●工場前
依頼のあった工場に到着した撃退士達は、各々戦闘準備を始める。
中からは激しい破壊音が聞こえてきており、いくら工場の壁が頑丈だと言っても、このままでは大した時間もかけずに破壊されてしまうだろうと予想された。
工場から出たオートマタン達は融合した天魔の思うままに破壊や殺戮を繰り返すはずだ。早急に片を付けなければならない。
「アウル伝達率良好。今日も絶好調だぜ」
千葉 真一(
ja0070)はアウルと共に闘志を漲らせた。首に巻いた赤いマフラーは彼のトレードマークである。
千葉が手にしていた30cm程の金属棒をひと振りすると、棒は三段階で伸び、自分の身長程の武器となった。
「天魔によるオートマタンの暴走ですか……。止めねばなりませんね。本来のオートマタンは人類のためにあるのですから」
長い緑の髪をポニーテールにした女性のような姿の水城 要(
ja0355)が凛と言った。腰には二本の刀が装備されている。
今時今回のような事件は珍しくはないが、楽観視できるものでもない。一体も漏らさず仕留めなければ。
月丘 結希(
jb1914)は通信用デバイスで工場の管理システムにアクセスし、オートマタンと多目的多脚機のデータから奴らが出せる最大出力を割り出した。
彼女は小柄なツインテールの可愛い少女の姿だが、れっきとしたサイバーロイド部隊の一員なのである。
「皆聞いて! データから導き出した計算によると、オートマタンの最大出力が約1.5t、多脚機の最大出力は約2t。あたし達でもまともに何度もぶつかるのは分が悪いね。幸いあまり素早い動きはできないみたいだから、向こうからの攻撃はなるべく回避した方がいいと思うわ」
「了解した」
橘 涼虚(
jb8342)が重々しくうなずく。モデル並みの見事なルックスで、『橘流』という独自の格闘武術の使い手だ。
「ただ無秩序に暴れ散らしてるだけのポンコツが、何体出てきても怖くないのですよ〜っ」
感情と連動して動く角をピコピコ動かしながら、パルプンティ(
jb2761)は銃を持った両手を元気よく上げた。
「オートマタンも……所詮、機械……。天魔も、乗り移りやすいのか……? どちらにしろ、万能ではない、と、いうこと、だな……」
どこか気だるげに一ノ瀬・白夜(
jb9446)もつぶやく。
脳と脊髄の一部以外全て義身躯というサイバーロイドのためか、その白い肌は彼を一層人形のように見せていた。
一ノ瀬も千葉と同じように、金属の棒を振って伸ばした。
「援護は任せてください!」
佐藤 としお(
ja2489)が頼もしげにライフルを叩く。
「お前達、準備はいいか!?」
隊長が背後から喝を入れるように声を張り上げた。
「いつでも行けます!」
千葉が答えると、隊長は出入口扉の操作パネルの前に立った。
皆もすぐに中に突入できるように扉前に集まる。
「殲滅後に電脳通信を入れれば開けてやる。健闘を祈る!」
「了解!」
隔壁が開き、オートマタンが暴れている中へ皆は入って行った。
●混戦
中はまさに暴走オートマタンが破壊の限りを尽くしており、無秩序状態だ。
開いた出入口を見つけたオートマタンの一体が、こちらに向かって来た。すでに隔壁は閉まりつつある。
水城が素早く前に出て、オートマタンの伸ばした腕を雪柳で肘から斬り飛ばし、血霞で腹を突き刺す。それでもまだ動きを止めずに向かってこようとする人形の頭頂部に、一ノ瀬が棒を振り下ろした。
頭部が陥没し、オートマタンは途端にがくりと崩折れる。
「早速、行かせてもらうよ……」
一ノ瀬が棒を回転させながら、オートマタンの真っ只中に突っ込んだ。次々とオートマタンがなぎ倒されてゆく。
奥にも二箇所出入口があるので、左方面の出入口に向かって行った。
「こんな所で暴れやがって、迷惑千万とはこのことだな。という訳で、俺達がSEIBAIするぜ!」
千葉も棒を脇に構え一ノ瀬の後に続く。彼は右の出入口へ。
横からオートマタンが壊した機械の破片を投げつけて来たが、それを棒で受け押し出すように目の前にいた奴にぶつけた。
「むむ〜っ」
パルプンティは工場の管理システムから工場の図面と監視カメラの映像をコピーし、それらを組み合わせて、自分の電脳内に工場の擬似空間を再構成した。そこに敵、味方の位置を常にリアルタイムで表示、把握に努める。皆には見えていないが、常に自分の視界内右上にその画像が見えているという仕組みだ。
「分かりましたー、全部蹴散らすですよーっ」
パルプンティは両手を広げてくるくると回りながら二丁のPDW FS80を乱射する。
回っているにも関わらず、弾は間違いなくオートマタンに当たっていた。
「私と出会ったことを、後悔するがいい……」
橘は入って来た出入口を背に、オートマタンを迎え討つ。
尖った機械の破片を持った一体が彼女に打ちかかってくる。
橘はその腕を取りひねるように回すと、機械人形の体が一回転した。仰向けに無防備になった腹に一発拳を打ち込み、二度と動かないよう頭にも一発入れて電脳を破壊した。
月丘は通信用デバイスに自作したプログラムを展開した。目の前の空間に映像が投影され、現在の状況から壁の破損状態を計算した結果が工場内の図面と共に映し出される。
「あっちの壁が危ないわね」
破壊される危険が大きい箇所を優先に向かった。
自分らが壊した機械の破片を壁に何度もぶつけ、穴を開けようとしているオートマタンが何体かいた。
「残念だけど、あんた達は籠の中の鳥よ」
月丘は大口径のリボルバーを両手で持ち、瞬時に狙いを定める。
その連射は目にも止まらぬ速さだった。一発では足りないと困るので、念を入れて一体の後頭部に3発ずつ撃ち込む。オートマタンの頭に大穴が開いた。
「うぇ、一杯いるなぁ〜……」
佐藤は言いながら、出入口付近から上方にあるキャットウォークに位置を定めた。
工場内全てを見渡せる場所だ。
ライフルをしっかり肩付けし、まずは自分を追って来た二体の眉間をあっさり撃ち抜いた。
普段なら1km以上離れたピンヘッドを撃ち抜く技術を要求される。今回の百m程度の距離の標的なら、彼にとっては容易い狙撃だった。
佐藤は皆の援護に徹し、時にはオートマタンの腕を撃ったり、武器がわりの物を撃ち壊したりした。
●さらに混戦
「まずは多脚機を使いモノにならなくしてしまいましょう」
水城は隔壁と床の間に先端が指のようになったアームを食い込ませ、こじ開けようとしている一機の多目的多脚機に接近した。
「助太刀するぜ!」
千葉も加わる。
彼らに気付いた多脚機が行動を中断、こちらを向いた。
ガシャガシャと虫のように足を動かし歩み寄りながら、アームを伸ばしてくる。
「甘いぜ!」
千葉が棒でそれを払い、水城は身を低くし多脚機の懐に潜り込んだ。
剣を交互に振り横に移動。多脚機は前足二本を関節から切断され、前のめりに傾いた。
「たあっ!」
千葉はすかさず多脚機の前面部に突きを連打、ボディを強化されたわけではない多脚機は穴だらけになり、火花と煙を上げながら停止したのだった。
橘は常に出入口を背中に、オートマタンを押し込むように戦っていた。
虚ろな目の自動人形は手足が不自然に折れていようが動く限り戦うことを止めない。それはある意味不気味な光景だった。
己の意思もなく、ただ橘を殺そうと変に曲がった腕を振り上げる。
だが橘も天魔と融合したオートマタンに容赦はしない。
「迂闊な攻撃だ……はぁっ!」
その腕を取り自分の方に引っ張り、踏み込む勢いも乗せてオートマタンの顔面に肘を喰らわせた。
元々ただの労働用オートマタンだ。天魔と融合しても基本の戦闘術もプログラムされていない人形が、戦闘に特化した彼女らに敵うはずもない。
「逃がさぬ。覚悟せよ」
彼女から離れた一体を追おうとした時、背後に気配が。
はっと振り向くと、次の瞬間彼女に物を投げようとしていた二体が頭を撃ち抜かれ、そのポーズのまま倒れた。
佐藤の援護だ。橘はちらりと彼に感謝の視線を送り、目の前の敵に集中する。
オートマタンの顎を膝で蹴り上げ、そのまま首根っこに足を掛け引き倒す。うつ伏せになった後頭部に拳を打ち下ろした。
佐藤はどんな状況下でも最適に照準を合わせるサイバーアイで、左奥の出入口の隔壁に体当たりしているオートマタンの側頭部にロック、銃を構える腕も決してブレず、そしてタイミングも0.1秒もズレることなく指先は引き金を引いた。それはほんの一瞬の出来事だ。
続けてもう一体という時、足元が揺れた。
「なんだ?」
下を見ると、多目的多脚機が手すりにワイヤーを引っ掛け、上ってこようとしているではないか。
位置的にライフルでは狙えない。
「こっちに多脚機が来てます!」
仲間の誰かに聞こえるように叫ぶと、月丘が援護に来てくれた。
月丘は走りながら銃を撃つ。多脚機の脚やボディに全弾撃ち尽くしても止まらない。スピードローダーで1秒未満で弾薬装填、さらに数発撃つが、多脚機のアームは手すりを掴んだ。
「うわわッ」
みしみしと手すりが嫌な音を立てる。
月丘は多脚機の上に飛び乗った。
「もー、何で機械式の自壊ボタン付けないのよ、そうすれば誰でも止められるじゃない!」
何だかんだ文句を言いながらも、さっき取得したデータから迷わず電脳のあるパネルをこじ開け、残りの銃弾をお見舞いした。
急停止し、アームが手すりから離れて下に落ちる多脚機。落ち際月丘はさっと飛び退き、
「まったくもう、あたしにあんまり手間かけさせないでよねッ!」
「ありがとー!」
上から手を振る佐藤につん、と言うのだった。
一ノ瀬がオートマタンの頭の上を飛び石を渡るように走る。
その行動でオートマタンの注意が逸れている隙に、水城が流れるような動きで人形の間を移動しながら、二本の刀を振るった。
彼を捕まえようとする腕を雪柳で斬り飛ばし、血霞で袈裟懸けに肩から腰まで斬り下ろす。そこに佐藤のライフルが電脳を撃ち抜いた。
水城は狙撃されるのを最後まで見届けず、すぐに次の獲物へと移行する。
向こうも棒状の武器を持って打ち掛かってくればそれを受け流し、血霞で脳天から真っ二つにした。
「そんな武器で僕と渡り合おうなんて思ってもらっては困りますね」
彼が通り過ぎた後には腕を斬られたり足を不自由にしたオートマタンが残された。それを佐藤が止めを刺していく。
水城は機械の影から不意に出て来た一撃を、咄嗟に刀を交差させ受け止めた。重い一撃だった。だが――
「不意打ちですか。つまらない作戦ですね」
そのまま一閃。×印に斬られたオートマタンは、さらに首を両断されて床に転がった。
壁際で一ノ瀬が4体のオートマタンに囲まれ、奴らは一斉に一之瀬に襲いかかって来た。
一ノ瀬は棒を支点に身を浮かせぐるりと回転、オートマタン達を蹴散らす。
「あんまり、ナメないでよね……」
一体の胴を突いて、すぐに足払いをかける。相手がよろめいた瞬間、ジャンプし力一杯その頭を殴りつけた。
二体は月丘が頭部を撃ち破壊、残る一体が一ノ瀬に迫る。
一ノ瀬は壁を蹴ってオートマタンの頭上を飛び越え、背後に着地した。
「はい、おしまい……」
頭、胸、腹と三段突きを決めて、一ノ瀬はまだ残っているオートマタンの方へと振り返った。
壊れた機械類に飛び移りながら手当たり次第にオートマタンを突いていく。
表情一つ変えず淡々と戦うその様は、オートマタンよりも『戦闘人形』のように見えるのだった。
「バリバリいきますよーっ」
パルプンティは瞬時に敵を見分け、目の前にいる自動人形どもを撃ちまくる。
彼女の周りには倒れたオートマタンが何体も折り重なっていた。
千葉は縦横無尽に棒を操り、自らオートマタンの集中している所に突撃した。一撃で倒れなかった相手には月丘や佐藤が的確にフォローに入っており、確実にオートマタンの数は減っていった。
千葉の前後に武器を持った自動人形が現れる。
前の奴には腕に棒を絡めるようにして武器を落とさせ、すぐに横に構え後ろからの攻撃を頭上で受けた。衝撃に耐え、すぐさま後ろに突いて背後の敵を牽制、前の敵に右、左と打ってから一点集中、顔のど真ん中に突き込んだ。棒が頭部を貫通する。
千葉は後ろのオートマタンにびしっと指を突きつけた。
「手こずらせてくれたが、ここまでだ」
天魔憑きのオートマタンがそんな言葉に構う訳もなく、無機質な表情で千葉に向かって来た。
オートマタンの手が彼に掛かる瞬間、千葉は棒を床に突き立て棒高跳びのように高々と自分の体を跳ね上げる。人形の手は空を切った。
千葉は天井を蹴って勢いを付け、
「どおりゃあぁっ!!」
渾身の一撃をオートマタンの脳天にぶち込んだ。
どうやらそれが最後の一体だったようで、辺りは工場の機械の残骸や壊れた機械人形の成れの果てが累々としていた。
「終わったようですね」
水城が懐から懐紙を取り出して刀を拭う。
「待って、今スキャンするから」
月丘が自作のプログラムを使い工場内の電脳活性を調べた。目の前の映像は全てのオートマタンが破壊されたことを示していた。
「オールクリア。隊長に通信入れるわね」
しばらくして隔壁が開き、隊長が彼らを出迎える。
「よくやったお前達!」
皆は晴れ晴れとした気持ちで工場から出、これで依頼は完了したのだった。
●これからの未来は
――ハッ。
目が覚めた。
目覚ましの音に起こされた者もいれば何故かちょうど目覚めた者もいる。
「あれ、夢か〜……。でもすっごく暴れたな」
千葉は満足そうに伸びをする。
「妙な夢を見ました……」
思わず声を漏らした水城は、しばしの間夢の内容を反芻するのだった。
「夢の中でまで天魔と戦ってるなんて、何か影響受けてんのかなぁ?」
それでも佐藤は気分爽快に目覚めていた。
「夢とは言え依頼を成功できたのは良かったわね」
月丘は何となく自分の経験が高まった気がした。
「不思議な夢だったのですよ。さ、朝ごはんにしましょう〜」
パルプンティは細かいことは気にしない。
夢は夢。それがパルプンティクオリティ。
「ふむ……あんなもの相手で、良くできた方だろう」
橘は夢の中の己の戦い方を振り返っていた。
「でも何か……機械の身体同士で戦闘って……変な感じ」
眠そうな目をこすりながら、一ノ瀬が言った。
皆夢の中で仲間だった者達も同じ夢を見ていたとは露知らず。でも全員が共通して感じていたことは、
『やけにリアルな夢だった』
200年先の未来でも、人類は天魔と戦っているのだろうか?
いや、と彼らは思う。
そんな未来は来ない。
なぜなら、今彼らが戦っているのは天魔との戦いを一日も早く終わらせるためなのだから。
未来はきっと平和になっているはずだ。そうしてみせる。
彼らは決意を新たに、今日もまた戦うのだ――。