●誕生日会場セッティング
山野の誕生日をメイド喫茶風にお祝いするために、依頼を受けた彼女らは空き教室に集まった。
「まずはメイド服かな」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)は、山野が用意したセクシーメイド服を手にした。
ソフィアと同じ自分用のセクシーメイド服を見て、エリス・K・マクミラン(
ja0016)がちょっとうろたえた声を上げる。
「え、これは……」
まさかここまでミニスカで胸元まで開いているとは思わなかった。自分で選んだのは間違いないが、依頼内容をちゃんと読んでいなかった……。もうこれを着るしかない。
「俺はよく分からないけど、普通のがいい。別の所で着替えてくるよ」
左目に眼帯をした七ツ狩 ヨル(
jb2630)がオーソドックスタイプのメイド服を選んだ。
服を広げてみると、ちょうちん袖でそこそこフリフリしたスカートだった。メイド服なのだから当然ではあるが、彼はよく理解していなかった。
(スカートは女性の服じゃなかったっけ?)
軽く首を傾げつつも、メイド服とは家事や給仕を仕事とする人の、専用作業着らしいと一応調べは付いている。この作業着を着ることが依頼条件なら着ればいいのだろう。
七ツ狩は服を持って教室を出て行った。
「私もオーソドックスので」
蒼井 明良(
jb0930)もメイド服を取った。
「メイド服、確かに可愛らしいですよね」
システィーナ・デュクレイア(
jb4976)と桜ノ本 和葉(
jb3792)はロング丈で大人っぽいクラシカルメイド服をチョイスした。
「メイド喫茶は私もそんなには行ったことないかな。確かに女性同士だと中々行けるものでもないかも……」
日々腐女子道を探究している桜ノ本は、山野の気持ちがいくらか分かった。
着替えが終わり全員が揃うと、中々の眺めだった。
小麦色の胸元チラリ、生足バッチリのセクシーメイド服をシンプルに着こなしたソフィアは、
「なんとなくだけど、これが一番しっくりくるね。もうちょっと胸元とか開いててもいいかなあ」
と感想をもらす。少し頬を染めて驚いた瞳の蒼井と目が合った。蒼井はオーソドックスメイド服に自前のメガネをかけている。
彼女が自分の発言に何を思ったか、すぐに悟ったソフィアは慌てて言い訳した。
「ち、違うよ!? 痴女じゃないよ! 普段から露出が多いから、こういう服も抵抗がないだけで!」
その隣で、同じセクシーメイド服に猫耳を着けたエリスが、やたら恥ずかしそうにしていた。
「うぅ……これは自分の不注意です……。ですが……こんな露出度の高い服……は、恥ずかしいです……」
目の前には男性である七ツ狩もいるのだ。しかし当の七ツ狩はミニスカの彼女やソフィアを見ても、全くの無関心で淡々としていた。
そういう彼は眼帯はそのままに、あまり違和感なくメイド服を着ている。いや、むしろカワイイ。
「せっかく年に一度の誕生日。できるだけご期待に添えるように、楽しい誕生日会にしましょう」
すでに微笑みがプロのメイドになりきっている桜ノ本は、メイド服に加え猫耳、ホワイトブリム、メガネと全てを装備していた。
「そうね、さっそく飾り付けしましょうか」
システィーナがぽん、とひとつ手を叩く。
さながらメイド長のようだ。ロング丈のスカートの裾から少しだけ見えるストッキングの足が、大人の色気を醸し出している。
「じゃあ、俺掃除するよ。食べ物食べるなら綺麗な方がいいだろうし、掃除もメイドの仕事らしいし」
七ツ狩が申し出ると、
「よし、始めよう!」
ソフィアの掛け声で皆動き出した。
七ツ狩と蒼井が掃除をしている傍ら、他のメイド達は飾り制作を担当。色紙を細く切って鎖状に繋げた物や、ティッシュで花などを作る。だいたい出来上がると、飾り付けに入った。
掃除が済んだ七ツ狩は天井付近の飾り付けを手伝っていた。こういう時翼があるのは便利だ。
竜を思わせる翼で浮かびながら、エリスから色紙の鎖を受け取り、テープで止めてゆく。
「ねえ、どうして人間は誕生日を特別に祝ったりするの?」
七ツ狩がふと尋ねた。そこに興味を持ったからこその依頼参加だった。
エリスは彼に飾りを手渡しながら答える。
「両親や自分に命を与えてくれたものへの感謝の気持ちです。今日まで生きてこられましたってお祝いするんですよ」
七ツ狩は動きを止め、じっとエリスを見下ろした。『生まれてきたこと』をそんなふうに考えたことはなかった。
「どうしました?」
エリスはじっと見つめられて何だか居心地が悪い。意外に巨乳の、開いた胸元が気になってくる。
ふい、と七ツ狩は作業に戻った。
「そうか、生まれてきたことへの感謝、か……」
その顔は無表情のままだったが、内心では深く感心していた。
てきぱきと、桜ノ本が机を合わせて可愛い花柄のテーブルクロスを掛けると、システィーナがピンクのバラを一輪挿した上品な花瓶を中央に置く。
さらに桜ノ本は教室の一角をカーテンで仕切り、皆が持ち寄った飲み物やちょっとした料理を準備。ソフィアも持参したお菓子やデザートを差し出し、山野自ら選んだケーキも出しておく。
「せっかくの誕生日なんだから、ケーキだけだと寂しいしね。色々と準備しよう」
「そうですね」
やるなら満足してもらいたい、という二人の思いだ。二人はシスティーナが用意した可愛い食器にそれらを盛り付けていった。
「紅茶は任せてください!」
蒼井がティーセットをスタンバイ、お湯も適温、カップも温めてある、とチェック。
それからシスティーナは黒板に、色チョークを使い一面に
『由梨香お嬢様 お誕生日おめでとうございます』
とポップ調に書き上げた。
その間、エリスはメイド喫茶らしく立て看板にイラストも混ぜてメニューを書き、それを教室の出入口に設置する。
全てのセッティングが終わり、空き教室はただ一人のため、一日限りのメイド喫茶になっていた。
「さあ、そろそろお嬢様がいらっしゃいますよ」
システィーナが言うと、皆は入口の前に整列した。
●お出迎え
時間ぴったりに、山野由梨香が入って来た。その途端、顔が驚きと喜びでいっぱいになる。
「うわあ〜!」
そこには夢が広がっていた。
「ようこそ! めいどきっさへ! お待ちしていました、お嬢様!」
蒼井がノリノリでお出迎え。
「キャーッ、可愛い!」
山野はのっけからテンションMAXだ。
「お帰りなさいませ、お嬢様!」
続いてソフィアが軽くお辞儀をする。
「おおッセクシーメイドさん! すごく似合ってます!」
「お帰りなさいませにゃー、お嬢様」
猫耳のため語尾に『にゃー』のキャラ付けをした桜ノ本に、山野も感動。
「猫耳メガネもイケます! イイ!」
「……お帰りくださいませ、ご主人様」
「ええッ!?」
七ツ狩のいきなりの出禁宣言に、山野は度肝を抜かれた。
「違います、『お帰りなさい、お嬢様』です」
横から小声でエリスが訂正する。
「ああ、そうか。ごめん。お帰りなさいませ、お嬢様」
言い直したが、完全に棒読み。愛想もない脱力系メイドだ。
山野は七ツ狩をよく見てから、
「あなた男子?」
と聞いた。
「うん」
何かダメ出しでもされるのかと思ったら、その逆だった。
「キャーッ、来てくれてありがとう! メイド服も超可愛い!! ヤンデレ系!? それもいい!」
よく分からないが、山野はものすごく喜んでいるようだった。ならいいか、と思う七ツ狩。
「お、お帰りなさいませ、お嬢様」
エリスはまだ恥ずかしさが抜けずに、緊張した言い方になってしまう。
山野はそんな彼女を見てさらに萌えたようだった。
「もう、セクシー服に猫耳まで着けといて恥ぢらうなんて、どんだけですか! 萌え死にます!」
そう言われてますます恥ずかしさUPのエリスだったが、山野がバッグを持っていることに気づいた。
「あ、あの、お荷物お預かりします」
「あ、ありがとうございます」
エリスは荷物を受け取り、そそくさと奥へ引っ込んだ。
●おもてなし1
「お帰りなさいませ、お嬢様。こちらへどうぞ」
システィーナは実家で使用人にやってもらっているのを思い出しながら、山野をテーブルへと案内する。
「ステキ! 清楚系メイドさんですね、完璧です!」
椅子を引き山野を座らせる。
山野は教室を見回して、飾り付けや黒板、立て看板にいちいち感動していた。
「すごーい、皆可愛い〜」
仕切りカーテンの向こうから、エリスがケーキを持って来た。
テーブルの上に置かれると、皆で声を合わせて
「お誕生日おめでとうございます、お嬢様!」
そして誕生日の歌を歌い、拍手する。
「ありがとうー! すっごく嬉しい!」
山野は満面の笑みだ。
システィーナがケーキを切り分け皿に移し、山野の前に置く。
仕切りの後ろで、蒼井が気合いと共に紅茶を淹れていた。やるからには真面目に取り組むのが彼女の信条だ。
空気が入るように高めの位置からカップに注ぐ。
(あまりたくさん入れても運ぶ際に溢れてしまうかもしれませんねっ)
カップをシルバートレイに乗せ、山野のテーブルへと運ぶ。
案の定というか何と言うか、なぜか蒼井はテーブル手前でつまづいた。
「ああッ!」
紅茶のカップが山野の方へ。お嬢様のピンチ!
「お嬢様! あ、危ない!」
咄嗟に『防壁陣』を使用し、シルバートレイで紅茶を受けた。
「ドジっ娘! ハマりすぎ!」
お嬢様が小さくガッツポーズ。
お嬢様は見事守られた。だがカップは割れ、紅茶は床にこぼれてしまった。
「はうあ! すみませんッ、すぐ片付けます!」
あわあわと掃除する蒼井。その姿はまさにメイド。
山野は蒼井の後始末する様を、かなり満足気……というかニンマリした笑顔で見ていた。
「失礼いたしました、お嬢様。こちら、代わりの紅茶でございます」
ソフィアが改めて紅茶を出す。事前にメイドの作法について調べ軽く練習もしていたので、服は大胆だが所作はちゃんとしていた。
(セクシーかつ有能……そこにシビレる!)
山野は彼女の動きに感心していた。
「お嬢様、えっと……その……私達はお嬢様の従者です。何かご要望がありましたら遠慮なくおっしゃって下さい」
おずおずとエリスが山野に言うと、山野の顔がぱあっと輝いた。
その反応にエリスは若干の不安を覚える。
……何かとんでもないことを言ってしまった気がしますが……言ってしまった以上どんな無茶振りにも応えましょう! 今の私はお嬢様のメイドですから!
「じゃあ、お願いしていいですかっ?」
エリスが覚悟を決めた途端、嬉々とした山野の声が聞こえた。
「はい、なんでしょう?」
「あの、『あーん』ってやつ、やって欲しいんです」
「わ、分かりました」
エリスはケーキをすくい、ワクワク顔の山野の口元へ。
「あ〜ん……(やっぱり恥ずかしいです〜!)」
「あーん♪」
ぱくっ。
「んー、セクシーメイドさんに食べさせてもらえるなんて、超幸せ〜☆」
山野はニコニコしっぱなしだった。
●おもてなし2
「おかわりはいかがですか?」
本物のメイドのごとく山野の後ろに控えていたシスティーナが尋ねると、山野は首を振った。
「ケーキはもういいですけど、せっかくだから定番のオムライスとか、ありますか?」
「お嬢様はわがままですにゃー」
桜ノ本の猫キャラツッコミが。えっと山野が驚いたところですかさず、
「でもご奉仕のしがいがありますにゃ」
にっこりと笑ってカーテンの中へ。
ずっきゅーん☆
「きゃあああツンデレ!!」
大好きなツンデレは山野のハートに突き刺さったようだった。
桜ノ本がオムライスをケチャップと一緒に、お嬢様の待つテーブルへと運んでくる。
「お絵かきサービスいたしますにゃー」
迷いなく、卵の上にケチャップでユリの花の絵を描いた。
「すごい! ケチャップでここまで描けるなんて、練習したんですか? どうしてユリを?」
「れ、練習なんかしてませんにゃ。ユリの花は、お嬢様のお名前にちなんで……」
「わー、そこまで気を使ってくれたんですね、嬉しい! さっそくいただきます!」
「お嬢様、あ〜ん♪」
今度はソフィアが食べさせた。
「ん、おいしい! これホントに美味しいです! 猫メイドさんの手料理ですか?」
ぱっと山野が桜ノ本の方を向いた。
確かにオムライスは、桜ノ本が事前に作って持って来た物だった。それを褒められ、思わず顔が緩んだ。
「お口に合って良かったです、にゃ」
嬉しさのあまりついキャラを忘れそうになったので、急いで『にゃ』を付け足す。
「やーん、もうサイコー!」
山野は自分も何故か照れてしまい、すっかりツンデレにご満悦だった。
「お嬢様、オレンジジュースです」
七ツ狩が飲み物を置き、他のメイドの様子が見える場所に立つ。
彼は今までメイドがどういうものか、皆の行動を観察していたのだった。
だいたいは把握できたと思う。その上で、自分がメイドとしてできることは――。
ソフィアの作ったクッキーや、デザートのパンナ・コッタに舌鼓を打っている山野に一言。
「……肩でも揉む?」
一瞬山野は不思議そうな顔をしたが、すぐに
「じゃあお願いします」
と彼に肩を揉まれた。
どっちを向いても可愛いメイドさん!
こんな幸せがあっていいのだろうか。いや、今日くらいは許されるだろう。つーか許してください。
だって誕生日だから!
●そしていってらっしゃいませ
最後のお見送りになり、メイド達の前でペコリ! と山野が頭を下げた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました! 最高の誕生日でした!」
その顔を見れば、彼女が心から楽しんでくれたのだということが分かる。
システィーナの顔にも自然に笑みが広がった。
「お嬢様にご満足いただけたのなら、それが私達の喜びです」
「それでは、いってらっしゃいませ、お嬢様」
ソフィアが丁寧にお辞儀すると、皆もそれに倣って言葉を繰り返し、深々とお辞儀した。
「行ってきます!」
元気よく答え、お嬢様は帰って行った。
「満足してくれて良かったよ。あたしにとってメイドって、やっぱり使用人としてのイメージだから、彼女の希望に添えたのかちょっと不安だったんだ」
片付けをしながら、ソフィアが隣にいたシスティーナに打ち明けた。
「私もメイド喫茶のことはよく分からなかったけれど、皆さんのおかげで上手くできたと思います。ところで、お嬢様は『ツンデレ好き』ということでしたけれど、『ツンデレ』とは何でしょう?」
「ああ……」
ソフィアは『今ソレ聞く!?』とツッコミたかったが黙っておいた。
「うん、分からなかったならもういいと思うよ」
七ツ狩も今回の依頼について考えていた。
山野のあのはしゃぎようはあまり理解できなかったが、誕生日のことは理解した。
『誕生日を祝う時はメイド服』
彼の頭にはこう認識されたのだった。