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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/04/07


みんなの思い出



オープニング

 その日、徳島の一角に一つのゲートが生まれた。
 ゲートの中心と思しき場所は、標高千九百五十五メートル。
 近畿以西の西日本、及び四国第二の高峰――剣山。

 そのゲートの名を<月華>という。





「緊急車両の手配を! 搬入先の手配は!?」
「避難指示発令されました。付近の住民の方の避難はすでに八割が完了です」
「付近の交通渋滞に対し応援出動しました。高速道路は依然渋滞となっています」
「剣山対策本部から入電、通信繋ぎます!」
 地元の対策本部と、剣山の見ノ越に仮設置されていた剣山対策本部。ゲート発現から一時間でこの状況なのは異例のことだろう。
『こちら剣山対策本部、鎹雅』
「先生!」
『長門か。現在の状況を伝える』
 即座に受け取った長門由美の耳に情報が伝わる。
 剣山に展開したゲートは月華蒼天陣。通称を【月華】。
 現在のゲートの直径は一キロ以上。詳細は不明。
 支配領域は剣山山頂を中心に山裾まで。そのほぼ全域に及ぶ。
 つまり、
『すでに我々は支配領域内だ。一般人は一人もいないがな』
 見ノ越の剣山対策本部は、支配領域内。
「現場の様子は」
『混乱は無い。これも異常なことだがな。生徒達も全員元気だ。今は休息をとってもらっている』
 良いことずくめ、と言っていいだろう。突如現れた結界に取り込まれていながら。
 一般人の巻き込まれも、現場の混乱も無いなんて。
(…違う)

 異常。

 としか言えない状況なのだ。そんな幸運が、そうそうあるはずがない。
「繰り返しますが、山一つが全て支配領域、ですね?」
『そうだ。かなり小さい方らしい。かつて大天使ルスが作ったものは、直径二十キロのゲートだそうだからな』
 大天使本人と、その力を譲渡されたとはいえ使徒との違いだろうか。それとも、最初からその大きさに限定されたのか。真実のほどは分からない。
「学園の方針は」
 つい言葉が零れた。そんなもの、尋ねるまでもないのに。
『現在定まっているのは、剣山ゲートの破壊』
「……大天使達、は」
 由美は胸に下げてあるお守りを握る。中にある黄金の羽根。与えられた沢山のもの。
 電話の向こうは一度沈黙した。
 わずか一秒。
 すぐに静かな声が聞こえる。

『撃退庁側では、討伐命令が下りた』

 世界が陰った気がした。





 大丈夫ですか? と声をかけられた。
 久遠ヶ原学園、作戦対策室。
 すでに大量の書類が持ち込まれ、連絡用の光信機が次々に並べられていく。
 ゲートへと戦いに赴く生徒達のために。
(私も)
 行きたかった。
 けれどもう動けない。
 行きたい気持ちだけ抱えて。従姉妹の元に駆けつけれなかったあの時と同じように。今回も。
(こんな時なのに……)
 ゲートにいるのは、大恩ある大天使と使徒だ。学園生としてこんなことを思うのは間違っているかもしれない。それでも、駆けつけたかった。倒すためじゃない。
 会いたかった。
 伝えたかった。
 あの日からずっと、自分の確かな守りとなっていた光の羽根に。その持ち主に。
 ありがとう、と。ただ、ありがとう、と。
 絶望に沈む前に手を差し伸べてくれたこと。
 喪うはずだった命を繋いでくれたこと。
 奪われた命の尊厳を守ってくれたこと。
 どれほどのものを与えてもらっただろうか。なのに、こんな時なのに何も出来ない。お腹の中の子も、彼女達がいなければこうして得ることすらなかったのに。
 一度休んで、と言われ、素直に布団に入った。眠れるかどうかは分からないけれど。
 分かっている。
 この道を選んだ時、いつかどこかで誰かが直面することなのだと。
 ……分かっている。
 例えどんな結末が待っていようと、戦い続けなければならないことも。
 ――久遠ヶ原の学生として。





 ふと、ルスは顔を上げた。
 ゲート内、最深部。
 コアのある場所は天界のいつもの部屋と同じく、青い光に満たされている。

 ――また、泣いて…?

 声が聞こえた気がした。
 母を喪って泣いていたあの時と同じように。ゲート内にあって、人間の声など聞こえるはずもないのに。
 ルスはゆっくりと手を伸ばす。
 触れられるわけではない。伝わるわけでもない。
 けれど抱きしめたかった。あの時も、今も。そこにある、悲しい魂を。
 見えざる何かを抱きしめて、ルスは目を伏せる。
 唇が小さく、言葉を紡いだ。

 ――どうか 幸せに

 届くはずのないその声をコアだけが聞いていた。




 斡旋所に緊急依頼の用紙が貼られた。
 朝。
 交代で眠りにつく担当者に変わり、由美は集まった一同に声をかける。
「今回集まっていただいた皆様には、二種類の仕事を分担していただくことになります」
 一つはこの部屋、対策室において、剣山ゲート攻略者全員の情報共通の為、情報伝達員として、動くこと。
 もう一つは現地にある病院において、搬送作業を手伝うこと。
「ゲート直近のエリアには一般人はおりません。……剣山にいた天使達の働きによって、最初から危険エリアの一般人は退避が完了していましたので」
 だから、通常のゲート戦にある一般人の救出は今回ない。
「ただ、それ以外の周辺地区に関してはまだ三割程度の人が残っています。ゲートが作られたことでこの先どうなるか分からないこともあり、病院にいる人達も市内の大型病院に移すことになったのですが……」
 残念ながら最も交通の便の良い高速道路は、長い長い対面道路、つまり、市内に向かうための道は一本しか無いのだ。無論、思い切り交通渋滞になった。
「渋滞は専門の知識をもつ人が対応に出てくれています。皆様には、まだ動くことが出来ない病院で不安を抱えている患者さんのケアをしていただきたいのです」
 不安は様々。
 ゲートが出来たことによる戦禍を恐れる者、
 地元はこれからどうなるのかと、この先の未来に不安を覚える者、
 中には地元撃退士の家族もおり、ゲート戦に出た子供のことを心配している者もいる。
「長丁場になる可能性が高いですが……どうかよろしくお願いいたしますね」
 深く頭を下げる由美の目は赤い。
 誰かがやらなければならないのなら、それは目をそらし逃げてはいけないことだから。
「直接戦場に赴くわけではありませんが、これもまた必要な仕事。お力添えをどうぞお願いいたします」


 剣山ゲート『月華』。
 もう一つの戦いが始まった。



リプレイ本文




 助けられた人がいたことで
 次の人がまた助かって
 そうやって沢山の人を救ってきてくれた

 大天使さん
 あなたを想う由美さんの心が
 どうか届きますように   (戦場の守護者より)






(……きっと色々な思いが交錯してる)
 熟練の通信士に教授され、桜木 真里(ja5827)はインカムを装着した。隣にはファリス・メイヤー(ja8033)の姿。心持ち表情が硬いのは、全戦域の命運を左右しかねないからだろう。その肩を軽く叩いてやり、真里は画面に向き直る。
(戦場にいる仲間や友達のその思いを成し遂げられるように、一般の人が元通り暮らせるように…皆が望む結末になるといい)
 頷き、礼を言うファリスも画面を見つめる。その隣に寄り添うのは長門由美だ。

「お腹の赤ちゃんの為にも、どうか無理をしないで。……不安な時や悲しい時は泣いていいのだから」

 その言葉がどれだけ嬉しかったろう。おかげで、心を殺すことも心砕けることもなく立ち向かえる。どんな結果があろうとも。
「現場より入電。ゲート付近の鳥型サーバント、南下を始めました」
「天使リゼラと思われる個体が確認されました」
 周辺監視者より入る情報。作戦開始より早い。けれど戦とはそういうもの。開かれた通信回線から聞こえる声。
「剣山対策本部より連絡」
 復唱するように二人は告げる。

「「現時点をもって、剣山ゲート破壊作戦を決行します」」





 泣いても現実は変わらない
 けれど泣ける時は泣いたほうがいいの
 涙は浄化作用があるんだって
 だからいっぱい泣いて
 泣いて 泣いて
 空っぽになったその時は
 新しい暖かなものを沢山注ぐから

 ねぇ 前を向いて立ち上がろう

 手を取り合って
 あたし達の前には
 今もずっと道が続いているのだから   (夙志の召喚士より)





「あたし達が来たからにはもう安心! 久遠ヶ原撃退士、只今参上!」
 戦隊モノっぽいポーズをビシィッ! と決め、リーア・ヴァトレン(jb0783)はふんすと胸を反らした。剣山に程近い町の一角。院内の小児病棟に集められた子供は二十名近い。皆とも顔色が良いとは言い難かった。――先程までは。
「ゲキタイシってうそだー! おれよりちっちぇじゃねぇか!」
「なにをぅ! 見た目で判断するの良くないんだからね!」
 嘘だコールにリーアはシャキーンとポーズし直す。
「いっけー!ひりゅー!」
「きゅいーっ!」
 呼び出されて只今参上! ヒリュウがリーアと一緒にポーズをとる。
「泣き止まない子はヒリュウでだっこして上空散歩だ! 泣く子はいねがー?」
 きゃー! という声は悲鳴ではなく歓声。あっという間に子供達のおもちゃになるヒリュウに、よしよし、とリーアは満足そうに頷いた。ヒリュウはこの世の全てに裏切られたと言わんばかりの瞳だが。
「流石ですね。ここは任せても大丈夫かな…?」
 幼子を抱えたネイ・イスファル(jb6321)は、明るさを取り戻した周囲に微笑む。リーアは頷いた。
「うん。ネイさんも探しに行ってくれるの?」
 人数が多いからと、最初に看護師から子供達の症状や気を付ける内容を聞いていた三人は、部屋を見て即座に気付いた。
 人数が、足りない。
「居場所の見当も、少しだけついたしね」
 幼子を預かり、リーアはにっこり笑った。
「お願いなのです!」





 辛いことは沢山あるけれど
 ねぇ
 負けないでいきましょう
 私達はいつだって弱いけれど
 この足で立って歩きましょう   (希求の召喚士より)





 小児病棟内を一人の少女が歩いていた。緩くウェーブのかかった髪を揺らし、柊 悠(jb0830)は一部屋ずつ確認していく。
(どこにいるのかしら……)
 大部屋に居なかった三人の子供。
(小児病棟……か)
 悠は周囲を見渡しながら思う。長く入院している子も多いかもしれない、と。
(一人で泣いていたりしないといいんだけど……。あら?)
 ふと、歩く足が止まった。廊下の先、明かりがついている個室がある。
(入院中の子供達は全員、集めてるって言ってたから……)
 直前まで個別対応が必要な重篤者はいない。なら、そこにいるのは自分達の探し人だ。
(「悲しい」や「怖い」を和らげれればいいな……)
「とはいえ、私ではきっと役者不足だろうから……ヒリュウ、力貸してね」
「きゅっ」
 呼び出され、元気よく返事するヒリュウを胸に悠はドアの前へと歩む。ドアを叩くと中から返事がした。顔を覗かせたのは六歳ぐらいの少女だ。大きなぬいぐるみを抱えている。
「探したよー。ここのお部屋がお嬢さんのお部屋なのかな?」
「うん。……おねえちゃん、さがしにきてくれたの?」
「そう。迎えに来たの」
 ぬいぐるみを抱きしめた少女が「迎え」の一言に少しだけ顔を輝かせた。
「お部屋戻ろうか。移動するまで皆で一緒に遊ぼう。ヒリュウも遊びたい、って」
 抱き上げた少女の体は軽い。肩から覗き込むヒリュウに気付き、手を伸ばすのに微笑みながら、悠は少女を深く抱きしめた。





 大層な御託があるわけじゃねぇ。
 小難しい理由を並べる気だってねぇんだ。
 会話を交わして知り合ったら、相手を食料だなんて思えやしなかった。
 生き様が変わる瞬間なんて、わりとそんなもんだろ?
 いつだって、大仰なもんなんて必要ねぇんだ。
 なぁ、そうだろ?
 ただそこに困ってる奴がいる。

 助けに行くのに、それ以外の理由が必要か?   (銀翼の悪魔より)





「天使も冥魔も、人が住んでる土地をめちゃくちゃにしやがって……」
 廊下を歩きながら片瀬 アエマ(jb8200)は独り言ちた。その腕には将棋セットが抱えられている。
「ドンパチやってりゃ、天魔を憎む奴だって現れるっつぅのに……」
 憎しみは簡単に消えるものではない。奪われたものへの愛が深ければ深いほど、より強い憎しみとなって他へと向かうだろう。
 それは個体に留まらず、種族そのものに向けられる。
 仕方ないとは思う。けれどそれは「辛い」と思う気持ちが生まれないというわけではない。憎むほどの痛みを抱えさせられた人を思えば尚更に。
(高松の件で傷ついてる人もいるかもしれねぇからな……)
 自らの血を隠し、アエマは病室へと向かう。四人部屋の一角、搬送待ちの老夫婦がそこにいるのだ。
「お客さんかいな?」
 気付いた老婦人の声に、アエマはニカッと笑った。
「病院移るまでにちょっと暇かかるらしくてさ」
 人懐こい笑みを浮かべるアエマに老夫妻は微笑んだ。姿の若い彼は、二人には孫のような年頃に見えるのだ。そんな二人にアエマは抱えた将棋盤を見せる。
「なぁ、二人とも、一差ししねぇか?」





 一つ一つの行動に現れている
 泣かないでほしい
 悲しまないでほしい
 会ったこともないのに、その行動を知る度に伝わってくる『声(おもい)』
 慈母のような慈しみと愛情
 だから願う

 どうか貴方にも優しい心が届きますように   (胸臆の守護者より)




 小さな子供が怖い時に隠れるのは何処だろう?
 そう考え、探したのはトイレだった。
(個室の子は見つかったらしいですしね)
 残る「いない子供」は大部屋の子供だという。なら、見知らぬ個室よりは何度も行き来したことのある場所へ動くだろう。
 狭くて扉がついている場所。鍵についた小部屋。広い場所には一人で止まれない。誰もいないはずの部屋に、自分以外の何かがいる気がして怖いから。
(人の子供は不思議だな)
 ネイは悪魔だ。それ故にその心理は分からない。子供達に話を聞いて後、考え抜いて動いている。
 一人で泣いている子がいないように。寂しい思いをしている子がいないように。
「……」
 その足がふと止まる。小さくすすり泣く声が聞こえた。
 その場所の表示を見てネイは眉をハの字に下げる。

【女性用】

 ――困った。





 様々な色を帯びた沢山の思いが合わさっている。
 まるで一つのタペストリーを織りあげるように。
 人の数だけある一つ一つの願いを
 自分はただ余す事なく伝えるだけ

 ここで出来る全力を尽くして   (戦場の掩護者より)





「討伐目標、天使リゼラ。山頂より飛来。およそ二分で現地に到達します」
「プリが四部隊、南東方面に移動中。一分内に南側からぶつかると思われます」
「撃退庁へ連絡。南東方面にプリ、新手敵影あり。南へ進行中。数、約二十」
 真里とファリスが情報を戦場へ次々と届けていく。手元には互いのメモ。重なる情報と重要情報に印をつけあい、地図に書き込みながらひたすら情報を回し続ける。ここでない場所で戦う仲間達を進むべき先へと進める為に。いつしか椅子を立ち中腰になりながら。
「ゲート破壊部隊、ゲートへ突入。【破】部隊は防衛戦に入りました」
 そんな中、真里の情報に歓声が上がった。ルート踏破が成されたのだ。
(頑張って)
 最も厳しい激戦区へと走った一同に真里は祈る。
(頑張って!)
 届かない場所にいる一同にファリスもまた祈る。友への信任と共に。
「上空リゼラ周囲の鳥、西方面にて貫通。鳥膜薄くなりました」
 ファリスの声が響く。一秒も休むことなく、戦場を支え続ける為に。
「北の【破】部隊の戦場に小規模の雪崩が発生。下にいる部隊に影響はありません」





「誰かいるのかな?」
 これは入ったら駄目だろう。そう思い、声をかけるとすすり泣きが止まった。息を殺した気配にネイはさらに困る。
「迎えに来たのですが……すみません、女性のトイレに入るわけにもいきませんので」
 相手が子供でもそこはマナーと心得る。おかげでトイレ前に正座というなにやらシュールな光景だ。
「その……出てきていただけると、ありがたいのですが」
 なんとも言えない気持ちで待つことしばし、かすかな物音がして、物陰からおずおずと小さな頭が覗いた。
「ありがとうございます」
 安堵した微笑に少女の頬に赤みがさした。手を差し伸べるとおずおずしながらも歩み寄ってくれる。
「皆の所に行きましょう。……大丈夫。怖いことが起きないよう、沢山の人がこの地で頑張っていますから」


「そっちいったよー」
 ぱんっ、と乾いた音たて、宙を飛ぶのは悠が持って来た紙風船。子供達がそれを追いかけ、楽しげに遊んでいる。その傍ら、運動制限のある子供達の中に入り、悠とリーア絵は本を広げていた。
「昔昔ある所に」
 読み聞かせに、子供達は食い入るように絵本を見ている。
「ねぇおねえちゃん」
 子供が舌足らずな声をあげた。
「おやまのてんしさんて、こわいの? おじさんはね、やまからおりるときにたすけてもらったってゆってたよ」
「てんしって、げーと、ってのをつくる、わるいやつなんだぞ!」
「いいてんしもいるっていってたもん!」
「じゃああのげーとってやつなんだよ!」
「はいそこまで」
 ふくらました紙風船でぼすぼすと二人の頬を押して、悠とリーアは笑った。
「今、撃退士の皆が剣山に行ってるんだ。きっとゲートを壊してきてくれるよ」
「ほら!こわさないとだめなんじゃん!」
「うん。でもね……天使さん、本当はすごく優しい人なんだって」
 皆の目がリーアを見る。
「閉じ込められた人が一人もいないゲートなんて、なかなか無いんだ」
 怖いなんて、思われないといい。けれど伝える言葉が途切れる。ゲートを開いた。その事実は消せないから。
「……わるかったよ。なくなよー、げきたいしだろー」
 ぽす、と紙風船で頬を押しかえされて、リーアは慌てて目元を拭った。
「目から鼻水でただけだもん!」
「きたねぇよ!もー、しんじてやるよ」
 べしー、と新しい紙風船を投げ、少年は唇を尖らせる。
「げきたいしがなくぐらいいいてんしだってんなら、しんじてやるよ。あのげーとも、こわしてくれるんだろ」


「まったく、じいさんには適わねぇぜ」
 病室の中、アエマの声に老爺は笑う。
「良い勝負だったよ、ありがとう」
「おや、そうかねぇ?」
「ああ。それに、孫は絶対帰ってくる、生きて帰ってくるって、本当に帰ってくるよ。そのために、今、俺の仲間達が剣山で戦ってるんだから」
 な、と声をかけられ、老爺は老婦人と笑みを深くした。笑い皺が深まって、半ば埋もれてしまった瞳がひどくつぶらな印象を与える。
「あんたぁ、ええ子やなぁ」
「わかっとるよ。手ぇ抜いてくれたんは」
 顔を上げると、皺深い両手で手を握られた。
 その小さな手。不縛った皺だらけの感触。
「年を経てよかったと思うんはな、人のこまか〜な思いやりがわかるようになったことや」
「そうやなぁ……あんたらがこうやって、いーっぱい元気をくれとるんや。うちの子も、いっぱい頑張って、役目果たして帰ってくるんやろう」
「ありがとねぇ」
 小さな手が二人分。思いをこめてアエマの手を握る。元気づけようと、そう思う心は伝わる。ほんの少しの言葉や眼差しですらも。
「信じとるよ。いつやって、夜が来れば、次は朝や」
「……ああ」
 頷くアエマに老夫妻は微笑む。
「冬がいけば、次は春が来るんやもんなぁ」





 歓声が沸いた。

「ユグドラ戦域離脱しました」

 次々に入る報告。真里とファリスは笑顔になった。
 明るい報告は続く。

「天使リゼラ戦闘不能です」





「おねえちゃんおなかおっきい!あかちゃんいるの?」
 大部屋に帰りがてら、新婚夫妻のもとを訪れたネイの前で、連れている少女が嬉しげに女性のお腹に抱きついていた。
「初夏までには生まれるんだ〜」
「おとこのこ?おんなのこ?」
「どっちだと思うー?」
 頬染め嬉しげに語る女性を見守って、ネイは隣の男性へとお辞儀した。
「おめでとうございます」
「あ、いや。こんな時なんだけどね。婦人科寄ってて、こんな危険な所に取り残されちゃった、ってさっきまで塞いでたんだけどね」
 少し狼狽え、男は照れくさそうに笑った。
「せっかく建てた新居にも戻れるかどうか分からないけどさ」
「沢山の人が、剣山を人の世界に取り返すべく動いています。きっと、元の暮らしに戻れますよ」
「そっか。うん……ありがとな」
 ネイの言葉にくしゃりと笑って、男は妻と幼子を見つめた。
「先行きなんて分からないのにさ、なんか今、頑張ろうって気持ちになったよ。人の言葉ってすごいな」
「ええ。そうですね」
 その表情にネイは微笑んだ。
(山の上にいる天使さん達もきっと、彼等が悲しい思いをするのは望んでいないでしょう)
 ふとそんなことを思う。
 決して人間を「物」として扱ってない……そんな天使さん達だから。
(皆、無事に帰ってきてくださいね)


 老婦人と共にアエマが、子供達と共に悠とリーアが、若夫婦と共にネイが窓の外を見守る。
 胸を過ぎるのは切ないほどの思い。


 どうか無事で。






 気がつくと、対策室は静まりかえっていた。

 戦場制圧。

 ゲート破壊。

 立て続けに入った情報への熱狂はつい先程。戦場を支えきった彼らの功績は讃えられるに相応しいもの。
 けれど、今は啜り泣く声が響く。
 必死に声を出そうとするファリスと由美の背を撫で、真里は告げた。




「大天使ルスの死亡を確認しました」





依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 真ごころを君に・桜木 真里(ja5827)
 天眼なりし戦場の守護者・ファリス・メイヤー(ja8033)
重体: −
面白かった!:8人

真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
天眼なりし戦場の守護者・
ファリス・メイヤー(ja8033)

大学部5年123組 女 アストラルヴァンガード
道指し示し夙志の召喚士・
リーア・ヴァトレン(jb0783)

小等部6年3組 女 バハムートテイマー
未来導きし希求の召喚士・
柊 悠(jb0830)

大学部2年266組 女 バハムートテイマー
闇を祓いし胸臆の守護者・
ネイ・イスファル(jb6321)

大学部5年49組 男 アカシックレコーダー:タイプA
憂心払いし銀翼の悪魔・
片瀬 アエマ(jb8200)

大学部4年165組 男 阿修羅