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マスター:九三壱八
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/10/02


みんなの思い出



オープニング




 記憶の中の兄は、いつも悲しそうな顔で笑っていた。


「行っておいで。いつか必ず、おまえが生き延びるための力になるから」


 そんな言葉は聞きたくなかった。
 ここにいてもいいと言ってほしかった。
 けれど告げられたのはいつもと同じ穏やかな声の、どこかあっさりとした残酷な別離(ことば)。
 何故、を考えるのが辛かった。
 裏切られた気すらした。
 一緒にいてくれると思ったのに。『あの日』の家族みたいに、居なくなったりしないと思っていたのに。
 ……本当の家族だと、思っていたのに。
「爽兄ぃは、俺等がいないほうがいいんだろ!」
 口をついて出た言葉をどうやって取り消せばいいのだろう。
 幼い心のままにぶつけた言葉は、いつまでも茨のように心臓を締め付ける。
 沢山の思い出があるはずなのに、いつも思い出すのはあの日あの時の顔ばかりだ。

「元気で」

 言われた言葉に返した棘を兄はどう思っただろうか。
 ぽつぽつと届く便りに返信も出来ず、鬱屈したものが蟠るのを感じながらひたすら撃退士としての職務と勉学に励んで、賢明に後ろを振り返らぬよう自分に言い聞かせ続けてきた。
 そして高等部入学。

 あの日から、五年の歳月が経っていた。





「和兄さん」
 廊下でかけられた声に、涼風和幸は教科書片手に振り返った。
「桂」
 振り返った先にいた涼風桂は、兄の声にふわっと笑う。
「試験勉強、進んでる?」
「当たり前だろ。いつも通りに決まってるじゃねーか」
「……うん。だよね」
 どこかふて腐れたような口調で言う兄に、桂は微笑む。二人並んで、廊下を歩いた。
 黒髪黒目の和幸。銀髪・金緑石の瞳の桂。
 身に持つ色からして、似ていない兄弟だった。どちらも秀でた容貌をしているが、その顔立ちもまるで違っている。
 そのせいもあってか、同じ名字であっても、この二人が「兄弟」だと分かる者は少なかった。
 当然だ。二人とも血は全く繋がっていないのだから。今使っている名字も、自分達が兄と慕う人の名字を拝借したものだ。
「爽兄ぃから進級の前祝い、届いてたね」
「…………」
「もしかして、またペンだった?」
「………………………………スマホ」
 長い沈黙の後でぼそっと言われた言葉に、桂は微笑った。
「よかったね。欲しがってたもんね」
「……おまえ、爽兄ぃに言っただろ」
「うん。だって和兄さん、爽兄ぃに連絡とらないじゃない」
 その声がどこか悲しげで、とっさに言いかけた言葉を飲み込んだ。でもそれでよかった。いらないことをするな、とか。爽兄ぃの負担になるだろ、とか。言わなくてもいいことまで言いそうだから。
「あっちは平穏なままだって。九州とか、少し怖いことになってるけど……あんなに小さい島だもん、天魔も興味示さないよね」
 それはいつもの近況報告だった。それと同時、淡い希望を込めた願いでもあった。
「……僕達が戻るまで、ずっと平和でいてくれるかな」
 桂の言葉に、和幸は言葉を返さない。
 兄に会いに行こう、と、弟が言わなくなったのはいつ頃だったろうか。なんだかついこの間のような気もするし、ずっと昔なような気もする。いずれにしても、和幸が頷くことは無かった。だって今更、何を言えばいいか分からない。どんな顔をして会えばいいかも。
 けれどもう、五年。
 もう、高等部。
「……あの時あんまり気づかなかったけどな、西之表のフェリーってさ、えらく遠いのな」
「……和兄さん?」
 ぽつりと言われた言葉に、桂は小首をかしげた。
 和幸はそっぽ剥いたままふて腐れたような顔で言う。妙に唇が乾いて、拳が震える。天魔と闘うより勇気がいるような気がした。
「依頼で貯めた金もあるしな……昔もらった分の借り、返さなきゃいけねーだろうしな」
「うん」
 言わんとすることを察して桂は微笑った。嬉しくてたまらない気持ちが零れた。
「爽兄ぃに会いに行こうね!」
 この試験が終わったら。


 それは全ての物語が動き始めるほんの少し前のこと。
 南方の小島はいつも通り平穏で、ずっとそのままでいてくれると思っていた日の話。


 人々のささやかな願いや幸せなど、踏みにじられるのが常と知っていたはずなのに。





 九月某日。
 依頼所に駆け込んできた少年は必死の面持ちで叫んだ。
「種子島に……誰か、誰か、一緒に来てくれ!」
 今までにこなしてきた依頼の報酬を握りしめ、和幸は自らを依頼主として頼む。
「兄さんを……爽兄ぃを助けなきゃ……!」

 ただそのためだけに、撃退士になったのだから。






 種子島、南種子町。
 島間港の一角、フェリー待合所の中で男は電話をかけていた。
「港に天魔がいて逃げるのは無理だ……! 連中、いきなり現れたんだ……! 宇宙センターからもこっちに避難に向かってるらしいが、警告しようにも連絡がつながらないんだよ……! このままだと彼等が犠牲になる……! 俺達もどうなるか分からない……!」
 音が外に聞こえない様、可能な限り潜められた声は紛れもない悲鳴だった。
 つい数分前、突如現れたのは大きなイモリ型サーバント。港中をのそのそと歩くその異形のおかげで、フェリー待合所には男女合わせて五名が取り残されている。
「今から久遠ヶ原学園に連絡を…… ! い、いや、待て」
 身を隠しつつ窓の外を様子見た男は、そこで信じられない光景を見た。
 遥かな視線の先――港の入口付近。

 まだ連絡していないのに、久遠ヶ原学園生の姿がそこに在った。



リプレイ本文


 景色が飛ぶように背後に流れる。
 炯々と輝く太陽の下、全力移動で駆ける影は七つ。
「宇宙センターの人達は無事避難してるみたいです。こっちの港に向かってるって」
 携帯片手に音羽 千速(ja9066)はそう報告した。別件で種子島に発った友人が依頼人・涼風和幸の兄、爽と同行していると知りその情報を一手に引き受けたのだ。
「そうか」
 僅かに安堵の色を瞳に浮かべ、和幸は「すまねぇ」と小さく零す。
「あんた達をいきなり連れ出す形になっちまって」
「ま、気まぐれよ」
 焦燥の中に後悔を滲ませた和幸に、百夜(jb5409)はさらりと告げ、笑む。
「天使共がすきっ腹が過ぎて食いつく相手を選ばな過ぎる様子だから躾に行こうってだけ」
 艶やかな笑みの中、密かに心中でも呟いた。
(そのついでに、まあ、感動の再会でもあれば良いことした気がして気分が良いでしょうしね)
『ホホホ、感謝するがよいぞ。この偉大なるまろが来たからには全て解決じゃ! 現れたのは天界勢であろ? 奉公種族なんぞまろの手にかかればちょちょいのちょいじゃ』
 ふわんふわん空に浮きながら、崇徳 橙(jb6139)は体を反らすようにして胸を張った。不可視の翼のせいか、その姿は天魔というより幽霊のようだ。
「港の方にも人はいらっしゃるでしょうね」
 学園と連絡を取り合いながらディアドラ(jb7283)が呟く。一斉に活性化されるのは阻霊符だ。
「これでこっちの動きに気付かれそうだけど…天界の犬如きに後れを取る気はないし…まずい酒を飲む気もないしね」
「誰も犠牲にさせやしないわ」
 百夜の声に頷き、真城風 紗耶(jb7336)は決意を新たにする。
(この依頼が私の初めての一歩。なんとしても成功させるわよ)
 魔具が陽光に輝く。あまりの速度に風を切る音すら聞こえるほど。それでも前へ。早く。早く。
「和幸様はお兄様がお好きなのですね…」
「う・んぇ!?」
 ディアドラの声に和幸は素っ頓狂な声をあげた。強ばっていた気配が崩れるのに、ディアドラは優しく微笑む。
 見ていればわかる。その切ないほど真っ直ぐな思い。
(五年ぶりの再会…必ず会わせてみせます)
 表情の強ばりが消えた和幸が慌てて前を向き直る。二人の様子を横目に、ケイ・フレイザー(jb6707)は誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「家族、か」
 幼い頃に誘拐され、両親の顔も自分の本当の名字も覚えていない彼には、その言葉はあまりにも遠い。
 まるで別の世界の話のような。
 ――触れられない、硝子の向こうの景色のような。
(攫われる前は自分にも…いや、今は俺のことは、いい)
 今の自分には縁遠いものだから。
 だからこそ――
「……気負いすぎんなよ」
 ともすれば感情に潰れそうな和幸の肩を叩き、ケイは告げる。自身の視線は真っ直ぐ前を見つめたまま。僅かにこちらを見る和幸の視線を受けて。
「なんとかしてやる」
 視界の端で、和幸が小さく頷いた。





 港内。サーバントの姿は遠目でもすぐに分かった。
「先手必勝です!」
 一度速度を落とし、常の走りで距離をつめた千速が火蛇を放った。潮の匂いを焼き払うように紅蓮の炎が襲いかかる。表皮を焦がし、千速へと向き直るニュウトの横で影が舞った。
「いきなりで悪いけど…沈んでくれるかしら?」
 待合所までの直線距離上、邪魔になるニュウトの巨体に捻りを加えた紗耶のスマッシュが深々と食い込む。
 ごぼり、と喉の奥から何かの液を零しながらニュウトが倒れた。
 まず、一体。
『ホホホ、高貴なる存在のまろは雅に事を済ますのじゃ』
 軽やかに笑い。橙はストレイシオンを呼び出す。
『イモリ型とはの。アレ等は毒がある種も居るのじゃ。爪や牙、口からの攻撃に注意するがよいぞ』
 余波で毒を喰らってはかなわない、とばかりふわふわと高度を上げ、橙は文字通り高見の見物で召還獣に指示した。
『それ、まろの威を示すがよい!』
 大きく開かれたストレイシオンの口からブレスが放たれた。顔面に直撃を喰らったイモニュウトの腹に向かい、百夜がしなやかな体を踊らせる。
「大人しくしてもらうわ」
 凄まじい衝撃がニュウトの体を襲った。身動きすらできないニュウトにケイの一撃が決まる。
「待合所へ! ――!?」
 一般人の保護を目指し、駆けだした横合いから黒いものが飛び出してきた。新手だ!
 状態を上げ、身を反らしたニュウトが大きく口を開ける。
「ちっ」
 素早く避けたケイの眼前を黒い塊が横切った。
 鼻を刺激する異臭にケイは顔をしかめる。
「毒か!?」
 そのニュウトの頭がいきなり爆ぜ飛んだ。炸裂符。ケイの横を守りに来た和幸と、もうひとり――空へと飛翔したディアドラだ。
「右通路奥にもう一体来ます!」
「どうやら、私達を敵として優先的に狙ってくれるようですね」
 ディアドラの声に武器を握り直し、紗耶は口元に笑みを浮かべた。ふつふつと沸き上がるのは闘志。幼い頃から鍛錬で身につけた技をもって、紗耶は待合所までの道を切り開く。
『尻尾にも気をつけるが良いぞ。爪や口も武器であろうて』
 優雅に浮いたまま橙が声を放つ。その目がこちらを見据えるニュウトを捕らえた。口を大きく開こうとしている。
『奉仕種族ごときがまろに刃向かうとは、片腹痛いのじゃ!』
橙の声に応えるようにストレイシオンが大きく口を開いた。強烈なブレスを頭から被り、のたうつニュウトに千速の火蛇が襲いかかる。
「道が開けました!」
 炎に呑みこまれたニュウトが倒れ伏す。直線状に敵は無い!
「建物の向こう側に回ります!」
 千速の声にディアドラが待合所の向こうへと飛ぶ。
 戦いの気配に呼ばれ、荷置場から現れた新手にはケイが立ち塞がった。
「そっちへ行って貰っちゃ困るんだよ」
 放たれた攻撃がその顔を抉る。剥き出しの敵意を向けられるのに、ケイは不敵な笑みを浮かべた。
「来な! 俺が相手だ」
 攻撃を集中させるのは敵を一体ずつ確実に屠る為。別個体に攻撃を当てるのは、敵愾心を自分に向けさせ、一般人に被害が行かないようにする為。
 常に選択し攻撃を放つ彼らの手によって、まるで操られるようにしてニュウト達の動きが定まっていく。攻撃優先の高い脆弱な人間達から、撃退士へと。
「っ!」
 ぶん、と風を切って叩きつけられた太い尻尾に、紗耶は防御を固め受けきる。
(傷が深いのから、順次撃破を)
 新たに表れたニュウトは無傷。なら――
「あなたは、後回し…!」
 腰を使い円を描くようにして体を回す。綺麗に流されたニュウトを後に素早く負傷敵目指して駆け走った。
 その背後でうめき声があがった。
 見れば先程のニュウトが影を縛られ悶えている。
「目印です。先輩から聞いた事あるんです、似たような個体が多数いる場合はダメージを集中させて個別撃破するつもりでも別の個体を攻撃する事も多いから、敵を判別出来る方法を持って置いた方が良いって」
 千速の声に「なるほど」と紗耶は頷く。
「いきましょう。休憩所を確保したら後は一気です!」
「ええ!」
 二人、並んで休憩所へと走った。





 飛翔したディアドラが建物の反対側を警護し、ケイと和幸が入口を固める。のそのそと近づくニュウトを百夜が鮮やかに薙ぎ払ったのを横目に、千速と紗耶が建物内へと声をかけた。
「誰かいらっしゃいますか!?」
「おお!」
「助かった…!」
 待合所内の人々が一斉に歓声をあげる。彼等にしてみれば正に天の助けだ。
「まだ連絡もして無かったのに、あんたら…どうやってここの事を!?」
「えぇと、宇宙センターの人達、こちらに避難されるんですよね?」
 つめよられ、とっさに確認した千速に人々は「ああ」と納得顔になる。
「それで港にも来てくれたのか」
 地味に誤解が発生しているようだが、結果的には同じことだ。両手を押し戴くようにして感謝され、やや赤面しながら紗耶は声をかけた。
「私達が必ず守ります。もう少しだけ、ここで待っていてください」
 頷きと共に向けられる祈るような視線。その熱に、紗耶は息を呑んだ。
(これが、撃退士の、任務)
 カッと体の奥が熱くなるのを感じた。命を、思いを託されるということは、こういうことなのだ。
 生み出される感情を胸に、紗耶は安心させるように人々へ頷く。
(必ず、救います!)


(避難する人たちが港に到着するまでに全部退治しないと!)
 血を蹴りつけ、千速の小柄な体が舞った。水鏡旋棍が風を切ってニュウトの頭部を強打する。青みがかった血を撒きながらニュウトの体が大きく反転した。
「お、っと」
 唸りをあげて襲ってきた尻尾を回避し、千速は目隠の技を放つ。靄に似たアウルに視界を遮られ、ニュウトが苛立たしげに奇怪な声をあげた。
 待合所を守る撃退士の元にニュウトが集結しつつあった。すでに四方を囲まれている。
(他の皆も、戦ってる)
 距離と個体数を考えれば、自分一人でこの敵を相手取らなければならない。厳しいかもしれない。けれど――やるしかないのだ。
「――おまえ達に人は襲わせない」
 誰も犠牲にはさせない。港の人達も。そして、ここへ逃げて来る人達も。
「おまえはそこで、朽ちていけ!」
 血を噴出しながら襲いかかろうとするニュウトの頭に、千速の兜割りが叩き込まれた。


「さぁ、躾けてあげるわ。いらっしゃい」
 嫣然と微笑む百夜をめざしニュウトが走る。重い音を響かせる敵の突進を百夜はひらりと優雅に躱した。風のように横に回り込んだ百夜の目が近接の敵とその向こうの敵を捕らえる。
「……私が傍に居ながら余所見だなんて、いけない子」
 対応していたケイの前、横並んだ敵二体を百夜の発勁が急襲した。
 横合いからの痛烈な一撃によろけながら、ニュウトがケイに向かって口を開く。
「毒、か。口元の動きでバレバレだぜ、っと!」
 口の端に不敵な笑みを刻み、飛来する毒液を避けながらケイがニュウトに肉薄した。深い傷を負ったニュウトの腹部を炎のようなアウルを纏う剣で薙ぎ払い、逆手に持つもう一本の剣を突き刺す。
 双剣に止めをさされたニュウトが絶命する横、仲間を失ったニュウトが百夜に尻尾を放った。避けようとした足がニュウトの血で滑る!
「ッ」
 覚悟し、瞬時に防御態勢に入った百夜の体が青光に包まれた。激しい音と同時に衝撃が体を襲う。だがその痛みは想像したより弱い。
『折角まろが来てやっておるというのに、下手を踏まれては適わんのじゃ』
 頭上から声が降ってきた。
 見上げれば、橙が虚空に仁王立ちしている。ストレイシオンの防御効果だ。
「ふふ。ありがとうね」
『!』
 一瞬びっくりしたような顔になり、橙は慌ててそっぽ向く。その耳が明らかに真っ赤になっていた。


 和幸と背中合わせで戦いながら、紗耶は自身の鼓動を感じていた。
 世界が収束する。意識が研ぎ澄まされる。託された願いを叶える為の力が此処にある。
「これで、終わりです!」
 和幸の動きに合わせ閃かせた破魔の槍がニュウトの体を深々と突き刺した。




 反対側を一人で守りきったディアドラが、不思議な笑みを浮かべながら舞い降りた。近くにいたケイに耳打ちする。
「!」
 目を瞠り、そちらを見てケイも笑んだ。二人で待合所の人々と情報交換している和幸の傍に向かう。
 そちらに背を向けている彼は、気づいていないから。
「お疲れ」
 ケイの声に和幸は顔をあげ、苦笑した。
「そっちも」
 言って、首を傾げる。二人の笑みが妙に気になる。
「なぁ。悩んでたみたいだけどさ…素直な気持ちってやつ、伝えたらいいんじゃねえ? …一緒に居られる時間の大切さってやつに気づいたなら、躊躇してる暇なんてない、だろ?」
 ケイの声に和幸は目を瞠る。
 ケイとディアドラが和幸の肩を掴み、くるりと後ろを振り向かせた。
「どうすればいいのか分からなくても、自分がどうしたいかは分かっておられるのでしょう?」
 バスが見えた。
 息が詰まった。
 急くようにバスを降りる人の癖毛。
 導かれるように視線の先にある人。

「全部なさいませ。貴方は貴方の心をお兄様に見せていないのですから」

 背を押され、足が動いた。
 躓くように二歩、三歩。 

 ――覚えているのはあの日の悲しげな微笑。

 離れたくなかった。それがただ幼い我儘だと知っていても。
 足が動く。転びそうになる。音も景色も思いも記憶もその人を見た瞬間に過去へと引き戻される。
 なのに全てがぼやけて姿が見えない。思い出したいのに。あの日の表情以外の全てを。
 本当には、もっと沢山あったはずだから。

 謝りたかった。
 確かめたかった。

 あとは、ただ、傍に居たかった。

 笑み。温もり。掌。眼差し。差し伸べる手。名前を呼ぶ声。
 ここに。此処に。爰に。茲に。ずっとずっと欲しかったものがある。

「和幸」

 声。
 瞬きの拍子に見える姿。穏やかな笑み。広げられた両手。相変わらずの癖毛。少し背が縮んだ? 違う。自分の背が高くなった。
 五年。その、決して短くは無い年月。

「爽兄ぃ!」

 背を押してくれた仲間達の声でようやく素直になれる。
 迎えてくれる兄の胸に、和幸は泣きながら飛び込んだ。





 再会する兄弟を見守りつつ、兄を護衛して来た仲間と合流して千速は目を丸くした。
「え。お兄さん、センターに戻る予定なんです?」
 彼らからこれからの爽の行動を知らされ、思わず天を仰いだ。
「なら、護衛して行きましょう」
  紗耶が苦笑して呟き、百夜が艶やかに笑った。
「ま、わざわざ手を出した以上は最後まで見届けましょうか。他へ行った隙にまた襲われました、なんて笑い話にもならないし」
「絶対一緒に行くだろうしな」
 ケイが二人の様子を見ながら肩を竦めるのに、ディアドラが微笑む。
「いいですね。血が繋がらなくても、あれほどに互いを思いあえる家族というのは」
「ああ。…そうか。……そういう家族もある、か」
 過去を思うとき、ふと訪れる虚無は如何様にもし難い。
 けれど、そう――未来には、手にはいるかもしれないのだ。自分にとって、家族と呼べる存在を。
 ――彼らのように。
『敢えてまた危地に戻ると? まろのような高貴な者には理解できぬ愚かさじゃ』
「とりあえず、ルートは護衛してくれてた道を辿り直す感じでいいかな?」
「そうですね。お願いしてきます」
 橙の声をバックに紗耶と千速がテキパキと行動を決め、ケイとディアドラが使えるスキルを話し合う。
 そのまま皆で動こうとする姿に、橙は慌ててふよふよ動いた。
「行くのね?」
 百夜が嫣然と笑ませる。
『まろがせっかく守ってやったのじゃ。変な所で倒れらるのは不愉快じゃ』
 胸を張りつつ震え声で言って、橙はふと口元に小さな笑みを浮かべた。
『偶には愚かに振る舞うのも、悪くは無いのじゃ』
 ――遙か過去に喪った友を思い出しながら。


 過去を思う者、未来を願う者、様々な思いを胸に人々は歩む。
 千速の携帯に新たな連絡が入るのはこれより少し後のこと。

 やがて彼らは知ることになる。


 種子島の争乱は、まだ始まったばかりだということを。




依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 久遠の風を指し示す者・ケイ・フレイザー(jb6707)
 おまえだけは絶対許さない・ディアドラ(jb7283)
重体: −
面白かった!:9人

リコのトモダチ・
音羽 千速(ja9066)

高等部1年18組 男 鬼道忍軍
暁光の詠手・
百夜(jb5409)

大学部7年214組 女 阿修羅
撃退士・
崇徳 橙(jb6139)

大学部6年174組 女 バハムートテイマー
久遠の風を指し示す者・
ケイ・フレイザー(jb6707)

大学部3年202組 男 アカシックレコーダー:タイプB
おまえだけは絶対許さない・
ディアドラ(jb7283)

大学部5年325組 女 陰陽師
撃退士・
真城風 紗耶(jb7336)

大学部4年160組 女 ルインズブレイド