●突入
廊下の窓から外を見た女ヴァニタスは、撃退士達が到着したことを知った。
「あらぁ、思ったより早かったわね」
彼らがクラスメイトを殺害した一般人の少年をどうするか興味ある。しばらく様子を見ようと、彼女は隣のクラスに身を潜めた。
校庭では今、撃退士達が先生らに詳しい事情を聞いたところだ。
「悪魔なり人形なりが関わっているのは間違いないな……しかし、悪趣味だ」
わずかに眉根を寄せ、アセリア・L・グレーデン(
jb2659)が殺戮が行われているであろう教室を見上げる。自身も種族は悪魔なので、こういうやり方を何度も見て来ている。
「今襲ってる人間もいじめやってた人間も何だかな……」
美森 仁也(
jb2552)もいささか呆れたようにつぶやいた。
(けど人間見捨てたら彼女が泣くからな)
どんなに呆れ果てた人間であっても、『彼女』と同じ『人』ならば生かす努力をしよう。
「中二って流行ってんのか? しっかし……よくまぁこうも都合よく考えるもんだな……」
半ばダルそうに恒河沙 那由汰(
jb6459)が言った。
正直将の行動に興味はない。だがディアボロ相手ならば倒すだけだ。
常塚 咲月(
ja0156)は先生に救急車の手配等を交渉していた。
「怪我人は物が飛んで来ない所まで運ぶから……、そこから先は任せていい……? 早く、事、済ませたいでしょ……?」
「そ、そうですね。廊下の端の階段まで運んで来てもらえれば、後は我々で何とかします」
「そう、よろしく……」
常塚が皆に振り向くと、美森が
「教室のドアに鍵が掛かってるみたいだから、誰が破るか決めておいた方がいいと思います」
と提案した。
「そうね……」
結果、窓からの突入に恒河沙、美森、朱頼 天山 楓(
jb2596)、不破 炬烏介(
ja5372)、恒河沙と美森がドアを破ることになった。不破と朱頼はまだ生きている生徒達の保護に回る。
廊下からは常塚、、アセリア、里条 楓奈(
jb4066)、常塚が生徒の救出をすることになった。
さっそく分かれて移動する。
将のクラス近くまで来ると、中で襲われている生徒達の狂ったような叫び声が聞こえてきた。
里条の全身から光纏のアウルと共に怒気と殺気が吹き出した。
「今回の一件、容赦はできん。自らの意思で人を殺めたのだ、死を以て償わせてくれる……」
全員ドアが破られても大丈夫な所で待機する。
恒河沙と美森は自分の翼を顕現させて、二階の将のクラスへと飛ぶ。
「カッカッカッ! うむ、学び舎は青春の香りじゃのう!」
朱頼は飛ぶというよりは『何か』を足場に宙を上って行きながら、豪快に笑った。
皆は将の行動に怒り、ディアボロと一緒に将までも殺さんばかりの勢いだが、朱頼は『人を守る』ためにここにいる。
(儂としては将という童もまた助ける人の子よ!)
撃退士全員を敵に回しても、将を守るつもりだった。
不破は恒河沙達のようには飛べないので、少し遅れてから窓に飛び移り突入するため、今は下で待っていた。
美森の携帯にスタンバイ完了の連絡が入る。
「それじゃあ行きますよ」
恒河沙とタイミングを計り、二人同時に『物質透過』で窓をすり抜けて教室内へ入った。
「うわああ、誰だ、お前らは!?」
いきなり窓から入ってきた男達に、将は驚いた。翼があり壁を抜けてきたということは、彼らも天魔!?
また新たな驚異が現れたのかと生徒達はさらに恐怖に駆られる。しかし恒河沙と美森は将やディアボロよりも先にドアへと急いだ。恒河沙が前、美森が後ろだ。
「久遠ヶ原学園の撃退士だ! ドアを壊すから少し下がって!」
美森が叫ぶとパニックが少し治まる。助けが来た、という希望が生徒達をいくらか落ち着かせた。
恒河沙がレヴィアタンの鎖鞭で、ドアごとその周辺も一気に粉砕した。
美森も漆黒の大鎌を振るい、ドアを破壊する。
穴が空くやいなや、無事な生徒は我先に廊下へ殺到しだした。
「ま、待て! 両面宿儺!」
焦った将がディアボロに命じるが、生徒と天魔の間に朱頼が立ちはだかった。
里条は教室へ入るとすぐに召喚獣のティアマットを召喚した。
「貴様ら、人を殺めた罪……赦されんぞ! 貴様の相手は私だ。こっちを向かんか!」
蒼銀の竜は『威嚇』を使用し、両面宿儺の注意を自分に引き付ける。その間に窓から突入してきた不破や常塚が負傷者を運び出しにかかった。
すでに何人かの死体があり、動けないほどの重傷者も多数、辺りは血だらけだった。
アセリアが邪魔な机を外に蹴り出し、将を見やった。そして、
「君は……殺すのが楽しいか?」
と問いかける。
将は一瞬ためらったように口を動かしたが、出てきた言葉は
「う、うるさい! 邪魔をするならお前らも殺してやる! 両面宿儺、こいつらを皆殺しにしろ!」
アセリアの視線が哀れみに変わる。人としての心もなくしてしまったのなら、仕方ない。
「聞く耳も持たないというのなら、君の愚かさを教えてあげよう。君の縋ったものがどういうものか」
●教室内戦闘
「………」
無言で敵を睨んでから、不破は足元に座り込んでいる男子生徒を見下ろした。天魔に対する殺意が、敵を倒せと『コエ』が聞こえるが、それらを抑え込み救助を優先させる。
「どけ、邪魔……だ」
少々乱暴に生徒の服をつかみ立たせる。足を怪我したらしい女子生徒も強引に脇に抱えた。
壊れたドア跡で転んだり押し倒された生徒達も、不破に放り投げられたり引っ張られたりしながら、廊下に出された。
「死ぬのが……嫌なら、黙って、従うん……だ、な」
痛みや恐怖を訴える言い分は無視し、早く一般人を外へ出すことに専念する。
血まみれでぐったりしている女子生徒を抱えた常塚は、廊下に出された生徒を先生がいる階段の方へと誘導していた。
怪我人を先生に託すと、恐怖だけで怪我は与えられていない女子生徒に声をかける。
「怪我、あんまりしてないよね……? これで、間に合う人の治療、お願い……」
と救急箱を手渡した。何もしないよりは、何か役立っていると思われることをしていた方が、恐怖が紛れることもある。
「充分殺したろう……なら、そろそろお前が殺される番だ」
アセリアが冷静に言い放ち、あまりに無防備に両面宿儺に近づいてゆくので、敵は不意をつかれた。
『氷の夜想曲』の冷気が急激に彼女の周囲を凍てつかせた。ディアボロにダメージを与える。
「何なんだよお前ら!」
将は唐突に始まった戦闘に慄き、教室の隅に逃げて小さくなった。
「ティア、これ以上犠牲を出させる訳にいかん……いくぞ!」
里条の合図でティアマットが天魔に飛びかかる。しかし回転した両面宿儺の裏拳を喰らい後ろの壁まで飛ばされてしまった。
「ティア!」
召喚獣の痛みは里条の痛みでもある。里条はダメージに喘いだ。
2本の角と尻尾がある悪魔がそこにいた。さっきまで人の良さそうな好青年姿だった美森だ。
「代償は高くつくぞ!」
美森は漆黒の大鎌で両面宿儺の手首から先を一本斬った。
怒りに任せて反撃してくるディアボロに、黒い霧をまとわせる。『ドレスミスト』の効果で攻撃の狙いがずれ、美森は避けることができた。
全員が突入した直後に阻霊符を発動させた恒河沙は、倒れた机の陰にうずくまる生徒を目の端で捉える。
「ちぃ……まだ逃げてねぇガキがいやがんのか……メンドくせぇな……」
その机を両面宿儺が手にしようとした時、『サンダーブレード』で腕を弾いた。『麻痺』に成功した!
「炬烏介、ここにも救助者がいる!」
「分かった……」
不破は迅速に机の後ろから生徒を引っ張り出し、廊下へと連れて行く。
その生徒はすでに意識がなく重傷だった。危険な状態で、助かる確率は低いかもしれない。
彼は今、生と死の間にいる。
(ヒトは、脆い……。今、コイツ……の。魂、は……何処に、ある……?)
不破は生徒を凝視しながら、何かが頭の中で疼くのを感じていた。
最後の生徒を運び終えた常塚は、戦闘に参加していた。
「コレは子供が持っていい、玩具じゃないよ……?」
麻痺で動けなくなっている天魔の眉間目掛けて『スターショット』を撃つ。続けて肩、肘、膝を狙っていく。
「――この世界は終わらせない……。でも、君の世界は終わる」
撃ちながらディアボロの背後の将を見据えた。その目にあるのは無言の怒り。
パイルバンカーでアセリアが打ちかかる。
だが両面宿儺の方も前後でくるくると身を返しながら、4本の腕でアセリアの攻撃を捌いていた。
また両面宿儺が椅子を武器にしようと手を伸ばす。
「いちいち変なもん使おうとすんじゃねーよ……だりぃな」
ディアボロよりも早く恒河沙が鎖鞭で椅子を壊すと、尖った破片が将の方へ飛んだ。
「!」
咄嗟に朱頼が将の前に飛び出し、彼を破片から庇う。
「な、何のつもりだよ……」
「おんしも人の子じゃからの」
将の投げかけに朱頼はニカッと笑った。
アセリアのパイルバンカーが天魔に打ち込まれるのと、彼女が腹に膝蹴りを喰らうのはほぼ同時だった。
しかし彼女の杭は両面宿儺の胸に深々と突き刺さっており、二つの鬼の顔が苦痛に歪む。
「今だティア!」
里条が腕をさっと振ると、召喚獣は飛び出し、ディアボロの顔面に牙を立てて食いちぎらんばかりの一撃をお見舞いした。『ピンポイントブレイク』だ。
「お前達のしたことはこれくらいでは済まされない」
美森のアシュヴィンの紋章から無数の光の針が出現する。天魔の体中に針が刺さった。
容赦はしない。まるで以前の自分を嫌悪するかのように。
「これでどうだぁ?」
恒河沙が両面宿儺の前後の足を二本まとめて絡め取り、力任せに転ばせる。
常塚の光の弾丸が、倒れたディアボロの残りの足の関節を撃ち抜いた。
続いてティアマットが一本の腕に噛み付き、美森の光の針が他の腕を床に打ち付ける。
「止めだ」
アセリアがジャンプして、体のど真ん中に渾身のパイルバンカーを叩き込んだ。
「駒にかける情けがあるわけないだろう」
漏れ出た彼女の言葉には何の感慨もなく。
両面宿儺は泣き声のような声を上げて、やがて事切れた。
●彼の世界の終わり
「そ、そんな! 両面宿儺が……!」
自分も撃退士に殺されるのだろうか。
将は怯えて彼らを見上げた。
「解ったろう? 駒は所詮駒ということだ。そして、君にこれを与えた奴にとって……君は駒どころか餌に過ぎない」
アセリアは気配を探るように窓際へ向かい、辺りを見回す。
「おめでとー……。これが君の望んだ世界の一部……親さえ否定して、人を殺して……撃退士に狙われる世界。人を殺す覚悟……してた?」
常塚は無造作に将を教壇まで引っ張って行き、皆の前に立たせた。
「私は撃退士になった時に覚悟した……天魔だけじゃなく、人も殺すことになるって……」
ぐっと将に顔を近づけ、感情のこもらない声で言う。それが余計怖さを誘う。
不破が死体の一つを引きずりながら、将の前に来た。
「殺し……は、しない。殺す……価値も、ない。だが……見ろよ。テメェが、殺させた……んだ」
死体がよく見えるように将の前に突き出した。それは彼が一番最初に殺させた、チャラ男だった。
改めて死体を見て、うっと口を押さえる将。
「一生、呪われて……生きろ。カス野郎……」
「な、何だよ、お前らも俺を責めるのか!? お前らも皆同じだ! 俺は魔族だ! 魔族になれるんだ!」
その言葉を聞いて里条の怒りは頂点に達した。
端から彼女は将を人間だと見なしていなかったが、反省している欠片も見えないのなら生かしておく必要はない。
「貴様の望み通り、魔族として逝くがいい」
村雨を将の心臓に突き立てようとした時、不破と恒河沙が邪魔をした。寸前で刀を止める里条。
「か、感情……に。流され……て、殺す。のか……コイツ、を」
「別に興味ねぇけど、こいつの思い通りに死なせてやるのは癪に触るんだよな。つーことで殺させねぇわ」
「……仲間と争う気はない」
里条は渋々刀を引いた。
「そうだね、お前はただの人間だ。人間として裁かれ、親にも見放され、犯した罪の重さで生き地獄を味わうべきだ」
人の姿に戻った美森も冷たく言い放つ。
「カッカッカッ! 皆そのくらいにしてやってくれんかのう! さて童、儂と腹を割って話そうぞ!」
朱頼は今にも泣き出しそうな顔でいる将を片手で持ち上げると、窓から『鬼の空駆け』を使い屋上へと上った。
どっかと胡座をかき、自分の前に将を座らせる。
「中二病と申したか。人の子は相変わらず面白い発想をしておるのう」
穏やかに話し始める。
「おんしは人間よ、間違いなくな……儂の魂を以てそれを肯定しよう」
「中二病って言うな! 俺は本当に魔族になれるんだ」
「うむ、魔族になるも人を滅ぼすもそれはおんしが選んだ道。それもよか。しかし、人を滅ぼした後どうする? おんしにそれを背負う覚悟はあるかの? 60億を超える人々の命を背負う覚悟が。第六天魔王を名乗りおった男は背負うと言い切りおったがの」
「そ、そんなの知らねーよ……」
さっき見たチャラ男の死体がチラつき、将は青ざめた。
もうあいつは自分をいじめられない……。自分が殺させた。世界を魔族のものにするなら、世界中の人がそうなるということだ。
……怖い。
「魔族を名乗るのはよか。じゃがのう、何かを成すならばその犠牲を背負う覚悟はせねばならん。覚えておきなさい」
「ううぅー……」
将の顔が歪み、涙が流れた。
「ふーん、そうなるんだぁ」
どこからか女の声がした。
朱頼が振り返ると、下の教室の窓から女ヴァニタスが屋上へと飛び上がった。
「貴様は!」
将を背後に隠すように立つ朱頼。
仲間達も彼女に気付いて、それぞれ屋上へ上がって来る。
「何しに来た? 彼は渡せない」
美森が鋭くヴァニタスを睨むが、彼女は余裕の笑みだ。
「別に構わないわ。もう用済みだもの」
「そ、そんな! 俺を仲間にしてくれるって言ったじゃないですか!」
将がそれ以上出ないように止める朱頼の腕を押しのけようとしながら叫んだ。
「でもねえ、アナタは元々アタシらの仲間になる価値なんてなかったの。そしてこれからは人間としての価値もない」
「―――!」
将の中で何かが壊れた。
「テメェ……」
不破の指が獲物を求めるかのように蠢く。
「アナタを撃退士達がどうするのか興味あったんだけど。あっさり殺しちゃうのかと思ったら、生かしておくなんてねェ」
ヴァニタスはさも可笑しそうにクスクス笑った。
「面白かったわあ、じゃあね!」
女ヴァニタスは呆然としている彼らを残して、何処かへ消えた。
警察へ引き渡された将は抜け殻のようになってしまった。悪魔からも人間からも突き放された彼は、もう立ち直れないだろう。
将が起こした事件はこうして幕を引き、朱頼の心には彼を救いきれなかった悔しさだけが、いつまでも残っていた――。