●待ち構えているものは
撃退士達は通報のあったマンションへの道を急いでいた。
走りながら黒須 洸太(
ja2475)は携帯で警察に連絡する。自分の身分を告げ、今迫りつつある危険を知らせた。
「ええ、そうです。天魔は私達が何とかしますから、被害が出る前に付近住民の避難をお願いします!」
連絡を終え、チラリと黒須は隣や後ろを走っている仲間を見た。全員初対面というわけではなく、ヴォルガ(
jb3968)と桐生 水面(
jb1590)は見知っているので、いくらか安心もしていた。
「早く助けないと、ですね……!」
皆に遅れないよう一生懸命走りながら、蒼井 明良(
jb0930)が唇を引き結ぶ。
「いきなり出会って襲われて……可哀想に」
紫音・C・三途川(
jb2606)も同情を込めた口調で言った。
マンションが見えてきた。天魔がいるとは思えないほど、そこは日常の街中の風景だった。
今にも女子高生が襲われているかもしれない。立ち止まって作戦を再確認している余裕はなかった。彼らは各々頭の中で計画を反芻する。
黒須とヴォルガ、蒼井と桐生、紫音とライアー・ハングマン(
jb2704)のペアであたり、まず女子高生の救助を最優先に行動することになっていた。
地下駐車場の入口を見つけ、彼らはなだれ込む。
奥へと駆けて行くと、一人の銀色の髪をした青年と銀狐が見えた。車の陰、壁の隅に女子高生がいる。
「まずは敵とあの人を離さんとあかんな……いくで!」
緑色の髪をなびかせ走りながら、桐生は詠唱を始める。
「爆ぜるは火球、夜陰を彩る無数の焔!」
掌に収束させた炎をサーバントに向けて撃ちだした。
『ギャイン!』
不意打ちがきまり、『爆焔<ファイアワークス>』の炸裂した火球が辺りに散った。
ヴォルガが『闇の翼』で飛び上がり、上空から牽制攻撃をかける。
その間に黒須と紫音、ライアーが女子高生の所に駆けつけた。
「もう大丈夫、僕達が守るからね」
爽やかな笑顔で黒須が声をかける。彼自身も過去、天魔に襲われパニックになった経験がある。それを思えばこそ彼女には優しく、これ以上怖がられないよう配慮していた。
女子高生は怯えてはいたものの、彼らの到着に一気に安堵したようだった。
「よ、良かったあ〜! 来てくれなかったらあたしここで死んじゃうのかなって……!」
「この二人と一緒に逃げれば平気だから、ね?」
頬を染めつつこくりとうなずき、女子高生は紫音とライアーに視線を向けた。
ライアーは彼女が自分の犬耳(本当は狼耳だが)を見て、本物かどうか判断しかねているのがよく分かった。その反応を少し面白がりながら、
「防御は紫音さんに任せる、俺じゃ壁になれん」
「分かった」
ライアーが女子高生をかばうようにそこから連れ出した。さらに彼らを守る形で、紫音がいつでも『シールド』を使えるように警戒しながら、マンションへ通じる出入口へと向かった。
「そっちは駄目、ですよ!」
声と共に蒼井は不思議なオーラに包まれた。銀狐は彼女を無視できなくなった。
狐にしてはやけに鋭い牙の生えた口を開き、彼女に飛び掛かってくる。
蒼井は『防壁陣』を使い、マクアフティルを構えてそれを受け止めた。牙は防いだが、前足に腕を切り裂かれた。
「あッ!」
その様を、サーバントに加勢するでもなく、ただニヤついた顔でシュトラッサー銀音が見ていた。それがなぜか無性に腹が立って、蒼井は思わず彼に叫んでいた。
「なんでですか!」
銀音はわざとらしくキョトンとした表情を作る。
「知ってますよ、私だって……貴方達だって、人間だったはずじゃないですか! こんなこと、良くないです!」
「ははっ」
銀音は蒼井の叫びをせせら笑った。その態度が蒼井の心を傷つけた。
桐生の魔法書フェアリーテイルから羽の生えた光の玉が飛び出し、銀狐の背中にダメージを与える。
その戦いから目を離さないまま、銀音が言う。
「キミ、何言ってるの? 元は人間だったから人間を襲うなって? 人間同士だって争ってるくせに、それを棚に上げて天魔だけ差別?」
そういうことを言っているんじゃない。だけど戦いながらでは蒼井は自分の言いたいことを上手く伝えることができず、歯がゆかった。
「残念だけど、俺の中に残ってる人間だった頃の記憶をさらってみても、人間に対する好意なんて残ってないんだよ」
銀音の細められた銀色の瞳に、蒼井はどうしようもない隔たりを感じるのだった。
「取りあえずここまでくればいいだろう」
戦闘の音を遠くに聞きながら紫音が言った。
紫音とライアーは無事、女子高生をマンション側の出入口まで避難させた。
「あ、ありがとう」
「悪いんだけど、ここにいて誰も入ってこないように見ててもらえないかな?」
紫音が言うと、女子高生はこのまま立ち去れると思っていたためか一瞬えっと驚いたが、すぐに了承した。
「分かりました」
「スマンね、こっちには来させねぇようにすっから頼むわ」
ライアーがぽんぽん、と彼女の頭を軽く叩く。彼にとっては自分より年下は全て我が子のように愛しい存在ゆえに、無意識のうちに子供扱いしてしまうのだ。
「それと、どうしてシュトラッサー……あの銀色のヤツがあんたを狙ったのか、分からないか?」
紫音の質問に女子高生がそういえば、と話す。
「主の水晶の腕を返せって言ってた! あたしそれを道端で見つけて、交番に届けようとバッグにしまったんだけど、あっちの入口でコケた時にバッグ落としちゃって……!」
「なるほどな」
「それを渡せば何もしないって言ったのに」
「……どう思う?」
紫音がライアーに意見を求める。
「とにかく腕を探して、それと引き換えに交渉してみっか」
今の自分達ではヤツと戦うのは分が悪い。できれば早々にお帰り願いたい。
「アイツは撃退士と戦う気ないみたい。ホントかどうかは判らないけど」
その情報を信じるとすれば、腕さえ渡せばシュトラッサーとは戦わずにすみそうだ。
「よし」
二人は女子高生をそこに残して、自分達がさっき入って来た出入口へと走った。
●交渉
紫音とライアーはざっと付近を見たが、バッグらしきものは見当たらない。車の下に入ってしまったのだろうか。
「仕方ない」
紫音は『物質透過』を使い、地面とバッグは透過しないよう選択し、車を通り抜けるようにくまなく歩く。
ライアーは地道に一台一台の車の下を覗き込んでいた。幸い車の数はそう多くない。
その彼らを、いかにも見下したような嫌な笑みで銀音が見ていた。堕天した自分に対する蔑みが感じられ、紫音はカンに触った。
「見てないで手伝え。元はといえばお前の主の不始末だろ」
最大限の刺を込めたつもりだったが、銀音は無下に却下する。
「ヤダ。俺はキミらのそういう姿を見てるのが楽しいんだ。ゆっくりやってくれていいよ」
イラッとした時、ライアーが水晶の腕を掲げて起き上がった。
「見つけたぞ」
「何だ、早かったな。助かったよ」
心にもない言葉と笑顔で、さも当然のように主の義手に手を伸ばす銀音。それを紫音が遮った。
「……何のつもりだ?」
銀音の顔から笑みが消える。しかし紫音は動じなかった。
「これを渡す代わりに条件がある」
「まったく……ガキに手ぇ出してんじゃねぇよ。相手なら俺がなってやるからよぉ」
相手は天使の使徒。自分は悪魔。どう考えても相性が悪いと感じながら、ライアーも交渉に持ち込もうとした。
「で、条件て何だよ?」
銀音が一応聞く姿勢を見せたので、ライアーが切り出す。
「これを渡したら女子高生に何もせず帰ってくれ」
「俺は別に最初から何もしてないけど」
じろりと紫音が銀音を睨むと、銀音は少し肩をすくめ、先を続けた。
「腕を返してくれれば帰るよ。俺はね。狐はキミらに任せる」
やはりサーバントとは戦闘を続行しなければならないようだった。
「なら、狐との戦闘に手出しはしないで欲しい」
紫音が加えて要求を述べると、銀音はめんどくさそうな顔をした。
「そんな取り引きは無意味だ。ホラ、お友達が危ないぞ?」
「なに!?」
と二人が戦闘を見ると、皆必死に戦ってはいるが特にピンチに陥っている訳でもなさそうだ。
「貴様……!」
振り返るとすでに銀音の姿はなかった。ライアーが持っていたはずの水晶の腕も消えている。
「チッ」
ライアーが舌打ちし、
「帰ったんならもういい。向こうの戦闘に参加しよう」
紫音が気持ちを切り替えた。
●銀狐との戦闘
ヴォルガはスクールシールドを突き出すように構えつつ、天井付近を飛んでいた。銀狐が誰かを襲おうとすると、天魔の頭上からカットラスを振り下ろす。攻撃したらすぐに離れる、を基本に動いていた。
黒須の忍術書から、風の刃が発生した。真っ直ぐ狐に向かって行くが、狐はひらりとそれをかわし黒須に反撃しようとする。
ヴォルガが黒須を守るため、銀狐に斬りかかろうとした。だが狐は不意にこちらを向いた。
「!」
マズイ、と本能的に危険を感じるヴォルガ。
サーバントの青い炎が自分に飛ばされたのが分かったが、狐との距離が近すぎ、咄嗟に反応できない。
「いけない!」
黒須が『庇護の翼』を使い、彼のダメージをその身に引き受けた。
「ぐあぁっ!」
痛いほどの冷気が全身を貫く。温度障害になってしまった。
「大丈夫か!?」
ヴォルガが黒須の傍らに着地した。
「だ、大丈夫……」
ニコリと、笑いながら黒須が言った。こんな時でも彼は笑顔だった。ヴォルガに余計な心配をかけないように。
『リジェネレーション』でダメージのいくらかを回復させる。
「あなたの相手はこっちです!」
これ以上誰かに傷ついて欲しくない。それなら自分が攻撃された方がいい。
先に受けた腕の傷も構わず、蒼井が再び注目を集めるオーラをまとう。だが今度は銀狐は彼女に振り向こうともしなかった。
サーバントが弱った黒須に飛びかかる。
「くっ!」
蒼井は黒須と狐の間に割って入り、『防壁陣』で攻撃を受けた。
ヴォルガが敵の動きが一瞬止まったのを見計らい、仲間の仕返しとばかりに強烈な一撃『スマッシュ』を放つ。
『ギャウ!』
三尾の尻尾の一本が途中から切れた。
「逃がさへんで!」
桐生が魔法書の光の玉を操る。光球は自らの羽で飛んでいるかのごとく変幻自在の動きで、銀狐の懐に潜り込みダメージを負わせた。
「さあ、そっちじゃありません!」
蒼井が気を引くように手を挙げた。もう一度『タウント』でサーバントの注意を自分に向けられないか試みる。
銀狐は唸り声を上げ彼女に向かって身を低くし、青い炎を発生させた。その銀狐の背後には、紫音とライアーが迫っていた。
「そらッ!」
紫音の後ろから、レヴィアタンの鎖鞭が出現し狐を攻撃した。しかし鞭は空を打つ。
放たれた青い炎が剣を構えた蒼井に当たった。
「きゃあッ!」
『防壁陣』を使用していたとはいえ、ダメージが全くなくなる訳ではない。蒼井は冷気の痛みに片膝を付いた。
銀狐はまだ蒼井から気をそらさない。
『ハイドアンドシーク』で暗闇に隠れながらライアーは鞭を繰り出し、大技を出すチャンスをうかがっていた。
「ライアー君、技を出す時は言ってくれよ?」
後ろにいるはずの彼を守りながら、紫音が念を押した。
彼のマイナスのカオスレートはサーバントに対して強力な戦力となる。ゆえに最優先でガードしているのだが、彼の攻撃は天使である自分も巻き込まれたら危険なのだ。というか確実に死ぬ。マジで。
「分かってるって。でも前に出たら即行で役立たずになるから困る、もっと強くなりたいねぇ」
やれやれ、とライアーがボヤいた。サーバントに対しての攻撃力はあるものの、防御がからっきしなのでこうして誰かに守られたり、潜行しながら背後から攻撃するのが常だった。ついついボヤきたくもなろう。
全員がそろい、彼らは銀狐を取り囲んだ。
銀狐が囲みを突破しようと桐生の方へ駆ける。
桐生の口元が上がった。今こそ『氷界<氷の夜想曲>』をお見舞いする時だ。
「どっちの冷気が上か……試してみよか! 伝うは凍気、眠りを誘う冷厳なる波動!」
自身の澄んだ青いアウルを凍らせたかのような冷気が周りに漂う。もう少しでサーバントの爪がかかる、というところで手を振るった。
拡散した冷気は銀狐を瞬時に凍りつかせる。そして眠らせることにも成功したようだった。
「ライアー君!」
「おうよ!」
紫音の呼びかけにライアーが『ヘルゴート』を使用した。
「皆、ライアー君の前から離れるんだ!」
言いながら自分も慌てて脇にどける。
「ちょろちょろせずに、大人しく食らっとけや!」
ライアーが『クレセントサイス』を放った。
無数の刃は眼前の物全てを巻き込む勢いで、容赦なく眠っているサーバントの体を切り刻んだ。カオスレートと『ヘルゴート』でUPしたその威力はすさまじく、銀狐はひとたまりもないだろう。
『ケエエェ!!』
全身に付いた傷から血が吹き出し、銀狐は倒れた。
数秒間、サーバントが起き上がらないか見届けてから、
「やったで!」
桐生が勝利のガッツポーズをした。
おもむろにヴォルガが前に出て、銀狐を足先でつつく。狐は動かない。死んでいるのだから当然だろう。でもヴォルガはカットラスを振り上げ、サーバントの首に振り下ろし、断ち切った。
皆はその行動に何も言えなかった。
戦闘が終わったと聞かされ、女子高生が皆の所にやって来た。
「助かりました!」
「無事で良かった」
頭を下げる彼女に、黒須が優しい笑顔で言った。最初に彼女に向けたのと、同じ笑顔。彼の笑顔は感情の発露ではないのかもしれなかった。笑顔でさえあれば幸せになれる。そうして怒り方や悲しみ方を忘れた結果なのかもしれないが、それは誰にも分からなかった。
「そら、バッグ」
ライアーがホコリをはたき、彼女にバッグを返す。
「ありがとう。良かった、アイツ帰ったんですね」
「ああ、まあね」
その『アイツ』と言葉を交わした紫音は、何となく複雑な気分だった。
「もう大丈夫です、安心ですよ。私がお家までお送りします」
蒼井がそう申し出ると、女子高生も大いに安心して、快く受け入れた。
●使徒は主の下へ
「ただいま戻りました、ナサニエル様」
銀音が綺麗に磨き上げた水晶の腕を主に捧げると、ナサニエルはおお、と声を上げた。
「取り戻したか! あまりに遅いから心配したぞ」
嬉しそうに腕を受け取り、傷ついていないか検分しうっとりと眺める。
「俺のことを心配してくださったのですか?」
「ああ。私にはお前しかおらぬからな」
「……それはどうも」
主の答にどれほどの意味があったのか銀音には測りようもなかったが、少しだけ満足した。
天使の落とし物は天使の所に戻り、撃退士達の依頼も一つ解決したのだった。