●現場到着
彼らが通報のあった場所に到着した時、警察も来たところだった。
サーバントは移動したのか、取りあえず目の届くところには見当たらない。
「この辺り一帯の道路封鎖と、通行人に避難指示を。あと怪我人がいるから救急車呼んでおいてください」
まずは白衣姿の鴉乃宮 歌音(
ja0427)がテキパキと警官達に指示を出す。警官隊は急いで動き出した。
鴉乃宮は拡声器を借り、付近の人間に聞こえるよう、警告する。
「『マイクチェックOK。えー、天魔が出現しました。外を出歩いている人、速やかに避難願うー』」
これである程度一般人がいなくなれば良いが。
目に包帯を巻いている青年コンチェ(
ja9628)がふむ、と腕組みをして言った。
「マスクをした女の顔は犬の口、コートの下は男の裸。しかも股間に紫色の鏡。都市伝説を参考にしたようだが、何故このような変態なサーバントを作ったのだ。作った天使は馬鹿なのだろうか。と言っても俺は日本の都市伝説を知らん。本当はどのようなものなのだ?」
「本当は全部バラバラなんだ。口裂け女とか人面犬とか」
「ああ、あったなそんな都市伝説」
鴉乃宮が軽く説明すると、美森 仁也(
jb2552)も相槌を打つ。
「この手の変なのは同族が作ることが多いと思っていたんだが……とっとと滅そう、こんな害毒」
やれやれと美森は肩をすくめた。
「都市伝説とは流行り神とも言って、その時代の流行みたいなもの。廃れるものだし、若者が知らないのも無理はない。今は政府も関わる組織の陰謀説とか、古代暦の新世界とかいう話が多いね。」
鴉乃宮の説明にコンチェは
「興味深い。ぜひ見てみたいものだ」
ますます好奇心を刺激されたようだった。
「にしても、あのお堅くてお利口さんな天使様がねぇ……。個体差というものは恐ろしいものだぉ。いっそ堕天して冥魔に行った方が合っているのではないか? つっても、HENTAIとかエロとかは譲るわけにはいきませんな。何故なら、アイアムサキュバス。性の化身は私である。天界の三流に譲るぽすとなどない!」
なぜか自信満々に両手を腰に当てて偉そうなポーズの秋桜(
jb4208)。
「いえ、作った本人はたぶん変態とエロのポストを狙ってる訳じゃないと思いますけど……」
苦笑しながらどこから見ても女の子な橘 優希(
jb0497)が控えめにツッコんだ。
それから彼らは封鎖が完了するまでに全員のスマフォの番号を交換し、アプリを使い敵発見の場合は状況に応じて誘い込めそうな場所をいくつか決めておいた。
美森と秋桜は空から、他の者はそれぞれ散らばって負傷者やまだ避難していない人の誘導、敵の捜索を開始した。
●捜索
「患者は何処か?」
道をチェックしながら鴉乃宮が被害者を探していると、上空の美森から連絡が。
『前方20メートル先を右に曲がると被害者らしきカップルがいる』
「了解」
急いでそこに向かうと、倒れた男のそばに女が座り込んでいて泣いていた。
「大丈夫か?」
男は顔を噛まれたらしく、顔中血だらけだった。うめき声を上げている。女は泣きながら、彼の血で真っ赤に染まったハンカチを必死になって傷に当てていた。
「ちょっとマズイな。彼に声をかけよ」
鴉乃宮は彼女に言うと、幻視治療『衛生兵』を使用した。
彼女が彼氏の名を呼び続け、乳白色のアウルが彼の傷を覆うようにまとわりつく。出血が止まった。
彼氏が意識をはっきりさせ、彼女の肩を借りて立ち上がる。
「ここを左に曲がって進めば、警官と救急車が待機してるから」
「あ、ありがとうございます」
彼女はまだくしゃくしゃの顔で精一杯のお礼を述べて、彼氏とできるだけ急いでその場を離れて行った。
染井 桜花(
ja4386)はさっそく光纏し阻霊符を発動させた。
今回の天魔の姿は不快極まりない。
「……砕く」
見つけたら容赦なく。
脇道の先に学生が倒れているのが見えた。
駆け寄ると肩から血を流し気を失っている。最初に襲われた高校生だ。
ダッシュ・アナザー(
jb3147)はまだ避難勧告を知らずにいる通行人を見つけた。マスクをしたコート着用のロングヘアの女性。
「ちょっと、あなた」
ダッシュは彼女を呼び止める。もしかしたら……。
「なんですか?」
不審な目を向けてくる女性の反応は一般人のそれだ。
「私は、撃退士……マスク、取ってもらえる?」
「?」
訝しみながらもその女性はマスクを取った。普通の顔だった。
少しホッとしてダッシュは
「この辺りに、天魔が……出たの。早く、あっちへ……避難、して」
「えッ、わ、分かりました!」
女性が慌てて走り去ると、スマフォが震えた。染井からだ。
『……負傷者一名発見。……肩から出血し気絶。……応援求む』
「分かった」
近くにいたので、すぐに染井と合流することができた。
「大丈夫、まだ……生きてる」
染井に手伝ってもらいながら男子高生の止血をして、応急処置を施した。それから彼を救急車の所まで運んだ。
「久しぶりの依頼だし、誰も怪我をしないように頑張ろう」
よし、と気合を入れて捜索に臨んだ橘は高校近くの道に出た。
警察から知らせがあったのか、下校を一旦中断しているようだ。
飛行中の秋桜から連絡が入る。
『今橘氏の背後から標的らしき人物が接近中だぉ』
「わ、分かりました……」
通話はそのままで橘がちょっとした小道に入ると、不意に背後から女の声がした。
『ワタシ、きれい?』
「へ? あぁ、綺麗だと思いま……」
よく考えずに振り向き答える橘の目の前で、女はマスクを取った。犬の口がぬっと現れる。
「うわああああ!!」
続けてコートも広げて中を見せる。男の裸体に股間のムラサキ鏡。
「ぎゃあああ!!」
橘の絶叫が響いた。
話で聞いていたのと実際に見るのとではインパクトがまるで違う。
「や、やめてくださいぃ!」
橘が後ずさるとサーバントはしてやったりとばかりに彼に近寄って来た。
演技で嫌がって誘導するつもりが、完全に嫌がらせをされている側と変態である。敵を誘導するにはそれでも構わないのだが、橘の気持ち的には最悪だった。
繋がったままのスマフォから秋桜の声が聞こえてくる。
『橘氏!』
「なんですかぁ!?」
ぐいぐい距離を詰めてくる犬面女から顔を背けながら通話に出た。
『そのまま北へ、100メートル先の広い道路に誘い込んでくれたまえ』
「急いでそうします〜!」
橘が嫌がって逃げれば犬面女はその分嬉しそうに彼を追い掛ける。そうして橘は確実に敵を目的の場所へ誘導して行った。
他の仲間にもサーバント発見の連絡が回り、皆その道路に集合することになった。
「ん?」
連絡のあった道路へ向かっている途中、鴉乃宮はまだ避難していない一般人を見つけた。のんきに歩いている。
すでに天魔が出たことは周囲に知れたと思っていたが……、まだ余裕で外出している人がいようとは。
鴉乃宮はその青年に近づいた。
「この辺りは危ないぞ」
「えッ、あ、あぁ、撃退士さんですか?」
「天魔が出たのは知ってるよね?」
「ああ、はい、怖いっすねー、天魔」
怖がる姿がわざとらしい気もする。だが
「早く避難してね」
とだけ言っておいた。
「はいー、了解デース」
答えながらも中々行こうとしない青年を、鴉乃宮は上から下までじーっと見た。
顔色悪いし銀髪。爪も銀色だなんて。
変わった外見だな、と思いつつ鴉乃宮は集合場所に急いだ。
●戦うより見せる!
普段は交通量の多い道のはずだが、今は広々としている。
横道から橘が走り出てくると、後から犬面女も出て来た。それを撃退士達が前後から挟み込む。
サーバントはギャラリーが増えたことに気を良くしたのか、既に全部出しているにも関わらず問うた。
『ワタシ、きれい?』
「綺麗じゃない!」
銀髪に金目、角に尻尾という悪魔姿の美森は即答して、漆黒の大鎌を横に薙いだ。
コートの前部分を切り裂く。ビラビラと邪魔な布になったので、美森はついでに後ろも腰辺りから全部切り取った。
つまり、残っているのは上半身部分だけ。いくら前を合わせても下半身は丸出し状態である。
「うわああ変態!! 本当に変態!!!」
びっくりした橘はグランオールで力任せに『スマッシュ』を放つ。
「ああ、ごめん橘君」
ちょっと橘のことが気の毒になった。
まさに強烈な一撃を喰らい秋桜の方に倒れるサーバント。
むくりと起き上がる。打たれ強いという情報通り、あまりダメージを受けたように見えない。秋桜と目が合うと、ぐいと裸体を見せてきた。
「フン、そんなもの見せても無駄無駄ァ!」
鼻で笑い、秋桜はバッと自分の服を脱ぎ捨てた! セクシーなビキニ姿を逆に犬面女に見せ返す。
犬面女はムッとし、噛み付いてきた。
「おっと!」
秋桜はひらりと飛んだ。
「うぬぅ……」
さっきからコンチェは、一生懸命目を細めてサーバントの姿を一心に見つめていた。
光纏した今視力が戻っているのだが、いかんせんかなりの近眼程度である。はっきり言って輪郭がぼやけてよく見えなかった。
だが、それはむしろコンチェにとっては良かったかもしれない。女性に免疫のない彼は、豊満な肉体を惜しげもなく晒した秋桜の姿もよく見えてしまったら、戦闘どころではなくなってしまうだろう。
とにかくコンチェは『金剛の術』で防御を高め、ツヴァイハンダーDを構え斬り込んで行った。
「てやっ!」
犬面女を袈裟懸けに斬るも、奴は平然とし噛み付こうと犬口を突き出す。
それを剣で弾き、何度も斬りかかった。
「さすがに堅いな!」
「俺も加わろう」
『属性攻撃』を使用した美森も背後から攻撃、ようやく傷らしい傷を与えられた。
サーバルクロウを装備した染井が、股間のムラサキ鏡を鷲掴みにした。そのまま『スマッシュ』を使い、鏡をもぎ取るつもりで拳を握り締める。
「……絶技・枝砕き」
さすがのサーバントも苦痛の悲鳴を上げた。
本能的に男性陣も思わず顔をしかめる。大人しそうな彼女の外見からは想像もつかない豪快な技だ。
ムラサキ鏡にヒビが入る。
そこを狙って、続けてダッシュがバルバトスボウを撃ち込んだ。
「ごちゃ混ぜで、さらに……変態性が、上がってる? 色んな意味で、見るに……耐えない」
太ももに当たり、逃げようとする犬面女の背後から弾丸が足元をかすめた。
鴉乃宮の攻撃だ。
「それで綺麗だと思ってるの? メイクも全くダメダメ! 髪にキューティクルが足りない! 肉体美もコンセプトもなっちゃいない! 整形手術をお勧めする!」
一言ごとにアサルトライフルAL54で足を狙って撃ち、一歩ずつ近付く。
足止めをくっている天魔の正面からは、ダッシュが股間を重点的に狙って連射する。
「怒って、ないよ? ただ、気に入らない……だけ、だから。もういっそ、皆……全部、バラバラに……なるといい。キッチリ、全部……刈ってあげる、から」
4度目の攻撃で、とうとう鏡が割れた。
がくりと膝を付く変態サーバント。これで変態行為をやめるかと思いきや、怯えた目の橘に目を向けた。
嫌な予感。
犬面女がにやぁと笑って彼に近寄って行く。
「なんでこっちに来るの!?」
彼だけが本気で嫌がってるからなのだが、橘は半泣きになりながら再び『スマッシュ』をお見舞いした。
サーバントは上体を仰け反らせ、でも足を止めずにゾンビのごとく向かって来る。
『ワタシ、きれい?』
「うわああ怖!」
もう一度全力で一撃食らわせたところに、上空から秋桜が闇色をした逆十字を落とした。『クロスグラビティ』だ。『重圧』に成功。
「どうだ、私のような美女の眼前で跪くのも興奮のスパイスになるだろう?」
さらにアルブムで犬口を縛った。
「もらった!」
上手い具合に美森がその口を鎌で切り取る。
天魔は痛みと特徴を奪われたショックから叫びだし、滅茶苦茶に走り回った。
「くらえ!」
コンチェが『影縛の術』で犬面女の影を縫い止める。『束縛』した。
「傍迷惑な変態を野放しにしておくわけにはいかん!」
続けて接敵、さっき斬った傷にまた斬り付けた。今度はやすやすと刃が入り、傷が深くなる。
「『猥褻行為及ビ傷害・殺人未遂ノ現行犯ニヨリ冥府送リニ処ス』」
厳粛な鴉乃宮の声がしたかと思うと、黒い霧がにじみ出ている銃から黒い霧を纏った弾丸が飛び出した。
幻視断罪『処刑人』は見事眉間に命中する。
「……とどめ」
染井はキメリエスハルバードに持ち替え、弱ってきた敵を思い切り真上に斬り上げた。そして自身も追いかけるように『全力跳躍』で飛び上がり、回転しながら落下、『スマッシュ』を放つ。
そのまま攻撃の勢いと全ての重さを乗せ、犬面女の背中に斧槍を突き立て地面に叩き付けた。
「……円舞・木っ端微塵」
一度びくりと体を震わせ、変態サーバントは力尽き倒れたのだった。
●変態は滅びた
終わった途端、橘はその場にへたり込んだ。
「ぜー……はー……ひ、久しぶりの依頼だったのに……なんで、こんな目に……汚された気分……」
いつもより数倍疲れた気がする。この戦いに参加したことを若干後悔していた。
「同感だな……目の消毒をしたいところだ。早く帰って彼女の姿を見たい」
人の姿に戻った美森も疲れたように目頭を押さえる。
本当につまらないものを見てしまった。自分が綺麗だと思うのは『彼女』唯一人。それでいい。
「あれ」
鴉乃宮は、一瞬だがさっきの青年が曲がり角に消えて行くのを見た。
避難するよう言ったのを無視して戦いを見ていた一般人? そういう人間がいないとも言い切れないが、それにしては彼はやけに落ち着いていたし……もしかしてシュトラッサーだったのではないだろうか?
「どうしたの?」
ダッシュが鴉乃宮の様子に気付き尋ねる。
「いや、あそこに使徒がいた気がしてね」
鴉乃宮は青年の風変わりな姿と今回のサーバントを思い出しながら、
(変な趣味してるね、君の上司)
こっそり思った。
「そう……。いつか……あの変態、創った人にも……オシオキ、できると……いいな」
今の思いを、全部ワイヤーに乗せて。
ダッシュは種族的には悪魔だが、今の生活に満足している。
(私は、ちょっと……変わった?)
学園に来る前のことは覚えていないが、時々自分でもそう感じていた。
●そして天使と使徒は
思った通り犬面女はあっさり倒されてしまった。
でもあいつが撃退士達に裸を見せて迫っていくのは面白かったな。特に一人だけ本気で嫌がってるヤツなんかはケッサクだった。
「ククク……!」
思い出し笑いをする銀音。
主の部屋の前に着くと、笑いを収めて真面目を取り繕う。
「ただいま戻りました」
「おお、待っていたぞ! どうであったか!?」
「それがですね、かなり笑えた……じゃなくて、活躍してました!」
「そうであろう! 詳しく聞かせよ!」
少々話を盛りながら、主がご機嫌ならたまにはこういうのもいいか、と思う銀音であった――。