●作戦会議
昼休みに、撃退士たちは空き教室に集まっていた。
「制服ふぇち、かあ……。もう、そんなにほしけりゃがくせーふく屋さんにいけばいいのにっ、へんたい!」
しかめつらをして、茶髪で背の高いエルレーン・バルハザード(
ja0889)が言った。他の者たちもおおむね同じ気持ちだった。
「趣味の悪い人もいたものだね。制服を盗んで売りさばくなんて……」
右目が青、左目が茶色というオッドアイのグラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)も辟易とした口調だ。
そこへ、教室の戸を開けてB4サイズの紙を何枚か持った牧野 穂鳥(
ja2029)が入って来た。
「部活棟の地図です。全体があまりに大きいので、何枚かに分けてコピーしました。三つの部室はそんなに離れていませんが、逃走経路も含めて全体を分かっていた方がいいと思いまして」
机に五枚の地図を並べる。
陸上部はガリアクルーズと碓氷 千隼(
jb2108)が組み、女子バレーボール同好会はバルハザードと天宮 佳槻(
jb1989)、女子卓球同好会は牧野と七ツ狩 ヨル(
jb2630)がペアで張り込むことになっている。
各自が部室周辺の、犯人が使うであろう侵入、逃走経路を確認した。こうして見ると、部活棟を建てた当時は適当な設計だったのか、もしくは設計を間違えたのかは知らないが、該当の部室は植え込みの木が迫っている所だったり、そこだけ奥まった位置にあったりと、確かに犯人にとっては狙いやすそうだった。
「犯人は現れるかな?」
犯人は用心深いらしいというのが気になって、碓氷はチラリと疑問を口にする。
「その点については大丈夫だと思いますよ。僕、サイトの評価欄に書き込んで煽っといたんで」
天宮は自分の携帯を取り出し、例のサイトにアクセスし皆に向けて見せた。
そこには、いくつかのコメントに混じって『本当に本物?』『ちゃんと生徒が着ている証拠が欲しい』などと書いてあり、
「これが僕。そしたら偶然他の人が乗っかってくれて、上手い具合になったと思います」
何人かのおそらくサイトを利用しようとしている一般人だろうが、『そうだ! 証拠を見せろ!』とか『可愛い子なら五倍の金額払う!』などの書き込みが後に続いていた。
「なるほど。ここまで書かれたら盗みに現れない訳にはいかないかもね」
碓氷はうなずく。
「そんなに売りたいなら、ちゃんと交渉して譲ってもらえばいいのに」
「とんでもありません!」
年齢の割に落ち着いた様子の天宮に、牧野が少々語気を荒くする。
「女子はそうかもしれないですけど、男子のも需要があるみたいだし。ま、コイツの場合は盗むってことで自分が高い能力を持ってると勘違いしてるんじゃないですかね? ほっとくとどんどんエスカレートしそうです」
「女子にとっては直接肌に触れるような物を盗まれ、あまつさえ許可なく使用されるなんて気持ち悪いことこの上ないです……。言語道断、絶対許せません」
牧野はただでさえ睨んでいるかのように誤解される薄い茶色の目を、さらにキッと釣り上げた。
「まあ本人がそういうのが好きで思わずっていうなら、是非はともかく分からないでもないんだけど、金目的っていうのがまた最悪。とっちめてやりましょーか」
碓氷の言葉に、皆が力強く同意した。
今後の連絡のために全員で携帯の番号交換をし、ペアごとに分かれて各担当の部活の部長に依頼のために部室に入る旨を伝える。皆撃退士なだけあって依頼には肝要で、快諾してくれたのだった。
●放課後
早速皆はそれぞれの持ち場に散って行った。
陸上部では、碓氷が部長になるべく普段通りに行動してくれるように言っておいたので、誰も警戒している素振りを見せずに、着替えたらすぐにグラウンドへと行ってしまった。普段からこんなに無用心なのだろうかと思ってしまうほど、窓にカーテンもせずに着替え、締まりが悪いのか半開きのロッカーもあったりするがそのままだ。
碓氷は遁甲の術で気配を消し、窓の外の少し離れた所で見張ることにする。
ペアのガリアクルーズは、碓氷とは反対側、窓が目視できる植え込みの中に身を潜めた。証拠写真を撮るために、ポケットにあるデジタルカメラをいつでも取り出せるようにしておく。
二人とも、準備完了だった。
バレーボール同好会には、バルハザードが幾つもの列になっているロッカーの一つに入り込んだ。出入り口と窓が見える位置だ。あらかじめ持ち主に許可は取ってあり、中は何も入っていない。
犯人が催涙ガスなどを使用してきた場合に備えて、防護マスクを装備した。
「……かぁいくないけど、仕方ないのっ」
コーホー、と機械音めいた息が漏れる。そして息を殺し気配を消した。
天宮は入り口が見える、少し離れた部室の階段の影に隠れた。犯人が現れた際にはすぐに他の二班に連絡を入れ、証拠写真も撮れるように、携帯を手に持っている。その時、携帯が震えた。
『準備おーけーなのっ』
というバルハザードからの連絡だった。
卓球同好会では、牧野が今日来ていた30人はいたであろう部員全員の顔を覚え、まずは窓が施錠されているか確認する。それから、出口付近の空けてもらったロッカーに入った。
これでいつ犯人が来てもすぐに出て行ける。捕まえる気も満々に、牧野は油断なく出入り口のドアを見つめた。
七ツ狩はちょうど隣の部室が空き部屋だったので、そこで待機することにした。
「……制服泥棒も大概だけど、偽造IDとセットで無断侵入されてる方がより問題なんじゃないのかなぁ」
ぼそりとつぶやく。
皆のヤル気に水を差すのも何なので、昼休みの時にはあえて何も言わなかったが。まあ言ったところで、当局があまり問題視してないのだから仕方ない。今回の犯人だけじゃなく、結局は何人もの人間が不法に学園島に出入りしているのだろう。
七ツ狩は携帯を見る。
彼は普段私服なのだが、今は制服を着ていた。いつも着けている眼帯も外し、伊達眼鏡で特徴のある――爬虫類のような縦長の瞳孔を隠していた。
もし犯人が現れたら、牧野からワン切りの合図があるはずだ。
高橋は若干イラついていた。
今まで一度も文句をつけられたことなどなかったのに、先日のサイトの評価欄に制服の真偽を疑う書き込みがあった。それに乗っかる輩もいて、不愉快極まりない。
この自分が危険を冒してまで制服フェチのお前らのために、普通では手に入らないお宝制服を調達してやってるのに。
何としてでも部活女子制服を手に入れて、奴らに法外な値段で売りつけてやる、と思った。流石に女子が着用している写真を撮ることまではできないが、奴らに有無を言わさないためにも、学園から調達したという証拠ぐらいは見せた方がいい。
学園の制服を着ているだけで、すんなりと学園内に入れる。撃退士とか言っても、自分たちが普通の人間よりも強い力を持っているからとタカをくくって油断しきっているのだ。
高橋は撃退士たちをナメてかかっていた。
学園内を知ったふうに歩きながら、何気なさを装いつつ校舎や部活棟を携帯で写真に撮る。そしていよいよ向かった先は、卓球同好会だった。
いつものように辺りに目を配ると、誰もいない。角部屋で窓側にはフェンスと植え込みがあって人目に付きにくい。
高橋が窓にさっと寄って見ると、がっちり施錠されていた。
「ちっ……」
しかしこの程度なら予想の範囲内だ。中には誰もいないようだし、と高橋は入り口に回る。
音を立てないように中に入り、そっとドアを閉めた。
(来た!)
ロッカーの中、心中で牧野が声を上げる。すぐに七ツ狩に合図の電話をした。
「!」
合図を受けた七ツ狩は他の二班に連絡を入れた。そして自らは足音もなく部室を出、卓球同好会のドアの前で待ち構える。
高橋が一番近いロッカーを開け、中にある制服に手を掛けた途端、牧野がロッカーから飛び出した。
「うわああッ!?」
高橋は驚き飛び退いて、出入り口のドアにへばりついた。
「現行犯です、逃しません!」
見たところ体格的には完全に自分に劣る女子だ。しかしこの学園にいるのは全員撃退士である。まともに向き合うのは良くない。高橋は瞬間的にそう考える。彼女の背後にある窓をちらりと見るが、鍵はかかっていたし、彼女をかわして窓から出られるとは思えない。ならば……。
「このっ!」
「キャッ!」
高橋はさっき手にかけた制服を牧野にぶつけ、その隙にドアから出た。
が、目の前には少年が。
「なっ!?」
どうして、と思う間もなく、七ツ狩は高橋に体ごと向かって来た。高橋は咄嗟にポケットからスタンガンを取り出し、七ツ狩に突き出す。
「わッ」
危ういところで身を反らし、七ツ狩はスタンガンをかわした。犯人の方を見ると、高橋は逃げるを第一に、すでにダッシュしていた。逃げ足は早そうだ。
「大丈夫ですか!?」
牧野が出て来る。
「うん、平気。あっちへ行ったよ、追いかけよう」
高橋は焦っていた。なぜ撃退士が待ち構えていたのだろう。もしや、あのサイトの書き込みは罠だったのか? いや、考えている余裕はない、逃げなければ。
「ここを抜ければ……!」
目の前のフェンスを乗り越えれば学生たちも滅多に通らない小道へと出られる、というところで、男と鉢合わせした。
「!」
「おっ」
ガリアクルーズはさっとデジカメを構え、高橋の写真を撮る。
「なんだ!?」
「そこまでだよ。キミの姿は撮らせてもらった、逃げても無駄だよ」
場馴れしてそうな彼の態度に、まずい、と高橋は思った。
「逃げるに決まってんだろお!」
方向転換してまた走り出す。しかし今度はまた違う撃退士が現れた。
「このっ! ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんが、せいふくどろぼーにおしおき、なのっ!」
「うわあああ!」
高橋は盗んだ制服を入れるために持参していたスポーツバッグをバルハザードに放り投げ、また違う方向へ逃げる。
撃退士たちはその気になれば一般人の高橋に追いつくことなど簡単だったが、確実に犯人を追い詰めて捕まえるためにわざと少し距離を置いて追いかけ、行動範囲を狭めることを優先していた。
(どういうことだ!?)
走りながら高橋はこの事態にテンパっていた。
さっきの男は偶然あそこにいたという感じではなかった。女も明らかに自分のことを捕まえようとしていたし、制服泥棒だと知っていた。
これは罠だったのだ。撃退士なんて力だけの、どこか抜けた奴らだと思っていたのに。
高橋は自分の行為を棚に上げ撃退士たちを呪いながら、彼らをまこうと右に左にデタラメに走るが、行く所行く所、どんなに方向を変えても撃退士に出会ってしまう。気づけば元の卓球同好会のある部活棟からさほど離れていない場所まで戻って来てしまっていた。
後ろには牧野が迫り、左右からは碓氷とバルハザードが、正面からはガリアクルーズと天宮がそこまで来ている。
高橋は最後の抵抗か、はたまたやぶれかぶれか、
「どらああ!」
と訳の分からない声を上げながら、スタンガンを振り回して碓氷の方へ突進した。
その足元へ、牧野が卵の殻の中に油を詰めたものを投げつけた。狙い通り油で足を取られる高橋。
「うわっ!」
その時、面前に降って湧いた(と高橋には見えた)七ツ狩にタックルされ、派手に倒れ込んだ。
男子たちが一斉に高橋を組み伏せ、牧野が持っていたロープで後ろ手に縛る。
「ちくしょうっ……!」
撃退士らに囲まれ、お白州で裁きを受ける罪人のように座らされた高橋は、心底悔しそうだった。そんな高橋を牧野は冷え冷えとした目で見下ろした。
「我慢なりませんので言わせていただきますが、あなたのしていることは犯罪です。最低です。軽い気持ちだったのでしょうけれど、恥を知ってください……!」
丁寧な口調とは裏腹に、優しさの欠片もない声で言い放つ。
「なんだよ、いいじゃねえかよ、制服の一着や二着くらい!」
「だがこれでチェックメイトだ。これに懲りたら二度とこういうことはしないことだね」
ガリアクルーズが高橋を写したデジカメを振った。写真を当局に渡せば、もう二度と学園島に入ることはできないだろう。
「うっ……」
高橋はようやくおとなしくなり、うなだれた。
「ねえ、俺ちょっと聞きたいんだけどさ」
七ツ狩が高橋に一歩近寄り、高橋は訝しげな顔を上げる。
「制服のどこがいいの? 俺、そういうのよく解らなくて」
全員が『そこからかよ!』と思ったが誰も口にはしなかった。
「……どこがいいって言われても……、デザインとか若い子が着てるのがいいとかだろ? オレは別に制服にそこまで興味はない。金になるから盗んで売ってただけだ」
意外に真面目に答えた高橋に、七ツ狩は理解したのかどうか、結局よく解らないといった表情だ。それから高橋に自分の顔がよく見えるよう少しかがんだ。
「あのさ、ここで悪さすると危ないよ。俺みたいなのもいるんだから」
とおもむろに眼鏡を取ってみせる。
その赤い瞳の瞳孔を見て、高橋は息を呑んだ。
「な、なんだお前、その目……!」
「……食べちゃうよ?」
ぼそりと聞こえたその一言に、高橋は恐怖を感じた。
「ひいいい!」
高橋はうずくまり、すっかり怯えてしまったようだった。
「これで一件落着かしらね」
やれやれ、と碓氷が言った。
その後高橋は警察に引き渡され、サイトは閉鎖になり、依頼は無事完了したのだった。