●追加依頼
彼らがその連絡を受けた時、すでにサーバントとの戦闘は始まっていた。
「……ふかふか?」
闇の色の逆十字架が、腕が二本ある方の一本ダタラに落ちた。左目に眼帯をした七ツ狩 ヨル(
jb2630)の『クロスグラビティ』だ。
もう一体の腕が一本しかない天魔にも、アイリス・レイバルド(
jb1510)の『コメット』による無数の彗星が降り注ぐ。
見事に先制攻撃が決まった。
「油断は大敵だぞ」
アイリスは左手に持っていたラントニングロッドを高く掲げた。その左腕は常にガントレットを着けている。
重圧にかかった腕二本の一本ダタラに、もう一度彗星を降らせた。
その時、恒河沙 那由汰(
jb6459)の携帯が鳴る。
「なんだぁ? こんな時に」
画面を見ると学園からだった。出てみると、緊急の事態だと早口で言われた。
「一般人がこっちに? ……中二? あー、よく分からねーが分かった。要はそいつが巻き込まれないようにすればいいんだな?」
恒河沙は通話を終え、皆に聞こえるように言った。
「どうやら一般人のガキがこっちに来てるらしい!」
「え、道は封鎖されてたはずですよね?」
たまたま一番近くにいた姫路 神楽(
jb0862)が応える。
「なんかそいつ中二病? とからしくって、自分を撃退士だと思ってんだと。この戦闘に加わろうとしてるんだそうだ」
「えぇ? 変な人もいるもんですね……」
「一般人に来られたら戦いにくいね。思い込みだけで天魔と戦える訳ないんだし」
桐原 雅(
ja1822)が天魔と一旦距離を置いて会話に参加する。
そうだな、とアイリスも同意する。
「淑女的に考えて、夢心地の者を戦場に立たせるわけにもいかないか」
アウルに目覚める前は彼女も広士と似たようなことをやっていた。もちろん自分の実力や危険度を踏まえての上だが。故に彼女としては強く広士を非難する気はないけれども、力の有無より意識の低さこそが危険だと考える。いくら思い込んでいるとはいえ、自分の力量もちゃんと測れないのは問題だ。
「まあとにかく、俺はそいつを寄せ付けねーようにしとくから、後頼む」
「分かりました、気をつけて! 『誰ひとり怪我せず皆』で帰りましょう♪」
背中に姫路のエールを背負って、恒河沙は吉田広士が来るであろう山道に走った。
●中二を説得
恒河沙が山道の途中で待機していると、上からガサガサと人が降りてくる音が聞こえてきた。
「はぁ……本当に来やがったよ……ご苦労なこった」
かったるそうに山道を塞ぐように立った。急いで降りてきた広士とぶつかりそうになる。
「あ、貴方は撃退士だな!? 我が名は我龍院 洸矢! 助太刀に参上した!」
広士が姿勢を正し名乗る。
彼を上から下まで見て、恒河沙は呆れた。
まず聞いていた名前と違う。装備もお粗末。何か武術をやってるようにも見えないし、こいつにあるのは暑苦しいまでの意気込みだけだ。
「てめぇじゃ力不足だ、帰んな」
キッパリ言い切り『先読み』する。まあ十中八九こいつは食い下がろうとするだろう。
「帰りません! 天魔に我が必殺の『ファイナルデスロール』をブチ込むまでは!」
やっぱり。
「はぁ……しょうがねぇな……てめぇの力量を測ってやるよ。来な、俺が遊んでやる」
手の平を上にし挑発するようにちょいちょい、と招くようにすると、広士はそれに乗ってきた。
「貴方を倒せばここを通してくれるんだな?」
「おう。武器も使っていいぜ」
「ならば……、行きます!」
広士はスラリと模造刀の虎徹を抜き、上段に構えて突っ込んできた。
「やああ『烈空断』!!」
おそらく本人の中ではものすごい『気』的なものが刀から放たれているのだろう。だが実際には単に刀を振り下ろしただけ。
恒河沙は軽く彼の手首を打って武器を落とさせ、そのまま手を背中にねじった。広士はあっさり身動きが取れなくなる。
「ううッ……!」
「素手の俺一人倒せねぇでてめぇは一体何と戦うつもりだったんだ?」
背後から広士の耳に『悪魔の囁き』で囁きかけた。
「てめぇは誰も守れねぇでただ無駄死にするだけだな」
ぐっとねじり上げた腕にさらに力を込める。もちろん本気ではない。脅し程度だ。
「力量が分かったんなら帰んな。ここはてめぇの来ていい場所じゃねぇ」
ドン、と突き放すように解放した。
このまま帰ってくれれば楽なんだが、と恒河沙は思っていたが、広士はこれくらいではくじけなかった。悔しさに顔を歪めつつも、キッと恒河沙を見上げる瞳は力を失っていない。
「確かに我は弱いかもしれない……でも行かねばならない! 我は『撃退士』だから!」
恒河沙は強引に突破しようとする広士の前に回り込んだ。
「だからてめぇの考えは分かるって言っただろう? メンドくせぇ……」
盛大なため息をついてから恒河沙はスキルを入れ替え、『闇の翼』で自身の翼を現した。
広士の目が真ん丸に見開かれる。
「いいか、俺から離れるんじゃねーぞ」
わしっと、少々乱暴にではあるが、恒河沙は広士の体を抱えて飛び上がった。
「え? うわッ!」
「てめぇに『本物の撃退士』の戦いを見せてやるよ」
●本物の戦い1
「敵はさ……サーバント? それとも人間? どっちでもいいか♪サーバントさん、解剖してあげるね? 大丈夫……できるだけ、イタくしてあげるから♪」
藤沢薊(
ja8947)が可愛らしい見た目とはそぐわない黒いセリフを吐きつつ、赤黒い霧を纏った矢――『華弾〈Black Rose〉』――を一本腕の一本ダタラに向けて射った。彼の周りに黒薔薇の花びらが舞う。
矢は『コメット』で倒れていた天魔の足先に当たる。一本ダタラはすぐに起き上がり、とても足が一本しかないとは思えない速さで藤沢に向かって来た。
『明鏡止水』を使い気配を消した姫路が、アブロホロスを開く。水の刃が飛び出し足を攻撃。しかし素早い移動で回避されてしまう。その間に距離を詰めたアイリスが、フルカスサイスで胴体に斬り付け傷を負わせた。
サーバントは大きく飛び上がった。
アイリス目掛けて足を突き出し急降下してくる。
「テメェの相手はこの俺だ、来いよ。バケモン……!!」
藤沢の周囲にブローディアの花が舞った。イチイバルから放たれた『華弾〈Brodia〉』が一本ダタラの足に当たり、僅かに軌道をずらす。
天魔は一本だけの腕を振り回し攻撃してきたが、アイリスもフルカスサイスを回転させながらの打撃でそれを牽制していた。
彼女のアウルが自身の体に付着し、髪や肌が部分的に黒くなる。『黒の兇手』の影響だ。
「両の腕だけに気を取られるなよ、兇器はどこにあるか分からんぞ」
黒い粒子状の腕のような羽が伸び、鎌に気を取られていた一本ダタラの腕を切り裂いた。
「粒子使いだ、伊達や酔狂でこのような羽を背負っているわけではないぞ」
さらに鋭い矢の一撃『華弾〈Rosemary〉』が天魔の腕を貫通する。
サーバントの一つ目がぎろりと藤沢の方に向いた。
「ねーねー、どんな気分? ガキに痛めつけられるのってさぁ!」
迷迭香の花が狂的に笑う藤沢を彩った。
一本ダタラが彼に飛びかかろうとした瞬間、姫路の魔法書から水の刃が放たれた。刃は風を伴い真っ直ぐ飛んで行き、天魔の足にダメージを与える。
一本ダタラは彼らの周りをジャンプし始めた。どこから攻撃が来るのか分かりづらい。
藤沢は天魔の動きを追い、後ろを向いていたアイリスに
「6時の方向から攻撃来るよ!」
「!!」
アイリスは間一髪、身をひねってサーバントの攻撃を避ける。その時、彼女の視線とサーバントの視線が交差した。好機とばかりに『瑠璃色の深淵』を発動させる。彼女の目から放たれた眼光が一本ダタラの頭を仰け反らせた。
「言っただろ。兇器はどこにあるのか分からない。私と視線を交わした己の迂闊を呪え」
「皆離れて!」
姫路の警告にアイリスが飛び退く。
姫路は『呪縛陣』を展開し、サーバントの自由を奪った。
「今です! 全力全開! てー!」
アイリスが鎌を振り一本ダタラの足を切り落とした。
引き絞った藤沢のイチイバルが赤黒い霧に包まれる。それは憎しみの感情が現れたかのようだった。
「うっぜぇ……テメェら、うざってぇ!」
憎しみとともに『華弾〈Black Rose〉』を放ち、それはサーバントの大きな一つ目を撃ち抜いた。
「ばいばーい♪一生くたばってろ……!」
天魔一本ダタラを見事倒したのだった。
●本物の戦い2
ジグザグに一本ダタラが彼らの周りを飛び回っている。
常人では到底追いつけないスピードだが、その動きに桐原も遅れることなく付いて行っていた。
彼女も『足』にはそれなりの自信がある。天魔などには負けられない。
サーバントはパンチを繰り出してくる。桐原はそれを受け流しつつ、蹴り技『十字斬り』を叩き込んだ。その勢いで一本ダタラが広場を取り囲む木にぶち当たる。
萬木 直(
ja3084)はすぐさま接敵、『聖火』で銀色の焔に包まれた打刀から高速の斬撃を放った。
一本ダタラは左腕を防御するように上げ、ダメージを最小に止める。
「中々やるな!」
萬木は続けて二撃、三撃と繰り出す。しかし最後振り抜いた刹那腕を掴まれてしまった。
一本ダタラは間髪入れずに萬木の腹に強烈なキックをお見舞いする。
「ぐぼッ!」
腕を掴まれたままなので逃れられない。
「くッ、引くことは我知らず、花散れ勇めときは今」
吐き気をこらえて刀を天魔の肩口に突き刺した。
さらに桐原の『薙ぎ払い』が彼を捕まえていた腕に命中し、サーバントは萬木を放した。
「大丈夫!?」
桐原が萬木に駆け寄ると、彼は片膝を付いて喘いでいた。
「これくらい、問題ないであります。私に構わず、敵に集中してください」
「分かった、無理しないでね!」
桐原が前を向くと、一本ダタラはジャンプしながらスピードを徐々に上げ、木を蹴って弾丸のように突っ込んでくる。
「おっと!」
桐原と萬木は左右に分かれてそれを避けた。直線的な攻撃なので避けやすい。
対面の木を蹴り再び天魔が桐原に向かって来る。
今度はかわしざま、桐原の足技が閃いた。『十字斬り』でサーバントが地に伏せる。
その戦いの様子を、上空から恒河沙と広士が見ていた。
それは自分の想像力以上だったのだろう、広士は羨望と驚異を混ぜたような顔で戦いに見入っていた。
「おめぇ野球は得意か?」
唐突な質問に広士は戸惑いながらも答える。
「普通、かな」
「まあいい」
恒河沙は広士を片手で抱え、空いた手に『氷結晶』で氷塊を作り出し、それを広士に渡しながら言った。
「俺が投げろって言ったらこいつを天魔に向かって投げろ。いいな?」
「わっ、冷て! ……分かった」
(今日のを見てこの先どうするかはおめぇ次第だ……)
ひっそり恒河沙は思った。
彼らが見ていると、一本ダタラがオートマチックSA6を連射している七ツ狩に突進して行く。
「投げろ!」
「『アイスマグナム』!!」
技名があったところで結局は普通に投げただけだが。
氷塊は一本ダタラと七ツ狩の間に落ちた。攻撃を期待した訳ではないのでこれでいい。
突然の落下物に一瞬怯んだサーバントを七ツ狩は見逃さなかった。全てを凍りつかせんばかりの冷気が天魔を襲う。『氷の夜想曲』だ。
一本ダタラが凍りつく。
「先程のお返しだ!」
萬木が天魔の肩から腰まで袈裟懸けに斬り、そのまま一本ダタラは息絶えた。
●中二病から普通の中二へ
上空から広士を抱えた恒河沙が降りてくる。
「皆さん、素晴らしい戦いでした! 我も封印されし究極奥義を見せてやりたかったです!」
広士は仲間?を目の前に、中々の興奮っぷりだ。
「あー、こいつは吉田広士。撃退士だとまだ言い張ってるな」
一応恒河沙が簡単に広士の説明をする。
「我が名は我龍院 洸矢です!」
しかしじろりと恒河沙が睨むと、それ以上主張するのは控えた。
皆何と言っていいものやら、言葉を失っている。
「……うん、天魔相手に戦おうっていう気概は嫌いじゃないよ。でもその思い込みは遠くないいつか、取り返しのつかない事態を招くことになる」
桐原が真剣な顔で言った。
「俺ははぐれ悪魔だ。ヨシダが撃退士なら、俺に攻撃当てられるはずだよね」
七ツ狩が広士に告げた。彼の縦長の瞳孔を見、広士の顔に驚きが広がっていく。
広士と対峙しているのは七ツ狩。他の者は少し離れた所でそれを見物していた。
「がんばれ〜♪」
完全に他人事なカンジで(まあ他人事なのだが)、姫路は依頼直前藤沢にもらったお稲荷にかじりつく。実はそれにつられて依頼に参加したと言っても過言ではない。
「お稲荷うま〜♪」
その隣ではアイリスがおもむろに文具セットとノートを取り出し、何やらスケッチし始めた。
「本気でいいよ、人間が俺達天魔を憎むのは当然のことだから」
広士は厳しい目で七ツ狩を見ながら、刀を構えて突撃してきた。
「奥義『魔滅剛剣』!」
だがその刃は、一歩もその場から動いていない七ツ狩にかすりもしない。
「くそっ、くそっ!」
広士は何度も刀を振り回すが、『物質透過』をしている七ツ狩に当たるはずもなかった。
「何度やっても同じだよ。天魔には撃退士の攻撃しか通用しない。攻撃の効かないヨシダは、普通の人間なんだよ」
「――!」
愕然として広士は武器を落とした。かなりショックを受けているようだ。
「……我……俺は、撃退士じゃなかったんだな……」
「確かに直接は戦えないかもしれない。けど、ヨシダみたいな人達が天魔に抗おうって意志を示してくれるのは、撃退士の力になってる……多分」
そう、悪魔である自分にも守りたい人達や場所ができて、戦う意味が変わったのだから。そういう人の思いは無駄ではないはずだ。
「そうであります、もしかすればこの先撃退士になれることがあるかもしれません」
萬木が広士に歩み寄る。
「そうでなくとも、この國を守る仕事には就けるかもしれません。でもしかを言い出せばキリはありませんが、齢幼き身で護国を想うなど、見上げた志。どうかその気持ちを忘れずに、過ごしていただきたい」
真面目に語る萬木と七ツ狩の言葉が響いたのか、広士は顔を上げた。
「分かったよ、俺は俺のできる方法で天魔と戦っていくよ! 撃退士のことはずっと応援してるから! ありがとう!」
皆が良かった、と胸を撫で下ろすと、アイリスが鋭すぎる観察眼を以て描かれた広士の心象風景を完成させた。凡人にはよく分からない絵だ。それをノートから切り取って広士に差し出す。
「これを贈ろう」
完全な無表情だったが悪意ではないのが伝わったのか、広士はそれを受け取った。
「ど、どうも……。それじゃ俺、友達待ってると思うから戻ります」
ぺこりと頭を下げて、広士は戻って行った。
普通の中二の彼の方が、よっぽど少年らしく皆の目に映った。
「……やっぱり人間って面白い」
広士の後ろ姿を見送りながら、七ツ狩はつぶやいた。