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マスター:九三壱八
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/12


みんなの思い出



オープニング



 願い事は唯一つ。

 『時よ 止まれ』





 青い光が世界を包んでいた。
 青は天上の色。
 遥か古にあっては遥か頭上にあり、
 人ならざる者となってからは、輝けるひと達の近くにあった色。
 その中にぽつんと混じり込んだ自分という存在が、いつだって不思議だったけれど。

『なにをしている?』

 何故だろうか。
 『何故』を考えていると、どこからともなくやって来たあのひと達にいつも首を傾げられた。
 なにを、と問われても何もしてはいなかった。
 答えを持たない自分はいつも答えを返せれない。
 問われる程、自分は変な姿でいたのだろうか?
 それすらも分からない。
 おかしな奴、と言われるのには慣れた。
 仕方がない子、と言われるのにも。
 傍に在って心は常に揺れ、何故に揺れるのかもやはり分からず。
 分からないことでさらに揺れは大きくなり、やがて人伝に『面倒』という言葉を覚えた。
 それが逃げであることになど、気づくことなく――八百年余り。
 いくつもの世界で多発する冥魔との戦いに明け暮れながら、
 ずっと、
 ずっと、
 必ず来る未来のことを考えないようにしていたのだ。

 ――ただ箱庭のような安寧の中で微睡んで。





「あー……くそ、あのおっさん、ヒトがせっかく我慢してるってのに飛んでくるか?」
 四国の一角。
 ぐてっと重体の体を打ち上げられたマグロのように横たわらせ、ユグドラは悪態をついた。
 その顔は楽しげに笑っている。
 戦って戦って戦って戦って。
 血が飛び肉が抉れ死が間近に迫る瞬間こそが最も満たされる。仕方がない。理屈も何もなく、ただ自分という生き物はそういう生き物だ。
「あ゛ー……腕の一本ぐらい食い千切りたかったなァ…」
 互いに戦場でのみ生きる生き物。
 目があった瞬間戦いが始まったのは、ある意味当然の結果か。
「クク…」
 笑いが零れる。
 別世界では直接戦闘が叶わなかった相手と、ああしてガチでやりあえたのもこの世界に来れたからか。
 ああ、ならばこの地はなんと素晴らしい豊穣の地か。
 撃退士は飛躍的に力をつけ、
 天界勢は徐々に力ある者達を投入し、
 赤と黒の世界が構築され始めている。それは死に最も近い色。
 けれど、

「まだ足りねェな……全然足りねェ……」

 もっともっともっともっと死が近くなるほどの戦いを。全てを忘れるほどの戦いを。もっともっと。
「ならば、ならば、そんな所で寝ている場合でもなかろうて」
 くつくつと。嗤う声は蠱毒の色。
 ふいに陰った世界の中、黒き悪魔の影にユグドラは顔を顰めた。
「てめェか」
「おお、おお。まともに動けぬ身で良き殺気よな」
 気配だけでも異質と分かる悪魔がいるとすれば、この悪魔もその一柱。例えるならば、内側から腐るような悍ましさ。暴虐と悪虐すら常たる冥魔の中にあって、ただ悪たる者。
「珍しいものと戦いのならば、戦いたいのならば、山に行くのもよかろうて」
「ァあ?」
「生まれようぞ、新たなゲートが。現状、レディのゲートに最も近い天界ゲートとなろうて」
 北の高松から、一直線に南。四国第二の高峰にして、格式高き霊山。
 剣山。
「さて、さて。不和の天華は、どのような結果を、慟哭を、絶望を、もたらそうや」
「……てめェで動いたらどうだ?」
「まさか、まさか。腐り爛れる瞬間を喰らうのが楽しいもの。腐る手前で摘むは愚の骨頂。されど、ああ、ああ、放置しきるには近かろう」
「だからな、」
「出やるぞ。不敗の使徒が」
 嫌そうに顔を顰めるユグドラの前に、無造作に、
「大天使の力を与えられた使徒が」
 餌を放る。


「訪れれば即ち、遍く戦場を壊滅させし者――『終焉の』使徒が」





「冥魔に動き?」
 その一報に長門由美は目を剥いた。
 夜。学園の一角。
 太珀達からの連絡を待つ部隊の中で、通信機を手に由美は慌てて別の通信機を起動させる。
『何があった?』
 答えたのは雅。声に緊張がある。
 理解した。あちらにも、非常事態。
「冥魔が剣山に現れました。移動力特化の飛行型。おそらく偵察ディアボロ。ここまで索敵にひっかからなかったことを考えるに、隠密型、ないし、知能高め。数十五」
『到着予想場所は』
「北からぐるりと回る形で東。データ転送します」
『いや、第二部隊に直通で連絡を。こちらも戦闘に入る』
「了解しました。ご武運を」
 短く告げ、由美は護衛に入った学園生達に一斉転送する。

「剣山東側にディアボロ来襲。直ちに迎撃、殲滅してください」





「……主様?」
 ふとレヴィは呟いた。
 剣山の一角。光の射さぬその場所は、けれど青い光で満たされている。
 自分以外に人の姿は無い。
「エッカルト様…?」
 呼び声に応えは無かった。
 二人の気配が遠い。
(……)
 レヴィは目を伏せる。
 意識のほとんどが三ヶ月かけた術に集中している為、生まれる思考は泡沫のそれに似て淡い。
 そもレヴィの思考は状況判断にのみ発達し、自身の思い等に関してはほとんど育っていなかった。周囲の天使をして「人形」と称されるのもそこだ。特にルスとエッカルトがいない時間には、時が止まっているのかと思うほどに命令無き場合身動き一つしない。
 ただ泡沫のように記憶の欠片が弾けて消える。

 ――すまない。

 主はいつも悲しそうにそう言う。
 何故謝られるのかは分からない。
 命を救ってもらった。
 守り育ててもらった。
 何を謝ることがあるのだろうか。謝るべきはこちらだろうに。

 ――すまない。

 謝罪が少し悲しかった。
 ――悲しいということを知った。
 差し伸べられた手と微笑みが嬉しかった。
 ――嬉しいということを知った。
 喜びも悲しみも、安らぎも不安も、心らしきものを形作るものを彼女の傍で覚えた。
 ただそこにある眼差しが嬉しかった。
 隣に来てくれる……そのことが、ただ嬉しかった。
 そこにある幸せ。
 声が聞ける、ということ。
 言葉を交わせれる、ということ。
 眼差しが合う、ということ。
 暖かい、ということ。
 熱、存在、命、心。
 欠けることなく、全てがそこにあるということ。

 生きている、ということ。

 自分は幸せだった。ずっと幸せだった。
 それなのに、主はずっと謝り続けている。


 ――すまない。





 夜の月を雲が覆う。
 風に舞うは白い雪。
 来襲したるは招かれざる黒き翼。
 麓には隠すべき未来の欠片。



 闇穹の戦いが、今、始まった。



リプレイ本文



 すぐに出撃を。


 そう告げられ、駆け出したフレイヤ(ja0715)は、もこっとした防寒仕様の姿で一度だけ後ろを振り返った。
(えっちゃん、助けを求めてくれたんだ …だったら私も約束守んないとね!)
 皆で差し伸べた手。その手を掴んでくれたというのなら、応えるのが魔女の心意気!
 同じく一度背後に視線を向け、強羅 龍仁(ja8161)は魔具を具現化させた。
(エッカルト決断したのか…その決断が無駄にならない様にしなければだな)
 誰かの思いを変えるのは、とても難しい。それは決して一人では出来なかったこと。
 積み重ねられたもの。繋ぎ合わされたもの。
 それらが合わさって、今という奇跡を引き起こしたのだ。
 ならば、
(俺に何が出来るかわからないが…)
 天の柵。心の柵。
 そういったものを解き放つのは難しいけれど。
(今出来る最善をやるだけだ)
 前へと踏み出さなければ、何一つ変わることなく終わってしまうから。
 されど進む先の闇は深い。
 万が一を考え、全員が揃えた暗視の目。闇と雪に紛れる敵を見逃さぬ為の。緑光に染まったその視界の中、流れる雪は凍った空の涙か。
「偵察型ディアボロか…」
 報告者、長門由美からの情報に蓮城 真緋呂(jb6120)は形の良い眉を顰める。
 予想外の方向から現れた敵。逆に言えば、よく今まで無反応だったとも言える。もしとある悪魔のゲートが撃退士に阻止されずに開かれていたなら、もっと早く何かしらの衝突はあったかもしれないが。
 天魔入り乱れる『四国』。来襲した強大な力を有する騎士団の動きもまた、冥魔にとって快いものでは無かっただろう。
 何が起きても不思議では無いのだ。この、四国という場所は。
「何やら此方には見つかっちゃ拙い存在がいるようだし、ここはバッサリ倒されてもらいましょ」
 長く艶やかな三つ編みをピンッと指で後方に弾き、真緋呂は聖銀の弓を具現化させる。
(そうでなくとも冥魔は倒すけど)
 その言葉は、口に出さず心の中だけで。
 撃退士にも冥魔はいる。彼らに対しては含みをもたせたくない。『あいつら』とは違うのだから。
 慮る真緋呂の脳裏に閃光のように浮かび消える光景。かつての記憶。懐かしいものも、優しいものも、大切なものも奪い去った忌まわしい者。
 もう奪わせない。誰のものであっても。
 そこにある大切なものを砕く権利なんて、神様にだってないのだから。
 走る真緋呂の隣を鑑夜 翠月(jb0681)が駆ける。思案深げな瞳を前方の闇へ向け、その胸の内で来訪者を思う。
(天使…)
 敵対勢力にあって、決して心情的にこちら側に近く無かったろう相手。そんな存在が学園を信じて歩み寄ってくれた。それがどれほど例外的で、奇跡的なものであるのかを自分達は知っている。
(これから先、あの方々がどの様な選択を取るか分かりませんけど)
 全ては今、始まろうとしはじめたばかり。そう、始まってすらいないのだ。だから、
(まずはここで護る事が大切ですよね)
 思いには思いを。
 信任には信任を。
 行動には行動を。
 示すことで次へと繋がる。今までずっと、先達の人達がそうであったように。
(これ以上先に進ませる訳にもいきませんし、頑張りますね)
 暗視鏡の奥、翠月の緑の瞳が僅かに煌く。それはどこか狙いを定めた黒猫のよう。
(誰の手の者か…。調べたいところだが、人語は解さないだろうな)
 神凪 宗(ja0435)は心の中で呟く。その手に具現化する武器は雪のように白い柄と鍔を持つ直刀。
 目撃情報では飛行型。しかもディアボロとあっては、よほど上級でなければ人語を理解しない。
(何故か、な)
 それはある種の予感か。まだ見ぬ未来に、誰かと会いまみえるような気がするのは。
(だが今は、この戦場を戦い抜く)


「闇に紛れるは偵察の定石…」
 跳ぶような足取りで雪上を駆け、インレ(jb3056)は思慮深げに呟いた。
「しかしこのタイミングで斥候を放つ、か」
 偶然か、必然か。
 まるで天界側の動きを察していたかのような動き。今まで鳴りを潜めていた冥魔が動く理由は、何か。
「厄介なことになりそうだ」
「ええ」
 その声に頷き、フレイヤは小さく唇を噛んだ。
「本当、嫌なタイミングで冥魔側も動いてきたわね」
 タイミングを計ったのは『誰』か。――全てを見通しているかのような『敵』は。
(タイミング良すぎて何かしらの意図を感じなくもないけど…今はそれどころじゃないか)
 軽く首を振って意識を切り替え、フレイヤは腕まくりも勇ましく告げた。
「よっし!盗み見は良くないって冥魔の子に黄昏の魔女様が教えてあげるわ!」
 距離を置き、六人は駆ける。その視界、霞むようにして違和が発生する。
 インレが闇の翼で空へ。宗の雪村がその刃を発現させる。
「来い。一匹たりとも、後ろには行かせないと知るがいい」


 闇の戦いが始まった。





 覚えている。
 戸惑いながらも、人の世界に触れていた姿。
 すでに人では無くとも、奢ることも忌むこともなく、あるがままにあった青年。
 彼は覚えているだろうか? あの遊園地の一時を。
 僅かな間だったけれど、あの瞬間だけは、人と同じであった一時を。





 スキルにより、宗へと向かう敵影の色は黒。まさに闇に紛れるようなその体に向け、第一撃を放ったのは翠月。
「纏めていきます」
 広範囲に炎が咲き乱れた。高威力の炎華に身を焼かれ、黒鷹が人外の絶叫をあげる。
「三…違う、五!」
「気をつけろ! 闇の中にまだいる!」
 近距離で照らされることにより陰影がハッキリした個体数を数え、次の手を放つフレイヤの後ろ、龍仁が鋭く警告する。
「りょーかいっ!」
 巨大な火球が炸裂した。炎の第二弾にかろうじて生き残っていたうちの三羽が纏めて落ちる。
 ヒュンッと風を切る音がした。回避しながら宗は鋭く周囲を見やる。
「五羽一組、か?」
 バラバラでなく、群れと考えて見るべきか。その目に、飛来した矢に射抜かれ悲鳴をあげる黒鷹の姿が映る。
「ほら、素通り出来ない私達がいるわよ?」
 ニッ、と笑って弓を構えているのは真緋呂。射抜かれた鳥に火傷痕は無い。
 風切り音がした。闇の中から飛来する鷹の狙いは――真緋呂!
「どうやら、グループ単位…敵対行動をとった者を優先する…か?」
 真緋呂を狙う一羽に上空から射撃し、インレは油断なく周囲を視界に収める。
「そのようだな」
 頷き、龍仁は編み上げた魔法を解き放った。闇夜に煌く数多の星は、具現化されたアウルの塊。
「少し、荒くいくぞ…!」
 降り注ぐ綺羅星が焼け焦げた一羽と無傷の二羽を地面に叩き落とした。積み重なったダメージが致死だったのだろう、焼けていた一羽はピクリとも動かない。
「ん。重圧が入ったようだな」
 先よりも動きが阻害された二羽がよろよろと飛び立とうと動く。龍仁の声に翠月は頷いた。
「抵抗力は特別高くないようですね」
 見れば、星の輝きを纏い全身緑光の塊(暗視視界的に)な龍仁から、何羽かの鳥が目を逸している。
「偵察ということで、位としては高くない、か」
 だが、偵察に差し向けられるだけの機動力と回避力はある。
(十五匹、ということはあともう一グループいるはずだが…)
 五羽ずつであれば、もう一グループ。龍仁は鋭く周囲を探る。その視界を掠め跳ぶ鷹。左右、分かたれるような。
「動きが変わった。突破するつもりだ」
 上空からその様を見ていたインレが告げた。
「即座に対応を変えるか。…猿並みの知能はあるとみてよさそうだ」
 駆け出しながら宗は呟く。
「させないわ!」
「行かせはせん!」
 フレイヤと龍仁が立ち塞がるようにして対峙した。同時にファイヤーブレイクとコメットが炸裂する。それに重なるようにして最も端にいる一羽が炎の槍に貫かれ、燃え上がった。
「逃げても無駄よ。炎が居場所を教えてくれ……えっ?」
 放たれたのは真緋呂の【炎焼】。だが、黒鷹が生きた松明のように周囲を照らしたのは一瞬。一般物質であれば十分間は燃やせれる技だが、天魔相手ではそうはいかない。
「ぅく…流石に天魔相手は勝手が違うわね」
 だが覚えた。二度は無い。睨むその瞳が少し揺れた。否。
「これは…! しまった…っ雪崩が来る!」
「右斜め後方へ!」
 龍仁の声と同時、上空で迫り来るものの位置を見たインレが叫んだ。規模としては小さい。だが、明らかに何人かは範囲内。走る足がもつれ、フレイヤが転倒した。
「フレイヤさん!」
 まだ範囲内のフレイヤに向け真緋呂は手を伸ばす。迫る轟音。間に合う距離では無い。
「一か八か、雪崩を吹き飛ばす…!」
 インレと宗がアウルを集中させる。
 だが、
「だめ…!」
 それよりも早く、白い闇が全てを押し流した。





 果たせなかった「平和な世界」は
 どんな世界だったのだろうか
 眠りし場所に問いを放っても
 もう答えは返らない





「フレイヤ……!」
「はいよーっ!」
 目の前にできた白い川の叫んだ龍仁の後ろ、ぱたぱた体をはたきながら元気よく返事をするのはフレイヤ。
「瞬間移動様様ってね!」
 一秒でも遅ければ呑まれていた。視界が開けているうちに発動できたのは、雪崩発生に対し常に警戒心を持っていた龍仁の警告のおかげだ。
「さっすがパパさんは違うわ!ありがと!」
「まったく…肝が冷えたぞ」
 思わずなで肩になった龍仁の向こう、ボコリ、と雪崩跡のあちこちが陥没する。
「出てくるぞ!」
 相手はディアボロ。雪崩が障害やダメージにならないだろうことは予測済みだ。だが小規模だったこともあって、別の効果を発揮した。即ち、
「怪我の功名…と言うのも少し違うが、見つけやすくなったな」
 ――位置の把握。
 上空へと舞ったインレが呟きと同時に真っ先に飛び出してきた黒鷹を射抜く。雪から飛び出す八羽。それに対して編まれた魔法。生み出されるのは闇色に染まった逆十字架。
「捕捉完了しました。…逃がしません」
 静かに告げる翠月の前、闇の逆十字が鷹の体を貫く。動きに精彩を欠いた鳥達へ宗が走る。同時、鷹が口を開いた!

 ヴィィイイイッ

「…ッ!」
 体に走った衝撃に翠月は痛みを堪えた。フレイヤと真緋呂も顔を顰めている。
「今のビリッときた…!」
「麻痺も、あります」
 困惑したのが宗だ。雷死蹴で三匹纏めて引き裂き、バックステップで翠月を守るように後ろへと戻る。インレは不可解そうに呟いた。
「僕はほとんど痛みを感じなかったが」
「自分もだ」
 至近距離だった宗の声にフレイヤは気づいて唇を噛む。
「たぶん、魔法と親和性の高い者を蝕ぶのだわ。攻撃力じゃなく、防御力とかね」
 普通ならば防御の高い者が壁になるだろう。だが、あの攻撃は防御が高い者ほど危ない。
「ならば、早期に沈める」
 雪村を構え、宗は距離を詰める黒鷹を睨み据えた。その後ろ、翠月は足を踏みしめる。支えるのはフレイヤと真緋呂。龍仁の治癒に深い傷を癒しながら。
「負けませんよ、この程度のことでは」
「まったくだわ」
「傷が怖くて、誰かを守れますか、ってね!」
 編まれゆく力。
 同時、攻撃を重ねる為にアウルを高め龍仁は告げた。
「これ以上は行かせない、あいつらの未来の為に」
 編まれる魔法。重ねられる力。発現する炎。
 雪崩の可能性。――わかっている。
 躊躇はしない。――迷いは隙を生む。
 今はただ、この戦場を須く制圧するべし、と。
「! あいつ、狙って」
 真緋呂は一羽を指差す。一瞬でも目印たれと【炎焼】が闇に輝く。
 全ての個体を捕捉出来ていたわけではない。だが、目に見える範囲の中、最も滞空していた個体――!
「! 早い!」
 突破に重点をおき直したか、一気に跳ぶその鷹に翠月が叫んだ。その先に黒い影が舞い降りる。
「行かせんよ」
 赤い布がまるで血のようにな。降りし先でインレは無造作に動く。
 自分達の背、テントに在る天使達。
(詳しい事情はわからない)
 直接会ったことはない。知っている情報も又聞きが多い。
(だが、良き子達が助けたいと願っているのであれば、僕はそれを助けよう)
 それは繋がりがもたらす一つの結果。
 人と人、
 人と天、
 天と魔、
 魔と人。
 合わさることのなかった場面、
 会うことのなかった人々、
 それでも世界は繋がっているのだと分かる出来事。
「それに、取引を願い出た彼らの覚悟には敬意を払うべきだ」
 小さく呟くインレの手が閃く。音もなく猛威を振るう紅の鋼糸。
「故に、覗き見は無粋だと知れ黒き鷹よ」
 過たず真緋呂が示した一羽を切り裂く。
 群れの動きが揺らいだ。
「今!」
 その隙を見逃すフレイヤ達では無い。
 放たれる一直線の炎。無数の影の刃。無数の彗星。音なき雷。同時に放たれたそれがあたかも生き物のように鷹ごと空間を嬲り、荒れ狂った。





「範囲で止めをさしたのも含めて十五羽目…これで全部だな」
「報告の通りであればな」
 警戒を怠ることなく、周囲を見渡す宗とインレの瞳は鋭い。
 暗視鏡を僅かにズラし、いつの間にか差し込んでいた月光にフレイヤは空を見上げた。
(レヴィさん、今どこいんのよ)
 真円の月。どこか誰かとイメージの重なる冴え冴えとした光。
(えっちゃんも、皆も、…私だって心配してんのよ。早く出て来ないと顔だって忘れちゃうんだから)
 最後に会ったのは何時だったろうか。時に人に近く在りながら、今はこれほどに遠い。
 けれど、
(…えっちゃんからレヴィさんとルスさんの関係も聞いちゃった。あんなの聞いちゃったら尚更ほっとけない。救ってみせるわ、貴方の心を)
 たぶんそれは、ルスの願いとも通じるもの。箒を握る手に力がこもる。
「発揮した技能はあの奇怪な音波だけ、か…」
「群れであること、指令が存在することも把握したが、わざと能力を使わなかったのか、持っていないのか…」
 宗とインレの声を聞きつつ、全員を治癒し終えた龍仁が僅かに息を零した。
「雪崩の心配は無さそうだな」
「はい。それに、向こう側も落ち着いたようです」
「よかった」
 耳を澄ましていた翠月が頷き、同じく耳を澄ませて戦闘の気配を探っていた真緋呂が軽く肩を下げる。
 その瞬間、
 ゾワリ、と背筋に悪寒が走った。

『総員待避!急げ!』

 即座に通信機から響いた声は悲鳴に近い。
 何故、などと問うまでも無かった。
 駆けだしたのは撃退士としての本能。
 目指すのは人の世界の境界線だろう場所。そして、今尚守るべきテント。


 空の光が増す。
 ある者は逃げた雪の斜面の先で、
 ある者は駐屯地の中で、
 開かれるそれを愕然と見上げた。
 見上げる先に満ちる月。それに重なるようにして広がるもの。
「あれは…ゲートか」
 龍仁は呻いた。翠月と真緋呂が息を呑む。
 無言で空を見上げる宗とインレの遥か頭上、
 奇跡のように重なった真白き月を中心に、開くそれが光の加減かまるで花開くかのような。
 いっそ神秘的なほど幻想的で、
 あまりにも巨大な――
 拳を握り、フレイヤは痛みを堪えるように呟く。
「レヴィさん…」





 ゲート――月華が発動した。









依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・強羅 龍仁(ja8161)
 あなたへの絆・蓮城 真緋呂(jb6120)
重体: −
面白かった!:7人

凍気を砕きし嚮後の先駆者・
神凪 宗(ja0435)

大学部8年49組 男 鬼道忍軍
今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
断魂に潰えぬ心・
インレ(jb3056)

大学部1年6組 男 阿修羅
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA