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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/12


みんなの思い出



オープニング

 願い事はただ一つ。

 ――あなたのいる世界のままで。





 訃報を聞いた時、「嘘」とだけ言葉が出た。
 いつもと同じ朝が来て、いつもと同じように散歩に出かけた。
 なんの変哲もない日だった。
 来年には従姉妹に子供が生まれると知り、喜んでいた祖父母。
 嫌がっていた手術にも挑戦すると言ってくれた。
 わかっていた。
 長くは一緒にいられない。
 どんなに長くても五年。
 たった五年。たったそれだけの期間。
 短かった。あまりにも短かった。
 数字で見たくなかった。
 知りたくなんかなかった。
 それでも必死に覚えた。
 一日を、一時を、惜しむように一緒に生きたくて。
 一緒にいたくて。

 なのに、

 それすらも、

 許されない。

(どうして)

 右の拳を固く握ったまま、井上穂乃香は歩く。
 すでに夕暮れ。山深い道に人影は無く、電灯も無い。
 幽鬼にも似た足取りで穂乃香は行く。

 闇がそれを哂って見ていた。





「従姉妹さんが行方不明に?」
 依頼斡旋所に駆け込んできた女性に、職員は思わず席を立った。
 学園生でもあり、旧知でもある女性の事情はすでに知っている。結婚式に起きた悲劇も、その後のことも。
 そしてつい先だっておきた事件のことも。
「家から、連絡があって……おそらく、滝の方に、向かったの、だろうと」
 四国。徳島。轟きの滝。
 生徒達の尽力で事なきを得た人々の中、奪われた命は二つ。
 目の前の女性にとっては、母方の祖父と祖母である人。
「どうして……ッ」
 とっさについた悲鳴は、女性の本心だろう。
 抱き留め、職員は唇を噛む。
「依頼を出します。落ち着いて……ね? お腹の赤ちゃんに悪いわ 」
 女性は必死に息を整える。
 検診で分かったこと。奪われ喪われる惨劇の後に得た、小さな命。
 その矢先に、喜んでくれた肉親をまたもや奪われたけれど。
「すぐに急行してもらいます。今はとにかく安静を」
 長門さん、と声をかけられ、由美は頷く。

 金の羽根の入ったお守りが、わずかに熱をもったような気がした。





「そんなところで何しよんぜ?」
 かけられた声に、穂乃香は思わず振り返った。
 茸取りに来ていたのか、頭にほっかむりを被った老婆が木々の向こうから近づいてくる。
「山入りする格好でもなし、迷子け?」
 言われ、思わず瞬きをした。
 何故か不意に足下の地面を感じた。今まで何も感じなかったけれど。
 滝を目指し 、山中に入ったのは記憶にある。
 撃退庁や警察が封鎖していた地区は、夕方前には一部が解除されていた。それでも立ち入り禁止とされているのは、破壊された場所が崩壊する可能性があるから。
「向こうに行くんはいかんやろ。ほれ、帰らんけ」
 言われた言葉に緩く首を横に振る。
 そこに行っても、すでに何もないのは知っている。
 帰ってこない。
 もう二度と帰ってこない。
 それでも行きたかった。見たかった。辛いだけかもしれなくても。
「そんなちっさいライトだけで山ん中動けるけだ。帰れんようになる前にほれ、行くぜ」
 声に思わずついていきそうになったのは、それが祖母や祖父の言葉に似ていたからだろう。
 穂乃香は思わず走り出す。
「あっ、これ……!」
 呼び止める老婆の声が辛い。
 祖母はもういない。
 祖父はもういない。
 わかっているから、止まらない。

(いらない)

 帰り道なんていらない。
 帰る場所なんてもうない。

(こんな世界なんて、いらない!)

 もう家には、誰にもいないのだから。





 医務室で休みながら、由美はただ時計を見つめていた。
 穂乃香の両親は早くに他界していた。
 彼女の家には祖父母と彼女だけだった。
 一人残されて、どれほど絶望しただろうか。
 突然肉親を奪わえる絶望を知っているからこそ、すぐに駆けつけたい。

 けれどここに、宿った命がある。

 自身の思いだけでは、もう動けない。動いてはいけない。
(お願い……)
 動けないのが悲しくて。悔しくて。
 何故だか無性に涙が出た。
(無事で)
 託さなくてはならない願い。思い。祈り。――命。
 お守りを握り締め、ただ祈る。


 ――全ての運命を託された、学園の撃退士達に。





 木々の上から眼下を見下ろし、男は鼻を鳴らした。
「……遊んでやがる。暇に飽きたか……」
 遙か下の地表。そこを蠢くのは泥状のディアボロ。腐臭を放ちつつ進む様は、世界を浸食する行為にも似ている。
「なにやってんのかねェ……」
 暗視の瞳で泥を見つめながら、ぷらぷらと虫籠を揺らす。
 別に様子を見る必要もないだろうが、遊んでいるのを邪魔しても後々面倒だろう。
 ふと、その目が別の方角を見た。口元に軽薄な笑みが浮かぶ。
「あーぁ、連中が来やがった」
 関わる気は毛頭無い。
 だが、行く末は気になる。
 傍観者が見守る中、闇深い山間にいくつもの光が灯る。


 撃退士が到着した。




リプレイ本文


 ――私は何のために生きてるの?





「どうか、よろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げる長門由美に、一同は頷いた。
「必ず連れ戻しますから、どうか安心なさってください。お腹の赤ちゃんの為にもどうか安静に」
「はい」
 ファリス・メイヤー(ja8033)の親身な声に、由美もまた涙目で頷く。その手には、ファリスに語った金の羽根の入ったお守りが握られていた。
 そんな由美の姿に、強羅 龍仁(ja8161)はふと昔戦ったディアボロを思い出す。
(由美……もしやあの時のディアボロの?)
 巨大な虫型ディアボロだった。――その内側に、悲しい母親の魂を抱いた。
 だが今はその話をする暇はないと、そっと口を噤む。
「井上さんへ、何か伝言はありませんか?」
 尋ねる緋月(jb6091)の声に、由美は告げた。
「帰っておいで、と」
 復讐の為に天魔に縋りかけた自分を引き戻した祖母の言葉。今度は、それを従妹の為に彼女達に託す。
「ところで、相談なんだが……保護した井上嬢と一緒に暮らすことは可能だろうか? 一人きりの家では、彼女も辛いだろう」
 行方不明になっている井上穂乃香の事情を聴き終えたリョウ(ja0563)の声に、由美は何かを言いかけ、不思議な微笑を浮かべて言葉を飲み込み、頷いた。
「穂乃香がそれを望むのでしたら」





 現場到着と同時、龍仁の星の輝きにより四方が真昼のように照らし出された。
 轟の本滝を目指し、綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)は翼を広げる。
「先に行く!」
「頼む!」
 エルゼリオと緋月が空を、地上を龍仁が全力移動で駆ける。見送ったリョウの横顔がファリスの星の輝きで照らされた。
「目印になればいいのですが」
「まぁ、向こうが光を目指してくれれば、世話ないんだけどね」
 いざという時のヘッドライトをチェックしながら、鈴森 なずな(ja0367)もファリスと共に走り出す。
「ええ」
 ファリスの声には憂慮の色が濃い。連れ戻されるのを拒否する可能性だってある。だが、
「必ず見つけ出し、連れて帰る。長門と約束したのだから。そうだろう?」
「はい」
 隣を行くリョウに頷き、前を見据える。
「必ず」





「いました…!」
 階段を一気に飛び越え、緋月は小さく叫んだ。周囲は闇に包まれている。そんな中で動くライトは目立った。
「井上さん!」
 緋月のヘッドライトが地上の穂乃香を照らす。逆に地上から照らされて緋月は目を細めた。
「無事か!?」
 緋月の横をエルゼリオが飛翔し、地上へと舞い降りる。ヘッドライトに眩しげに目を細めていた穂乃香は、擦り傷や苔を擦った跡などがある程度だ。
「なに!? あなた達!?」
 その足が一歩後へ下がる。
「私達は久遠ヶ原学園の者です。長門由美さんに依頼されて来ました」
「由美…から?」
 緋月に言われ、初めてその存在を思い出したように穂乃香は呟く。
「そうだ。お前を心配して俺達に依頼した」
「夜の谷は危険です」
 さぁ、と差し伸べられた手に、穂乃香はまた一歩下がった。
「どこへ行けと?」
 その顔が歪む。
「私にはおじいちゃんとおばあちゃんだけだった。だけどもういない!!」
「――まだ、お前には由美がいる筈だ。今度はお前が彼女を悲しませるのか?」
「由美は『別の家の家族』よ!一緒じゃない!!」
 きっぱりと言い切られ、ふたりは息を飲んだ。
 年のそう離れてない従姉妹。仲は良かっただろう。だが、間違えていた。彼女はあくまでも長門家の家族。井上穂乃香の家族では無い。
 その時、光が三人を照らした。
「だが、そのお前を心配し、心を痛めているのは誰あろう、長門由美だ」
 空を行くふたりに続いて、先行してきた龍仁が周囲を照らしつ、告げる。
「お前は身籠っている由美に残される者の辛さを味あわせるのか?」
「ッ」
 穂乃香は言葉に詰まった。そんなもの、とは言えなかった。
 新しい家族の祝いをしたばかり。大切な祖父母と。だから。
「『本当に』お前にはもう誰も残っていないのか?」
 重ねて問われれば言葉が出ない。『無い』事実は変わらないのに。
 その時、ずっと周囲を警戒していたエルゼリオがハッとなって顔を上げた。
「…兄様?」
 エルゼリオは川に向かって身構える。
 龍仁もまた身構えた。その頃には緋月にもわかっていた。
「な、何?」
 一人、わからない穂乃香が戸惑う。エルゼリオは叫んだ。
「――緋月!彼女を連れて先に逃げろ…!!」


 闇の向こうから、悍ましい気配が忍び寄っていた。





 三人の撃退士が敵を感知する前――
 龍仁から穂乃香発見の報を受けた三名はホッとした表情になった。
「…それにしても井上さんも困った人だね」
 帽子を目深に被り直し、なずなが呟く。
(人は皆いつか死ぬんだ)
 心の中で小さく独り言ちながら。
(早い遅いはあれどもさ)
 やがて辿り着く終着点として、命は必ず死に至るのだから。
(だからさ、そんなに悲しまなくてもいいんじゃないかな。井上さんの祖父母は運が悪かったのさ、きっとね)
 風が草原を吹き抜けていくように、さらりとそんな風に思考が流れる。なのに、何故だろう。胸が切ないのは。
「敵だと!?」
 そのなずなの耳に、リョウの声が届いた。
「急ぎましょう!」
 ファリスの声に頷き、駆ける。ほどなくして三人の耳に声が聞こえてきた。
「離して!離してよ!!」
「駄目です…っ。危険ですからっ」
「天使なんかに助けられたく無いわよ!!」
 悲鳴に似た拒絶の声に、思わず三人は顔を見合わせた。ファリスの表情が変わる。
 兄の指示で一足先に穂乃香を抱き抱えて飛翔した緋月は、空中にも関わらず暴れる穂乃香に困惑していた。
「待ってください…!私は、私達は、井上さんを助けに…」
「じゃあなんで!なんでおじいちゃんとおばあちゃんは天使に殺されたの!?」
 穂乃香の叫びに緋月は答えを返せれない。緋月にとっては辛い選択だった。救い手すら拒絶するのは、相手が激情の只中にあるからだ。周りが見えなくなっている彼女をなんとか助けたいのに。
「この羽根が、おじいちゃんとおばあちゃんの持ってたこの羽根が、仇なんでしょ!?」
「違います!」
 叩かれようと詰られようと決して穂乃香を離さず、耐えていた緋月を光が迎える。
「その羽根は違います!」
 星の輝きを発動させたファリスだ。金の羽根の大天使と縁のある由美。その話を彼女は聞き出していた。
「仇も天使でしょう。けれど、あなたのお婆様とお爺様のご遺体を…守ってくれたのも、別の天使だったと、そう」
 報告書で知った、土砂で埋もれるはずだった遺体。由美から聞いた天使の話。
 語られ、穂乃香は首を横に振る。信じたくない。信じないと、必死に訴えるように。
「今あなたを守ってくれている緋月さんは、私達の大切な仲間です」
 だから信じて。
 人と共に在ってくれる、優しい天使もいるのだということを。





「なんだこいつは」
 最大射程から魔法を放ちながら、エルゼリオは敵の姿に目を眇めた。一瞬照らし出されたのは巨大な泥の壁。
「スライムか!?」
 魔法を放ってすぐ階段を上がり、龍仁は呻く。その防具が腐食したようにぐずぐずと崩れていた。
「腐敗か…いや、浸食速度が異様に速いな…」
 後退を援護しつつ、エルゼリオは思案する。仲間と合流すべきだろう。だが、今、仲間の元には妹が穂乃香を連れていったはずだ。それに……
「誤解を解かねばならないな。すまん。辛い思いをさせた」
「いや…。覚悟はしていた」
 天使に家族を殺された者。それを救おうとすれば、大なり小なりぶつかる現実。それでも、助けたいと思った気持ちだけはどうしようもなかった。
 その気持ちを慮ってくれる仲間もいる。
「今は彼女を守ることだけが重要だ。命も、その心も、な」
「…ああ」
 決然と言い切ったエルゼリオに、一瞬だけ痛みを堪える顔になって、龍仁も頷く。優先すべき事項は変わらない。例えこの身を盾にしようとも。
 敵情報を仲間へと伝えながら、二人、互いの隙を補い合うようにして走った。


 理不尽な怒りは燃料を失えば鎮火する。従姉が体験した事件なら、穂乃香も知っていたから尚更だ。
「私を嫌ってくださっていても構いません。ですが…どうか今だけは、あなたを守らせてください」
 緋月の誠実な声に泣きたい気持ちになる。拒絶したい。出来ない。理不尽な憎しみも怒りも胸にあるのに。理不尽だと分かっているから。あまりにも相手が真っ直ぐだから。
「守ってもらって…どうするの。もう誰もいないのに。二人とも、いなくなっちゃったのに!!」
 零れるのは慟哭。世界の誰よりも愛していた家族への慕情。
「井上さんとお爺様とお婆様…思い出は数え切れない程あると思います。その思い出が貴女を苦しめる事もあると思います。けどその思い出は貴女だけのものでもあるんです…!」
 思いに、緋月もまた思いを返す。
 自分にも大切な家族がいる。だからこそ。
「貴女が亡くなったら誰が思い出すんですか…!!」
 自ら放棄することだけはしてほしくなくて。
 必死な緋月に穂乃香は唇を噛む。
「――君の従姉妹が懐妊している事は知っているな?君には新しく生まれてくる家族に伝えられる事が有る筈だ」
 リョウはそんな穂乃香に語った。
「穏やかな朝、温かい陽だまり、優しい夜が世界にはあると。君はその中を大切な家族と生きてきたのだから」
 暖かなものを与えられていた側から、暖かいものを与える側へ。
 ずっと、家族に愛し愛されてきたのだから。
「俺達でも暗闇は祓い、敵は討てる。だが、彼女達と真実『家族』であれるのは君だけだ」
 例え家庭は違っても。
「生きろ。君は間違いなく世界と繋がっている」



 虚ろな胸の内を締めつける痛みに、なずなは小さく俯いた。
(やっぱり親しい人がいなくなると悲しいものなのかな)
 昔の私なら悲しいと思えたんだろうか。
 だが、今の自分では何も感じない、…感じようと思えない
 感情は摩耗したかのように尖ることも揺らぐこともなく、ただそこにある事象を滑らせていくばかり。
(父さんのいなくなったこの世界には私ひとりぼっち)
 虚無の始まりがいつかと問われれば、起点はそこに。時という抗えぬものの前にあっては、もはや忘れ得ぬと思ったものの全てが朧気で。
(今じゃもう父さんの顔も思い出せない)
 私は何のために生きてるの?
 誰にために生きてるの?
 心の内側で生まれた問いは、答えを得ることなく泡沫のように弾けて消える。ずっとそんな自問自答。
 …嗚呼。だから。
 なずなは帽子を深く被り直す。
(…だからかな、少し井上さんが昔の私を見ている様で少しだけ、胸が切なくなるんだ)
 歩く速度はいつも通りに。深く被った帽子でその瞳を隠して。
「可愛いお嬢さんが夜中にフラフラと出歩いたら危ないよ?こわーいこわーい狼さんが出てきちゃうかもしれない」
 手を差し出す。世界から切り離されてしまった、悲しいもう一人の自分に。
「行こう」



 龍仁達と連絡を取り合い、周囲の警戒にあたっていたファリスはふとその存在に気付いた。
「おんや。皆なにしとんね、こんなとこで」
「おばあさん…」
 木々の向こうから現れたのは、ほっかむりを被った老婆だ。
「ここは危険だ。あなたも避難を」
 老婆に声をかけ、リョウは穂乃香の様子を見てから告げた。
「俺は援護に行ってくる」
 ハッと緋月が顔を上げる。兄のことが脳裏を横切った。
「護衛は私が」
 その背を押すようにして、ファリスが穂乃香となずなの側に立つ。一瞬迷い、緋月は決意を込めて頷いた。
「必ず、向こうで留めてみせます」





 白色の大鎌が泥を裂く。奇怪な手応えは、まるで見えない粘着質の鎧ごと切っているよう。
「…またか!」
 龍仁は呻く。スライムは強敵とは言えなかった。だが、度々その泥に侵された鎧はぐずぐずと朽ち続け、すでに防御は無いに等しい。
 スライムの動きが鈍重だからこそなんとかなっているが、これが素早かったらどうなっていたか。
「穂乃香は安全地に移動した。一旦下がれ!」
 ふたりの奮戦によりスライムの巨魁も今は半分ほど。エルゼリオの声に龍仁は頷く。その頭上で黒い塊が動いた。
「!?」
「させません!」
 瞬間、緋月の閃滅が上から襲いかけたスライムの塊を吹き飛ばした。遅れてリョウが戦場へと走り込む。
 放たれた黒雷槍がスライムを纏めて貫いた。
「遅くなった。もう多少バラけさせても大丈夫だ」
 穂乃香の安全を確保し、人手が増えた今、龍仁が身を呈して自分に惹きつけ続ける必要は無い。
 アウロラを構え、リョウは力ある声で告げる。
「――ここから先は『通行止め』だ。貴様らを『この夜』から先には行かせない」






 なずなはずっと穂乃香と手を繋いでいた。理由はわからない。ただ、そうしておきたい気がした。
「伝言がある。他の誰でもない『井上穂乃香』へだ」
 敵を掃討し終え、朽ちた魔装を解いてリョウは穂乃香へと声をかける。
「かえっておいで、だそうだ」
 穂乃香は俯く。由美の家で暮らすことは、彼女自身が拒否した。新しい命が生まれる新婚家庭に、とてもではないが入れはしない。けれど、
「由美に、言うべき言葉もあるだろう?」
 その声に穂乃香は口を開く。
「ご…」
「ごめんではない。――ただいま、だ」
 龍仁の声に、思わず涙が浮かんだ。その穂乃香にエルゼリオは手を差し伸べる。
「…人は刹那の刻を生きるからこそ。どんなに辛くても生き、未来を紡いで行く。それこそが生者の――死者に対する唯一の手向けの筈」
 例え傷を抱えたままでも。前へ。

 新しい日は、いつだって必ず訪れるのだから。





 穂乃香を信頼する仲間に託し、ファリスは老婆の手を握り続けていた。その手は、僅かに震えている。
「寒いのかい?」
「いいえ」
 説得を続ける五人には二人の会話は聞こえない。
 誰も老婆に注意を払ってはいなかった。――ファリスを除いて。
「怖いのかい?」
「…そうですね」
 ファリスは頷く。見下ろす老婆は小柄。ほっかむりのせいで、表情は見えない。
「お尋ねしたいのですが」
「なんだい」
「何故、今、天魔が出た『立ち入り禁止区域』に――?」
 老婆が顔を上げた。
 お人良しそうな皺くちゃの顔。
 笑った。

「ああ、ああ。見抜くのか。見抜くのか、人の子如きが」

 楽しげに。楽しげに。
 瘴気の如き気配を纏って。
「でも今は、まだ早い。まだまだだ」
 異変に気づき五人が振り返るより早く老婆は姿を消す。潜行か。だが気配すら読めない。

「今回は失敗した。ああ、ああ、これだから人間は面白い」

 悍ましい笑い声に闇が騒めく。
「あれは!」
 龍仁が声を上げた。視線の先に、六人は見た。
 木の上に立つ虫籠を手にした男と、その隣に現れた、黒翼の人魚。

「あぁ、あぁ、次は何の遊びをしようか」

 哄笑を響かせて去る二体の冥魔を六人はただ見送る。
 負けたことすら楽しげに去る悪魔。
 なずなとエルゼリオは手に力を込める。守りきった穂乃香と繋いだ手に。


 撃退士達は完勝したのだ。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 約束を刻む者・リョウ(ja0563)
 天眼なりし戦場の守護者・ファリス・メイヤー(ja8033)
重体: −
面白かった!:7人

リスクテイカー・
鈴森 なずな(ja0367)

大学部4年44組 女 鬼道忍軍
約束を刻む者・
リョウ(ja0563)

大学部8年175組 男 鬼道忍軍
天眼なりし戦場の守護者・
ファリス・メイヤー(ja8033)

大学部5年123組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード
天威を砕きし地上の星・
緋月(jb6091)

大学部6年2組 女 アカシックレコーダー:タイプA
撃退士・
綾羅・T・エルゼリオ(jb7475)

卒業 男 アカシックレコーダー:タイプB