さて、ある日の祭りを少し語ろう。
三つの物語と五つの種族が一堂に会した、ある夏の日の物語を。
●
「――好きな屋台出しても良いってマジかッ!?」
張り紙の前で募集の声をかけられた時、小田切ルビィ(
ja0841)は勢い込んだ。祭りと言えば屋台。屋台と言えば――
「『飴細工』だぜ!」
意気込むルビィが現地に走った後、同じ場所で悩むのは桐原 雅(
ja1822)。
(屋台運営、で祭りを盛り上げる……でも愛想良く接客とかはボクには出来そうにないし……)
愛らしい顔には僅かな苦悩の翳り。考え、雅は一つの結論に達した。
(射的の屋台なら、むしろ寡黙な方が雰囲気出せるかも)
表情はそのままにパッと目を輝かせ、雅はとことこと現場に向かう。丁度入れ違いで張り紙を見たファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は、(ふむ)としばし思案した。
「喫茶の再開記念にですか…経営の勘も鈍っていますしそれもいいですね」
早速馴染みの業者に連絡をつける。距離はあるが、夜ならば間に合うかもしれない。
その横で手作りの張り紙を見やり、黄昏ひりょ(
jb3452)は目元を和らげた。
「お祭り…ですか」
(種子島の皆さんに元気になってもらいたいですし…)
以前に設営の手伝いをさせてもらったこともある。その時の経験を活かせないだろうか。戦うこと以外でだって、人を笑顔に出来る方法はあるはずだから。
(うん。今日は精一杯張切っていこう!)
一方、すでに現地で屋台設営に入っている面々も。
「うはぁ暑いねぇ」
団扇で温い風を送りつつ、大和 陽子(
ja7903)は屋根を張って影を作る。
「季節的に仕方がないとはいえ…年々辛くなるな」
扇風機を出しながら久世 玄十郎(
ja8241)が嘆息をついた。怜悧な顔はいかにも涼しげだが、額に汗が浮いている。
「漁師さんのとってきた美味しい魚介類を味わってもらうため、頑張るよー!」
細い腕で力こぶを作るのに、港の漁師達が嬉しげに微笑みあっていた。
●
種子島、港の一角。夕闇に輝くのは鮮やかなオレンジの光。
「いらっしゃいませー♪海鮮塩焼きそばいかがですかー?」
灯りの下、陽子が明るい声を張りあげた。手早く調理するのは玄十郎だ。
「これを長時間…か。屋台物は高いと言われるが、この苦行を考えたら…な」
本職の人々を思ってしみじみと。氷を首筋に当てて熱を下げながら、互いに水分補給を気遣いあう。
「おやつにこれ持っていきなよ」
ふと陽子が幼女に焼きそばを渡しているのが見えた。迷子を保護した面々らしいと、携帯に回ってきた情報に苦笑する。連絡網の中には種子島で取り沙汰される天魔の名前も見受けられるが、
(騒ぎにならなければ、それでいい)
天魔にだって事情はあるだろう。連絡を回し、玄十郎は陽子に声をかける。
「大和。少し出てきたらどうだ?」
「平気だよー」
腕まくりしてみせるのに僅かに苦笑して、玄十郎は焼きそばを作り置く。隙を見てかき氷でも買ってきてやろう。一生懸命になりすぎて、休むことをしそうにないから。
そのかき氷屋では、ある意味決死の戦いが始まっていた。
「すごい暑さですね…まだ夜で風もある分、日中に比べたら涼しいですが」
アイリ・エルヴァスティ(
ja8206)が見事なフラグ乙と共に戦闘開始。
「こ…氷を削るのが間に合わない…っ」
この暑さ、なんとかするべしと詰めかけた人々が山となしたのだ。
「いちご味お待たせしましたっ」
「いらっしゃいませ〜。どの味がいいかな〜?」
ケイン・ヴィルフレート(
jb3055)は声だけのんびり。手元は先程からかき氷を削り続けている。
「定番の苺からチェリーまで、色々ありますよ〜」
シャガガガ
「暑いから熱中症に気を付けてね〜」
シャガガガ
「冷たいかき氷で喉を癒しませんか〜?」
ついでに客寄せもしてみたり。ああほら、山が増えた。
そこへ救世主。かき氷屋、二店目開業!【silver faery】の看板を掲げ、気合いの入った神月 熾弦(
ja0358)が百花蜜入りの氷を売り出す。
「美味しいかき氷はいかがですか? 沢山の花から作られた百花蜜入りのお味をお楽しみください」
少しばかり値は張るが、そこは晴れやかな笑顔でカバー。タンクトップにホットパンツという健康的な色香もプラスされ、男性客中心に確実に山を分割していく。
「はい。早く妹さんが見つかるといいですね」
「ありがとうですの〜」
小柄な幼女に渡すため、屈んだ熾弦の胸元がたまらんほどにけしからん。タンクトップから零れそうな果実。あと少し!あと少し!!
「ふふ。流石は熾弦さんです」
その後ろ姿を眺め、お揃いの姿でファティナも手早く氷を作っていく。果実丸ごと潰して作ったシロップに果肉のトッピング。
「果実の甘みをぎゅっと閉じこめた、本格的な氷菓はいかがですか?」
採算度外視してるとしか思えない、今出来る全力のカキ氷に仕上げました!
お値段はやはり高めだが珍しさも手伝って飛ぶように売れていく。
「喫茶【silver faery】の再開記念ですからね」
「ええ。ですが…これは、早々に売り切れてしまいそうな…」
見れば先の店舗はすでに氷が尽きたもよう。完売の看板の後ろでアイリがぐったりしている。
「うう…四国のメイドさんって確か氷魔法使えるんですよね…ちょっと氷の彫刻とか人のいないあたりにデンと作ってくれないかしら、とか世迷言言いたくなるわね…」
「本当にね〜。はい、最後の氷だよ〜。新しい学生さんかな〜?皆でどうぞ〜」
ケインが撃退士の集団に最後の氷を手渡し、そんなアイリを振り返る。
「種子島も早く落ち着くといいね〜」
「本当にね。…さ、新しい氷もらいに行きますか!」
二人が氷補充に乗り出す中、熱気すらはね飛ばして六道 鈴音(
ja4192)はお好み焼きを頬張っていた。
(メイドの姿をした悪魔が種子島にいるっていうから、もしかしたらあのマリアンヌとかいう悪魔とまた会えるかも…とも思ったけど)
もぐもぐ。
(いまはそれどころじゃないわね)
はふはふ。
(そうっ! いまはお好み焼きを食べる事が先決よっ!)
ごっくんこ。
「お水大丈夫です?」
「ん。ありがと。…っぷはー。鎹先生、広島風ってやきそばが入ってるの?」
興味深げなはぐれ悪魔のエレーヌから水をもらい、鈴音は鎹にメニューを尋ねる。
「一応な。ジャンボお好み焼きもあるぞ」
「どのぐらいの大きさ?」
これぐらい、と指さすのは、鉄板二つを占有しているお好み焼き。
「ジャンボお好み焼きなんて…あんなでかいのよく挑戦する気になるわね」
思わず呟いてしまった鈴音だが、久遠ヶ原には猛者がいた。
「やるからには、勝ちに行かせて貰うぜ?」
人待ちついでに寄ったルビィである。水を極力飲まない戦法で、小分けにし少量づつ冷ましてからちまちま。
「にしても和幸の奴、えらく時間かかってるな」
呟きながらぱくついてるのを見つつ、鈴音は(私じゃせいぜい3つが限界よね)ともぐもぐする。
「あっ、先生、お好み焼きもうひとつください」
「君もいけたんじゃないか?」
「食べきれなかったら悔しいじゃないですか。あー、でも今夜は4ついけるかも」
笑う鎹の横でエレーヌもくすくす微笑っている。
「お。ジャンボお好み焼きとかもある。せんせー、お疲れ様ー!」
そこへ浴衣姿のダナ・ユスティール(
ja8221)がジュースを手にやってきた。小麦色の肌と薄オレンジにピンク椿の浴衣が、なんとも言えず愛らしくも色っぽい。
「差し入れー♪」
「お。ありがとな!」
ジュースを手渡し、ダナは友人を待ちつつソースのいい匂いを嗅ぐ。
「売れ行きどんな感じ?」
「上々だな。浴衣美人がいると売り上げも違うらしい」
浴衣を着せられたエレーヌが恥ずかしそうにもじもじしている。
「ダナ君もどうだね?さらなる爆売れの予感がするんだが」
「せんせー上手いなー」
照れ笑いを浮かべるダナに、あと一押しとなったところで賑やかな声があがった。
「いたいた!うおー!ダナっちかわいーっ!」
「おー。シルヴィとイザヤの浴衣もいいねぇ」
シルヴィア・マリエス(
jb3164)と霧島イザヤ(
jb5262)である。シルヴィアは黄緑色地に白の花とピンクの小鳥柄の浴衣、イザヤは濃グレー生地にラメ線の入った浴衣に白い角帯。どちらも粋な着こなしだ。
「いいですね。夏らしくて」
合流したイザヤは同行者二名を見て笑む。
「二人とも素敵ですよ」
「イザヤんもかっこいーよ!」
女性はまず褒めるべし精神のイザヤ、シルヴィアに褒め返されてちょっと照れ笑い。
「お、アイス屋だ。アイス食べたいー。アイスアイス。あっせんせーだ!」
どうやらシルヴィアの視線が友人、屋台、店番の順に動いたもよう。パッと顔を輝かせた相手に、鎹は笑った。
「元気だなぁ」
「もち!エレーヌさんお疲れ様のこんばんわー!」
「はい、こんばんは」
エレーヌはくすくす笑っている。一気に賑やかさの増した場所の一角で、イザヤが鈴音達に飲み物のお裾分け。
「タワーチャレンジしたい! えっとね、右から順に最高段を超えるぐらい!」
「あっ。あたしも!」
「では、作りますね」
たすきで身支度を整え、エレーヌが素早い動きでアイスクリームを積み上げ始めた。
「うおおタワー見てるとこぇぇ」
「なんというか…見てる方がハラハラしますね」
見守るイザヤも真剣な表情。と、思い出して小腹が空いた時用に買ってきたイカフライを鎹に進呈する。鎹がヒャッホゥと小躍りしていた。
「それにしても、すごいバランス感覚ですね……」
エレーヌが積み上げたアイスは十二段だ。
「現在の最高段ですが、追加しますか?」
「あはは。これでいいよー」
「すごいねぇ!」
笑う二人にアイスタワーを渡し、エレーヌは最高段数更新を看板に記載する。
「お土産買って行こっか。店番の人、動けないかもだし」
「だね。せんせー、お好み焼き五つお願いー」
「そういえばアレスさん達が金魚掬いやってましたね…少し見に行ってみますか」
飛んだシルヴィアがタワーのてっぺんからもぐもぐするのを笑って見守りつつ、イザヤはお好み焼きを受け取って声をかける。
「交代が必要な時は言ってください。せっかくのお祭りですから」
「ありがとな」
「エレーヌさんも人界ライフ楽しんでね!」
「はい」
笑顔の三人を見送って、エレーヌもほっこりと微笑んだ。声をかけられたのはその時だ。
「盛況のようですね」
「まぁ、黄昏さん」
「お久しぶりです」
相手の明るい笑顔に、ひりょも微笑む。
(キャンプ以来か、元気でやってたみたいだな)
学園に来る天魔にも様々な事情がある。それがどんなものなのかは、きっと追々分かってくるのだろうけれど。こうして同じ学び舎に集った仲間としては、笑顔であってくれると嬉しく思うもので。
「忙しいでしょう。手伝いますよ」
「ありがとうございます。よろしいのですか?」
せっかくの祭りですのに、と思案顔になるエレーヌに、ひりょは笑う。
「街の人達に少しでも笑顔が戻るように……街の人に俺が出来そうな事はそれくらいしかないけれど、俺がやれる事を精一杯やりたいから」
静かな笑顔に、エレーヌは納得したように頷く。
「何処も同じですものね」
首を傾げると少女は晴れやかな笑顔で言った。
「がんばりましょうね!」
「ええ、がんばりましょう!」
●
祭りの明かりに誘われるように、ふわふわとした足取りで少女が歩く。名をオリガ・メルツァロヴァ(
jb7706)。若干九歳の小魔女である。
(これが、日本のお祭りなのね…!)
情緒を愉しみつつお仕事もこなそう、と奮い立って来たものの、鮮やかな祭りの光景と独特の熱気に、頬は薔薇色に染まり目はキラキラと子供らしい輝きを湛えている。
(こっちは何かしら…!)
うろうろ。
(甘い匂い、雲みたいな飴!)
ちょろちょろ。
目に映る全てが新鮮で、熱気が体の中に沁み込んでくるかのよう。雰囲気を全身で楽しむオリガの目に、揃いの浴衣を着た人々が映った。思わず目で追い、ほぅ…、と知らずため息を零す。
(あれが浴衣…日本の民族服の一種ね。着物とは違うらしいけど、どう違うのかしら?) 菖蒲、牡丹、金魚に若竹。
(色んな模様があって、綺麗だわ)
祭りの屋台も、煌めく宝石のよう。まだ見て回りたい欲求をオリガはぐっと押し殺した。
(お仕事よ、オリガ・メルツァロヴァ。立派な魔女になる為にも、しっかりしなきゃ!)
キッと前を向き、誘惑を振り切って駆けだす。
そのオリガの走り去った屋台の中、射的に群がる幼女と撃退士の一団を雅は静かに見守っていた。その顔には某有名スナイパーのパチ面が装着されている。
「もう一回いくぜ!」
張り切っているのはルビィだ。何故か背中に幼女がぺたり。
「あのぬいぐるみ!」
「任せとけ、って」
雅はそんな賑わいを一歩離れた場所で見守っている。外れても余計なことは言わない寡黙な店主に、安心してチャレンジする客も少なくない。客が来てくれるかどうか内心自信が無かった雅だが、人気スポットになっていた。ルビィ達が賑やかだったのもいい客寄せになったようだ。
(……楽しんでるみたいだね)
仮面の中、雅は人々の笑顔を守るようにそこに立つ。我知らず目元を和ませながら。
金魚掬いの屋台の中では、亀山 幸音(
jb6961)はふんすと気合いを入れていた。
「かわいい金魚がいますよ。金魚掬いいかがですか〜?」
よく通る鈴のような声に誘われて、青い水槽の前に人が集まる。
「夏の思い出にどうぞなの♪」
一匹もとれなかった幼女に渡し、にっこりと。
「大事に育ててねv」
「ありがとうなの!」
「一番イキがいいヤツ渡したな」
同じ屋台のアレス(
jb5958)が苦笑する中、ルビィの背中に幼女がよじのぼっていく。そのメイド服もどきを見て、傍を通りかかった鈴音がひょいと幼女の顔を覗きこんだ。
「…やっぱりアイツじゃないか」
「にゅ?」
「だいたい、背恰好がぜんぜんちがう。まだちっちゃいコじゃない」
「すぐおっきくなるのです!」
賑やかな幼女達に笑い、アレスは土産にとイカフライを渡す。一同がお好み焼きに向かうのを見送り、浴槽に視線を落とした。
「ちっちぇーのが動いてるのって可愛いよなぁ…俺、あのナマコとかヒトデとか駄目だけど、こういう水の生き物は好きだぜ」
「出目金も可愛いよね。私も好き〜」
幸音もちょこんと座って頷く。
「アレスちゃん、ナマコとか駄目なの?美味しいよ?」
「あの姿がな…」
とある海でトラウマったらしく、青い顔でぐったり呟く。その頭にひやっこい物が当たった。
「うぃーっす、アレスんと幸音ちゃんやっほー」
「シルヴィアさん、いらっしゃいなの!」
「アレスさんはなんで青い顔なんですか…?」
首を傾げているイザヤとダナの前、シルヴィアは金魚を眺めている。
「金魚かわいーよね。うちでも飼っていっかなぁ?お店に飾ってもきっと可愛いよね!よし掬おう!」
二秒で決定。即座に構えるのに幸音が握り拳で声援を送った。
「シルヴィアさん、ふぁいとなの!」
「ありがと!童心にかえるってやつだね!」
「今もでしょ?」
「ダナっち酷い!」
口を尖らせたシルヴィアが出目金と格闘する中、イザヤはふと回っていた情報網に首を傾げた。
「幼子の探索? さっき見かけたけど、探してる子いませんでしたか?」
●
カランコロンと下駄が鳴る。生成りの甚平を着た恒河沙 那由汰(
jb6459)は、くぁ…、と欠伸を噛み殺しつつ、気怠げに歩いていた。
「祭りねぇ…まぁ何でもいいけどよ…」
死んだ魚のような目を向ける先は、色鮮やかな灯りの群れ。落ち着いた翠基調の浴衣を着た安瀬地 治翠(
jb5992)が、その鮮やかな灯りに微笑む。
「いい賑わいですね」
その手が滑らかな動きで屋台群を目にして回れ右しようとした時入 雪人(
jb5998)の首根っこを引っ掴んだ。
「…雪人さん、逃げないように」
えがお。
「ハル、逃げようとする前に捕獲するのはどうなのさ」
首根っこを引っ掴まれ、ちょーん、と効果音がしそうな顔で雪人は棒立ち。設営の仕事を終わらせ、祭りのサクラとして参加するのを了承したのは失敗だったか。そもそも家紋の入った浴衣を用意されているとこからしてどういう事なの。俺の親友がこんな厳しい筈が…あるよね(。
「さて、楽しみますか」
「楽しみ…たいね」
雪人の目が半死人だ。そのままずるずると引き摺られる。
「おめぇらも飽きねぇなぁ」
気怠そうな半目でそんな漫才を見やり、那由汰は首筋を掻いた。その鼻腔を香ばしい匂いがくすぐっていく。
「さぁ、何を食べますか?」
タイミング良く治翠がそう声を出した。那由汰は匂いの元を探して首を回らす。
「何食うか…」
「稲荷ですか?」
「はぁ?何で今ここで稲荷が出んだよ!稲荷は好きじゃねぇよ!」
「…恒河沙さん、流石に稲荷は売っていないかと…」
「っつーか、知ってるわ!」
雪人と治翠にそれぞれつっこまれ、那由汰は思わず反論。珍しくややムキになってしまっているのは無自覚だ。
「そっか。恒河沙さんは稲荷が好きなんだ」
「好きじゃねぇよ!って聞けよ!」
反論全く聞かない雪人がふーんと断定させてふらふら。治翠が「まぁまぁ」とにこやかに手を挙げた。
「ところで雪人さんは何故早くも溶けかけてますか」
そっぽ向いた那由汰の向こう側、会場入り二分で屋台の支えにぐったり。
「ハル、ごめん、俺はここまでだよ…」
…普段クーラー浸りの生活してるから…
「仕方がありませんね」
「わーかき氷ー」
治翠が差し出すレモン味のそれに、雪人が嬉しげに相好を崩す。尻尾があればぱたぱた振ってそうだ。
「私にはメロンをお願いします」
「かしこまりました」
笑顔のアイリがオーダーを受ける中、那由汰は先程からの匂いの元に視線を向けた。
「かき氷か…じゃ、俺はパンチ焼きにでもしとくか」
ちなみにパンチ焼きとはお好み焼きに似た新潟県グルメである。
「少しは涼しくなりましたか?」
「口の中はね。…暑いよやっぱり」
ぐて、っとした雪人に治翠は微笑う。メロン味を渡し、アイリはふと視線を数件離れた先のドリンク屋に向けた。
「あっちも氷保持するの大変でしょうね……」
「暑い日だから溶けない様にするのも大変だね〜」
アイリの声にケインも頷く。
その視線の先、巨大なポリバケツに追加のジュースを入れながらアルフレッド・ミュラー(
jb9067)は呆れ顔で友人を見ていた。
「料理苦手だからってドリンク屋に逃げることもねーだろーによ……」
「い、いいじゃない。これなら失敗しようがないし!そしておやつは焼きそば〜♪」
陽子達からもらった差し入れにほくほくしているイリヤ・メフィス(
ja8533)の横、ニナ・エシュハラ(
jb7569)は張り切っていた。
「暑い祭りこそひやっとしたものを売るチャンス!がんがん売るよー!」
大きな氷が浮いた特大バケツはいかにも涼しげだ。
「冷たい飲み物はいかがですか?」
イリヤは声をあげつつ、ふと友人達を思って差し入れの準備を始める。
(…この暑さじゃぶっ倒れても不思議じゃないわ…!)
「すぽーつ飲料がいいよね。熱中症対策に!」
動きに気付いたニナがよく冷えたのを選んでいく。
「追加のジュース入れておくぜ」
「助かる!」
「氷足りなくなってきやがったな……ちっともらってくるわ」
よく気付く男・アルフレッド。細やかに気配り、不足する前にと走った。
「おわぁぁ本当だ。暑くて氷溶けちゃうぅぅ。でっかい氷ガンガン入れてたのにな〜」
「焼け石に水ですが、これで」
イリヤが氷結晶で拳大の氷塊を生み出した。
「氷結晶ってちゃんと氷が出来るから嬉しいよね」
「おー。氷結晶使えばそういうのできるんだ!」
「お。面白ェことやってんな」
目から鱗なニナの後ろからアレスが顔を出した。ジュースの買い出しに来たのだ。その目が氷が殆ど無くなったバケツを見る。
「よっしゃ氷結晶しようぜ!」
「よし!おりゃああ!」
ぱきぱきーん
「あ、やべ、器の一部も凍った」
「ぎゃああおれのドリンクが!」
「ちょ!? どこ凍らせてるの!?」
「ご…ごめんち!」
拳大(二つ分)の氷塊なのだが、見事にジュースとバケツが引っ付いた。帰って来たアルフレッドが顎を落っことす。
「目を離した数分でこの状況かよ!?おめぇらちょっと正座な!?」
せいざ。
「相変わらずだね〜」
アイリとケインが苦笑する中、新たなお客にイリヤが慌てて対応に立った。
「うーん…その特徴の人はまだ見てないなぁ…」
「気を付けておいてくれると助かる」
「わかったわ」
幼女にお土産を渡し、一同を見送って振り返ると、「かわいーかわいー!」とニナが誰かをぎゅーぎゅー抱きしめていた。「見つけたら連絡するねー♪」とこちらもお土産を渡しているところを見るに、他にも人を探している者達がいるらしい。
「そっちも迷子捜し?」
「うん。妹ちゃん探してるんだって!」
「…あら?」
ニナの声に、アイリはかくりと首を傾げた。
●
「さて…どこから回るか」
友人を案内しながら、狭間 雪平(
ja7906)はのんびりと周囲を見渡した。
「すごい熱気と活気ですね」
熱気に圧されたようにネイ・イスファル(
jb6321)が呟く。その後ろ、カイン・フェルトリート(
jb3990)は無表情ながらも目を輝かせていた。
「……お祭りは……好き……」
小さく零し、二人から離れないようについていく。
ずっとずっと小さい頃、遠目に見た光景がすぐそこにある。今のように受け入れが一般化される前、差別され隠れ住んでいた身には祭りの光は眩しくて切なかったけれど。
「遠慮せずに買いに行っていいんだぞ?」
きょろきょろ見渡すカインに、雪平が陽子からもらった焼きそばを渡す。礼を言いながらカインは俯いた。
今はあの時憧れ見た光景の、その中に。父母が生きていればどんなに喜んだだろうか。どんなに楽しかっただろうか。思うと、少し切ない。
「あちこちからいい匂いがします。どれも美味しそうですね」
ネイが興味深げに屋台を覗き、カイン達の分も買って来た。渡され、カインは一生懸命な眼差しで兄のような相手を見上げる。内に籠もりがちな自分に、二人は色々与えてくれる。けれど、自分からも言い出せる用にならないといけない。
「林檎飴いかがですか?」
ふと、通りに可愛らしい声が響いた。精一杯背伸びして売り子をするオリガに、ついつい買ってしまう人も少なくない。見やり、カインは小銭を握りしめて走った。
「……三つ…ください」
「ありがとうございます!」
どちらも一生懸命なのが微笑ましい。帰ってきたカインの頭をネイがくしゃりと撫でる。
「ネイ、これ…」
「ありがとうございます。いただきます」
笑顔で受け取ると心持ちカインの口元も緩んだ。雪平を見上げると、丁度イカフライ屋から帰ってきたばかり。
「暑くてもこれは外せないな……」
熱々にかぶりつき、お裾分けを二人に差し出した所で林檎飴に気付いた。
「ありがとう」
「…ん…」
交換するカインが嬉しそうに口元を綻ばせる。
そんな様子をなんとなく見やってから、オリガは呼び込みを続けた。
「甘くて、綺麗で、美味しいの。そこの貴女もお一ついかが?」
「夏祭りの醍醐味ですね。美味しそうです」
「一ついただきましょう。二つ買わなくても、分ければいいですよね?」
興味を惹かれた熾弦の声に、ファティナは大玉を購入する。ついつい食べ歩きで増えた焼きそば等の空器は近くのゴミ箱へ。
「こう食べてばかりは体重が増えそうですね」
「そうですね。でも二つにしなくていいんですか?」
「半分こしたほうがお腹にもお財布にもいいですし」
しれっと答えつつ、ファティナは相手の豊満な胸を見て真剣な眼差しになる。
「熾弦さんは別の場所にいっていそうですが」
「?」
きょとんと首を傾げる相手に、なんでもありません、とそそくさ視線を外し、ファティナは熾弦の手をとった。
「さぁ、次はあちらのお店です!」
「ありがとうございました」
そんな二人をお辞儀で送り出し、オリガは減った分の林檎飴を補充する。色鮮やかな赤と甘い匂い。思わずゴクリと喉が鳴る。
(…あたしも、お祭りの終わりに買って帰ろう)
こっそり決意を固めるオリガの前、林檎飴がきらりと赤く煌めいていた。
そんな林檎飴屋の斜め前でも、甘い匂いが漂う。しばらく迷子保護に出ていたルビィは、屋台で実演販売を行っていた。
「粘土細工は昔っから得意なんだよなー」
作る対象は最近手配書ならぬブロマイドらしきものが出回りはじめたという噂のメフィストフェレスのメイド軍団&焔劫の騎士団。
「…むっ!メー様はもっとボインじゃねーと…」
造形に拘り、飴を盛り盛りしたら盛りすぎた。リテイク!
「これなら…どうだ!」
見事な胸ここに再現。店頭に並ぶ美術品。しかしこれは飴。つまりこれを、
舐め回すのですね?
「メフィストフェレスを!」「メフィ様を!」「メフィストで!」「その胸はあと0.372ミリ上向きです」「メフィストフェレスで!」
大量注文の中に何か別のが入った気がするがそれを気にしている暇もない。
「くっ…さすがメー様だぜ…!」
ルビィの勝負が始まった。
雪平達三人がかき氷屋を見つけたのは、そろそろ花火大会が始まるという頃だった。
「……かき氷……食べてみたい……」
カインの声に、ネイは足を止める。
「かき氷ですか。何味がおすすめなんでしょう?」
「以前いちご味を買って大変な目にあったからな……今回はブドウにしよう」
雪平がやおら真剣な顔。
(いちご?ぶどう?)
周囲を見渡したカイン、『氷』の暖簾を指さし、絵と同じ物を注文した。チェリーを頼んだネイが雪平の唇を見て唖然とした顔になる。
「…雪平さん。すごい色の唇になってますよ…」
なんか血色悪い色になっている。
「色がつくんですねぇ…」
「…色?」
「ええ…ついてますね」
いちご味のカインは血色の良すぎる唇に。一人無事だったネイは苦笑した。
「他の所に行くなら、差し入れもってって〜」
ケインの声に雪平は頷く。
「ああ。店番、変わらなくても平気か?」
「氷補充する時にちょっと見回ったから平気〜」
「ありがとね」
アイリとケインに見送られ、三人はかき氷屋を後にする。向かう先はジャンボお好みで盛り上がる一角だ。
「熱中症には気を付けてくださいね」
「ありがとうございます」
ネイからかき氷とタオルを渡され、額の汗を拭っていたひりょが顔を輝かせた。
「少し回ってきてはいかがでしょう? せっかくですし。先生も」
三人に声をかけるネイに、カインも頷く。
「……楽しんで」
エレーヌはひりょと鎹を振り返った。二人とも頷くのに、嬉しげな顔で頷く。
「では、少しだけ」
「はい。行ってらっしゃい」
「ああ、かき氷食べて行くといいですよ。暑いから」
慌てて戻るエレーヌに笑って、雪平は尋ねた。
「人界には慣れましたか?」
エレーヌはいちご味の器を手に微笑んだ。
「ええ」
左手の指に、古い指輪が見えた。
かき氷で一服中、注文を受けた陽子が笑いながら焼きそばを渡している。
「あはは夏休みの一ページだねぇ。おまけしといたよ」
気になる顔はあれど、口にはしない。今日は夏祭り。天魔にだって休息が必要なことはあるだろう。
ふと視線を転じ、陽子は射的の屋台を凝視した。客の一人、甚平の裾辺りにもっふりとした尻尾の先が揺れている。その尻尾の主である那由汰は、自身の状況に気づいていない。明らかに怠そうな気配を漂わせているが、ウッカリ出してしまった尻尾がなにやら楽しげだ。
「恒河沙さん…楽しそうだよね…」
「はぁ!?楽しんでねぇし!…つーか顔色悪ぃな?」
涼を求め、アイスクリーム屋に引き摺って行くと、丁度交代していたメンバーが入れ替わろうとしている所だった。
ひりょは買ってきた林檎飴とたこ焼きをお土産に渡す。
「ただいまです。これはお土産」
「ありがとうございます。私からもお土産がありますよ」
「楽しみです」
早速鉄板で新しいお好み焼きを焼くひりょの隣では、鎹が那由汰の皿にお好み焼きを盛っていた。小麦粉とソースの焼けるいい匂いに、ひりょの健康な胃袋が切ない声をあげている。
「あら」
「つい、美味しそうだったからさ…あはは」
焼きながら味見をかねてヒョイパク。見られたひりょが照れ笑いをするのに、エレーヌもくすくす笑って先程買ってきた焼きそばを取り出した。
「一息つきましょうか」
周りは何故ともなく集った撃退士ばかり。同じく一息ついていた玄十郎は夜空を見上げて呟く。
「種子島もいろいろあるが……四国もまた、騒がしくなりそうだな」
「だね〜。四国も問題が片付くといいよね〜」
お好み焼きを買いに来ていたケインが頷く。チラとそれを見上げ、那由汰は気怠げに柱に背をもたれかけさせた。
「今は何処もかしこ争いばっかだが…もうちっと落ち着いてくれりゃいいんだがなー」
「時が過ぎれば、全てが変わる。後は、どこへ向かうか…だね」
那由汰のぼやきに、くったりとクーラーボックスに懐いた雪人が応えた。それに苦笑して、治翠もまた遠い空を見上げる。
「種子島は作戦が始まった頃の最初の頃に訪れたきりですね…ここもまた色々と変動していく気配を感じます」
夜空の濃紺は地上の光に照らされてやや霞み、星の瞬きは何かのメッセージのよう。海からの風が篭った熱を空へと流すのを感じながら、治翠はほろりと笑みを零した。
港の方で歓声が上がる。空を彩る鮮やかな光華。
移り変わる時を追うようにして、世界の情勢も変わり続ける。
繁華に彩られた港がいつまた戦場になるかもしれないけれど。
「より良い方向に変わっていくと良いですね」
声に笑みを返すように、華の向こうで星々が瞬いていた。