「まぁ!仮装舞踏会と言うだけでも楽しそうですのに、仮面舞踏会でもありますのね?」
両手を胸の前で合わせ、赤ずきんな唯・ケインズ(
jc0360)は歓声をあげた。編み上げのジャンパースカートがよく似合う。
「唯…こんなに楽しそうな舞踏会は初めてですわ!」
小道具に苺の入った籠を。
「狼さんには気を付けなければいけませんわね」
その姿を微笑ましげに見つめ、ジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)は姿見の前でドレスを点検する。
「こういうパーティは久々♪」
「皆さん趣向が凝ってますね…」
蒼のジェストコールで美青年に扮したアイリ・エルヴァスティ(
ja8206)が周囲を見渡し、微笑んだ。
「さぁて、美味しい物食べつつ楽しむかねぇ♪」
ふと金髪の女性とすれ違う。髪やポケットに添えられた花に、笑って軽く手を振る。
「単なるパーティなんて退屈よ。其処に一花添えてこそ、愉しめるものでしょう?」
小さな花を手にシャルロット・アルヴィエ(
jc0435)微笑み返す。纏うのは欧州風の盗賊衣装。顔には優美なゴールドの仮面。
「さぁ、花を添えに行きましょう」
まるで盗賊のような手癖の悪さで、小さな驚きと花のプレゼントを。そのホールの前、会場に入ったばかりのパウリーネ(
jb8709)は、自身の役割を再確認し、ホールの煌きに一瞬目をやる。
(サクラ兼警備員?うん、そんなところだな)
「色々な仮装の人がいてファンタジーな空間だよね」
男性更衣室では桜木 真里(
ja5827)が黒のベストを着込んでいた。
「給仕のし甲斐もありそうだね」
その隣、アルフレッド・ミュラー(
jb9067)の興味は厨房にある。
「ちょっくら厨房に混ぜてもらおっかね!」
「踊ったりしないのかな?」
鈴代 征治(
ja1305)が首を傾げた。手に持った山羊顔っぽい紙製仮面は手作りだろう。
「最近料理が楽しくてハマッてんだよな。本格的なのから気軽に摘まめるのまで何でもござれだぜ!」
「ラーメンも!?」
素早く反応したのは征治の横で整備していた佐藤 としお(
ja2489)。その手にある銀色の物体は――
(ロボ?)
ソフトモヒカンなヘッドといい、妙にとしおに似ている。
「すげぇな」
感心して言うアルフレッドの目が、その時姿見の前のパンダをとらえた。
パンダ、もとい下妻笹緒(
ja0544)は燕尾服に白銀のヴェネチアンマスク姿。
「仮装というものは中々に気恥ずかしいものだな」
――えっ?
独り言ちた笹緒に周囲一帯が振り返った。待ってパンダ。パンダな姿で今なんて中の人!?
「さて、この仮装と仮面で誰が私を気づけようか…いや、ジャイアントパンダの本質は、この程度で隠れるものではないな」
キラリと謎の輝きを纏い、ジェントルマン、否、パンダェルマンが去る。
(色々あるが…神父の格好でもして行こう。場には不釣り合いかも知れんが…)
賑やかさの隣で、イツキ(
jc0383)は落ち着いた風情で衣装を選んだ。偶には静かに独りで夜空と花火を楽しむのも良いだろう。
「懐かしいなあ。それに血が騒ぐって言うか、給仕のし甲斐がありますねっ」
今は無き執事喫茶の格好で征治はホールを覗き見した。銀のハーフマスクを手に真里が頷く。
「給仕の人が他にもいて助かったよ」
「デハ・ウラカタ=サン・トシテ・ミンナ・ノ・オセワガカリ・ガンバッテ・キマス!」
ソフトモヒカンなロボットがキコキコとホールに向かう。
「ファンタジーな空間だよね」
本日の至言をありがとう。
●
黒いドレスの裾がふわりと流れた。一瞬燐光を巻くような輝きは品良く施された金のレース。色を合わせたかのような金の髪が、シャンデリアの光を受けて綺羅と輝く。
密やかに入室した只野黒子(
ja0049)は、ゆったりとした仕草で周囲を眺めやった。胸元の開いたデコルテが、これから咲かんとする初々しい体をしなやかに包んでいる。
「いかがですか?」
「ありがとうございます」
ふと横合いから声がかけられた。ピンと背筋を伸ばし、堂々たるで給仕に回っていた征治だ。
「盛況のようですね」
中央に眼を意匠化したコロンビナの奥、髪と仮面に隠された目が賑やかな会場を見渡している。征治も笑顔で頷いた。
「ええ!」
転じた視線の先には、給仕の傍ら楽しげに語らうロボとしお、もといロボ男の姿が。
「なかなか凝っていますね」
「ソチラノ・ゴイショウモ・ステキ!デスヨッ」
あ。聞こえてた。
「ドウゾ・タノシイ・ヒトトキ・ヲ!」
次へと回っていくのを見送り、征治と挨拶を交わして黒子は再度歩き出す。ふと、数歩目で恭しく手が差し出された。
「宜しければ一曲、お願いしても?」
「誰が誰だか分からないというのも、不思議ですね」
ふと聞こえた声に、鴉面を被った和装の鴉真 マトリ(
jb4831)は呟き返した。
「誰も彼も分からないなんて、当たり前ですわ。自分の事さえ分からないんですもの」
呟きに、黒白の貴婦人が振り返る。
「自分の事、お分かりになりませんか?」
小さく口を噤む。
ずっと自分は人間だと思っていた。記憶を無くし、けれど幸せな人間の養祖父母との生活。
(どうして私は、人間では無かったのかしら)
天使だった自分。受け入れてくれた人達。けれど胸の奥の衝撃は消えない。
「自己とは、己が心で決めるもの」
微笑んだエレーヌの声が告げる。
「なりたいと、思うものを目指す限り、貴方は貴方のなりたいものの縁者でしょう。貴方の一生です。どうぞ、なりたい者におなりなさい」
その声は、どこか慈しむような。
「踊りませんか?」
「日舞なら踊れるけれど、社交ダンスは不得手で…」
「では、舞楽を」
告げた言葉に音楽が変わった。ふと誰かとすれ違う。金色の髪の盗賊。数歩目に気づく。髪にいつの間にか小さな花。まるで曲に合わせたような。
「参りましょう」
マトリの舞台が始まった。
●
「つきあってもらって、悪いね」
バッスルスタイルドレスのラナ・イーサ(
jb6320)に、加納 晃司(
ja8244)は苦笑した。
「いや、いい機会をありがとう、だ。こういう催しは、なかなか参加できなかったからな」
「仮面舞踏会って来てみたかったんだよね」
ラナに晃司は微笑む。
「流石に女性の着飾った姿は見応えがあるな。似合ってる」
「ん。ありがとう」
褒め言葉が苦手な晃司の精一杯に、ラナは微苦笑を浮かべる。
「不思議な気分だね。仮面をつけると、ちょっと違う事も試してみたくなる」
「踊りとか?」
「ダンス…上手く踊れるかな」
不安げなラナに晃司は笑った。
「失敗してもいいさ。今日は『誰でもない自分』なんだから」
手を、と差し出され、二人で進む。
「音楽にあわせて動く感じなんだね。ふむ……」
「そう、あまり体に力を入れすぎず、抜きすぎず。リズムと相手の動きに合わせて動くといい。…どこかに見本があると一番いいんだが」
ふとその目が見事なダンスを披露したエレーヌをとらえた。
「頼んでみるか?」
(顔を隠して、無言の協定が有ってこその平穏か。いつかはその必要もなくなるのだろうか…)
もらったグラスを傾けつつ、リョウ(
ja0563)はホールの様子を眺め見る。ふと氷の魔王のような巨乳が歩いてくるのが見えた。
「そこの美しい姫君。少しよろしいかな?」
「ええ、素敵な方。喜んで」
渡されたグラスを優雅に手に取り、何の躊躇も無く口をつける。
「この飲み物は口にあったかな。…『俺達』はお互い何も知らないとは思わないか?『故郷』でどんな音楽が流行り、どんな服を着て、何を食べて、どんな暮らしをしているかも殆ど知らない。これでは駄目だと俺は思う。貴女はどうかな」
「ふふ。無知は虚妄と恐怖を生み、虚偽と排他を生み出す温床」
笑みを深くし、魔王はグラスの縁をなぞる。
「けれど、往往にして知識は理解を伴わない。立つ位置が違いすぎるが故に」
「そうだな…」
ふと変わった音楽に目線を交わし合う。
リョウの唇から歌が零れた。音楽にまぎれてきっと他の人には聞こえない。
「俺はこの歌が好きでね。『次』に『何処か』で会ったその時に、貴女の故郷の好きな歌を教えて欲しい。小さな約束だが、きっと大切な事だと思う」
微笑み、マリアンヌは微笑んだ。
「ええ。その時は、きっと」
大正浪漫的ハイカラ衣装で給仕するのは、ファントムマスクのリーリア・ニキフォロヴァ(
jb0747)だ。
「さてっ。せっかくだから雰囲気楽しみますか!」
音楽の終わりと共に帰ってきた黒子には笑顔でドリンクを。
「ダンス素敵でした。お飲物をどうぞ♪」
手早く動きながら、動きは少しも慌しくない。次々と皿を片付け、振り返って柔らかいものにぶつかりかけた。
「ご、ごめんなさいっ」
「私こそごめんなさい」
巨乳クッションが見えた。
「…素晴らしい…胸…いえ、プロポーションですね」
「あらあら。うふふ」
(えぇと件の四国メイドさん…?)
巨乳の悪魔に見当をつけ、マスクの向こうの瞳を見上げる。
(なんだろう…泰然としながら、どこか餓えてるような目)
この大きな胸に詰まってるのは希望?それとも渇望なのかしら?
(恐らく遥か高みにある悪魔なのだろうけれど…何かに餓えるのは同じなのね)
微笑んで瞳を見返すと、悪魔も微笑んだ。
「楽しんでいってくださいね」
「ええ。貴方も」
「よかったら踊りの手本を見せてもらえると嬉しいのですが…」
師事を求めるラナにエレーヌは笑顔で承諾した。
「すまない。ありがとう。そちらは慣れているようだが、よく踊るのか?」
「ええ。下の子達に教えないといけませんから」
だから慣れているのだという。コツやポイントを教えてもらい、ラナは感嘆のため息をついた。
「ありがとうございます。精進します」
仮面の向こうで微笑む気配に、ラナは照れたように頬を掻く。
「また学園で」
「ええ。学園で」
別れ、見送ってラナは大きく背伸びする。
「学園は不思議だね。こうやって今まで習わなかった事も習っていける。堕天した先に活きれる場所があるとは思わなかった」
「そうやって思ってくれる人が、沢山増えるといいな。…さ、次もがんばろうか!」
「が…がんばるとも!」
●
「ポンポンポンポン
赤ずきん侍、参上!」
頭に赤い頭巾。赤いマント。赤い袴姿。だが仮面はパピヨンだ蝶☆素敵!
そんな舞踏会にだって出かけれちゃう蝶イカス衣装は若杉 英斗(
ja4230)。
−☆ピキーン−
(この感覚)
ふと英斗は蝶感覚の反応に動きを止めた。
(俺の鎹先生レーダーに感あり!)
いる…この会場のどこかにっ!
サッと素早く会場をリサーチ。その瞬間、氷の巨乳、もとい魔王が現れた!
コマンド>
戦う
戦う
エンダァアアアア
(いかん…俺は鎹先生を探しに行くのだ…)
嗚呼しかしなんてことだ!
(しかし…本能が…あの…凶悪なおっぱいに吸い寄せられていくぅ〜)
「拙者、赤ずきん侍と申す。お手合わせを所望いたす」
ザンッ、と現れた赤頭巾侍に氷の魔王は嫣然と微笑んだ。
「うふふ。私でよろしければ」
動くだけでおっぱいがおっぱいおっぱい。
(このおっぱいは危険だ…っ!いまここで、この俺が成敗してくれる!)
素早い動きでスポンジ刀が抜き放たれる。マリアンヌ、堂々と受けた!
♪ポンヨヨヨン
肉にぶつかり圧縮されたスポンジがあらぬ方向に! 勢いで上に上がったおっぱいが下にいた英斗の頭を叩き落した!
「ごふっ…第一の俺が倒れようと…第二、第三の俺が…」
氷の魔法は髪を後ろに払って嫣然と微笑んだ。
「魂力が足りないわ」
それは多分別ゲームだ。
KOされた英斗を征治達が運ぶのと入れ替わりに、ホールの中央にカッとスポットライトが当たった。
氷の魔王の前、優雅なポージングで立つのはパンダェルマン・笹緒!
「shall we dance?」
「Yes, let’s.」
す、と伸ばされた手にしなやかな手が乗った。音楽はテンポの速いスウィングダンス。楽しげにホール中を跳ね回る様なクイックステップ。鮮やかな魔王のヒールターンと深く高い位置で入る笹緒の六歩目――フロアを切り裂くような最大回転量の。
(ふむ)
気を抜けば搦め取られそうな相方の踊り。異世界じみた屋敷の雰囲気。呑もうとするものに飲まれることなく逆に焼き尽くす。情熱をぶつけ合う様な、全身で語り合うような。それはある意味戦いのそれと同じ。
「流石だレディ。実に見事」
「貴方も」
掌に口付けた笹緒の頭が上がる前、魔王がその鼻頭に口付ける。
「また、お会いしましょう」
「これも撃退士を育てるってやつの一環なのかな?」
舞い踊る氷の魔王に、正装にドラゴンマスクをつけた龍崎海(
ja0565)は首を傾げた。茶会で目の当たりにした、かの悪魔が意識を変えた瞬間。興味をもったのは、あれを見たから。
「氷の魔王様、一曲お相手お願いできますか?」
ふとこちらに気づいた魔王が海の竜面に微笑む。
「ええ。喜んで」
「この場所に新たな人は居ないようだけど……」
周りを確認して気づいたことを海が告げる。
「育てるってのにどれだけ賛同しているのかな?」
「ふふふ」
楽しげに笑いながら魔王は笑む。
「酔狂な、と思う子もいるでしょう。面白そう、と思う子も。あえて意識を調整しない。私達にとって、たった一つ、閣下のこと以外では皆、自由なのです」
誰が賛同しているのか、実のところ私も分かりませんわね、と笑うのに、そういうものなのかなと首を傾げる。だが、そう、悪魔はとかく自由なのだ。
「多分、遠からず、全ての答えが出るでしょう。誰が、何故、何のために。もしかすると、皆様が当ててしまうかもしれませんわね?」
「…舞踏会なのにドレス姿が浮いてる気分になるとは…」
宇田川 千鶴(
ja1613)は遠い目で天井を見上げていた。黒のドレスに猫ならぬ白のフォックスマスク。
その横で巨大な物体がビカッと目を赤く光らせた。
信楽焼である。
なぜか口が開閉する。あと走る。
「なんでその姿なん…?」
中の人の名前が石田 神楽(
ja4485)だったりsおっと窓の向こうに誰か来た様だ。
「まぁ周りも色んな…ん?」
ふと視線を巡らせ、千鶴は信楽焼をがっしり掴んだ。
反対側の壁に黄昏れる狼がいた。
●
更衣室から出てきた雪之丞(
jb9178)は、愕然とした顔で佇んでいた。
「何故、自分がこんな格好を…」
可憐なレースの仮面。水色の清楚なドレス。自分は確か、執事服をオーダーしたはずだが。
(何故こうなった?)
フラフラともらったドリンクを手にバルコニーへ。ふと近くの窓辺で声がした。
「狼さん、どうかしましたか?」
見ればバルコニー近くで狼の着ぐるみが黄昏れている。
「もし気分が優れないのなら休めるところへ案内いたします」
「いや…大丈夫だ」
魂半分ぐらい抜けてそうな鎹雅の声。声をかけていた真里が心配げな眼差し。雪之丞は導かれるようにそちらに向かった。
(なんだろう。この圧倒的親近感)
丁度人を探している英斗がその前を通る。
「あ、そこの狼さん。ツインテ見かけませんでした?」
「うん?ツインテなら私もだが、確か向こうに金髪の」
「狼なんですか!?」
流石に驚いた英斗に、雅は涙目だ。
「ふふ…なぜかガルルなんだ…」
不本意満載な声に、雪之丞は確信を持って問いかけた。
「ガルルさんは何故こんな格好を?」
「私のアリス衣装が…なぜか、狼にっ!」
(仲間!)
雪之丞は息を呑んだ。
「私の執事服も…この姿に…」
(仲間!!)
雅は涙目で雪之丞を抱きしめた。
「強く…生きような…!」
ぐすぐす泣く雅を真里と英斗と三人で慰めながら、雪之丞は真里からもらったドリンクを渡す。
「飲もう!」
「ああ!」
駄目な飲み会が始まった。
「ほどほどにね?」
一緒に飲み会する三人に心配げに声をかけ、真里は「水は…」と周囲を見る。
信楽焼がいた。
「え」
信楽焼がいた。
「え!?」
雅の真横。デカイ。というか、いつの間に!?
「あ、気にせず」
横からひょこっと千鶴が顔を出す。
「(ガタガタ)」
「ほら、か…ぽんぽこも「構わずに」って言ってるし」
「どのへんで!?」
「(ガタガタ)」
「名前言えんのやから仕方ないやん?」
「会話成立!?」
思わず取り乱しかけ、(どうやって飲むんだろう)と思いつつ真里は二人にドリンクを渡した。
カパンッ
フハァ〜(排気音)
カパンッ
「なんか開いた…!」
賑やかなやり取りに、呑み助三人も顔を上げる。
<●><●>カッ!
「信楽焼!?」
思わず陶器バディを掌で叩く呑み助三人。
ぺぺぺぺぺパキャッ☆
「……。」
「(ガタガタ)」
「ああっごめんっ!」
「まぁ、これでも食べて下さい」
割れた一部を見つつ、間に入った千鶴が山盛り料理の皿を提供する。
「うう…美味い…ありがとう」
「(ガタガタ)」
「「もっと持ってきましょうか?」だそうです」
「どうやって!?」
驚愕する一同に体を揺らし、信楽焼が千鶴をエスコートして歩き出す。
ぽん♪
ぽこ♪
ぽん♪
「ああああツッコミが追いつかない…!」
顔を覆ってしまった真里達。千鶴は料理を集めつつ遠い眼差しを彼方に。
「つーか、どう動いてるん、それ…」
「ごはんいっぱい!」
「ええっ!?」
いきなり皿に飛び込んできた幼女に千鶴と信楽焼がジャンプした。
「あれ? もしかして」
幼女が信楽焼に気づいてビクッとなる。
「かぐぽん二号!?」
嗚呼。メイド幼女。
ごとっごとっ、と揺れて挨拶した信楽焼きによじ登り、幼女が「中はにーに?」と信楽焼の口に顔を貼り付けている。
「ご飯、食べる?」
「食べるのです!」
幼女の頭を撫でると嬉しげににこー、と笑われた。何故こんなに懐かれてるのか。内心戸惑いつつ、千鶴は小さな妖精の手をとった。
「一緒に踊る?」
「あいっ!」
(…どうしてこうなった…)
更衣室の外、久遠 仁刀(
ja2464)は棒立ちになっていた。騎士コスを頼んだらまさかのガチフルプレートアーマー(Not魔装)。暑い・重い・煩いの三重苦。熱中症危険指定装備なのに兜取らないと飲食も不可能。詰んだ!
(この格好相手に踊ろうというのがいるかどうかわからないが…)
サクラ役なのになんてことだろう。
(南無三!)
仁刀は駄目元で手を伸ばした!
「踊ってもらえないだろうか?」
ヘルムの視界の悪さも手伝い、手が見事に相手の乳間に。しかし残念、手も鉄製なうえ視界極悪のせいで気づけない!
「うふふ。宜しくてよ」
「すまない。この姿だと、あまり前が見えなくて…迷惑をかけるかもしれない」
「あらあら。うふふ」
どこかで、聞いた、声のような?
「では、音楽に合わせて体を動かしていらして。リードはこちらで」
「すまない」
(まあ、武芸の型と同じ要領で相手に合わせればなんとか……)
ゆったりと動く相手に引っ張られ、最初は四苦八苦しながら踊り始める。だが敵はリズムよりもむしろ鉄内にこもる熱にあった!
(いかん…頭が…熱中症か)
いくら撃退士でもこれには勝てない。グラッと傾いだ体を相手が慌てて――
がぽっ
「ぶぉおお!?」
「大人しくしていらして?兜が吹っ飛んで顔が見えてしまいそうだったのですわ」
だからって!乳間に収納することないはずだ人の頭を!!
慌てて代わりのマスクを持って来たリーリアが素早く仁刀の頭を取り出しマスクをつけさせる。
「くっ…いやしかし、すまな……ああああ!?」
助けられたのは事実、と詫びと礼を言いかけ、相手に気づいて思わず叫ぶ。
「うふふ。楽しいひと時でしたわ♪」
●
中世フランス貴族の衣裳に身を包み、フェリクス・アルヴィエ(
jc0434)はそっと目元を豪奢なマスクで隠した。
(こんな愉しげな場所だ、可愛いお前も来るだろう。逢う迄に準備運動をしておかなくては)
その目が踊り終った青銀色のドレスを捕らえる。ああ、色が同じだ。これも縁。
「優艶なる雪の女王、お相手をして頂けますか? 貴方程の方となら素晴らしいダンスが出来るでしょう」
「ええ、喜んで」
優雅に一礼と共に差し出された手を相手が取る。ホールの中央へ共に踊り出ると、あっという間に音楽の波に乗った。
(流石私の審美眼。最愛の妹を迎える準備にはこれ以上ない相手)
巧みな踊りに心愉しく思うも、やはり本命を凌ぐほどではなく。
「今宵の逢瀬に感謝を。貴方のお陰で愉しい時間を頂きました」
「ふふ。良い夜を」
微笑んで別れを告げ、互いに足を踏み出す。フェリクスは見つけた相手へと優雅に声をかけた。
「嗚呼、矢張り仮面を付けたとしてもお前以上の華は存在しない」
「あら貴族様、盗賊を相手にしても良いのかしら?」
シャルロットはやって来た兄に素っ気無く告げた。
「私の全てを捧げるに相応しい麗しき姫。さぁ踊ろうか。中央はお前の為に在る」
「装飾を施すのは口より衣装たるべきと思うわね」
だって盗む価値も無いのだから。
顔色一つ変えず踊る妹をフェリクスは情愛深く見つめる。
「つれないお前は孤高で素敵だ」
「それじゃあ、後は大人しくしてて頂戴」
カシャン、と手首で音が鳴った。おや?と思って見るともう片方もカシャンと。
「私、今日は思う存分愉しみたいのよ」
戯れの手錠。ふわりと手品のように周囲に散るのは可憐な花弁。
「あなたには散った花がお似合いね」
自分の為に命すら投げ出そうと思っている兄。いつか私の為に自らの全てを散らしたとしてそれが一体何だと云うの?
(私は私の好きに生きるわ)
クールに去る妹に、しかしフェリクスの情愛が冷めることは無いのであった。
足音も気配も感じなかったのに、何故か振り返っていた。
「あらあら。声をかける前に気づかれてしまいましたわ」
紅焔色のドレスの貴婦人、大炊御門 菫(
ja0436)は振り返った先の相手に一瞬拳を握りかけた。仮面で顔を隠そうとも、この物腰、そしてなによりこの――胸。
(マリアンヌ!(確信))
「踊っていただけるかしら?」
「次は仕合ではなかったのか?」
それともこれも仕合だというのか。
ステップからターンを刻む瞬間にふわりと焔めいたオーラが菫の体を包む。赤のドレスと相まって、焔のドレスを纏ったような。
「ふふふ。月夜の会場で偶さか出会った…そうした縁を楽しんでいるだけですわ」
応えるように、マリアンヌのドレスの裾から雪の結晶に似た光が弾ける。
「あの時お前は、私に教えただろう」
ふわりと包み込むのは霞。たなびくそれは靄。けれど纏う今は、まるで白き無形のヴェールのよう。
不断の問いこそ己を磨く。
迷いも戸惑いも力と代えて。
問いを続け、戦路を彷徨い、至る先は何処か。
それはきっと人が生涯の終わりにしか見る事が出来ない、遥か長い道のりの先かもしれずとも。
(嗚呼)
引き締められていた口元が緩む。
(ならば行こう、階梯の至る先へ)
「うふふ。だから私は、貴方達が好きなのですわ」
決意を秘めた瞳にマリアンヌが嬉しげに微笑む。菫は眉を寄せた。
(本当に…何の狙いも無い…のか)
派手に動いていながら。ただ時を楽しんで。
(こんな事もする悪魔だったのか。それとも「変わった」のか)
もっとも、変わっていない部分もあるようだが。
(それならば、私は…)
自身の「変わっていない」部分を見て目を閉じる。瞬間、身を包んでいた焔が一瞬で萎んだ。弱い火にマリアンヌがひょいと背伸びする。
かぷ。
「…。!?!!?」
思わず飛び退いた。
透過まで使って鼻を噛まれ、驚きで声もない相手にマリアンヌは微笑む。
「成長は、時と共に身の内にて育まれるもの。一足飛びに全てが変わるのもまた、つまらないものですわ」
●
「外の風が気持ちいい。夏ももう終わりだな…」
バルコニーに出ると、夜風が出迎えてくれた。イツキは夜気を吸い込み、一息つく。
(♪…と、こんな楽しい会にお1人の方?)
その時、一頻り楽しんだ唯が花火を見ようとバルコニーへと踏み入れた。
(…あのお背中…お見掛けしたことがあるような気がしますけれど…、どなたでしたでしょう?)
「苺をお1つ、いかがですか?」
声をかけられ、イツキは心の中で飛び上がらんばかりに驚いた。
(って、その声は唯か!唯なのか!相変わらず可愛いぞ。仮装でも可愛い。流石だな。うん。唯がやはり一番輝いているぞ! っと、落ち着け。あくまで冷静に、だ!)
「あ、ああ。一つ頂こうかな」
冷静なつもりだが、苺と唯という愛くるしい取り合わせに思わず頬ゆるゆる。
「パ、パーティは楽しんでいるか?」
「ええ!とっても!」
嗚呼!楽しんでるのは嬉しいが反則的に可愛い!
変な虫が付かんかお兄ちゃん心配だよ!
実はこの二人、兄妹である。ただし話せば長くなる理由で兄であることは秘密にしているが!
「そ、そうか。それは、うん、いいことだ」
「よかったら、一緒に踊りませんか?」
神様!
ありがとう!!
心の中でイツキが五体投地したのも秘密である。
両目と顔の傷を包帯で覆い隠し、パウリーネは黒一色の服の上に白い包帯を巻いていく。
(んー…悪人感満載のサングラスよりはマシかなと)
周囲に満ちた楽しげな声。不穏な気配はどこにも無い。
「…む。暇だ」
いや、平和なのはいい事だが。
パウリーネは誰も居ないベランダへと逃れた。ひんやりとした風がうつされた熱を剥いでいく。
(賑やかなのは良いけど、誰かと踊るのは少し苦手なんだ。見せる程得意でもないし)
(でも折角来たのなら踊りたいよなー…)
更衣室に入る前に見た光景を思い浮かべ、足を踏み出す。トットッ・トン。腕を上げてこんな風に。誰も居ない一人だけのワルツ。足音も気配も一人分。なのに微笑った気配と背中に熱。くるりと回って手が触れる。一瞬顔が埋没した圧倒的な柔らかさの何か。慣れた暗闇の向こうの誰か。
「素敵な衣装ですわね。目は見えておられます?」
「前が見えてるのかって?そりゃ見えないよ」
ワルツにしては速く激しい踊り。けれど動き一つ一つは優婉。
「何故、目隠しを?」
「隠せば、見たくないモノが見えないから……というのは四月ならぬ九月馬鹿な」
「うふふ」
「普段から私は暗闇に慣れている。音や感覚で大抵の事は識別可能だ」
「ふふ。では、いつか貴方が目に焼き付けたいと思う良いものが、この世界にありますように」
ちゅ、と。眉間に柔らかな何か。反動で僅かにズレた包帯。見えた見事な巨乳と亜麻色の髪。
「お付き合いありがとうございました」
ステップの終わりに、笑って貴婦人にするように手の甲に口付けられた。
「良い夜を」
笑って去る姿を見送っているとパッと幼女が女の頭上に現れた。
「あっマリー探し…」
「名前はだーめ」
口を塞ぐ幼女と一緒に、しー、と振り返って微笑まれる。そう、本名じゃなくても構わない宴。だから告げる。火影の魔女の名と共に。
「良い夜を」
●
「あらまぁ…相変わらず健啖だねぇ」
「むーむ!」
空皿を量産している幼女に、ジーナは苦笑した。
「ふふ。こんな所で会えるとは思わなかったらちょっと嬉しいねぇ。衣装も可愛くてよく似合ってるわよぅ」
「ありがとうなのですよ!」
名前は言っちゃ駄目よ、と唇を突くと、ハッとした顔を引き締めて大真面目に深く頷かれた。
(ちっちゃいせいもあるのか、どうも敵って気がしないねぇ)
頭を撫でると、嬉しげににこーと笑まれる。人懐こく、敵意無く。おかげでこちらも敵とは思えない。
「あんたは人間界好きかい?」
「好き!」
「そっか…いつか皆でバーベキューとかしたいねぇお肉いっぱいいりそうだけど」
ジーナの声に、お肉!?と幼女が食いつく。
「うん。いつか、そういうのもあったらいいね」
「母性にでも目覚めたのかしら…」
即幼女のいる方向に走って行ったジーナに、アイリは呆れた様に苦笑した。のんびりと過ごしながら、その実視線は見つけた四国悪魔勢から離さない。
(ん?)
ふと同じ場所を見ている黒白の貴婦人にアイリは声をかけた。
「今晩は。せっかくですから一曲いかがです?」
「はい。喜んで」
嬉しげな声でエレーヌが頷く。驚くほど巧みな動きに内心驚嘆した。
「そういえば…」
何処でこれだけの素養をと思いながら、アイリは口を開く。
「四国で悪魔が台頭して来た頃に来られたんですよね」
微笑んだ気配がした。
「学園は如何です?」
「楽しいです。知る事が沢山あって」
「そう」
アイリも微笑む。相手のいつもと同じだろう笑みを思い浮かべながら。純粋な思いの全てを込めて。
「楽しい思い出を沢山作ってくれると嬉しいわ」
「せっかくだからな。今日の記念に食べてってくれ」
そう声が聞こえ、皆が見た先に巨大なケーキタワーが建っていた。
「うわ!すごい」
征治はがその大きさに思わず目を輝かせる。明らかにウェディングケーキなのはたぶん見本誌のせいだ。
「おっきいケーキなのです!」
「お。ちびっ子もいたか」
速攻で飛んできた幼女にアルフレッドは笑う。
「おっきくなれよー」
「がんばるですよ!」
「美味いモンが喰いたくなったらいつでも俺の所に来い。いっぱい食わしてやるぜ」
ニッと笑ったアルフレッドに、幼女はカッと目を輝かせた。
「ぷろぽーずですな!?」
「え。いや、違ッ…!?」
「美味しいお婿さん歓迎なのです!」
その頃、ロボ男はベランダの整備をしていた。
「コレデ・キレイニ…ん?」
ぐらり、と体が傾ぐ。あっと言う間に落っこちた。
「あいたた…あー、頭が」
フルフェイスな仮面がとれ、人間に戻ったとしおが頭を掻く。ふと、庭に置かれた巨大な筒を見つけた。
「ん?」
どうやら花火用の大筒だ。
「丁度人間一人入るな、っなーんてねっ」
カチッ
ドウンッ!
「うぇえええい!?」
一瞬で打ち上げられたとしおは自身の足元に大玉を見つけた。不吉な予感。ちょ、ま、ロボ姿で至近距離のそれは危険――!
パーンッ
チュドォォオオンッ
中央に紅蓮火を燃やす大輪の花が夜空に咲く。
「学園の方は楽しい方ばかりですわね」
新作花火かと沸く一同の知らぬ所で、一人重症者が巨乳悪魔に治癒されていたのは秘密である。