●交差点にて
彼らは、封鎖された交差点へ駆けつけた。
バリケードや防護盾の背後から、警官が拡声器で里村佐知に呼びかけている。
「君、そこにいるのは危険だ! 鴉を刺激しないよう、ゆっくりこっちへ来なさい!」
しかしその声に反応し、サーバントは警官隊の方へ飛んで来た。
「うわあっ!」
ただのバリケードでは天魔の攻撃を防ぐ役には立たず、何人かがつつかれて彼らは更に後退した。
佐知は呼びかけを無視して、信号機の上に止まった白鴉に近付こうとする。
危険だと判断した撃退士達は即座に介入した。
「……思い込みは怖いな」
鴉へと走りながら美森 仁也(
jb2552)はつぶやいた。
(彼女が中二病でなくて本当に良かった……)
愛する彼女がこんなふうになってしまったらと想像するだけでもゾッとする。
本当なら面倒くさい女子など放っておきたいが、人間を見捨てることはできない。大事な『彼女』を泣かすことだけはしたくないから。それが美森にとっての最低限のルールだった。
「里村さんアイツは無差別に人を襲っていてあなたも危ないわ!」
「平気、私は天使に選ばれた予言者だから!」
木嶋香里(
jb7748)が何とか佐知に危険を解ってもらおうとするが、佐知は聞く耳を持たない。
「選ばれた予言者って……単に運が良かっただけじゃない」
天宮 葉月(
jb7258)は盛大にため息をついた。
「変に思い詰めるよりかはいいけど、ああいう勘違いを放っておくのは良くないよね、うん」
天宮は一人納得げに頷く。そのためにもまずあの鴉を何とかしなければ。
(……ただのサーバントだから、罰が当たったりしないよね?)
実家が神社なため、神道では神の使いとされることもある鴉を攻撃することにちょっと抵抗を感じるのだ。なのでそんなことがちょっぴり気になってしまった。
里条 楓奈(
jb4066)はすぐさま召喚獣スレイプニルを呼び出した。
「危なっかしい小娘だが、守らねば撃退士の矜持に背くからな……気合を入れようぞ、スレイ」
同意の印か馬竜は一声いななくと、敵に向かって『威嚇』した。
サーバントの注意がスレイと里条に向けられる。
「今だ! りりか、よろしくなんだよ」
「はいルルディ兄さま」
ロリータファッションに身を包んだルルディ(
jb4008)が言うと、華桜りりか(
jb6883)は佐知の下へ駆け寄った。
「何なのあなた達! 私の邪魔しないで!」
佐知は急に現れた撃退士達に対して苛立ちを露わにし、素直にこちらの言うことを聞いてくれそうもない。だが彼女を何とかしない限り彼女自身も危険だし、討伐がやりにくい。
佐知を白鴉から引き離すために、華桜はすがるような瞳で彼女を見上げた。
「ねぇ、あたしも天使さまの所に行きたいの……です」
「え? あなたは天使を信じるの?」
「はい、です」
佐知の警戒が少し緩んだ。
「あなたは天使さまに会ったことがあると聞きましたの、です」
「そうよ。私は天使に選ばれたの。だからお告げが聞こえるのよ」
「あたしもあなたのように選ばれたい。だから天使さまに会ってみたいの、です」
今まで誰にもまともに相手にされなかったためか、佐知は華桜を唯一の理解者だと感じたのだろう。嬉しそうに華桜の手を取り、
「それじゃあ、あな、た……も……」
言いながら眠気に襲われ、ゆらゆらと体が揺れる。華桜が『魂縛符』を使い眠らせたのだ。
「こめんなさい、です。少し眠っていて欲しいの……」
「あとは任せて」
倒れ込む佐知の体を木嶋が支え、抱えたまま『全力跳躍』でサーバントから離れた。
●白鴉との攻防
「さあ、こっちよ」
装備してきたサークレットをちらつかせながら、ルル・ティアンシェ(
jb7741)がウォフ・マナフを構えた。
白鴉が向かって来る。
試しに大鎌を振るうと、鴉は素早くかわして嘴を突き出した。
「させないっ」
天宮のアウルのナイフが鴉の羽を狙う。翼の先をかすり、白い羽が散った。
「お前の相手はそっちだけじゃないぞ」
自分の翼を出し空中に飛んだ美森は、角と尻尾を持ち銀髪金目の本性を現した。
アシュヴィンの紋章から無数の光の針が飛び出し、鴉に降り注ぐ。
サーバントは全て避けきれず、何本かが体に刺さった。
天魔は一旦上空へ逃げ、美森に向かって急降下した。足の鉤爪で攻撃するつもりだ。
美森は冷静に敵の動きを見定め、鴉に『ドレスミスト』を纏わせる。鉤爪は美森の体をわずかにかすっただけだった。
ルルディはストレイシオンのニーナを召喚した。
「ニーナさん……皆を守るんだよ?」
ニーナが『防御効果』を発動させると、仲間の体が青く発光した。ルルディ自身は己の翼で飛行する。
『共感』でスレイの集中力を高めた里条は、『トリックスター』を使った。
「スレイお前の速度、存分に見せつけてやれ」
召喚獣は加速した動きで鴉に接近、その足で蹴り落とした。
苦しげに鳴く白鴉。ぐるりを首を回し、天宮のアクセサリーが気になったのか、そちらに目を光らせる。
ついばもうと天宮に飛びかかった。
「そう簡単にはいかないよ!」
天宮の手にした本からページが放たれる。鴉がそれを大きく避けたところに、美森が上から光の針、ルルが背後から鎌で攻撃。
サーバントは上に気を取られて鎌を避け損ね、背中を斬られた。
地面に転がりながらも体勢を立て直す。ゆっくりと頭をもたげると、ひとつ羽ばたいて体を回転させ始めた。
「皆避けるんだよ!」
ルルディが叫ぶ。白鴉が突撃する直前乾坤護符の石の刃を飛ばしたが、間に合わなかった。
鴉の標的は佐知と彼女を守っている木嶋だ。
「私が助けられる人は守ってみせるわ。……哀しむ人を出さないために……」
木嶋は自分の後ろに横たわった佐知を意識する。
せっかく助かった命を、ここで失わせるなんてできない。変な思い込みに囚われているとしても、彼女が死ねば哀しむ人がいるはずだ。
里条も鴉の標的に気付き、佐知を保護している木嶋の前に立ち、避けずに盾になることを選んだ。
「貴様に仲間を傷付けさせる訳にはいかんのでな!」
高速で回転した白鴉が突っ込んでくる。里条は食い止めようとシュティーアB49を撃つも、真正面から鴉とぶつかり
「くぁっ!」
弾き飛ばされてしまった。次は木嶋だ。
木嶋は『シールド』を使いラーゼンレガースでサーバントの攻撃を受ける。間に里条が入ったのが功を奏し、威力は半減していた。
そして白鴉を蹴り返し、再び佐知を抱えて距離を置く。
里条は頭を軽く振ってすぐに起き上がった。『防御効果』のおかげで見た目より大したダメージではないようだ。
「逃がさないよ!」
飛んで逃れようとするサーバントの尾を、天宮がウジエルアックスで見事切り裂いた。
それでも白鴉は飛び上がり旋回、スピードを上げ、今度はルルの頭に鉤爪を突き立てようと降りてくる。
「飛べなくても負けないんだから!」
ルルが鎌を下から突き上げると急角度で上昇、また旋回してそのまま真っ直ぐにサークレットの付いた頭部に向かって来た。
「まだ!」
ルルはギリギリまで引きつけて、ウォフ・マナフを振り回した。片翼にダメージを与える。
「早く終わらせるの、です」
続けざまに華桜が札を投げつけると、天魔の周囲で爆発する。
鴉は嫌がるような声を上げて、再び回転。
ルルディ目掛けて直進してゆく。
「うわあっ!」
ルルディは回避しようとしたが避けきれず、身をかばうように上げた腕を負傷してしまった。
「ルルディ兄さま!」
華桜が思わず叫ぶ。今すぐ回復に向かいたいが、上空にいるルルディには届かない。それに彼もまた、まだ戦いから一旦退く気はないようだった。
美森のカーマインが白鴉の足に絡みついた。
「獲った!」
細い金属糸を力いっぱい引くと、鴉の足を一本切断した。
サーバントが痛みと怒りの叫声を発し、銀髪の美森に方向を変える。
「奴をニーナさんの方へ!」
ルルディは護符で牽制しながら美森に呼びかけた。
美森は軽く頷き、里条もそれを了解し召喚獣へ指示を出す。
「スレイ、もう一度蹴り落としてやれ!」
美森達に追い立てられ、サーバントは地上付近まで下降した。ダメージのせいか素早さが落ちているようだ。
「ニーナさんやっちゃえ!」
ルルディの召喚獣は鴉が射程内に入ると『サンダーボルト』を放ち、『麻痺』に成功した。
「チャンスだよ皆!」
ルルディの攻撃が白鴉の翼を狙う。
「地に堕ちろ、鴉……ボクは敵対している同族が嫌いなんだ」
彼の顔が憎しみに歪む。
(天使が人を助けるだって? ……馬鹿言うなよ)
ルルディはもはや天使を信じてはいなかった。そいつらの言うことに従うサーバントも大嫌いだ。
彼の放った刃は天魔の翼の付け根を断ち、上手く飛べなくさせた。
「ルルディ兄さまを傷付けるのは許さないの、です」
彼は全て無くしたと思っていた自分を救ってくれた大切な人。彼を無くしてまた一人になることなんて耐えられない。そんなことには決してしない。
普段の大人しい彼女とは別人のように、容赦なく『炸裂符』を投げる華桜。
白鴉は爆発に悶えた。
「もうあなたは終わりなの」
ルルがかろうじて繋がっていた片翼を完全に斬り落とした。
これでもう飛ぶことはできない。自分と同じだ、と心の隅で微かに思う――。
鴉の鋭い声が耳をつんざく。白い羽毛は血で汚れ、恐ろしげで醜い。これが本当に神の使いなら神のセンスを疑うところだ。
片足片翼を失いもう満足に動くこともできないはずなのに、サーバントは最後の足掻きか、唐突に天宮に飛びかかろうとした。
「!」
「悪足掻きだね」
美森のカーマインが白鴉の首に巻き付きそれを阻止した。糸を引いた勢いで、鴉は木嶋の方へと放られる。
木嶋はす、と身構えると、
「私も一発入れさせてもらうわ!」
ジャンプしてからの回し蹴りをお見舞いした。
サーバントはもはや抵抗する力も術もなく、また皆の方に飛んで行く。
「私に罰を当てたりしないでね!」
天宮はこれで最後とばかりに、アックスを白鴉の体に思い切り振り下ろした。
白鴉はほぼ真っ二つになり、地に堕ちたのだった……。
●予言者はいなくなった
心配で泣きそうになっていた華桜がルルディに『治癒膏』をかけて回復し終わると、眠っていた佐知が目を覚ました。
身を起こして辺りを見回し、さっきまでのことを思い出す。
「私はどうなったの? あの白い鴉は!?」
おもむろにルルディは自分の赤い翼を顕現させた。
佐知の目が見開かれる。
「あなたも、天使……!?」
「まあね」
たいして面白くもなさそうな調子でルルディは肯定した。
「あの鴉は、ボク達が退治したよ」
「そんな、どうして!」
ルルディは佐知に不愉快そうな顔をした。天使にここまで固執する佐知が理解できない。
「あのね? 君が何を思おうと君の好きだよ? でもね……天使は君を助けてくれない。だって君が見たのは天魔だから……。それに、『絶対に襲われない』保証はない。何故なら君は、神の声も天の声も聞こえないからだよ……」
ルルも一歩彼女の前に出る。『天使の微笑』で優しく微笑みながら、諭すように言った。
「あの鴉はあなたの求めるようなものじゃないよ。人を襲ったのを見たでしょ?」
「あれは、罪深い人間を裁くために……!」
「皆が殺されなければならないほどの罪を犯しているの?」
「そ、それは……」
佐知は自信なさそうに口ごもった。
「命の尊さはどんな人でも変わらないわ。どんなに偉い存在でも人の価値を決めることなんてできないわよ。罪は償うべきもので、他人に裁かれるよりも自分から償いの行動を起こす方が大切だと私は思うわ」
木嶋も解ってもらえるよう訴える。
佐知は自分の正当性を必死に考えているようだった。
「全て忘れてしまった訳ではないのに、どうして自ら大切なものを遠ざけるの……です?」
悲しそうに華桜がつぶやいた。
「あなたにはまだ記憶が残っているのに……」
頼れる人も親友もいるのを知っているのに遠ざけるなんて。気付いた時には一人きりだった自分とは違う。
それなのに。
華桜はそんな佐知がどうにも歯がゆくて、少し怒りを覚えた。
(あたしには何も残っていないのに……ずるいの、です)
かつぎをきゅっと握って、心の痛みに耐えるのだった。
「私は、選ばれたからしょうがないの。天使のお告げが……」
自分の信心が揺らいできたのか、佐知の声が震えている。
「あのねぇ」
しびれを切らしたかのように天宮が口を開いた。
「どう見たってあの鴉は天魔で、助かったのは運が良かっただけ。別に神様に選ばれた訳じゃない。巫女がこんなこと言うのもアレだけど、予言や神託っていうのは結局のところ虫の知らせとか占いみたいなものだよね。ホントに選ばれた人なんていないよ」
反論しようとした佐知を制して、続ける天宮。
「まあ、不思議な運の良さとか直感があるのは認めるし、私も神様とかは信じてる。でも、それを押し付けるのは間違いだよ」
「そんな……私は間違っていたの?」
「……君みたいに選ばれたって思い込んだ男の子がいたよ」
青年の姿に戻った美森が静かに語りだした。まだ苦い記憶を思い返しながら。
「そして人を殺した後に『貴方は私達の仲間になれない、人の枠からも外れた』って言われて心を壊してしまった。君もそうなりたいのかい?」
佐知はびくりと身を震わせる。
「歴史を見ても神の使いとされた人が殺された例はいくらでも挙げられるし、天魔が出る度にこのままの言動を繰り返していたら誰も信じないよ? ――本当は解ってるんだろう? あれが天魔だったって」
その最後の一言で、佐知は自分を選ばれた予言者だと思い続けることができなくなり、泣き崩れた。
「うわぁあぁ〜……ぐすっ……だって、私だけが助かったのよ……死ななくてもいい人がいっぱいいたはずなのに。だから、自分は選ばれたんだと思わないと罪悪感で押しつぶされそうだった!」
「そうか……」
それで『天使に選ばれた予言者』だと思い込むようになったのか。
「もうそんなこと思わなくて大丈夫だよ。ハイ」
にっこり笑って、ルルはたい焼きを差し出した。
「……ありがとう」
佐知は面食らったが、微笑み返してそれを受け取る。
「全く、十数年しか生きてない小娘が、選ばれただの罪だのほざくのはまだ早いわ! これに懲りたら、身の程をわきまえて経験を積んでいくことだな」
里条が言うと、
「はい……そうします。皆さん、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」
佐知は深く頭を下げた。
予言者も天の使いも初めからいない。
少なくとも今までの長い生の中で美森はそんな存在に会ったことがなかった。それでも、思い込むことで少しでも佐知が救われていたのなら、彼女の中にはいたのかもしれないと思う。
撃退士達は、彼女がまた学校で楽しく過ごせるように、と存在するかもしれない何かに祈った……。