●倉庫での対峙
「捕らわれている人がいるようだし、あんまり時間はかけたくないな」
通報された天魔出現場所に急いでいる蒼桐 遼布(
jb2501)は誰に言うともなくつぶやいた。
(そういえば……連絡を入れてくれた少年は無事逃げたのだろうか……)
捕まっていることも考慮に入れながら、蒼から銀へ変わっていく長い髪をなびかせ走る。
「誘拐現場からの通報なら急がなきゃっ! 通報してくれた人も危険かもしれない……間に合ってくれよぉ〜!」
藤井 雪彦(
jb4731)も言いながら走るスピードを上げた。
通報ではヴァニタスもいると言っていた。油断はできない。
確かに、と九重 獣左(
jb8246)も思う。
「今回の情報、かなり詳しく連絡があったみてえだな。情報提供者が倉庫の近くに居たとなるとその人の安否も少し心配だが……ヴァニタスがわざわざ人を集めてるのも気になるな」
なるべくならディアボロとヴァニタスの両方と戦うのは避けたい。
とにかく、捕まってる人達を助けるのが優先事項だ。
九重は自分のやるべきことを再確認し気を引き締めた。
(あー……だりぃ……)
恒河沙 那由汰(
jb6459)は生気のない目で走っていた。が、皆から遅れているわけではない。彼は大体の時がこうなのだ。死んだ魚のような虚ろな目をしているが、依頼に対しては意外にもしっかりしていた。
「この辺りだ」
蒼桐が住所を確かめ速度を落とす。
「あれ」
電柱の近くで藤井は携帯電話を拾った。
(これってもしかして……)
通報者の物かもしれないと皆に知らせようとした時、
「ここだよ!」
イリス・レイバルド(
jb0442)が元気よく現場へ乗り込んだ。
「天に星有り! 青空(そら)に虹有り! そして狭間をボクは飛ぶ! 煌く七色、ボク参上!」
戦隊ヒーローのような口上も高らかに、バッチリ決めポーズ!
それに合わせて皆も倉庫の敷地内へなだれ込む。
倉庫の屋根の上には女ヴァニタスが休憩中とばかりに腰掛け、まさに彼らを見下ろしていた。
出入口前には刺男が陣取っている。
イリスの声を聞きつけたのか、中から出入口の扉を叩く音が聞こえた。
「撃退士の皆さん、来てくれたんですね! ここに捕まった人達がいます!」
少年のようだ。おそらく通報者だろう。
「俺達がきっと助ける! 扉から離れて大人しくしてるんだ!」
九重が安心させるために言うと、それを聞き入れたのか、静かになった。
「威勢がいいコなの」
クスクスとヴァニタスが笑う。
「人質を解放してもらうぞ」
月野 現(
jb7023)が凄みを利かせる。女の瞳が酷薄に細められた。
「その話は、そこの下僕を倒してからね。アタシがちゃあんと見ててあげるから」
やはりそうきたか。
●刺男
ディアボロが敵意を露わにしながらゆっくりと歩を進めて来た。
皆光纏し戦闘態勢を取り、九重が阻霊符を発動させた。
「しかし……なんとも不格好なやつだな」
敵を見据えながら蒼桐がディバンランスを構える。
「……敵は一人か。数の上では有利だが油断せず行くぞ」
「はい、現さん。背後は任せてください」
自身に『聖なる刻印』を使う現に答え、櫻井 悠貴(
jb7024)も召喚獣ヒリュウを呼び出した。
「皆、ちょっと待って」
散らばる前に、藤井が全員を近くに呼び『韋駄天』を使用し身軽にさせた。
「OK、そこの針野郎ボッコボコにしてやんよっ!」
イリスがヒュペリオンを出現させると、刺男に向かって走り出した。
「あ、気をつけてね! まぁ女の子だからボクが護るけど♪」
藤井は『乾坤網』でイリスをフォローできるよう、動きを目で追った。
大胆にも真っ直ぐイリスが刺男に向かって行く。刺男は迎撃に拳を振りかぶり、イリスもハンマーを振りかざす。
真正面から当たる!
と思われたぶつかる寸前、イリスから天使の翼が生え空中に飛び上がった。
急に攻撃をスカされたディアボロが前のめりになる。
「ヒリュウ!」
櫻井の呼びかけと共にヒリュウは上空から『ブレス』を放った。強力な一撃が刺男の背中に命中する。
すかさず蒼桐が足を狙い槍を突き出し、ふくらはぎに傷を負わせた。
「こっちを見ろおー!」
イリスが『タウント』でディアボロの注意を引く。刺男は彼女を認め、背中の毛針を飛ばしてきた。
「おおっとぉ!」
身を縮め的を狭くし、『防壁陣』を使いヒュペリオンで防御する。
現がオートマチックS-01で応戦するが、見た目通り上半身は防御が硬いのか、2、3発当たったくらいではビクともしない。
九重も花鶏の狙いを定め『ストライクショット』を放った。鋭い矢はディアボロの腿をかすめた。
刺男が今度は九重に向けて毛針を飛ばす。
アイアンシールドを構えた現が天魔と仲間の間に入った。
「仲間を傷つけさせはしない」
針を防いだ現に、刺男は拳を繰り出してきた。容赦なく盾の上から刺付きの拳を打ちつける。
「くっ……!」
現は小さく呻いた。ディアボロの重いパンチは強力で、防ぐだけで手一杯だ。
何度目かに振り下ろされようとした腕に鞭が絡み付き、動きを止めた。
「調子に乗るんじゃねぇ」
恒河沙がレヴィアタンの鎖鞭を強く引き、その隙に現は一旦天魔と距離を取る。
ヒリュウが刺男の頭上を旋回し、襲うように見せかけ下降を繰り返す。櫻井は敵がヒリュウに気を取られているところに、ウイングクロスボウを撃った。
ディアボロは脇腹に刺さった矢を乱暴に引き抜くと、召喚獣に背を向けようとした。
「ヒリュウ気を付けて――」
と櫻井が言いかけた刹那、毛針は彼女を狙って放たれた!
「きゃああッ!」
腕に二本、足に一本命中、麻痺になってしまった。ヒリュウもダメージを受け地面に落ちる。
「大丈夫か!?」
現が駆け寄る。彼女のことを守ろうと誓ったのに、対応できなかった。
「あっははは! やられちゃったわねぇ。人間ってそんなになってまで助ける価値があるのかしら? それが犯罪者でも?」
倉庫の屋根から、女ヴァニタスの声が響いた。
「……たとえ罪を犯したといえど、それを一人の判断で決めてしまうのはいけないです」
痛みに耐えながら櫻井はそう言い切った。ヴァニタスを見るその瞳には、揺るぎない信念が感じられる。
女の顔から皮肉っぽさが消えた。
「あなたにその人達の未来を奪う権利はない。償う機会が与えられるべきです」
その櫻井の傍らで現が傷を診る。腕の傷は針が貫通してひどく出血していた。
追い討ちをかけようとディアボロが走ってくる。
「何故助けるかって? 生きてるから助ける、それだけのことさ。その人達がどんなにダメなやつだろうと、今この場で見捨てる理由にはならねえんだよ!」
九重が『ストライクショット』を連続で使い、刺男の背に矢を二本突き立て突進を止めた。
天魔は体に似合わない甲高い叫び声を上げる。
「女の子に怪我させるなんて許せないなっ」
蛇の幻影が刺男を襲う。藤井の『蠱毒』だ。
「大事なトコ蛇に咬まれないようにね☆」
蛇は右足に噛み付き、毒を喰らわせた。よろめくディアボロ。
元々アンバランスな体型のためあまり動きは素早くないが、これまでの攻撃に毒も加わり、格段に鈍くなってきた。
「助けるとか助けないとか、グダグダ言うだけ時間の無駄! そもそもボクは助けるために依頼を受けたんだよ。助けるのは当たり前だろ!」
イリスはびしっと人差し指をヴァニタスに突きつけて宣言した。
正直人の価値なんて分からない。嫌いな奴はボコボコにしたいと思うこともある。
「でも、誰かが助けてあげてって願ったんだ。だったらその誰かの勇気と頑張り分の価値はまずあるぜ!」
勢い良くイリスは廃材の山を駆け上り、てっぺんからジャンプ!
回転しながら鉄槌を刺男の脳天目掛けて振り下ろした! 首に強烈な一打!
苦痛に歪む天魔の顔。
「うおおおッ!」
蒼桐が『龍血覚醒』をすると、右腕を中心に魔装を含めた体の三割弱が龍の体に変化した。
そして槍を一閃、『薙ぎ払い』を放つ。
蒼桐の攻撃は自分の前に交差した刺男の腕に当たった。すぐにディアボロが反撃に移る。
(――右からだ)
恒河沙が『予測防御』を使い、蒼桐の前に割り込み防御体勢を取った。
骨まで砕けそうなパンチが腕に当たり、拳の刺が一本刺さった。
「こいつッ」
蒼桐が恒河沙の背後から刺男を牽制する。
「すまない、平気か!?」
「あぁ? こんなもん舐めてりゃ治んだろ」
恒河沙は関係ないとばかりに自分の傷を舐めた。
皆がディアボロの相手をしてくれている間に、現が櫻井に『ライトヒール』をかける。
足の傷はふさがったが、腕の傷はどうにか血が止まっただけだ。激しい動きをすればまた出血してしまうだろう。しかし櫻井は立ち上がる。
「私は大丈夫です、早く皆さんの援護を」
「……分かった」
現は彼女の意志を尊重し、戦いに意識を戻した。
刺男は藤井に向かって背中の毛針を飛ばすものの、イリスにやられた首部分の毛は飛ばすことができず、数が半減する。
「そうはさせないよっ☆」
藤井の両掌から風の刃が無数に飛び出し、針を弾き落とす。残った刃が刺男の体を切り裂いた。
「ほーらほら、こっちですよ〜」
天魔を馬鹿にするように、イリスは再び『小天使の翼』でギリギリ手が届きそうな所を飛ぶ。
彼女を捕まえようと刺男が手を上げ無防備になった腹に、現が銃を連射した。
「ヒリュウ、『ブレス』を!」
櫻井の指示にヒリュウも力を振り絞り一撃を放つ。頭部に命中し、バランスを崩させた。
「チャンス!」
蒼桐が槍を大きく振り抜き『薙ぎ払い』をお見舞いすると、刺男は仰向けに吹っ飛んだ。
「止めだ、喰らっとけ」
恒河沙の『サンダーブレード』が倒れたディアボロの心臓を深々と貫き――、刺男は口から血を吐き出す。
それからゆっくりと呼吸を停止したのだった。
●彼女の質問
「あーあ、残念」
女ヴァニタスは屋根から飛び降りた。台詞とは裏腹に表情はちっとも残念そうじゃない。
「約束だ、人質を返せ」
最低限の距離を保ちながら、現が言う。
女はおもむろに倉庫の鍵と扉を開け、すぐそこにいた広士を皆の前に引き出した。
「答えて欲しいことがあるの。このコがね、アナタ達はどんな人間でも助けるって言い張るから」
「きっと助けに来てくれると思ってました!」
彼女の隣に立つ広士を見て、恒河沙は驚いた。以前参加した依頼で、自分は撃退士だと思い込む中二病だった少年ではないか。
「おめぇ何やってんだ?」
広士の方も恒河沙に気付いた。
「あっ、あなたは! また会えて感激です!」
以前も彼は人の身で天魔と戦おうとした無謀な少年だったが、今回は何に巻き込まれたんだか、恒河沙は呆れ顔だ。
「まぁいい。少しの間待ってろ」
「はい!」
「……で、アナタ達は本当に人間を助けたいの? あいつらは社会のゴミ同然なのよ?」
改めてヴァニタスが問い掛けてくる。
「もちろん助けるさ」
蒼桐が即答した。
「その人達はどうしようもない人なのかもしれない。だからと言って、これから先もどうしようもないと決まった訳でもない。罪があるなら償えばいいし、居場所がないなら作ってやればいい。そもそも君は自分の正体を隠し嘘をついて連れて来たのだろう? そんなふうに騙されてる人がいたら助けるのが『人』の道理だろう」
真面目に考えを述べる蒼桐を、女ヴァニタスはフッと鼻で笑った。
「『人』の道理ね。同じ悪魔のアナタは?」
今度は恒河沙に振られ、かったるそうにではあるが答えた。
「……昔な、馬鹿な女が言ってたんだよ。人の価値は周りじゃなく自分で決めることだってな。自分がまだ世界と繋がっていたいと思うならそいつは世界に必要とされてるんだとよ。全くの綺麗事だろ? ……でもな、俺はその考え嫌いじゃねぇんだよ。ついでに言や、てめぇの思い通りになるのが気に食わねぇ。だから助ける。シンプルで良いだろ?」
ニヤリと微かに笑うと、女もさも面白そうに笑い声を上げる。
「アハハハ、そうね、それは解るわ!」
彼らが『助ける』と言う度に広士がホッとしているようだ。
「ボクは正直その人達のこと知らねぇし、皆が助けるって言うなら助けるよ。あっ女の子は無条件に助けるよ♪」
とお気楽気味にぶっちゃけたのは藤井だ。
「もし貴女と仲良くなって、貴女が助けを求めるならボクは応えるし♪どお、ボクと仲良くなっちゃわない? 主さんを敵に回しちゃうってのもスリリングじゃね?♪」
本気とも取れる口調だが、彼女はなびかなかった。
「あらァ、主の方がアナタより魅力的よ」
「ちぇー」
「お前は周囲から無価値だと認識されたら死ぬのか?」
現が鋭い視線を向ける。
「そうね、それが主の評価なら」
女は躊躇なくあっさり言った。
これが人と天魔の根本的な違いか。現は小さく首を振る。
「生きていれば間違えることはある。大切なのは今を変える意思だ。死ねばそれも不可能になってしまう。誰の生命も無価値で不必要だなんて解りはしないんだ」
どんな人にも、どんな時でも希望はある。彼はそう信じていた。
女ヴァニタスが何を感じたのかは解らない。だが広士を掴んでいた手を離し、
「アナタ達全員助けたいみたいだから、助けさせてあげる。面白かったわ、じゃあね!」
ひょい、と屋根の上に飛び移り、そのままどこかへと消えた。
会話の最中ずっと彼女の動きを警戒していた現や九重は緊張を解き、全員で捕まった人達を解放するため倉庫内へ入った。
皆手足を縛られており、意識がはっきりしていない。
チンピラや中年男は朦朧の効き目が弱まった際逃げようとして失敗したのか、怪我をしていた。
現が彼らに『ライトヒール』を使う。
「衰弱が激しい人もいらっしゃいますね。すぐに処置を要請しましょう」
櫻井も救急車を呼んだ。
ハラハラと成り行きを見守っている広士に、九重が明るく声をかけた。
「大丈夫だ、命に別状はない」
「あ、そうだ、これ君のかな?」
藤井が拾った携帯を見せる。
「そうです! よかった、ありがとう!」
「事件の報告に感謝する。君のおかげで彼らは救われたよ」
真摯な現の言葉と九重がグッと親指を立てたことで、広士の顔に安堵と笑みが広がった。
救急車が来ると、蒼桐はチンピラ二人が回復したら警察へ渡すことと、他の人達はできるだけ手助けしたい旨と連絡先を救急隊員に伝えた。
「皆さん、無事に助けられて良かった……」
救急車が行ってしまい櫻井がほっと一息つくと、皆も肩の力を抜いた。
「ったく……めんどくせぇことさせやがって……まぁ、無事で良かったな」
恒河沙が広士の隣で言った。後半はかなりぼそりと。
「え、最後何て?」
「何でもねぇよ、ほら帰んぞ」
不思議そうに彼を見上げる広士の頭にぼす、と手を乗せ、門へと歩き出す。
最後に門を出ながら、現はヴァニタスが消えた方を振り返った。
次に犯罪をすれば容赦なく捕まえる。
「見逃すのは今回だけだ……」
静かなる闘志を胸に秘め、一人つぶやくのだった。