.


マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/04/07


みんなの思い出



オープニング

 四国。
 西日本最高峰の山、石鎚山にツインゲートを擁し、内海を挟んだ対岸に大公爵メフィストフェレスのゲートを睨む天界陣営。
 自由な気質のままに暴れながら、多発ゲートによる攪乱を成功させ、高松に新たなゲートを築き上げた冥魔陣営。
 強大な力を持つ剣と焔劫の騎士団の来訪。
 様々な天魔が入り乱れ、いつ何時どこでどのような襲撃が起きるかわからない場所。
 それが、四国。

 ――今回、新たなゲートが開いた場所も……





「四国、徳島にある剣山に新たな天界ゲートが開いた」
 朝の訪れと共に登校した生徒が見たのは、張り出された『緊急募集』の文字。
 指定された場所に走った生徒達を迎えたのは、緊迫した空気と大量のデータ。そして地図上に描かれた『ゲート』だった。
「深夜に開かれたゲートを以降、『月華』と呼ぶ。こちら風に言い直せば『月華蒼天陣』というらしい。古の大天使ルス・ヴェレッツァの大結界……の、かなり小さい版らしい」
 小さい版、と呟く声に長門博は頷いた。
「現在のゲートは、ゲートの直径はおおよそ一キロから二キロ未満。結界の大きさ事態、直径にすればそれほど大きくは無い。それでも剣山の登山口まで覆われてしまったが」
 ホワイトボードに貼り付けられた地図には、標高千九百五十五メートルの山を中心に周囲の様子が描かれていた。
 中央の赤丸、剣山頂上部分がゲート中心地。
 南の遙か下に青丸、剣山対策本部、仮設駐屯地。
 それよりさらに南に下った左側に緑丸、登山口。
 結界は、その登山口を少し越えたあたりにまで至っている。
「おそらく差異が出るだろうが、転移装置で跳ぶ目標はこの登山口の手前あたりになる」
 緑丸の登山口を示され、全員が頷いた。
「結界はV兵器であれば穴をあけられる。全員、光纏状態で転移、即座に結界内に進撃し、まずは結界内最前線。剣山対策本部に向かう。別口で対天使の部隊も出るから、我々は先に行って昨日から現地にいる仲間と合流する形だ」
 現地にはすでに十八人の生徒がいる。そして、悪魔教師と実技教師も。
「我々の部隊は、後続の部隊と同様、すでに現地にいる部隊がゲートに突撃する為の道を切り開く」
 ゲート中心部は山頂。
 前線基地はその南。
 おそらく、最初の衝突はリフトのエリア。
 その次が、リフトの西島駅からゲート内部突入前までのエリアだろう。
 自分達が担うのは、その二番目、リフトからゲートまでのエリアだろうと想定されている。
「ゲートが作られる前から、西島駅より上には多数のサーバントが放たれていた。ゲート発現後、大型の上級サーバントの姿は消えたが、下級サーバントは群れたままだ」
 言って、集まった生徒達を見る。
「現地は冬山。積雪の高さもあり、戦闘中に雪崩の発生もあるだろう。かといって手加減していては他の部隊が前へ進めず、悪戯に消耗が増す」
 どの戦法をとるかは、一任されている。
 故に責任は重大だ。こちらの部隊の失敗は、ゲート突入部隊に負担を強いることになる。
「他方にも撃退庁から派遣された撃退士達が進撃し、戦闘を行う。中にいる……大天使は、天界の知己が少なくない。今日破壊できなければ、ゲートを通って強力な援軍が来る可能性が高い。なんとしても、ゲートを破壊すべく、道を切り開いてくれ」
 本当は自分もゲート破壊部隊に同行したかった。
 おそらく今自分がこうして生きているのも、件の大天使のおかげ。なのに、こんな時なのにそちらに駆けつけることは出来ない。
 優先されるべきは、個人の思いでは無いから。そう教わってきたから。
(頼む)
 博は共に行く仲間に頭を下げる。彼らを信じて。そして、ゲートに赴く生徒達を信じて。
「彼らを送り届ける為、力を貸してくれ」





 中央に柱の如き蒼光。異なる世界のゲート。
 その外側に淡い光の柱。その内部全てが結界範囲。
 転移し、白い息を吐きながら一同はその姿を目に焼き付ける。
 鈍色の空。雲間から差し込む光。
 空に届くゲート。
 どこか神々しさすら感じるその光景。
 今でない時代、ここではない場所では、神の如く崇拝されることもあったろう。そんな風にふと思った程に。
「あれ…!」
 ふと誰かがその空を指刺した。
 その遥か上空に小さな黒い点の群れ。
「まさか…」



 同時刻、結界内、剣山対策本部改め『月華』破壊部隊前線基地の太珀は皮肉げな笑みを浮かべていた。
「フン……やはり、出てきたか」
 剣山ゲートに在って、唯一人間への敵意激しい天使。
 夥しい鳥の群れは、本気の証拠か。
「予感的中、というのがこれほど嬉しくないとはな」
 人類側の想定よりも早い、天使からの宣戦布告。
 だが、こちらとてのんびり待っていたわけではない。
「学園に連絡! 転移を急がせろ。向こうからのお出ましだ。歓迎してやらなくてはな」





 長門達は駆けた。
 青いゲートから溢れてきた鳥の大群。
 思い通りにいかないことなど、ありすぎるほどにある。
 増える足音。ただひたすらに雪を踏む。
 目指す先は、剣山結界内、ゲート前。

「行くぞ!」


 ――剣山、最後の戦いが始まった。




リプレイ本文



 生きて、って叫びたい
 運命が「否」を叫んでも
 最後まで生きてと叫び続けたい
 沢山救ってもらった
 そのお礼をまだ言えてない

 ねぇお願い

 あなたがくれてものを
 どうかあなたに贈らせて   (清翼の戦乙女より)





 雪が深かった。
 人の行き来が絶えた道は消える。それなのに目で分かる程に道に差が出来ているのは、誰かがそこを通っていたからだろう。
 今、その道を十九名の撃退士が駆ける。へらりと笑みを零すのは前を走る部隊の中央、皇・B・上総(jb9372)だ。
「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか…鼠時々雪崩が関の山だろうけどねぃ」
「透過能力が無い身では、辛い現場ですね」
 雪崩、の一言に雫(ja1894)は表情を僅かに鋭くする。天魔血族と違い、人間である彼女にとっては天然の凶器だ。
「いざなったら抱えて跳ぶよっ!」
 空からァラ・エルフィリア(jb3154)が声をかける。上空に舞う彼女が担うのは索敵だ。
「【破】より連絡。鳥型サーバント、一部南東より挟撃体勢。数二十程」
 同じく空で索敵するレイ・フェリウス(jb3036)は、下方の戦域も観察し連絡網へと伝える。
「こちらはまだ敵影が見えないね。ただ東西に何かいる。木が動いた」
 声にファラは高度を上げた。互いの死角を補い合い、上空を行く二人の眼下に広がる白の世界。
「いた!」
「敵影発見!北方面に三十匹以上!」
「下手すれば五十はいくね。ゲート前に集まってる」
 報告に一同は表情を変えた。ゲート前。予測はしていたが、数が多い。
「五十とはね」
 桐原 雅(ja1822)の呟きが流れる。やれやれ、と嘆息するのはジーナ・アンドレーエフ(ja7885)だ。
「動いてる小集団は、ゲート前に集合中なのかもしれないねぇ。集まりきる前に、道こじ開けるとしますか」
 その手に握られたのは巨大な斧。後続たる二部隊を振り返り、ジーナは告げる。
「道は必ず開く」
 例えどれほどの集団であろうとも。足を鈍らせる理由にはならない。
(あの時の大天使さんが此処にいるのなら、辿り着かせてみせるわ)
 紡がれ積み重ねられ続けてきた、沢山の人の思いに応えるためにも――
 前を見据える瞳に力が宿る。
「あんた達はとにかくゲートに。後は任せな。一匹たりとも後ろを追わせはしないよ」





 どんな相手であろうと怯まない
 ただ打倒して道を切り開いていく
 戦いの先に何があろうとも
 ボクの翼は仲間を守るもの
 どんな状況でも諦めない意志と共に   (光翼の戦乙女より)





「お客さんのおいでだよん。接近までに出来るだけ削るから」
 上総が最初の一撃を放った。生み出されたのは馬のような幻影。驚く程の距離を駆け抜け、こちらに気づいた鼠型を踏み潰す。
「近寄られるのは好きじゃない。喧嘩は弱いのさ」
 互いに肉眼で見える位置。見つけたと思った瞬間に走り出すも、上総の射程は恐ろしく長い。
「ん〜次々来るねぇ」
 後ろから矢を放ってジーナは顔をしかめた。
「大した敵じゃない……けどこの数は厄介だね」
 目にも止まらぬ速さで二体を纏めて切り裂き、雅は次の攻撃に備え身構える。相手は数と俊敏さを覗けば雑魚だ。だが、
「一気に押し寄せられると困りますね」
 隣で剣を振るい、雫も小さく呻く。僅かに後ろに身を引くと、先程までいた位置を新たな鼠が歯をむき出しに横切った。
「雪崩の危険がある以上は範囲攻撃は危険……厄介ですね」
 今日に至るまでにすでに二度、雪崩の報告のあった場所。大寒波のせいで例年以上に積もった雪は、いつ崩れてもおかしくない状態だ。
「纏めて吹っ飛ばしちゃえたらすっきりするんだけど……って、余計な事なんか考えてる余裕もないか。他所で戦ってる仲間を信じて、ボクたちのなすべき事をしっかりとやり遂げよう」
「はい」
 雅の声に雫は頷く。だが余りにも数が多い。
「寄られるまでに削って…後は任せるよん」
 中衛に位置する上総の攻撃は、近寄ろうとする敵を的確に穿っていく。その圧倒的な飛距離は他の追随を許さない。
 上空で全体を見渡し、傷ついた敵を追撃で葬るファラとレイの表情は険しい。
「一匹ずつやってたら、全部倒す前にスキル切れちゃうよ〜。っと!」
 雫に襲いかかる一匹を射抜き、ファラは空中で地団駄する。
「雪さえ無かったらなー」
「まったくだねぃ」
 別の敵にトドメをさしながら上総はふにゃりと笑った。大群に囲まれはじめたというのに、余裕綽々な気配は変わらない。
「怪我の酷い子はいないね?」
 後衛であるジーナは全体の損傷を確認しつつ、合間に重い一撃を放つ。
「ゲート戦であたしらに群がられる天魔ってこんな気持ちなのかねぇ」
「そうさね。やぁ、そう考えたらなかなか無い面白い体験だねぃ」
 後ろ手二人の声に、前衛の雫と雅は口の端に苦笑を浮かべた。
「状況は芳しくありませんが、恐怖はありませんね」
「この数は驚異なんだけどね。うん。怖くはないかな」
 数に怯まないのは、これまでに培ってきた戦いの経験と、仲間を信じるが故。
「うおお新手、左右からあと三十秒もすれば来はじめるよ!」
「おっと。挟み撃ちとか笑えんよぅ…」
 ファラの警告に、上総は進行上の敵へと弾丸を放った。
「ファラ。あの集団側、リフトの方角からはズレてる」
 上空から攻撃しつつ、レイが声をあげた。ファラは目を光らせる。
「っし! 範囲行くよ!」
 上空の二人の動きに下の全員が素早く目を見交わせた。
「気を付けて!」
「いざとなったらよろしく!」
 どんどん向かってくる鼠を前に、こちらは少人数。下手をすれば後続の二部隊すら巻き込みかねない。なら――
「動き止める!」
 声と同時、ファラは集団の真ん中に空から飛び込んだ。その体を中心として呪縛陣が放たれる。
「いっけぇ!」
 周囲一帯に束縛の結界が展開した。二十匹を超える鼠が甲高い悲鳴を上げる。周囲の敵意が一斉にファラへと向けられた。
「うぎゅぎゅ!」
「こら。先走らない」
 一瞬背に冷や汗をかいたファラの背後にレイが降り立つ。同時に周囲一帯を強烈な冷気が覆った。
「眠ってない敵を優先してください」
「了解!」
 範囲から漏れた鼠を葬り、ジーナは上空に戻る二人に手を挙げる。
「雪崩はいけるみたいだね」
「今のうちに道を開きます!」
 雅と雫が走った。一撃一撃が必殺に繋がる強き力を振るい、範囲で空白になった地帯を突っ切りさらに進む。
「おお〜っと、踊り子さんにちょっかいは駄目なのよさ」
 横から出ようとする鼠を上総の銃弾が撃ち落とした。
「走って!」
 さらに横を押し広げ、ジーナが叫ぶ。後続二部隊が進む。チャンスは今。ここを逃せば新手が増え足止めが酷くなる。
「通してもらいます!」
 雅と雫が駆けた。
「――舞え、雪月花」
 同時に放たれた雅の時雨と雫の乱れ雪月花が道を塞ぐ鼠を切り裂く。

 道が開いた。

「行って!」
 雫の声に後続二部隊が走る。その両脇から鼠が飛び出す。
「させないよ」
「邪魔すんなー!」
 レイの雷撃とファラの魔法がその体を打ち抜いた。
「ご武運を」
「頑張って!」
 かけられる声。込められた願い。上がった手と手が音をたてる。
 次々にゲートに向かうその背を守り、ジーナは叫んだ。
「気を付けて!」
 託すのは思い、願い、その全て。
 後は、任せた。

 祈るような思いを受け、今、ゲート破壊部隊が突入した。




 失ってはいけないんだ
 月や星の無い夜空も
 太陽のない空も
 全部闇に閉ざされるから   (清福の黒翼より)





「これからが正念場、なんだよ」
 ゲート前に集い、一同は魔具を構えた。最前線に立つのは雅。その横に雫、反対側の横にジーナ。攻守の両方を持つ堅固なる盾にして剣。
「一体も通しません」
 まるで鉄塊の様な無骨な大剣を握り、雫は鋭く周囲を睨み据える。その後ろ、くくくと笑みを零すのは上総だ。
「さ、天魔のお歴々の気持ちを体験しようか。こんな経験滅多に出来ない」
 ゲート前で侵略者を阻む。まさに、いつもとは逆の立場。
「確かになかなか無い体験ですね」
「ゲートを背に、というのがね」
 雫と雅が頷く。その傷をジーナの治癒が癒した。
「さぁて、持久戦だねぇ」
 上空にはファラとレイ。背中を合わせ視覚を無くし、見やるのは広域戦場。
「来ます。距離から五秒後に東、さらに十秒後に西。五匹ずつ新手」
「しばらくずっと続くよ!」
 地上へと補助の一撃を放ちながらレイとファラが告げる。
「位置とタイミングが分かるってのはいいさねぇ」
 上総は歌うような口調で言う。その身そのものを盾に進撃を阻み、雅は力強く踏み込んだ。

 ドンッ!

 衝撃が前後二体の鼠の体内で弾けた。絶命したその体を乗り越える鼠にファラは雷刃を生み出す。
(空の星は全部揃わないといけないんだよ)
 命育む太陽の大天使。夜を照らす月の使徒。見守り道を指し示す星の天使。
 祈りを抱え、ファラは全力の一撃を放つ。
(星も月も太陽も欠かさせないんだから……!)
 雷撃が弾ける。その斜め下、突撃してきた鼠をジーナはその体で防いだ。
「っ」
 痛みは僅か。それよりも、胸を締め付ける思いのほうが痛い。
(大天使さん……)
 覚えている。淡い幻花の中で眠っていた幼子。守られていた命。
(沢山の別れがあって、沢山の出会いがあった)
 喪われた命もあった。奪われた命も。
 そんな中で生まれ育まれた命と縁。
(生まれた縁は人伝でさらに広がっていく)

 それが「繋がっている」ということ。

 ジーナは歯を食いしばる。込められた力に戦斧の柄が軋んだ。
(他の誰でもない、あんただからこそ繋がった縁を)
 思いを
 願いを

 祈りを

 思い浮かべるのは全てを託した別部隊の仲間達。重責を負わせてしまうと、己の我が儘を戒める心もあるけれど。
(どうか伝わっておくれ)
 彼等の思いもまた、伝わって欲しいと願うから。
「負けられないんだよ」
 振るう一撃が弧を描く。薙の一撃で両断し、ジーナは叫んだ。
「あの子等の邪魔はさせやしない!」





 傷痕は消えない
 背に負いしものも
 心のものも
 けれど前へと進むその中で
 暖かなものが胸に宿る
 まるで常闇を照らす灯りのように
 身を守る盾となり
 敵を討つ剣となるように   (破壊の戦人より)





 もし今が冬でなければ。場所が山でなければ。きっとこんな困難は生まれなかっただろう。
「ふぃぃ翼あと一回〜」
 地上に降りたファラが嘆息をつく。
「流石に長丁場ですね」
 顎下を伝った汗を拭い、雫は剣の柄を持ち直した。何匹倒したのだろう。現れる敵が百を越えたあたりから数えるのを止めた。
「ひのふのみ……と」
 そんな中、上総は続々と追加され続ける鼠達を数えていた。初期の数が桁違いだったせいで、常に前方には十数匹から二十数匹の群れ。
「翼あと一回?」
「うん」
 先までと違う方向に一撃を放ち、上総は上空へ声をかける。
「じゃあさ、やってみないかい?」
「なになに?」
「ただ砲台やってるだけも芸がないさね。雪崩の危険と天秤にかけて最良のタイミングを弾き出すさ」
 聞こえてきた案にジーナが笑った。
「いいねぇ。嫌いじゃないよ、そういうの」
「こちらも翼を用意しておくんだよ」
 すでに尽きた技を変換し、雅もまた準備をはじめる。成長と共に発言した悪魔の血。猫耳と尻尾もついてきたが、その背に飛翔の翼も得た。黒く変じた翼が恥ずかしくていつも隠しているのだが。
「危険と隣り合わせ、ですね」
 飛べない雫が心持ち声を硬くする。けれど否は唱えない。
「でもやれないこともないよね」
 そう、やれないこともない。このメンバーなら万全に。
「すぐに動けるように最後に打つね」
「了解」
 生み出される翼。狙い澄ます鼠を上総の一撃が吹き飛ばす。
「ふっふーん、無傷で接近できるとは思わんことだな」
「纏めるなら、あっちかい?」
「よっろしく〜ぅ」
 リフトのある方向と敵の方向、計算し上総が示す方向へ動くように遠隔攻撃を放つ。囮のように上空にファラが浮かぶ。
「用意はいいかね諸君?」
 笑みを浮かべ告げる上総。ジーナの一撃が手前に飛び出した鼠を葬る。ラスト二人。ファラとレイ。
「いっくよー!」
 ファラが敵のど真ん中に飛び込んだ。
 放たれた束縛の結界が周囲の鼠を一斉に締めつけ、縛り上げる。その中にさらにレイが飛び込んだ。
(ねぇ、天使さん)
 大気が凍った。
 氷結の結界が一瞬で形成される。
(ずっと幸せであり続けても、いいんじゃないかな…?)
 全てを知っているわけではない。それでも目に見える範囲、耳に聞こえる範囲で知った全てが思いを駆り立てる。
(犠牲なくして幸福は得られないのだろうか?)
 命を賭して何かを成そうとしている大天使。彼女の時は、本当に限られているのかもしれない。それでも、
(そんなことはないと信じたい)
 誰かの幸福が誰かの命で成されるだなんて、あんまりじゃないか。その命を誰が背負って生きるというのだろう。愛していれば愛している程、心すら壊しかねないだろうに。
 だから、
(奇跡を願わせて)
 見知らぬ誰かの心が救われるように、愛する者達が手をとりあえるように。
(自分達はただ、そのために力を尽くすだけ)

「眠れ」

 一言。力ある言葉と共に深淵の眠りが放たれた。凍てつく冷気が捉えた鼠を永遠の眠りに引きずり込む。
「お。いけたね」
「でもまだ敵多いんだよね」
 二人の周囲魔法で数が激減した敵を見つめて後、上総はジーナに向かってにっこり。
「GO♪」
「ずぇーったい雪崩起きるよ」
 促されてジーナが空へと右手をかざした。気づいたファラとレイが慌てる。
 それは封じていた力。星を墜とす魔法。
 空で光が瞬いた。数多の彗星。
「雪崩発生! 戦域影響は無し。東から西へ小規模!」
「飛ぶよー!」
 轟音と共に降り注ぐ力が大地を揺さぶる。ファラとレイ、雅が近くの三人をそれぞれ抱えて飛んだ。その足元を白い闇が押し寄せる。
「うっはー爽快だねぇ」
 空から上総が歓声をあげた。収まると同時飛び降り、魔力を解き放つ。
「助かりました」
 同じく飛び降り、礼を言って雫は技を解き放つ。大幅に数を減らした鼠。こうなれば、こちらのものだ。

 残った鼠達を駆逐し終えたのは、その数分後のことだった。





「任務完了♪」
 大きく背伸びする上総の隣、ジーナから暖かい飲み物をもらった雫と雅がぺこりとお辞儀する。
「レヴィさんこっちに向かってるらしいけど、さっきの雪崩大丈夫だったのかなー」
「方角が違うから」
 ファラの声に苦笑し、レイがその頭に手を置く。
 戦場は制覇した。あとはゲートを破壊してくれるのを待つばかり。
「皆が帰ってきたらびっくりするかもしれませんね」
 雪崩でやや地形が変わった箇所を示し雫が言う。くすりと笑って、雅は空を振り仰いだ。
「早く、帰ってくるといいんだよ」
「そうだねぇ」
 頷き、ジーナもまた空を振り仰いだ。
 青い空と同化するようなゲート。皆は無事だろうか。
 レイが報告する声が聞こえる。
「こちらゲート前。戦場制圧しました」


 全戦場中、最速の制圧報告だった。






依頼結果