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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/02/15


みんなの思い出



オープニング

 頭を撫でてくれる手が優しかった。

 例えるならば、『春』。

 鼻腔を擽ぐるのは優しい匂い。
 世界は光で満たされ、美しく。
 全てのものに祝福されているかのように、鮮やか。
 穏やかで柔らかな優しさに包まれて、いつまでも微睡みたくなるような。
 だからこそ、いつまでも続いて欲しくて、頑なに目を閉じる。


 その先にある――目覚めを拒むように。





 久遠ヶ原学園、斡旋所。
「四国、天使別部隊の進軍を阻止しました!」
「研究所の状態は!?」
「東北の状況はどうだ!?」
 飛び交う情報は怒号に近い。これは『いつ』の再来か。あまりの慌ただしさにある種の予感を感じずにはいられない。
「重体者の避難を急げ!」
 富士。
 四国。
 東北。
 ここ最近に起きた大きな戦。いや、まだ過去形で語るのは早すぎる。むしろ今も継続して、そしておそらく、これからも――
「こうも襲撃が頻繁だと他への動きが疎かになりかねないな…」
 状況を把握し太珀は苛立たしげに顔を顰めた。連戦に次ぐ連戦。まるで自転車操縦だ。右が漕ぎ終われば左を漕がなくてはならない。
(いつまで続く…?)
 生徒の疲労や傷の具合も心配だ。生徒達はずいぶんと力をつけた。不可能ではないかと言われた天使・悪魔クラスの討伐報告すら耳にするようになった。人類は決して勝てないわけではない。そう思わせてくれるほどに。
 けれど、無茶を重ねれば例え歴戦の者であろうとも、ふいにあっけなく命を落とす。それが戦というものだ。
(このうえ新たな動きが出たら、どうなるか…)
 大なり小なり『全国』で戦の気配はある。今表面化していないものも、いつどうなるかわからない。そして、不気味な静けさを保っている場所も。
「…? そういえば、鎹はどうした?」
 いつも斡旋所を走り回っている教師の姿が見えなかった。前に四国方面の情報を集めていた姿は見たが。
「鎹先生でしたら、資料を揃えた後、四国に発たれましたが」
「ああ、生徒達を迎えに行ったんだったか」
 からくも重体者だけは出さずに済んだ、という激戦区。雅率いる回復部隊が最終的な治療を行っているところだろう。
 ――だが。
(……妙に嫌な予感がするな)
 太珀は雅が纏めていった四国の資料を受け取りつつ眉を顰める。報告書を数枚めくり、手を止めた。
 研究所や四国近隣の資料の中に、プリントされた写真。布に書かれた子供のような文字。地図。慌ただしい走り書き。
 『追い払い』『助けられた』『密告?』『ゲート』『エッカルト』『ルス』『レヴィ』
 おそらく紛れ込んでしまったのだろうその資料の示す場所。

 剣山。





 細かい話には興味が無いからと、雪を楽しみに場を辞した。
 未だ結界は張られていないが、すでにそこは天界の領域。麓には撃退士達が詰め、大きな移動装置らしきものが設置された場所近くには防衛線らしきものが作られている。
 そこから上、山頂に至るまでの区間に放たれているのは上級サーバントだ。数種類いるようだが、全部もふもふしている。あまり見ない形だったが、相当古い時代から存在するサーバントだと分かった。
(噂の、神獣? とかゆーやつであるな…?)
 ぼっふぼっふと雪の中を泳ぎながら、フェーレースレックスはそんなことを思った。
 古き時代の大天使が作り出した上級サーバント。すでに力を失ったとはいえ、主たる大天使の命には忠実だ。今もこの近辺以外をきちんと警護している。
(美味しそうであるー。したが、あの者のほうがもっといい匂いであったー)
 輝ける黄金。
 この世で最も美しい女性。
 そう、断言してもいい。それほどに美しかった。その名前が示す通りに。
(したが、悲しい女性である…)
 少し、胸が痛い。
 彼女はクラウンと少し似ていて、自分にもたぶん、少し似ている。
 違うのは、彼女はあくまでも「戦う者」であるということだ。
 力を失い、命すらいつ果てるかも分からないギリギリのなかで、それでも戦い続ける者だ。
 ただ一つ、譲れない願いを胸に秘めて。
 ただ一つの思いに――命を賭ける者だ。
(どのような結末を迎えるのであろうな…)
 見届けたいと、ふと思った。
 クラウンのこと以外で、悪魔である自分を突き動かすのは『興味』だ。
 愛する者の為だけに、そこまで戦い抜けるのであれば。
 それはきっと、見守るべきものなのだろう。
 例え種族が違おうとも。


 その魂の美しさに敬意を払って。





 学園。教室。その一角。
「先生を迎えに行けばいいんですか?」
 問われた声に、西橋旅人(jz0129)は頷いた。
「うん。もしかしたら他にも依頼された人がいるかもしれないけれど…誰も気付いてないといけないから」
 斡旋所を訪れ、鎹雅が出発したのを知ったのが今日の昼。とうに戦いは済んだはずなのに、報告が無いなと思っていたらメールが来ていた。

『剣山に行ってくる』

 短い一言。長い間悩んでいたのを知っていたから、「どうして」とは問い返せなかった。
「たぶん、他の誰が行くより生徒である皆が行くほうが効果的だと思うからね。現場である剣山は、すでに相当な量のサーバントが群れている。そんな所に単身で行くのはいくらなんでも無茶だ」
 戦友だからこそ分かる。
 無茶をしてでも確かめに行かなくてはと思い詰めることも。けれどそれが、結果として誰かを巻き込むことになることも知っているから。
「あんまり知られてないけど、雅先生、方向音痴だからね。普通に進んで目指した場所と、全然違う所にいる可能性もあるから」
 言いながら視線がちょっと彷徨うのは全く人のことは言えないから。さすがは戦友、といったところだろうか。
 ちなみに、旅人の場合は迷われると絶望的とも言えるが、雅の場合は柏餅を供えておくといいらしい。どうやってだか察知して向こうから現れることがある。
「…いや、猫を捕まえるんじゃないんですから」
「いや、わりと馬鹿にならないんだよ」
 そっと柏餅を山程渡され、生徒達は困惑顔になる。
「頼んだよ」
 最後は、真っ直ぐな眼差しで。
 言われ、生徒達は苦笑しつつ頷いた。
「頼まれました」





「妙な気配がするな…」
 剣山の一角、麓近くまで巡回に来たエッカルトは違和感に眉を顰めた。今日という日に限って山のあちこちで奇妙な気配がする。戦いの気配がするのは、攻略に来た撃退士とサーバント達が争っているか何かだろうか。
(警告したっていうのに……入ってくるなよ)
 一般人は可能な限り退けた。だが、無理矢理にでも入ってくる撃退士達は容易く退けられない。下手に力を込めれば死者が出る。
(なんで人間側の損失まで慮らないといけないんだ)
 苛々する。けれど、どうしてか、やめようとは思えなかった。
(ゲートが開くまで、あと少し…)
 時満ちればそれは開かれるだろう。かつて十数万の人間と、その都市をまるごと包み込んだゲートが。
 エッカルトは目を伏せる。
 そうして目を開いた時、思わぬものを見つけて唖然とした。

「…なんだ?」


 唐突に、何の脈絡もなく、撃退士達がそこに現れていた。





「え? 太珀先生も依頼出されたんですか」
「なんだ。お前もか」
 言われ、旅人は慌てて衛星電話を開いた。
「重複しましたね。向こうに連絡しましょう」
 さすがに同じ対象の保護を二つのグループに依頼することは出来ない。変更を伝える為電話した旅人は、出た相手の声に愕然とした。

「…天使エッカルトと、接触した?」

 呟きに、斡旋所に緊張が走った。




リプレイ本文




 思い出す。
 抱えて飛んだ命のか細さ。

 初めて救った――人間の命。






 四国。徳島。剣山。
 広がる一面に雪はふわふわの絨毯のよう。
「うひゃー!雪よ雪雪スノー! 地元じゃ滅多に見れないからテンション爆上げよ!」
「うううわ沈んだ!すごい!人型ついた!」
 雪にダイブしたフレイヤ(ja0715)と東城 夜刀彦(ja6047)はすでに白の完全保護色。ぽかんと見守る天使に向かい、二人して片手を挙げた。
「…あ、イケメン予備軍さんちーっす」
「こんにちはー」
 エッカルト、呆気にとられすぎて声もない。
(天使!?何故ここに?)
(…おや、これはこれは。せめて野生の熊であって欲しかったのですが)
 転移して直後のこの状況に、強羅 龍仁(ja8161)は一瞬緊張し、石田 神楽(ja4485)は苦笑した。
(…初依頼で天使と接触とは…な…)
 神楽の隣、小鳥遊 久遠(jb8843)もまた仮面の下で小さく嘆息をついた。
(まぁ…気楽に…)
 そう思えるのは、エッカルトの眉がハの字に下がってしまっているから。
「さて、天使エッカルトさん、でしたね」
「お前達…」
 神楽の呼びかけに、ようやく気づいたエッカルトが表情を改める。神埼 晶(ja8085)は軽く手を挙げた。
「あー、ちょっと待って。私達は戦うつもりでココに来たんじゃないの。人を探してるのよ。こんな感じのツインテールの女の子を知らないかな?」
 髪型をツインテールにして見せる晶に、エッカルトは訝しげな顔になった。
「今日は山が騒がしい。ここじゃない所かもな」
「あちゃー…。その人さえ見つかれば、私達はこれ以上奥には進まないわよ。進む必要もないし」
「…今、連絡があった…依頼が重複したらしい」
 久遠の声に一同は「おや」という顔になった。久遠はそのまま視線をエッカルトに一瞬向ける。
 理解した。
 学園側は、この機会を逃す気は無い。
「正直この状況で貴方と事を構えたくはありません。私って寒いの苦手なんです」
 神楽は素早く戦闘意思の無い旨を告げる。晶も頷いた。
「私は神埼晶。エッカルト、だったよね? エッカルトがココにいるって事は、この剣山に天使勢の何かがあるってことよね?」
 晶は目をキラリと光らせる。答えはなくとも、その表情でYESは読み取れた。
「エッカルト…どこかで…あぁ!レヴィを遊園地に百三十二時間二十八分四十二秒放置したあのエッカルトか!」
 龍仁の声にエッカルトはギョッとなった。
「うううるさいな!ちゃんと謝ったんだぞ僕は…ってなんで知っている!?」
「会ったからな。あの時のレヴィの顔は忘れられないな…ちゃんと楽しめてただろうか?」
「…楽しんだだろ。あいつが笑うのはお前達の話のときぐらいだ」
 その言葉は少しの寂しさと共に。
 何故か嘆息をつき、エッカルトは妙に遠い目で彼女らの横を指さした。
「…で、何をやっているんだ?」

「やばい雪楽しいやばい」
「これ、この硬さでいけます?」
「ふふふん。任せなさい! …適当で!」
「まぁ、待て。その体だと難しいだろう」

 真顔で雪ブロックを作っている龍仁の向こう、せっせと積み上げているフレイヤと夜刀彦を一度見やり、エッカルトに視線を戻し、久遠は静かに告げた。
「…カマクラ…だな」
「……」
「…そんなに気になるなら…一緒に作ってみるか?」
「なんで僕が」
「すまない。水を出せないか?固めるのに必要でな」
 久遠への返答の後、絶妙なタイミングで龍仁言われ、エッカルトは思わず叫んだ。
「だからなんで僕が!」
「出せないのか…」
「そんなにホイホイ何でも出るか!固めるだけなら何とでもなるだろ!?」
 ムキになって雪を固めに走るエッカルトに、晶と久遠は(ああ)と何かを色々と納得した。さすがに撃退士六名と天使一名で作るカマクラは早い。
「なんで僕まで作ってるんだ!?」
 エッカルト、気づいて慌てるももう遅い。
「えっちゃんほら入って入って」
「呼び方おかしいだろ!?」
「他の天使さん達に見つからないように、エッさん、ほらほら」
「おまえもか!」
 フレイヤと夜刀彦が二人でエッカルトの背を押す。
(くそっ調子狂う!)
 カマクラin七人。

 みっちり。

「距離おかしいだろ!?」
「ちょっと狭かったか?」
「こんなものよ」
「…暖かくていい」
 龍仁の声に晶と久遠が頷く。
「…エッカルト、といったか…俺はただ単に君と…会話をしたい。…信じられないかもしれないが…他意はない」
 声と共に久遠が差し出すのは暖かい茶と甘味。
「…偶には…こういうのも有りだと思わないか?」
「あのな…敵地だろここは」
「『誰が』『誰の敵』です?」
 夜刀彦の微笑にエッカルトは息をつめた。久遠が頷く。
「…少なくとも…ここで敵対しようという者は…いない」
 久遠に視線を戻し、床へと落とす。

 調理用セットが設置されていた。

「焼きマシュマロにするか」
「お汁粉もいいですね」
 てきぱきと料理を始めるのは龍仁と神楽だ。
「わぁい!強羅先輩素敵!お餅焼くー!」
「…。ちょっと待てこれ使ったら水でたんじゃないのか!?さっき!」
「まぁまぁ、そう興奮せず。お菓子ありますよ」
「だから距離おかしもぐー!」
「はい、あーん」
 宥める神楽に噛み付いたところで夜刀彦が柏餅を口にぽいちょ。エッカルトは夜刀彦をキッと見た。
 もぐもぐ!
「……」
 もくもくもく。
 エッカルト。柏餅お気に召したようです。
「じゃあ外警戒に行ってきますねー」
 白シーツを被った夜刀彦の姿がふいに消える。思わず目で追うと焼きマシュマロが差し出された。
「食うか?」
 半ばヤケクソでばくっと食べつつ、エッカルトは嘆息をついた。
「だからな」
「ほら、エッカルト。よかったら食べてみない?」
 晶のチョコバーに気勢を削がれもぐもぐ。
「天界の状況が、随分と捻れているのは分かります」
 餌付けられるのを見ながら、神楽は声をかけた。
「足並みが揃わない、とまでは言いませんが、上位天使が各々動いている、という印象があります」
 その中でも未だ真意が掴めないのが大天使ルス。
「現在の状況からゲート作成は予測可能です。その中枢になるのは使徒レヴィ。貴方は恐らく裏方か見届け人。全てを望むはルスさん。…おそらく、この行動はルスさんの独断でしょう」
「……」
「命を尊ぶ大天使がゲートを作る理由は何か…私はそれを知りたいのです」
「…そんなことは、僕だって知りたい」
 エッカルトの声に(やはり)と神楽は思う。ルスは完全に独断で動いているのだ。
 何のために?
「えっちゃんってさ、二人の話になると異常に反応してたけど…仲良しさん?」
 フレイヤの声にエッカルトは俯く。
「レヴィは僕の副官で、ルスは僕の育ての親だ。…レヴィにとってもな」
「…そうか」
 龍仁は眼差しを和らげた。エッカルトの様子を見て息子とダブらせてしまう。外見的に似たような年齢だから。
「副官ということは、戦場を共に?」
「そうだ」
「…長い付き合い…か?」
 龍仁の問いを肯定し、久遠の声にエッカルトは頷いた。
「八百年以上経つな」
 久遠が首を傾げた。
「…何歳…だ?」
「変なことに興味を持つんだな…八百八十八だ」
「レヴィと同い年!?」
「たまたま同じなだけだ!」
 思わず声を上げた龍仁にエッカルトは真っ赤になった。
「それは…色々と、特別な存在ね?」
 ほかほかのカイロを渡されつつ、エッカルトは晶に渋い表情を向ける。
「別に特別なんかじゃないぞ。たまたまあいつが最初に死にかけた時、ルスに命じられて命助けてからの腐れ縁だ」
「…逆に関係濃くない? それって」
 言われてエッカルトは押し黙った。
 覚えているのは死にかけだった命。始めて救った人間。自分と同い年の。
 決して笑うことのなかった、人間。
「…濃くなんかないだろ。僕達がどれだけ傍にいようと、あいつが笑うことは無かった。あいつを笑わせられたのは、おまえ達人間だ」
 ルスが言っていた。それはもう一年も前のこと。
 あのレヴィが幸せそうに笑ったと。
「あの日から、ルスはずっと何かを考えている」
(つまりルスの行動はレヴィに関係する、ということですね)
 神楽は予想をたてる。
「何か飲むか?暖かい紅茶もあるぞ?」
 わずかに俯いたエッカルトの顔に紅茶の湯気があたった。久遠からもらった茶を飲み干し、エッカルトは器に紅茶を受ける。
「ずっと守ってきたんだな…今までも…そしてこれからも…」
「なんで頭撫でる!? 別に守ってなんかないぞ!あいつらが何かしでかなさないか見張ってるだけだ!」
(ツンデレか)
 晶と久遠がしみじみと頷いた。龍仁は苦笑する。
「ところで、ここで何を待っていたんだ?」
「僕は偵察巡回してただけだが。今日は妙な気配があちこちでする。そのうちの一つがお前達の仲間だろうな」
(では、もう一つはなんだ?)
 考え込んだ龍仁の横、晶はカイロを揉みながらふと声をあげた。
「エッカルトって、何か寒そうね? ほら、あげるわよ。記念にとっといて!」
 晶にマフラーを差し出され、エッカルトは一瞬だけ躊躇した。次いで小さく息を落とす。
「僕はお前達の味方というわけじゃない。受け取れない」
「レヴィさんはそんな細かい事言わなかったわよ?」
 フレイヤの指摘に一度目を瞠り、エッカルトは苦笑する。
「あいつはいいんだ。…けど、そうか。……そうか」
 呟く姿を龍仁と久遠は見つめる。一瞬だけエッカルトの瞳にあった優しい色。どこか父性を感じるような。
「じゃあさ、味方になった時は受け取ってよね」
 晶の声にエッカルトは苦笑する。
「その時があればな。…というか、お前が寒がってないか?」
「寒いわよ。カチカチになりそう。寒くないの?」
「温度差の感覚はわかるが、僕は炎熱も極寒もほぼ影響受けないからな」
 龍仁と神楽が素早く目配せしあった。エッカルトにその系統のバステが効かないことをぽろっと零されたのだ。
「…では…寒そうなのは…気持ちの方か」
 久遠の声にエッカルトは目を瞠る。お餅を頬張っていたフレイヤが声をあげた。
「あのさ、えっちゃん。何迷ってるのかは分かんないけどさ、待ってるだけじゃ何も変わんないよ」
「……」
「私の夢は世界中の人を笑顔にする事。…でもそんなの無理だって分かってる。だからさ、せめて手の届く範囲の人だけでも笑顔にしたいじゃない。だから貴方を笑顔にする方法を教えなさい。私は黄昏の魔女フレイヤ様よ? どんなに小さな希望だって大きくしてやるわ。えっちゃんだって男の子でしょう? そんな心の奥底で引き籠ってないで!やりたい事を叫んでみなさいよ!」
「それが出来るほど容易い状況ならとっくにやっている」
 釣られ、エッカルトは言った後で悔しそうに口を噤んだ。
「…人間に迫害されて生まれ育ち、天にあっても居場所等無い」
 冥魔との戦いは激化する一方。使える駒は使い潰される。自分も使い潰される駒の一つ。それによって形成される世界の中で、守りたい者が幸せに暮らせるのならそれでよかった。戦えない者が守られているのなら。
 だけど、
「あいつの世界はルスだけだ」

 そのルスは、もう、時間がない。

 レヴィは壊れるだろう。そして、壊れた心のままに戦場に立ち続けるだろう。天界の駒として。
「おまえたちにあいつが救えるのか?あいつの故郷を家族ごと滅ぼしてしまったルスと、その現実をルスにつきつけてしまったレヴィを。互いに互いへの贖罪を胸に八百年以上、小さな箱庭でただ生き続けてきたあのふたりを」
 それを見守ることしか出来なかった自分を
「幸せにできるというのなら、その方法こそ、何だ!」
 フレイヤは静かにエッカルトを見る。
 その眼差しが別の誰かのそれと重なった。
「…誰かを助けるばかりじゃなくて、助けてって言って、いいんだよ?」
「……ッ」
 エッカルトは立ち上がった。晶は口を開きかけ、噤む。無理やり止めるのは逆効果だと思った。
「…言葉にしなければ…伝わらないものも…ある」
 静かな久遠の声が流れる。
「…よければ…また争い事無しで純粋に話を楽しみたいと思う」
 エッカルトは答えない。
 ただ、静かに外に出た。





 外に出ると夜刀彦が兎達と寄り添って座っていた。その体に雪が積もっている。
 その静けさに、人相手に激高した先ほどの自分が妙に恥ずかしい。
「外を警戒する意味は、何だ…?」
「俺達と一緒にいるのは、エッさんにとってあまり見られたくないことじゃないかな、って」
 夜刀彦は振り向くことなく告げた。エッカルトは沈黙する。
「願いは…今も、言葉には出来ない感じでしょうか…?」
 声にエッカルトは唇を噛んだ。
 覚えている。手に伝わった肉を断つ感触と、目の前にあった瞳。
 待っていてくれているのか。容易くは口に出せない事情を慮って。
 敵なのに。
(くそ…っ)
 フレイヤと夜刀彦。なぜ、この二人は自分の弱いところを突いてくるのか。攻め手と搦手で動かれ、逃げることも難しい。
 そんなエッカルトの沈黙を夜刀彦は背に受ける。外にいた夜刀彦には中の騒動はほぼ聞こえていない。ただ、ずっと考えていたことがある。
(一人で思い悩むのは容易く口に出来ないものだからだと思う)
(人を搾取するのを是とし、上下社会な天界。人に優しい大天使と使徒。間に挟まったひとは願いを殺さないといけないのかな…)
「どうすればいいか分からない時は、どうしたいかを教えて」
 その、思いつめた胸の奥の願いを。
「たぶん、あなたが守りたいひとは俺の友達が大切に思ってる人。種族も立場も関係なく、守りたい気持ちを合わせることは出来ないかな…?」
 エッカルトは口を噤む。夜刀彦は微笑んだ。
 無理に答えを今聞き出そうとはしない。それはきっと、あまりにも大切で、簡単に口に出来るものではないだろうから。
 寒さで軋む体を起こし、夜刀彦はエッカルトの真正面に立った。
「あなたが大切なひとを守るなら、あなたを俺は守る」
 異なる立場の中、守りたいものを守る為に。もう二度と、目の前で命を喪わない為に。
 差し出されたものを反射的に受け取った。その冷え切った手とともに。


「あなたにもいつも光がありますように」






 探し人が見つかった報告とともに、撃退士達はあっさりと帰路についた。
 手に残された機械。突っぱね損ねたもの。おそらく、学園との通信機器。
 エッカルトは空を見上げる。
 雲間の向こうにある空の青。
 消えてしまう命。きっと壊れてしまう幼馴染。


 幸せは、何処?


 エッカルトは雪上に視線を落とす。
 背を押す手。差し伸べられる手。
 魂の込められた言葉の数々。


(天の方針に逆らう気は無い)


 大切な故郷。思い出の全てがそこにある。
 けれど、


 ――助けてって言って、いいんだよ?
 ――守りたい気持ちを合わせることは出来ないかな…?


 求めることが出来るのなら、ただ一つ。


 僅かな時間でもいい

 もし、あのふたりが少しでも、幸せに生きれる時間が得られるなら

 それを見ることが出来るのなら





 そのためだけに












 ――僕は、天を裏切ろう。











依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

今生に笑福の幸紡ぎ・
フレイヤ(ja0715)

卒業 女 ダアト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
災禍祓いし常闇の明星・
東城 夜刀彦(ja6047)

大学部4年73組 男 鬼道忍軍
STRAIGHT BULLET・
神埼 晶(ja8085)

卒業 女 インフィルトレイター
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
エッカルト餌付隊ゝω・)・
小鳥遊 久遠(jb8843)

大学部3年281組 男 アカシックレコーダー:タイプB