●突入前
「よー、お前さん達、よく来てくれた!」
塔利はなぜか偉そうにわはは、と笑って撃退士達を迎えた。
そんな先輩撃退士を尻目に、学園の生徒達はガラス張りの外から店内の様子を確認する。塔利の通報通り、右出入口付近と左出入口奥の二箇所の床は、殻付きピーナッツそっくりの虫でいっぱいだった。
彼らは二班に別れ、事に当たることにした。
右班 メイシャ(
ja0011)、アニタ・劉(
jb5987)、風雅 哲心(
jb6008)、平賀 クロム(
jb6178)
左班 AL(
jb4583)、高橋 野々鳥(
jb5742)、ディザイア・シーカー(
jb5989)、山科 珠洲(
jb6166)
それぞれ平賀とディザイアが囮をやる。
「店から出る虫は俺が引き受けるから、後ろは気にせず行って来い!」
塔利はいかにも頼もしげだが、つまりは店内に入りたくないということらしい。
異論を唱えても始まらないので、店外は塔利に任せ、生徒達は各入口の前へとスタンバった。
「相手が何であれ、油断せず全力で、ってな」
右の出入口前で、風雅が気を引き締めた。和な装いをしているが、れっきとした悪魔である。
「敵なら倒すのみだ。まずは周りの陳列棚や商品をできるだけ移動させよう」
メイシャがそう提案すると、戦闘場所確保や商品を巻き込まないためにもそれがいいだろうということになった。
「俺が引きつけてる間によろしくっす」
囮役の平賀がフラッシュライトを手にした。
「なんや気持ち悪い天魔やね……しかも数が多いさかい、範囲攻撃のないうちにはキツい相手やな……頭使わんと。メイシャさん、うちの背後から攻撃してください」
「分かった」
店内を見ながらアニタが言うと、メイシャはうなずいた。
左の出入口前でも同じような話し合いが短く行われていた。
「アリのようなピーナッツとは、また珍妙な外見で御座いますね。非常に攻撃的のようですし、外へ広まらないうちに早急に退治してしまいましょう。しかし、人によればピーナッツにトラウマができそうな事件で御座います……」
見た目は女の子のようだが猫耳と狐の尻尾を生やした執事服のALが、物静かに述べる。
「殻付きピーナッツにたかる殻付きピーナッツ(虫)、ね。一体何がしたいのやら……」
やれやれ、と大柄な体躯のディザイアが肩をすくめた。
こちらも最初に商品や棚を移動させることに意見がまとまる。
「被害防止とついでに場所が開けば戦いやすくもなるだろうさ」
ディザイアが右班の方を見ると、向こうもいつでも行ける、と合図を送ってきた。
「よし、行くか」
二班は同時に店内へ入った。
●右班
「いるわいるわ……」
思わず平賀の口から声が漏れた。特売台の床にはみっしり、ピーナッツ型虫ディアボロが蠢いていた。
「はいはい、ピーナッツご一行様はこちらですよー」
離れた場所からフラッシュライトでぐるぐると虫を照らし、こっちに反応するか試してみる。何匹かはこちらを向いたが、寄ってくるほどではない。
「仕方ない、体張るしかないっすね」
平賀はライトをあきらめ、『風の烙印』を使用し虫へと近づいて行った。
虫から1mほどの範囲内に足が入ったかと思うと、一斉に虫が平賀に寄って来た。とんでもない早さだ。
「うわわっ!」
平賀は慌てて虫を踏み付け、白龍爪で体に取り付いた虫を払う。
その間に他の者が周りの商品や棚を移動させにかかった。
虫は簡単に死ぬのはいいけれども、どれだけいるのか数が減った気がしない。いくら叩いても踏んづけても、平賀の体は虫によじ登られ、服の上からガシガシ噛まれていた。
「さ、流石にここまでたかられると気色悪……ちょ、下着の中はマジ勘弁って痛ぁっ!?」
作業着のようなツナギの隙間から、虫に入られた。どこを噛まれたのかは想像におまかせ☆
「場所が開いた、クロムさんこっちへ!」
「了解っす!」
メイシャの呼びかけに、平賀はディアボロを引き連れたまま場所を移動した。
「軽気功施すさかい、ちょっと待ってな……」
アニタが自分と風雅に『風の烙印』を使った。
風雅は早速虫達に切り込んでゆく。
ディアボロは風雅の方にも寄って来る。風雅は緋の太刀で片っ端から斬り捨てていった。
虫は仲間の死骸を乗り越え、続々と現れる。這い寄るスピードが早く、両ふくらはぎを何箇所か噛まれた。
一匹一匹の攻撃力はほとんどないといってもいいくらいだが、ここまで数が多いと厄介だった。
「質より量、まさに数の暴力ってやつか。ちっ、気に入らねぇな」
風雅は全身に紫電のアウルを纏った。
この敵の数ではキリがない。それでも風雅は一心に刀を振るい続けた。
「メイシャさん、うちが守るさかい安心して範囲攻撃して!」
アニタが足元の虫にツヴァイハンダーDを叩きつけ、肩ごしに振り返った。
「すまない!」
メイシャはアウルを集中させ、一気に放つ。
前方にいた虫達が一瞬で一掃された。
「まだ来るっす!」
特売台から、減った分を補うかのように虫達が出て来た。一番近い平賀に向かっている。
「もう一度!」
メイシャが『発勁』を再び放ち、殲滅した。
今度はさっきのように大量に出てこなくなった。残りの数はもうそこまで多くない。
「お、頭打ちっすかね?」
平賀がちょっと安心して、自身にたかった虫を懸命に払い落としていた。
「さて、女王アリはおらへんかな、と……。こういうのは頭叩かへんとあかんのよ」
アニタがまばらになった虫を叩きながら、周りを探索し始める。
風雅も自分に付いた虫を全部殺し、目に付いた虫を踏み潰しつつ周囲を探っていた。
「女王蟻とか女王蜂は巣の深い所にいるのが定番っすけども」
平賀が何となく特売台下のダンボールを開けた時、何かが飛び出した。
「うわっ!?」
平賀の顔をかすめて飛び出したソレは、床に降り立った。30cmほどの、今までの虫達をそのまま大きくしたような天魔虫だった。
「女王アリや!」
アニタの剣が華麗な弧を描き女王虫に振り下ろされる。足を二本切り落とした。しかし女王は動きを止めず彼女に飛び付こうとした。
「危ない!」
メイシャが接敵、横に移動したかと思うと女王虫の背中に横一文字の傷を負わせる。『サイドステップ』だ。
「おおきに」
アニタが微笑みを向けても、メイシャは小さくうなずき返すだけだった。それが彼女の精一杯の返しなのだ。
今までの虫は簡単に死んでくれたが、女王虫は親玉だけに同じようにはいかないらしい。
『閃滅』の効果で全身が淡い緑色に輝いている平賀も、虫の反撃を許さない素早い攻撃で背中の傷をさらに増やした。
『キイィ!』
女王虫は気味の悪い体液を流しながら、彼らに食いつこうとさらに飛びかかった。
「これ以上好きにはさせねぇぜ。――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
風雅の手に稲妻の刀が握られる。勢いよく踏み込み、『サンダーブレード』を女王虫のど真ん中に突き込んだ。
『ギシイィ!』
「ただ振り回すだけしか能がないと思うなよ。こういう使い方もあるんだ」
串刺しにされた女王虫は足をばたつかせていたが、やがてその動きも弱々しくなり、止まった。
「これが本当のバグ(虫)退治っすね」
平賀が自分の得意分野に掛けて言った。
●左班
「このピーナッツ野郎め! 成敗してくれる!」
高橋は勢いよく乗り込み、床一面のピーナッツ虫を見て
「床にピーナツだなんて、どっかのパブみたいだね。あーなんかお酒飲みたくなってきた。終わったら一杯して帰ろうかな」
などとお気楽なセリフを吐く。
「そういうのは後にして、商品移動させんの手伝ってくれ」
「はーい」
ディザイアにたしなめられ、高橋も他の3人と手分けして商品や棚を移動させ、場所を作る。
ディザイアは商品をどかしがてら、虫達がどの程度近づけば反応するのか探っていた。大体1m以上近づくと寄って来そうだ。
「このくらいでどうでしょうか」
場所ができると、山科がディザイアに報告する。
「それじゃ、始めるか。皆俺の後ろにいてくれ」
ディザイアは虫が反応するまで近づいてはちょっとずつ引く、を繰り返し、開いた場所までおびき寄せた。始めにピーナッツ虫がたかっていた棚から列ができている。後は全員で叩くだけだ。
「攻撃開始だ!」
皆は一斉に攻撃を始めた。
ディザイアはハリセンで、とにかく周囲の虫共を叩きに叩いていた。
中々数は減らず、後から後からやって来る。足の下にある虫の死骸の感触もあまりいいものではない。
単調な攻撃の繰り返しなので、若干緊張感が緩んできた。
「こうやってっとあれだな……」
バン、バン、バンババン!
時折リズムを刻みながら連打してみたり。
「単純作業にも遊びが欲しくなるな。気分は音ゲー感覚だな、これ」
と、うっかり取りこぼした虫が脇に回り込んできた。
「いけません!」
ALの風花護符から発生した風の刃が、虫を切り裂いた。
「すまんな、油断して噛まれないようにしとかねば」
「いえ、援護はお任せ下さい」
そんな中山科の火炎放射器はかなり役に立っていた。虫の列を断絶するように攻撃、一度に相当数の虫を退治していく。だが虫の列はすぐに復活してしまう。
「範囲攻撃がないのが痛いねぇ」
後必要なのは根気か? とディザイアは連打しながら思っていた。
高橋も交響珠で幾度も虫にダメージを与えていたが、終わりが見える気がしない。
ハリセン攻撃も追いつかなくなり始め、だんだんディザイアの足が虫で見えなくなってきた。
「痛てっ! くそ、少しでもダメージ減らそうか」
ディザイアは『電磁防御』で瞬間的に防御力を高める。
「大丈夫? ディザイアさん」
高橋も『ナイトミスト』を使用し支援した。
なんてやってるうちに、自分にも数匹虫が寄って来た。払い落とそうとする彼の手をかいくぐり背中へ登ってゆく。
「えっ、うわ、誰か助けてー!」
「しっかりしてください」
ALが彼の背中を払い、山科が周囲の床を火炎放射器で薙いだ。
「一度床を全て燃やします」
山科が『闇の翼』で飛び上がり、ディアボロがいる床を燃やして回る。
それが功を奏して、虫の数が急激に減った。
彼らはあと一息と、手当たり次第に残った虫退治に専念する。
「そろそろ親玉探してみよう」
取りあえず寄ってくる虫もいなくなったところで、高橋が動き出した。
「ピーナッツ蟻達が根城にしていた場所なんかにいそうですよね。最初にたかっていたピーナッツの陳列棚の辺りとか……」
ALが言いながらその棚の商品をどかしていくと、30cmほどはあろうかという大きい虫が素早く彼の脇をすり抜けていった。
「いました、そっちです!」
「デカ!」
虫の前に立ちはだかり、高橋が驚きの声を上げた。
親玉だから多少はでかいのだろうと思っていたが、今までの殻付きピーナッツサイズの虫達と比べると何倍もデカイ。
「活動お疲れ様! きみの悪趣味な遺伝子はここで終了だ!」
高橋の交響珠から、音符のようなものが女王虫に放たれた。腹に命中する。
『キィイ!』
女王虫は反撃しようと高橋に向かってジャンプした。虫のジャンプ力は人間で換算するとすごい力だったりする。
ディザイアがす、と高橋の前に出て、ハリセンを野球のバッティングのごとく振り回した。
「せいっ!」
クリーンヒットし、天魔は棚にぶち当たって落ちる。
「おおっと!」
傾いた棚をすかさず高橋が支えた。せっかく商品に気を使ってどかしたのに、ここで台無しにするわけにはいかない。
女王の体は凹みだいぶ弱ってはいるものの、まだこちらに向かって来ようとしている。最後の力を振り絞り、ジグザグした走りでディザイアに寄って来た。
ALが『エナジーアロー』の薄紫色の光の矢を飛ばした。
「そこで御座いますっ!」
矢は女王の体を貫き、
「とどめです!」
山科が頭上から火炎放射器の炎を浴びせた。
『ギイイィィ……!』
だんだん天魔の叫び声が小さくなり、アウルの炎と共に消えた。
●最後までピーナッツ
右班も左班もディアボロが残っていないか、念のため店内を全て歩き回った。いないことが確認されると、どかした商品や棚を元に戻す作業へ。
山科は持参したブルーシートを外に広げ虫の死骸を集め、掃除に努めた。二箇所の死骸を合わせるとそれはもう一枚のシートでは足りず、ちょっとした小山が出来上がった。
店内が元通りになると、店長を伴った塔利が外で待っていた。
「お疲れさん!」
「皆さん、どうもありがとうございました」
店長が安堵した様子で頭を下げる。
「商品もピーナッツ以外は全部無事ですよ! すっかり元通り!」
得意げに高橋が店長にアピール。ディザイア達には彼の下心が見え見えだった。
「天魔退治から店内の片付けまでしていただいて、そのお礼と言っては何ですが……」
きました!
高橋の目がキラリと光る。
「このピーナッツは衛生上や他の意味でももう売れないでしょうし、もし良ければ皆さん、持って行ってくれませんか?」
「なんだ、ピーナッツか……」
あからさまにガッカリする高橋。ディザイアも
(ピーナッツ退治で報奨もピーナッツ……)
と残念感は拭えない。まあ、報酬は塔利からもらえるはずだが。
するとアニタが何かを思いつく。
「せや、ちょっと調理できる場所お借りできますか?」
デリカ部の調理場を借り、鶏肉とピーナッツの炒め物を作った。
仲間達にはもちろん店長や残っていたスタッフにも振舞われ、中々好評だった。
「美味しいな」
自分も料理が得意なメイシャは感心する。
「せやろ、本場香港の味やで? 塔利さんもどうや?」
アニタに勧められた塔利は、いや、と手を上げて丁重に断った。
「俺は当分ピーナッツは食えそうにない……」
「……お気の毒です」
ALは心底気遣ったように言いつつも、ピーナッツ炒めを美味しそうに頬張っていた。
「俺は今日は風呂の時が大変そうっす……」
「俺もだ」
平賀が体中に付いた痣を見ながらボヤき、ディザイアも苦笑して足をさする。
たかたかーっと高橋が塔利に駆け寄った。
「よっちゃーん、お礼に一杯奢ってよー」
「お? そうだな。よし、どっかで飲んで帰るか!」
「やったー♪じゃあ皆、またね〜」
意気投合した二人は仲良くスーパーを出て行った。
「俺達もそろそろ帰るか。ピーナッツはありがたく頂いていこう」
一段落着いたところで風雅が切り出し、特売のピーナッツ袋を二つほどもらった。
さっそく少し取り出し、殻を割って食べてみる。
「なかなか美味いな。これは酒のつまみに合いそうだ」
「私ももらっていこう」
メイシャもピーナッツを手にした。いくつかピーナッツを使った料理の献立を思い浮かべ、少し嬉しそうだった。
「それにしても四四三さん……応援に来てくれ、と言った割には結局何もしなかったな……」
「………」
メイシャのつぶやきに、皆は深く同意するのだった。