●ゲームの中止
彼らがアスレチック広場に到着した時は、すでに混乱の最中だった。
施設内では天魔が出たと大騒ぎになり、スタッフも大慌てで避難指示を出したり誘導したり、手が足りないのは明らかだ。
そんな人達を掻き分け、彼らは天魔が紛れ込んだという広場に駆け付けた。
「あ、撃退士の方々ですね! 良かった!」
スタッフの中年男性が彼らを出迎える。たった今引率の若い方の女性と子供を一人ずつ連れて戻って来たところだ。
付近には避難した数人の子供達ともう一人の引率の中年女性が集まっている。
子供達はゲームが始まった途端なぜか連れ戻されて、広場に入るなと言われ混乱し、落ち着きがなくなっているようだ。中年女性はそれをなだめるのに一生懸命だった。
「後は俺達に任せて、皆さんは絶対に中に入らないようにしてくださいっす!」
名無 宗(
jb8892)が意気込んで言う。彼にとっては入学早々の依頼で、必ず成功させたいという思いと予測不能の興奮とで、いささか気がはやっていた。
「大体の状況は聞いてます。時間がない、子供達は全員で何人っすか? 参加者名簿とかあれば貸して欲しいっす」
鬼定 璃遊(
ja0537)が到着早々尋ねると、中年女性が答えた。
「名簿というほどではないですが、参加している子の名前を控えたものなら……」
「それでいいです、今避難できてる子供達をチェックしてくださいっす」
「は、はい、すぐに」
その間に鈴原 りりな(
ja4696)がスタッフから広場のマップを借りて、若い方の女性にゲームのボールを隠した場所を聞いていた。
「軽い衝撃で爆発するピンクのボール型サーバントに、宝探しゲームで探すのはピンク色のゴムボール……」
パルプンティ(
jb2761)はつぶやく。
「もう嫌な予感MAXですよーぅ。子供達がボールサーバントを蹴ってジバクする前に何とかしないとですよっ」
彼女の焦る気持ちを代弁するかのように、頭の角が激しく動いていた。
「というか、嫌な予感しかしないな。子供に手を出したってのが許せねえ」
やけに背が高くやけに細身の由野宮 雅(
ja4909)が気迫のこもった目で広場を睨んだ。
どんなヤツだろうと、サーバントは一匹残らず殲滅してやる。それが自分の目的だ。
皆、と鈴原に呼ばれて皆は彼女の周りに集まった。
「子供達は全部で22名。今現在避難できてるのは12人。まだあと10人広場に残ってるみたいだよ」
鬼定が名前を書いた紙を見ながら報告する。続けて鈴原が、
「引率の人に聞いたら、ゲームのボールは遊具の隙間とか落ち葉を集めた中とか、そういう所に隠したみたい。それ以外の所にあるボールは怪しいね。で、サーバントはここの奥まった場所に集めるのがいいと思うんだけど」
マップを指差して位置を示した。皆がそれを確認する。
「私、ダンボール用意しましたですよ。こっちが普通のボール、こっちがサーバント用です」
パルプンティが大きめのダンボール箱を二つ出して組み立てた。それぞれ四面にでっかく『ゴムボール』、『爆発物』と書いてある。
「間違えたら危ないので、いっぱい書きましたよーぅ」
「そうだね、紛らわしいから普通のボールも見つけたらここに入れておけばいいんじゃないかな」
緋野 慎(
ja8541)がうなずくと、皆も同意したようだ。
「そんじゃとりあえずはまぁ、坊主どもを避難させるかね」
向坂 玲治(
ja6214)が光纏し『小天使の翼』を出したのをきっかけに、皆は行動開始した。
●蹴りたい衝動からの避難
鈴原も光纏し阻霊符を発動させる。彼女のオーラは禍々しさを伴うので、子供達が怖がらないよう不可視にした。
まずは緋野と名無が広場中央にある丸太を組んだ遊具のてっぺんに駆け上がる。二人共子供の頃から大自然の中で育ったので、遊具など障害物にもならない。
それから名無が広場中に聞こえるように声を張り上げた。
「みんなー! ゲームはひとまず中止っスよー! 戻って来るっスー!」
「こっちだー! 俺を見ろー!」
さらに緋野は『炎身』を使った。全身に赤、青、金の炎を纏う。近くにいた何人かの子供達が彼に反応した。
「さあ、俺に付いて来て!」
丸太から飛び降りると、炎の輝きにつられるように子供達が彼に寄って来る。反応したのは6人。
『注目』の効果が切れないうちに、鬼定と鈴原が両手にその子らの手を取った。
「ここは危険だから、早く離れるぞー!」
炎の道を残しながら緋野が引率の女性がいる所まで先導する。
「ねえ、宝探しは?」
鬼定と手を繋いでいる女の子が不思議そうに彼女を見上げた。状況を理解してないのだろう。
「ごめんな、急に中止になっちゃったんだ。でも皆の所に行ったらお菓子配るからな。そうだ、中止じゃなくなったら一緒に遊ぼう!」
「ほんとう?」
「もちろん! だからもう少し待っててくれな」
鬼定は明るく笑って、子供達と約束した。
「あ、あっちの子! こっちをガン無視でボールにまっしぐらっス! 滑り台の方!」
名無が叫ぶ。
子供はピンクのボールにまっすぐ駆けて行く。きっと蹴りたい衝動に駆られ、今まさに蹴ろうとしているのだ。
上空から向坂が舞い降り、ボールに到達する前にその子を抱えてまた舞い上がった。
「間一髪だな」
そのまま避難場所まで運ぶ。
ボールはやはりサーバントだったので、パルプンティがそっと回収した。
「由野宮さん、トランポリンの下に子供が入ったっス! ボールも見えるっスよ!」
名無が指差しながら大声で伝える。名無の位置からでは天魔なのかただのボールなのか判別がつかない。
だがこれだけゲーム中止を叫んでいるのにそれを無視しているのなら、サーバントに惹かれている可能性が高い。
「子供に手は出させねえ」
由野宮は急いでトランポリンの下に潜り込み、子供を捕まえた。
「あれに触ったらダメだ」
子供を抱えたままそこから出て、皆の所に連れて行く。
パルプンティがコッソリとトランポリン下のボールを確認すると、
「これは……爆発するナマモノの方ですね……」
ビクビクしながら優しーくそれに触れ、爆発物用ダンボールまで持って行った。
「あと二人だね」
鬼定が避難した子供達を数えて言うと、残りの子供を探すために高速で移動し広場内へ戻った。
そこらに出てくれば高所にいる名無から見えるはず。まだ発見できないということは、遊具の下とか死角にいるのかもしれない。
鬼定はそういう場所を重点的に探した。
「いた!」
一人立体迷路に文字通り迷い込んでいた少女を発見、出してあげた。
幸いそこにあったボールは全部普通のボールだったので、回収してゴムボール専用ダンボールに入れる。
「今お菓子配ってるから、皆の所に行こう」
と少女の手を引いて避難している時、上から名無の声が突然降ってきた。
「鬼定さん後ろ!」
はっと振り返ると、ピンク色のボールがこっちに転がってくるではないか。
名無の声を聞いて駆け付けた緋野は今初めてボールサーバントを見――、驚いた。
『蹴りたい』と思ってしまったのだ。その衝動を精神力でぐっと抑え込む。
鬼定は避難を優先し子供を抱き上げ走った。
「じいちゃんの名に掛けて、子供には指一本触れさせないぜ」
緋野の手から風の手裏剣が飛び出し、ボールを攻撃した。
ドカーン!
攻撃したため爆発はしたが、人にも周囲にも被害はない。
取りあえずホッとする緋野。
それにしてもなんでこんなサーバントがいるのか、と思う。どんな姿形だろうと今更驚きはしないけれども、今回は。
(ほぼテロ専用じゃないか。今回はその見た目のせいでかなり厄介なことになってるし、効果的だったと言えばそうなんだけど。しかも俺達でさえ無性に『蹴りたい』って衝動に駆られるんだ。ただの子供には到底抗えるとは思えない)
天魔の悪意を感じる。なればこそ、子供達に犠牲なんか出させない。
(俺はじいちゃんの孫、緋野 慎だ)
それを誇りに、緋野は心中で固く誓うのだった。
名無があっと大声を上げた。
「ブランコの向こうの木の陰に子供がいるっス!」
最後の一人だ。
鈴原が近くにいたのでそちらに向かうと、やんちゃそうな少年が遊具に隠れながら移動していた。
ゲームの中止も聞かず、撃退士達が彼らを探しているのをかくれんぼか何かの遊びだと勘違いしているのかもしれない。
「おれはそう簡単につかまらないからなー!」
少年は鈴原をからかうように様子を見ながら逃げて、ブランコの陰にあったボールを見つけてしまった。
「ボールはっけーん! シューッ!」
勢い良く走り出し、豪快にシュートしようとする。
「ボールに触ったらダメ!」
咄嗟に鈴原が少年を後ろから抱きしめるように引き止めた。
「なんでだよぉ、ボールなんだから蹴ったっていいだろ?」
じたばたと彼女の手から逃げ出そうとする少年。完全に天魔に魅入られている。
「ダメ、あれは危険なの!」
「おれが見つけたんだぞー! 横取りするなってキョーコ先生も言ってたじゃん!」
『キョーコ先生』というのはたぶん引率の若い女性のことだろう。
「ゲームは中止なの。ボール見つけてなくてもお菓子はあげるから」
「おまえらなんだよぅ。急に出てきてゲーム中止とか意味わかんねーよ。はなせよぉ!」
鈴原は困ってしまった。これは相当のきかん坊だ。言い聞かせるより引きずってでも連れて行った方が早い。
とその時、ボールがごろりとこっちに転がりだした。
「! いけない、誰か!」
鈴原が後ろに子供をかばいながらそこを離れると、向坂が前に出た。
「俺がやろう」
『タウント』を使い周囲の目を引くオーラを身にまとう。サーバントは向坂の方に進行方向を変えた。
「よーし、こっちだ」
そのままボールをサーバント集積場所まで誘導して行った。
●爆発物処理
子供達の避難が終わり、皆はサーバント探しに入る。
普通のゴムボールもそれなりの数があるので意外と手間のかかる作業だと思われたが、子供達を避難させている間に普通のボールはパルプンティが回収してくれていた。そのおかげで紛らわしさが解消され、作業は楽になった。
「だいぶ集まりましたよ」
パルプンティが自分の用意したダンボールに入ったピンクの爆発物を見下ろした。
中に6個のボール型サーバントが入っており、時々もぞもぞと動くのが何だか不気味だ。
「数が増えるとダンボールから逃げられるかもしれないし、このくらいで一旦処理しておきますか」
由野宮が言う。
「分かりました、ではやっちゃいましょー」
爆発に巻き込まれないよう、二人は距離を取る。
由野宮は隼、パルプンティはPDW FS80を装備した。
ダンボールに照準を合わせ、二人同時に撃つ。
ドドーン!
取りあえず危険物の数が減り、ふう、と二人は息を吐いた。
鬼定は風もないのにゆらゆら動いているボールを見つけた。
そおっと近づき、じっと見つめる。表面の質感が明らかにゴムボールじゃない。
「ったく、子供の遊び場で天魔もヤボな真似しやがって」
悪態をつきながらそっとサーバントを持ち上げ、ゆっくり運んだ。
滑り台の下からボールサーバントを発見した向坂は、慎重に手に取った。
「……微妙に温かいのがなんか嫌だな」
見た目は無機質のゴムボールなのに、妙な手触りと体温が感じられてものすごく違和感がある。
顔をしかめながら決めた場所まで持って行くと、鬼定も天魔を運んだところらしかった。
「これで4ツか。このくらいで逃げ出さないうちに爆破させるか」
「そうだね」
向坂の意見に鬼定も同意し、二人はボールから離れる。
お互いの位置が決まると、向坂が鬼定に向けて小さくうなずいた。
「そんじゃまやるぞ。3、2、1、爆破っと」
向坂はログジエルGA59を撃ち、鬼定は『飛燕』を放った。
ズドーン!
残るはあと4ツだ。
「見つけた」
先程まで名無が立っていた丸太を組み合わせた遊具の下で、鈴原はピンクの玉を見つけた。
落とさないように気を使いながら移動する。
緋野も不自然な場所にポツンとあるボールを見つけ、指定の場所まで持って行った。
「計算ではこれで最後かな」
目の前には4つのボールが集まっている。
「そうね、終わりにしよう」
鈴原と緋野も自分らの前にあるボール達から離れた。
鈴原のウイングクロスボウから放たれた矢と、緋野の疾風の忍術書で生み出された風の手裏剣が天魔に命中した。
ボカーン!
「汚ねぇ花火だぜ」
緋野が吐き捨てるように言った。
子供達を手にかけようだなんて、その根性も爆発の様も汚い、と緋野は思った。
爆発物処理完了。
●皆で遊ぼう
「よーし、皆見つけてやるぞー!」
鬼定は約束通り、子供達と一緒になって遊んでいた。
「ホラさっそく見つけた!」
「わあ、逃げろー!」
「おッ、あたしから逃げられると思うなー」
ルールなど皆無で逃げ出す子供を追い掛ける鬼定。
彼女自身体を動かして遊ぶということに対しては子供と似たような感覚だから、目一杯この状況を楽しんでいた。
引率の女性二人が頭を下げる。
「本当にどうもありがとうございました」
「子供達に怪我もなく、助かりました。それに一緒に遊んでくださって」
いやいや、と名無が気さくに手を振った。
「皆無事で良かったっスよ! ゲームは中止になっちゃったっスけど、皆が楽しんでくれれば」
「それはもう、子供達にもいい思い出になると思います」
きゃーきゃーと元気よくはしゃぐ子供らを、引率女性達は微笑みながら見守っていた。
広場ではパルプンティも子供達の標的になっていた。
「わー、しっぽだしっぽ!」
「かわいい〜、さわらせてー!」
子供達の容赦ない手がパルプンティの先が毛玉になっている尻尾をつかむ。
「わわッ、引っ張っちゃダメですよ〜!」
イジリから逃げようと子供達の間をくるくるしているうちに、パルプンティはつまずいてすっ転んだ。
「きゃん!」
見事にスカートがめくれてしまう。完全に尻丸出し。
「ぱんつ丸見えだー!」
「あははは、おねーちゃんドジー!」
ここまで豪快に丸見えだと色気も何もない。でも子供達には大ウケで、
「笑うところじゃないのですー!」
と言ってみてもまるで効き目はなく、余計にはやし立てられていた。
「はあ、当分球技は勘弁だな……」
広場を眺め肩の力を抜きながら、向坂は一息ついた。
激しい戦闘などなかったのに、こうして終わってみてようやく、妙に緊張していたのだと気づく。
「アレ、由野宮さんは?」
「さあ、どっか休める所にでも行ったみたいだけど」
緋野がその方向に顔を向けた。
由野宮は喫茶室の隣にある喫煙スペースで煙草をふかしていた。
無事に依頼が終わった後の一服はいつもより美味く感じる。
『この手が届く範囲の奴らは護る』
それが彼の信条だ。
そのためにこれからも自分は天魔を殲滅していくだろう。
くゆる煙を見ながら、由野宮は思うのだった。