午前六時。
山に鶏の大合唱が響いた。
それを皮切りに次々とあがる声声声。一気にけたたましくなった山を見上げ、撃退士達は顔を引き締める。
正確な数は分からないが、軽く数百はいるだろうと言われる鶏達。その住処たる山に、今、彼らは挑もうとしていた。
「美味しい焼き鳥が食べれると聞いて!」
「肉肉しい鳥肉を所望する!」
溌剌とした笑顔の青空・アルベール(
ja0732)と、すでに心が肉で埋もれているアストリット・シュリング(
ja7718)が叫んだ。二人とも目があまりにも輝きすぎている。
「獲物を自分の手で獲ってきて食べるだなんて…滾るわねv」
アイリ・エルヴァスティ(
ja8206)が、おっとり笑顔のままで本音をぽろり。その横で大きく背伸びしていたアンネ・ベルセリウス(
ja8216)は大きく息を吸い込んだ。
「いいねぇ!美味い空気美味い鳥美味い卵! 大自然様々だ!」
「一応、試験だということを、忘れない、ように」
わりと忘れてそうな面々に、如月 優(
ja7990)がひっそりと忠告をする。
「見事こなして最高点を頂いてみせますわ!おーっほっほっほ♪」
やる気満々の桜井・L・瑞穂(
ja0027)が鮮やかにポーズを決めながら高笑いをしている。
「全ては卵かけご飯のために!」
「極上卵かけご飯の為にも頑張りましょうね」
卵愛が留まるところを知らない。常の冷静顔からは想像もつかないファリス・メイヤー(
ja8033)の魂の叫びに、神城 朔耶(
ja5843)はおっとりと微笑む。
「実技は自信無くて。 一説には最強生物とも聞くけれど、真面目に頑張ろうと思ってます」
和泉早記(
ja8918)が少し照れくさそうに言う。フェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)は「うんうん」と頷いた。
「おいしいお料理が食べられて試験単位まで貰えるだなんて、凄くお得な依頼だネ☆」
がんばろうね☆の声にあちこちからも頷きが。同じ事を考えていた御影 蓮也(
ja0709)は、こっそりと卵かけご飯用の醤油を用意する周到ぶりだ。
「鶏って…放し飼いの方がやっぱり美味しいんでしょうか?」
心滾らせ中の人々を眺め、軽く首を傾げながら凰龍 桜(
ja3612)は手持ちの網を点検する。
(食事のため…じゃない、試験合格のためにも頑張らなんなぁ…)
ぎゅ、と網の持ち手を握る。きゅー、とお腹が返事した。
「さて、皆の衆、準備はいいか?」
「今回の戦いは厳しいものになりますよぃ」
ある目的をもって動くルーネ(
ja3012)の声に、同行者の氏家 鞘継(
ja9094)が口元に笑みを浮かべ、一同もまた力強い笑みと共に頷いた。
「ん、それじゃあ鶏しっかり捕まえて行こうね。魔法少女マジカル♪みゃーこ、出陣にゃ♪」
猫野・宮子(
ja0024)の声を合図に、総勢二十四名の勇士が山へと駆ける。
「どうぞ皆様、ご武運を……」
麓に残り包丁を研ぎ澄まさせる水無月沙羅(
ja0670)が一礼と共に彼らを見送った。
迎え撃つかのように麓に響く鶏達の鳴き声。
第一次コッコ大戦の開始だった。
●
気配遮断・無音歩行を駆使して山を駆け抜ける影があった。
「――リョウより各員。目標を補足。座標送る、待機されたし」
卵狙い、肉狙い、それぞれの班または個人へリョウ(
ja0563)からの情報が回る。
「こちらアイリ。追加で雄鶏情報を送るわ」
「るっちょは巣を見つけたよ。雌鳥情報と一緒に送るネ!」
同じく支援により連絡網を繋げた【鳥卵】【鶏肉】が次々に情報の補完をしていく。瞬く間に増える襲撃ポイントに、下妻ユーカリ(
ja0593)は不敵な笑みを浮かべた。
「さぁ! にわとりを捕まえるよっ」
かつてない最強の敵に心震わせながら、雄鶏ポイントが密集している場所へと向かう。
己の全てを賭けての真っ向勝負! 待ちかまえる勝負場所は──樹上!
「……ッ!」
ユーカリは一気に遙か上へと駆け上がると、反転、景色にとけ込むように気配を断った。
眼下の大地を競争相手であり仲間である他参加者が駆け抜けていく。
鶏を追いかけ回さず、待ち伏せをする者は他にもいた。
(鶏ね…メンドクセーのは勘弁だが、旨そうだな…)
ふむ、と一つ頷いて、カルム・カーセス(
ja0429)は自分で食べる分の捕獲へと動き出す。滅多に味わえない旨さだと言うのならば、酒肴にするのもいいだろう。
麓の飼育小屋から餌を拝借し、木の根元あたりに落とし穴を掘る。木の枝と葉や草で偽装工作をしてから撒き餌をして、木の上に昇って読書を始めた。
果報は寝て待て、である。
「卵、卵…どういうとこに巣ってあるんかなぁ…」
携帯で情報交換し、連携をとりつつ個人プレイを楽しむ者も多い。そのうちの一人、桜は発見した巣に顔を輝かせた。が、親鶏がついている。
「鶏さん、そこちょっと退いてこん中入ってくれへん?って、無理か」
鶏はじっとこちらを睨んでいる。盗られてたまるか、の一念を感じ取った。しかしこれも任務である。
「ごめんなぁ……」
桜、容赦なく網を操った。
コケーコォッコッ「痛ッ」コココココケ「痛いッ」コケコケコケコケッ「〜〜ッ」ケーッ!
ものすごい抵抗にあいつつも捕獲。桜の花弁に名を書いた風雅な籠に閉じこめ、丁寧に卵も専用籠に入れていく。
「強かった……」
一匹捕まえるだけで疲労困憊。まだ動きが穏やかと言う雌鳥でコレである。
「向こうで戦闘音()が聞こえたぞ!」
「この辺り、巣が密集しています。気をつけて」
「いたー!」
足音はほとんど無いのに声はする。戦闘を終えた桜の斜め後方で、卵狙いの人々が網を手に新たな戦闘に入る。
「いざ、尋常に勝負です!」
力強い羽ばたきの音と同時、三人の少女が瞬時に魔装を展開した!
相手鶏なんですけど!?
「すまない、が、これも、任務!」
巣を守るため襲いかかる雌鳥に、 ラ ン タ ン シ ー ル ド を構え、迎撃体勢に入る優。そこに仲間の危機を察して雄鶏が現れた!
「おまえの、相手は、私達、では、無い、ぞ!」
「【鶏肉】へ連絡します!」
メ タ ル シ ー ル ド を具現化したファリスがその攻撃を受け、携帯を操る。ギャリンッという金属音。
……あれ? 何か普通に戦闘依頼みたくなってませんか?
「……もしやこいつら……強すぎ!?」
二人の盾持ちアスヴァンに守られ、卵回収に勤しんでいたダアトのアストリットが顔を覆った。
「【鶏肉】間に合いません! こちらで迎撃(捕獲)します!」
「分かった! ! 新手来るぞ!」
けたたましい鳴き声が仲間を呼び寄せるのか、それとも巣の付近だからか、他の鶏も集まり始めた!
「こうなったら戦争だ!」
アストリットの異界の呼び手が鶏に、繰り返す! 鶏 に 行使される!
鶏、避けた!
「ええーッ!?」
盛大な戦闘音に集まった人間の仲間達が愕然。ちょっと待て!
「おまえ達絶対にもう鳥類とかいう次元じゃないだろ!?」
アストリットの絶叫が山に木霊した。
「…あ、山羊」
一方、こちら肉戦もとい雄鶏エリア。麓近くは割と穏やかな気質のものが多く、エリア内には白い生き物Yも混じっている。
(大人しくて可愛……いや、後で遊ぼうね)
人なつこくメェエとすり寄ってくる相手の頭を撫で撫でして、早記は雄鶏を捕獲すべく日陰や水場中心に探索を開始した。見つけた大人しめの肉、もとい雄鶏に低姿勢で近づいて網で……
コケーッコォッコッコッコ!
「え!?」
鶏が勢いで振り返った! ぎょっとしつつ咄嗟に発動させるのは<異界の呼び手>! 優しい顔しておまえもか!
「び、びっくりした……」
これまた見事に避けられたが、慌てず顔の向きと飛びかかってくる方向を見て対処。他に向かってくる個体もなく無事に籠に放り込んだところで、先程の山羊がすりっと頭をこすりつけてくる。
「わ……」
本当に人なつこい。しかし、地味に邪魔である。
(どうしよう……)
「おいで。こっちだよ」
困って立ちつくしていると、ふいに声をかけられた。──いや、違う。
めぇぇ、と一声鳴いて、懐いていた山羊が麓へと向かう。そちらを見やれば、背の高い羊飼いならぬ山羊使いがこちらを見ていた。
「山羊……向こうに、連れて行くから」
十数頭の山羊を従えて、小枝で行く先を示しつつ木花 小鈴護(
ja7205)が告げる。嗄れた鳴き声をあげる白い一団に、早記は思わず声をあげた。
「あの……後で遊びに行っても、いいかな?」
小鈴護は顔を綻ばせて頷く。
「うん」
どこか幼さを感じさせる動作の少年の歩みにあわせて、まるで見えない糸で繋がれているかのように山羊達も移動を開始する。それを見送りつつ、早記はふと思った。
(高等部の人……かな?)
残念。小等部の人でした。
鶏は緊張していた。ものすごく緊張していた。
物陰からシェールュ・ルュー(
ja0214)が自分を見つめている。
動きたい。というか、逃げたい。しかし動けば何か起こりそうで怖い。
鶏は動けない。シェールュも動かない。
「お。雌鳥みっけ!」
そこにアンネがやって来て、鶏の首根っこを掴んで籠に放り込んだ。硬直の解けた鶏がけたたましく鳴きはじめる。罠だったの!? 罠だったの!?
「あれ? もしかして、獲物だった?」
「ううん。見本だったの!」
物陰のシェールュに気づいてビクッとなりつつ問うと、そんな答えが。
「向こうに巣があったから、その親鳥だと思うんだよね。貰って行ってもいいかい?」
「いいよ〜。親と卵を話すの、可哀想だもんね」
あっちにも巣がありそうだよ、という情報をもらって、シェールュは手を振りつつそちらへと向かう。右側の茂みで声があがれば、跳躍する鶏の羽ばたきが。左側の木で声がすれば、五羽の鶏に襲いかかられている蓮也がいた。躍動感溢れる生命の動き。シェールュの脳裏に何かが閃いた!
「真体操部流!こっこばしり!」
目標! 前方の雄鶏!
鶏の足捌きを参考に、移動方向へと状態を倒し低空前傾姿勢で猛烈なダッシュ! 弾丸の如き勢いで現れたシェールュにさしもの雄鶏も反応できない!
「はっ!」
下から手を入れて掬い上げるように鶏を優しくキャッチ&胸にホールド!
優雅かつ大胆な捕獲に近くにいた男性陣が目を瞠った。なんだあの鶏羨ましい!!
そして籠に流れるような動作で鶏は籠の中に。何か♂として満足することでもあったのか、不満の鳴き声すらなく運ばれていく雄鶏。嗚呼、悲しきは♂の性か。
彼の運命は肉と決まった。
「こっこちゃぁーん☆つっかまっえっちゃうぞ〜★」
捕獲され運ばれていく籠の傍ら、茂みの中へと新崎 ふゆみ(
ja8965)が雄鶏狙ってウキウキと出撃した。
見つけた個体は命中力の高いアジュールできゅきゅっと☆
……足……切り飛ばされました。
「ううっ…ごめんね、でもふゆみがおいしい料理に生まれ変わらせたげるからね★」
わりと悲惨な血みどろの現場だったりするのだが、やっちゃったものは仕方ないよねっ☆
気にせず『ふゆみん☆』籠にどんどん入れていくべしいくべし!
「血抜きも出来て一石二鳥だにゃ」
その様子を見ていた宮子、ふむ、と一つ頷いた。
いえ! 調理は別現場でやりますから! 後で山に入った地主さん達が怖がりますから!
しかし、少女達の決断は早い。
「蓮也さんそっちに追い込むにゃ!止めよろしくにゃ!」
連携をとって動く【極致】チーム。情報管制を司る瑞穂の綿密な地形把握と指示によって、宮子と蓮也は挟み込む形で追い込み──
カーマインを首に巻き付け、その場で絞めた。
──あ。首が(物理的に)落ちた。
ぶしぃいいいいっ!
「きゃー!」
頭部を飛ばされても筋肉のアレやコレで動く鶏の体。正直、ホラーよりホラーである。
辺りに充満した血の臭いに誘われたのか、それとも仲間の最期に思うことでもあったのか。ふと気づくとそこここから白いアクマが覗いていた。
「ふん。飛んで火に入る、というやつですわね!」
ばさぁっ! と艶やかな髪を後ろに払い、瑞穂が強気な口調で言う。実は額にちょっぴり汗が浮かんでいたりするのだが、内緒である。
「美味しいご飯のためにもう一頑張りしますか」
血抜きをかねて逆さづりにしつつ、籠に死体を入れ、戦闘態勢を整える蓮也。
「腕が鳴るにゃ」
気を抜けばヤられる。武器を構えながら、宮子は舌なめずりをした。鶏達が不気味に鳴きながらじりじりと囲いを狭めてくる。
多数対三。今、乱戦が始まろうとしていた。
血なまぐさい戦闘が行われている傍ら、別所ではなにやら可愛らしい光景が。
「だいじょーぶ!怪しい人じゃないわ」
小柄故に素早い珠真 緑(
ja2428)は、雌鳥が逃げに走る前にその前へと先回り。餌を持って近づき、友人であるかのような笑顔で手を差し出している。鶏的には怪しい。しかし大変可愛らしい仕草である。
鶏、非常に注意深そうな顔()で見ているが。
「こういうご飯、久しぶりでしょ? 食べていいのよ?」
かわりにあなたの卵を 食 べ る か らv
可憐な笑顔の裏に潜む魔性の気配に、じり、じり、と鶏が後ずさる。じり、じり、と緑がそれを追う。
じりじり。じりじり。
「……ふ」
そして次の瞬間、緑の手が翻ったかと思うとその白いほわほわの体は一瞬で籠に封入されていた。親鳥不在の巣から、せっせと持ち出される卵達。
「可哀想だけど、これも運命なのよ…?」
この卵はやがてご飯の上に盛られ醤油をかけられめくるめく黄金のハーモニーを奏でながら皆の胃袋に。……あ。お腹鳴っちゃった、てへぺろ☆
順調に卵と雌鳥を集めていく緑の背後で、その時、ガサリ、という物音がした。見れば、近くの巣から出てきたと思しき新たな雌鳥が据わった眼差しでこちらを見つめ返している。
「あら」
雌鳥。最初から警戒心バリバリである。その後ろからは、一回り大きい雄鶏がのっそりと姿を現す。
場に満ちる戦意。戦いの気配に、誇り高きマフィアの持つ凄みある殺気を笑顔に纏い、緑はゆらりと立ち上がった。
「この勝負、受けて立つわ……!」
戦場は拡大する。
「おおし、相手に不足なし! 鶏肉、絶対食うぞっ」
飛翔に近い能力を持つという鶏に、水杜 岳(
ja2713)は木々の上を注意して眺める。
頭上を見ながら歩くこと数十秒。
居た。わりと近くに。
「……今までで一番大きな鶏だな」
武器を構え、岳は注意深く鶏を見上げる。
対天魔用<高殺傷能力>武器で戦う他チーム達と違い、彼が用意した武器はビニ傘とシルバートレイだった。うんちょ爆弾対策と爪攻撃時の防御盾であり、正直、鶏対策としてはむしろ彼の武装は良心的だ。
「本当に高い場所にいるんですね……」
「どうやって登ったんでしょう……」
近くで卵を集めていた朔耶と若菜 白兎(
ja2109)も岳と一緒に遙か頭上を眺める。
と、その時、ふいに鶏の頭上で異変があった。一瞬の揺らぎにも似た気配。
そして──
「っやーッ!」
上からユーカリが降って来たーッ!?
じつはこの木、ユーカリの狩り場だったのである。
壁走りを使い一直線に木を駆け降りるユーカリ! 鶏は眼下の岳達に威嚇をしようと動いたばかり! 加速したユーカリの攻撃を避けきれない!
コォオッコーッ!
ものすごい声を上げて迎撃に入る鶏。だがすれ違う一瞬、ユーカリの 迅 雷 が 発動した!
「ええええ!?」
勢いを増したユーカリの超タックル! 抱きかかえるようにして動きを封じ、捕獲、瞬時に籠にすぽーん!と即封入。あまりの早さに硬直した鶏が一瞬後、ようやく籠の中で騒ぎ出すという恐ろしい速度だった。
「……なんていう攻防」
一部始終を見てしまった三人。愕然としてその勇姿を瞼に収めるのに、ユーカリは二カッと笑った。
「全ては焼き鳥のために!」
力強い声に、三人は頷く。
そして気づいた。
自分達を囲む気配に。
「どうやら、鶏さん達も自衛に乗り出したようですね」
「そのようです……きゃッ」
羽ばたきと同時、激しい痛みを感じて白兎は腕を抱えた。死角をついて移動してきた雄鶏が、先手必勝とばかりに白兎を啄んだのだ。
「大丈夫ですか?」
慌てて朔耶が傷口に手をかざす。意外と深い。というか今の、絶対鶏の攻撃じゃない……!
「くっ」
これは気を引き締めないといけない。撃退士としての本能に突き動かされ、岳がブロンズシールドを具現化させる。朔耶と白兎も身構え、籠に獲物を放り込んだユーカリも構えをとった。
「団体戦っていうのも、悪くないね!」
「卵と雌鳥さん狙いでしたが、こうなっては仕方ありません」
「若菜は大丈夫か?」
「はい。大丈夫です。……命を頂くのですから、最初の一撃はあえて受ける……それがわたしなりのせめてもの礼儀です…」
痛みを受ける。その命を奪う代わりに。
「けどあの個体数、洒落にならないわよ」
絶対的強者である撃退士。だが、数の暴力とはこのことか。集まりつつある鶏の気配に、四人は戦慄した。おかしい。鶏を捕獲してご飯食べるだけの美味しい依頼のはずだったのに。何故か今、ぷち生命の危機を感じている。
と、
コケーコォッコーッ!
ケケーッコケーッ!
なにやら傍らの木で盛大な雄叫びが上がった。ぎょっとなって見ると、なんと木の根元の巨大な穴に鶏達が数羽落っこちている。
「よっと」
ザァッ! と梢が揺れ、上からカルムが降ってきた。穴から飛び出そうとする鶏を上手い具合に網に絡め取り、素早い動きで籠に入れていく。
「なんつーか、同じようなこと考える奴って、いたんだなァ」
ニヤリと笑む先は木の上で鶏を待ちかまえ捕獲したユーカリ。似たもの同士、どうやら罠を張った場所も似ていたようだ。
「……さて、酒肴も手に入れたし、さっさと調理場に行きたいところだが……」
だが、そのためにはこの包囲網を抜け出さないといけない。五人は素早く視線を交わし合う。
「参戦、させてもらうぜ」
「はい」
「……なんだか、気配が違ってきてるな」
山頂へと歩みを進めるルーネに、鞘継も慎重に周囲を見渡しながら頷く。
「下の方も、なんだか異様な気配になってきていますよぃ」
「コッコ達が反撃してきた、ってぇところみてぇだな」
携帯に逐一入る情報を整理し、ルーネは口元に薄い笑みをはいた。
「……面白れぇ。奴等の本気と、私達の本気、どちらが勝ってるか……真っ向勝負だ」
「そのためにも、『奴』を捕獲しないと、ですねぃ」
「ああ」
頷き、二人は周囲を注意深く探りながら歩みを進めていく。
登れば登るほどに強さの増す鶏の絶対領域圏。彼らの足は、その危険地区へと踏み行った。
「いただきます精神に則り、こっこさんと戦う事をここに宣言するョ☆」
情報網を駆使し、皆の探索を一気に縮めた立役者の一人、フェルルッチョは見事な足払いで鶏の体勢を崩させ、あっという間に籠の中へと放り込む。
「えっと、ピエールとーマイケルとーメアリーとー」
その傍ら、自分で獲った鶏の足を縛りつつ、一匹ずつ名前を付けて籠に入れているのはアルベールだ。
「これ、どうしよう?」
「山分けにしない?」
「というか、あたし等卵と雌鳥狙いだからさ、雄鶏全部あんた達二人で持って行っていいと思うよ」
ちょうど卵班のアイリ&アンネと同時捕獲してしまった八羽の鶏。内訳は雄鶏六羽、雌鳥二羽である。フェルルッチョとアルベールが雄鶏狙いとして、三(♂):三(♂):二(♀)の割合である。
「えっ、いいの!?」
「うちらの目的は卵だしね〜」
「もともと、雄鶏は狙ってなかったもの。共闘、助かったわ」
持って行ってと渡されて、男二人は嬉しそうに相好を崩した。
「ありがとう!」
「感謝だヨ☆」
「ふふ。お互い様よ」
肉係情報元締めと、卵係情報元締めは互いに最新情報を更新しながらにこにこ笑う。そこへ高機動力を駆使して駆けめぐってきたリョウが合流した。
「鶏達の動きに不穏なものが出始めたらしい。各地で集団戦および迎撃、包囲戦が展開されている」
「向こうもただ狩られるだけじゃない、ってことね。……うちの子達も今、包囲されて迎撃してる最中みたい」
「ん〜。その包囲戦って、もしかして、アレのことかナ〜?」
フェルルッチョの声に、一同はゆっくりと周囲を見渡した。
……居る。草木に隠れてはいるものの、おびただしい数の鶏達が。
「囲まれているな」
「そのようだ」
リョウとアルベールがいつでもスキルを発動できるように身構える。防御に秀でるアイリとアンネが脇を固め、攻撃力に秀でるフェルルッチョが拳を握った。
「血が騒ぐネ♪」
「全くだ」
力強い羽ばたきを見せながら、地上だけでなく木上にも上がる鶏。
「……なんと言うか、アレは本当に鶏か?凄い跳んだぞ」
リョウがぼやいた。
「とりあえず、ここを切り抜けて凱旋しようか。そろそろ飯の時間だろうからな」
「了解♪」
全員の声がハモる。
構えられた大網と盾が木漏れ日に煌めいた。
その頃、麓で食事の用意をしていた沙羅は近づいてきた少女に顔を上げた。
「お疲れ様です」
「うむ。貴殿は行かんで良かったのか?」
試験である依頼において、試験内容に挑まないことを指しての発言だった。どこか心配そうな相手の目に微笑んでから、沙羅は困ったように目を伏せた。
「試験の点数は、いりません。私は、料理をしたくて参りましたから」
何の為に依頼に入り、何を成すのかはそれぞれの選択に委ねられている。そしてそれは自由を掲げる学園において、誰かから頭ごなしに命令されるべきものでもない。
苦笑して、少女は大量の藁を用意しながら頷いた。
「覚悟の上であれば、私からは何も言わないでおこう。……美味しいご飯を作ってやろうな」
「はい」
頷いて、少女は即席の竈でご飯を炊く。隣の竈で藁焼きでご飯を炊きながら、少女は山羊の大部隊を柵の中に誘導する小鈴護の姿に眦を下げるのだった。
所変わって山頂付近。他の鶏には目もくれず、ひたすら探索を続けていたルーネ&鞘継コンビは遂に目的の相手と巡り会った。
「(……見つけましたよぃ!)」
「(……居たか!)」
息を殺す二人の視線の先、一羽の鶏がいた。
いや、それを『鶏』と表していいのだろうか。ゆうに二回りは大きな巨躯、艶のある立派な鶏冠、鋭い眼光。足取りも力強いその姿は、むしろ鶏というよりも軍鶏に似ている。……なんというか、もう、イロイロとツッコミを入れたくなるような偉容だった。
「……でかいな」
ルーネが唾を飲み込む。
二人が探していたのはただの鶏ではない。群れの頂点に君臨し、この山の主となっているモノ──すなわち、鶏達のボスだった。
「本気で行く。アレを鶏だと思うな」
「了解ですぜぃ。あたしの全てをぶつけてやるんですよぃ」
うっそりと笑って、鞘継はその気配を変えた。
「挟撃するぜ」
「ああ」
迷彩柄に近いレインコートを着込んだ二人は、示し合わせて位置取りを開始する。ボスは動かない。だが、ぴくりとも動かないその姿が、かえって二人に「俺は気づいているぜ」」という意思表示をしていた。
ルーネは慎重に位置取りを終える。気配で分かる。鞘継も完了してこちらを伺っている。
「──ッ!」
ルーネの気迫が炸裂した。ボスがバッとその大きな翼を広げる。効かなかったのでは無い。打ち破ったのだ!
「行くぜ!」
ルーネと鞘継の両名が飛び出した!
「はッ!」
石火を利用した大網がボスの巨躯を狙う。しかしボス、素早く飛んで逃げた!
「ちぃッ!」
ルーネが全力で跳躍する! 大網が振られた。だが、届かない!
「逃がさねェ!!」
渾身の一撃! 捕獲用オリジナル武器がその手から投擲された!
忍苦無を二等辺三角形に加工した黒い大きな布の鋭角に括り付けたソレは、投げつければ布が広がって被さる戦法だった。これを頭上へと打ち上げた。撃退士としての能力があればこその攻撃。勢いよく襲いかかった布に体を下から包まれ、バランスを崩したボスの高度が落ちた。
「せぃッ!」
そこへさらにスキルを行使した鞘継の大網が迫る!
コォーッコッコ!
威嚇と同時、鶏が立派な足で網を蹴り飛ばした。否! 蹴るような仕草で捕獲を逃れたのだ!
「こやつ……出来る!」
「てゆか、絶対鶏の動きじゃねェ……!」
変幻自在。ぶっちゃけ脳の足りない下級ディアボロより強いんじゃなかろうか?
「負けねェぜ!」
口調の変わっている鞘継が足元を掬うような動きでその動きを追う。その体の持てる全ての能力をつかって回避に努める鶏。ルーネが走り、二人の網が前後から迫った!
鶏、羽根を畳んで自由落下で避ける! だがそこは撃退士二人、即座に網を翻した!
コケェエエエエエーッ!
凄まじい雄叫びがあがった。合わさった二人の大網の中、ボスが暴れている!
『獲ったぞーッ!』
二人が鬨の声を上げた。
「よし。あとはこいつを下に降ろすだけ……なんだが」
戦闘を終え、息を整えていたルーネはそこで口を噤んだ。
鞘継も同様に口を噤む。
この時、二人が感じた気配をなんと言い表せばいいのか。後に二人は声を揃えてこう語った。
死が降りてきた瞬間だった、と。
ざわざわと皮膚が泡立ち、夏のはずなのに体が強ばるような寒さを感じる。
二人はボス鶏を大網に閉じこめた状態まま、ゆっくりと周囲を探った。
いつのまにか近くで獲物を待っていたはずの黒子的運搬係さん達もいなくなっている。一足先にトンズラこきやがったな!?
「……ここは、作戦:いのちだいじに……か」
「……ですねぃ」
二人は頷く。大網の中、すでにボスは暴れることをやめ、王者の風格ですっくと立っている。
理由など語るまでもないだろう。
周り中にひしめく、雲霞の如き白い羽毛の群れがあるのだから。
「〜〜〜ッッッ!」
命知らずの勇者二人は同時に駆け出す。その刹那、雲霞が崩れて雪崩となった!
コケッコーッココココココケコケコケコケコォッコォッコォッケーケーケーッ
今までの比ではない壮絶な鳴き声の合唱に、別地で戦闘を終えていた面々が弾かれたように顔を上げた。
「なに、今の?」
緑が目を丸くして声の聞こえた山頂方面を見る。
「……土埃、か?」
蓮也が呟き、
そして見た。
「どいてどいてどいてどいてーッ!」
凄まじい勢いで全力疾走して行く撃退士二人と、それを追って負けず劣らずの全力疾走をして行く白い嵐を。
「なんだありゃーッ!?」
百を超す鶏の群れに、辺り一面が土埃と羽毛を被る。慌てて避難した一同の間を縫い、一直線に麓へと駆け下りていくく撃退士。突っつかれていようが痛かろうが立ち止まったらたぶん即☆死!
麓で待ってた少女と沙羅が唖然とした顔で近づく土埃と必死の形相の二人を見ていた。
「をい。あれがここに来るのか」
「ご飯、吹っ飛びそうですね……」
どうしようか。迷った少女の目がふと別の白い一軍を見つけた。
事態を察した小鈴護率いる山羊軍団である。
めぇえええええッ!!
山羊達が一斉に鳴き、動いた!
「へ!?」
まともにそこに突っ込むルーネと鞘継。そして鶏。
「捕獲します!」
追って来た朔耶の声を合図に、次々に大量の鶏に群がる撃退士達。山羊の突撃で攪乱され、混乱していた鶏達がこの捕縛に抗えるはずもなく、あっという間に次々に籠に放り込まれていく。
やや遠い眼差しでそれを眺めながら、沙羅はキラリと包丁を輝かせた。
「どうやら、これからが私の戦場のようです」
●
「食べる前にはしっかりいただきますするョ」
フェルルッチョの声に、総勢二十五名+αの大合唱が響いた。
野外テーブルには所狭しと料理が並べられている。ふゆみが作ったシンプルにトマトと新鮮な鶏肉を炒めたトマトガーリックソテー。アンネが作った香草焼き。
「うん!やっぱふゆみってば天才☆いつでもお嫁に行けちゃうっ★」
「美味しいわぁv」
舌鼓を打つふゆみとアイリの横で、アストリットは戦いを振り返る。
「強かった……鶏が強かった……」
地味にトラウマレベル。しかし肉上手い。卵最高!
「この味なら、まぁ……また参加してもいいかな」
「これもいかがですか?お口に合うかどうかは分かりませんが…」
朔耶が新たに唐揚げと竜田揚げをテーブルに置く。
「うわぁ、美味しい!」
深い味わいに桜が落ちそうになる頬を両手で押さえた。気づけば皿が積み上がっていた。
「ヤツ等の強さは以上なのぜ」
「ボスは惜しいことしましたねぃ」
最大数を引き連れた生き餌こと勇者二人は、互いの健闘をたたえ合う。
「鶏肉はまず塩で焼き鳥。これに限るよな」
次々と胃袋に詰めながら、岳は顔を緩ませた。
「美味しいー!料理は出来立てが一番よね!」
柚や檸檬をきかせた焼き鳥に、醤油を少しだけ入れた卵かけご飯。緑の箸が止まらない。
「〜〜〜っ」
たまごかけ御飯は白身・醤油少な目。余計な雑味の無い、黄身とほっかほか白御飯の絡みを味わう白兎は、脚をパタパタさせ御飯の熱さにはふはふしながら、目元には至福の笑み。
「ピエールが美味しそうな焼き鳥に……!」
かつての戦友の変貌に涙目になりつつ、アルベールもぐっと思いをこらえて箸をとる。
「せめて血肉となれ戦友よ……うわ、おいし」
あっさり喰った。
「労働の後のご飯は美味しい。飲み物も幾つか用意してきたから、好きに飲んでくれよ」
「美味しいですわぁ♪ ほら、宮子、蓮也。此れも食べてみなさいな」
蓮也と瑞穂が薦めれば、宮子も「瑞穂さんも蓮也さんもいっぱい食べてね」と薦め返す。
「ふむ。これほどの食材を調理できるとは感激だ。料理なら任せろ。至高の一品を供してやる」
リョウ達料理スキーによる調理は止まることを知らず、大量の鶏を次々に新しい料理へと変換していった。
そんな傍ら、沙羅は一枚の羽根手にとる。
そして祈った。
「鶏さんの命を取り込んで、私達は生きています」
本当にありがとう、と。