●討伐へ
集まった撃退士たちは、ちょうど小学校が午後の授業の真っ最中の頃、崇少年の家に到着した。
「よろしくお願いします」
母親が彼らに多少圧倒されながらも、挨拶をする。
「大丈夫ですよ、奥さん。私たちに任せてくれれば、万事オッケーです」
銀髪でサングラスにスーツといったいでたちの男、加茂忠国(
jb0835)が母親の前でホストのように片手を胸に当てた。
「は、はあ…」
自分より少々年上らしいこの男が彼らのリーダーなのだろうか、と母親は思った。
「あの、あちらの方は目が不自由みたいですけど大丈夫なんですか?」
あちらの方、というのは、長身の青年緋山要(
jb3347)の後ろに隠れるように立っている女性、セリェ・メイア(
jb2687)のことだ。
彼女の桃色の瞳は開かれているが、視力を失っているのだった。
「あなたのことよ」
と黒い魔女服に身を包み、豊満なプロポーションをしたアーレイ・バーグ(
ja0276)が隣からつん、とセリェの肩をつつく。
セリェは一瞬ビクリと体を震わせ、
「は、はい、すみません…!あの、大丈夫です…私も、撃退士ですから……」
うろたえたようなその声はだんだん小さくなって消えた。
緋山の隣には可愛らしい顔立ちをした少年天羽伊都(
jb2199)が、人懐っこい笑みを浮かべながら立っていた。
「……あ、あの……」
加茂の脇から、小柄な少女月乃宮恋音(
jb1221)が遠慮がちに入ってきた。まっすぐな黒髪は長く、前髪は目まで隠してしまっている。極度の恥ずかしがり屋なのか、真っ赤になった顔で、うつむき加減に言った。
「……あの天魔のことですが、獣医に連絡したあと飼い主が見つかり、無事に引き取られて行った、ということにすれば、崇君も安心すると思うのですが……」
「ああ、そうですね。わがままを聞いていただき、すみません」
母親が頭を下げる。
「い、いえそんな……」
なぜか月乃宮までが恐縮してしまってあわあわしていた。
それから皆は母親からディアボロがいると思われる場所までの道筋を聞き、さっそく公園へと向かった。
公園の入口には立ち入り禁止の看板とテープが貼ってあり、すぐそばには一人用の引越し業者のトラックのような車が止まっていた。今回は討伐後速やかに死骸を処理するため、すでに持参した道具と共に専門の人員に待機してもらっているのだ。
そこを不審そうに見やりながら通りがかった中年女性が、撃退士たちに気づいた。普通の人から見れば、彼らはかなり特殊な集団だろう。
「あなたたち、もしかして撃退士?」
「ええ、そうです」
と答えたのはアーレイだ。
「まさか、今日この公園が立ち入り禁止なのって……」
中年女性の顔があからさまにしかめられる。それを見たアーレイは、
「事情があるので、ここに天魔が出たことは内密にお願いします」
と顔はにこやかではあるがやけに迫力のある口調で言った。女性は言葉を飲み、そそくさとその場を去って行った。
彼らは公園から雑木林へと入ってゆく。
「さて、油断しなければどうということもない敵のはずですが」
たゆん、とアーレイの大きな胸が歩く度に揺れる。アーレイはちらりと傍らにいる月乃宮を見た。実は彼女の方が胸が大きいことをアーレイは知っている。
「……えぅ……。や、やっぱり、戦うのは怖いですねぇ……」
緊張しているのか、月乃宮は自信なさげにそうつぶやいていた。
「いざとなれば私が庇ってあげますよ。ええ、可愛くて胸の大きい女子は大歓迎です♪」
ニヤニヤ笑いを浮かべた加茂が月乃宮の前に顔を出した。視線は主に胸にいっているのが誰の目にも明らかだ。
「……や、やめてくださいぃ……!」
月乃宮は必死に胸を隠そうとするが、結局隠しきれてないなー、とアーレイは苦笑するのだった。
(アンダーとトップの差が50あるのに胸隠すのは無理があると思うのですよ……)
そろそろディアボロがいると思われる大木が見える所まで来た。全員口数が減り、緊張が高まっていく。
正面に崇が宝物を隠しているという大木が現れ、その前に陣取るディアボロが否応なく視界に入った。
黒々とした大きい体躯に突き出た鼻面は、なるほど犬と言えなくもない。だが、その口からはみ出している太い牙と鋭く長い爪は到底犬のものではない。報告にあったように、確かに後ろ足と脇腹を怪我しているようだった。
あれは犬というより狼の域だ、とセリェは思った。光纏し、いつもは見えない瞳が鮮やかな碧になった時、彼女はそれを確認した。犬は嫌いだが、狼は人を喰らう。絶対に、未来ある子供を消させはしない。その瞳に決意を秘める。
皆もそれぞれ光纏し、ディアボロに近づいて行く。
「やはり油断するわけにはいかないようですねえ」
ディアボロの黄色い目にまだ獰猛さが失われていないことを感じ取った加茂は、阻霊符を発動させる。見る限りこの獣にそこまでの知恵があるとは思えないが、念のためだ。しばらくはそれで静観するつもりだった。若者たちだけで片がつくなら楽だし、まあ言い訳としてはいざというときの防御に備えて、ということで。
ディアボロを囲むように、アーレイと天羽、緋山が前に出た。
向こうもこちらに気づき、さらにこちらの目的を敏感に察知したのか、身を低くし、戦闘態勢を取る。
『グルルルル……!!』
「スタンさせてしまうのが一番早いですよね」
アーレイが小さくひとりごちながら攻撃するタイミングを図っていると、ディアボロが地面を蹴って天羽に向かって飛びかかった!
怪我のためかジャンプ力は落ちているようだが、思いの外スピードがある。
しかし薄い金に輝く天羽の眼は落ち着いていて、黒い炎が渦巻いているように見える両手で武器をしっかりと握った。
「おっと!」
ディアボロをギリギリまで引きつけて半身で避け、避けざまに太刀を傷ついている脇腹に突き込んだ。無闇に傷を与えるよりも早く終わらせる方がこの獣のためになると信じて。
(他意はないけどごめんね…)
『ギャウウウ!』
ディアボロは悲鳴を上げ、地面に転がる。そこにアーレイのスタンエッジが放たれるが、ディアボロは身をよじってかろうじてかわした。
(わ、私だって……戦える……!)
「覚悟、です!」
続けてセリェが手にした本から白い光の矢のようなものが飛び出した。
「大丈夫…すぐ、休ませて、あげるね…」
さすがに連続の攻撃を逃れることはできず、矢が命中し、さらにのたうち回るディアボロ。
「よし!」
緋山が閉じたままの鉄扇をディアボロの頭めがけて振り下ろした。
『ギャゥッ! ……ゥウウウガアアアーッ!!』
その一撃でどこか切れてしまったのか、ディアボロは狂乱したかのような雄叫びを上げる。
「まずい!」
緋山は咄嗟にアーレイの方へ走り出した。緋山がアーレイの前に立つのと、ディアボロの爪が緋山の腕を掠めたのはほぼ同時だった。その勢いを殺したのは加茂のクロスボウである。
「ありがとう」
アーレイが心配そうに緋山の腕を見ながら礼を述べると、緋山は前髪からのぞく赤い瞳をディアボロに据えたまま、
「いや、たいしたことない」
とぶっきらぼうに言った。実際袖を切られたがカスリ傷ですんだ。
ディアボロは荒い息をしながらも目に怒りをたぎらせ、緋山を睨みつけている。その背にクロスボウの矢が刺さっていたが、全く意に介してないようだ。
「こっちだよ!」
注意を他に向けるため、天羽がディアボロに向かっていった。
ディアボロはすぐに天羽の挑発に乗りそちらに気を向ける。
「今度こそ!」
アーレイは再びスタンエッジを放ち、電気の刃はディアボロの行動を不能にした。大きく開けた口もそのままに痙攣している。
「今だ!」
緋山はもう一度鉄扇を脳天に叩き込み、天羽は刀を喉元に刺した。
『グア、ァ……』
ディアボロの声がだんだん弱々しくなり、黄色い目にも生気がなくなっていった。
「やった、か…?」
一歩緋山がディアボロに近づいたその時、不意にディアボロが跳躍し、向かった先にはセリェの姿が。
誰もが意表を突かれ、セリェ自身も思わず目をつむった刹那、ディアボロが雷に打たれた。
『ギャウッ!!』
一声鳴いて、丸焦げになったディアボロがどさりと地面に落ちる。
「……あ、当たってよかったですぅ……」
ホッとした月乃宮がその場にへたりこんだ。
セリェが目を上げると、網状のアウルの力を身に纏った加茂が自分とディアボロの間に立ちはだかっていた。
「…あ、か、庇ってくれたの……? ごめんなさい、ありがとう……!」
「いえいえ、無用の心配だったようで、何よりです」
にこりとサングラスを直し、加茂は光纏を解く。
もうさすがにディアボロが動く気配はなかった。さっきのは死ぬ間際の最後の一撃だったに違いない。
討伐は終わったが、彼らの仕事はまだ終わってはいなかった。
●戦いのあと
皆は待機しているトラックまで行って、スコップや清掃用具、ビニールシート等を持ち出した。見張り役を買って出た緋山を林と公園の境界に残し、他の者は大木の所へと戻る。
アーレイと加茂は毛布とビニールシートで死骸を包み、トラックまで持って行き、そのまま処理施設まで運んでもらった。
月乃宮と天羽、セリェは周囲の木や地面を見て回り、ディアボロの流した血があれば、濡らした雑巾で拭き取ったり、土を返したりして戦闘の痕跡を消した。
30分ほどかけて全ての作業が終わり、荷物も片付け、立ち入り禁止も解除する。大木の周りが何事もなかったかのようになった頃、緋山がやって来た。
「崇少年がもうすぐ来る」
その言葉通り、しばらく待つと少年がひょっこり顔を出した。
「あれ?お姉ちゃんたち、もしかしてじゅういさんなの? あの犬はちゃんと診てもらえるんだよね?」
「えーと、私たちは獣医さんのお手伝いなんです。犬は今運んだところだから、大丈夫ですよ」
アーレイが優しくそう答えた。
「そっか、よかった!」
スっと加茂が崇の前に歩を進める。そして芝居がかった口調で、
「崇君、犬には旅人がいます。ここにいた犬もまた、旅人だったのでしょう」
と言った。崇には意味が解らなかったらしく、「ふうん」と目をパチクリされただけだった。
「……あの、崇君…コレ、あの犬の飼い主さんからのお礼です……。見つけてくれてありがとうって……」
月乃宮がやはり真っ赤になりながら、可愛いリボンで口を止められた包みを崇に差し出す。
「あ、犬のクッキーだ!かわいいね!ありがとう、お姉ちゃん!」
喜んで崇は包みを受け取り、大事そうにランドセルにしまった。
天羽が崇に近寄りながら身をかがめて少年と視線を合わせ、明るい笑みで話しかける。
「ねえねえ崇君、キミ、宝物持ってるんだって?僕にも見せてよ!」
「うん、いいよ!」
興味を持ってもらったのがよほど嬉しかったのか、崇はそそくさと大木のうろに手を入れ、宝物を取り出した。
「セミの抜け殻、今年は5個も見つかったんだよ! あとこっちは怪獣の模様がある石でしょー、それから…」
「へええ〜、すごいね!色々持ってるんだね!」
楽しそうに話しているこの少年は、本当はここで何が行われたか知らない。唯一気にかけてくれた少年に知られることなく、あの獣は死んだのだ。そして元は獣ではなく人間だった。そう考えると天羽の心はちくりと痛む。
「あ、そうだ。ねえ崇君、この花、ここに置かせてもらってもいいかなあ?」
現場の後始末の際に見つけて胸ポケットに指していた白い花を、天羽は木の根元にそっと置いた。
「うん、別にいいけど…、どうして?」
「それはね、崇君とあの犬が出会った記念だよ」
「そっか」
崇はその答に満足したようだ。しかし皆は天羽の行為が実は何を意味しているのか解っていた。
「崇、くん。…ごめんね、目を見て、話したい、けど……目が、見えない、の」
そばでそれを見守っていたセリェが小さくつぶやいた。真実は、まだ知らなくていいんだ、と。
「さて、そろそろ帰ろっか!お母さんが心配してるよ!」
天羽の一言をきっかけに、皆は雑木林を後にした。
あたりはもうすっかり夕暮れに染まっていた。
公園の入り口付近でそれぞれが崇に別れの挨拶を告げている中、加茂は
「崇君、コレをキミのママに渡して下さい。私の愛の言葉が綴ってあります」
と手紙を崇に託した。
「よく分からないけど分かった。渡しておくね!」
小首をかしげながらも崇はうなずく。
一番最後に崇に挨拶をしようとしていた緋山は、道の先に崇の母親がこっちに向かっているのを見つけた。きっと崇を心配して迎えに来たのだろう。
ふと、自分の母親のことを思い出す。病的なまでに自分にかまい続けた優しい母を。
崇少年の母親も、息子が傷つかないように自分たちを呼んだ。きっと母の愛はどちらも変わらないのだ。
緋山はそっと崇の頭をなでた。色々な思いを込めて。
それが伝わったのかどうかは判らないが、崇は緋山を見上げ、にっこりと微笑む。
「崇!もう、なかなか帰って来ないから心配したじゃないの!」
母親が小走りで崇の所までやって来た。
「お母さん!あのね、お兄ちゃんたちが犬をじゅういさんのところに運んでくれたんだって!」
「そうね、きっともう大丈夫よ」
母親は撃退士たち全員の姿を見て、無事に討伐が済んだことを悟った。
「本当に、ありがとうございました」
深々と頭を下げる。
きっとこれでよかったのだろう、と撃退士たちは思った。
「バイバーイ!」
夕闇の中だんだん遠ざかって行く彼らが見えなくなるまで、少年はずっと手を振っていた。