風が駆け抜けた。一瞬で間合いを詰めたのは宇田川 千鶴(
ja1613)。側面から迫る刃が現れた氷盾に激突する。
「対抗技…!」
「アタックレコード開始します。【氷盾】損傷一割」
見習いの声が告げる。声は他メイドへの報告か。こちら側への告知か。
「余興のつもりかどうか知らんが…あまり人間を舐めない方がいい」
”風精の加護”で僅かに地上から浮き、フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)は王の如く告げた。紅玉の瞳を一瞬光らせ、小田切ルビィ(
ja0841)は大剣を具現化させる。
「…良いぜ?折角の招待だ。――思う存分踊ってやるぜ…!」
言葉は此処に居ない大公爵へ。だが次の瞬間全力移動で後退する。
「おい!」
咄嗟に声をあげたフィオナにニヤリと笑ってみせた。
「俺だったら間合いに余裕がある内に、大技ブチ込んで削れるだけ削る。多対一なら尚更な!」
見習いの目が僅かに細まった。その耳に明るい声が届く。
「要するにあれだろ! これは舞踏会。って事は、あのかわいこちゃんをナンパすれば良いわけだろ!?」
軽い口調に騙されてはいけない。手に具現化した銃は過たずこちらを狙い澄ましている。
「最初のダンスは激しい方が印象的だな? 俺は赤坂白秋。デートしようぜ、子猫ちゃん☆ オトナの時間に連れてってやるよ……☆」
嵐のような猛射撃が白秋を中心に荒れ狂った。銃弾を氷盾が防ぐ中、白秋の姿が嵐に紛れる。足場の氷が広範囲で抉り飛ばされた。
「【氷盾】損傷度二割突破」
(私たちは気に入られたのか、それともその手前か)
油断なく見習いを見据え、石田 神楽(
ja4485)は阻霊符を展開させる。
(どちらにせよ、この状況はどうにかしましょうか)
長引けば不利。短期決戦による脱出が成功しなければ不利なのは此方。
(願わくば、過程で相手側の攻撃種の情報得ること、ですが)
いつか闘うことになるだろう凍魔竜公。同系統の能力を持つのなら――
「暴かせていただきましょう。次に繋がる為にも」
凍てつく冷気の中、水枷ユウ(
ja0591)はその空気を心地よく吸い込んだ。
(いい)
けれどもっと冷ややかに。凍てつかせてこそ凍原と呼ぶべき。
ユウは目を細める。初めて見る見習いの向こうに、知己のメイドの姿を重ねて。
(凍魔竜公が望むなら。今はバナナオレ子さんじゃなくユー・ミナカセとして)
同じ相手を見据え、久遠 冴弥(
jb0754)もまた別のメイドを幻視する。
(話くらいは兄から聞きましたが……)
自分達の前で挨拶した亜麻色の髪のメイド。一瞬チラと見たビックな胸元。
(……帰ったら改めて怒っておきますか)
\OHとばっちり/
「布都御魂」
静かな呼び声に世界が揺らぐ。現れるのは剣を纏いし蒼炎の神速馬竜。
「お願い」
(私自身は皆の支援となるように)
相手は高位悪魔直属の悪魔の一柱。凍原のペナルティを鑑みても、かなりの不利を強いられる。ならばその助けとなるべき力を自分に。
竜が駆けた。力を一点に集中し、一閃する。
「【氷盾】三割到達確認」
(自分の出来る、最善を)
見やる冴弥の傍らで、恒河沙 那由汰(
jb6459)は気怠げな眼差しに剣呑な光を一瞬宿す。
「かー…偉そうな事言いやがって…いつもながらのタダの悪趣味な暇つぶしだろ?仰々しくすんなよ…余計貧相に見えんぜ?」
(ったく…だりぃな…)
チラと見やったのは巨大な氷の鳥籠。魔具を握る手に僅かに力がこもる。滑る足元は回避と命中を下げるだろう。
周囲を目でのみ見渡した見習いがふと足を動かした。注視していたユウは目を眇める。
(浮かない…?)
翼を出した瞬間に発動させる予定だった魔法――だが、迷っている暇はない。
(距離があるうちに)
同時、那由汰が駆け、神楽の銃が狙い定める。
複数のことが同時に起こった。
ユウの<禍狂風>が炸裂し、見習いを内に閉じ込めて災禍の風が大気を軋ませる。
叫びに似た銃撃音が響き渡り、放たれた弾丸が白い足に向かった。
「私はこうした嫌がらせが専門ですので、悪しからず」
パキンッ
「ッ…【氷盾】許容突破。本体損傷一割七分。回避率僅かに低下」
氷盾が粉々に砕けた。頬を裂く傷と、足を穿つ傷。
「朦朧付与。回復」
白秋が作った足場を利用し、那由汰は緑の鞭を振るう。
「だりぃ…力が弱ぇからってボケーっと見てるだけだと思うなよ!」
「本体損傷二割到達」
先に被弾した足を浅く切る鞭。だが動きに変化は見られない。
「抵抗力が高いみてぇだな…」
飛び退り距離を稼ぎながら那由汰は呟いた。
「あの盾の、あそこが限界値、ですか」
神楽が呟く。見習いの足が動く。作られた足場をも利用して。
告げた。
【絶対零度<アブソリュート・ゼロ>】
暴虐の冷気が荒れ狂った。
●
「これは…あの時の…!」
範囲外のルビィが呻いた。全員が動ききるのを待ってからの発動。しかも、範囲内に取り込むのを優先したのは――遠距離攻撃者。
「私の力量ではこの程度ですが」
(確かにあの時のメイドに比べれば、範囲も威力も小さいが…ッ)
半径十二メートル。吐く息の白さにルビィは舌打ちする。足場もまた元のように凍りつかされている。
「この程度、か。成程な」
こめかみを伝う血をそのままに、フィオナは不敵に笑った。体力の殆どを奪われていた。だがそれがどうしたというのだ。戦いの場で膝をつくなど、誇りが許さない。
「神楽さん!」
千鶴の声が響いた。血の海に神楽が倒れている。いや、神楽だけではない。
「ハクシュウ。そこで倒れてるとメイドさんが残念ねって踏むかもしれないよ」
フィオナ同様高い魔法防御で耐えきったユウの声に、血溜まりに沈んでいた白秋の手がピクリと震える。
「…ふ…美女に踏まれるのも捨てがた……いや、無えな」
「一撃でこれか…」
支援に回る那由汰が呟いた。おそらく、凍らされた血肉ごと砕かれた――だから、傷が深い。
「後衛を狙って来ますか」
冴弥が呟き、構える。広範囲魔法を連発されれば危機。だが見習いは槍を構えた。
「は。色男は辛い、ってね…!」
冴弥の視線の先、真っ先に動いた白秋の銃弾が見習いを襲った。槍でその衝撃を受け止める。
「本体被弾。三割にあと少し」
「…あの氷の盾は使わねぇのか?」
神楽を癒しながら那由汰は眉を潜める。
「…奥義の後の…副作用、かもしれません…ね」
意識を取り戻した神楽が喉に絡む声で告げた。
「なら、攻め時です。――布都御魂」
冴弥の声に竜が応える。体当たりする召還獣を受け止め、見習いは小さく呟く。
「【認識】発動。損傷三割に到達。【竜使い】把握」
その体が踊るように舞った。フィオナの放った一撃を槍で捌き、受ける。逸らされた剣先で二の腕が裂け、血が伝った。
「損傷三割五分到達。【矜持ある剣】把握」
「踊りは得手か? 見習い」
「お相手を務めさせて頂く程度には」
開けられた間合いを詰める為、千鶴は駆けた。
(一々、人を試す様な行動がイラつくんよな…)
横切った氷の鳥籠に僅かに目を細めた。
(…鎹先生、はよ助けんと)
狙う先に見習いの背。氷盾が出ないのなら、今は好機!
「!」
弾かれたように上向く見習いに足を振り下ろした。強烈な兜割に見習いの足が僅かに踏鞴を踏む。
「損傷三割八分到達。朦朧付与。【疾風の幻影】把握」
その懐にルビィが飛び込んだ。同時に白秋が声をあげる。
「なあ、名前なんつーの? 好みのタイプは? 彼氏いる?」
「足元見ないと躓くぜ…?」
足を狙った一撃と突き立てるようにして防ぐ槍が激突した。僅かなブレは気が散りかけたせいか。
「ッ…損傷四割到達。【血玉の瞳】把握」
僅かな血の筋。その動きを滑らかに受け継ぐようにユウが放つ。
「ん。空気も、殺気も、冷たく澄んでて心地いいね。だけど――まだ、ぬるい」
「きゃあ!」
再度襲った禍狂風に、見習いは思わず悲鳴をあげた。
「損傷…五割九分到達。【氷の寵児】把握」
(何か、嫌なよかん)
ユウは距離をとった。
(奥義でなくても大技の一つくらいメイドの嗜みとして持ってそうだし)
同じく一旦距離を置きながら神楽はその身に魔具を同化させる。零れた力が黒い鱗粉のように舞い散った。
(奥義は無動作……では、先程からの【認識】とは、何か…)
恐らく残された時間は少ない。
ふと、見習いが息を吸い込んだ。瞬間、凄まじい魔力が周囲に満ちる。
「ッ!?」
冴弥、フィオナ、千鶴、ルビィが体に走った静電気のようなものを感じた。まるで何かに囚われたような。
「朦朧解除。【認識】リンク。発動【破滅の帝冠(ディストラクション)】」
瞬時に生み出された細い氷の槍が周囲一帯を悉く串刺した。足を貫いた氷槍に那由汰は顔を顰める。だが、
「千鶴さん!」
神楽の声に気づいた。仲間の体を巨大な槍が貫いている。神楽の<黒霆(ダンザイ)>が発動した。メイドに当たる直前、氷盾に阻まれる。
「【氷盾】発動。損害三割。【冷然の魔弾】把握」
「ダメージの違いは【把握】されたか否か、ですか」
千鶴が回避しきれなかったことを考えれば広範囲展開の命中特化系。だが、把握された者の負傷は通常の十倍近い。
「ん。最大範囲は二十内と仮定」
ユウが冷静に距離を目視で測る。負傷度の高い者達から引き離すべく全体が動いたことが命運を分けた。もし彼らの動きに他者を助けんとする意志がなければ、この時点での全滅もあり得ただろう。
「人体損傷度、平均にて百七十三%を突破。続けられますか?」
「愚問!」
金色の風が駆けた。一直線に向かって来たフィオナに見習いが構える。だが激突する寸前、フィオナの体が横へと飛び退こうとする動きを見せた。
「!?」
フェイント。一瞬流れた視線の隅で騎士が笑う。
「経験が足らないな」
「くっ…!」
「我は食いついたら、そう簡単には離さんぞ?」
地に濡れた姿のままフィオナは口端を上げる。例え臓腑が焼けるように痛かろうともそんな姿は曝さない。泰然と、優雅に。受ける見習いの笑みが深まる。
(楽しい)
それは純粋な思い。決して衰えない撃退士達の意気と連携、その魂への賞賛。視界の端で、危険地から神楽達を離す為竜を駆使していた冴弥を那由汰が癒す。
(これが…悪魔…)
冴弥は見習いを見据えた。大公爵の下にいる者。その攻撃力は並の悪魔を凌駕する。だがそれに撃退士達が一度で瓦解することはない。それは戦う者同士が死角を補い、流れを繋ぎ、全体を生かそうとした動きの結果。
派手な魔法一つ程度では、奪われることのないもの。
唸りを上げて繰り出された魔槍に千鶴の細い体が貫かれた。即座にスクールジャケットに変化する。
「なぁ、見習いさん、名前位聞かせてや」
「…。アンリエッタ」
一瞬の躊躇後、どこか恥ずかしげに答えられる。
「マリアンヌとはどういう関係? スリーサイズ知ってる?」
離れるまでの隙をつかれぬよう、放たれた白秋の声にはにかむように笑い。
「師弟。上から93、52、98、Hカップで成長中」
「…せ…せいちょう…?」
血溜まりを作りながらも隙を窺っていた冴弥が一瞬戦慄いた。見習いは笑む。攻撃の波に曝されながら。ただ純粋に楽しくて。
(これが、お姉様達を魅了する撃退士)
強者の驕りでは無く、ただ遣り取りが楽しくて、戦いも楽しくて。あの方々をもってして、そんな風にまで思わせた者達。
「何がそんなに楽しそうなのやら…」
「【懶惰の金妖】把握。学ぶことを示唆されしは、あなた方だけではないのです」
その価値があると見越された。戦いは、一方的な搾取では無い。例え片方がそれに気付かなくても。
「メルアド交換しようぜ! あ、ケータイってそっちはねえか!」
「【烙印の紋章者】把握。けーたい?」
放たれた素早い白秋の一撃と、冴弥の布都御魂の一撃から那由汰の波状攻撃。体勢を立て直す前にユウの魔法に氷盾を砕いている。夥しい血がそれぞれの足元に溜まりを作る。
(押し切れ…!)
フィオナと千鶴の攻撃の影、攻撃をあわせる神楽の動きと共にルビィは飛び出した。
「構造が同じならそこも弱点だろ…!」
狙うは心臓。纏うは魔を狩る力。軸は右手。柄頭に左手。足元に狙いをつけたかに見せかけ、一瞬で跳ね上げるように持ち上げ、貫いた!
「んぅ…!」
「――“Alber:愚者”の一撃、…ってな?」
メイドの体が大きく傾いだ。踏ん張ろうとする足が先に受けていた傷でぐらつく。もう片方の足が大地を蹴りつけた。
【手折る者の乱舞】
「…!」
悲鳴が折り重なった。氷針を含む嵐は今までの攻撃に比べれば弱い。だが辛うじて動いていた重症者には致命的。すでに起き上がれない者が六名。何の采配か、攻撃手が早かったのは見習いの方。そして、
(あれは、やばい)
ユウが魔法を練り上げる。メイドが手をこちらに向けた。
【破滅の帝冠】
血塗れのメイドの声と同時、世界が白に支配された。
●
「あ、れ?」
ユウは思わず呟いた。目の前に亜麻色の髪。自分達を覆う巨大な氷の膜。
「メイドさん?」
「ここまでです」
氷の槍が完全に防がれていた。撃退士側が助けられたのだ。
「会いたかったぜ、マイスイート……☆」
「ふふ。あと少し、でしたわね」
血溜まりの中、白秋の声にマリアンヌは少し困った寂しげな顔で微笑む。
「一つ、解せなかった…事が、ある」
白秋は一度、喉の奥の血を吐きだした。誰かの指が血で貼りついた前髪を梳く感触がした。――目は、見えない。
「これだけが道理に合わねえ。――何で、ゲートなんか開いたんだ?」
「小規模な戦場を構築する為の物…ですか?」
千鶴の腕の中、神楽が細い声で呟く。マリアンヌは頷いた。小規模であれ異世界であるゲート内部だから可能なこと。
「ちーねぇ、かぐにー!」
現れた幼女メイドが半泣きで抱き着いてくる。
白秋は手を伸ばした。貧血の暗闇の中、誰かの泣きそうな気配。
「今後の…デート…エスコートについて…あんたの意見…確認したいんだが――」
告げる声が柔らかいもので塞がれた。暖かなものが流れ込んでくる。けれど全ては闇の中。
「知り得た全ては有効に。闘いの常ですわ」
「はは……見えねえってのは辛えな? まぁ……って事で良いか?」
「ええ。最後に――私が」
意識の落ちた白秋を胸に、マリアンヌはぺたんと倒れたユウを抱き起す。
「やだ。暑いから外出たくない。ここにいる」
「ふふ。駄目よ、ここにいては」
しかし連れ出した後、外気温の高さにダウンした。
「まぁ!?」
転移で出された千鶴が尋ねた。
「先生と、ゲートコア…は」
「お預かりする形になりますわね…。コアは、私の護りし所に」
声に意識を取戻し、ルビィは霞む視界の向こうを見やった。
(負けた…か)
あと少しだけ届かなかった。けれど何故だろう。その結果にメイドの方が戸惑った顔をしていたのは。
上げた腕で視界を覆い、ルビィは呟いた。
「アンタ等の思惑が何であれ。筋書通りにゃ踊ら無え。それでも良いのか?――大公爵さんよ」
薄闇の向こう側で、誰かが柔らかく微笑った気がした。