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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/02/11


みんなの思い出



オープニング


 夢を見た。


 優しくて悲しい――最後の夢を。





 久遠ヶ原学園、斡旋所。
「四国、天使別部隊の進軍を阻止しました!」
「研究所の状態は!?」
「東北の状況はどうだ!?」
 飛び交う情報は怒号に近い。これは『いつ』の再来か。あまりの慌ただしさにある種の予感を感じずにはいられない。
「重体者の避難を急げ!」
 富士。
 四国。
 東北。
 ここ最近に起きた大きな戦。いや、まだ過去形で語るのは早すぎる。むしろ今も継続して、そしておそらく、これからも――
「こうも襲撃が頻繁だと他への動きが疎かになりかねないな…」
 状況を把握し太珀は苛立たしげに顔を顰めた。連戦に次ぐ連戦。まるで自転車操縦だ。右が漕ぎ終われば左を漕がなくてはならない。そうしないとこけて怪我をする。
(いつまで続く…?)
 生徒の疲労や傷の具合も心配だ。生徒達はずいぶんと力をつけた。不可能ではないかと言われた天使・悪魔クラスの討伐報告すら耳にするようになった。人類は決して勝てないわけではない。そう思わせてくれるほどに。
 けれど、無茶を重ねれば例え歴戦の者であろうとも、ふいにあっけなく命を落とす。それが戦というものだ。
(このうえ新たな動きが出たら、どうなるか……)
 大なり小なり『全国』で戦の気配はある。今表面化していないものも、いつどうなるかわからない。そして、不気味な静けさを保っている場所も。
「……? そういえば、鎹はどうした?」
 いつも斡旋所を走り回っている教師の姿が見えなかった。前に四国方面の情報を集めていた姿は見たが。
「鎹先生でしたら、資料を揃えた後、四国に発たれましたが」
「ああ、生徒達を迎えに行ったんだったか」
 からくも重体者だけは出さずに済んだ、という激戦区。雅率いるアルトラルヴァンガード部隊が最終的な回復を行っているところだろう。
 ――だが。
(……妙に嫌な予感がするな)
 太珀は雅が纏めていった四国の資料を受け取りつつ眉を顰める。報告書を数枚めくり、手を止めた。
 研究所や四国近隣の資料の中に、プリントされた写真。布に欠かれた子供のような文字。地図。慌ただしい走り書きの文字。
 『追い払い』『助けられた』『密告?』『ゲート』『エッカルト』『ルス』『レヴィ』
 おそらく紛れ込んでしまったのだろうその資料の示す場所。

 剣山。





 雪が降っていた。
 辺りに動く者の影は無い。
 長く続く冷たい世界を前に、春を夢見て眠りについた者も多い。雪の下。木の根本に丸まって眠る小さな命の気配を感じ、ルスは口元を綻ばせた。

 ――冬が逝き、春が来れば皆起きよう

 情とした声が流れる。あまりにも美しく、悲しい声が。

 ――されど命の時は限られ、誰もその長さは変えられぬ。

 白い世界に溶けるようにして、仄かな光を纏う大天使は佇む。
 手にトランプ。
 辺りに人の姿は無い。影も、形も。

 ――生きたことの意味は、最期の時に分かるだろう。 

 ルスは背後を振り返る。
 雪の上に足跡は無い。
 穏やかに微笑んだ。

 ――そなたは何を望みしか? 道化師よ。

 受け、金の羽根を手に道化師は微笑う。

「おそらく、貴女と似て非なるもの……でしょうね。黄金の大天使」





 白い景色の中を雅は歩いていた。
 四国。剣山。
 歩きながら足が向いてしまった理由を考えていた。何度も。何度も。
(沢山、助けてもらった)
 ヴァニタスを恨み、憎み、怨嗟の闇に墜ちてしまいそうだった少女に手を差し伸べてくれた。
 もはや助からぬと諦められていた青年の魂を呼び戻してくれた。
 息も絶え絶えだった幼子を守ってくれた。
 死を待つばかりであった子供を救ってくれた。
 もしかしたら知覚していないだけで、他にもあったかもしれない。重体になった生徒達を安全な場所に運んでくれた『誰か』。悲しい死者の尊厳を守ってくれた『誰か』。
 目に見える場所、見えない場所、耳に聞こえる場所、聞こえない場所。そのあちらこちらに彼女はいた。時に戦いの中で人の魂を見極め、声を聞き、慈しむように微笑みながら。

 未だ、誰も姿を見たことは無いけれど。

(沢山、守ってもらったんだ)
 この忙しい時に何をやっているのかと、帰ったら太珀に大目玉をくらうだろう。反省文の百や二百は覚悟しなければならない。
 ――命が、あったならば。
(だから、先生)
 自分よりも遙かに長い時を生き、深慮遠謀に長ける太珀。その前にあっては自分など子供のようなもの。
 逸るのは、若さか、愚かさか。
(信じたく、無いんだ)
 分かっている。後者だということも。
(彼らを……信じたいんだ)
 何故、を問いたかった。
 未だ見たこともない大天使に。
 報告を上げてくれた生徒達と同じように。できれば彼等、彼女等と一緒に。
 けれど、もう、時間がないだろうから。
(あの大天使と使徒に)
 雪深い山を駆け、見やる視線の先は白い雪の中。
 かわりに見えるのは、おそらく巡回兵だろうサーバント。
 雅は武器を具現化させる。

(何故)

 ただそれだけを、問うために。





「『探って来ます』じゃないだろう……」
 一気に脱力した顔で太珀は頭を掻いた。
 激動の四国。
 剣山の異変に気づきつつも、騎士団の襲来等、即時動かなくてはならない事項が多すぎて対応ができなかった。
(優先順位が高すぎる事件が連発しているからな…!)
 この状況を予期しての動きか、否か。当人ならぬ自分達には分からない。だがそこまで用意周到な相手であるのなら、雅の動きはあまりにも危険すぎる。
(戦場で情に流されれば、死ぬ)
 いくら実技教師だとはいえ、誰しも絶対的な強さなど持ち得ないのだから。
「誰か……ああ、ちょうどいいな。お前達、あの馬鹿者を呼び戻しに行ってくれ」
 不安や焦燥を殺し、太珀は丁度居合わせたメンバーに告げる。
「向こうでは何があるかわからない。鎹雅の身柄を確保したらすぐに戻れ」
 人に好意をもつ大天使だけでなく、あの付近にはおそらく、人に害意を持つ天使もいるはずだから。





 気配を消しつつ、こっそり雪で遊んでいたら黒いものが上から降ってきた。
「んむ?」
 ぼふっ、と目の前に沈んだ塊にレックスは首を傾げる。
 少女だった。黒いツインテール。冬山使用の装備は、その端々が血で汚れている。
「ふむ。上で戦いの音がしていたが、この者であったか。……む。意識が無いであるな」
 ふんふんを匂いを嗅ぐ。深い傷は無いが、意識も無い。それに――おそらく、相当冷えきっている。
「人間は弱いであるな」
 レックスはふむんと息を吐き、もふっと毛を増量させた。その毛皮の中にいそいそと意識のない少女を入れる。
「したが、優しい良い匂いである。麓に連れていってやるであるぞ!」
 むふりと笑って動いた所で遥か頭上で声がした。

「害虫を追ってきたら、なんで悪魔まで入り込んでるのよ」

「げ。」
 嫌な予感にレックスは一瞬の躊躇もなく走り出す。
「逃げられると思ってんじゃないでしょうね!?」  
 もの凄い勢いで殺意の塊が飛んできた。
「おっかいないであるな!しかも嫌な匂いがするである!」
「なんですってぇ!?」
「しまった!余計なコト言ったであるー!」
 激しさの増した遠隔攻撃に、レックスは少女を抱えたまま走った。その目が遥か先に現れた人々を捉える。
「しめた!撃退士であるな!あの天使を押し付けるである!」 
 相手の迷惑なんのその。何も知らない撃退士達へと向かい、レックスは一目散にかけ走った。



リプレイ本文



 転移と同時、視界が白に染まるのを感じた。
(天使領域な剣山…鎹先生、どうかご無事で…!)
 被った白い防寒帽に大きな雪が当たる。もこ、もこ、と深い雪の中、足を進め、星杜 藤花(ja0292)は祈るように白くけぶる山頂方面を見上げた。
(…鎹殿、無事であれ)
 厚手の防寒服に雪化粧を施しながら、ダニエル・クラプトン(jb8412)はスノーゴーグルをかける。冬の雪山。飛んでくる雪で視界を奪われる可能性もある。
(皆が大好きな先生が危険に晒されているなら放っておけない)
 藤花の隣、星杜 焔(ja5378)は勇気づけるように藤花の手を一度だけ握る。
(今は俺にも家族が、友達がいるから…必ず皆で無事に帰ってみせる)
 天界のゲートが開かれる可能性が高い剣山。他所であれほど緊迫した状況が立て続けに発生していなければ、もっと早くに手が入っただろう。
(ここは、すでに戦場…)
 紫の瞳を細め、アリーセ・A・シュタイベルト(jb8475)は油断無く周囲を見渡す。
(いつ、天使が現れても不思議じゃない…)
 ここには複数の天使がいるという。中には強烈に人を憎悪する者も。
「視界及び足場不良。おまけにほぼ天界領域、ですね」
 ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)の声に全員が頷いた。上手い具合に敵の居ない場所に落ちたのか、周囲にはサーバントの姿も無い。
(…剣山、か)
 様々な思いを胸に秘め、宇田川 千鶴(ja1613)は降りしきる雪に目を細めた。何人かの面影が浮かんだ。その残像を打ち消すかのように雪が降る。
(…鎹先生)

 雪が散る。





 小規模な雪崩の跡と戦闘痕。雪に半ば埋もれているのは巨大な獣の死骸。
「サーバント…」
「この先へ向かった、で正しいようだな」
 アリーセの呟きに、ダニエルは頷きつつ位置を確認する。風は穏やかだが、雪の多さと大きさで遠くを視認するのが難しい。
 だが、世の中にはそんなの関係ないぐらい目のイイ生き物もいるわけで。
「知ってる顔もいるであるー!」
 突然遥か向こうから聞こえてきた声に、全員がそちら見た。白一色の世界の中、黒いまるっこい生き物が雪を散らしながら恐ろしい勢いで走って来ている。さらにその後方には異様に殺気だった気配が。
「なんで此処にレッ…っ鎹先生っ」
 零コンマで巨大な毛玉に埋没している雅に気づき、千鶴は即座に反応した。
「天使はともかく、何で悪魔が…いえ、それよりも先生です」
 あまりの状況にファティナは一瞬訝しげに目を細め、即座に意識を切り替えた。あの丸まるとした猫の体も気になるが、それはともかく。
「後ろから来ているのは…あの天使ですね」
 状況を判断し、ファティナは身の内に力を溜める。かつて戦った、人への害意激しい天使。
 身構える一同にレックスがササッとコースを目で確認する。が、
「ここではあなたは敵ではない。もっと不穏な空気が向こうからしますもの」
「行きなさい。私は天使の足止めを優先します」
 藤花とファティナが告げ、
「貴殿が鎹殿を麓に運んでくれるというのなら、私の力の及ぶ範囲、貴殿等を守ろう」
 ダニエルが黒毛のハットを軽く上げ、
「麓に行くことだけを考えて」
 アリーセがすれ違う瞬間に全員へアウルの衣をかける。
 言葉を発するよりも早い動き。軽く目を瞠るレックスに、焔もまた背後を守るかのように天使へと向かいながら声をかける。
「君って【全部】ここにいる?」
 暗にもうひとりの存在を仄めかされ、レックスは目を細めた。どこか楽しそうな色。ああ、いるのだ。ここに。もうひとりも。
(ずっと気になっていた。友人らの参加した依頼の報告でかれらを知る度に)
 敵と味方。生きる場所の異なる者達。それでも、
(信じられる存在がそこにあるなら)
 託す。
「何で…とか今はえぇ。このまま麓迄走れる?お願いや…」
 声が隣で聞こえた。見れば千鶴の姿。女性を丁寧に扱えと怒られたのはほんの少し前のこと。視線が毛皮に埋もれた少女と自分に向けられる。下げられた頭。
「後ろは護ったる」


 レックスを追いかけて来たリゼラは、彼らより遅れて現状に気づいた。一つの事しか見えなくなっていた現実。そして、爆走するレックスによって巻き上げられた雪煙。
「お前達…ッ!一匹見たら七匹はいるんだから!」
 雪に隠れるようにして飛んでいた白い小鳥が一斉に動いた。
「大切な方を傷つけた…そのお返しはしたいですが、今は諦めてあげます」
 嘆息に似た声と同時、空に弾ける炎。
「お前は…!」
「あの戦い以来ですね、あまり会いたくなかったですが」
 チロリ、と見やるファティナにリゼラは青筋をたてる。一瞬にして脳裏を駆けめぐるあの時の戦い。怒りと恥辱に全身の血が沸騰した。瞬時にファティナを狙う小鳥。だがその半分は離脱する千鶴達を追っている。
「邪魔すんなやっ」
 前に回る数羽を纏めて雷遁で墜とし、千鶴は衛生電話を取り出す。その手に小鳥が突撃した。
「!?」
 衝撃は痛みを伴わなかった。落としかけた携帯を握り直し、千鶴は自分達を庇って小鳥を引き受けんとするダニエルを一度だけ振り返った。
「行かれるがよい」
 告げられるダニエルの声。庇護の翼。その代償に身を痛めながらも、笑みは変わらず。
「……さて、私も本格的に相対しようか」
 鳥を撃ち、リゼラの元へと向かいはじめるダニエルの背に小さく礼を告げ、千鶴はレックスと共に駈け走った。





「相変わらず性格の悪い…」
 小鳥の標的基準にファティナは眉を顰める。その前に立って庇うのは焔。
「狙いが甘いのは雪の中だからかな〜?」
 リゼラは舌打ちした。リゼラ自身は雪に馴染みがない。視界を塞ぐ大きな雪は邪魔で、おまけに撃退士達は白い服を纏っている。
(狙いが上手くいかない)
 焦れたその足が雪を掻いた。周り中が白くて地表との距離が分からない。
「吹っ飛ばしてしまえば、同じこと!」
 だが、広範囲魔法を得意とする天使にそれを許すほど撃退士達も甘くはない。
「過去の報告書から、あなたが危険な相手なのは百も承知」
 風に散るのは藤花の声。
「それでも先生を無事に送り届けるためにも、絶対にここは通しません」
 技を封じるシールゾーン。くらい、リゼラは目を剥いた。使おうとする前に封じられた。
「いちいち腹立つわね…!」
 この連中と関わると上手くいかない。
「何度も何度も邪魔ばかりして!」
「邪魔されるようなことするのが問題かな〜」
 焔の指摘にリゼラの顳かみの青筋が増える。遅れて追いついたらしい鳥が舞った。
「焔さん!」
 藤花が声をあげた。焔が身構える。
 ――歌が聞こえた。

『知らない事があまりに多くて
 いつも心は戸惑うばかり』

 アウルによって魔力変換されたアリーセの旋律が、衝撃波となって鳥を打ち落とす。
「ちッ!」
 舌打ちし、鳥を呼び寄せようとしたリゼラの横顔が赤く照らされる。広範囲に炸裂する強烈な炎。
「邪魔なのよ!」
 怒りに目を赤くしたリゼラが封印を打ち破る。
「下がって!」
 焔が警告を発した。その背に藤花を庇う。アリーセのアウルの衣が全員を包み込んだ。赤光が白い世界を灼く。

 爆音が銀天に響き渡った。





 先に連絡したこともあって、走り込む猫悪魔が攻撃されることは無かった。
「先生…!」
 遅れて走り込んだ千鶴の足がもつれた。吹っ飛んだ体がもこもこの毛に埋没する。
「んぷ」
 同時、レックスは来た道を振り返った。
「む。いかんであるな。千鶴、頼んだであるぞ」
 埋まった二人を毛から取り出し、レックスはあっという間に引き返した。毛玉に埋もれていた為か、雅の体は少し暖かい。
(先生…)
 その体を一度抱きしめ、駆けつけた地元撃退士に託し、千鶴は背後を振り返る。僅かに遅れて飛来する残りの小鳥。雪に紛れるような。
「来や! 先生には絶対触れさせん!」





「焔さん」
「…大丈夫。それより注意して。雪崩がくるかも」
 銀の盾で受けきり、焔は短く警告する。雪山での広範囲爆撃。規模の大きさといい、いつ雪崩がきても不思議ではない。
(むしろ、誘発させるのも手だね)
 焔は鋭くリゼラと周囲を確認する。同じくリゼラを注視しながら、ファティナは相手の様子にはっきりと活路を見いだした。
(本調子ではありませんね)
 精彩を欠いた攻撃はファティナには届かなかった。落ち着きとは無縁の敵であったが、今は集中力すら無いようだ。
「今、傷を…っ」
 アリーセは自身を庇護の翼で庇ったダニエルに手を伸ばした。癒され、ダニエルは柔らかく笑む。
「無事でなにより」
「あなたが無事じゃないわ」
 戸惑いと心配を滲ませたアリーセの声に微笑み、ダニエルはリゼラと向き直った。
(リゼラ殿からは憎悪しか感じ取れん)
 滴る血に構わず、ダニエルはしっかとリゼラを見上げた。
(今のままではリゼラ殿の道は途絶えてしまう。憎悪の先に待つのは更なる憎悪だけだ。それでは先へと進めん)
 蓄積された憎悪。歪んでしまった思い。狂気を宿す瞳は、すでに異なる世界を見るもののそれ。
「私は既に生を謳歌した。求むるものは何もない」
 静かな声だった。
「唯一望むものがあるとすれば…若人の成長を見守る事だ」
 親が子の成長を見守る如く、長き時を生きる者の目に宿るのは無償の愛情。
(故にリゼラ殿にも先へと進んで欲しい。過ちを犯したとしてもそれは改める事が出来る)
「故に問おう。真に望むものは何だ?」
 声にリゼラの眉が一度だけピクリと動いた。
「私の目にリゼラ殿は、迷い子の様に見えてしまうのだ」
 目の前に少女。距離はわずか数歩。
 一瞬途絶えた攻撃。
 通じたのか。言葉が。思いが。
 リゼラが歩く。アリーセが弾かれたように手を伸ばした。
「駄目!」

「死が」

 狂笑が、血飛沫と共に視界を赤く染め上げた。





 多対一の戦場は、けれどそれほど長くは続かなかった。小さな傷をそのままに千鶴は走る。
「先生!」
 預けられた撃退士の腕の中、ようやく意識を取り戻した雅が薄く目を開く。
「うた…?」
 名を呼びかけ、雅は目を瞠った。
「ご…」
 声が詰まった。
 逸る心の侭に無茶をした。その結果、大切な生徒を危険地に向かわせたのだ。
「…ごめんなさい」
 項垂れた雅の冷えきった手を千鶴がとる。
「動いた理由、なんとなくわかります」
 あの哀しくも優しい声のルスさん。
 レヴィさん。
 エッカルト。
(敵やが、私も、もしかして…なんて)
 ――でも。
「それなら、私等と一緒に確かめに行きましょ?」
 『彼等』と触れあった思い出をもつ生徒達。『門』を開けば、『彼等』は明確に人類の敵として位置付けられ、討伐対象にされる。少数の人々の思いなど置き去りに。大多数の総意として討ち取られる。
 だから雅は出た。
 その気持ちは嬉しい。
(でも大月の様な事はもう嫌)
 血溜まりに沈んでいた雅。死の可能性は高かった。同じ事を繰り返されてしまう?また血塗れのその人を見る事になる?
(嫌)
 触れている雅の手に熱が移る。冷えきっていたものが暖かくなる――その、命ある者の手。
「一緒に」
 ぽろりと、ふと千鶴の目から何かが零れた。千鶴はきょとんと瞬きをする。数秒困惑し、慌てて顔を拭った。
「あ、や、これは、」
 泣き顔を見せるつもりなどなかった。それは、ほっとした途端ふいに零れてしまったもの。その体を雅は抱きしめる。
「ごめん…皆で、ずっと、やってきたのに」
「…ん」
 鼻を啜る音は二人分。今ここにある、命も思いも温もりも。
「ごめんなさい…」
「…うん」





「クラプトンさん!」
「あははは!人に関わる者は皆無様に死ねばいい!」
 狂笑響く中、藤花とアリーセが走った。ファティナは無言で怒りの一撃を放つ。空間が砕ける音がした。雪に墜ちるのは結界を張り力に負けた小鳥。
(最早、言葉は不要)
 この天使に、他者を思いやる思い等通じない。
「またお前…消し炭にしてやる…!」
 リゼラが錫杖を振り上げた。編まれる広範囲魔法。だがその目の前に焔が迫っていた。
「君は危険だね」
 盾の強打に魔法が強制キャンセルされた。
「貴様!」
 続くアリーセがその足元を狙う。完全なる隙。藤花のシールゾーンが再度技を封じ、ファティナが魔法を解き放つ!
「消えなさい」
 魔力の風がまともにリゼラの体を捉えた。
「この…害虫共…ッ」
 よろめき、朦朧とした頭を振るリゼラに全員が動いた。
 背を向けて。
「離脱を!急いで!」
「飛べない人捕まって!」
 焔が藤花を抱き上げ、アリーセが意識のないダニエルを抱える。二人でファティナに手を伸ばした。
 リゼラが呻くも動けない。その背に白い壁。迫る轟音。早い。
(間に合うか…!?)
「乗るである!」
 全力の飛翔でもぎりぎり。その刹那に黒い毛玉が飛び込んだ。

 白い雪の波が地表を覆い尽くした。





 雪崩で埋まった斜面を駈けながらレックスは髭をそよがせる。
「おぬしなかなか見所がある男であるな」
 重体のダニエルにレックスは惜しみない賛辞を送った。アリーセがその体を支え、藤花がスキルが尽きるまで回復を重ねる。
「礼を言います…。先生のことも、今も」
「むふん!」
 もこもこすぎて毛玉に埋もれてしまったファティナの声にレックスはご満悦顔。
「…どうしてここに、一人で?」
 藤花の声にレックスは耳をぺたんと伏せた。
「我輩、難しい話は苦手である故」
「クラウンが、ここで難しい話を?」
 首を傾げる藤花にレックスは両前足で口を塞いだ。
「ほ、ほら、着くであるぞ!」
 急いで走った脚が千鶴達が待つ麓へと着く。
「クラプトン君…!」
 悲鳴が聞こえた。重ねられた雅の回復術に、ダニエルの瞼が僅かに震える。うっすらと開く瞳。ぼやけた視界に移る泣き顔の教師。
「…余り年寄に心配掛けさせてくれるな、鎹殿」
「…ッ」
 小さくあげられた手をとり、雅は泣きながらその胸に顔を埋めた。
「… …」
 声が聞こえたのかダニエルの手が雅の頭をぽんと撫でる。
 搬送手続きが始まる横で、千鶴は体に埋まってしまった撃退士達を取り出しているレックスに問うた。
「遊園地の時…天界の誰かと、会った?」
 レックスは瞳を細める。微笑は肯定だ。
 繋がった。だが、そこから生み出されるものは――何?
 藤花とアリーセに頬ずりし、焔に「男であるかー…」と勿体なさそうな顔をし、ファティナの瞳を覗き込んでレックスは額をこつんとあわせる。隠された魂の痛みに、未来の自分を重ねるように。
「さらばである!」
 一瞬で駈け去るレックスのモコ毛からふと何かが落ちた。
「…羽根」
 金色の。
「…私は知りたい。彼女が、彼らが、何を考えているのか」
 藤花に問われ、応える雅の声が流れる。頷き、千鶴は雪の向こうを見やる。
 しんしんと雪が降る。

『空に向かって“何故”を問いかけた』

 無意識に歌うアリーセの声が流れる。

『天は風を返してくれたけれど
 問うた答えは返ってこない…』

 そう、自ら答えを探しに行かなければ。


 山を見上げる雅の携帯が、新たな幕開けを告げるように鳴った。




依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: noblesse oblige・ダニエル・クラプトン(jb8412)
   <リゼラに凶刃を向けられた>という理由により『重体』となる
面白かった!:10人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
Silver fairy・
ファティナ・V・アイゼンブルク(ja0454)

卒業 女 ダアト
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
noblesse oblige・
ダニエル・クラプトン(jb8412)

大学部7年64組 男 ディバインナイト
撃退士・
アリーセ・A・シュタイベルト(jb8475)

大学部4年220組 女 アーティスト