●未知への恐怖
恐ろしい。
宇宙人に立ち向かうなど。
パンダ……もとい、パンダの着ぐるみを着た下妻笹緒(
ja0544)は恐怖に恐れ慄いていた。
なんせ今回の敵は宇宙人だ。(外見は)
天魔のやることは彼の理解の範疇にある。お化けや妖怪の類も行動理由は明快だし、弱点もある。
だがグレイはどうだ。なぜ地球に来るのか、なぜキャトルミューティレーションなどをするのか、全く意味不明すぎる。
森羅万象の知識を欲してきた彼にも理解不能。
一体いかなる攻撃が有効なのか皆目見当もつかない。(敵はディアボロです)
――こわい。
牛ですら血を抜き取られたり目を抉られたりしているのだ。
奴らがジャンアントパンダを見つけたら一体どんな行為に及ぶのか、想像するだけで背筋が凍る。
着ぐるみの中の素顔が見えていればきっと、顔面蒼白になっているだろう。
いや、彼にとっては『中の素顔』などないのかもしれないが。
そんな下妻の恐怖をよそに、葛葉アキラ(
jb7705)ははしゃいでいた。
「宇宙人やて! 宇宙人っ!! 未知の知的生命体はやっぱり存在してたんやねっ!」
「……宇宙人なんて本当にいるのかしら?」
小首を傾げて不思議そうに問うたのは、修道女の出で立ちをしたエミリア リーベル(
jb7121)。彼女はあまり宇宙人の存在を信じてないらしい。
「ふむ。グレイタイプ、の、宇宙人、か。是非、見たいな。というか、見れる、訳、だな。残念、ながら、敵、故、倒さねば、ならんが」
独特な口調の仄(
jb4785)は逆に興味津々といった感じだ。
「いやいや、宇宙人っていっても宇宙人の姿をした天魔だからね?」
皆の勘違い? をたしなめるように梶夜 零紀(
ja0728)が言う。
「え、ちゃうのん? 天魔? なーんやそれ。おもろないオチやわぁ……」
葛葉はあからさまにガッカリした。
「しかし、キャトルミューティレーション、と言えば、仄、は、チュパカブラ説、を、推すが、皆は、其処の所、は、いかがだろう、か」
「いや、今はそれよりも作戦立てないと……」
梶夜の断りに少し瞳が悲しげになる仄。
「……そうか。そうだな。では、終わったら、皆で、大いに、語り、明かそう」
「でも強そうですねー。だってウッチューへ行って帰って来たっぽいディアボロなんですよ。何となく強そうじゃないですか」
あまり緊張感の感じられない口調で、パルプンティ(
jb2761)が角をクネクネさせる。
「何をするか予想もつかないし、むやみに近づけばアブダクションされてしまう可能性が高い」
下妻は『宇宙人の姿をした天魔』という会話はまるっと耳に入っていなかったようで、本気で宇宙人の来襲に恐怖していた。
「そうですねー、とにかくウッチュー的な超常ぱぅわーだとかを発揮して家畜への被害が広がる前に、さっさとくびちょんぱしないとですねー♪」
「くびちょんぱ!? できるのか、宇宙人相手にそんなことが……!?」
下妻はパルプンティの言葉に驚いた。しかし、と一人うつむきブツブツと自問する。
「ここで仕留めなくては、母艦の仲間を呼ばれてしまうかもしれない。そうなっては地球は間違いなく滅亡する。決断しなくてはならない。今ここで銀色モンスターを屠ることを……」
その姿は着ぐるみでありながら、本当に苦悩しているように見えた。
「ともかく、牛舎の中に居られては牛の被害が増すだけだ。おびき出す必要がありそうだな」
「それなら私が、囮役を務めるわ……。気を引くくらいなら私にもできるから……」
梶夜が作戦を提案すると、Laika A Kudryavk(
jb8087)が立候補する。
「じゃあ頼む。牛舎の外におびき出してくれ。残りの人は囲いに沿って待機、グレイの注意がLaikaに向いている所を急襲する」
「ま、待て」
作戦を聞いていた下妻が手を挙げて、
「戦闘中ヤツにいきなり暗闇から接近されたら、びっくりし過ぎて心臓麻痺を起こす恐れがある。『トワイライト』を設置しグレイを視認できる環境を整えたい」
どんだけエイリアンにビビってんだよと思わなくもなかったが、確かに今は深夜、田舎の一軒家の周りなど真っ暗だ。光源があるのはありがたい。
梶夜はそれを受け入れた。
「それじゃ、その設置が終わったら俺が阻霊符を発動する。そしたら囮作戦開始だ」
皆は異論なく了承した。
●未知との遭遇
辺りは真っ暗で、静まり返っている。普通は寝静まっている時間帯だから当然だろう。広士や優人達は家で大人しくして、絶対に外に出ないように言っておいた。
牛舎のある囲いまで来ると、皆はディアボロをおびき寄せる大体の場所を決める。
パンダ……じゃなく下妻は、『トワイライト』で作り出した光球を4ツ、その周辺に設置した。
皆光纏し、梶夜が阻霊符を発動、Laikaが牛舎の扉を開けた。
牛の匂いや呻くような鳴き声。
ランタンシールドを体の前に構え中に入り、フラッシュライトを点ける。
寝ている牛達の中一頭の牛が横向きに倒れており、その前にかがみ込んでいる人型のモノが、こちらを向いた。すでにその牛の内臓は食べ尽くされてしまったようだ。
一瞬、Laikaは息を呑む。
本当にグレイにそっくりだ。
「わざわざグレイを真似るなんて。いったいどんな作り手なのかしら……」
宇宙人型ディアボロはその大きな目で彼女を見つめた。
関心を引くために、Laikaは宇宙人に攻撃を仕掛ける素振りをする。
シールドに付いた刃が銀色の頭をかすめる。
『み゛っ!』
およそ表情など読み取れない顔だが、何となく宇宙人の目つきが険しくなったように思えた。彼女を敵と認識したようだ。
牛舎の中から争うような音が聞こえる。
そろそろだと予感した梶夜はナイトビジョンを装備し視界を確保、葛葉も『明鏡止水』で気配を消した。当然オーラも消す。
「くるくるーっと、夜の番人ですよーっ」
パルプンティ自身は回る必要はないと思うのだが、実際にくるくるーっと回りながら『夜の番人』を使用した。
Laikaが外に出て来ると、その後を追い宇宙人が現れた。
両腕を威嚇するように上げてけてけと走る姿が、魔法の光の中に顕になる。
「ホントに見た目は宇宙人だな。どうやら、天魔は何でもアリらしい」
ディアボロの注意がLaikaに向いている隙に、梶夜はワイルドハルバードを思い切り振り抜き、『ソニックブーム』を放った。背中に命中する。
『み゛――っ!』
「……ホンマに宇宙人然としとるな……写メ記念に撮っとこ」
敵の姿を見た葛葉は、取りあえずそれを携帯の写メに収めた。それから、
「でも結局天魔やねんな〜。はあ、このガッカリ感、しっかりと受け止めてもらうさかい、覚悟しぃや!」
背後からグレイに近づき、強力な風の一撃『鎌鼬』を繰り出す。
グレイの足を切り裂いた。緑色の体液でも出てくるのかと少し期待したが、やはり天魔、赤い血が流れた。
宇宙人は周りを撃退士に囲まれていることに気づいたようだ。
「……アハハッ♪グレイだかサスカッチだかネッシーだか知らないけど……神の名の下にあの世に送ってやるわ!!」
普段はいかにも修道女らしい物腰のエミリアだが、戦闘時には性格が豹変する。
ウォフ・マナフを大きく振り上げ宇宙人に斬りかかった。が、グレイは関節の感じられないぐにゃりとした動きでそれをかわした。
「やるわね!」
エミリアが二度、三度と斬りつけるも、特別素早く動いているようにも見えないのに大鎌の刃はグレイにかすりもしなかった。
パルプンティは宇宙人天魔を見てガラガラとイメージ崩壊していた。
「見た目はへなちょこさんでしたか。マッチョりしてると思ったのですが。……でもまだ分かりませんね。ウッチューのディアボロですから……」
気を取り直し、デビルブリンガーを頭上でブンブンと振り回す。
「ウッチューの灰色チビなどすぺぺのぺですよう」
まるでスキップみたいな足取りで天魔に近づき、宇宙人がエミリアの鎌を避けたところに自分の鎌をお見舞いした。
「おお、紛う方、なき、グレイ、だな。素晴らしい。こうして、見る、と、中々に、感動モノ、とも、言える、な。が、さくっ、と、倒す、ぞ」
仄が構えると、宇宙人はてけてけと逃げ出した。少し走って止まり、こちらを見てヘロヘロした動きを見せつける。馬鹿にしているのか挑発してるのか。
仄の石のリングから鈍色の玉が出現し、グレイに向かって行った。しかしひらりとかわされる。
「ちょこまか、する、な」
間髪入れずに『呪縛陣』の結界を展開、宇宙人にダメージを与え、『束縛』にする。
下妻は目にした宇宙人に圧倒されていた。ともすれば足がすくんでしまう。
「だがここで怯むわけにはいかない……!」
地球の存亡のためにも。
勇気を集めるかのようにぐっと毛拳を握り締めると、彼の上空に風神と雷神の描かれた黄金の屏風が現れた。
グレイを指差し、その動きに合わせ屏風から稲妻が落ちた。『風神雷神図』である。
稲妻を喰らったディアボロは足を踏み鳴らし、怒ったようだった。そして――
み゛―――!
その大きすぎる両目から光線が!
「!!」
下妻は咄嗟に横ざまに転がり避けたが、そのショックは大きかった。
「おお、なんということだ……!!」
「ビームッ……!? 巨大な目は飾りじゃないということか」
梶夜もその攻撃に驚き、射程に入らない位置まで下がる。
「ウッチューぱぅわーです! でもブリちゃんは負けませんよう」
パルプンティが大鎌で斬り付けようとしたその時、なぜ今!? というタイミングでショーツが緩んでずり落ち、足がもつれた。
「きゃん!」
思いっきり顔からすっ転び、慌ててショーツを直そうとする彼女に宇宙人が接近。
「あわわ」
「危ない!」
葛葉が弓「残月」でアウルの矢を射掛ける。グレイはぴょいんと跳んで回避し、そのまま勢いをつけて手刀をパルプンティの頭に振り下ろした。
――ぺち
「? 痛くないです」
全員がくりと崩れ落ちた。
「見かけ倒しかいなっ!」
葛葉のツッコミ。
が、それも束の間、宇宙人はぐるぐると体を軸に回転、光線を乱射した!
み゛―――っ み゛―――っ み゛―――っ
「ひゃあッ!」
パルプンティはまともに食らってしまった。
「きゃあっ!」
Laikaは『防壁陣』を使用して光線を受ける。
「くっ!」
仄もストリームシールドで受けたが全てを防ぎきれなかった。
「グレイごときに、地球を侵略される訳にはいかないな」
梶夜が『スピンブレイド』の予測しにくい動きで、攻撃を仕掛ける。
下妻ももう一度『雷神風神図』の稲妻を撃つ。
ディアボロはあわあわとそれらの攻撃に翻弄されながら、またてけてけと逃げるように走り出した。
突然立ち止まり、ついと空を見上げる。
「ま、まさか母艦を呼ぶ気か!?」
下妻がこの世の終わりだとばかりに言うと、
「やらせないわ!」
エミリアが鎌で切り込む。
「待って!」
Laikaが制止するも、時すでに遅し。
エミリアの攻撃が当たる寸前、グレイの姿がブレた。
「え?」
何人にも見えるグレイの残像がエミリアの周りを回る。
次の瞬間、何発ものパンチがエミリアの急所にヒットした。
「はぅっ……!!」
エミリアは体を折り曲げよろめくが、倒れまいと足を踏ん張った。
「……なかなか楽しませてくれるじゃない……!」
ニヤリと口元を歪め宇宙人を睨みつけると、グレイは今の一撃で力を使い果たしたのか、はたまた目を回したのか、銀色の体をウネウネと波打たせばったり倒れてしまった。
「ん?」
『み、み゛ー……』
惨めっぽい声を出すディアボロ。
「……なんや、限界かいな? ほならチャンスは使わせてもらうで!」
葛葉の『鎌鼬』の風がグレイを襲う。
もう妙な動きで回避する力もないようだ。
「魂を、貰う、ぞ」
仄は『吸魂符』で宇宙人の魂を吸い取り、自分の生命力を回復する。
エミリアのウォフ・マナフが虹色に輝いた。
「とどめよ!」
『忍法「月虹」』の 鮮やかな光が鎌の軌道を描き、その刃は宇宙人を模したディアボロの腹に容赦なく突き立った。
天魔は一、二度ビクビクと体を震わせ、やがて大きな目から光が失せたのだった……。
●そして地球は救われた
「これで終わり……? つまらないわ……」
武器をヒヒイロカネに戻し光纏を解除しながら、エミリアが少し不満そうに漏らす。
「嗚呼、これで、終わり、か……所詮は、ディアボロ。本物、に、会って、みたい、もの、だ」
仄も残念そうだ。
「では、皆、で、語り、明かそうか。……明かさない? ……そうか。残念、だな」
誰も賛同してくれないので、語尾が寂しそうに消えた。
「それじゃあ、一緒に写真撮ろう……。そっちの手、持って……」
Laikaが宇宙人の死骸の腕を持って立ち上がると、仄も彼女が何をしたいのか悟る。
二人して両脇から宇宙人の腕を持ち立たせ、葛葉にLaikaの使い捨てカメラで写真に撮ってもらった。
二人共顔はぼーっとしたような無表情ではあったが、意外とノリがいいらしく結構楽しそうだった。
「こんな生命体が他にもたくさん地球に潜入していたとしたら……」
梶夜が神妙な顔でポツリと言うと、ひいぃっと下妻はパンダ頭を抱えた。
「そんな恐ろしいこと言わないでくれ!」
(……冗談のつもりだったんだけどな)
と思いながら、梶夜も下妻の反応を楽しんでいたりして。
結局このグレイは天魔だった。しかし、だからと言って宇宙人がいないということにはならない。未知の知的生命体とは興味深いものだ。
未知という意味では、葛葉にとってパンダな下妻も興味の対象だった。
「なあなあ、この着ぐるみどーなってんのん? 中身見てみたいわぁ」
「何をおかしなことを。中身などない。これが私自身だ」
「え〜。ええやん、ちょっとだけ、な?」
などと二人がやっていると、一番ダメージの大きかったパルプンティが優人の家で応急手当を終え、優人と広士を伴って出て来た。
「う、宇宙人を倒してくれたんですねっ」
優人が皆の所に駆け寄って来る。
「ああ……残念ながら牛が一頭手遅れだったけど……」
少し申し訳なさそうに梶夜が告げると、優人はいいえ、と首を振った。
「それは仕方ないです。でも倒してくれたから、被害が他に広がらずにすみました。父さんも母さんもすごく感謝してました」
「やっぱり撃退士はすごいです! ありがとう!」
優人と広士は興奮した様子で礼を言う。
「今回は倒すことができた。だが、いつまた地球が狙われるか分からない。地球の存亡のために、私達は再び立ち上がるだろう……!」
下妻は遠くの空を見つめて決意を新たにする。優人はその言葉に感激した。
「すごいっす、パンダさん! カッケーっす!」
うむうむ、と男前にうなずくパンダ。
こうして地球は宇宙人の手から守られた。
そして優人と広士はその日大幅に寝坊して、思いっきり遅刻したことは言うまでもない――。