太陽の光が人々の姿を鮮やかに照らし出す。
「今日はしっかりと楽しみましょう♪」
ん〜、と大きく背伸びし、木嶋香里(
jb7748)は夏の日差しを全身に浴びる。青いパレオに、翡翠色のビキニ。すっと伸びた背筋と相まって、どこか凛として美しい。
「けっきょくたいした戦闘もなかったなぁ〜。魚のアタマした変なディアボロが出たみたいだけど…」
うーん、と首を傾げ、浮き輪片手に歩くのは草薙 タマモ(
jb4234)。キュッとしたやや釣り目気味の目を笑ませて、まぁいっか、とにこにこ。ちょうど振り返った香里と目があった。
「おつかれさまっ。いい天気でよかったよね」
「お疲れ様です。よかったら一緒に楽しみましょう♪」
「いいよっ。この浮き輪っていうの、使ってみたかったんだよねっ」
二人が楽しげに駆け走る先、陽光にキラリと輝く刃。
「きゃはァ、青い海、青い空ァ…いいわねェ、わざわざ休養しに来た甲斐があるわァ♪」
白いスクール水着を身につけた黒百合(
ja0422)が、銛を片手に悠然と海に踏み入っていく。逆の手に持っているのはシュノーケルだ。
「どんな獲物がいるかしらァ♪」
さらにその後を追うかのように、黒ビキニ姿のレイティア(
jb2693)が走る。
「海ー!青い空ー!飛び込んだら凄く楽しそうだよね!」
漆黒の翼バサァッ!
目指すは最大高度三十メートル。
ポイントの海深よーし!
侵入角度よーしっ!
\突 撃 !/
レイティアミサイルが落下。飛び込み先は気をつけてるとも!誰かに直撃するのは避けないとだし!
たぱーんっ
「(がぼごぶ)」
\波のこと計算してなかったよね/
見事着水前に超横波。綺麗にドザエったレイティアに、ちょうど海辺に来た鎹がツンツン指でつつく。
「大丈夫かね、レイティア君」
「あっせんせーだ!おお白ビキニ!」
「君の、なんで外れかけてるんだ…?」
レイティアは「上から飛び込んだからね!」と上空を指す。
「上?」
「あ、せっかくだからせんせーも飛び込む?今なら二十mの高さから海に投げ込むよ!」
「え。高…ちょまぁああ!?」
ギュンッと飛び立つレイティアミサイル。
「落ち着こうれひてぃあくん!わりとたかい!」
「大丈夫だよ撃退士頑丈だし面白いよ!あ、でも、水着が取れるかも知れないからちゃんと押さえててね?」
「まてぅぎゃああ!?」
雅、つるんちょして自滅で落っこちる。
手が伸びた(一カメ)
レイティアのブラつかんだ(二カメ)
落下した(三カメ)
\どぼーんっ/
水着が白黒合わせて二つぷかり。
「せんせぇええ!?」
「……何をやってるのかね、あの二人は」
その様子を見てしまったハルルカ=レイニィズ(
jb2546)がぽつり。苦笑しつつ、ビーチチェアにしなやかな体を横たわらせ、傍らのトロピカルジュースを優雅に手に取る。
(白い砂、太陽、蒼い海。ふふ。ありきたりだけれど、だからこそ悪くない)
「……風が気持ちいい。散策も、悪くはないかもしれないね」
呟きつつ見やる先、浜辺を満面の笑みで歩くのは天羽 伊都(
jb2199)。トランクスタイプの水着にアクアパーカー。手に持っているのはかき氷。その隣をエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)がのんびりと歩く。
「最近は各地で転戦してたので少し位骨休めしてもゆるされるはずっすよ!」
「そんなに勢いよく食べると、頭が痛くなりますよ」
友人の苦笑に笑ったところで、キーンと頭痛が発生。
「く〜……これがくると夏って感じっすね!」
これも夏の風物詩。熱い砂浜を踏みしめて、二人、笑いながら夏の醍醐味を味わいに歩く。そんな彼等の右手側では、鮮やかな色の海が手招きするように波を打ち上げていた。
「偶にはこうやってのんびり過ごす時間も大切ですね」
ほぅ、と穏やかにため息をつき、鑑夜 翠月(
jb0681)はダイビングの為に沖を目指す。夏、海ともなれば性別は顕著になりがちだが、露出の少なさと柔らかな輪郭、少女めいた美貌のせいで性別が未だに行方不明。
(……海の中に入る経験は余りありませんから楽しみです)
海の中で見る光景はどんなものだろうか。初めてではあるが、深い場所にも行ってみたい。ふわふわと歩く動きに合わせて、猫耳のような髪と尻尾のような後ろ髪が揺れている。
歩み去る翠月の遥か後ろ、のんびりと砂浜を行くのは小田切ルビィ(
ja0841)だ。
「何だかんだと色々あったかんな〜。ここら辺でゆっくり羽根伸ばさせて貰うぜ!」
その首にカメラがかかっているのはジャーナリスト魂の成せる技か。そんなルビィの目に所属する新聞部の“パンダ部長”――本名が確か本名が確か下妻笹緒(
ja0544)――の姿が映った。
「パンダ部長ってどうやって海で遊ぶんだ?」
ちなみに今も着ぐるみである。
「…着ぐるみのまま?それとも…ハッ!」
着ぐるみの『中の人』。そう、まるで神秘のベールの向こうのような、その一大スクープ!
カメラを握り、ルビィはジャーナリスト魂を燃え盛らせた。
「――パンダ部長の素顔に迫る!ってな?特ダネは頂きだぜ」
「ヨル君、ダイビングに行かへん?」
蛇蝎神 黒龍(
jb3200)の声に、七ツ狩 ヨル(
jb2630)は小首を傾げる。
「ダイビング…ってなんだろ?」
「ナイヲだけに潜行、なんてな。海中に潜るんよ。二人で行った水族館、覚えとる?ある程度覚えてる魚がおるかもしれん」
「海の中に…」
いつもと変わらない表情でヨルが呟く。脳裏に浮かぶのは水族館の光景。俄然やる気が出るも表情はやはり変わらぬまま。けれど僅かに色づいた頬と瞳の色に黒龍は嬉しげに笑む。
「決まりやな。行こ!」
上げた腕で目元に影を作り、宇田川 千鶴(
ja1613)は目を眇めた。
(もう夏か…)
夏服の白い半袖が頬を撫でるようにはためく。
「夏ですね〜海ですね〜」
にこにこと笑いながら、石田 神楽(
ja4485)がその傍らに立った。
「釣り日和ですね」
日差しに照らされる黒コート。寒いのは苦手だが熱いのは無問題。そんな神楽の姿に、島の海人が「新たな天魔か?」「天魔か?」とどよどよ。いいえ種族上は人間です。
「せっかくやし、それもええね」
慣れている千鶴は、ポケットに小さな金色を潜ませた黒尽くめと一緒に漁師の元を訪れる。お奨めのスポットを聞く為だ。
「種子島って初めて来たが、なんか慌ただしかったな…。鯖とか」
来る途中のドタバタを思い出し、くすりと笑って隣を見た。
「あの鯖がもう一度出てきたら、ちょっと捌いてみましょうか…」
あかん。なんか黒い魔物が形成されとる。
揺らめく黒髪の下、影で光る赤い目とコフーと呼吸音。闇のナニカが沸々と。
「…神楽さん、黒いオーラ出てる。魚が逃げてまうで」
「大丈夫です、少し餌を撒けば逃げません(」
「それ、最初に逃げるん前提な?」
到着前でよかったと苦笑する千鶴は、ふと海原の煌めきに目を細めた。携帯した黄金の羽根に触れる。
(見えてる……?)
心の中で問いかける。決して声は返らないけれど。
せめてその魂の欠片に、海の輝きを届けながら。
海上。浮き輪を装着したタマモがぷかぷか揺蕩う。
「コレすごい!水に浮くっ!!」
人間って面白いモノを発明するよねぇ、とほくほく顔なのに、香里は微笑った。
「上から珊瑚礁を見るのも素敵ですね」
「久遠ヶ原の海とはずいぶん違うよね。底のほうまでよくみえるし」
「綺麗ですよね」
頷き合い、バタ足でぱちゃぱちゃと進んでいく。沖にあるボートの上からも、そんな珊瑚礁を眺める者達がいた。
「すげぇ……海が真っ青だ」
海を覗きこみ、バルトロ・アンドレイニ(
ja7838)は破顔する。
「上から覗き込んでも下まで見えるってすげぇな!」
振り向いた先では\うーみーっ!/と万歳してるシルヴィア・マリエス(
jb3164)の姿。
「海といったら西瓜だよね!!」
「おうよ。西瓜を冷やすのはお約束だよな!」
網に入れられ深い場所にぽいちょ。
「バルっちえらい!!褒めたげる!!」
「すいかー♪楽しみだよねぇ!」
リーア・ヴァトレン(
jb0783)もシルヴィアと一緒に西瓜をガン見。だがバルトロの意識はすでに別の場所へ。
「っしゃ!ダイビングするぜー!」
レクチャーも受けたし、いざ!海へ!
「おめーらもちゃんと習った通りにしろよ?」
「うん!ヒリュウも一緒にもぐろうね!」
「きゅい!?」
目を輝かせるリーアと、本人悲鳴あげる程ビビってるヒリュウの横、シルヴィアは首を傾げる。
「えー。あたし天使だからぼんべとかいらないし」
どぼんぬ。
「シルヴィアいっちゃったー」
「だぁぁ。なんの為に習ったのやら…」
「(ごぼべごぼご)」
「溺れてるじゃねーかよ!?」
鼻から水が入ってパニック→撃沈のコンボ。引き揚げられたシルヴィアが、めそめそしながらボンベに手を伸ばした。
「…ちゃんとつけるにょ…」
「頼むからそーしろ…」
そんなこんなで海の中へ。リーアは(ほわああ)と頬を紅潮させた。
(おわー。すごい。むちゃくちゃ向こうまで見渡せる!)
アイコンタクトで感激を伝達。バルトロ、笑顔でサムズアップ。
『うわわわすごい綺麗なの!』
ふと響くのはシルヴィアの意思疎通。同じくサムズアップで意思表示するのに、シルヴィアがこくこく頷く。
珊瑚が照らされる様もあまりにも幻想的。ふと、魚と一緒に泳ぐ翠月の姿が目に留まった。手を振るシルヴィアに翠月も小さく手を振る。
(思ったよりもずっと透明度が高いですね)
遠いはずの三人がハッキリ見える。ふと青い魚の群れがターンを描いた。一緒に寄り添うように泳ぎ、翠月は何度目かの感嘆の吐息をもらす。揺れる珊瑚の一つ一つ、小指よりも小さな魚の姿すらもハッキリと見える。揺れる珊瑚を覗きこみ、眼差しを和ませる。
(なんて鮮やかな色でしょう)
珊瑚の中にいるのはウミウシ。黄色、青、体を彩るそれらが、個体毎に違っている。珊瑚の中から飛び出した魚が、翠月を見て慌てて珊瑚に戻った。
(ふふ)
『後ろみてみて、おっきなウミガメがいるー!』
ふいに声が飛んできて、翠月は振り返えった。一抱えもあるような立派なウミガメが悠然と海を泳いでいる。
(まるで空を飛んでいるようです)
どうやらウミガメは三人組の方へ行くようだ。
(うおっウミガメがいるっ)
気づき、熱帯魚を観賞していたバルトロはビクッとなった。
『ウミガメって早いんだね(』
シルヴィアがぽつり。見送る二人と一人の後ろ、リーアは海底に落ちていた白い珊瑚を拾っていた。
(こいびとさんごだ!)
ちょっとふとましいハート型。近くに見える大きな貝に驚きつつ、ふよふよと海中を漂う。
(海きれー! でも、海の温度が上昇して上昇してしたら珊瑚も消えちゃうんだよね……ずっと綺麗な海のままだといいなー…)
ずっとこんな風に。海も珊瑚も綺麗なままで。
願うリーアの視線の先で、ウミガメが悠々と泳いでいた。
●
「ん……気持ちがいいんだよ……」
ぷかぷか。そよそよ。
輝く太陽しの下、桐原 雅(
ja1822)は波間を漂う。白のセパレートがふんわりふわふわ。波間に漂う人魚のよう。アクセントの青い小さなリボンも波でぷかふわ。圧倒的浮遊感。海って素敵。
そんなふんにゃりな雅の様子に、久遠 仁刀(
ja2464)は微苦笑を零す。時々こちらの存在を確かめて、ふにゃっと微笑む雅。いつもと違って、その姿は微睡みながら甘える猫の様。
(ゆっくりしたいのなら付き合うさ、こうして過ごす時間も最近なかったしな)
いつでも水分を補給出来るよう、浮き輪に括った網にはドリンクが。
「雅。喉が乾かないか…?」
声をかけるとトプンと相手の体が沈んだ。すぐに浮いてきたその体が、弾みで勢い抱きつくような形に。
ちょっと驚いたような照れ笑いを浮かべる雅に、仁刀は苦笑して抱き留めたまま。しかし内心(こういう場合は……どうすれば?)と激しい動揺に見舞われている。
(やましい気持ちは……無い、が)
素肌同士。近い距離。冷えた体に暖かい体温。そわそわするような、この奇妙な感覚は如何とも表現し難い。
(まさか本人にどうして欲しいか聞く訳にも……いかないし)
恋愛知識零には難問だ。全てが真っ白すぎて、何を求められているのかでアンサーが出てこない。
そんな仁刀に出来るのは、「選択肢:頭を撫でる」の一択のみ。そろそろメニューに「肩を抱く」あたりの追加入力は如何だろうか。
「ありがとうなんだよ」
しかしそんなぎこちない気遣いや触れあいも、雅にとっては至上の喜び。ただ傍にいる事だけで、胸の奥が暖かくなり、すごく穏やかな気持ちに包まれる。
水分を摂取し、ふわっと微笑む姿を見守り、仁刀も無意識な笑みを口元に零す。
距離を縮めるような、何かの動作をするわけではない。けれどその視線は雅一人に注がれたまま。他に余所見をするなど、そもそも彼には考えられないのだから。
どんどん降りて行っても、海底がなかなか近づかない。やっと海底に触れたヨルに、つんつんと肩を突いて黒龍が頭上を指さした。
一面の輝き。
海の中から見る空。水面から差し込む光は、まるで輝きはためく光のカーテンだ。
『…凄い、ね』
数秒、言葉無く全てを忘れてただ見惚れ、ヨルは意思疎通で衝撃を黒龍に伝える。笑った黒龍が、コツンと頭をあわせた。
(君のカレイドスコープに、新たな色が加わりますように)
番のイルカのようにそっと寄り添い泳ぎながら、黒龍は見つけた魚影をヨルに指し示す。水族館のように隔てられてはいない、生の自然の只中にある水の世界。
満喫するヨルを見守りつつ、黒龍は借りた水中用のカメラを構えた。水面の輝きに、色鮮やかな魚、珊瑚達。
ふと、ヨルが海底で何かを探している。掌に何かを握っているのを見て黒龍は首を傾げた。
『ヨル君?』
探し物は見つかったのか、ヨルが掌に握ったそれを一つ、こちらに。
白いハート型の珊瑚。
大切な人とずっと一緒にいられる。そう言われていたもの。
自分と同じ思いとは、きっと少しだけ違っているのだろうけれど。
大切な人とずっと一緒に。
透明な綺麗な海と同じような、純粋な思いが胸に滲みる。抱くように大切に受け取り、黒龍は微笑った。
『……ありがと』
●
貸し水着の試着場で、藤咲千尋(
ja8564)は鏡の中の自分を睨みつけていた。
(この水着なら、胸もお腹も、目立たない!)
胸囲の格差社会なぞ 滅 ぶ が い い!
ゴァッと渦巻く怨嗟を綺麗にナイナイして、千尋はパァンと両頬に気合い。砂浜へと駆け参じる。
「お、お待たせー!!」
声に振り返り、櫟 諏訪(
ja1215)はにっこり笑った。
「千尋ちゃん、水着似合っていてかわいいですよー?」
「う゛ひぃいいっ」
瞬間的に茹蛸になる千尋。
(すわくんに褒められるのはもう嬉しすぎてばくはつしそう!)
そんな千尋に諏訪は小首を傾げつつ微笑む。
(照れた千尋ちゃんもかわいいですねー?)
大変だ。このままでは海に入る前に照りあがってしまう!
「二人には是非これをだな!」
飛んできた鎹がチラシを見せた。
「おー、宝探し、ですかー?楽しそうですねー!千尋ちゃん、一緒に探しましょー!」
「大切な人とずっと一緒に… そ、それは絶対見つけたいね!!」
鼻息ふんすふんすとやる気も十分。蘇った千尋と諏訪は、手を取り合って海に向かう。
「おおー!千尋ちゃん、海綺麗ですねー!」
「うん!!魚の姿も見えるね!!」
「これなら海の中も探しやすそうですよー?」
けれどまずは砂浜を。諏訪はアホ毛レーダーを駆使して捜索する。
(わたしにもアホ毛生えてこないかなぁー)
自身の前髪を指でくるくるしつつ、千尋はしょもんと肩を落とした。索敵スキルよりアホ毛レーダー。だってなによりお揃いに!!
「他の人も探してますねー?」
「うう」
「海辺の散歩も、オツですよー?」
二人で借りてきたシュノーケルを互いに装着しあう。
「ハート型の珊瑚…珊瑚…ふあああああったぁああ!!」
そんな甲斐あってか、千尋が足元にあった白いそれを拾い上げた。紛れもなくハート型。
「やりましたねー!」
「もう一個!!もう一個!!」
「がんばりますよー!」
胸まで海水に浸かり、付近を泳ぐ色鮮やかな魚に癒されながら、二人で海面に顔をつけて歩いていく。いつのまにか繋いでいた手が暖かい。
「ん、2個目も発見ですよー?これでお揃いですねー?」
「わあああ宝物がまた増えたね!!」
お互いの珊瑚を見せ合い、千尋は大事にするよと満面の笑みを浮かべる。諏訪は握った手に少しだけ力を込めて笑った。
「千尋ちゃん。ずっと、ずっと一緒ですよー」
ぼふんと音がしそうなほど千尋が真っ赤になった。次いで周囲を挙動不審なぐらい確認する。
「す、す、すわくん、いつもありがとうなんだよ!!」
一緒にいられた喜びと。感謝と。心からの愛情を込めて。
ちゅ、と鳴った頬の柔らかな感触に諏訪は笑む。
「また遊びに来ましょうねー?千尋ちゃん大好きですよー!」
お返しの頬へのキスに、今度こそ千尋が茹で上がった。
●
「――今頃、楓はどうしているのだろうか…?」
海原を眺めながら、綾羅・T・エルゼリオ(
jb7475)は浜辺を歩く。
シマイ・マナフのヴァニタスーー八塚楓。最後に会ったのは、もう数ヶ月も前だ。
「…俺はお前を救う事が出来るのだろうか?」
今にも泣きそうな顔が、瞼に焼き付いて離れない。
(楓を解放する為には――)
シマイとの対決。悪魔とは、ヴァニタスを捉える鎖のようなものだから。
綾羅は目を伏せる。
「恐らく、何処 かで監視しているのだろうな…」
気配すらなくとも、恐らくは。
「……ん?」
嘆息をつき、巡らせた視線が偶然砂浜で転がる白いものを見つけた。腹ばいになってる子供のようだ。それと注目しなければ誰も気づかなかっただろう。
「…迷子か?母親は?」
近づくとぎゅぉーと腹が鳴る音が聞こえた。
「仕方ないな」
苦笑し、相手が誰か分からぬままにエルゼリオは手を伸ばす。
「名は何と言うんだ?」
海鮮バーベキューに向かうエルゼリオに抱えてもらい、砂まみれの幼女は蚊の鳴くような声で答えた。
「う゛ぃお」
水の中に入る前、スピネル・クリムゾン(
jb7168)は嬉しげにウィル・アッシュフィールド(
jb3048)に告げた。
「海の中なら一緒に飛んでるみたいだよね♪」
翼持つ者と持たざる者。けれど、海の中では「一緒に飛ぶ」事もできる。それが嬉しい半面照れ臭くもあって、頷くフリで視線を外す。
(水中で会話ができないのが逆に助かるが……)
きっと咄嗟に吐露してしまうことも無いだろうから。
二人で海に体を沈ませれば、あっという間に海の世界に取り込まれる。スピネルはウィルを見おろし、
(ウィルちゃん。でもでもそっか…お話出来ない?あ、あたし意思疎通使えるんだよ〜♪)
にこっと笑った。
『ウィルちゃん見て見て〜♪お魚さんいっぱいなんだよ〜v』
ふと頭に響いた声にウィルは振り仰ぐ。輝く水面を背にスピネルが両手を広げていた。鮮やかな色の魚の群れ。胸を打つほどに幻想的な光景。
(……)
声が出せないのはよかった、と思った。マスク等で顔がほとんど見えないことも。見入ってしまった自分は、変な顔をしていたかもしれないから。
スピネルの手が伸びてきて、頬をつんつんと突く。にこっと笑う笑顔。楽しいね。嬉しいね。そんな思いが溢れている。
伸ばした手でウィルの手を繋いで、嬉しげにスピネルは魚達の方へと誘った。一緒に泳ぎながら、ウィルは目を細める。
スピネルは、天魔。
そして、自分は人間。
身に持つ時の長さは、残酷な程に違いすぎる。
嬉しげに笑う姿に、かけられる声に、心が溢れそうになるけれど、口にすることができないのも、それ故に。
せめて同じ種族であったなら。埒も無い思いに程苛まれる。
ふと珊瑚を見やるスピネルの傍ら、ウィルは落ちていた小ぶりの白い珊瑚を拾った。
(死骸……か)
ペンダントトップぐらいの大きさだ。
珊瑚から出てきた魚と戯れていたスピネルがハッとなった。
(ほぁっ!お魚さんと遊ぶの夢中で珊瑚探すの忘れてたんだよぅっ)
慌てて海底を見渡す。珊瑚珊瑚。でもそんなにいきなる見つかるわけが……
しょんぼり項垂れたスピネルの視線が、ウィルの掌に注がれる。小さなハート型。
『ウィルちゃんこれ……!』
見つけた、と海底を指さす。
『ふぁぁっ!ウィルちゃん凄い!どうしよ、とっても嬉しいんだよぅ…ありがと、だよ?』
柔らかな体がぶつかってきて、思わず呼吸を止めかけた。ぎゅっと抱きしめられて、反応に困惑しつつしみじみ思う。海の中で良かった。うるさい鼓動の音も、きっと近くの少女にはバレないだろうから。
●
太陽は真上に。白い砂浜はさらに熱をもって白く輝く。
そんな中、砂浜を丹念に探し歩いている人物が一人。神谷春樹(
jb7335)だ。
(時間ギリギリまでかかっても……絶対に見つける)
最初は海で水と戯れる予定だった。けれど、あの噂を聞いてからは遊んでなんていられない。
(ハート型……あれは、違うし……これも違う)
汗が顎を伝い落ちる。それにしても、暑い。
「探し物ですか?」
海から上がった翠月が、そんな春樹に気づいて声をかける。
「! いえ、せっかくなので、散歩を」
内心の動揺を押し殺し、春樹はそう誤魔化した。だが微妙に頬は紅潮してるし目が焦っている。戦時であればいくらでも平静な表情を固定化できるが、日常ではさしもの春樹も素が出るようだ。
(もしかして……あの噂、でしょうか)
なんとなく当たりをつけ、翠月はこくりと頷く。
「暑いですし、お昼ですから、休憩を挟まれてはどうでしょうか」
「ああ…そうですね」
言われて初めて察し、春樹は頷く。
「見つかるといいですね」
「ええ」
去り際に笑顔で言われ、思わず頷いてから慌てた。頬を掻きつつ、春樹は脳裏に慕わしい者の姿を思い浮かべる。
ずっと一緒にいたい相手。まだ恋人というわけじゃないけれど。
(次に会えた時に……)
伝う汗を拭い、春樹は決意を新たにしながら歩き出す。
(例の宝探し……か)
ふと聞こえてきた話に顔を向け、雅はそっと視線を元の位置に戻した。少し気は惹かれるけれど……
おずおずと触れた手を仁刀が握る。その、ぎこちなくも暖かな温もり。
(わざわざ探さなくてもいいよね)
無意識に嬉しげな笑みを零して、雅は仁刀と二人、砂浜を歩いた。
水晶を溶かして流したような海面が揺れ、中から人魚のように一人の少女が顔を出した。ハラハラしながら待つ海上の漁師に手を挙げる。
「終わったわァ♪」
「今引き上げる!先に上がってくれ!」
漁師が顔色を変えているのも当然。黒百合の下、二メートルを超す巨体は鮫である。
「きゃはァ、大漁大漁ォ…魚拓で残せないのが残念で仕方が無いわねェ♪」
漁を満喫するうち、沖に出た黒百合がイタチザメを発見したのはほんの偶然だ。
「やれやれ。撃退士にかかると獰猛なコイツラも形無しだな」
他にもキビナゴ、マダコと夏の味覚が甲板に。
「腹減ったろ?」
ほい、と渡されるのはトコブシの味噌焼き。
「漁の醍醐味ねェ…♪」
ぺろりと平らげ、唇についた味噌を拭って黒百合は笑みを零した。
所変わって砂浜。
「よーっし一撃くらわすぜ!」
賑やかな声はバルトロ達。冷えた西瓜を前に目隠しでシルヴィア達にグルグル回されている。
「ぐるぐる回すぜー!」
「っておいこらぐるぐる回しすぎだろ!?」
流石にふらふら。立派な千鳥足で砂浜を歩く。
「右だよー!右ー!」
「違うよ左だよ!」
「…やな予感しかしないんだがな?」
誘導され、「おりゃー!」と叩いた腕に変な感触。
「おまえら嘘ばっかり教えやがってぇぇえ!」
「わきゃー!」
笑い逃げる二人の歓声が響く中、黒龍は道々綺麗な貝殻を拾い集める。沢山の写真。時の欠片たち。集めた貝で額縁を飾ろう。額縁の色は、隣にいるヨルの髪と同じ色がいい。
「スイカ割りっすか!」
「おっ、やりねえ!」
丸々とした西瓜に嬉々として走り込んできた伊都にバルトロが木刀を渡す。
「パカッと割ってスイカゲッツですよ!」
「ぐるぐる回すよー!」
きゃっきゃと周囲を少女に囲まれ、回される伊都。エイルズレトラが笑う中、海から上がってきた香里がもらった魚介を手にバーベキュー場へと走る。
「さぁ、調理ですよ♪」
●
二千十四年、夏。種子島に新たな伝説が誕生した(かもしれない)。
(海と言えば海の家。海の家と言えばラーメン)
ザザーン、と潮騒を背に立つのは味軍曹パンダちゃん。本名が確か笹緒。
(私が目指すべきは、唯一無二の種子島ラーメン)
全ての材料を種子島で賄う、メイド・イン・種子島。そう、笹緒の使命はただ一つ。
スーパーシェフとしてこの夏に相応しい一品を作る。
コレである。
食べるのに不向きな小魚とて、ダシを取るにはもってこい。スイカ割りで使った西瓜を隠し味。海鮮バーベキューのアレやコレやも勢い良く投入。驚きの食材、なんとフカヒレ(提供:黒百合)!
出来上がった黄金色のソレを前にパンダはすっくと二足立ち。
「これが」
そう、
「これこそが種子島ラーメンだ」
そんなパンダをバイトに変じたルビィがしっかりとストーカー、もとい尾行する。
(味見する時が…チャンス!)
「パンダ部長の素顔とメー様のヌードが撮れた暁には、この世に未練は無いってモンよ…!!」
長生きしそうな目標だ。
「食べてもいいかしらァ…?」
「無論」
ひょいと手を伸ばした黒百合に、黄金スープのラーメンが渡された。あれ、着ぐるみとって味見しないの?
「なかなかいい出汁ねェ…♪」
美味すぎず、不味すぎず、しかし何故だか疲れた身体を癒してくれる。それが海の家のラーメン。
「くっ…やはりちょっとやそっとでは…」
「あー。もしもし、君」
挙動不審なルビィの肩を誰かがポンと叩いた。
「不審な偽バイトがいると通報があったのだが」
「ま、待ってくれ、怪しい者では」
「そこの二人」
すこぶる怪しいルビィと巡回員の二人に笹緒が声をかける。そっと出されるのは黄金ラーメン。
「遠慮はいらない。存分に食べていってほしい」
パンダ、男前だった。
「おかわりィ…♪」
自身の獲った魚貝類も調理してもらう傍ら、自ら包丁を振るって黒百合は刺身を作る。
「鮮度が違うわァ…♪」
刺身用の皿に一枚も切れ端が並ばないのもご愛嬌というものだ。
「美味しい物を食べて楽しんでください♪」
香里の手元、タレに付け込まれた牛腿肉のネギ串が、周囲に香ばしい匂いを漂わせる。金網の上には海老、貝、イカ。パカッと開くのは帆立、くらくら揺れているのはトコブシだ。
「いい匂い!」
きゅるきゅる鳴るお腹を抱え、タマモは思わず出そうな涎を拭うフリ。
「鎹せんせー、コレ、ぜんぶ食べてもいいの?」
「大丈夫だぞー」
「それじゃ、この大きな貝から食べようかな」
ぺろりと下唇を舐め、タマモが貝を摘み上げる。
「あつっ!あつっ!」
「鎹先生、よかったらどうです?」
千鶴からヒラマサをもらい、鎹は目を剥いた。
「大物だな!」
「私が釣ったんですよ。ポイント教えてくれた漁師さんに、地磯に連れてってもらえたんです」
やや照れたように頬を掻く千鶴に、うんうんと鎹は頷く。ヒラマサの若魚、八十センチ。まさに旬だ。
姉妹のように話している二人を眺めながら、神楽は胃もたれしない程度にのんびりと箸を進める。とれたての魚はどれも美味だ。
「今のゴタゴタが片付いたら、日頃のお礼にケーキでもご馳走しましょうかね」
飲み物を取りに走って行った鎹に、神楽が苦笑しつつ千鶴に囁く。止め損なって腰を浮かせていた千鶴が笑った。
「ケーキえぇね。良いお店探しとこ」
そんなテーブルの端では、エルゼリオに抱っこされた砂まみれの幼女がイカを頬張っている。
「ホタテを狙い撃ち!」
「そこはまだ焼けてないっすよ!」
レイティアと、スイカを手にした伊都の声が響く。
「トコブシとは、海の味覚の代表格だね」
それに惹かれ、ゆったりと歩み寄ったハルルカに伊都は貝を差し出した。
「食べてみるっすか?」
差し出したのは味噌焼きと、煮込み。昨今ではアワビよりも美味とすら言われることもあるとか。
「濃厚で、味わい深い。なかなか、良いもののようだね」
「獲れたてっすからね!」
漁師と共に潜って獲ってきたのだろう。次々に網に乗せられる海の幸に、周囲に美味しそうな匂いが満ちる。
賑やかなバーベキューを後にして、ハルルカは海風を受けながら海辺を見渡した。
砂地で何かを探す者、海で語り合っている者。胃袋に燃料を補給した春樹が海へと走って行く。希望を胸に行く少年の姿はどこか眩しい。
(みんな元気があっていいね。見ていて微笑ましくなるよ)
ふと口元に触れ、我知らず微笑んでいたことに気づく。ああ、世界とはずいぶん罪深いものだ。
「ふふ……さて、折角の海だ。私も少し泳ごうか」
戻ったパラソルの下、日傘を立て掛け、ハルルカはパーカーをするりと落とす。日差しを遮るサングラスも、お留守番。
雄大な海に踏み入り、深く、深く、海底に足をつけて見上げれば地上よりも天上を感じさせる光の園。
(海は、広大だ)
目を閉じ、笑みを浮かべて見やる海底で、先に海に入っていた春樹が何かを拾い上げるのを見た。探し物を手にできたのか。己の掌を見つめ、子供のように破顔する。
(おめでとう)
聞こえぬ相手に、ハルルカはそっと祝福を送った。
●
種子島の帰りはフェリーとなった。
また鯖か、と身構える者、夢の中に在る者、お土産を手に胸を弾ませる者。
人々を乗せて船は島をゆっくりと離れる。
そんな中、黒百合は漁師達から渡された大きな包みを開いた。
「最大の土産はこれねェ…♪」
イタチザメの顎である。
ふと、一枚のメッセージカードがはらりと落ちる。それは島を訪れた人々が、皆一枚ずつもらっているカード。
短い言葉が一つ。
『ありがとう』
見やる南の海はどこまでも穏やかだった。