●急ぎ公園へ
彼らは現場となる公園へ急いでいた。情報によると、敵サーバントは公園を出て行こうとしているらしい。住宅街に出られては厄介だ。
「この先に天魔が出現しています、避難してください!」
走りながら和泉早記(
ja8918)はベビーカーを引いた女性に呼びかけた。女性はえっと驚き、慌てて道を引き返す。
『闇の翼』で上空を飛んでいるルーガ・スレイアー(
jb2600)も、公園付近の道路にいる一般人らに大声で避難を促していた。
「おおーい! 公園から離れるんだー、あーぶなーいぞーう(´∀`)」
彼女の呼びかけはかなり効果があり、公園方面はすっかり人気がなくなった。
「なんていうか、可愛いものから口が開いて食べられるって、何気にすっごいほらーよね……」
その様を想像して、柊 夜姫(
jb5321)は少し顔をしかめた。飲まれた中に子供がいたとしたら、確実にショックだろう。
(可愛いものには刺があるって限度があるでしょう……。トラウマになってなければいいけど……)
「救出した人を保護してもらうために、レスキューを呼びました」
携帯をしまい、首の後ろで括った黒髪をなびかせたユウ(
jb5639)が皆に報告する。
皆も彼女の機転に感謝するようにうなずいた。
「人を飲み込むサーバントなんて……厄介な能力ですね。飲み込まれた人達を早く救出できるように、全力を尽くしましょう」
この悪魔の力が誰かの為になるならば、とユウは思う。その為ならば、サーバントの口の中にでも飛び込もう。
「ギアはそんなんじゃないぞっ。ギア、人界で騒ぎを起こされるの嫌だから……別に、飲み込まれた人達のことを心配してじゃないんだからなっ!」
ツン、と蒸姫 ギア(
jb4049)は色白の顔の顎を上げた。だがいかにもなその言い方で、
(ツンデレだね……)
(ツンデレですね)
和泉やユウにあっさり見抜かれていた。
公園に到着すると、探すまでもなく天魔を発見した。
白い毛むくじゃらのサーバントはほぼ球体になっていた。チャウチャウの名残である短い手足がちょこんと突き出てはいるが、転がる邪魔にはなっていないようだ。
器用に遊具などの障害物を避けながら転がっている。
「お〜、ようやくご到着か」
木々の後ろに隠れ見つからないように、銀音は撃退士達の姿を確認した。
さて彼らは中に人の入ったサーバントをどうするだろうか。
「早く助けなきゃ〜、頑張るよ〜」
結月 ざくろ(
jb6431)は飲み込まれた人達のため、そして実戦経験を積んで自分の力を付けるために、気合充分だ。
「捕獲・運送用……なのかな? 真ん丸になっちゃってるよ……。早く助けてあげないと、大変そうだねぇ」
来崎 麻夜(
jb0905)も縦横無尽に転がっている毛玉を見、自分がどう動けば敵を包囲しやすいか思案する。隣にいる蒸姫に目をやると、彼はムクムクなサーバントを凝視して目を輝かせていた。
はっ! と蒸姫が来崎の視線に気づき我に返る。
「べっ、別にギア、可愛いとかもふもふしたいとか、そんなこと思ってなんかないんだからなっ!」
(ああ、なるほど)
来崎はクスッと笑った。クール系美少年の蒸姫ではあるが、可愛いところがあるらしい。
「『巨大なボール的犬wwwwwテラワロッシュwwww(´∀`)』」
ルーガは片時も放さないスマートフォンで写真を撮り、さっそく最近ハマっている短い文章を投稿する情報サービスに投稿した。
あまり緊張感がない撃退士達ではあるが……、それよりも何よりも、和泉はもう我慢できなかった。皆に何と思われようと、これは言うしかない。言わざるを得ない。
「ちゃうちゃうちゃうんちゃう……?」
真顔の彼の口からとうとう出た言葉は、皆を一瞬凍りつかせた。
銀音さえも思考が停止する。
「――さ、皆行くよ!」
来崎の一言で、なかったことにされた。
しかし和泉に悔いはない。
●中の人の救出
まずは飲まれた人達の救助が先だ。
彼らはサーバントを包囲するように展開した。
ルーガは光纏し阻霊符を使用する。それから球体チャウチャウの進路を妨害しながら
「おい! そこの球体ー! 私が相手してやろうー! かかってこーい(`・ω・´)シャキーン」
とポーズを付けた。
毛玉が転がってくる。寸前でルーガはひらりと飛んで回避した。
着地した所に、またサーバントが転がり迫る。『挑発』が成功したようだった。
天魔がルーガに気を取られている隙に、和泉は遊具や植木に隠れつつ球体の斜め後方に回り込んだ。前方には来崎が行き、二方向から『束縛』を試みる。
「動きを封じさせてもらうよ」
「動くな!」
和泉が無数の異界の手を呼び出し、来崎が『Reject All』で闇色の鎖を出現させた。
来崎の瞳から黒い涙が流れ、服から露出している肌には鎖で縛られているような痣が浮き出る。
鎖はちぎれ飛んだが、何本もの何者かの手が球体を束縛した。
「行きます!」
ユウが天魔に飛びついた。毛の中に隠れてしまっている口を手探りで探す。
結月も手を貸すために、毛玉の上に飛び乗った。
「ユウさん、あたしも手伝います〜」
『ぐぅう〜ん、ぐうぅ〜ん』
サーバントは図体に似合わない哀れ声を上げ、彼女らを振り落とそうと身を弾ませたり、グラグラ揺れたりした。
「気休めかもしれないけど」
和泉は抑え込もうともふもふにしがみついた。
ルーガも和泉と同様、毛むくじゃらの体を抑えにかかる。
「うぐぐー、暴れるなこらー、だぞー(;´∀`)」
来崎と柊も手助けしたかったが、天魔の中に人がいるうちはやたらと攻撃できないし、4人が取り付いているので何かできる余地もない。ここは見守るしかなかった。
蒸姫はユウ、結月と共にサーバントの口の中に入り、中の人を救出することになっていた。なので『明鏡止水』で気配を消し、球体が口を開ける瞬間を狙っている。
「あった!」
口を探り当てたユウが、強引にでも開かせようと隙間から両手をねじ込んだ。
「飲み込んだ人達を返してもらいます!」
「口を開けて〜!」
結月も力を込める。
『ぐうぅ〜』
中々サーバントは口を開こうとせず、しばらくその攻防が続いた。そのうちに開かせまいと頑張るよりも、彼女達を飲み込んだ方が早いと思ったらしい。
「あっ!」
球体チャウチャウは自ら大口を開け、一瞬のうちにユウと結月、
「ギアもおまけだっ、取っておけ」
蒸姫を飲み込んだ。
天魔は一気にその体を巨大化させる。
中ではユウ達がぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
取りあえずユウがフラッシュライトで状況確認をする。体内は想像していたほどグロテスクではなかった。それでもこんな所にずっといるのはご免被りたい。
(うわぁ〜わざとなんだけどこれは……これはトラウマになりそう〜……)
結月が周りを見ながらひっそり思った。
すぐ奥には、先に飲み込まれていた一般人4人とチワワ一匹が、ぐったりと折り重なっていた。気を失っているようだが、他に外傷などは見られない。
「皆さん気を失ってるだけで大丈夫そうです〜」
一通り彼らの様子を診た結月が言った。
蒸姫は念の為に『四神結界』を使うことにする。
(皆のためとかじゃないよ! ここで死なれたら困るだけだからねっ)
などと一人何かに言い訳しながら。
「万能蒸気の機神よ、ギア達を護る結界となれ!」
四方四神の結界が皆を囲み取りあえず一般人の無事が確保されると、ユウはベネボランスを実体化させた。
「口を開かせましょう」
口の内側を思い切りつつくと、チャウチャウは叫び声と共に口を開けた。
その口が閉じる前に、槍をつっかえ棒替わりに差し込む。
『ぐおあぁ』
「石縛の粒子を孕みし蒸気の式よ、かの者を石と成せ!」
砂塵が舞い上がり、蒸姫の『八卦石縛風』で石化させることに成功した。
口を開いたまま石化している今なら、脱出することも容易だろう。
「さぁ皆、今のうちに助け出すよ。って攻撃の邪魔になるからなんだからなっ」
と、彼は素早く少女と老人を先に抱え上げた。
何だかんだ言いつつも、中の人達を心配しているのがバレバレである。
ユウはチワワとその飼い主を、結月は少女の母親を抱えて、球体チャウチャウの体内から脱出した。
飲み込まれた人達を受け取った来崎や柊は、すぐさまユウが呼んでおいたレスキューの所へ運んで行く。
皆が外に出るとユウは自分の槍を回収し、本当にもう中に人がいないか、結月がペンライトで照らしながら確認した。
「うん、救助完了〜〜〜〜やっちゃいましょ〜〜〜〜〜〜」
それを待ち望んでいたルーガ達が、戦闘態勢を取った。
「ちっ、わざと飲み込まれて救出とか何? カッコつけてるわけ? いちいちムカつく奴らだ」
銀音は舌打ちし苛立ちながらも、『終わりまで見届ける』という主からの命令を続行した。
●チャウチャウ退治
石化が解けたサーバントは、中に人がいなくなったのでもはや球体ではなく、大型犬並のチャウチャウに戻っていた。
『くうぅ〜ん』
持ち前の可愛さを前面に出し、潤んだ瞳で蒸姫を見つめる。
うっと一瞬ひるむ蒸姫だったが、
「そんな目で見ても、だっ、駄目なんだからなっ!」
心を鬼にして、札をセットした蒸気式ガントレットから歯車とともに雷の刃を撃ち出した。
思ったより身軽にチャウチャウはその攻撃を避けた。
「ルーガちゃんのどーんといってみよう☆なう(´∀`)!」
上空からルーガが、黒い光の衝撃波を連発する。
『きゃいんきゃいん!』
逃げ惑うサーバントの下半身に、『封砲』の一発が命中した。
『くう〜ん』
再び愛らしい顔で柊に訴えるが、柊には通用しなかった。
柊はフンと鼻で笑い、容赦の欠片も見せずスクールクロスボウを構えた。
「さぁ、死になさい、何も言わず、何も為せず、とにかく死になさい」
前足を狙って鋭い一撃『ストライクショット』を撃つ。
だがその一撃は飛び上がったチャウチャウの脇をかすめた。天魔は柊の腕を爪で引っかき、わずかな隙を見せた彼女をそのまま飲み込んだ。体が一回り大きくなる。
「あっ、こいつ!」
これでは直接攻撃できない。
来崎はレヴィアタンの鎖鞭でチャウチャウの手足を絡め取るように攻撃した。
『きゃいん!』
サーバントは前足を取られながら、来崎に襲いかかろうとする。
「ボクに、触るな!」
来崎は全身で拒絶し、影の中から鎖を出現させた。鎖が天魔を縛り上げる。
チャウチャウの動きが止まったかと思うと、口の中からクロスボウの矢が飛び出した。内側からガバっと口がこじ開けられ、
「てめぇ、ナメてんじゃねぇぞ!」
柊が転がり出て来た。
なぜか言葉遣いがやけに荒くなったが、彼女は激昂するとそうなってしまう質なのだ。決して元々の性格が荒い訳ではない。
『闇の翼』でルーガと共に上空を飛んでいたユウは、チャンスを逃さずサーバントに急降下、槍で毛皮を貫いた。
『きゃいぃん!』
鎖の束縛が消え、チャウチャウは和泉の方へ走ってゆく。
天魔は今度は飲み込むのではなく、噛み付こうとしてきた。
和泉は冷静に『ライトニング』を放ち、命中させた。雷が白い毛並みを焦がす。
『きゃうぅん!』
「そういえば、雷を怖がる犬って多いよね」
実家の離れで暮らしていた頃飼っていた犬を思い出した。
このサーバントも犬型でもふもふな姿は可愛いのだけれど……所詮天魔だ。見せかけだけの可愛さには何も期待しない。
「じゃああたしも、サンダーブレード〜!」
結月も剣状になった雷でチャウチャウを攻撃。
魔具を譲ってくれた先輩達のようになるために、彼女は頑張る。
チャウチャウの顔面に焦げた傷が付き、可愛さが激減した。
『くうぅ〜ん……』
ヨロヨロと足を引きずり、サーバントはより庇護を誘う声を出した。
結局天魔はこの期に及んでもそんなやり方しかできないのだ。
来崎に近づいて行き……、突然大口を開けた。
だがそんなことだろうとはすでに察しが付いている。
来崎の頬に黒い涙が伝い落ち、彼女はクスクスと笑った。
「さぁ、お休みの時間だよ……永遠に、ね」
『Downfall Gloria』によって作り出された赤黒い拳銃から、憎悪を込めた弾丸が放たれる。
弾丸は過たずサーバントの眉間に深く撃ち込まれた。
来崎の言葉通り、チャウチャウは永遠の眠りについたのだった。
「あーあ。やっぱりやられちゃったか。つまんないの」
銀音は撃退士達に冷ややかな一瞥を送ってから、踵を返し、さっさとその場を後にした。
●トラウマ?
救助した人達の様子を見に、彼らはレスキューの所へ向かった。
全員意識を取り戻し、今の状況を把握しようとしていた。チワワも元気にひゃんひゃん鳴いて、少々興奮しているようだ。飼い主の奥様がなだめるのに苦労している。
レスキュー隊員が、彼らは身体的には何も異常がないと撃退士達に説明してくれた。
「かわいそうにー、怖かっただろー(´・ω・)?」
ルーガが少女と目を合わせるためにしゃがんで、尋ねた。
「わたし、チャウチャウに食べられたのよ」
「そうだよなあ〜。あれはチャウチャウだったよなあ〜」
老人もしきりに首を傾げている。
「まさか! ほら暑いし、熱中症による白昼夢ですよ」
苦し紛れかもと思いつつも、和泉がごまかそうとした。
彼らは犬が好きだったからあのチャウチャウ型サーバントに近づいたのだろう。だけどこの事件のせいで犬嫌いになってしまったら……。
(少し、悲しいな……)
「そうね、犬と遊んでいるところを悪い人に襲われたのよ!」
柊も和泉をフォローした。
母親や他の大人は自分が天魔に襲われたのだと薄々分かっているだろうが、子供にわざわざそんなショックを与える必要はない。
「じゃあ、お姉ちゃん達が悪い人から助けてくれたの? ありがとう!」
少女は笑顔を見せた。犬嫌いは免れたようだ。
母親も感謝を込めて頭を下げる。
「良かったら、私がおうちまで送ります」
老人と母娘を柊が送り、他の人はレスキューが送り届けることになった。
柊はふと自分もチャウチャウに飲み込まれたことを思い出した。
(……よだれとか、ついてないわよね? 私)
自分で背中とかを見てみる。目立った汚れはなくとも、あまり気持ちいいものではない。
(帰りはシャワーでも浴びたいものね)
ぼんやりと思った。
●活動報告
「で、報告はいかがでしたか?」
チャウチャウ型サーバントが倒されてから数日後、銀音はナサニエルに尋ねてみた。
主はあれからまた人界に働きかけようとはしなくなった。
いつものように、気怠げに寝台に寝転がっている。
「ああ、報告はした」
こちらに顔も向けず、ナサニエルは言った。
「上は最下位の我らのことなど気にも止めておらぬ。向こうも『報告があった』という事実があれば良いのだろう」
「はあ……そうですか」
主の心情は銀音には判りかねたが、ほんの少しだけ、ヘタレな主に同情した。