●出迎え
渋面で『本当は来たくなかった』というのを隠そうともしない塔利三一が七華と共に学園を訪れると、さっそく撃退士達が彼らを出迎えた。
「塔利三一さん、七華さんですね。今日は私達が久遠ヶ原学園の案内を務めます。よろしくお願いします。私はユウと申します。種族は悪魔です」
ユウ(
jb5639)は率直に自己紹介をした。
三一が天魔に不信感を抱いているのは解っている。だが何とか撃退士=悪のイメージを払拭するために、隠さずにいた方がいいと思ったのだ。
三一の目が見開かれ、信じられないものを見たかのようにまじまじとユウの姿を見る。
「天使の五十嵐 杏風ですぅ……」
『天使の微笑み』を使い、少しおどおどとではあるが微笑む五十嵐 杏風(
jb7136)。
また軽く驚き、三一は彼女を見た。初めから翼を出してはいたのだが、他の天使とは違い腰の位置にあるのでよく判らなかったのだろう。翼を認めて、三一は複雑な気持ちのようだ。
「こんにちは、塔利様。学園の撃退士の黒百合です。当学園に来て頂き誠にありがとう御座います♪」
黒百合(
ja0422)は優雅に一礼した。
事前に七華から三一の性格や考え方の情報を聞いていたので、こういう頑固なタイプにはあくまでも上品に振舞うのがベストと判断してのことだった。今日は完全に猫をかぶり好印象を与えるつもりでいる。
「キスカ・Fです。ボクはお父さんの言うことにも一理あると思うな」
父の隣でこちらを見ている七華に向けて、キスカ・F(
jb7918)が言った。
七華がちょっと表情を固くする。
「ウチは黒夜です」
左目を隠した少女黒夜(
jb0668)が短く名乗った。
(別に嫌いなら嫌いでもいいんだがな……)
とは思っていたが、七華の気持ちを尊重して、ちゃんと学園のことを伝えようと考えている。
「天羽 伊都です。よろしくお願いします」
天羽 伊都(
jb2199)は笑顔で挨拶した。
三一の説得方法を色々考えたが、結局これだと思う案を思いつかずにここまで来てしまった。
ならば、自分の思っていることを素直にぶつけて、七華が考えていることへの理解を手助けしよう。
全員の紹介が終わると、三一は
「なんだ、子供ばかりじゃないか! この学園は授業も受けさせずに子供に案内をさせるのか!?」
少々憤慨したように『客の扱いもちゃんとできないのか。やはり撃退士は……』とぶつぶつ不平を漏らした。
「待って下さい、これは、お嬢さんと同じ年頃の生徒がいた方が七華さんも安心するだろうと思ってのことです」
慌ててユウがフォローを入れる。
七華もここで父親の不興を買ってはならないと思ったらしい。
「うん、あたし大人の人達ばっかりだったらちょっと怖いなって思ってたから、すごく安心したよ!」
「……そうか?」
娘に言われて父もちょっと態度を和らげる。
「大丈夫ですわ、しっかりご案内してみせます。そうすれば、この学園がちゃんとした教育をしていることの一つの証になるでしょう?」
黒百合が落ち着いてそつなく答えた。
ここまで言われると三一としても受け入れざるを得ず、どことなく緊張感の漂う学園見学が始まった。
●学園案内 教室→斡旋所→訓練所
まずは授業風景を見てもらうことにした。
七華が小学生なので、小等部の校舎へ向かう。七華と同学年の、普通授業をやっている教室を見て回った。
三一はアラを探すかのような真剣さで授業風景を観察していた。
「ふむ、普通の授業もやっているんだな。内容が遅れているようでもない。若干空席が目立つが、どうしてかな?」
「それはその、依頼を受けているからです」
ユウが答えると、三一の目が険しくなる。
「依頼を受けるのは個人の自由です。勉強に専念したければ時間は充分作れますし、補習もあります。試験前は先輩や部活仲間も協力してくれます」
「この学園で教えていることが他の学校より劣っているとは思いませんわ」
黒夜と黒百合が説明すると、
「大丈夫だよ、あたし勉強もちゃんとやるから!」
七華も認めてもらえるよう一生懸命だ。
三一は娘達を見つめ、それ以上言わなかった。
「ここは依頼斡旋所です。こうやって掲示板に張り出されるのが主ですね」
ユウが掲示板を示した。
ここには常に様々な人がやって来るため、人見知りな五十嵐はいちいちビクついていた。
目の前にはあらゆる依頼の紙がびっしり貼られている。
「わあ、すごい! これ全部撃退士の仕事なの?」
七華が感嘆の声を上げた。
それを受けて黒夜が話す。
「見てもらえれば分かると思いますが、戦闘以外の仕事もたくさんあります。ウチは漫画のアシスタントや京都の復興にも参加しましたし、必ず戦闘依頼を受けなければならない訳ではありません」
「ふむ……」
三一は依頼書をよく読んでみた。
確かに、告白の手伝いや祭りのサクラなどの募集もあり、きっと自分達が彼女らに案内されているのもここの依頼だったんだろうと推測した。
「でもやはり、撃退士なら天魔と戦う依頼を受けるんだろう? 撃退士である限り、それを求められるはずだ」
三一の指摘に皆は一瞬言葉に詰まる。
七華が不安そうな顔をした。
「いくら色んな依頼があると言っても結局そっちが主流だよね」
ずばりとキスカが認めた。説得の邪魔をするつもりはないが、取り繕っても無駄なだけだ。撃退士が天魔討伐をすることの方が多いのは事実。
意外そうに三一が彼を見ると、天羽が今度は口を開いた。
「撃退士ってのは確かにまず危ない仕事ですよね。命のやり取りになりますし、無事戻って来ても子供であるボクら学生が戦地に赴くだけで、精神に支障をきたす可能性も否定できません」
三一の顔がそら見ろと言わんばかりになる。だが天羽は続けた。
「でも、一方的に人間を家畜みたいに扱う奴らに黙ってそういう行為を認めさせるのですか? ボクはそんな扱いだけでもイヤなのに、命まで簡単に奪い去っていくような行為は許しがたいと思ってます。もし自分に天魔を滅する力がある、そういう素養があるんだとしたら、ボクは自分の手で救える命は可能な限り守りたいと思いますよ」
だから今この学園にいる。
天羽は真っ直ぐに言った。返ってきたのは厳しい反論ではなく、少し悲しそうな三一の瞳。
「撃退士が必要なのはもちろんよく解っている。戦っている君達に感謝もしている。だが、なぜそれをうちの娘がやらなければいけない?」
「救えるかもしれない命を、自分が黙って見過ごすのはイヤじゃないんですか? もしかしたらそれが他人ではなく身内の人間なら尚更でしょう? 娘さんの気持ちはそういう思いからきてるんじゃないんですか?」
「七華……」
三一は思わず娘を見下ろした。娘はそこまで考えていたというのだろうか?
娘はにっこり笑う。
「あたしね、この力が誰かの役に立つならそうしたいって思ってるよ」
「な、七華、その気持ちは人として素晴らしいと思う。だがな、簡単なことじゃないんだ」
「それなら訓練風景を見ていただきましょうか? ちゃあんと力を扱えるよう、学園は指導しております」
黒百合がつい、と先に立ち歩き出すと、皆もそれについて行った。
広い敷地を歩くこと十数分、室内訓練所の一つに着いた。
中では模擬戦闘訓練をしている。
一撃を喰らった悪魔の生徒が、飛び上がって反撃した。
「あぁ!」
三一が小さく声を上げる。
「あれは悪魔だろう!? 元々敵だった奴らだ、この機に乗じて殺そうとしてるんじゃないのか!?」
「落ち着いてください、あれは模擬戦闘です」
急にテンパった三一をなだめるように、黒百合は両手を上げて制した。その言葉通りに、反撃された生徒は特に傷を負ったわけでもなく立ち上がり、すぐさま次の行動に移っていた。
「戦争している相手国の人間だから信用できない、なんて可笑しなお話ですわ。戦争時に他民族というだけで弾圧する事と同じ過ちですわよ? それは人種差別、と同じですわね」
「だが、今まで我々を殺そうとしていた奴らを急に信用しろと言われても……!」
「やっぱり、天魔は信じられないですかぁ?」
五十嵐が皆の背後からやっとのことで声を発した。
「学園外の天魔さんは怖いですが、ここの人は優しいですぅ……温かいですぅ……こんな役立たずのミーも信じてくれましたぁ……」
父の視線にビクビクしながらも、ゆっくり、自分の思いを伝える。
「ミーは、人間に恩があるですぅ……ドジして死にかけたミーを救ってくれた男の子……彼に平和が来るように、頑張っていますですぅ……」
話しながらも、五十嵐はだんだん泣きそうになってきた。
そんな彼女の姿は三一が今まで抱いていた天魔のイメージとはかけ離れていて、とても敵の種族とは思えない。
「信じなくてもかまわないですぅ……でも、断言するですぅ……この学園は温かいですぅ……皆親切ですぅ……。ミー達は、人間に迷惑をかけていましたですぅ……それでもミー達は皆と仲良くしたいんですぅ……うわああぁ〜ん……!」
最後は感極まって泣き出してしまった。
「お、おい、君!」
これではまるで三一が少女を泣かしているみたいだ。
「大丈夫よ、塔利さんも怒っている訳じゃないから」
ユウが優しく五十嵐の肩を撫でて落ち着かせ、父に向き直った。
彼女も悪魔ゆえに、しっかり伝えておかなければならない。強い意志を込めてユウは三一に言う。
「学園に所属する天魔全てが人間に対して友好的で安全だ、とは言い切れません。けれど、私は人の優しさに触れて人と共に歩み、笑顔を守ることを決めましたし、私の知人達は人間と仲良くこの学園で生活しています」
昔の仲間と戦うことになろうとも、その思いを違えるつもりはない。
「あたしは皆を信じるよ! あたしも皆と仲良くなりたい!」
三一は娘と撃退士達を交互に見て、何か考えるように口をつぐんだ。
「さて、それじゃあそろそろお昼にしましょう」
パン、と黒百合が手を叩いて、今度は昼食場所へと彼らを導いて行った。
●最後の説得
「どうぞ」
ユウが三一達の注文した品を彼らの前に置いた。
「わー、おいしそう!」
「実際に美味しいのよぉ」
カニクリームコロッケの乗ったプレートに歓声を上げている七華に、黒百合が太鼓判を押す。
全員の品がそろったところで食べ始めた。
「おいしい〜! 入学したら、いつもこういうの食べられるの?」
「七華、お前は好き嫌いせずちゃんと野菜も食べなさい」
「分かってるけど〜」
そんな微笑ましいやりとりを、自分は飲み物だけにしていた五十嵐がこっそりスケッチしていた。
食事をしながら、キスカは七華について想う。
もう力が発現しているということは、危険な目に遭ったりしたんだろうか。『命』というものに対して敏感な彼は、そんなことが気になってしまう。
(できれば、この子には撃退士になってほしくないな……)
戦いにはどうしたって傷ついたり悲しいことが起こったりする。戦わずに済むのなら戦わない方がいい。
最終的には彼女自身が決めることだが、彼は心の底では七華の転入に賛成していなかった。
「学園のことが解っていただけましたでしょうか?」
食事が終わり黒百合が切り出すと、三一はいや、と首を振る。
「学園生の進路はどうなんだ?」
「自由に好きな道を選べますわ。普通の人同様、学園に通う間に選択すればいいかと思います」
「他の道を選ぶのなら普通の学校に行った方がいい。力の扱い方は、徐々に学んでいけばきっとすぐに覚えられるはずさ」
キスカの意見に三一が深く頷く。
黒夜は少し考えて言った。
「そうですね、短期間アウル制御のために在籍、というのも可能だと思います。でも、あなたは解ってない」
「何?」
低い声で断定した彼女に、三一は眉をひそめて聞き返す。
「娘さんが力を暴走させた時、あなたは娘さんを迫害せず暴走を止められますか? 力と知識がある学園なら止められるし、そうならないよう指導していけます。あなたに足りないのは、撃退士に対する知識と知ろうとする努力じゃないでしょうか」
「それに学園には心強い仲間がいっぱいいますし、同じ境遇の子もいるので普段の生活には苦労しないはずです。一個人として、ボクは彼女の願いを汲み取ってもらえればと思います」
天羽が付け加えた。
「学園生の中には力を悪用している輩も……」
「そんなことありません。変なヤツもいますが、悪いことをする者の方が稀です。依頼で必要なことは法律が緩和されていますが、その他の窃盗や天魔以外の殺人は当然許されていません。以前にそういう不心得者がいたということ、それについては謝ります。不快な思いをさせてしまって、すみませんでした」
黒夜は立ち上がって頭を下げた。
その潔さにポカンとしてしまう三一。
「強い力が犯罪を生む、という考えなら、銃社会では銃を持った人間は全員犯罪者、ということになってしまいますわね。犯罪はあくまで個人の思想に基づいたものであり、私達は自分の力の使い方を間違えないよう学んでいます」
黒百合の至極最もな説明で、三一は観念したように大きくため息をついた。
「……皆子供なのにしっかりした考えを持っているんだな。学園はちゃんと撃退士としての心構えを教えているということか」
ユウが皆の話に一心に耳を傾けていた七華に尋ねる。
「この学園を見て話を聞き、そしてお父さんの本当に心配する思いも知ったと思います。けれど、その答を出すのは七華さん自身です。貴女はどうしたいですか?」
七華はしばらく考えに考え――、答を出した。
「あたし、やっぱり入学したい」
父に怒鳴られるのを覚悟したのだが、三一の声音は思いの外穏やかだった。
「……そうか。そう決めたのなら、もう何も言わん。この学園でもしっかりやりなさい」
「――うん! ありがとう、お父さん!」
七華の顔に弾けんばかりの笑顔が広がる。
「よかった!」
キスカ以外の皆からわっと歓声が上がった。
●見送り
校門の前で、皆は塔利親子を見送ることにした。
「お父さんに許可もらえてよかったですねぇ……何かあったら、必ず駆けつけるデスぅ……。それと、これ」
五十嵐が七華との別れを惜しみ、父の方を見上げさっきのスケッチを差し出した。
父と娘が楽しそうに語らっている絵。温かい雰囲気が伝わってくる。
「ふ……、撃退士にも色々な才能を持った人がいるんだな」
三一は口元をほころばせる。
「ミーには家族はいないですぅ……でも、信じてくれたあなたの期待は裏切らないですぅ……」
三一がそれを受け取ってくれ、五十嵐は嬉しかった。この絵が信頼の証になってくれたなら。
そして三一は娘と共に帰って行った。
キスカは遠ざかっていく親子を見ていた。思惑とは違う結果になってしまったが、仕方ない。
願わくは幼いあの子が戦わずに済みますように――。
ひっそりとそう願うキスカが見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。