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マスター:久遠 由純
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/23


みんなの思い出



オープニング

●中二病
 郊外の市立中学校に通う中学二年生の古賀将(こがまさる)は、この年代になるとよくありがちな、分かりもしないのに洋楽のハードロックを聞くとか、ドクロや死神などのダークなモチーフをカコイイ! と思うようになった。
 わざわざ制服の下に通販で買ったキレたデザインのTシャツを着て行ってみたり、休み時間にはわざと音漏れするくらいの音量でメタルを聞いてみたり。
 そしてそれを見事にこじらせ、中二病になっていたのである。
 ドクロや死神好きが発展して、いつの間にか自分は『魔族』だという脳内設定が完成していた。
 以前は『ちょっと変わった人』ですんでいたのが、今では『オカシイ奴』というレッテルを貼られ、当然のようにボッチだ。
 だけど将は構わない。
 いつか魔族の貴族たる自分を、魔王直属の元帥が迎えに来るだろう……。

 ガン!
 と机を蹴られて将の思考が妨げられた。
 陰鬱に蹴った本人を見上げると、チャラくてヤンキー寄りだが皆に人気のある男子が彼を見下ろしていた。
「オマエキモイんだよ。マジ教室から出て行ってくんない?」
「………」
 誰も将を助けようとはしない。チャラ男と同じ、迷惑そうな目で彼を見ているだけ。
「何その腕の包帯。怪我なんかしてねーくせに、誰かに構ってもらおうとしてんの? ははっ」
 バカにしたように笑うチャラ男。
 確かに、包帯は怪我をしているから巻いている訳ではない。コレは左腕に刻まれた闇の刻印を隠すためのものだ(実際には自分で油性マジックで描いた意味のない模様)。この刻印が腕一杯に広がれば、もはや自分でも力を抑えられないだろう(という設定)。
「うっ!」
 将は急に包帯の腕を庇うようにして痛がった。
 一瞬何事かと思いびくつくチャラ男。
「まだダメだ……! まだその時ではない……!」
 迎えも来ない今は力を解放するわけにはいかない。
「はあ? 何言っちゃってんの? 変な空気にすんなよな。早く出てけよ!」
 再び机を蹴られて将は立ち上がり、チャラ男とその背後のクラスメイト達を睨みつけた。
「いずれこの世は終わるんだ」
 そして教室を出て行き、まだ午前中だったにも関わらず、その日はもう教室に戻らなかった。

●悪魔召喚で呼ばれたものは
 将は毎日深夜に家をこっそり抜け出し、悪魔を呼ぶ儀式をしていた。
 場所は誰も気味悪がって寄り付かない廃病院。
 中は変な薬品と埃の匂いが混じり、窓ガラスも割れているし、もっと以前に誰かが荒らしたらしかった。
 いつもの儀式を行っている一室へ来た。毎日やっているので、召喚用の魔法陣はすでに描いてある。
 こういう魔法陣や呪文はネットや本で調べた。違う呪文を見つけては試し、もう一度同じものを繰り返したり。
 将は持参した資料と魔法陣を見比べ、
「今日はこの部分を変えてみよう」
 記号の一部分を雑巾で拭き取って、小瓶に入れたニワトリの血に筆を浸し違う記号を書き入れる。
 サークルには等間隔にロウソクが立っていた。一つ一つに火を灯し、自分は円の中心に入る。
 自分で作った緑のマントを身に着け、これも通販で買った古い装飾の短剣を手にし、
「今日は満月だ。成功しそうな気がする」
 何かの期待に胸を膨らませながら呪文を唱え始めた。
 ぶつぶつと低い声で詠唱が続く。
「偉大なる悪魔の眷属よ、我は求める! ………」
 毎度のことだが、やはり何も起こらない。
 ラップ音などの小さな心霊現象すら起こらなかった。
「……今日も失敗か……」
「――何が失敗なの?」
 不意に、女の声がした。
 心底驚いて、将は思わず尻餅を付いてしまう。
 目の前の壁の中から現れたのは、女だった。少なくとも見た目は。
 尻まであるワインレッドの髪の毛をゆるい三つ編みにし、それを3本垂らしている。スタイル抜群で、凝ったデザインの体にフィットしたラバースーツのようなものを着ていた。
 顔はキツめの美女だが、人間でないことは壁をすり抜けて現れたことから見てもすぐに解る。
 彼女は天魔だ。
 自分が召喚しようとしていた悪魔ではないが、本物なら期待以上だ。
「あ、悪魔!?」
 驚きながら将は尋ねた。
 女は薄く笑う。
「正確には悪魔の主に仕えるもの、というところね」
「す、すごい! 本当に会えるなんて!」
「悪魔に会いたかったの? でも……、こんな儀式じゃ悪魔なんて出てこないわよ」
 彼女はぞんざいに足で魔法陣を乱した。本来なら怒るところだが、本物の悪魔の眷属に出会えたことで舞い上がっていた将にはそんなことどうでも良くなっていた。
「儀式のせいじゃないなら、どうしてここへ?」
「たまたまこの地を調査しに来たら、何か聞こえるから来てみただけ。でも……特に面白いものでもなかったわねェ」
 すっと細められた目が将を捉える。
 急に将は自分が今危機にあるのだと認識した。
「ま、待ってください!」
 将はヴァニタスの女の前に土下座した。
「俺を、あなたの仲間にしてください!」
「……どうして?」
「俺、魔族になりたいんです!」
「でもアナタ、友達とか両親とかいるんでしょお? あたし達の仲間になったら、彼らともお別れってことよ?」
「世界はもうすぐ滅びるんだからそんなの構いません! お願いします!」
 ヴァニタスの口角がにいっと上がった。
「……ふぅん、嫌いじゃないわよ、そういうの。それじゃあ、あなたにディアボロを貸してあげるわ。いらっしゃい」
 最後の一言は外に向かって放たれた。壁を抜けて一体のディアボロが現れ、彼女の隣に控える。
 二人の人間が背中合わせにくっついたような姿のディアボロだ。顔は鬼のようで、見た者に恐怖を与える。
「このコを貸してあげるから、自由に使ってごらんなさい? その働きが良ければ、主になってくれそうな悪魔に便宜を図ってあげてもいいわ」
「ほ、本当ですか!?」
「ええ」
「ありがとうございます!」

●殺戮教室
 学校では、殺戮が行われていた。
「やってしまえ、両面宿儺(りょうめんすくな)!」
 将が、ディアボロを使いクラスメイトを襲わせているのだ。
 始めに殺ったのはもちろんあのチャラ男だ。命乞いする間も与えてやらなかった。胸を貫かれた時の顔と言ったら! カッコつけてたのが台無しで大笑いだった。
 それから嫌そうな目で見てた奴ら。その後は両面宿儺のおもむくままに襲わせる。
「誰も逃がさないよ。世界は終わるって言ったでしょ?」
 誰も逃げられないようドアに鍵をかけておいたのだ。
 クラス中が阿鼻叫喚の中、将は高笑いしていた。

 その様子を、あの女ヴァニタスが廊下からこっそり眺めていた。
「あはは、やるじゃないボウヤ」
 彼女は将が土壇場になって怖気付くのではと予想していたのだが、思った以上にやれているので面白そうに笑った。
 そんな簡単に悪魔の仲間になんてなれるわけないのに、一生懸命になっちゃって。
 これだから人間て馬鹿よね♪
 上手くやろうができなかろうが、便宜を図ってやるつもりなどさらさらなかった。
 少年が教室内を一掃しひとまず満足したら、悪魔の所に連れて行くとでも言って、我が主の糧になってもらおう。
「うふふふふ、アハハハハ!」
 将とヴァニタスの狂笑が響いた。


リプレイ本文

●突入
 廊下の窓から外を見た女ヴァニタスは、撃退士達が到着したことを知った。
「あらぁ、思ったより早かったわね」
 彼らがクラスメイトを殺害した一般人の少年をどうするか興味ある。しばらく様子を見ようと、彼女は隣のクラスに身を潜めた。

 校庭では今、撃退士達が先生らに詳しい事情を聞いたところだ。
「悪魔なり人形なりが関わっているのは間違いないな……しかし、悪趣味だ」
 わずかに眉根を寄せ、アセリア・L・グレーデン(jb2659)が殺戮が行われているであろう教室を見上げる。自身も種族は悪魔なので、こういうやり方を何度も見て来ている。
「今襲ってる人間もいじめやってた人間も何だかな……」
 美森 仁也(jb2552)もいささか呆れたようにつぶやいた。
(けど人間見捨てたら彼女が泣くからな)
 どんなに呆れ果てた人間であっても、『彼女』と同じ『人』ならば生かす努力をしよう。
「中二って流行ってんのか? しっかし……よくまぁこうも都合よく考えるもんだな……」
 半ばダルそうに恒河沙 那由汰(jb6459)が言った。
 正直将の行動に興味はない。だがディアボロ相手ならば倒すだけだ。
 常塚 咲月(ja0156)は先生に救急車の手配等を交渉していた。
「怪我人は物が飛んで来ない所まで運ぶから……、そこから先は任せていい……? 早く、事、済ませたいでしょ……?」
「そ、そうですね。廊下の端の階段まで運んで来てもらえれば、後は我々で何とかします」
「そう、よろしく……」
 常塚が皆に振り向くと、美森が
「教室のドアに鍵が掛かってるみたいだから、誰が破るか決めておいた方がいいと思います」
 と提案した。
「そうね……」

 結果、窓からの突入に恒河沙、美森、朱頼 天山 楓(jb2596)、不破 炬烏介(ja5372)、恒河沙と美森がドアを破ることになった。不破と朱頼はまだ生きている生徒達の保護に回る。
 廊下からは常塚、、アセリア、里条 楓奈(jb4066)、常塚が生徒の救出をすることになった。
 さっそく分かれて移動する。
 将のクラス近くまで来ると、中で襲われている生徒達の狂ったような叫び声が聞こえてきた。
 里条の全身から光纏のアウルと共に怒気と殺気が吹き出した。
「今回の一件、容赦はできん。自らの意思で人を殺めたのだ、死を以て償わせてくれる……」
 全員ドアが破られても大丈夫な所で待機する。

 恒河沙と美森は自分の翼を顕現させて、二階の将のクラスへと飛ぶ。
「カッカッカッ! うむ、学び舎は青春の香りじゃのう!」
 朱頼は飛ぶというよりは『何か』を足場に宙を上って行きながら、豪快に笑った。
 皆は将の行動に怒り、ディアボロと一緒に将までも殺さんばかりの勢いだが、朱頼は『人を守る』ためにここにいる。
(儂としては将という童もまた助ける人の子よ!)
 撃退士全員を敵に回しても、将を守るつもりだった。
 不破は恒河沙達のようには飛べないので、少し遅れてから窓に飛び移り突入するため、今は下で待っていた。
 美森の携帯にスタンバイ完了の連絡が入る。
「それじゃあ行きますよ」
 恒河沙とタイミングを計り、二人同時に『物質透過』で窓をすり抜けて教室内へ入った。

「うわああ、誰だ、お前らは!?」
 いきなり窓から入ってきた男達に、将は驚いた。翼があり壁を抜けてきたということは、彼らも天魔!?
 また新たな驚異が現れたのかと生徒達はさらに恐怖に駆られる。しかし恒河沙と美森は将やディアボロよりも先にドアへと急いだ。恒河沙が前、美森が後ろだ。
「久遠ヶ原学園の撃退士だ! ドアを壊すから少し下がって!」
 美森が叫ぶとパニックが少し治まる。助けが来た、という希望が生徒達をいくらか落ち着かせた。
 恒河沙がレヴィアタンの鎖鞭で、ドアごとその周辺も一気に粉砕した。
 美森も漆黒の大鎌を振るい、ドアを破壊する。
 穴が空くやいなや、無事な生徒は我先に廊下へ殺到しだした。
「ま、待て! 両面宿儺!」
 焦った将がディアボロに命じるが、生徒と天魔の間に朱頼が立ちはだかった。
 里条は教室へ入るとすぐに召喚獣のティアマットを召喚した。
「貴様ら、人を殺めた罪……赦されんぞ! 貴様の相手は私だ。こっちを向かんか!」
 蒼銀の竜は『威嚇』を使用し、両面宿儺の注意を自分に引き付ける。その間に窓から突入してきた不破や常塚が負傷者を運び出しにかかった。
 すでに何人かの死体があり、動けないほどの重傷者も多数、辺りは血だらけだった。
 アセリアが邪魔な机を外に蹴り出し、将を見やった。そして、
「君は……殺すのが楽しいか?」
 と問いかける。
 将は一瞬ためらったように口を動かしたが、出てきた言葉は
「う、うるさい! 邪魔をするならお前らも殺してやる! 両面宿儺、こいつらを皆殺しにしろ!」
 アセリアの視線が哀れみに変わる。人としての心もなくしてしまったのなら、仕方ない。
「聞く耳も持たないというのなら、君の愚かさを教えてあげよう。君の縋ったものがどういうものか」

●教室内戦闘
「………」
 無言で敵を睨んでから、不破は足元に座り込んでいる男子生徒を見下ろした。天魔に対する殺意が、敵を倒せと『コエ』が聞こえるが、それらを抑え込み救助を優先させる。
「どけ、邪魔……だ」
 少々乱暴に生徒の服をつかみ立たせる。足を怪我したらしい女子生徒も強引に脇に抱えた。
 壊れたドア跡で転んだり押し倒された生徒達も、不破に放り投げられたり引っ張られたりしながら、廊下に出された。
「死ぬのが……嫌なら、黙って、従うん……だ、な」
 痛みや恐怖を訴える言い分は無視し、早く一般人を外へ出すことに専念する。
 血まみれでぐったりしている女子生徒を抱えた常塚は、廊下に出された生徒を先生がいる階段の方へと誘導していた。
 怪我人を先生に託すと、恐怖だけで怪我は与えられていない女子生徒に声をかける。
「怪我、あんまりしてないよね……? これで、間に合う人の治療、お願い……」
 と救急箱を手渡した。何もしないよりは、何か役立っていると思われることをしていた方が、恐怖が紛れることもある。

「充分殺したろう……なら、そろそろお前が殺される番だ」
 アセリアが冷静に言い放ち、あまりに無防備に両面宿儺に近づいてゆくので、敵は不意をつかれた。
 『氷の夜想曲』の冷気が急激に彼女の周囲を凍てつかせた。ディアボロにダメージを与える。
「何なんだよお前ら!」
 将は唐突に始まった戦闘に慄き、教室の隅に逃げて小さくなった。
「ティア、これ以上犠牲を出させる訳にいかん……いくぞ!」
 里条の合図でティアマットが天魔に飛びかかる。しかし回転した両面宿儺の裏拳を喰らい後ろの壁まで飛ばされてしまった。
「ティア!」
 召喚獣の痛みは里条の痛みでもある。里条はダメージに喘いだ。
 2本の角と尻尾がある悪魔がそこにいた。さっきまで人の良さそうな好青年姿だった美森だ。
「代償は高くつくぞ!」
 美森は漆黒の大鎌で両面宿儺の手首から先を一本斬った。
 怒りに任せて反撃してくるディアボロに、黒い霧をまとわせる。『ドレスミスト』の効果で攻撃の狙いがずれ、美森は避けることができた。

 全員が突入した直後に阻霊符を発動させた恒河沙は、倒れた机の陰にうずくまる生徒を目の端で捉える。
「ちぃ……まだ逃げてねぇガキがいやがんのか……メンドくせぇな……」
 その机を両面宿儺が手にしようとした時、『サンダーブレード』で腕を弾いた。『麻痺』に成功した!
「炬烏介、ここにも救助者がいる!」
「分かった……」
 不破は迅速に机の後ろから生徒を引っ張り出し、廊下へと連れて行く。
 その生徒はすでに意識がなく重傷だった。危険な状態で、助かる確率は低いかもしれない。
 彼は今、生と死の間にいる。
(ヒトは、脆い……。今、コイツ……の。魂、は……何処に、ある……?)
 不破は生徒を凝視しながら、何かが頭の中で疼くのを感じていた。

 最後の生徒を運び終えた常塚は、戦闘に参加していた。
「コレは子供が持っていい、玩具じゃないよ……?」
 麻痺で動けなくなっている天魔の眉間目掛けて『スターショット』を撃つ。続けて肩、肘、膝を狙っていく。
「――この世界は終わらせない……。でも、君の世界は終わる」
 撃ちながらディアボロの背後の将を見据えた。その目にあるのは無言の怒り。
 パイルバンカーでアセリアが打ちかかる。
 だが両面宿儺の方も前後でくるくると身を返しながら、4本の腕でアセリアの攻撃を捌いていた。
 また両面宿儺が椅子を武器にしようと手を伸ばす。
「いちいち変なもん使おうとすんじゃねーよ……だりぃな」
 ディアボロよりも早く恒河沙が鎖鞭で椅子を壊すと、尖った破片が将の方へ飛んだ。
「!」
 咄嗟に朱頼が将の前に飛び出し、彼を破片から庇う。
「な、何のつもりだよ……」
「おんしも人の子じゃからの」
 将の投げかけに朱頼はニカッと笑った。

 アセリアのパイルバンカーが天魔に打ち込まれるのと、彼女が腹に膝蹴りを喰らうのはほぼ同時だった。
 しかし彼女の杭は両面宿儺の胸に深々と突き刺さっており、二つの鬼の顔が苦痛に歪む。
「今だティア!」
 里条が腕をさっと振ると、召喚獣は飛び出し、ディアボロの顔面に牙を立てて食いちぎらんばかりの一撃をお見舞いした。『ピンポイントブレイク』だ。
「お前達のしたことはこれくらいでは済まされない」
 美森のアシュヴィンの紋章から無数の光の針が出現する。天魔の体中に針が刺さった。
 容赦はしない。まるで以前の自分を嫌悪するかのように。
「これでどうだぁ?」
 恒河沙が両面宿儺の前後の足を二本まとめて絡め取り、力任せに転ばせる。
 常塚の光の弾丸が、倒れたディアボロの残りの足の関節を撃ち抜いた。
 続いてティアマットが一本の腕に噛み付き、美森の光の針が他の腕を床に打ち付ける。
「止めだ」
 アセリアがジャンプして、体のど真ん中に渾身のパイルバンカーを叩き込んだ。
「駒にかける情けがあるわけないだろう」
 漏れ出た彼女の言葉には何の感慨もなく。
 両面宿儺は泣き声のような声を上げて、やがて事切れた。

●彼の世界の終わり
「そ、そんな! 両面宿儺が……!」
 自分も撃退士に殺されるのだろうか。
 将は怯えて彼らを見上げた。
「解ったろう? 駒は所詮駒ということだ。そして、君にこれを与えた奴にとって……君は駒どころか餌に過ぎない」
 アセリアは気配を探るように窓際へ向かい、辺りを見回す。
「おめでとー……。これが君の望んだ世界の一部……親さえ否定して、人を殺して……撃退士に狙われる世界。人を殺す覚悟……してた?」
 常塚は無造作に将を教壇まで引っ張って行き、皆の前に立たせた。
「私は撃退士になった時に覚悟した……天魔だけじゃなく、人も殺すことになるって……」
 ぐっと将に顔を近づけ、感情のこもらない声で言う。それが余計怖さを誘う。
 不破が死体の一つを引きずりながら、将の前に来た。
「殺し……は、しない。殺す……価値も、ない。だが……見ろよ。テメェが、殺させた……んだ」
 死体がよく見えるように将の前に突き出した。それは彼が一番最初に殺させた、チャラ男だった。
 改めて死体を見て、うっと口を押さえる将。
「一生、呪われて……生きろ。カス野郎……」
「な、何だよ、お前らも俺を責めるのか!? お前らも皆同じだ! 俺は魔族だ! 魔族になれるんだ!」
 その言葉を聞いて里条の怒りは頂点に達した。
 端から彼女は将を人間だと見なしていなかったが、反省している欠片も見えないのなら生かしておく必要はない。
「貴様の望み通り、魔族として逝くがいい」
 村雨を将の心臓に突き立てようとした時、不破と恒河沙が邪魔をした。寸前で刀を止める里条。
「か、感情……に。流され……て、殺す。のか……コイツ、を」
「別に興味ねぇけど、こいつの思い通りに死なせてやるのは癪に触るんだよな。つーことで殺させねぇわ」
「……仲間と争う気はない」
 里条は渋々刀を引いた。
「そうだね、お前はただの人間だ。人間として裁かれ、親にも見放され、犯した罪の重さで生き地獄を味わうべきだ」
 人の姿に戻った美森も冷たく言い放つ。
「カッカッカッ! 皆そのくらいにしてやってくれんかのう! さて童、儂と腹を割って話そうぞ!」
 朱頼は今にも泣き出しそうな顔でいる将を片手で持ち上げると、窓から『鬼の空駆け』を使い屋上へと上った。

 どっかと胡座をかき、自分の前に将を座らせる。
「中二病と申したか。人の子は相変わらず面白い発想をしておるのう」
 穏やかに話し始める。
「おんしは人間よ、間違いなくな……儂の魂を以てそれを肯定しよう」
「中二病って言うな! 俺は本当に魔族になれるんだ」
「うむ、魔族になるも人を滅ぼすもそれはおんしが選んだ道。それもよか。しかし、人を滅ぼした後どうする? おんしにそれを背負う覚悟はあるかの? 60億を超える人々の命を背負う覚悟が。第六天魔王を名乗りおった男は背負うと言い切りおったがの」
「そ、そんなの知らねーよ……」
 さっき見たチャラ男の死体がチラつき、将は青ざめた。
 もうあいつは自分をいじめられない……。自分が殺させた。世界を魔族のものにするなら、世界中の人がそうなるということだ。

 ……怖い。

「魔族を名乗るのはよか。じゃがのう、何かを成すならばその犠牲を背負う覚悟はせねばならん。覚えておきなさい」
「ううぅー……」
 将の顔が歪み、涙が流れた。

「ふーん、そうなるんだぁ」
 どこからか女の声がした。
 朱頼が振り返ると、下の教室の窓から女ヴァニタスが屋上へと飛び上がった。
「貴様は!」
 将を背後に隠すように立つ朱頼。
 仲間達も彼女に気付いて、それぞれ屋上へ上がって来る。
「何しに来た? 彼は渡せない」
 美森が鋭くヴァニタスを睨むが、彼女は余裕の笑みだ。
「別に構わないわ。もう用済みだもの」
「そ、そんな! 俺を仲間にしてくれるって言ったじゃないですか!」
 将がそれ以上出ないように止める朱頼の腕を押しのけようとしながら叫んだ。
「でもねえ、アナタは元々アタシらの仲間になる価値なんてなかったの。そしてこれからは人間としての価値もない」
「―――!」
 将の中で何かが壊れた。
「テメェ……」
 不破の指が獲物を求めるかのように蠢く。
「アナタを撃退士達がどうするのか興味あったんだけど。あっさり殺しちゃうのかと思ったら、生かしておくなんてねェ」
 ヴァニタスはさも可笑しそうにクスクス笑った。
「面白かったわあ、じゃあね!」
 女ヴァニタスは呆然としている彼らを残して、何処かへ消えた。


 警察へ引き渡された将は抜け殻のようになってしまった。悪魔からも人間からも突き放された彼は、もう立ち直れないだろう。

 将が起こした事件はこうして幕を引き、朱頼の心には彼を救いきれなかった悔しさだけが、いつまでも残っていた――。



依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 撃退士・朱頼 天山 楓(jb2596)
重体: −
面白かった!:3人

双眸に咲く蝶の花・
常塚 咲月(ja0156)

大学部7年3組 女 インフィルトレイター
撃退士・
不破 炬鳥介(ja5372)

大学部4年223組 男 ルインズブレイド
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
撃退士・
朱頼 天山 楓(jb2596)

大学部5年29組 男 阿修羅
撃退士・
アセリア・L・グレーデン(jb2659)

大学部8年66組 女 ナイトウォーカー
来し方抱き、行く末見つめ・
里条 楓奈(jb4066)

卒業 女 バハムートテイマー
人の強さはすぐ傍にある・
恒河沙 那由汰(jb6459)

大学部8年7組 男 アカシックレコーダー:タイプA