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マスター:九三壱八
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/12


みんなの思い出



オープニング


 願い事は唯一つ。

 『生きていてよかった』と、そう思える瞬間を。






 世界とは、ただそこに在って、在るのみ。
 世界そのものに意志は無く、命ある者が『神』と呼び表したる八百万の現象にとて、個としての意志があるわけでもない。

 世界はただ、世界としてそこにあり続けるのみ。

 故に大きな何かが生まれ動く時、そこに世界そのものの意志や思い等は関係しない。
 ただ、そこに生きし命ある者が、己の思いをもって動き続けた結果が現れるのみ。


 例えば、今という時が生まれたように。





「取引、だと」
 唖然とした顔で太珀は言葉を繰り返した。
 久遠ヶ原が一角。四国対策本部。
 携帯を手に鎹雅は頷く。
 連続する戦いは否応なく人々の心身を疲弊させ、心のゆとりを奪っていく。その忍び寄る暗い影を軽く振り払い、一瞬で頭を切り換える意志の強さこそ太珀の強さか。
「まさか、向こう側から、とはな」
「あちらにも事情があるのは間違いないようです」
「どんな事情か。問題はそこだな……。とはいえ、実績がある」
 太珀は慎重に呟く。
 今という時に到るまでに救われた命。
 助けられた心。
 無視するには些か大きなものたち。
「エッカルト…武闘派天使か。大天使ルスの直轄。使徒レヴィ同様、冥魔との戦いに従事していた天使。……交戦記録はあるが、直接的な人的被害で死者はいない…か」
「使徒レヴィに関しましては、犯罪者とはいえ人間を殺害していますが」
「アウル所持犯罪者を、だな。重罪人ばかりだが、殺人罪には違いない」
「情状酌量の余地は?」
「裁判次第だ。九人という数は無視できない。だが……」
 言いながら、ふと苦笑が零れた。
 使徒という存在は、人類側にとってそれほど大きなものではない。天使悪魔と違い、情報源としてもさしたる「強み」を持たないからだ。その強さとは戦闘的な力量ではなく、個体が持つ「有益な情報を持つ者としての価値」だが。
「議論の余地があるのは、ある意味異常だな。……生徒達の実績か」
 関わってきた人々が挙げた報告書。書かれる言葉から透けて伝わるもの。積み重なった実績と合わさって、それは確かに『強さ』となっている。
 無視できないほどの。
「とはいえ、あちらの望みが何か分からない以上、今は『相手をテーブルにつく相手と認めれるか否か』の判断しかできないな」
 ただ取引がしたい、と。そう告げられただけではその内容の想像はただの夢想と大差ない。とある可能性を無意識に口にしてしまうのは、何かの予兆を感じてのことだろうが。
「……いいだろう。どんな取引を望むにせよ、同じテーブルにつく相手としては充分だ」
 罠ということもないだろう。今までの在り方を見る限りは。
「問題は、相手があの山から遠くへは離れられないらしいこと…ですね」
「ゲートを開いている最中だからか。……それを前に手をこまねいて見ている現状もどうかと思うがな」
 集結されている剣山の戦力。上位サーバントと天使二体に、大天使。そして使徒。なのに危機度が他の戦闘地区より遙かに低い。ある意味異常な特異点。
「ゲートは作らせてはならない。人に害を与えないゲートなど存在しないからな。じき、また大きな戦いがくるだろう。なら、その前にあちらの真意を探る。僕が出よう」
「あそこには明らかにこちらに敵意を持つ天使もいますが」
「生徒達に依頼を出そう。護衛として……そうだな、最大でも六人の組を二つ。それ以上は目立ちすぎる」
 あちら側の天使にとって、人類側との密会は知られたくないことだろう。取引を望む相手の立場を慮れなければ、最初から取引は成立しない。
「時間が惜しい。すぐに発つ。向こうに着くのは夜になるが……あちらの都合は?」
「いつでもいい、と」
 雅は告げる。
 まさかの天使からの直接通話。生徒が残した衛星電話を使っての。
「今日は満月か…。フン、この雪では見ることもないだろうが…」
 言って、太珀は薄く笑んだ。
「では、夜に」





 腹が立つ腹が立つ腹が立つ腹が立つ。
 白い雪に苛立ちをぶつけながら、リゼラの表情は冷えきっていた。
 力だけなら天使の中でも上の方。
 負けを経験したこともほとんど無い。

 なのに、この世界では上手くいかない。

「殺してしまえれば…」
 嫌いなもの、苛立つもの、全て消し去ってしまいたい。
 自分の目に映るものは自分の好むものばかりでありたい。
 世界も、ひとも、全て全て。
「あいつらさえいなければ…」
 狭い視界は他の全てを拒み、
 心はただ出口のない迷路の奥へと向かい続ける。
 それが他を理解しないということ。
 他を認めないということ。

 ――自分のことしか考えない、ということ。

「全部…壊してしまえばいいのよ」

 その先に破滅しか待ってはいないのに。





 天使の来訪は太珀以外誰も気づかなかった。
「隠密系の技か」
「…そうだ」
 声にテントにいた全員が慌てて振り返った。
 太珀の前、一瞬で現れたように見えるのは白い布を被った金髪の天使。年齢は十六ほどか。意志の強そうな顔には緊張と憔悴が半分ずつ。
「太珀だ」
「エッカルトだ。……だが、話をするのは僕じゃない」
 声に太珀は目を細める。エッカルトの緊張が自身のためのものでないことを彼だけは察していた。
「…鎹。悪いが、皆と外へ」
「先生…ですが」
「僕も行く。術はあと五分ほどもつ。それ以上は滞在できない」
「わかった」
 太珀は頷いた。そこまでして隠しているのだ。決して見られないように。
(これは……本当に、もしかしてが、もしかするか)
 予想をつける太珀は、一度だけこちらを見て、エッカルトや生徒達と共に退室する一同を見送った。
 テントの中には、一人きり。
 否。

 ……噂に聞く、学園の頭脳殿か。

 妙なる美声が柔らかく微笑った。
 エッカルトの後ろに徹底的に隠されていたもうひとりの存在。

 ご足労、痛み入る。……名を告げたほうがよいか?

 太珀は首を横に振った。
 ふいにテント内の明度が変わる。
 柔らかな光輝。唯人であれば声だけで気を失いかねない美。
 古の伝説に曰く、ただそこに在るだけで数万の人間を天に帰順せしめた黄金の天使。


 大天使ルス・ヴェレッツァが、そこに居た。





「剣山に動き! サーバントがこちらに向かっています!」
 外に出てすぐ、慌ただしく聞こえてきた声に一同はシーツを被っている天使を振り返った。
「馬鹿な! 動かす意味がない!」
 エッカルトの声には焦燥が滲んでいた。
 そう、動かす意味がない。『彼らには』。
「君達でなくても、あの山にはこちらに害意をもつ天使がいるからな」
「どういうつもりなんだあいつは……」
 思わず出ようとするエッカルトを生徒と雅が押しとどめる。
「君が出てどうする。見つかったらいけないんだろう」
「………」
「忘れないでくれ。例え今、力の差があろうとも、ここは我々人間の領域」
 その輝きは人類が獲得した抵抗の力。
 侵略者に対する反撃の刃。
 応え、一同は進み出る。

「我々の領域で、これ以上好きにはさせない」







 夜の月を雲が覆う。
 風に舞うは白い雪。
 滑るように雪上を進みしは白き大獣。
 麓には隠すべき未来の欠片。



 闇穹の戦いが、今、始まった。



リプレイ本文




 雪が降る。
 空の月は未だ見えず、ただ闇が広がるばかり。
(後ろで行われている話し合いも気になるが…まずはそれを護る事が先か )
 最前に進みしリョウ(ja0563)が打ち払うようにして手を払った。瞬時に生み出されるのは白銀の槍。闇を切り裂き道を切り開くような。
 隣を走る六道 鈴音(ja4192)は強く拳を握る。
(わざわざエッカルトが訪問してくれたんだし、せっかくの機会を潰すわけにいかないわね)
 まさかの天使来訪。
 どれほどのものを犠牲に決断したのか、今の自分達では分からないけれど。
(サーバントは私がきっちり始末してやるわ)

 ――それでも、察せれるものはあるから。

(守ってみせる。その背景ごと全部ね!)
 決意に満ちた少女の後ろ、星杜 焔(ja5378)は天上の闇を仰ぎ見る。
「満月が隠れているね」
 月齢十五。だが今は闇夜。暗視手段を講じてきた自分はともかく、通常では一寸先も見えない。
「闇が隠しているうちに済ませたい…ね」
 この闇は味方か、否か。天を駆ける各務 翠嵐(jb8762)は小さなペンライト片手に闇に舞う雪に目を細める。
(この地にいるという、人に悪意もつ天使の下僕は小さい小鳥型…どのくらいの大きさだろうか)
 伝え聞く大きさは雀大。だが、闇の中、雪に隠れるそれが伝え聞く通りの大きさとして目に捉えれるかどうかは分からない。
(見つける目安は、まずは羽音。それから、風に舞う雪の動き…風とは違う方向に動いていたら、きっとそれだ)
 一匹たりとも逃がすことは出来ない。
 遥か後ろには、守るべきものがあるのだから。
 その後ろ、駆ける宇田川 千鶴(ja1613)は唇を小さく噛む。
(ここでルスさんが動いてくるか…)
 秘匿された存在。外に出たエッカルト。
 ならば、テントに残ったのは、おそらくルス。
 その姿は千鶴達には見えなかったけれど。
(何考え…なんて考える迄もないか)
 伝え聞くエッカルトの言動。死期の近い大天使。動いているのは、きっと――
「レヴィさんは、知ってるんかな…」
 声に、誘導していた石田 神楽(ja4485)はその頭を撫でた。
「レヴィさんは賢い。例えルスさんが全てを言わずとも、気付くでしょう」
「…ん」
 千鶴は小さく頷く。それに少しだけ眉を下げ、神楽は前方を見据えた。
(ですが、それでもなお彼は動き続けるでしょうね)
 誰もがそれぞれの思いを抱き、動いている。
(エッカルトさんの繋いだこの状況。今はただ、その想いに応え、私たちのすべき事をしましょう )
 『幻想』ではない本物の『現実』を作り出す為に。
(私は悉くを狙い撃つ)
 見やる先の闇、静まり返ったそこに響く獣の息遣いと足音。
「真正面から大型! 十秒後に来るぞ!」
 鎹雅の声が聞こえた。灯る光はかろうじて間に合った星の輝き。
 太い脚が見えた。巨大な猫型。殺意を宿す瞳。
 炎を宿せし霊符を手に、鈴音は鋭く告げる。
「来たわね、でかぶつ。私が火葬してやるわ」





 覚えているだろうか。あの日告げた言葉を。
 罪を許すつもりは無い。
 けれど、救った命すらも過ちであったとする事は、その命に対しての侮辱だと告げた。
 伝わっているだろうか?
 命を救った、それ自体は決して間違いではないのだと。





 虎とも獅子ともつかない巨躯を踊らせ、白い獣がその前脚を振るった。先に発動していた春嵐により、狙いは千鶴。
「的が絞れていると、狙い撃ちしやすいですね」
 神楽の口元に薄い笑みが浮かんだ。
 その爪が身代わりのジャケットを切り裂き、その後ろ十メートル程を吹き飛ばした。
「貫通攻撃か」
 位置についたリョウが鋭く告げる。
 刹那、白獣の頭側部が弾けた。撃ち放った神楽の肩部排出口から黒いアウルの残滓が流れる。
「…思った以上に頑強・」
 呟き、油断なく見据える瞳が僅かに見開かれた。
「麻痺…が」
「なに!?」
 攻撃を放ったような様子は見えなかった。怒気を帯びた咆哮があがる。その姿が赤と黒の光に斑に染められる。
「でかい図体ね。的が大きくて助かるわ」
 凶悪なる炎の渦を生み出すのは鈴音。束になるその力は禍つ者を焼き尽くす煉獄の炎。
「最初から全力で行くわよ! 私の最大奥義! 喰らえ、六道呪炎煉獄!!」
 同時、白獣の顔を真正面から黒槍が襲った。
 刹那の視界で見えたのは黒き衣を纏ったリョウ。全くの同時に放たれた攻撃がその体へと襲いかかる!
 次の瞬間、同時に二人の口から小さな苦痛の声が漏れた。
「なに、これ!?」
「反射反撃か…!」
 麻痺をくらった鈴音が呻く。神楽を襲った異変と同じだ。打ち払う一撃を躱したリョウが警戒の色を濃くする。
 上位の種に時折ある技。
「思ったよりも、上級らしい」
 俯瞰する位置にあった翠嵐が呟く。
「遠隔には麻痺、近くには別の何か、というところのようだ」
「なる程、一筋縄ではいきません」
 雅の補助で麻痺から立ち直り、神楽は再度銃を構えた。
「ですが――それでも、狙い撃つのみです」
 例えどのような反撃があろうとも。
 その一撃に退けぬ心を込めて。
「フン…どれほど上級であろうと所詮は獣、人の言葉も解さんだろうが――」
 身構え、リョウは鋭く告げる。
「ここから先は通行止めだ。一体たりとも通さん」
 その横を駆け走るの影。雅の報告を受け雪に紛れて近づく不審な影を追う千鶴。
(下には行かせん)
 常には落ち着いたその心を逸らせるのはある日から今に至るまでに培われたもの。その胸に抱いた心の欠片。
(あの日の声が…今も、聞こえるんや)
 それは決して、使徒や天使の声では無いけれど。
「右斜め角度二十五!距離一と三!」
「堕ちや!」
 声と共に放たれた一撃が雪と見紛うような鳥を二羽まとめて撃ち落とした。
「やっぱりいるね」
 即座に放たれた翠嵐の雷刃の花弁が、雪上で藻掻く一羽を葬る。
「あの天使か…」
「懲りませんね、本当に」
 白い小鳥型サーバントに千鶴が忌々しげに呟き、神楽が常の笑顔のままで告げる。成程、と翠嵐は頷いた。
「敵意ある天使の下僕…か。あの大型もだろうね」
 ならばなおさらに、確実に減らさなくてはならない。
 たった一羽が全てを瓦解させるのならば。
(天使というのも、色々と厄介なようだね。階級や感情、様々な柵に囚われて…)
 ふと思う。人の感情を奪うのに、自身の感情に振り回されるとは、とても皮肉なことだ、と。
(ただ、強く心を揺り動かされるほどの情熱を持つことは、少し羨ましくもあるかな)
 命を賭すほどの願いと共に動く者達。
 人界に降りなければこうして尽力するなど無かっただろう存在。
(…ああ、僕自身は魔界を離れて久しい…天使に対して何ら悪感情はない。微力ながら力を貸そう)
 その耳を白獣の咆哮が叩く。滑り走ろうと構える体を焔のワイヤーが襲う。
「魔法の方が効きがよさそうだね。…んっ!?」
 背筋に走った悪寒に、脚に絡めたワイヤーを焔は反射的に解いた。
「…さすがに体が大きすぎるか」
 こちらの攻撃に対し、対抗するように引き倒しを行おうとした動き。もし喰らっていれば身動きがとれなかったかもしれない。
(初めての敵…じっくり暴かせてもらうよ)
 これはきっと「始まり」。そう予感するから尚更に。
(全部、剥ぎ取ってみせる)
 仲間を傷つける可能性のある動きの全てを。





 もし言葉を交わせるならば
 ありがとう、をあなたに
 救われた沢山の命と共に

 ありがとう、を





「ここから先へは行かせないわよ」
 声と同時、白獣の体が黒き腕に捉えられた。
 唸り、暴れ、苛立つ白獣の咆哮が響き渡る。
「くっ…!」
「っ…!」
 近くにいたリョウと焔が僅かに呻いた。高威力の麻痺。だが、打ち破れない範囲では無い。自力で打ち破った焔が次の一撃に備えながら雅と盾役を交代する。
「身を縛られて、方針を変えたか」
「そのようだ」
 雅の補助によりリョウの麻痺が消えた。
「とはいえ、爪の攻撃は命中が落ちています」
 先に放っていたリョウの【蒙昧】の効果を指摘し、神楽は照準を合わせ、猛威を振るおうとする前足を打ち抜く。
「ッ」
 麻痺の反撃が来た。防御では防げない。
(つまり、回避しなければ食らう、ということですか)
 高い抵抗値を持つ鈴音ですらかかるのだから、通常の麻痺以上の効果。
「束縛と朦朧が入ったまま…ならば、畳み掛ける」
 自らに返る反撃を一切意に介さず、リョウは走った。白獣が向かいうつように威嚇する。
「移動させはしないわよ」
 異界の呼び手でその動きを封じていた鈴音がアウルを高めた。
「尻尾に注意を!」
「了解です!」
(鎹先生かわいいな…。でも、戦場の主役は私よ!)
 雅に元気よく返答し、鈴音はキッと白獣を睨みあげた。
「出し惜しみはしない…全ての技を使い尽くしてでも!」
 生まれる死の色の炎。赤と黒の共演。
「骨まで滅せ!六道呪炎煉獄!」
 激しい炎の乱舞に、宙を舞う千鶴の横顔が照らされる。
「ッ」
 短く、一閃。弧を描くようにして舞った体。擦れ違う刹那の一撃に切り裂かれ、地の落ちる鳥の色も白。着地と同時、千鶴はバックステップで背後へと飛ぶ。踊るような足取り。半円を描き体が向く方向に白獣。
(なんで人間を憎むんか、なんて、知らん)
 獣の向こう、雅と目が合う。
 頷き。
 方向、射線、配置、全てクリア。
(けど)
 宿る力。雷鳴なき雷の。
「喰らいや!」
 放たれた雷死蹴が一直線に小鳥ごと白獣の体を一蹴する。反射のように襲いかかる麻痺を拒絶するのは雅が施した聖なる刻印。唸り、背後を睨む白獣の視線を千鶴は冷ややかに見返す。
「この先に行けると思うな」
 必ず、阻む。
 その意思を乗せて。
「そこ…!」
 網羅された敵分布情報を元に翠嵐は飛び、千鶴の斜めから飛び出そうとした鳥に一撃を放った。確実に数を減らしつつ、戦場を大きく駆ける二人の負担は大きい。
(ドリンク試したかったけど…凍ってしまうとはね)
 色のついたドリンクを撒いて動く姿を浮き立たせようと思ったが、相手の素早さと行動範囲は翠嵐の想定を超えていた。おまけにあっという間にボトルの中で凍ってしまう。
(索敵用の鳥、のわりに五匹ずつ固まってるのは、何故だろうか)
 動きは索敵のそれなのに、個別にバラけてはいなかった。こちらとしては有難いが、効率的には悪いだろうに。
(敵との遭遇を予定してる感じ…かな)
 なら、鳥が――その背後の天使が予定していたのは「索敵」よりも「戦闘」か。
(溝は、深いようだな)
 翠嵐の手から放たれた一撃が千鶴の一撃と合わさり、目に見える範囲最後の鳥を撃ち落とす。十羽目。

「きゃあ!」

 その時、悲鳴が聞こえた。
 大気を鋭く叩くような音とともに雅、焔、リョウの三人がまとめて弾き飛ばされる。
「尻尾!」
 唸る長い尾は爪や牙ほどの威力はない。だが、身動きを封じる力が厄介だ。
「く…っ」
 雪に埋もれ藻掻く三人を守り、鈴音が白獣へと力を振るった。
「切り刻んでやるわ!六道天啼撃!!」
 巻き起こるは風刃の渦。轟音をたて吹き荒れる無数の刃に白獣が咆哮をあげる。駆け寄った千鶴と翠嵐がそれぞれの一撃を放った。
 その隙に身を起こし、焔は技を解き放つ。
「皆が繋げた想いをここで断ち切らせたりはしない」
 焔の視界で他には見えざる虹炎の蝶が舞う。じわりと癒える傷はまだ深い。
 けれど、
「決してここから先へは通さない」
 二年。決して短くはない時間。
 沢山の人がそれぞれの思いをもって動き続けた結果が自分達の背にある。
 だから立ち続ける。自分もまた、それを次へと繋ぐ為に。
「君たちの眠る場所はここだ」
 雅の治癒が範囲内の全員を癒す。受け、リョウは走った。手に刃。
「この世界でいつまでも好きにできると思うな。日常を脅かす貴様らを認めないし許さない」
 何度も思った。願いを持ち続け歩き続けた。
「――ここで消えてなくなれ」

 奪わせない。

 この世界は、自分達の領域なのだから。






 生命探知も使いきり、周囲の敵影が絶えたことを確認してからリョウは小さく息をついた。
「話し合いに来る天使もいれば眷属をけしかける天使もいるか…統率がとれていないのかどちらかの暴走か。願わくば穏健派が主流であればいいのだがな」
 共存は出来ないのか。そう思う者の希望の種があるとすれば、それはきっと穏健派の存在。
 けれどその道は未だ険しく、遠い。
「武断派が主流なうちは、戦って奪ってやろう!って意識なのかもね」
 黒髪の先を指でくるりと回し、鈴音はぼやくように呟いた。その乱れた後ろ髪を気づいた雅が撫でる。
「そうかもしれない…だが、天界の全てがそうだというわけでも無いのが、少し救いだな」
「えへへ。ん…皆がそうなってくれたら、いいですね」
 頷く鈴音と雅を微笑みながら見守り、焔は周囲の様子に警戒を解いた。心配していた雪崩も発生していないようだ。だが、
「…不思議だね。昼間は居たという兎が一匹も居ない」
 翠嵐の声に「おや?」と軽く眉を上げた。聞けば響鳴鼠に一匹も引っかからなかったという。
「小動物が居ない…だけでなく、静かすぎないかな」
「そういえば…」
 翠嵐と焔は周囲を見渡す。
 気がつけば天には満月の光。照らされた蒼銀の世界は静寂に包まれている。
(ルスさん…)
 千鶴は後にしてきたテントを顧みた。脳裏に浮かぶ光景。
 二年前の夏の空。
 自分にとってここに繋がる最初の依頼。
 ある母親の声。

 ――どうか幸せに

 重なる。これ以上ないほどの無償の愛を込めた願いが。
(でも、ルスさん…それはルスさんもでないと、レヴィさんには意味がないんや無いかな…?)
 その幸せを。その未来を。二人共に後悔の少ない様に。
「懲りない天使はいつか撃ち落とすとして…、まずは引き返しましょうか。何かあってもすぐ対応できるように」
 ぽふん、と千鶴の頭を軽く撫で、神楽が告げる。
「そうだな。ここに長居しても仕方がない。出たという新手の対応に回った連中の報告も聞きた――」
 リョウの声が途中で途切れた。
 瞬間、背筋を走った壮絶な悪寒に全員が空を振り仰ぐ。
 月が揺らいだ。
 ――否。

「総員待避!急げーッ!」

 雅の声が響いた。
 考える間は無い。
 本能で駆け出す背に感じる圧力。
 瞬く間に世界を侵食するもの。
 圧倒的な力の波。
「これ…まさか!」
 その瞬間に、立ち会ったことはない。
 けれど、分かる。
 打ち破ったことがある。
 入ったことがある。
 進軍したことがある。
 それは、あまりにも忌むべき、異界の気配。
「『今』なのか…」
 リョウは唇を噛んだ。
「『今』、開くのか…レヴィ!」


 空の光が増す。
 ある者は逃げた雪の斜面の先で、
 ある者は駐屯地の中で、
 開かれるそれを愕然と見上げた。
 見上げる先に満ちる月。それに重なるようにして広がるもの。
「そんな…」
 奇跡のように重なった真白き月を中心に、開くそれが光の加減かまるで花開くかのような。
 いっそ神秘的なほど幻想的で、
 あまりにも巨大な――
「レヴィさん…!」





 ゲート――月華が発動した。








依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 黄金の愛娘・宇田川 千鶴(ja1613)
 思い繋ぎし翠光の焔・星杜 焔(ja5378)
重体: −
面白かった!:7人

約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
自然愛せし怪翼の黒妖・
各務 翠嵐(jb8762)

大学部5年211組 男 陰陽師