薄布が翻った。
アラビアンな踊り子衣装を纏い、リーア・ヴァトレン(
jb0783)は元気良くホールに向かう。その耳元に黄金の羽根。
「ルスさん、一緒に楽しもうね!」
金の羽根がきらりと輝いた。
そのホールで周囲を見渡している女騎士はフィノシュトラ(
jb2752)だ。
(おおー!いろんな仮装がいっぱいで楽しいのだよ!)
ふわりとマントが翻る。シンプルながら可愛らしい仮面といい、ちょっとした劇が始まっても不思議ではない気配。その気配を察知したのか、それとも別の理由からか、ニナ・エシュハラ(
jb7569)が撮影許可証とカメラを片手に仁王立ち。
「おおいなるナニカの指令が下った気がしていそいそ参上!さぁビデオ撮影の準備はいいかなっ!? おー。なんかいっぱい人いる」
DENPAでした。
「さすがマンモス学園だなぁー。ん。なんかすごい超AAAな人が。あれ、男の…娘?」
いいえ、不憫の子(エッカルト)です。
そんなニナの後ろ、カッと効果音を背後に背負って現れたのはフレイヤ(
ja0715だ)。
(ふ…女神転生体(自称)としてのオーラを覆い隠すために普段着ている衣装(製作費:一万円☆)を脱ぎ捨てなきゃいけないなんて…仮装舞踏会…罪深いのだわわ…)
ふぁっすぁ〜、と金髪を後ろに払って、フレイヤは煌く瞳をホールへと向けた。
「とりま仮装は高校のもっさいセーラー服でいっかなぁ」
期間限定乙女の神器:セーラー服☆ とりあえず実年齢を三回だけ見ておきますね☆
「もっささの中に私の神々しさを内包する計画!」
握り拳になった瞬間、ぴこーん、と跳ね上がった後ろ髪にフレイヤはカッと目を開いた。
「ふ…ショタのふいんきを見逃す私だと思うなよ!」
謎発言を残し、フレイヤは記録係にマスクを貼り付けられながらホールへと飛び出す。入れ替わるように男性更衣室から出てくるのは純白タキシード姿の紺屋 雪花(
ja9315)だ。歩く度に白マントが翻り、若鹿のような身体の線をチラリと垣間見せる。
(マスカレイドなんて久しぶりだな)
雪花はシルクハットのつばに触れた。
(特別な夜……楽しみに行こう)
その後、人波が切れた頃に「カララ…」と悲しい音をたてて更衣室の扉が開いた。
白い素敵な足。
白い素敵な体。一部が緑で、あと真っ白。
どっちが前でどっちが後ろなのか分かりにくい姿で、強羅 龍仁(
ja8161)は立ち尽くしていた。そうして、とほとほと中庭へと歩いていく。
(…何故これしかなかったんだ……)
彼の驚くべき姿はCMの後で!
●
(さて、あの方はどこにいるかな…?)
黒を基色にした魔女めいたドレスを纏い、ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)はそっと仮面に触れた。わずかに覗く口元が淡い笑みを浮かべる。
一緒に参加した愛する人。けれど互いの姿は分からぬよう、衣装も時間帯も秘して会場に入った。
(本音を言えば…見つけて欲しいのですけれど)
だから、自分から探す気はあまり無い。先に見つけた方が何かお願いを出来る約束だけど。
(それでも…きっと、つい探してしまうのでしょうね)
例え動き回らずとも、その景色の中に、たった一人を。
その相手、神月 熾弦(
ja0358)はカジノのディーラー風の装いで既に会場に来ていた。男装時、肩パット等で体型を誤魔化し、髪はきちんと大きめの帽子の中へ。顔を完全に覆ってしまうマスクは道化師風。パッと見ただけでは、熾弦と気づける者はいないだろう。
(ファティナさんはどんな仮装をなさってるでしょうか…)
外見的特徴はなるべく隠そうと自分がしたように、あちらも…?
いえ、それでも足音や、そう――呼吸の取り方、足運び、手の位置、視線の向け方、きっとそんな風に記憶の中にある姿を探して、見つけて声をかけるのでしょう。これだと思った方に。無言でダンスの誘いを。
(そうやって、見つけれれば…ええ、幸せですね)
沢山の人で満ちた一階を泳ぐように歩いていく。一歩一歩がその人にたどり着くための道。
そんな熾弦がいる会場の二階、眼下をゆったりと眺められる一角にファティナは腰を下ろしていた。賑やか過ぎない場所を探して歩き、見つけたのがここだったのだ。
(やはり、目がつい探してしまいますね)
ついきょろきょろとしてしまいそうで、慌てて前を向き直すことがあった。人の足音や気配が、そわそわと気持ちを落ち着かなくさせる。
(心配はしていませんよ。愛している人の事ですから見付けられない筈がありません)
いつの間にか小走りになっている自分の心臓に、落ち着くようにと苦笑を零す。
(愛の力があれば!…自分で言っていて恥ずかしいですが…っ)
ちょっと赤くなった頬を優雅な指でほぐして、ファティナは微笑む。
優しい音楽が聞こえる。
二階に流れる時は穏やかで、緩やかだ。
階下で楽しげな笑い声が聞こえる。
一曲が終わり、次の曲。
前に人はまだ来ない。
けれど不安には思わなかった。だってほら、後ろに足音。
手袋に包まれた手が見える。そっと、こちらをダンスに誘う手。
(ほら、見つけた)
振り返り、振り仰ぎ、仮面の奥にある瞳に微笑みかける。
「ふふ。お願いは、なんでしょう?」
微笑った気配がした。手をとり立たせてくれたその人が耳元に小さく語りかける。微笑み、頷き、ファティナはバルコニーへと熾弦を導く。
「そちらが見つけていたら、何をお願いする予定でした?」
熾弦の声に、ファティナははにかんだ。
「秘密です。それを言うのは、ズルイですから」
からまった指をそのままに、コツンと肩に額をつける。
(今度から、さん付け無しで呼んで欲しいかなって)
いつか告げることになるかもしれないけれど。あともう少しだけ、このままで。
(会場の様子から洋風な感じなのかな。では、僕は敢えて和風で行ってみようか♪)
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)が選んだのは着物。摺箔の着付け、縫箔を腰巻き、長絹に小面。「羽衣」、シテたる天女の装束に模したものだ。
(ちょっと異色な仮装かもね?)
芸能に敬意を表し、少し変えてあるのがご愛嬌だ。
満ちた酒香に招かれ、竜胆は良い飲みっぷりの石油王的な男――ゴライアスに声をかける。
「わたくしも御一緒して宜しいか?」
「おお、これは見事な!」
出で立ちに感嘆し、ゴライアスは笑った。早速小樽のようなグラスを渡される。
(…あ、この面じゃ飲み難い)
竜胆、いきなりピンチである。
「ちと待っておれよ。確かここにな…」
気づき、ゴライアスがターバンの上からストローを取り出した。
「成程、これなら少し面をずらせば…」
遠慮なく使わせてもらう。舌鼓を打つ料理もちまちまと。
「どれ、お注ぎ致しましょう」
ふと空になったゴライアスの杯に気づき、竜胆は腰を上げた。だが実は能面ってまともに見えてない☆
「あっ」
たぱぱっ
見事、ゴライアスの股がお湿りに。
ゴメンね☆(ゝω・)v
「うはは。なに、沢山ふるまわってもらっただけのことよ!」
気にするな☆(ゝω・)v
「さて、このへんで一つ舞いとでもいこうか」
パンと膝を叩き、ゴライアスが立ち上がる。手を差し出され、竜胆は笑った。
「見え難いから、ぶつかったりするかも?」
「なぁに、そこをエスコートできずして、なにが騎士か」
衣装のせいで女役だが、偶にはエスコートされるのも悪くない。笑い、差し伸べられた掌に手を預けた。
「リード宜しく」
「任されよ」
(顔が隠れていると、ヒラヒラの服も気軽に着れるもんですねー)
夏木 夕乃(
ja9092)が選んだのは、可愛らしいメン○レー○ム風ストライプナース服。ふわりとしたスカートが動作にあわせて動く。うん。いつもと違う服も、なかなかいいものです。
美味しい料理を摘み、ドリンクをもらい、満喫しているとふと視界を渋い偉丈夫が横切った。
(触手や都合よく衣服だけを溶かす粘液無しで、話してみたいと思っていた人が…いる!)
ゲイル。よく把握されている。
「わたし、あまり上手じゃないですけど、踊ってもらえますか?」
「可憐なる嫁よ。無論、喜んで」
近寄り小首を傾げながら問うと、無駄に紳士な仕草で手を恭しく差し出された。
「なんで誰も彼も嫁に出来るんですか?王様にとって愛ってなあに?」
無駄に巧いリードを楽しみつつ、気になっていたことを口にする。ゲイルの渋い輝きが増した。
「嫁とは愛の具現者故に。そして愛とは、そう…『おやつ』のようなもの。ただ生きるだけならばおやつなど不要。だが、かの類稀なき甘美なる存在なくして、何が生か。おやつのない悪魔生など、死したるも同然」
「病みつきなおやつなんだ?」
「正に」
ゲイル、深々と頷きつつ、流れるような動作でレッツ暗がりへ☆
「然らば可憐なる魔性の魔女よ、余とめくるめくおやつタイムへ向かおうではないか」
「んー。自分だけを愛してくれない人の嫁にはなれないかなっ」
パキャッ☆
大変遺憾な感じに急所がホームランボール。ヒヒイロカネって超便利☆
「じゃあね、王様。あたしだけ愛してくれるようになったら、もう一回おやつについて話そうね?」
「ふ…実に情熱的な一撃。余は満足である」
ゲイル。新たな扉を開きかけた。
カションカションと漆黒の騎士甲冑が動いていた。
「美味しそうな料理がいっぱいですね」
かろうじて開いている目の部分で見渡し、雫(
ja1894)はゴクリと喉を鳴らす。
「美味しく食すのもまた、サクラとしての役割…!」
やや頬を赤らめつつ、片っ端から味わい胃袋に収納する雫の目が、ふと別のテーブルに向けられた。巨漢が次々に酒瓶を空にしている。
「…先程から美味しそうに飲んでいますが、お酒とは美味しい物なのですか?」
「おうとも。美酒に勝る馳走は無いほどにな」
「なんと…」
並ぶご馳走よりも美味しいと!
「む。ですが、私はまだ飲める年ではないですね…」
「将来の楽しみは多いほうがよかろう。肉ならばほれ、これなど美味であったぞ」
「いただきます。あ、此方の料理はどうですが?中々の味ですよ」
「いただこう。…む。これも中々」
あれもこれもと肉の皿を漁り、互いにつつきあう。
ところでご存知だろうか。
撃退士は酒に酔わないが、場の雰囲気で同様の状態に陥ってしまうことが稀にあるということを。
つまり――。
「む〜、動きずらい…。もう、脱ぐ〜」
立派な酔っ払いが出来上がるわけである。
「待て!儂が問答無用で懲罰房に叩き込まれる!」
豪快に胴装備をパージされてゴライアスが慌てた。あっ中には服を着てますので!
「肩車をして下さい…駄目?」
「む。それならばよかろうて」
ゴライアス神妙な顔でコックリ。
休日のお父さんと娘が出来上がった。
「儂の子が生きていればこんな風に…うっ」
「お馬さんは?」
「よぅし。パパお馬さんがんばっちゃうぞ!」
ある意味伝説を打ち立てつつ、後日自らの醜態を思い出し「あの時の人を見つけて口を封じないと…っ」と身悶え震えるのは秘密である。
●
時は数日前に遡る。
学園で先に衣装が選んでおけると聞き、カタログを広げている人々がいた。
「仮面舞踏会か…この学園は何でもやるなぁ…」
霧島イザヤ(
jb5262)と、叶 結城(
jb3115)である。
「楽しくていいですよね」
その奥で、兄貴分のレイ・フェリウス(
jb3036)と一緒に衣装選びしているのがファラ・エルフィリア(
jb3154)である。
「肌色成分増し増しなのがいいよ」
「その手には乗らないよ。それにしても、変化があって楽しいよね。あ、縫いぐるみもある。正体がバレない内容ならなんでもいいんだ?」
首を傾げながら、レイは茶色い衣装を眺め、係員に番号を告げた。
「普段着れないようなのがいいよね」
(うんでもソレってどうなんだろう。いや可愛いけど)
相変わらず妹分のファラから見ても将来が心配になる純粋培養天然系だ。
「ああ、こういうゴテゴテした衣装って普通では着れませんからね」
言葉だけ拾って誤解をした結城が、ヴェネツィアンカーニバル特集をチェックしつつ頷く。
「だな…。無難にカーニバル衣装系をお任せで」
同じ特集を見ていたイザヤもカタログを閉じる。ちなみに集中しすぎて先に部屋を出たレイに気づかなかった。
「じゃ、カーニバル衣装で頼んでくるね!」
イザヤと結城の言葉を拾って、ファラは係員の元に走った。
「RIOのカーニバル衣装でよろ!」
そして迎えた今日である。
「なんでこうなったぁあああ!?」
真っ赤な顔で飛び出てきたのは\オ・レ!/的カーニバル衣装のイザヤ。その後ろから青い顔の結城がよろよろと。
「…肌色が殆どじゃないですか…」
おかしい。いきなり踊り狂いそうなカーニバルに早替わっている。
「わぁそっち女性版ですかハハハ」
「なんだその『ソッチジャナクテヨカッタナ?』みたいな顔ーっ!」
「いやぁイイモンいっぱい見れてエエですなぁ」
ドゥフフと魂の歓喜を隠し切れないファラ。
「諮ったな!?」
「魔法少女()だから女性用でよかったんだよね?」
「よくないな!?」
そんなイザヤが掲げる誉れ高き称号は『生き残った魔法少女』だ。
絶望にorzになる二人を他所に、周囲の様子を見渡したファラの目がカッと開かれる。
「お・じ・さ・ま♪おひさしぶりー!」
なんとファラ、あのゲイルに全力タックルした。
「ぅぉびくともしねぇ!?」
「嫁の体当たり。受け止めれずして何が男か!」
「流石おじさま!今日も素敵な紳士で♪今日は何用?野暮用?アッチの用?」
「決まっておろう、その全てよ!」
ファラとゲイルのやり取りに、結城の背筋を嫌な悪寒がエレベーター。
「あれ、なんで悪寒がするんでしょうか?」
「あれ、本当だ。なんで嫌な予感するんだ?」
後ろから声が聞こえてきたのはそんな時だ。
「もしかして…この声は?」
(この声は!)
イザヤはハッとなって振り返った!
――かつての魔法少女仲間(苦)がいた。
カピパラの姿で。
「すごい衣装…だね?」
「そっちの衣装も…すごいな?」
片や踊り子(セクシー)。
片やカピパラ(ファンシー)。
なんということでしょう。あの時分かれた仲間が、今、このような変身を遂げました(アノ声)。
「くっ…俺もアニマル着ぐるみにしておけばよかったっ」
「ああ…罠にかかったんだね」
レイ。速攻で把握。
「あの子は本当に…って、なんでここに!?」
視線を転じた瞬間、カピパラレイは飛び上がって逃げ出した。
「へ?」
イザヤがきょとんと首を傾げる。その向こうから、ファラが純粋無垢な笑顔で手を振りつつゲイル連れて来た。
「とーぅちゃーく」
「え。あんたどうやって入り込んだんだよ…っつーか警備どうなってる(」
「おお!これはまた素晴らしい姿の嫁!」
二人が揃って回れ右した。
「ええと私ちょっと気分が悪いので「はーっはっはっは!」うぇえ!?」
「ちょいまてー!ヤバイヤツじゃねぇ「はっはっはっはー!」かー!」
笑顔でダッシュ。五秒で捕獲。ニアのカメラが回り、ファラが清清しいほど「しめしめ」顔。
「大丈夫!二人だけを犠牲にしないよ!」
「ばかー!本音を言ってみろー!」
「いやぁイイモン見れるわー」
\アッー!/
ファラさんが今日も全力でした。
「いやぁイイモン撮れたぜー」
しかも仲間が一人増えていたのは秘密である。
「……なんでここに来たのだったのかしら……」
その髪に似た赤いドレスを纏い、暮居 凪(
ja0503)はトントンと自分のこめかみ辺りを指で叩いた。実際には仮面越しだが。
二階、ホールを見下ろすテーブル席である。
会場を巡るウェイターから新たなグラスを受け取りつつ、階下の賑わいを見下ろす。
仮装舞踏会。
ドレスと目元を隠す仮面だけが参加の条件。息抜きするには、丁度いい案件だった。
そう、足を向けたのはその程度だったはずなのだが――
「あの辺りまで来ているとは、思わなかったわ」
伝え聞いた情報に近い天魔達の姿。その数、ざっと見ても九体。恐ろしく珍妙な状況だ。
おまけに――これは少しは予想していたが――撃退士の知人の姿もある。そっと仮面を大きな物に変更したのは、少し一人で飲みたかったから。
(あれだけ集って、一触即発の気配が無いのが凄いわね……)
逆を言えば、それだけ今この時、この地を『中立地』として尊重する認識が彼等彼女等にあるということだろう。
少なくとも、今ここに集まった天魔で騒動を起こそうとする者はいない。その事実を凪はただ黙って観察した。
「もっとも、時が限られているからこそかもしれないわね。…と、少しペースが速かったかしら?」
空になっていたグラスに、凪は首を傾げた。一杯目がバーレーワインだったことは覚えている。次はなんだっただろうか。けれど、今日ぐらいはいいだろう。少し、飲みたい日もあるのだ。
思わずいつものように眼鏡に触れかけ、つけていなかったと苦笑をこぼす。
(今日は、『誰でもない私』)
取りに行くよりも早く、ウェイターが優雅に新たなグラスを持ってくる。優秀だ。受け取り、礼を言って凪は下に視線を送る。
「乾杯」
小さな声に、僅かに掲げたグラスがキラリと光を零した。
●
壁際でアリス衣装のエッカルトが顔を真っ赤にして震えてた。配送手違いで狼からアリスへのクラスチェンジである。
(レヴィが体験した仮面舞踏会がコレってお前はいったい何をやってたんだ…)
大いなる誤解が発生中。
(まぁいい、どうせ誰にも会わな――)
「m9(^Д^)」
「いきなりぃいい!?」
颯爽と目の前に現れたのはフレイヤだ。
「おまえーっ!」
「カーワーイーイー!」
「ぎゃああああ!」
一頻り爆笑されてから抱きしめられ、エッカルトが更に真っ赤。
「慎みをもてー!」
「スカートの下はどうなっていますかなグヘヘ」
「ぎゃあああ!」
ぶぁっさー!と謎の春一番的スカ=ト・メクリが発動!フレイヤが静かな表情で呟いた。
「ドロワーズ…とな…」
「なんだその謎は全て解けたみたいなキメ顔は!?」
真っ赤なエッカルトの叫びをやり過ごしながら、フレイヤはふと目を細める。
「ねーねー。学園楽しい?」
「…別に、必要だったからであって…」
相変わらずどうにも素直じゃないようだ。
(でもさ、エッちゃんも良い顔する様になったわね)
覚えている。前の、いつも泣きそうな顔。
(私はさ、エッちゃんみたいな人が笑顔を見せてくれる事が何よりも嬉しいんだ)
ぽふ、と頭をなでられ、エッカルトが赤くになった。
「くっ…」
「あれ、どこにいくのかにゃー?」
「外に涼みにだっ」
しかし、ベランダに踏み出した足がビクッと止まった。
月光に照らされた庭に、
白い何かが佇んでいた。
白。白。一部緑。
とても素敵な美しいおみ足(筋肉)。
それはまるで、闇夜に煌く青首大根の様。
見やる先、ソレはくるぅりと振り返った。
「なんでアレがココに!?」
ザッザッザッザッ!と競歩で歩み寄った青首大根―もといダイコンレディ(♂)―改め龍仁がズァッと白い何かを突きつける!
『その格好とこの着包み…どっちがマシだ?』
プラカードである。
切羽詰った鬼気迫る気配に、エッカルトはゴクリと喉を鳴らしながら呟いた。
「顔が隠れる利点は…大きいな?」
『その発想は無かった』
「というか、なんでソレ…」
『聞くな』
この世全ての絶望が凝ったような気配に、エッカルト、コックリ。
気を取り直し、タツコンレディがプラカードを掲げた。
『今宵は正体を明かしていけない仮面舞踏会だ、偶にはこういう娯楽を楽しんでもいいと思うぞ?どうだ?俺と踊ればそれっぽく見えるのではないか?』
「撮影はお任せ☆」
いつのまにかフレイヤとニナがカメラ構えてた。
「ふ。これはメルヘンの予感!」
「これメルヘンか!?」
思わず叫ぶも、慎ましい足取りで歩くタツコンレディにリード(物理)され、エッカルトはあっさりホールに舞い戻った。
『ちなみに一つだけ告げておこう』
「今どうやってソレ書いた…?」
『俺はダンスは苦手だ』
(゜Д゜)
その後、凄まじい勢いでエスコートする金髪のアリスが、青首大根と縦横無尽にホールを飛び回る姿が見受けられたという。
「ミサーウルヘイル、スアダーウ ビ マリファティカ」
そう声をかけられてゴライアスが振り仰ぐと、白いニカーブを纏った雨宮アカリ(
ja4010)が嫣然と微笑んでいた。
「ごめんなさいねぇ、あの辺に縁があるものだからつい。相席よろしいかしらぁ?」
「ミサーウンヌール。これほどの美女を拒むなど男の恥だろうて。喜んで迎えよう」
笑ってゴライアスは席を勧める。
「あっちにもお酒はあったわよ。アラックって言う白葡萄とアニスのお酒なんだけれど、水で割ると白く濁る不思議なお酒なのよねぇ」
「ほう!?」
興味津々なゴライアスにパチンとウィンクし、蒸留酒であるそれの説明をする。実際にウェイターに持ってきてもらって見せると、楽しげに味わわれた。
「面白いものよ。これは良き酒。礼を言う」
ニッと子供のように笑うのに、思わずアカリも微笑む。
丁度その時、ごはんをもぐもぐしていたリーアがゴライアスのデカイ背中に気づいた。
「なんかすっごいおっきなおじさんがいる…。そーい!」
飛びついた。
「おとーさんは飲みすぎ禁止なのですよ!…おお、ゴツイ筋肉だスゲェ」
ぺちぃ!と張りついた子供にゴライアスは笑う。
「うはは。この程度、然程でもあるまいて。ほれ、こっちゃ来」
膝の上に乗せられ、リーアが歓声をあげる。アカリに気づき「おねーちゃん綺麗!」と顔を輝かせた。
「お酒って美味しい? あたしの年齢だとまだお酒飲めないからなー」
二人の美味しそうな様子にしょぼんと項垂れると、大きな手がわしわし頭を撫でる。
「すぐに飲めるようになろうて。体に無理をさせてまで飲むものでもない。とまぁ、儂が言っても説得力無いがな!」
笑うゴライアスに父性を感じたのか、リーアが二の腕によじ登ってコアラのように抱きついた。
「うおー腕が丸太みたい!」
「本当に立派ねぇ」
これ幸いとアカリも逆の二の腕に。ゴライアス、普通にハーレム。
「ねー、おじさん。どこの人とか名前聞かないの。だから、ねぇおじさん。何にも聞かないからさ、また時々遊びに来てね?」
「……」
「人間界もいいもんなのですよ」
にこ、と笑った幼いながらも深い瞳に、ゴライアスは目を細める。
「…そうよな」
にこー、と笑ったリーアがホールを見て「あたしダンスって柄でもないしなー…」と呟く。
「そだ。おねーちゃんとおじさん、踊っておいでよ。きっとかっこいいよ!」
「あらぁ。ふふふ。私でいいのかしらぁ?」
「きっと素敵だよ!」
「うはは」
目を輝かせたリーアに押し出され、二人して笑いながらホールへと向かう。
「足が巧く動かなかったら、お願いねぇ?」
「婦人をエスコート出来んなど騎士の名折れ。任されよ」
恭しく手をとる相手に笑って、しなやかな体を任せる。力強く大きな波に柔らかく運ばれていくような、安心感を感じさせるリードだ。
「楽しかったわぁ色男さん。またねぇ」
ちゅっ。
「うはは。こりゃあ役得だわい」
頬にキスをもらって、ゴライアスは笑った後恭しくアカリの手の甲に口付けた。
「そなたの行く先に、光あらんことを」
●
宴は続く。
「せっかくだから踊りに行こうっと♪」
大きく背伸びをして、ダナ・ユスティール(
ja8221)はテーブルから離れた。健康的な小麦色の肌に踊り子衣装が良く映える。
「うーんと……誰か踊ってくれそうな人いるかなー…?」
丁度その頃、近くの席で優雅に酒盃を傾ける男がいた。
(たまにはこんな夜も、悪くない)
美酒に舌鼓を打ちながら、ディートハルト・バイラー(
jb0601)はゆったりと珍しい夜の雰囲気を味わう。
「おっと」
「きゃっ」
酒盃が空になったディートハルトとダナがぶつかりかけたのは、賑やかな会場の音と気配が互いの認識力を乱させたせいだろう。
「ちゃんと見てなくて…ごめんなさい」
「いや。いきなり立ち上がったから、驚いたのだろう。怪我は無いかね?」
「大丈夫ですっ」
元気な様子に、ウェイターから新しいグラスを二つ貰ったディートハルトが微笑む。
「一杯どうだい、ここの酒は中々美味い」
「喜んで!」
顔を輝かせる相手に、ディートハルトはグラスを合わせる。
「乾杯しよう、名も知らぬ君に出会えた事に 」
「えへへ。乾杯!」
キンッ、と軽い音。喉を灼きながら通る熱と、深みのある香気が鼻腔を抜ける。
「美味しー! そうだ、おじ様、踊れます?」
「いや…教えてもらえればなんとか、ぐらいかな?」
微笑むと、ダナが笑って手を引っ張った。
「じゃあ教えてあげる!行こ!」
見事にリードされてディートハルトは苦笑した。
「こう、複雑だと、酔ってなくても脚がもつれるな…」
「おじ様、でもステップの状態すごく早いわ」
「女性に恥をかかせるわけには、いかないからね」
笑いあい、綺麗に最期まで踊りきる。友達だろう踊り子の呼び声に「またどこかで!」と嬉しそうに手を振られ、子を見守るような眼差しで手を振り返した。
「ほう…これは、刻みし年輪に深き胸臆と虚ろを感じさせる美しいさ」
唐突に声をかけられたのはその直後だ。
「…?」
真横に立たれてディートハルトは穏やかに首を傾げる。
「美しいな、嫁よ」
「おかしな事を言うんだな…男の俺でも、嫁になれるのか?」
「無論」
ローマ的衣装の王は無駄に自信満々で言い放つ。薄く笑い、ディートハルトは穏やかに言い切った。
「楽しければ歓迎しよう」
<※以下の記録は蔵倫にハリセンくらって消去されました>
「ふ…余は、実に満足である…」
その後、肌艶五割り増しな男が袖口から出て行ったのは秘密である。
(コスプレというのも楽しいものですね)
吸血気風の仮装と豪奢なヴェネチアンマスクをつけ、幸広 瑛理(
jb7150)は周囲の様子を眺め楽しむ。
(知人を誘えれば良かったのですが…残念、仕方がないな)
折角だから誰か誘って踊ってみようか。そう、ふと巡らせた目が壁に手をついて背中を煤けさせているアリス衣装の少女(?)をとらえた。
「壁の花のアリス嬢、兎さんをお待ちかな。僕にお時間頂けますか?」
「別にいいが、アリスなつもりはないぞっ」
「お名前は聞けない決まりでしたね。……では、姫と」
エッカルト、姫にクラスチェンジしたようだ。
「ふむ。何やら事情がおありですね。羞恥心等捨て去れるように、我が一族の秘薬をさし上げましょう」
スッと取り出されたカクテルをエッカルトは受け取った。
「今日はいかがです?」
ちょっと言葉が出なかった。迷い、諦め、ぶすくれたように呟く。
「…ちょっと、楽しいな。ちょっとだけだぞっ」
どうやら素直じゃないようだ。笑って瑛理は告げる。
「では、『ちょっと』が『すごく』になれるよう、僕もお手伝いしましょう」
白のトゥニカに赤を基色にしたトガ・ピクタを纏い、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は颯爽とホールを歩いていた。古代ローマの王と言えば、傲慢な某暴君を思い浮かべる者も少なくないだろう。が、
「傲慢?そうでない王が居るものか」
とのこと。
ふとその目が一抱えもある樽を抱え飲みしている巨漢を認めて声をかけた。
「豪快な飲みっぷりよな。我も相伴に預かろう」
貰った酒とつまみを手に座ると、おう、と子供のような笑顔で迎えられた。
「ならば酌み交わそう。天上にも負けぬ地上の美酒を」
瓶より大きな巨大なジョッキを渡されたが、フィオナは怯むことなくあっさり飲み干す。
「王の振舞う酒、飲めぬとは言わさんぞ?」
「うはは!儂が拒む筈も無し」
返礼と渡されたグラスをゴライアスも一息で飲み干した。
「酒は良い。類稀なる英知の結晶よ」
上機嫌なゴライアスに、フィオナはくつくつ笑う。
「人界の酒は気に入ったか」
「敬意に値しよう」
その気に入りようはと言えば、つまみの類は言うも及ばず、居並ぶ瓶・樽が残らず消えていく程だ。
「酒蔵に篭った方が早かったかのぅ」
はて、と顎を擦る巨漢に、フィオナは笑って立ちあがった。
「どれ、少々腹ごなしに身体を動かさぬか? そのナリだ。多少なりとも嗜みはあろう?」
「おお、これはいかん。儂としたことが迂闊だったわい」
豪快に笑い、ゴライアスは恭しくその手を押し頂く。
笑った顔は悪戯めいた目ながらも堂々たる貴人そのもの。
「ならばエスコートを仰せつかろう」
二人、威風すら纏ってホールへ乗り出した。
●
(くっ目立たずひっそりのはずが…っ)
踊り終わったエッカルトが、壁際に戻る途中で前を見てなかったせいで柱に頭をぶつけた。
「大丈夫ですか?」
丁度それを見た雪花が声をかけ、エッカルトは飛び上がった。
「大丈夫だ心配ない!」
(これ以上目立ってたまるか!)
普通に手遅れだ。
「そうですか。ですが、あなたのように愛らしく美しい可憐な花がこんな所で密やかに咲いているのは勿体無い…」
「僕は男だな!?」
「漢女(おとめ)でも心がそうならレディですよ」
「心も男だな!?」
しかし、さし出された手は取らねば男らしくない。エッカルト、変なところで対抗心強かった。
「パーティは楽しんだもの勝ちですよ」
笑って手を引かれ、そんなものかな、と思う。誰とも知らぬ相手と話したり、踊ったり、なんだか背中を押してもらったり。
笑ってリードする雪花にエッカルトは丸めていた背を伸ばす。
(学園は、最初からそうだったな…)
ふと、そんなことを思った。
踊り始める者達がいれば、踊り終わる者達もいる。
「では、機会があればまた会おう」
「おう。いずれ別の場所で」
堂々たる足取りで去るフィオナを見送ったゴライアスは、再度酒に舌鼓を打ち、ふとベランダに奇妙な生物を見つけて一時停止した。
ダイコンがいる。
『そこの呑んだくれ石油王…少し付き合え』
しかも手招きされた。
「おぬし…人をやめるほどの悩みでも?」
『違う!』
神妙な顔で尋ねられ、タツコンレディもとい龍仁は強調文字で超否定。
『いつかの温泉でお前がかけてくれた言葉で少し心が軽くなった。ありがとうだ』
書かれた文字にゴライアスが眉を跳ね上げる。次いでじんわりと笑われ、龍仁は言葉を探しながらさらに文字を書き連ねた。
『それだけだ。その…なんだ…呼び出して悪かったな…』
がしっ。
「酒の席で、言葉だけで帰るは遺憾よな」
ぶっとい腕に捕獲され、巨大ダイコンが軽々と収穫された。
「儂とおぬしの仲だ。水臭い事を言うでない。さぁ!宴といこうではないか!」
龍仁は苦笑して力を抜いた。
『言っておくが、負けんぞ』
「おう。勝負といこうではないか!」
二人の酒盛りが始まった。
「では、よい夜を」
「ああ」
エッカルトと別れ、雪花は喉を潤しに壁際へと向かう。だが、途中で視界に入ったローマな王様的男に思わず振り返った。
雪花としての本能が凄まじい勢いで警鐘を鳴らしている。なのに!
(あのかたは…!)
内なるゆきがものすごい勢いで体温を爆上げしやがった!
―解説しよう!―
凄腕マジシャン一家の長男、雪花は男に素手を握られると女性人格「ゆき」が発現し、女性人格時に男に抱きしめられると本来の人格に戻るという、悲劇的体質の持ち主なのである!
―解説終わり―
(ゲイル様…っ!)
ゆきが心の中でずっと私のターン発動。これはある意味運命の出会い!
そしてこの熱いオーラにゲイルが気づかない筈が無い。
「いかがした、我が嫁」
シュッ、と真横に現れたゲイルに雪花は拳を握る。チクショウ気づきやがって! だが持ち上げた手は――拳では無い。
「一曲…お相手お願いしても?」
内なるゆきの声に負けました。
「無論のこと。我が第三妻よ」
なんか特定されたうえにランクアップしてました。
(あの時のドレスその他のせいか!?)
過去の邂逅を思い出し、飛び上がりかけるが腰にまわされた手が抱きしめる格好で身動きとれない。っていうかコレ本当にピンチじゃないか!?
(ゆき! ゆき!)
内なるゆきは違う意味で更にヒートアップ! いっそ交代すれば!しかし望みはとある事情で打ち砕かれた。
(しまった! ゆきにチェンジしてやり過ごせない…!)
ゲイルはそのまま無駄に上手いダンスを披露しつつ素晴らしいスムーズさでレッツ☆暗幕の裏。
(ゆきーッ!!)
必死に内側に呼びかけるも、無論手袋が外れることはなく。
\アッー!/
少年は、内なる乙女の犠牲になったのでした。まる。
●
「仮面舞踏会か。柄ではないが…そういう場にもそろそろ慣れておかないとな」
燕尾服に度入りレンズ付きの白マスクを着用し、戸蔵 悠市 (
jb5251)は襟を正し直しながら呟いた。きちんと撫で付けたオールバックな髪型といい、実に美々しい姿だ。
「しかし…やはり得意にはなれそうにありませんね」
小さな嘆息をつき、ふと威風堂々たる踊りを披露した巨漢の姿を認めて目を眇めた。
「相席、構わないか」
「おう。若いの。よく来た」
声をかけると、気さくに招かれる。宴席を共にする時すらも堂々たる姿。二、三会話を挟めば、尚更に認めずにはいられない。
(天の騎士にも、これほどに)
己の主 フィオナと比較しても王として戴くに不足はないが。
(しかし――)
「…人に、導きは必要だと思うか?」
言葉が口をついて出た。ゴライアスは笑う。
「『迷子』であるならば」
簡単明瞭たる言葉だ。
「それ以外では、皆、自分の足で立って歩こうて」
言葉に、何故か背を叩かれたような気がした。
人は誰しもが自らを治める自らの王であるべきだ。
先導役としての王を否定はしない。――しかし、精神的な依存先にしてはならないと思う。
「誰もが自立した個人である事。願うのはそれだけなのだがな」
言葉が零れる。何故俺はこんなことを。ふと思ったが出た言葉は戻せない。
「自律、自戒、自立。己としての芯が無くば難しく、それは往々にして自身では気づきがたい。我等『先陣を切る者』は、己が姿で背に負う子等にそれを示すが、それは『先人』の役目故の事」
くしゃりと父のような手で撫でられた。
「だが、子はいずれ大きくなり自ら歩き行こう」
笑う顔は、優しい。
「我等が背を見せれる時は、所詮、ほんの僅かな期間なのだから」
「こんな感じでしょうか」
持参したうさぎの着ぐるみを纏い、懐中時計を手に御堂・玲獅(
ja0388)はホールへ踏み出した。その目がこそこそと壁際の席につく赤い仮面のアリスに留まる。
(あれは…)
「ごきげんよう。何とお呼びすればよろしいでしょうか」
そっと出された紅茶に、エッカルトは弾かれたように顔を上げた。
「そのお姿は、本意ではなさそうでしたから」
言われ、相手を見てエッカルトは苦笑する。
「まぁな」
「私は紅茶兎とでも」
ふぁんしーな兎姿で玲獅は告げる。
しかし仮面がテラーマスクだ。
「…夜にホラー映画に変わりそうな状態だな?」
「ホラー映画を見られたことが?」
「こっちに来てからな」
もらった紅茶に礼を言って飲みながら、研究所に居ない時間の幾つかを語る。
「学園は相変わらずみたいだな」
苦笑は、少しの寂しさと共に。彼の古くからの知り合いは、どちらも今傍に居ない。その事情を玲獅はよく知っていた。
「踊りましょう」
ふと、穏やかな笑みと共に手を差し伸べられる。
「今という時を楽しむことも、大事ですから」
エッカルトは苦笑する。そうして、飲み終わったカップを置いて立ち上がった。
「そうだな」
仮装と言われ、マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は迷った末に馴染みのある包帯を手に取った。
包帯で全身を包み、羽織るのは質素な白のドレスを選択。透明人間を模したものだが、所々包帯の巻きが甘いせいでむしろミイラか重体者。
(目元が…しかし、巻き直すほどではありませんね)
点検し、仕方なしと諦める。グラスを受け取り、ゆったりと雰囲気を味わっていると、テーブルの一つに陣取り豪快に酒を樽飲みしている巨漢が目に入った。
(あれは……)
体格が似ている気がする。だが、まさか?
(いえ。他人の空似で・)
「おう!おまえさんも来とったか!」
本 人 で し た。
「……。また、奇妙な所で」
なぜか大樽を担いだままのしのしやって来たゴライアスに、マキナはやや唖然とした顔で相手を見上げた。
「うはは。酒ある所に儂在りよ。しかしおまえさん、血の匂いはせんが、怪我でもしおったか…?」
心配げに包帯を見られ、「これは仮装で…」と思わず緩んだ彼方此方を押さえて隠す。途端、大きな掌に頭をわしわし撫でられた。
「それならば安心だな」
整えてた髪の毛が大惨事だ。
「それにしても……よく分かりましたね」
髪の毛を直しながら言うと、ゴライアスは子供のように笑った。
「この気配とその目、分からぬはずがなかろうて」
なんだかむず痒いような気がするが、言葉の応酬をぽんぽんできるほど口が達者なわけでもなく。
ふと、流れていた音楽が変わった。
「もし良ければ、踊って頂けませんか?」
なんとなく言葉が口をついた。
ゴライアスがニカッと笑う。そうして、驚くほど恭しい表情と態度でマキナの手をとった。
「ならば銀鋼の姫。そなたの手を一時頂く栄誉をお与えいただきたく」
落差がありすぎてもはや笑うしかない。
「是非にとの、御所望でしたら」
「是非にとも」
「ん〜。美味しいご飯に飲み物、しあわせだ〜」
満ち足りた表情のフィノシュトラがエッカルトを見つけたのは、丁度エッカルトが鶏肉にかぶりついた時だった。
「あ、もしかしてエッ…っととと、お久しぶりなのだよ!」
「むぐ!?」
エッカルト、思わず口の中身を噴出しかけた。
「衣装もすごいかわいいのだよ!ちゃんと褒めてるのだよ?」
「いやおかしいだろ!?女物だぞ!」
「久遠ヶ原ならおかしくないから大丈夫なのだよ?」
「確かにおかしくない連中も多いけど…!」
天使も認める久遠ヶ原の性別迷子率。
「無理に隠そうとするほうが目立つしね?開き直って遊ぶといいのだよ!」
「一理あるあたりが……!」
笑ってホールに引っ張ると、踊りの輪に加わる。誰も彼もが好きな衣装を纏っているせいで、統一感はまるでない。だがそれがいかにも久遠ヶ原らしくて。
「学園にはもう慣れたのかな?」
「一部には、かな」
「ちょこっとなら案内出来るのだよ!」
「研究が終ったらな」
苦笑するエッカルトに、フィノシュトラは微笑む。
「また今度みんなで遊びに行けるといいのだよ」
「そうだな」
出来れば、彼の待つ使徒とも一緒に。
「きっと、いつか、皆で迎えに行くのだよ」
彼が目覚めるその時に。きっと。
「ああ」
ちょっと微笑ったエッカルトに、フィノシュトラも笑む。その視界を過ぎった男に、あ、と声をあげた。
「ちょっと待っててほしいのだよ!」
「?」
パッと離れ、フィノシュトラがとある方向へと走った。
樽を抱えたゴライアスがやって来た。
「m9(^Д^)」
「ぎゃあああ貴様ぁあアアア!!」
しばしホールにゴライアスの爆笑と真っ赤なエッカルトの怒声が響き渡ったのは、会場にいた者達だけの秘密である。
その頃、誰かからもらった頬の赤紅葉が消えた瑛理は、肌ツヤツヤさせてホールに戻ってきたゲイルと鉢合わせていた。
「これは王様、ご機嫌麗しく」
「ほぅ。これはまた艶やかな嫁」
優雅に一礼し、口元に笑みを刻んだ瑛理にゲイルが満足そうな顔。笑みが魔笑なのがポイントだ。
「僕が嫁ですか?ふふ、面白いですね」
キラリとその目が光る。
「偶には逆転、如何ですか」
「ほぅ?」
「そう…吸血鬼たる僕の眷属になるというのは」
長く端正な作りの手をとり、その甲に口付けた後、相手の手首に軽く歯を立てる。ゲイルがくつくつと笑った。
「宴とはとかく趣向を楽しむもの」
その腕が瑛理の腰を捕らえる。
「余は全ての愛を楽しむものよ」
―しばらくお花畑をお楽しみください―
その後、五歳ぐらい若返った感じの二人が、意気揚々と緞帳裏から出て来たのは秘密である。
●
踊りに食事にと楽しんだダナは、無駄に渋い美壮年を見つけて顔を輝かせた。
「お・じ・さ・ま♪」
「どうした、嫁」
肌ツヤッツヤなゲイルは何やらお腹いっぱいという感じ。ダナはニコッと笑むとその腕をがっしり抱えてホールへと走った。
「踊りましょう♪」
「喜んで承ろう」
手をとり、踏み出し、踊りの輪の中に加わる。
「ねぇおじさま。沢山色んな人と遊ぶより、誰か大事な人と一緒にいたほうが満たされるんじゃないかな?」
円を描き、一度離れた体がまた触れ合って。
「大切にしたい人がいるのなら、どうやれば大切に出来るかを考えることも大事だと思うなっ」
自分じゃなく相手の位置でね、と笑う相手に、ゲイルもふと笑う。誰を思い出したのか、少しはにかむような笑みだ。
「むふー。踊ってくれてありがとうね!」
ちゅ、と頬にキスをもらってゲイルは苦笑した。
「おまじない。幸せになれますように、って」
「全く……嫁達には敵わぬな」
今日は本当に沢山満たされた。最後ぐらいはまったりしてもいいかなと柄にも無く思ってしまう。
その様子に微笑みつつ首を傾げていたダナは、ふと壁際を見て目を見張った。
壁際に、アニマル王国が形成されつつあった。
かつての知り合いに大爆笑されたエッカルトは涙目ダッシュしていた。
「く…こんな所にいられるか!」
元武断派天使の威厳はすでにゼロだ。丁度その方向にいたのが、カピパラのレイである。
(学園は楽しい所だね……あ、可愛い)
涙目で壁になついてるアリス(エッカルト)に目が釘付け。しかも、なんだろう?この不思議な親近感。
(まさか恋!?(※いいえ))
しかもエッカルトがゆるキャラホイホイすぎた。
「くっ…こんな格好で可愛いと言われて喜べるわけが…」
「わぁ、可愛いー!」
「誰が可愛ッ――可愛いな!?」
振り返ったらはむすたーがいた。
えへん、と胸を張ったハムは東城 夜刀彦(
ja6047)。紛う事なきヤトハムだ。
「あ、東…ハムスターだ可愛いねぇ」
「あ、レ…先輩!」
きゃー、とほてほてヤトハムが歩いていく方向に、エッカルトは思わずキッと振り返り、
「…可愛いな!?」
思わず叫んだ。
効果音で「きゅぃ〜ん」とか聞こえてきそうなカピパラ。そんなゆるアニマルが二匹できゃっきゃうふふ。はっきり言おう。恐ろしく可愛い。
(くっ…ほだされないっほだされないぞ僕はっっ)
エッカルト、謎の超抵抗。
「どうです癒されるでしょう」
しかし二体のゆるアニマルに胸を張られて陥落寸前。くそ可愛い。
「さぁ、モフりに来るといいのですよ」
「くっ…僕がそんな破廉恥な真似など……!(もふー)」
五秒で陥落した。
(いや違う! こうじゃない!! というかよりにもよってなんでこの姿を見られる!?)
即座に大変切ない事情で崩れ落ち。しかし残念ながら「?」と小首を傾げるはむすたーには通じない。
(ああやっぱりすごい親近感が!)
レイパラ、仲間を察知したがそのドキワクをいつもの如く別のものと超誤解。
「レディ。よろしければ一曲踊っていただけませんか?」
キリッ(カピパラ)。
「言っておくが僕は男だからな」
レイが絶望して崩れ落ちた。
「…またかー…」
「また??」
首を傾げるヤトハムの横、エッカルトが何かに気づいた。
「ハッ…!そうか…お前!」
ガシィ!
「「同志よ…!」」
ハグしあうレイパラとエッカルトに、一人置いてきぼりのヤトハムが「?」マーク。しかし、なんにせよ元気そうならいいかな、という結論に至ったようだ。
「久しぶりに顔を見てちょっと安心しました。…よっこいしょ」
「…それ、座れるんだ?」
「うん。あ、でも疲れてる顔だから、ちょっと心配ですね」
もふ、とレイパラに押され、ヤトハム・エッカルト・レイパラで壁際に鎮座。この一角の圧倒的めるふぇん臭。
「一人で無茶したりとか、しないでくださいね?」
「別に…無茶とかは」
「…背負いすぎる感じがするから、心配」
もふ、と柔らかい着ぐるみに両側から抱きしめられた。エッカルトは口をもごもごさせる。大きなぬいぐるみ相手だと思えば、肩肘張るのも馬鹿らしい。
「頼りないかもしれないけど、ちょっとは荷物持ちますから。ね?」
「…うん」
「とりあえず今は我々をモフって癒されるといいのですよ」
もふもふする相手の声に、思わず笑いが零れた。
「そうだな」
呟いた時、「おーい」と呼び声が聞こえた。三人は顔を上げる。
ダナが笑顔でゲイルを連れて来ていた。
「ちょっと待てぇえええ!」
叫ぶレイパラ。エッカルト担いで走るヤトハム。飛んできた兎の玲獅がエッカルト達を背に魔法の呪文を唱えた。
「貞操遵守!」
賑やかな人々の遥か頭上で、微笑むように月が輝いていた。