●援護の到着
サーバントは執拗に塔利の背後にいる一般人、すっかり怯え切った初老の町内会会長と小学生の少女二人を狙ってくる。
塔利は一匹の火猫の攻撃を剣で防ぎ、返す刀でもう一匹に切りつけたがひらりとかわされてしまった。
「チッ、さすがにすばしっこいな!」
再び猫が分身し、その姿を増殖させる。
「またかクソッ、どこから攻撃してくる……!?」
剣を構え自分達を取り囲む猫に視線を走らせると、その向こうから誰かの声が聞こえた。
「すけだちいたすーーーですよ〜!」
同時に無数の黒い棒手裏剣が猫の幻影に飛んで来る。『影手裏剣・烈』の攻撃が当たった二体は、霧のように掻き消えた。
「やっと来たか!」
塔利が安堵の表情で声の主の方を見ると、でかい黒猫がそこにいた。
「一般人さん達に危害を加えることは許しません! にひるでくーるな黒猫忍者参上! ですよ(`・ω・´)+」
全身猫の着ぐるみに身を包んだカーディス=キャットフィールド(
ja7927)だった。
ポカンとした顔の塔利の口からは、
「お、おぉ、すまないな」
という虚ろな返事。
(猫を倒すのに猫が来るとは、いいのか悪いのか……)
塔利は妙な気分だったが、続いて火猫と一般人の間に入った青っぽい銀髪の月守 美雪(
jb8419)を認めて気を取り直した。
「お待たせしました。後は私達に任せてください」
他の皆もそろって到着した。
「塔利さんの背後にいるのが本物よ!」
『陽光の翼』で上空を飛んでいたJulia Felgenhauer(
jb8170)が指を差す。俯瞰で全体を見ている彼女には、皆が気づかない火猫のわずかな動きにも気づくことができた。
「デカくて火のついた猫なんざ猫じゃねーな。どっちかっつーと、火車だったか……?」
左目を眼帯で隠した黒夜(
jb0668)がすかさず『ファイアワークス』を放ち、花火のような爆発は本体の猫に直撃した。本体が攻撃を受けたことで5体の分身が消え、包囲に穴ができる。
「塔利さん、そこから一般人の方と退避してください!」
「解った、後は頼む!」
カーディスが指示すると、塔利は急いで少女達を両手に抱え、会長を立たせて囲みから脱出した。
無事な方の火猫が後を追おうと動いた。
「そうはさせません」
紅葉 公(
ja2931)が阻霊符を発動させながら立ち塞がり、聖光のロザリオから発生した光の刃で攻撃する。
「普通の猫は可愛いのですけれど……ね」
光の刃のいくつかは避けられてしまったが、片耳と背中を浅く切り裂いた。
残りの分身も邪魔で紛らわしいため、点喰 縁(
ja7176)が雷桜を奮いながら消していた。
「火事の恐れもあるしここで戦うのは危険ね。空き地まで誘導してみるわ」
月守は『タウント』を使い一匹の火猫の注意を自分に引き付け、空き地の方へと誘導し始めた。
「もう一匹の方は任せてください」
ミズカ・カゲツ(
jb5543)が火猫に接敵、一気に『掌底』を打ち込んだ。
猫が後方に吹き飛ばされる。さらに天羽々斬で空き地方面へ追い払うように攻撃。
火猫が余計な方向に行こうとすると、周りを固めた黒夜や点喰が武器を突き出して行かせないようにした。
「まあ、こんな会い方してなきゃぁ、見事と誉めたもんだけどねぇ……」
炎を纏った猫を見ながら、点喰が小さくぼやく。
(元いた子ら、無事だといいけんど……)
猫屋敷の猫の安否を思った。
『シャーッ!』
火猫が月守に襲いかかる。
月守はルリジオンで迎え撃ち、軽く反撃しては空き地の方に下がり、を繰り返し猫を空き地へ導いた。
もう一匹も再びミズカの『掌底』を喰らい後退する。
「こっちですよ〜」
カーディスが火猫の足に向けてリボルバーM88を撃つ。
『ニャニャッ!』
さっとジャンプした火猫は尻尾を伸ばしてきた。武器を奪うつもりか。
カーディスはすぐに空き地へと引き、猫も彼を追い掛けた。
火猫がカーディスに飛び付こうとする。
「危ない!」
上からそれを見ていたJuliaがログジエルGA59で光の弾丸を連射すると、猫は身軽にくるりと一回転してそれを回避した。
月守がもう一度『タウント』を使用し注目を集めるオーラを纏う。
その火猫ももう一匹の仲間と合流するように月守の方、空き地の中程へ用心深く寄って行った。
「ここなら安心そうね。それじゃ、思い切りやらせてもらうわよ」
すかさず皆も空き地に入り、猫達と対峙した。
援護が到着しサーバントの相手を彼らに任せた塔利は、会長宅近くまで避難するとようやく少女達を下ろした。
「はあ、はあ。ここまで来りゃとりあえずは大丈夫だろう。会長さん、疲れてっとこ悪いが、すぐに警察を呼んでこの辺り一帯を封鎖してくれ」
「わ、分かりました」
喘ぎながらも会長はうなずき、自宅に入って行く。
「いいか、お前さん達も会長の家に避難してるんだ。俺が戻るまで絶対に外に出るんじゃないぞ?」
「うん」
「わかった」
塔利は二人の少女に念を押し家に入るのを見届けてから、他の一般人がこの辺りに近づかないよう安全確保に向かうのだった。
●空き地の攻防
猫が再び分身を作り出し、12体もの猫達が彼らの前に広がる。
「分身は厄介ですね。すぐに消してしまいましょう」
紅葉が『ファイヤーブレイク』の大きな火の玉を出現させ、猫達の真ん中に投げつけた。
「こいつらの分身は忍軍の分身の術より実践的だな、厚みあるし」
黒夜も幻影を観察しながら色とりどりの炎を飛ばす。動かぬ分身に当たれば消えるだろうし、そこに本体が巻き込まれればなお良し、だ。
二人の術で辺りに炎が撒き散らされ、分身が半分程消える。
敵も分身が消され本体を暴かれるのを黙って見ているわけではない。術が当たるのと同時に本体が両脇から彼女らに襲いかかってきた。
「くッ」
紅葉はギリギリで身をひねりその爪をかわした。
黒夜はかわしきれず肩口を引っ掻かれ、血が流れる。思った以上に切れ味のある爪らしい。
「つッ……!」
傷が熱い。『温度障害』になってしまったようだ。
二匹の猫は交差して着地、再び地を蹴った。
「調子に乗るのは感心しませんね」
ミズカが黒夜の前に移動、天羽々斬を上段から振り下ろした。火猫は咄嗟に横に跳ぶ。
しかしそれは囮の一手、ミズカは猫が避けるのを見越しその動きを追い、燃え上がる炎のアウルを武器に集中させさっきよりも格段に速い速度で刀を下から斬り上げた!
『鬼神一閃』の一撃は火猫の横腹を切り裂き、猫は苦痛の声を上げて地面に転がり落ちる。
紅葉に向かった火猫は彼女に爪をかけようとした寸前、急に動きが止まった。
カーディスの『影縛の術』で影を縫い留められてしまったのだ。
「『束縛』させてもらいますね〜」
カーディスの言葉通り、火猫は移動ができなくなる。
「火を纏う猫、そんな御伽噺を聞いた覚えがあるけど……それとは全く違うわね」
Juliaが上空から銃撃する。猫の背中に命中した。
『ギニャアァ!』
猫は一度彼らから離れる。傷を受けた怒りのせいか、身を包む炎がメラメラと勢いを増して燃え立つようだった。
「用心に越したことはねぇですからね」
点喰は前衛で戦うミズカと月守に『猫の守印』を使用する。アウルの光を指先に集めて猫神の印を描き、状態異常の耐性を高めた。
猫はゆっくり皆の周りを移動しながら分身を出す。
「出させません!」
分身したそばから紅葉が火球を炸裂させ、それを消した。
それでも二匹はまた分身する。
「全部消してやる。当たらねーよう気をつけろよ」
皆に注意を促しながら黒夜が闇の力を腕に纏った。『ダークブロウ』の一撃は一直線に駆け抜け、幻影を消す。
「なかなか厄介な能力ね。だとしても倒すまでだけれど」
月守が再び『タウント』を使った。
残った分身に紛れた猫が反応した。ほんの少しだが尻尾が動いたのだ。
「月守さんの左にいる奴が動いたわ!」
それを見逃さず、上からJuliaが皆に伝える。
月守の左、腹を切られた火猫が尻尾を伸ばし振り回しながら打ちかかってきた。
「こんなもの!」
月守は槍で弾くが尻尾は鞭のようにしなり、何度も攻撃してくる。
ミズカが猫の背後に現れた。
尻尾を切ってやろうと刀を横に引く。そのミズカのさらに後ろにもう一匹の火猫が。
「危ない!」
月守は尻尾を受けながら叫んだ。だが、ミズカが気付いてもこのタイミングでは反応が間に合わない。
猫の爪がミズカの背中を捉える。
月守は『庇護の翼』を使用し、ダメージをその身に引き受けた。
「あうッ!」
月守の鎧に覆われていない所から血が吹き出す。
「しまった!」
「でぇじょうぶですかいッ!?」
ミズカと点喰が月守に駆け寄った。
「すみません、一匹に気を取られすぎていました」
ミズカが謝罪の言葉を口にすると、月守は彼女のせいじゃない、と幼い外見よりも大人びた顔で微笑む。
「これくらい大丈夫よ」
「必ず一矢報います」
ミズカは力強く約束した。
今冷静さを失うのは良くないと充分すぎるほど解っていたので表情こそ厳しいままだったが、その顔よりもよく感情を表す狐耳はふるふると震え、若干力を失っているように見えた。
「これはいけませんね〜」
カーディスが銃を数発撃ち追撃を牽制、フォローに入った。
その隙に点喰は『ヒール』をかけるため、月守を連れて一旦後方に下がる。
Juliaも移動する点喰と月守に敵を向かわせないため、もう一方の火猫に『サンダーブレード』の雷の刃を突き立てようと急降下した。
だが火猫はJuliaの腕に尻尾をくねらせ巻きつけてきた。
「!」
腕を取られたJuliaに、二匹目の猫が爪を突き出し飛び迫る。避ける間もなく、胸元を引っ掻かれた。
「くっ、こいつっ……!」
二体が上手く連携してこんな攻撃をしてくるとは。
「二体を引き離して相手した方が良さそうです」
カーディスが言い、『影手裏剣・烈』を猫達の間に放つ。
予想通り、二匹の猫はさっと左右に分かれて跳んだ。
右に跳んだ猫を選択したカーディスは手裏剣を投げると共に走り出しており、敵に暇を与えず持ち替えたツヴァイハンダーFEで斬りかかる。狙うは足。
大きく横に薙ぐと、前足に深手を負わせた。
『フギャッ!』
黒夜が闇蜘蛛を操り火猫の尻尾を絡め取る。細い糸が尻尾に食い込んだ。
「これでもう振り回せねーだろ」
火猫は尻尾を抑えられ前足にも傷を受け、もはや満足に回避できない。
ミズカが静かな怒りをその目に顕にしながら、天羽々斬に力を集める。
「もう誰も傷つけさせません」
瞬間、刀が閃いた。それは純粋な力と速さの技。
サーバント猫は真っ二つになった。
左に避けた火猫には紅葉が、『アーススピア』で足元の地面に尖った土を出現させた。
針山のようになった地面が火猫の足に突き刺さる。
『ギニャッ!』
猫が下からの攻撃に思わず跳び上がり、意表を突かれ狼狽しているところに、Juliaがもう一度『サンダーブレード』を振りかぶり、袈裟懸けに斬りつけた。
「消えなさい。ここは彼方達の居るべき場所じゃないわ」
胸元の傷を堪えながら、彼女はつぶやいた。
悲鳴を上げのたうつ火猫の炎が、弱くなってきたようだ。
「まだ!」
紅葉がまだ立ち上がり牙を剥く火猫にロザリオで攻撃する。
光の刃をその身に受けながらも飛びかかってきた猫の側面から、緑の光を宿したルリジオンが見えた。
槍は猫を串刺しにし、そのまま下に切り裂いたのだった。
「今までのお返しをさせてもらったわ」
点喰の『ヒール』で回復した月守の『エメラルドスラッシュ』が、止めの一撃となった。
●猫屋敷
皆は念の為に他にも敵がいないか周囲を確認してから、塔利に討伐完了の旨を伝える。
「何とか終わりましたね〜。皆さんも……塔利さんも、お疲れ様でした」
紅葉が大きく一息ついた。
「そうだな、ご苦労さん! 警察にも知らせてくるわ」
塔利が再び離れると皆は猫好きの集まりよろしく、誰が提案するでもなく、何となく猫屋敷に戻った。
天魔がいなくなったのだから、ここに居着いていたという猫が戻って来るかもしれないという期待があったのだ。
傷を負った黒夜とJuliaが点喰に傷を治してもらっていると、塔利が町内会会長と少女二人を伴ってやって来た。
「いやー、今回は本当に助かりました、ありがとうございました」
ぺこぺこと頭を下げる会長。
「「どうもありがとうございました」」
誰かに教え込まれたのか、小学生二人も馬鹿丁寧にお礼を言ってお辞儀する。
「猫はかわいいが、人の家にあんま勝手に入るなよ」
黒夜が少女達の前に立って注意すると、
「うん、ごめんなさい」
少女達はしゅんとして、流石に反省しているようだ。
「分かったなら、ほら」
ぶっきらぼうにではあるが、黒夜はチョコクッキーを差し出した。
「くれるの?」
「ありがとう、お兄ちゃん」
嬉しそうに受け取る少女達。
確かに黒夜は成長しきっていない痩せた体つきだし、顔も少年に見えないこともない。でも一応女の子である。
が、彼女自身は『お兄ちゃん』と呼ばれたことを気にした様子はなく、むしろ少女らを見ながら表情を和らげるのだった。
にゃ〜
「あ、猫だ!」
かすかな猫の鳴き声に少女達が声を上げると、二匹の猫が植え込みの隙間からこちらをうかがっていた。
「おいでおいで〜」
怖がらせないようしゃがんで、指をチラチラと動かす。
猫は興味を示し、人に慣れているためかのそのそと出て来た。一匹がトラジマ、もう一匹は三毛だ。
Juliaも少女達の隣に屈んだ。
彼女は動物を飼ったことはないが、眺めていると癒されることは実証済みである。
猫は彼女達に近付き、三毛の方がじっとしているJuliaの足に擦り寄った。
「……いい子ね」
Juliaはふんわりとした毛並みをそっと撫でてみるのだった。その表情はクールなままだったが、心の中はほっこりしているに違いない。
「塔利さん、と言いましたか」
ミズカが塔利の傍らに来て声をかける。
「ん? おぉ。お前さんも今回はありがとな」
「いえ……貴方の方こそ、あの状況の中、彼らを護りきったとは見事なものです。その強さは誇れるものです。少なくとも私はそう思います」
真っ直ぐに塔利を見つめて言った。
「やめてくれ、俺はそんなガラじゃねぇよ」
塔利は面食らい照れくさそうに笑う。
「そういえば前も後輩にそんなことを言われたっけなあ。人面瘡の時か……お前さん、あん時に来てくれた奴だろう?」
とカーディスを見た。
「はい〜、その節はどうも〜」
「あん時も今回も、世話になっちまったなあ」
「いえいえ、変わらずお元気そうで何よりですよ〜」
にこにことカーディスは答え、庭を眺めやる。
猫が一匹、また一匹と戻って来ているようだ。もうすぐいつもの猫屋敷に戻るだろう。
オレンジ色の暖かい日差しの中、猫を愛でる彼らの姿はとても平穏で――、こんな日常がいつまでも続けばいい、と皆は思うのだった……。