●一人目 織宮 歌乃(
jb5789)
きちんと正座をし、淑やかという言葉がぴったりの少女が口を切った。
「まるで百物語のような雰囲気ですね。怖い話を集めて、本当に出てくるのが怖いものでしたらどうしましょう? ……それも一興なのかもしれません」
山野を見ると、雰囲気に早くも飲まれてきているのか、少しこわばった顔つきをしていた。
(人を怖がらせるのも、ほんの少しだけ楽しみです)
織宮は微かに笑った。
「これは昔から、色々な地方であったお話です。蠱毒というのをご存知でしょうか? ……実は、それを人でやったというお話があるのです」
ゆっくりと話し出し、皆も静かに耳を傾ける。
「蠱毒、呪詛の媒体となる魂を人で作る。人が元なのですから、強烈な意志と憎悪を持っているのは語るまでもありません。ただし、これは誰かを呪うのではなく、家を守る護り神として祀られているそうです。元はといえば、生活に苦しい人達が自分の家に魂を結び付けて、家族を守ろうとした……それらが積み重なって、ただ、ただ家族を守ろうとする霊魂になった。」
織宮は歌うようなリズムを崩さず語っていた。
「もっとも、その人蠱となった魂に意志はありません。でも、家族を守ろうとするあまり、『家を出て家族から離れよう』とする人を、祟るそうですね」
「最初の目的が歪められてしまったのじゃな」
緋打石(
jb5225)がうむ、と納得する。
「そう……守ろう、護りたい。その意志だけが残って、決して家から離さない」
まるでこの校舎の声を聞くように、織宮は言葉を止めた。
「そういえば、この久遠ヶ原学園という家から出て行った後の生徒の話をあまり聞きませんね? それはこの学園に、人蠱の護り神と祟り神がいるからなのかもしれません……」
そうして彼女は口をつぐみ、話し終えた。
「ほ、ホントのことなんですか?」
恐る恐る尋ねる山野。
「そうですね、民俗学にあるお話です」
「きょ、興味深いですね……」
室温が下がったような気になってしまう山野だった。
●二人目 羽鳴 鈴音(
ja1950)
「やー、怖い話何かあったかなぁと思ったんだけど、ウォーミングアップ的な感じで一つお話しますよぉ。怖くないかもしれないけどねぇ」
しょっぱなから結構とガツンときたので、羽鳴の砕けた感じが山野にとってはありがたかった。
「ある夏の夜、学園に忍び込んだ生徒達が肝試しをしました。班は二つ、脅かす班と探索班。このお話は脅かす側の新米ダアトのお話」
少し間を置いて、皆の関心を煽る。
「彼女は音楽室で驚かせようと隠れていました。彼女の仕掛けはトワイライトを改良した人魂で脅かす簡単なもの」
そこで自身も『トワイライト』を使い、人魂そっくりの青白い光球を車座の中心に浮かばせた。一瞬ギクリとする山野。
「ところが人が来ません。不思議に思った彼女は音楽室を出ようとしましたが、唯一のドアが開きません。鍵も掛かってないのに。そうこうしている間に、背後から何かの気配がしました。振り返ると開いていたグランドピアノの天板が音をたてて閉まったり、椅子がガタガタ動いたりし、」
話の調子に合わせて人魂はゆらゆら揺れ動き、明るさが変化する。
「そこには、赤眼の黒い大きな狼がいました。涎を垂らしながら彼女にゆっくり近づいて来ます。パニックになった彼女は悲鳴を上げながら、ドアを開けました。なぜか今度は簡単に開いたので、そのまま一目散に逃げ出しました」
ふっと『トワイライト』が消える。場がしん、となった。
「……彼女はどうなったんですか?」
雪夏(
jb6442)は先を促した。
「ああ、実はね、普段悪さばかりする彼女に全員で仕込んだドッキリでしたとさ」
「なんだ、そうだったんですね」
「狼は学園の生徒の悪魔が変身した姿でしたぁ」
「いやでも、そんなことされたら誰だってビックリしますよね」
山野はそれを想像して身を縮めている。
「人魂良かったよね!」
雪室 チルル(
ja0220)がこの空気をものともせず言った。
「え、ええ、かなり臨場感があったと思います」
思ったよりこの企画はリアルな雰囲気になってきている……そう感じながら、山野は次の話を聞くことにした。
●三人目 雪夏
「僕のは、旅館での体験談です……」
雪夏が少しうつむき、じっとロウソクの炎を見つめながら話し出した。
「友達と二人で遊びに行った先で、旅館に泊まったんですね。夜、友達が売店に寄ると言うので、僕は一人部屋でお菓子を食べていたのですが、しばらくするとドアをノックする音がしました。でも扉を開けても誰もいません。また同じことが二度繰り返されました。僕は友達の悪戯だと思って、今度はドア前ですぐに開けられるよう待機したのです」
怖い話が好きな緋打石と舞鶴 鞠萌(
jb5724)は興味津々で聞き入っている。
「そしてまた扉をノックされ、僕は同時にバッと扉を勢い良く開けたんですが、やはり誰もいないんです」
ゴクリと山野が唾を飲み込む。
「そのうち、ズッ、ズッ、ズッと天井から這うような音が聞こえ始めました。僕はそれも友達の悪戯だと思って、時代劇でよくありますよね? 天井に潜んでる忍者を槍で突くっていうヤツ。アレを新聞紙を丸めてやったんです。ドンドンと天井を叩いていると友達が戻って来て、不思議そうに『何してるの?』って言うんです」
「じゃあ天井のは……」
舞鶴が予想は付きつつも尋ねる。雪夏はチラリと意味ありげな視線を彼女に向けてから、先を続けた。
「友達は一般人です。なのにこんなに素早く天井から移動できるはずがありません。少し変に思いましたが、そのまま旅行は終わりました。……後で知ったんですが、その部屋はよく幽霊が出ることで有名だったみたいです」
「その部屋に泊まってみたいのう!」
緋打石が言うと、山野は身震いした。
「勇者ですね、緋打石さん」
それにしても、皆本当に色々知ってるんだなあと感心しきりだ。
さすが撃退士。この企画をやって正解だった。
●四人目 雪室 チルル
「怖いかどうかは微妙だけど……去年の5月後半に受けた依頼の話だよ」
雪室は世間話のように口を開いた。
「京都で初めての大規模作戦直後で、あたいは孤児になった少女から、家族の遺品回収の依頼を受けたの」
彼女らしい明るい語り口調が、少し場の空気を和ませる。
「現地で目的の家と思われる一軒家を見つけたんだけど、同行者のダアトは嫌な予感がするって言うのよ。で、念のため入口に見張りを立てて依頼主の少女の部屋に行くと、部屋の隅に可愛らしい女の子の人形が転がってた。その人形をカバンに詰めて戻ろうとしたら、リビングにも夫婦の人形があったの。それらもカバンに詰めたわ」
「人形って何か怖いですよねぇ……」
小さく羽鳴がつぶやいた。
「すると少女の部屋から大きな物音が聞こえてね、慌てて部屋に戻ると、棚が倒れてたの。よく見ると、その棚で隠れていた壁面の一部分だけ塗装が変わってて、壁を剥がすとそこには女の子と思われる人骨が!」
「あー……」
やっぱり、と言いたげに顔をしかめる舞鶴。
「怖かったけど、それもカバンに詰め込んで急いで撤収したわ。それから学園に戻ってカバンを開けると、少女の人形だけ真っ赤な血で染まってて、バラバラ殺人みたいに壊れてた。よく見るとそれは回収した人骨と全く同じ箇所が壊れてたのよ。それで、依頼主の少女に連絡しようとしたんだけど音沙汰は無し。孤児院に連絡を取っても、そんな少女は知らないと言われたわ」
「………」
皆が押し黙る。
「というお話でした!」
楽しげに付け足したところで何の効果もない。
「それ、本気のやつじゃないですか!」
山野にはかなりキたようだ。
しかしここで止める訳にもいかない。
●五人目 舞鶴 鞠萌
「これは、鞠萌が知り合いから聞いた話です。某有名心霊スポットの古いトンネルでの出来事です」
舞鶴は声のトーンを落とした。
「その日は、彼が友人達と心霊スポット巡りをしようと集まった最終日でした。曇り空の中車2台で、彼は片方の運転手として心霊トンネルに入り、中で停車してしばらくした時です――ポツッポツッ……『雨か……』」
カンのいい緋打石などは話の違和感に気がついたが、そのまま黙って続きを聞く。
「『なんだ何も起こらないじゃん』と彼が言っていると、いきなり仲間の車が走り出し、トンネルを出て行ってしまいました。『なんでいきなり走り出したんだ……ぁ!』」
『彼』のごとく驚きの表情をする舞鶴。演技力抜群だ。
「そう、彼は気づいたのです。そして慌ててトンネルを抜けました。確かに外は雨が降っていました。彼らが急いだ理由……それは、『トンネルの中なのに、雨の音が車の上から聞こえる』からです。彼らは車から降り、目を疑いました。何故なら……」
目を大きく見開き、舞鶴は身を乗り出した。
「車の外側には手形がびっしりと付いていたのです」
山野は口を半開きにして、もはや何も言えないらしい。
「その後、彼は怖くなって遊び心で心霊スポットには行かなくなりました。――これが鞠萌が知り合いから聞いた実際の話です。そうそう、こんなふうに興味本位で怖い話をするとですね……霊が来るそうですよ? 怖いですね♪」
にこっと微笑みながら、舞鶴はそう締めくくった。
「雨の音だと思っていたのは、手形を付ける音だったんじゃろうか?」
「なるほど。そうとも取れますね」
織宮が緋打石の意見にうなずく。
「冷静に分析するとは……皆さん流石ですね……」
山野はどうにか震える声を出し、次にいくことにした。
●六人目 平野 渚(
jb1264)
物静かに平野が言った。
「とあるOLが体験した奇妙な話です。風邪気味だったある日、テレビからこんな占いが流れてきました。『牡牛座のあなたはチョーラッキー! 疑問が一気に解決されちゃいます!』彼女はそれを聞いて少し前からの疑問を思い出しました。『それって勝手に飲み物が減ってたとか、着てない服が外に出てたとか?』一人暮らしだから自分以外にそんなことをする人間はいないはずですが、全く覚えがないのです。だから彼女は普段から戸締りを入念に行っていました」
平野は淡々と話を進める。
「その日は出社するも熱が出て仕事にならず、見かねた上司が彼女を早退させました。家に着く頃には彼女の意識もだいぶ朦朧としていて、鍵を開ける前にドアを引いたのですが……開いてしまったのです。それを気にする余裕もなく部屋に入った彼女を待ち受けていたのは、一人の中年男性でした」
「まさかストーカー?」
嫌悪の表情を浮かべる羽鳴。
「『あの、どなたですか?』『えっ、自分はその』とそのまま警察に来てもらいました。男が言うには、『鍵屋』というサイトで鍵を買い、それに特典として現在の所有者情報が付いており、今の時間はいないという情報の元、部屋に侵入していたということでした」
「うわ〜、最悪だね!」
雪室が怒りも顕に顔を歪めた。
「そのサイト『鍵屋』を調査してもらったところ、購入者が複数いることが判明しました。『俺は悪くない!』と男は供述してたみたいですが……話は以上です」
ほっと小さく息を吐き、平野は話を終えた。
「どう考えても悪いに決まっておるわ」
切り捨てるように吐き出す緋打石に、
「ですよね……これは身近に起こりうることですし、確かに怖いです」
寒いはずはないのに、自分の腕をこする山野。
「いよいよ最後の方ですね。それでは、お願いします……」
●七人目 緋打石
緋打石はとうとう自分の出番ということで、かなりのやる気で語り始めた。
「昔々、鬼狩りという文化があった。人を喰い、天変地異を引き起こすとされた鬼を処分した者を鬼狩りと呼んだのじゃ。鬼狩りは例外なく英雄扱いされ、彼らの武器は仙人から与えられた物だったり、元はただの武器が昇華したりと……まあ普通とは違う武器だったのじゃ」
彼女の古風な言葉遣いが、この話にしっくりきている。
「さて、ある鬼狩りが持っていた刀は鬼の力を封印する武器で、鬼狩りの武器の中でも最強と呼ばれていた。そいつは何人もの鬼を狩ったが、ある鬼に敗北し首と刀を取られた。その鬼は混血の鬼じゃった。混血の鬼には刀の力も完全には効かなかったのじゃろうな。そしてその鬼は鬼狩り退治の鬼と呼ばれるほど鬼狩りを殺していった」
そこで緋打石は一瞬ふっと遠くを見つめ、また視線を戻した。
「それでな……その鬼はとても好奇心旺盛だったのじゃ。何でもかんでも知りたがった鬼。特に自分の同胞の消息をな。こうやって複数人が話している所には特に……」
ゆっくり皆を見回す。皆自分に注目している。
「その鬼は参加者のフリをしてこのような話し合いに参加する。最後にお礼代わりに自分自身の話をして……」
緋打石は自分のロウソクに息を吹きかけ消した。するとそれが合図たったかのように全員のロウソクの火が消えた。(本当は舞鶴が武器で一瞬のうちに消したのだ!)
「え、ちょ、何!?」
「電気を!」
山野が教室の電気を点けると、緋打石と雪夏の姿がない。
緋打石の席には刀が置いてあった。
「え? どういうことですか!?」
山野はすっかり混乱してしまっている。
「今の昔話が本当のことで、なんて……」
「平野さん怖いこと言わないでくださいよぉ! それに雪夏さんは?」
そんな皆の様子を、明かりが消えた瞬間物質透過し下の階から廊下に回って、教室の外から緋打石が見ていた。
「くっくっく。成功したようじゃな」
後で刀は取りに行かねば、と思う。あの話はただの昔話ではない。
(その鬼狩り倒しの鬼は、自分の母だしな……)
少し昔を思い出した。その時、
「皆でケーキを食べながら怖いお話しましょう」
と雪夏が何事もなかったかのように教室に入って行った。目を見張る緋打石。
「もう話は終わりましたよぉ?」
羽鳴が首を傾げる。
「そうですよ、雪夏さんも話してくれたじゃないですか」
ビクつきながら山野も言う。
「え、僕はさっきまでケーキのお店に並んでて、今来たばっかりなんですけど……」
雪夏はケーキの箱を見せた。
「じゃあ、さっきまでここにいた雪夏さんは……」
「誰なんでしょうねっ?」
明るく舞鶴が誰ともなく問いかけるが、山野はもう限界だった。
「――もう無理ですぅッ! 皆さんありがとうございました! 私はこれで失礼します!」
早口でまくし立て、ダッシュで教室を出て行った。
「ちょっとやりすぎたでしょうか……」
少し申し訳なさそうに山野を見やる雪夏。
話をしたのは、実はそっくりさんだったのだ。同じ格好をしてもらい、都合よくロウソクが消えた時『サイレントウォーク』で素早く外に出たという訳だ。
だけどこれは秘密にしておこう、と思う雪夏であった。
結局山野はというと、その日の体験を元に漫画を描き始めたらしい、ということである。