悪魔のゲートで、聖堂のような戦場。皮肉なのか、洒落なのか。
(ふむ、何やら最近、私たちの方が鍛えられている感じがしますね)
常の笑みのまま見習いを見返し、石田 神楽(
ja4485)は自然な動作で足幅を整える。生まれ出るは漆黒の大型対物ライフル。その身長すら凌ぐ長大な威容。使いこなす為か、その左腕に特殊処置。
(ともあれ、先生は返して貰いますけどね)
笑顔に見習いが身じろいだ。
(身体が重い…こんな状態で戦うのなんて初めて…)
玲瓏とした美貌を憂いに曇らせ、ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)はげっそりと心の中で独り言つ。製作者の敵を須く蝕む異界の真っ只中。顔を上げ、呼び出したヒリュウに光信機を装備させる。
(ヒリュウ。見習いの顔が見える位置を保って)
(きゅい!)
密かな指示が放たれる横、小田切ルビィ(
ja0841)は狂おしい程の思いで見習いを睨みつけていた。
「――クソッ!もっと俺が持ち堪えてさえいれば…」
先の戦い。僅差での敗北。蘇る記憶に、強く握りしめた拳から血が伝う。ぽつ、ぽつと血の点。けれど今はその痛みよりも尚胸が痛い。
「今度こそは負け無ェ…。雅先生も取り戻してみせる。絶対に、な」
その後ろ、表情を消して宇田川 千鶴(
ja1613)も鋭く見習いを見据えていた。
(普通の戦いなら機会なんて無かった)
思い出す。先の戦いで囚われたままの人。
(先生を今度こそ返してもらうで)
ギリ、と鳴った刀にチラと視線を向け、神楽は見習いの動向を見張りながら千鶴の頭を一瞬撫でる。
「む」
硬かった気配が少し和らいだ。その様子に安心したように目を細め、東城 夜刀彦(
ja6047)は全体を見渡せる位置で見習いを見る。
「メイド達は何を『させたい』のだろう?」
小さな呟き。戦の気配に消える表情。冷静な思考がこれまでのメイド達の動向を捉える。
「経験と共に何らかの結果を残させようとしているように見えるけど…」
何の為に?
誰に見せる為に?
(こちらの実績を望む理由は何?)
まるで誰かに認めさせようとしているかのように。――悪魔が。何故。
「さて。疑問はあれど、まずはやるべきことをやろうかねぇ」
ぽんと弟分の背を叩き、ジーナ・アンドレーエフ(
ja7885)が隣に立つ。前へと進み出るのは神凪 宗(
ja0435)。
「どれだけ情報を引き出せるか…だな」
前回と今回。共にある悪魔と同じ技を身につけた見習い達。
「ただ倒せばいい、ってだけでないわけよね」
軽く掲げたナナシ(
jb3008)の手に巨大なピコハンが具現化する。『原罪』の名を持つ破壊の槌は、禍つ闇赤光を纏ってその威を示す。
「始めましょう」
「全力で相手をさせていただきますよー?よろしくお願いしますねー?」
櫟 諏訪(
ja1215)が阻霊符を発動させる。生み出される魔具は長射程を誇る狙撃小銃。
「皆さまのお相手、務めさせていただきます!」
見習いの声を聴きながら、大炊御門 菫(
ja0436)は槍持つ手に力を込めた。
転移時にかけられた言葉。耳に残る声。
――至ってくださいませ。どうか、次なる階梯に
嗚呼。
「―――言われずとも」
短く、そう答えた。
●
「竜公に報告。アタックレコードを開始します」
声と同時、戦場が一気に動いた。散開。広域を殲滅する前戦闘を踏まえて。
「多対一なら数を減らしたいはず。じゃあちょっと距離とっとかないとね!」
下がるジーナ。左右に分かれるルドルフ、宗、諏訪、神楽。上空に翼を広げたナナシ。そして、
(範囲攻撃は警戒する…が、だからこそ接近し隼突で確実に初手取り隙作る)
一瞬で間合いを詰める千鶴の刃。見習いの視線がそれを捉える。だが、
「ところでそっちにいるヴィオちゃんは何をしてるの?」
「えっ!?」
不意打ちで言われたジーナの一言に、見習いは思わず意識を逸らせた。戦場であまりにも致命的なミス。それを見逃す千鶴ではない。
「技、見極めさせてもらう!」
放たれた一撃が、逸らされた視界の外から肉薄した。
「くっ!」
咄嗟に槍で防御する。激突した部位が蒼く輝いた。
「【硬気功】発動、損傷軽……きゃ!」
同時に頭部に弾丸が炸裂した。
「成程。防御を高めて受けるスタンスですか」
「完全不意打ちだと発動しないみたいですね〜?」
距離をとった神楽と諏訪からの同時遠隔攻撃だ。
「被弾。防御低下。損傷未だ軽微…っ」
強打された頭を振り、見習いが走る。
「武器変換?」
「後ろ! 気をつけろ」
槍が消えるのを確認して千鶴と宗が警告した。同じく見習いを注視し、飛翔するヒリュウと視界を共有したルドルフは目を眇めた。
(ほとんど負傷が無い。かなり硬いね)
その見習いの向かう先、狙われたジーナが微苦笑を浮かべる。
「戦慣れて無いようだねぇ」
「う、うるさいです!」
叫び、見習いが技を解き放つ寸前、地を滑るように駆けた菫の体が舞った。姿勢は低く、振るわれる槍が軸足を掬うように強打する。
「うあっ!?――く!」
崩れた姿勢で見習いは無理やり技を放った。ワイヤーが輝く。ジーナを射程に取り込み、最大人数巻き込みで――
「ギリギリ範囲で狙ってくると思いました」
(!?)
「【獰猛なる原始(ウーア・ゲヴァルト)】」
声が聞こえる中、銀の嵐が吹き荒れた。大小の悲鳴が重なる。力の元は槍から変換された金属糸。切り裂く嵐に血飛沫が飛ぶ。だが――
「なっ!?」
見習いが声をあげた。捉えたと思ったジーナを後ろに突き飛ばし、夜刀彦が割り込んだのだ。身代わりのジャケットが大破する。
「彦の背中借りるなんておかあさんこそばゆいねぇ」
「いつお母さんになったの」
術を編みながら立ち上がったジーナに、夜刀彦が見習いを見据えたまま無表情につっこむ。
(ここまで読む…)
見習いの額に汗が浮かんだ。阻害され、攻撃を阻まれ、戦場で最も大事な冷静さが欠けていく。
ジーナが見た通り『戦い慣れていない』のだ。
「大丈夫? 流れ弾が飛んで来ると危ないから、気をつけて上手く避けるのよ?」
「はいなの!」
滞空するナナシの声にヴィオレットが手を振って答える。手を振り返し、ナナシは見習いを見据え直した。
真下。小さなつむじが見える。
頬にかかる髪を後ろに払った。
「じゃ、行かせてもらうわね」
「!」
壮絶な悪寒に見習いが頭上を振り仰いだ。一気に落下する小柄な影。手に宿る異様な力。槌に纏わりつくのは雷光。振り下ろす先端から伸びた光が長大な雷光の槌を形成する。
―【神鳴る剣(ウーブ・スル・ウーム)】―
音無き雷光が見習いの頭上に落ちた。
●
防御の為にクロスした両腕が蒼く輝いた。圧に負け沈む足。堪え、打ち払う両腕は赤い。滞空し見下ろすナナシはそれを静かに確認する。
(硬いわね)
もとより自身の攻撃で倒そうとは考えていない。仲間達との話し合いで導きだした自身の役目。それは――
「損傷一割にあと少し…!」
見習いが声と共に空に向け構えた。一瞬で変換された武器は竜を象った巨大な長距離ライフル。その大きさたるや、むしろバズーカ型噴進弾発射器だ。
(『かかった』!)
轟音と共に放たれた一撃がナナシを貫いた。
だが驚愕の眼差しは見習い側。
空から降ってくるのは大穴の開いたジャケット。
闇の翼を広げたナナシが薄く笑む。
そう――彼女の役割は『囮』。
高い攻撃力と阻害系攻撃を見せつけることで、自身に標準を合わせさせる作戦の要。
「こっちを見てて良いの? 私の言う事じゃ無いけど、人間達もずいぶんと進化をしているのよ」
「!」
気付いた時には遅い。左右から同時に宗と菫が動いた。
「試させてもらう」
告げた声は、どちらか、両方か。
どちらかを向けばどちらかが背面になる。ならばと両腕を硬化した見習いの正面に影がさした。ルビィだ。
「同時に受けれるか、な!」
「…ッ!」
見習いの眼差しが鋭さを増した。だがそこにあるのは焦りだ。
「この一撃に全てを掛ける・・・。防げると思うな。」
唸るように宗の闇を纏った銀槍が突き出された。一瞬消えたようにすら見える一撃。白銀の槍を硬化した腕がかろうじて受け止める。
「!?」
痛みと同時に手応えが消えた。把握するより先に別の箇所に痛みが走る。
(二連撃!?)
同時に突き出されたはずの菫の槍を掴む手は空を切る。放つ寸前、短く持ち直した槍の先が跳ね上げる動作と共に二の腕を走る。
「っ!」
浅い。だがまともに入った。正面、肩に担ぐようにして上げられた大剣が唸る。避けるのは不可能。
「この…っ!」
スカートが大きく翻った。
軸足に力を込め独楽のように体を旋回させ斜めから切り裂くルビィの刃の側面を、同じく回転して振り上げた見習いの左足が蹴りつける。
「おおっ?」
翻ったスカートに目の前を一瞬塞がれつつルビィは飛び退った。胴から逸らしたものの右腕を切られた見習いが次に備える。右腕が上がっていないのは、ナナシの攻撃を受け、なおかつ宗とルビィの攻撃を受けたからだろう。
「損傷一割突破。麻痺を確認」
視線が素早く周囲をチェックしているのが分かる。警戒を強めたのだ。だがその時にはすでに目の前に夜刀彦がいる。
「――!」
咄嗟に両腕をクロスし――
「えっ!?」
横合いから目の前にポイと放られたルドルフのルーンにタイミングを乱した。眼前で荒れ狂った竜巻に態勢を立て直すより早く、風をきって燐光を纏う迅雷の刃が襲い掛かる。ギリギリ防ぐ両腕。一撃入れて即座に飛ぶように後退する少年に身構えた瞬間、背中に衝撃が走った。
「背後がお留守やで!」
「つ…!」
(前に意識を…とられ過ぎた!)
呻き一つ、振り返ることなく振るったワイヤーが即座に挟撃する二つの弾丸の軌道を逸らす。
「二度は通じませんかー」
「ですが、回避する、という選択はないようですね」
左右両側に分散した諏訪と神楽の声に見習いは唇を噛む。どちらかを向けばどちらかが背になる。――その、やりにくさ。
「……負傷一割三分」
見習いが小さく呟くのを、読唇術を使った宗とヒリュウを介したルドルフが確認する。上空のヒリュウとナナシを含め、全員が距離をとって周りを囲っていた。
「……そう、回復」
小さく呟いた見習いの目がジーナを捉える。召喚獣の傷がフィールドバックし、深手となったルドルフを癒したのは、彼女。だが早く落とさないといけない者は他にもいる。
「余所見してても良いのかしらね?」
「く…っ」
その最たる少女がさらに上昇する。その手が持つのは【白の廃棄書】。誰とも知らぬ者から贈られた、不思議な符号のある絵本。
「贈るわ。――悪魔と天使の物語を」
声と同時、見た目よりも遥かに凶悪な光の一撃が見習いに降り注いだ。
●
見習いは焦っていた。
基礎の力だけならば正式のメイド達と比べても遜色無い。だが初手から続く連撃は此方を翻弄するばかり。
(相手のほとんどは人間なのに…!)
悔しい。分からない。誰を斃すのが最良手?
――戦いを学んでいらっしゃい。
告げられていた言葉。理解する。
力を持っていても――戦いを知らぬ者は『弱い』のだ。
●
ギン、と金属音が響く。打ち払った手。弾いた弾丸はけれど手に痛みを残す。
「確実に削らさせてもらいますよー?」
翠の髪の男。なんて憎らしい。どこに移動しても死角から当ててくる。手のワイヤーを巨大な竜砲に変える。同時に前髪の一部が赤い銀髪の男が一気に踏み込んできた。
「また…!」
遠くの者を狙おうとすれば踏み込んで邪魔をする。光刃が銀槍に変わり肉薄する。その視界の端を一瞬黒髪が霞める。
「もう…ッ!」
闇を纏った宗を今度は痛みと共に受けきった。今回は一撃。横から来る次の夜刀彦の攻撃は囮だろう。さらに銃弾と刃が来るはず。予測し受けようと待ち構えた瞬間、相手の黒髪が一瞬で伸びた。
(しまっ…!)
全身を縛られ身を強張らせる。これでは動きすらままならない!
「前の見習いと比べると、抵抗力が弱いな!」
無言で退く夜刀彦と入れ替わり、進み出たルビィが後衛に向かわせぬよう立ち塞がる役を再度担う。斬撃を受ける体の軋み。隙を逃さず神楽の弾丸が竜砲に炸裂する。手に伝わる痺れたような痛み。二割突破。呟く言葉をルドルフと宗が注意深く記憶する。持ち前の脚力を駆使し、ルドルフの優美な体が戦場を駆けた。ルーンを刻まれた弓が撓り、放たれた矢が背後をとった千鶴の攻撃と共に見習いの体を穿つ。
「切りかかれないのは恥ずかしい事この上なしだけどさ、やらなきゃいけない事ってあるわけですし」
他の仲間のように前に立ちはだかれぬジレンマ。だがそれは来たるべき『その時』の為のもの。忸怩たる思いをねじ伏せ自分に言い聞かせる。やるべき時は、まだ。
「色々な武器が使えるようですけど、これもメイドのたしなみですかねー?一番得意な武器は何でしょうかー?」
菫の攻撃を捌く見習いに、諏訪が声をかける。集中を。思うのに上手くいかない。慣れない戦場。言葉に意識がとられる。得意な武器。今、手にあるのは竜砲。これは違う。けれど、今は使う時。
「私は槍です。ですが――」
「! 気をつけろ!」
「なにか来ます!」
ふいに感じた気配に宗と神楽が同時に叫んだ。見習いの持つ竜砲が輝く。
「【獰猛なる原始(ウーア・ゲヴァルト)】!」
一気に爆散した光の弾が広大な範囲を穿った。
前後左右も範囲に取り込まれては空蝉での回避も不可能。荒れ狂った一撃に神楽と諏訪が息を呑む。
「ワイヤーの時と明らかに違いますよー?」
「武器の射程……ですかね。ですが、最大射程らしき距離より短い」
前兆は武器の輝き。範囲は武器の射程依存で恐らく任意変更可能。そして――
「広くした分、狙いは甘くなるようやな」
素で避けきった千鶴が呟く。今の三分の一程度の範囲だったワイヤーと比べれば、命中力が落ちていた。無論、身を縛る束縛の力もそれに拍車をかけているのだろう。避けたのは宗、千鶴、夜刀彦。
見習いの目が一点を見やる。負傷度の高い者達。
「畳み掛けさせていただきます!」
「させるか!」
倒れたルドルフを見据え、走りだそうとする見習いを菫の一撃が阻む。自身の傷も浅くは無い。だが見習いの表情や口の動きを見る為に滞空していたヒリュウの負傷は、そのままルドルフに跳ね返ったのだ。狙わせるわけにはいかない。
「しっかり!」
自身も血に塗れながら、ジーナが地に倒れたルドルフに回復術を解き放つ。
「……メイドの…傷……」
癒され、意識を取り戻したルドルフが呟く。駆け寄り、肩を貸し、何、と問い直す耳に小さな声が聞こえた。
「もうすぐ…三割に」
ジーナは表情を引き締める。頷き、繰り返し治癒しながら厳しい表情で見習いの周囲を見やる。
ふとルドルフは視線を感じた。足元に幼女。大きな目がじっと見ている。
「やるです?」
「まだ――やれる」
果たすべき役目が終わっていない。
決意を秘めたルドルフをじっと見つめ、頷きと共に幼女の姿が消える。消える寸前、微笑った気配。
二度目の音無き雷光が部屋を照らした。舌打ちした見習いが竜砲を構える。
「三割到達。先に喰らいなさい!」
声と同時、竜の咆哮が轟いた。
「【制裁の闇撃(トーデス・シュトラーフェ)】」
「く…っ」
大穴の開いたジャケットが翻った。だが同時に放たれた二つの弾が小柄な体を吹き飛ばす。
「ナナシさん!」
「平……気……っ」
見習いが武器を槍に変える。唇が動いた。
「【認識】発動」
宗とルドルフが呟く。唇に僅かな笑み。
「――『来た』」
●
瞬時に戦場が動いた。空を舞う体。一気に振り下ろされた千鶴の足がメイドの頭を打ち据える。
「朦朧付与。【疾風の幻影】把握」
揺らぐ視界。視界に飛び込む青い瞳。
「このゲート戦の発案者は? ご主人様? それともマリアンヌ?」
夜刀彦の静かな目。こちらを見透かすような。
「俺はマリアンヌのように思える。此処はまるでゲート内の練兵場だ」
瞳に動揺が混じる。槍と刃越しに眼差し。遅れて気づく。近くにいた菫の姿が無い。足音。後退する菫達とは逆に走り寄る影。擦れ違いざまに癒しの風を解き放つのはジーナ。
「出来ないことはしないさ。出来ることをやるので精一杯なんでね!」
無理な移動で危険地に踏み込むことはしなかった。勇気と無謀は違う。より長く戦場を保たせる為の努力。【認識】発動時は次の技を放つまでに時間がある。それが機会。だが同時に危惧もある。
(前のメイド見習いはわりと認識時間あったらしいね。……こいつは面倒だねぇ)
刃は振るわない。認識されるわけにはいかないから。代わりに言葉を投げつける。
「もしかしてマリーさんって、これからのゲート戦を想定してこんな練兵場作ったわけかな?」
夜刀彦が呟いていた言葉。撃退士の実績を見せたい相手の一人は、きっと――
「ご主人様にここまで戦える人達だよって伝える為なら、動かしたい相手はご主人様かい?」
見習いの瞳が揺れた。不慣れすぎて咄嗟に言葉を出せない。無意識に報告だけが口につく。
「【蒼の燐光】把握」
視界の端に銀と金。意識を向けさせぬよう夜刀彦は口を開く。
ずっと考えていた。強さを試す理由。育てようとする理由。試算する。其処に損得があるのか否か。
(享楽の大悪魔)
大損するような博打はしないだろう。損をしない為には知識が必要だ。
「メイドさん達が情報を集めた」
彼女達こそ情報員。
離れ、身構える視線はこちらから逸れない。
「茶会でツインバベルとレーヴァテインの情報。今回のゲート」
影からの刃を感じ取りながら夜刀彦は告げた。
「ツインバベル攻略での戦力分析が目的だと見たけど?」
「ッ!」
動揺した目の前に宗。
「もう少し鍛えてもらえ」
素気ない言葉と共に放たれた闇纏う一撃。即座に入るルビィの一撃。
「【赫銀の戦鬼】【血玉の瞳】把握」
「“把握”か。――ハッ!上等だぜ」
ニヤリと笑い、構える。上空に巨大な力。意識を向かわせぬよう言葉を繋いで。
「撃退士が『同盟』に値するか否か。――大侯爵はその品定めの最中ってトコかい?」
硬直した体を空の悪魔が見おろす。
「……『見習い』は『見習い』ね」
ポキュ☆
コミカルな音。衝撃は超弩級。一気に体力が削られる。あまりのことに言葉が紡げない。けれど『把握した』。
「【神鳴る槌】把握」
唇が動く。
一気に距離を開けた菫は確認する。認識中、見習いは動いていない。動きは解き放つ時!
足が動く。その後ろに金色の髪――ルドルフ。
「【認識】リンク」
見習いが竜砲を空に向ける。ルドルフは叫んだ。
「今!」
発動<防御効果>
「――発動【殺戮の砲撃(メツェライ)】!」
撃退士側の体を青い光が包んだ。中空が輝く。広大な範囲に魔方陣。具現化された竜砲の幻影が一斉に地上に砲火する。
幾つもの血溜まり。だが意識を奪いきれていない!
「あなた…!」
見習いが忌々しげに叫ぶ。認識からは逃れつつも負傷したルドルフが口の端を笑ませる。
ずっと時を待っていた。具現と共に付与される力。蒼竜の防御。皆を守るために!
「このタイミング、狙わせてもらいますねー?」
「悉く、撃ちぬかせていただきます」
パンッ、と。頭部に衝撃が弾けた。踏みとどまる足がぐらつく。嗚呼、何度も刃を受けたから。けれど違和感。こんなに相手の攻撃は強かった?
(違う)
受け続けた傷。削がれ続けたのは体力だけでなく――防御も。
「ッ!」
気づいたが遅い。
目の前に銀。押し下げられた柄頭。思い出す。咄嗟に心臓を庇い、構えるも衝撃が走ったのは足。
「…俺は“混じり者”だが――人間を、撃退士を舐めるなよ…?」
膝が落ちるのを踏みとどまる。傷は深い。けれど撃退士側も重症。目の前のルビィも血塗れだ。傷だらけのジーナが回復を放ち、
「……マリアンヌ」
呟いた。菫がハッとなってそちらを向く。
「戦慣れしていないところを上手く突かれましたね」
いつもの穏やかな微笑み。一瞬悔しげに撃退士一同を見やり、見習いは唇を噛む。
扉が開いた――それは即ち、
「……負傷度四割突破を確認」
「皆様の勝ちです」
●
「ようやく、登場か」
菫の声に、マリアンヌは優しく微笑む。
「ええ。――これほどのものを見せられては」
見習いの力は騎士級。まともにぶつかれば十人での攻防は至難。だが、多数を捕捉されぬ工夫、常に敵味方の位置を把握し動く視野、分担された役割の元での息もつかせぬ連携、そして――「見習い」たる未熟さを上手く利用した攪乱。
「お見事でした」
悔し涙を零す見習いを立たせて頭を撫で、顧みるマリアンヌの笑みは穏やか。
「零した情報を一つ一つ、僅か一度だけのそれらをも拾い、紡がれた力量に敬意を表します。次なる階梯への第一歩を踏み出された皆様に、未だ見せぬ私の技を一つ」
白い腕がこちらに伸びたと思った瞬間、凄まじい力が一同の全身を駆け巡った。
「これは…」
宗が自身の体を見下ろす。一瞬で痛みが消えていくのを感じた。自らの生命力すら上回るような圧倒的な癒しの力。
「これが私の広域回復術――【魂の平安(アタラクシア)】。威力の程は、お体で感じ取っていただけたかと」
ルドルフは自身を包んだ暖かな力を反芻する。あれ程の深手が完全に癒されていた。無論、失った血が戻るわけではなく、骨が折れていればそれらが治ることもなかっただろうけれど。
(これは……厄介じゃないかな)
「見習い達の仕草は、そちらも同様に、か?」
仲間と動作の差異を確認していた菫が問う。マリアンヌは頷いた。
「ええ。無動作で発動するのは、皆様が見た中では【絶対零度】だけですわね」
自身の状態を確認し終えて宗が問う。
「【認識】は、体力が三割削られてからか」
「ふふ。一応はそのようにしていますわ。変えるつもりもありません」
微笑み、傷の癒えた一同を「こちらへ」と階段に導く。
「先生は」
「最上階に」
ふと気づけば見習い達の姿が無い。幼女の転移だ。
「一つ、問わせてもらいたい。――から手紙は、着ているか」
菫の声は足音に紛れてマリアンヌにしか届かなかった。マリアンヌは首を横に振る。
「いいえ。そのような方からのお手紙は、私は貰ったことがございません。どうせなら、貴方からのほうが嬉しいですわね?」
「……」
どう答えていいものか。呆気にとられ、そういえばこういう悪魔だったと眉を顰める。
「でも、どうしてそのようなことを?」
首を傾げる相手に、菫は小さく息を吐いた。
「我々の動く先に、何度もメイドの姿が確認されている。知ってから動いたにしては、動きが速すぎる」
「内部情報が漏れてた可能性ですか」
神楽の声に、菫は頷く。
「もし、『そう』だとすれば、探り当てるかどうかもまた、皆様の力量次第。私から言えるのは、木の葉を隠すなら森の中、ということぐらいでしょうか」
菫は目の前で揺れる亜麻色の髪の先を見る。この悪魔の言葉に嘘は無いだろう。相手が正答を自力で見つけ出すのを楽しむような相手だ。
(考えろ)
言葉を加味するならば、特異な立場である『あの男』は『情報提供者』では無い。だが同時に『情報提供者』は『存在する』。
「ふふふ。宿題ですわね。気づけたお祝いに、もう一つ情報を。攻撃への対抗技を含めて、私は十二の技を展開できるようになっています」
「残すは二つ、でしたかー」
「そのうちの一つは自己犠牲の回復技ですから個人戦では難しかったかと」
「情報の大盤振る舞いね?」
ナナシの声にマリアンヌは微笑む。
「前回、本当に惜しかったのですもの」
「そういえば、前に体力を吸収した破廉恥技もあったな?」
「あらあら。うふふ」
「ということは……全部、出たのかな?」
ルドルフの声に、マリアンヌはパチンとウィンクする。
階段を登りきった先、大扉を開くと、縫いぐるみを二つ抱えた雅が扉を蹴倒そうと足を振り上げた所だった。
「うわっ?」
「先生!」
態勢を崩しかけたのを千鶴が支える。
「皆無事か!? いきなり檻が消えたが…というか、人が変わってるな?」
状況が把握できずにあわあわする教師に、ルビィが上半身全部で安堵の息を吐く。
「無事で良かったぜ……」
「ふふふ。お預かりしたお客様ですもの」
笑うマリアンヌが中へ。向かう先、部屋の中央に光る球体。
「ゲートコア」
宗が目を細める。冴え冴えとした光を放つそれは、どこか神々しい程美しい。
「お約束通り、こちらは破棄させていただきます」
「その前に聞きたい。そちらの目論見は、先に告げられた内容で合っているのか」
宗の声にマリアンヌは微笑む。コアを包み込むようにして手を添え、告げた。
「どうか、覚えていてくださいませ。どれ程声高に叫ぼうと、力を見せようとも、それを世界が認めない限り、それは唯の自称に留まってしまうという現実を」
「どういう意味だ?」
菫が眉を潜める。マリアンヌは微笑んだ。
「『評価とは、他者が下すもの』」
「『いかに強さを声高に叫べど、認める者がいなければ戯言にすぎない』」
告げる言葉は誰かの言葉の復唱のよう。
「『されど認めし者が現れた時、認識は世界に問いかける』」
「『其の存在は『本物』か否か』」
「『認めし者が複数になった時、世界にとって其れは『本物』となる。――畢竟、『本物』とは、他が作り出せしもの也』」
そして、
「死したる者は語る口を持たず、伝聞は虚偽を纏い、勝利の事実であってすら、認識は世界に浸透せず、常に揺蕩う。……世界を変えるのは『生きている者』であるが故に」
だからこそ、
認めさせるべきは生きたる強者。
疑問すら差し挟めぬ程の強大な存在。
「……つまり、憶測を現実にする為には、認めさせろと言いたいのね?」
告げながら、ナナシはチラとジーナを見る。
『動かしたい相手はご主人様かい?』
同時にルビィが言っていた言葉。
『撃退士が『同盟』に値するか否か。――大侯爵はその品定めの最中ってトコかい?』
惹いた興味の先にあるもの。
メイド達はその品定めの為の測定要員。そして更にその先にあるものこそ、夜刀彦の言葉にあったもの。
即ち――ツインバベル攻略。
(あの大悪魔を動かせ、ね)
メフィストフェレス、ミカエル、ウリエルの三者を同時に相手取るなど不可能。各個撃破の基本は同盟。無論、利用されてやるつもりは無いが。
「ある人が言っとったな」
千鶴がふと呟く。在りし日に相まみえた大天使を思い出して。
――『均衡』が『抑制』を生む。ただし至るには血が流れよう。力は未だ届かず、時は足りず、実績を認めたる者も乏しい。だが、いずれ機会は来るだろう。
――機会を逃さぬことだ。それはいつ訪れるか分からぬ。見誤れば、消え失せよう。
「成程。これもまた、機会、というわけですか」
神楽が小さな苦笑を零す。マリアンヌが微笑んだ。
「無論、力及ばぬ者に実績を認める程、『おひとよし』ではありませんが」
「安心しろ。お前が性格のいい悪魔じゃないことは知っている」
「あらあら。うふふ」
素気なく告げた菫にマリアンヌは楽しげに笑うばかり。
「私達の道は私達で切り開く」
「ええ」
菫の声に寧ろ嬉しげに。その手の中にゲートコアを閉じ込めて。
「皆様が選び進む道の果てに何があるのかは、私達では未だ見通せませんが――」
何かが軋む音が聞こえた。弾かれたように周囲を見やる。
違う。
軋んだのは周囲では無い。
「全ての戦いが終わったその時が、皆様が目指す道の第一歩たらんことを」
微笑むマリアンヌの手の中で、コアが粉々に砕け散った。
●
解き放たれたゲートの外は、夕暮れの赤に染まっていた。
「何かな。すごい時間が経ったような気配が?」
異界に囚われて時間経過がおかしい雅が首を傾げる。
周囲には同じくゲートに挑んだ人々の姿。そして――
「こっち側であそこまでメイドが一堂に会してると怖いね?」
「ある意味壮観ですよー?」
ルドルフと諏訪の視線の先、どこかへと転移するメイド達。別戦場に居た撃退士側も一部動揺に見舞われる等、何か新たな事実が判明した気配がする。
「かぐぽんとちーねぇ返してええ」
「あ、すまない。持ってたままだった」
他のメイドを転移させ終えたらしい幼女が走り込んでくる。涙目で縫いぐるみを取り返すのを、神楽と千鶴が複雑な表情で見守っていた。
「ゲート戦の後で対戦相手と同じ場所にこうやって留まるというのは…なかなか無いな」
しみじみと周囲を見やる宗に、ヴィオレットと手を振りあったナナシが肩を竦めた。
「人的被害が無い、っていうのがね」
ふと視線を感じて見やると、先程のメイド見習いが目も頬も赤らめてこちらに指を突きつけていた。
「次の機会があったら、再戦を…!」
「負けん気が強いようだな…」
「果たし状とか来そうですよー?」
呟く宗の横、丁度指さされた諏訪のアホ毛がくるくる回る。ジーナは軽く首を竦めた。
「まぁ、向こうにも色々あるんでしょうねぇ」
「大公爵が同盟も視野に入れてるんなら、被害への配慮も頷けるってところだな」
苦笑するジーナの横で、ルビィがメモにペンを走らせながら告げる。夜刀彦が背伸びしながら言った。
「御膳立てに乗るかどうか云々より、互いに利用しあいましょう、になりそうな気もしますね」
見上げる空は炎を溶かした様な茜色。天と人と魔。三つ巴の戦いの中で、この動きはどんな意味を持ち、どんな波を世界に動じるのか。
「誰かが敷いたレールを歩かされるのは御免だがな」
菫は呟く。静かな眼差しでマリアンヌを見据えたまま。
人の道は人が切り開く。
こちらを躍らそうとするのなら、曲ごと書き換えれてやればいい。未来に碁盤をひっくり返す術が無いとは思わない。
例え途中の道がどのようなものであれ、
「進ませてもらうぞ」
踵を返す背に人々が続く。
次の戦場たる同じ地に佇むは大悪魔直属の悪魔達。
最後の戦いが、すぐ近くまで迫っていた。