瞬間、広士のパンチがみぞおちにヒットした。
広士はどうにか立ち回り、着実に攻撃を当てていった。指示に体がついて行かず一発喰らってしまう場合は、天宮が『アウルの鎧』で気づかれないようフォロー。
茶髪ピアスは広士が思いの外タフで動きがいいことに焦りを感じていた。
「ん〜?」
百目鬼はパーカー男とその仲間達を観察していたが、彼らが寄り集まって何やら話しだした。
「何でしょうかねェ」
何であれ良からぬことを企んでいるのは明々白々だ。
百目鬼は川内達に目で合図した。彼女らも小さくうなずく。
不良共は女相手なら数でいけばどうにかなるとでも思ったらしい。背後から一斉に襲いかかって来た。隠し持っていたナイフを出している者もいる。
染井はナイフを弾き飛ばし、足を払い仰向けに倒して馬乗りになった。そして顔際ギリギリの所に拳を叩きつける。味わったことのない衝撃が不良に伝わった。
『気迫』のオーラに並々ならぬ殺意を乗せ、染井はその白面を不良の耳元に寄せた。
「……いっぺん……死んでみる……?」
ドクロTシャツ男の顔は一気に青ざめ、ガタガタ震えだした。
「やめてくれ……、俺が悪かったよ……だから殺さないでくれぇ!」
完全に戦意喪失した。
川内は首に巻かれた腕をあっさり引き剥がし、背負い投げする。
『アウトロー』と『友情の拳』を使い、
「来い! 男なら拳で決着つけようじゃないか!」
「上等だこのアマァ!」
メリケンサックを着けたリーゼント男が連打してくるのを受け止め、思いを込めた一発でのした。
「つ、強ぇ……これが撃退士、か……」
がくり。
天宮も相手の拳を掴み取り軽くアッパーで気絶させ、百目鬼はパーカー男の胸倉を掴んで持ち上げていた。
「俺ァ、撃退士である前に妖怪でして、手元狂って呪い殺しちゃったらごめんなさいねェ」
遊戯『数多眼結ビ』で見せる左腕の幻は、奇妙に伸びて男の首に絡まる。腕の百目文様は全てパーカー男を睨みつけ束縛していた。
「よ、妖怪って、まさか……!」
さらに『奇奇開開』により具現化された百目から発せられる妖気は、まさに呪われんばかり。不良に恐怖を植え付けるのに充分だった。
百目鬼はケタケタ笑った。
「バレなきゃ平気って思った? 神サマはね、ちゃぁあんと見てるんですよ? 昔から真っ当に生きてねェ奴は、総じて鬼の餌でさァ!」
あらゆる感情は恐怖から生まれる。そこから優しさが生まれるように、しっかり脅しておかねば。
それが妖怪のお仕事、でしょう?
「うぐ……」
締め上げる力が強すぎたのか、顔色を変えたパーカー男が苦しげに呻いた。
「おや、やりすぎましたかねェ?」
『何だ、手加減すら不得手? 相変わらずその百の目はおまけ程度だね』
尼ケ辻の声が百目鬼の頭の中に聞こえた。
百目鬼は一気に殺気立ち、不良を放り出し尼ケ辻に顔を向ける。
「……降りて来いよ、全力で相手してやりまさァ」
尼ケ辻も売られた喧嘩を嬉々として買い、百目鬼の所まで駆け抜けた。その勢いのまま手刀を繰り出す。
百目鬼は蹴りで迎え撃ち、不良のケンカとは比べ物にならない激しい打ち合いが始まった。
「おいおい…じいさん達が熱くなってどーすんだよ……」
「じじいじゃねェよ! 俺はおにーさんだっつってんだろ!」
呆れる恒河沙の呟きに間髪入れず飛ぶ怒号。だが、交わされる拳と脚が止まることはない。
何合か打ち合ってから、百目鬼の蹴りを受け流した尼ケ辻が『避けろ』と口パクで伝えた。全力の拳を振り下ろす。
尼ケ辻の意図を理解した百目鬼が紙一重でそれを回避すると、拳は地面にめり込み穴を空けた。
「嗚呼、残念。その血気盛んな頭をすっきりさせてあげようと思ったのに」
「な、何なんだよこいつら……!」
冷たく笑みを浮かべた尼ケ辻を見て、パーカー男はすっかり腰を抜かしてしまい、怯えきっていた。
それと同時に広士の拳も茶髪ピアスの顎を捉え、見事に沈めたのだった。
怪我人には天宮が治療をしてやり、不良達は負けを認めざるを得なかった。
尼ケ辻が不本意そうな茶髪ピアスに万年筆をチラつかせる。
「最近の人の子は凄いよね、録音機器も小型化で」
『悪魔の囁き』ながら微笑んだ。ただのハッタリだったが、効果はあった。
「分かったよ。もうこいつらに手出しはしない」
他の仲間も、本物の撃退士の力を実感してすっかり毒気が抜けてしまったようだ。
さっきまでの態度とは正反対に、しおらしく帰って行くのだった。
「……お仕置き完了」
染井が一息つき、つぶやく。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
広士と優人がそろって頭を下げた。
「恒河沙さんには毎回お世話になってしまってすみません!」
改めて広士が謝罪する。
「別に気にしちゃいねぇ。……おめぇ今回は仲間逃がしたそうじゃねぇか……偉かったな」
ぶっきらぼうに恒河沙が応えると、広士の顔が嬉しさに輝いた。
「あ、ありがとうございますっ!」
「吉田サン達も自分の身は自ら守れた方ォが賢明ですよ? それだけの心があるなら、強くなれます。ええ、きっとね」
にこりと百目鬼が笑う。
「そうですね。少しでも皆さんに近づけるように、もっと強くなります!」
「俺も、空手でも始めてみようかな」
ちょっと自信なさげな優人の肩に、広士は手を回した。
「よし、一緒に頑張ろうぜ!」
そんな広士と優人を微笑ましく見守る撃退士達。
彼らの前途が明るいものだと暗示するかのように、優しい陽の光が降り注いでいた。