●居眠り対策会議
中等部の空き教室に集まり、皆は高下の何となく憐れを誘う話を聞いた。とにかく明日一日遅刻せず、授業も居眠りせず乗り切ればいい訳だ。
「いやー、あたしも部活で新聞記事作ってるんだけど、夜更かしして次の日の授業が眠くなること良くあるから、仲間仲間」
市川 聡美(
ja0304)がうんうんとうなずく。自分の経験から、高下に妙な親近感を覚えたのだ。
チャイナドレスにふわふわした印象の巫 桜華(
jb1163)も彼の気持ちが理解できた。
「春は気候が良くテ、ついうとうとしちゃうデスネ」
「ですよね、眠くなりますよね!」
高下は自分以外にも仲間がいると知ってホッとしたようだった。
「眠たくなっちゃうの分かるけど……、ここまでくると病気とかそんな落ちはない……ですよね?」
澤口 凪(
ja3398)がツインテールを揺らしちょっと不安そうに尋ねると、高下は慌てて否定する。
「そんなんじゃないです! けど、何かいい方法教えてもらえないでしょうか?」
「よろしいデス、ウチが色々試した居眠り回避方法をいくつか伝授しますですヨ!」
経験者は語ル、というやつですネ。ハイ。自慢できることなのかは疑問だが、これも依頼人のため、と巫は胸を張った。
「基本はカフェイン系だけど……」
と白衣を着た外見は可愛らしい少年の鴉乃宮 歌音(
ja0427)が言う。彼はこれでも高下より先輩なのだ。
「最初は効き目あったんですけど、3、4日もすると効かなくなってきて……」
「あ〜、カフェイン効きづらくなってるのは厳しいね〜」
申し訳なさそうな高下の言葉を聞いて、市川は頭を抱えた。少し考えてから、
「二度寝しちゃうでしょ?」
と聞いた。
「あ、はい。目覚まし止めた後結局寝ちゃって、気づいたら遅刻ギリギリってのがパターンです」
「やっぱりね。二度寝しない対策として、かの西郷隆盛もやってた薩摩式目覚まし法ってのがあってね、目覚めたら掛け布団を跳ね飛ばし寒さで目を覚ます、ってやつ」
「おお、すごそうですね!」
高下が食いついたところで、市川は持参した布団を取り出した。
「あたしはさらにそこにアレンジを加える」
布団をかけて床に寝転んだ。それから
「お尻ジョイボーーール!」
と叫びながら、布団を跳ね上げ飛び起きる。
「このように恥ずかしい台詞を言いながら起きることで羞恥心で目を覚ます、と」
高下の反応を見ると、彼は技(?)のすごさに圧倒されていた。
「な、なるほど……」
彼にとっては若干上級者向けだっただろうか。
「つまり、寝起きの悪さを是正して欲しいと。そのためには何でもやって良い訳なのよね」
不穏な含みを込めた高虎 寧(
ja0416)の言葉に、高下が焦る。
「イヤイヤイヤ! 何でもというのはちょっと……!」
「とりあえずこの時期における睡魔撃退は必須なのよねえ。朝寝坊対策なら、添い寝で起こすのが一番かな」
高下の言い分を高虎はあっさり無視した。自分は朝は強く寝起きからすぐに行動できるので、それなら協力できる。
「だ、ダメですよ、僕男子寮ですから!」
「そうか。じゃあ朝一番に起こしに行くから」
『遁甲の術』を使って部屋に入り、彼を起こしてすぐ出て行くくらいなら平気だろう。
「あ、ボクも起こしに行ってあげるよ☆」
高虎のついでに手を挙げたのはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)だ。
「お願いします!」
ジェラルドは合鍵を借り、高虎と一緒に彼の部屋の場所を教えてもらった。そこは家賃無料、共同風呂に共同トイレ、部屋も激狭という一番古い部類の寮だった。
「そもそも遅くまで起きないことだ。早めに寝る」
外見にそぐわない教師口調で鴉乃宮が言った。それに巫も同意する。
「そうですネ、睡眠時間はできれば7時間くらいしっかり取る! 寝る前にはお風呂に入ってくださいネ」
「寝る3時間前には食べないこと。寝る前に水を飲むと、落ち着いて眠れるしトイレで起きたくなる」
「それなラこれピッタリ! リラックスできるようにカモミールのハーブティーどうぞですヨ」
鴉乃宮の提案に合わせたかのように、巫が持参した携帯用ボトルを差し出した。
「ありがとうございます! 寝る前に飲みます!」
「あと、遮光カーテンではなく、ちゃんと朝日が届くようなカーテンにするのもオススメなのデス」
「それは大丈夫です。僕の部屋、薄っぺらいカーテンしか付いてないですから」
経済状況がいちいち切ない。
「起きてからも大事だ。起きたことを報告、記録する習慣をつけろ。明日は私に言ってくれてもいい。起床後のストレッチや冷たい水で顔を洗うなども効果的だ」
「はい、やってみます!」
「ちゃんと起きられた時自分に褒美を用意しておくと、それを楽しみにまた頑張れるよ」
鴉乃宮の的確なアドバイスに、高下もだんだん心強くなったみたいだった。
そして授業中の居眠り防止策として、まず市川が思いつく限りの案を出してみた。
・授業の前に目薬をさす
・息を止める
・耳を引っ張る
・頭をマッサージ
・眉の下の窪みを押す
・昼休みは15分ほど寝る
「目薬は強力なやつがいいよ。耳を引っ張るとかは効果はそれなりかな。頭マッサージもそうだけど、周りの人を笑わせちゃうという弱点が……。で、眉の下の窪みには眠気防止のツボがあるとか」
市川は自分の経験を思い返して苦笑した。自分も色々試したものだ。
「あとは目の下にメンソール系の塗り薬を塗るとか手の痛覚を押す、とか」
と高虎が言うと、
「私も同じです」
澤口も賛同した。
「親指と人差し指の間あたりに痛点があるんですよ。そこぎゅーって押すと結構痛いので、それで起きないかなって」
さらに鴉乃宮が歩きながら付け加える。
・授業中は何でもいいから書き続ける
・消しゴムを落としやすい所に置き、眠くなったら落とす
・一回は必ず質問する
「消しゴムを落とすと、拾いに行く時恥ずかしくなって起きてしまうという寸法だ。質問も『今の所分かりやすく!』でも何でもいい。常に『自分は起きることを強いられてるんだ!』と集中線が浮かぶほどの勢いで意識しておくこと」
高下はせっせと皆の意見をメモしていた。授業もこれくらい必死なら眠くならないはずだが……というのは言いっこなしだ。
「ウチも何か書くのはいいと思いマス。授業内容はもちろん、ポエムでも小説デモいいでス! 思考しながらの継続した作業で、眠気を感じル余地を失くすのデス!」
巫が自分の案を解説する。
「あとはこっそり筋トレですネ。ですガ、正直授業内容は半分くらいスルーすることニなりマス」
多少の犠牲はやむを得ないという上官のように、キリッと顔を作る。
「ひたすら寝落ちしないことに特化した方法で、諸刃の剣というやつなのデス……。座りながら両足を宙に浮かしたまま過ごすことで、下半身の筋トレをしつつ運動により眠気を飛ばすというものですヨ」
「それは効きそうですね……」
「ウチからお伝えできることは、こんな所ですネ。健闘を祈りますですヨ! ウチも一緒に授業受けて眠気に耐えマス!」
「はい! 頑張ります!」
「こういうのは何でもかんでも策を押し付けるだけでなく、その策の効果を受けて更に向上に務めるのも働きの内よね。だからうちとしては一緒に体験してみようと思うわ。まあ、思う存分寝ることの言い訳だけどね」
高虎はクスリと笑った。
「私も授業参加します」
と澤口も参加表明をし、今日はそれで解散となった。
高下は教えてもらった通り、その夜は風呂に入って寝る前にもらったカモミールティーを飲んだ。
11時前には就寝。
●翌日の朝
ピピピピッ ピピピピッ
アラームが鳴った。
ドアの外でその音を聞いたジェラルドは、合鍵で扉を開けて中に入る。アラームを止めようと遠い場所の携帯に手を伸ばしている高下の耳元に顔を寄せ、
「高下くーん☆おはようございまーす♪」
大声で起こした。
「ん〜……?」
高下はしぶとくも目を開けようとしない。
さらに『遁甲の術』で部屋に来た高虎が、容赦なく布団を剥ぎ取った。
「はい、時間よ、起きなさいねえ」
顔はいくらか笑っていたが、発せられる殺気が全く笑えない。
聞きなれない女子の声を聞いてか、高下がガバっと起き上がった。
「ね、寧先輩!?」
「起きた?」
「起きた、起きましたから! バレたらマズイですって!」
「分かったわよ。じゃあ授業でね」
高虎はまた潜行してふいっと出て行った。
ほ〜、と一息ついた高下はまだ眠そうに目をこすっている。
「その眠気……痛いほど解るよ♪今日を乗り切ったら一緒に昼寝に行こうぜ☆」
ジェラルドが親しげに笑った。
「はい……あ、そうだ鴉乃宮先輩に連絡」
ジェラルドが見守る前で、高下は律儀に鴉乃宮に起きた報告をし、冷水で顔を洗った。おかげで目が覚めたらしい。菓子パンで朝食を摂り、余裕の時間に寮を出ることができた。
「僕、こんな時間に来れたの初めてです!」
高下は一緒に校門をくぐったジェラルドに笑顔を向けるのだった。
●現国の時間
先生の後に、ジェラルドが続いて教室に入って来た。高下はびっくりし、若くてイケメンの登場に生徒達がざわめく。
「今日だけ先生の補佐として授業のサポートするので、よろしく♪やはり教育者たる者、常に生徒が興味深く勉強できるよう務めるべき……ですよね☆先生♪」
一応昨日のうちに話は付けてあったが、確認するようにジェラルドは現国の中年女性教師に顔を傾けた。
女性教師はあまり納得いってないようだったが、取りあえず授業が始まる。
窓際最後列の高下の席のさらに斜め後ろには、高虎が紛れ込んでいた。一度女性教師と目が合ったが、ジェラルドのこともあるし黙認されたようだ。
(確かにあったかくて気持ちいいわ……)
授業を聞いていると本当に眠気が襲ってくる。高下を見ると、早速彼は目の下に塗り薬を塗り、耳を引っ張ったりツボ押ししたりしているようだ。
高虎も同じように塗り薬を塗ってみる。
ん、これは結構効く。目がしばしばするけど動くことが必要だし、刺激もそれなりだから悪くないわよね。
手の痛覚のツボや眉の下の窪みも押してみる。
(最初は効くけど……そのうちどうでもよくなるわねえ)
塗り薬が今の所効果的だろうか。ガムも覚醒維持に務めるにはいいと思うが、先生がいる所ではあからさまにできないわよね。筋トレはどうかな? などと考えていると、高下が突然手を挙げ質問した。
鴉乃宮案の『一回は質問する』を実行したのだろう。えらいぞ! と心の中でエールを送る高虎。
「お、いいねえ高下君!」
先生が答える前にジェラルドが質問を引き取った。
「こういうのは大抵主人公の心情が出題される。例えば主人公をキミとして、他の登場人物をキミの身近な人に置き換えてみようか」
「えーと、じゃあ……」
だいたい高下が置き換え終わると、
「この時の主人公……つまりキミの思うことって、なんだろうね? この物語の主人公じゃない。同じ立場に置かれた『キミの』気持ちだ」
ジェラルドの独特な授業が興味を引いたのか、高下も(時々塗り薬は塗っていたが)高虎も、居眠りせずに授業を終えることができた。
「お疲れ! 塗り薬と筋トレは結構いいと思うよ。午後の数学も頑張って!」
「はい、ありがとうございました!」
高虎は手を振って高等部へ戻って行った。
昼休み、高下は昼食後の残り時間を昼寝にあてた。
●数学の時間
この時間にもジェラルドがサポートとしてやって来て、高下の後ろには巫、斜め後ろには澤口がいた。
先生が公式の説明をしている。澤口が高下の様子を見ていると、最初の15分くらいは先生の言うことを逐一ノートに書き留めていたが、だんだん手が止まるようになってきた。巫はすでに筋トレに励んでいる。
(寝ちゃダメですよー)
澤口はあらかじめ用意しておいた消しゴムの欠片を一つ、インフィルトレイターの命中力を活かし指で弾き、高下のこめかみに当てた。
ハッとした高下が目の下に塗り薬を塗り、両足を宙に浮かせた。
生徒達が教科書の問題に取り組み始め、その間ジェラルドは話をすることにする。
「実写ドラマ化したギャンブル漫画知ってる? その中にトランプのゲームがあるんだけど、あれって実は絶対に漫画通りの結果にはならないんだよ」
生徒の半数がジェラルドの話に顔を上げた。高下もこちらを興味深そうに見ている。授業内容とはあまり関係ないが、楽しませることが大事だ。
「今トランプ持ってるから、実際にやってみようか」
ジェラルドはポケットからトランプを取り出し慣れた手つきで実演を始め、上手く確率の説明と絡める。
(ちょっと面白いかも。ジェラルド先輩頭いいんですね〜)
澤口は依頼を忘れて授業を楽しんでいる自分に気づいた。
(いけないいけない、今日の目的は違うってば)
当の高下はというと、ジェラルドの話は聞いていたが、いざ問題を解く段階になると眠くなってしまうみたいだった。
澤口がもう一度消しゴムを投げようかと思案していると、何やら彼が封筒を取り出し、中身を口元に持っていく。すると、急に口を押さえ身悶えだした。
「ど、どうしたんですか?」
小声で叫びながら、澤口は目立たないよう高下の席に駆け寄った。巫も後ろから覗き込んでいる。
「ん〜、ん〜ッ!」
高下は目を白黒させ涙を浮かべ、声を出さないように必死らしい。
机の上には、『これをこっそり舐めてください。刺激くるから叫ばないように 市川』と書かれたメモ紙と、薄いオレンジ色をした小さな紙が。実はこれは、今朝市川が『どうしても眠くなったら読んで』と彼に渡した物だった。
「やりすぎですよ、さとみん先輩〜ッ」
「み、水……!!」
状況からして、この薄赤い紙はハバネロ的な物をまぶしたものなのだろう。しかし残念ながら今水はない。
「どうかしたか、高下?」
訝しげな先生の声。いけない、注意を引いてしまったか。
「な、何でもないです!」
澤口は代わりに答え、可哀想だが高下に何とか我慢させた。
そして数学の授業が終わった。
●昼寝の時間
放課後、改めて結果を聞こうと高下を探していた市川達は、離れた校舎の屋上でようやく彼を見つけた。
「あらラ……お祝いに皆で美味しい物でも食べに行こうと思ってたノニ」
巫が残念そうに言った。
高下はジェラルドと一緒に気持ち良さそうに寝ていたのだ。ここはジェラルドのとっておきの昼寝場所だった。
「寝る、ということが褒美なのかもな」
鴉乃宮もやれやれと肩をすくめる。
「起こすのも可哀想ですね」
澤口が微笑みながら寝ている二人を見、
「このままでいいんじゃない?」
「本人も幸せそうだしね」
高虎と市川がそう締めくくった。
高下は罰を免れ、皆のアドバイスのおかげで遅刻と居眠りがだいぶ減ったという。