●神社の鬼
「はぁー……だりぃな……天魔討伐も神様とやらに頼めよな……」
現場に到着した恒河沙 那由汰(
jb6459)が、生気の感じられない目で神社を見ながら、やる気なさげにつぶやいた。今はこんな感じでも、いざ天魔を前にすれば戦うことにためらいはない。
「神社に鬼って、節分にはちょっと早すぎると思うんだけど。でも被害も出てるみたいだし、ひと足早いけど鬼退治といこうか。ぶつけるのは豆じゃなくて、もっと物騒な物だけどね!」
天宮 葉月(
jb7258)は巫女なので、神社を荒らす輩は許す訳にいかないのだ。
「神聖な神社に鬼だなんて、しかも救出者の人数不明か……神域で血を流させてたまるか」
男子の制服を着た凛々しい容貌は一見男性のようだが、実はちゃんと女性である礼野 智美(
ja3600)が、怒りを顕にした。
天宮と礼野は実家が神社ということもあり、今回はいつも以上の意気込みだ。
現在神社内に何人か取り残されており、怪我人もいるというので、討伐班と救出班で分担することになった。
「はい、救急車を神社の近くまで。そこで待機お願いします」
救出班の龍崎海(
ja0565)が消防に連絡すると、
「サイレンは鳴らさせない方がいいな」
恒河沙がサーバントを刺激させないためそう提案した。その意図を察した龍崎がその旨も伝える。
「あと念のため神社の石垣の周りにクッションを設置してください」
橋場 アイリス(
ja1078)が龍崎の携帯の側で、向こうに聞こえるように言った。向こうも慌ただしく了解してくれたようだ。
「よし、これなら救出後すぐに移送してもらえるだろうし、こっちも終わり次第討伐班に加勢できる」
「まずはあたし達が境内の真ん中辺りに鬼を押し込むよ」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が討伐班を示す。
「救出の邪魔をさせないように鬼を引きつけておく」
頼もしげに拳をグッと握り締める千葉 真一(
ja0070)。たなびく赤いマフラーはヒーローの証だ。
「突入したら、俺が『生命探知』を使おう」
龍崎がよし、とうなずいて自分の行動を決めた。
礼野がつい、と小さく手を挙げる。
「同じ方向に救出班が全員で行ったらスムーズに行かないと思うんです。連絡のあったうち怪我人がいる所、中学生がいる所、社務所内は、龍崎さんの『生命探知』前に向かって救出活動開始しませんか?」
「じゃあ私は怪我人の所に行きます」
橋場が言い、
「では私は社務所内から本殿へ」
礼野も行き先を決めると、必然的に龍崎は残りを担当することになった。
大まかな流れが決まると、救急車やレスキューの車両が到着しクッションを設置し始めた。
「鬼退治は任せろ!」
千葉が拳を手のひらでひとつ打ち、皆は行動開始した。
●隠れている人達の救助
皆は光纏し境内へと続く階段を駆け上がる。
龍崎が阻霊符を発動させた。
「いっくよ〜!」
天魔の姿が目に入るなり、小麦色の肌の腕を伸ばしてソフィアが『La Spirale di Petali』を放った。
花びらの嵐が螺旋を描きながら赤鬼を襲う。
ちょうど背中を向けていた鬼に命中、『朦朧』にした。
「はいはい、邪魔ですよっと」
続けて橋場が強烈な一撃『薙ぎ払い』を食らわせる。鬼は行動不能になってしまった。
さらに間髪入れずに礼野の『烈風突』が打ち込まれる。
サーバントは抵抗できずに弾き飛ばされ、上手く境内の中程まで移動させることができた。
「撃退士が来ました! これから鬼を倒すので、皆さんはそのまま動かないでください!」
龍崎が隠れているであろう人に向けて声を張り上げた。一般人を安心させるためと、下手に動かれないようにするためだ。
そしてすぐに救出班は目的の場所へ散ってゆく。
龍崎は『生命探知』を行う。鳥居近くには誰もいないようだ。仲間が向かった所は彼女らに任せて、龍崎は自分の担当場所へと向かった。
恒河沙が千葉に『風の烙印』を使い防御力と回避力を上げた。
「すまない! よおぉっし、変身っ!」
千葉はビシ! とポーズをつけアウルの光を燃え上がらせる。
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!! とおっ!」
掛け声と同時に飛び上がった。
「ゴウライ反転キィィック!」
宙返りからの急降下キック!
見事に赤鬼のみぞおちに決まった。
「お前の相手は俺だっ」
鬼は千葉以外には目もくれず、彼を捕まえにかかる。
「こっちだ!」
「張り切ってんなー」
自分にも『風の烙印』を使いながら妙に感心する恒河沙。
とか言っている場合ではない。奴の注意が他に向かないようにしなければ。
恒河沙もスターライトハーツを構え鬼に殴りかかって行った。
「救出に来ました!」
礼野が社務所の扉を開けると、部屋の隅にお互い抱き合うようにして神主とその妻であろう女性が縮こまっていた。
「今のうちに外へ。ここには他に誰もいませんか?」
「い、いない。我々だけだ」
彼女の問いかけに神主が答える。
礼野は二人を伴い建物の外へ出、カイトシールドを装備した。
神主達を庇うようにしながら、なるべく戦闘場所から離れた所を通って鳥居まで導き、救急隊に引き渡した。
次は中学生らの所だ。
『縮地』を使って急ぎ境内へ戻った。
橋場が社務所裏へ声をかける。
「救助に来ましたよー。怪我人はいませんか?」
「あっ、あんた撃退士か!? 助かったあ〜!」
冴えない男が走り寄って来た。
「待ってください。お年寄り、怪我人が先です」
「そうか、そうだな。なるべく早く頼む」
橋場は倒れている老女から抱えて、『陰影の翼』で道路まで降り、救急隊員に預けた。次は夫の方を抱えようとすると、男がやけにそわそわしている。怖さから気が焦っているのだろう。
「あなたは自分で飛び降りられますよね? 大の男なんですから」
「ええ!?」
冗談だよな? とでも言うふうに彼女を見るが、橋場は気づかぬふりで飛んでいこうとする。
男は下のクッションを見下ろして覚悟を決め兼ねているようだ。
橋場がとん、と軽く男の背中を押すと、男はあっさり落ちた。
「うわあぁ! あんたは悪魔か!」
(……半分、ね)
男の言葉に、橋場は皮肉っぽく心の中で返すのだった。
本殿の裏には中学生男子三人組が隠れていて、礼野と橋場が飛び降りさせたり、どうしてもビビる子は橋場が抱えて下ろし、礼野が鳥居まで護衛したりして救出した。
龍崎が社務所の対面で『生命探知』を使った。木の茂み辺りに反応がある。
「俺は撃退士です、助けに来ました」
すると、若いカップルがおどおどと姿を現した。
「よかったぁ〜。めっちゃ怖かったよォ〜」
彼女の方は泣いている。
「俺達もうダメかもしれないって、ここから飛び降りようとしたっけこいつがめっちゃ嫌がるし、でもどこにも逃げらんなくて、ケーサツに電話しようとしたけど音たてたら鬼に見つかるかもしんないし、俺らもう訳分かんなくて」
彼氏がまくし立てるが、言ってることもきっとよく分かってないのだろう。彼女も全然泣き止まない。
二人共かなり動揺しているようだ。
「落ち着いてください、俺が安全な場所に連れて行きますから」
龍崎は二人に『マインドケア』をかけて、取りあえず気を静めさせた。
「俺の指示に従って、俺から離れないで」
カップルは何度もうなずきながら、慎重に龍崎の後に付いて行く。
龍崎は戦闘の状況に気を配りながら、カップルを護衛し鳥居から避難させた。
それから他にも救助者がいないか確認するため、境内へ戻った。
●鬼退治
「余所見をしてる暇はないぜ、真っ向勝負といこうか!」
千葉が『チャージアップ』を使用すると、どこからか『CHARGE UP!』というイイ発音のイイ声が聞こえ、彼のアウルがアーマーのような形になって輝き、体の各部に装着された。
「ゴウライナッコォ!」
ブロウクンナックルでストレートを繰り出すと、赤鬼は金棒を思い切り振り回した。
突風が巻き起こる。
「うわっ!」
伸ばした腕が上へ持って行かれた。
風圧で前に進めない。
鬼が千葉の頭上に金棒を振り下ろした。
「やらせない!」
天宮が『アウルの鎧』を千葉に纏わせる。
「ぐぉっ!」
金棒に当たりはしたが、千葉は大したダメージを受けなかった。
ソフィアが『Le Ali di Maga』で空を飛び、アハト・アハトで攻撃する。鬼の角が一本砕けた。
「やったね!」
『グオオオ!』
サーバントの咆哮がとどろき、龍崎に連れられ逃げているカップルに気づかれた。
そっちへ行こうとする鬼の前に、恒河沙が素早く回り込む。
「あー……だりぃけど遊んでやるよ……来いよ」
挑発的に鬼を睨むと、鬼が牙を剥き出して笑った。
恒河沙が『サンダーブレード』で斬りかかる。赤鬼は金棒でそれを受け止めた。
恒河沙は手を止めず金棒を持つ腕をトンファーで攻撃。
「さあ、焼き払ってあげるよ。それとも、花びらの渦の方がいいかな?」
ソフィアが『Una Scintilla di Sole』の火球を撃ち出す。鬼の背中に命中し小爆発、火花を散らした。
猛り狂った天魔は正面の恒河沙に、力任せに金棒を乱れ打ちする。
(右上……左……左上)
恒河沙は冷静に『予測防御』で防御体勢を取っていたが、反撃する隙がなく、だんだん体力が削られていく。
「ったく……俺はMじゃねーってんだよ!」
「いい加減にしなさい!」
天宮がウジエルアックスで赤鬼の足に斬り付けた。ぐらりと揺れる鬼の体。
そこへ千葉の声が。
「ゴウライナッコォ!」
サーバントの脇腹に拳を打ち込む。
鬼の攻撃が止まったのを逃さず、恒河沙が『サンダーブレード』を斬り上げた。
赤鬼の武器を持つ腕から血がほとばしる。『麻痺』に成功した。
『ウオオオ!!』
腕の傷も構わず、鬼は金棒を頭上で振り回した。猛烈な風が巻き起こり、各々盾でガードしたりしながら一旦敵から距離を取る。
腕の傷と麻痺のせいか、さっきより風圧の威力が落ちているようだ。
「これ以上暴れられる前に抑えさせてもらうよ」
ソフィアが再び花の渦『La Spirale di Petali』を飛ばした。天魔の突風とぶつかり相殺され、花びらが散って消える。
「まだ生きていたか、くらえ!」
礼野は高々とジャンプし、『雷打蹴』をお見舞いした。
救出班としての仕事が終わり、戦闘に加勢しに来たのだ。
赤鬼は大きく金棒をスイングし反撃する。礼野がそれを後ろに飛んでかわすと、絵馬掛けが背後にあることに気づいた。
振り下ろされた鬼の金棒が容赦なく迫ってくる。
(マズイ、避けたら絵馬掛けが……!)
『注目』されている彼女は逃げようがない。
刹那、玄武の盾を持った天宮が金棒を受け止め、攻撃を横に流した。
「間に合ったね」
「悪い、助かった」
「ちぃ……暴れるんじゃねーよ! このデカ物が!」
恒河沙が注意を引くように『サンダーブレード』で再度武器の持ち手に斬りかかり、
「しぶといですね」
『吸血鬼化』で自身を魔に近づけた橋場も干将莫邪を一閃、足を狙い『薙ぎ払い』の強力な一撃を放った。
『ギャアアア!!』
天宮は『レイジングアタック』を使用し、斧を目一杯後ろに引いた。
「鬼はー外!」
大木を切るかの如く、その刃をサーバントの体に食い込ませる。
赤鬼は悲鳴を上げ、たまらずがくりと片膝を付いた。
「これで終わりだっ!」
千葉がシルバーレガースに装備を変えると、またどこからか『IGNITION!』というイイ声が。そして足がアウルの光で輝き出す。
鬼はまだ戦意を失っておらず、気を練っている千葉に向かっていこうとしていた。
「そろそろ潮時だよ」
龍崎の持つ雨霧護符から水の矢が生み出され、敵に向かって飛んでいく。
胸を矢に貫かれ仰け反る赤鬼。
『BLAZING!』と聞こえたかと思うと、千葉の背中から炎の翼のようなアウルが噴き出した。
「ゴウライ、流星閃光キィィィック!」
千葉の姿が一瞬消えたかと思われた。次の瞬間、頭上からの凄まじい威力の飛び蹴りが赤鬼を地に沈めていた。
場が静まり返る。
サーバントはもはや動くことはなく、
「鬼退治終了!」
シャキーン! と千葉はキメポーズを決め、戦いは終わったのだった。
●鬼の後始末
「大丈夫ですか?」
「こんなモン、何でもねぇよ」
天宮が恒河沙の傷を『ライトヒール』で癒していると、
「まさか、うちの神社がこんなことになるなんて……」
神主が現れ嘆いた。
辺りには破壊された狛犬の破片が散らばり、絵馬掛けに掛かっていた絵馬も飛ばされてしまったりしていた。
「私達も手伝います、取りあえず片付けましょう」
礼野が申し出ると、神主も気を取り直したようにうなずき、皆で境内を片付けることにした。
「片方だけの狛犬って何だか寂しいな」
言いながら天宮は破片を拾い集めて袋に入れる。
「絵馬はこんなものかな」
絵馬掛けに掛かっていた絵馬も乱れていたので、龍崎が整え目立つ汚れを拭いておいた。
恒河沙は
「あー……悪魔が神社にって……まぁ教会じゃねぇだけましか……」
と何となく居心地の悪さを感じながらも、飛ばされた絵馬を回収していた。
他の者は荒れた地面を直し掃き清めたり、他に壊れた所などはないかチェックした。
「皆さん、本当にどうもありがとうございました」
一通り作業が終わり境内が綺麗になると、神主夫婦が丁寧に頭を下げる。
「いえ、ヒーローなら当然のことです!」
千葉がドン、と自分の胸を叩いた。
「あ、せっかくだからおみくじ引かせてもらっていいですか?」
「もちろんです、どうぞどうぞ」
天宮が言うと、神主の奥さんが快くおみくじの入った箱を持って来てくれた。
穴に手を入れてひとつ掴み出す。
ワクワクしながら見てみると――、
結果は中吉。気になる恋愛運も悪くないらしい。
「やった♪ それじゃ気分のいいうちに皆帰ろう〜」
「現金だな」
礼野がクスリと笑いながらからかい、皆は神主に別れを告げて神社を後にした。
階段を下りると、冴えない男か彼らを待っていたみたいだった。
「あ、あの、助けてくれてありがとう」
チラリと橋場を見、それから皆を見て、言葉を探すようにしながら口を開いた。
「君達は俺よりも若いのにあんな化け物に立ち向かって……、なんて言うか、すごいと思った! だから俺も、もっとちゃんと頑張って親を安心させられるようになろうと思う! 今日は本当にありがとう!」
一方的にそれだけ言って、男は走り去って行った。
「………」
皆はお互い顔を見合わせる。
「……一応感謝されましたし、何かやる気になったみたいだからいいってことですよね?」
橋場がそう結論すると、
「そうだな。終わり良ければすべて良し、だ」
龍崎が微笑んだ。
自分達の行いが誰かに希望を与えることができたのなら、それは素晴らしいことだ。
彼が今日の気持ちを忘れず、これからも頑張っていけたらいいと思う。
そして今年が皆にとってよい一年でありますように。
撃退士達はそう願いながら、帰って行くのだった――。