光が弾けた。
照りつける太陽を抱くのは、霞一つ無い青い青い空。
水平線は遥か彼方にあり、沖の上には生クリームを積み上げたような入道雲。
砂浜は自ら光を放つかのように輝き、遠くには穏やかな波。
「すごいな…こんな綺麗な海もあるのか…」
バスから降り、大路 幸仁(
ja7861)は感嘆の声をあげる。後ろから降りてきた叶 結城(
jb3115)もため息を零した。
「人界は凄いですね…色んな光景がある」
「これは獲物も期待できそうやなぁ」
その嬉しげな声に結城はそっと道を開ける。おおきに、と笑って海の家に向かうのは桃香 椿(
jb6036)だ。素晴らしい胸が動作にあわせて動く様が艶めかしい。
「ふむ…嵐の海とはまた違った趣だな」
厳かに呟きながらエルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)が降り立つ。エミリオ・ヴィオーネ(
jb6195)は実姉の感想にため息をついた。
「そんなことを言って…油断してまた沖に流されないでよ」
「そうそう何度も沖に流されることはないよ」
「どうだか…。今日は姉さんがのんびりしてくれますように…」
はぁ、とため息をつく少年の後ろ、八神 翼(
jb6550)はふと顔を上げた。
(久遠ヶ原学園にきて、まだろくな戦果もあげていないのに海に遊びにきてしまうとは…)
海風に黒髪を靡かせながら、翼は遠い眼差しで海を見つめる。
ざざーん、と潮騒の音。
(まぁ…いいか。もう来ちゃったんだし)
わりとあっさりと気持ちを切り替え、波に誘われるように足を踏み出した。
「んふー! 海だーっ!」
その直後、シルヴィア・マリエス(
jb3164)が飛び降りてくる。ショートパンツ姿であっという間に浜辺に走った。
「今日は足元が熱いぞー!真っ白だぞー!海青いぞー!晴れてるぞー!」
少し前の依頼で雨の海水浴場を堪能してきたばかり。様々な顔を見せる海は彼女にとって堪らなく刺激的だ。
「海っていろんな顔があるんだねぇ!」
弾けるような笑顔で叫び、なんとそのまま海に飛び込んだ。
「あれ、服とちゃうんやろか…?」
首を傾げて後、後ろ頭を掻いて黄 秀永(
jb5504)は大きく背伸びする。
「せっかくの夏休みやさかい、海を思う存分漫喫するでー!」
声はどこまでも広がる空と海に吸い込まれるよう。圧倒的な解放感だ。
体中からわくわくが溢れていた華愛(
jb6708)は、降りる順番を待つ間にバスの窓から身を乗り出す。
(こっちに来て初めての海なので、楽しみなのです)
その目の前に広がる鮮やかな光景。
「すごいです…波の向こうにお魚が見えます!」
その声を頭上に聞きながら、バスの外、大きな瞳を輝かせて亀山 幸音(
jb6961)は海に魅入る。
「海…綺麗…」
人見知りな幸音は姉兄を追って学園に来たばかり。周りは知らない人ばかりでひどく緊張するけれど
(幸音も、一人で色々…出来るようになるの…!)
いつかちゃんと二人を支えられるようになるため、ぐっと可愛らしい握り拳を作った。
バスの運転手と話をする阿波座権左右衛門と鎹 雅(jz0140)を見つけ、リーリア・ニキフォロヴァ(
jb0747)は、幸仁、エミリオと共に丁寧にお辞儀した。
「先生、阿波座さん、今日はお招きありがとうございます」
「いっぱい楽しんでおいで」
「いや、むしろいつも頼んで悪いなぁ」
言って後、阿波座は微笑む。
「相変わらず、久遠ヶ原の子は行儀ええなぁ」
「そうだろう。いいだろう」
無茶苦茶嬉しそうな雅に阿波座は苦笑し、エミリオは戸惑ったように視線を彷徨わせた。
(それにしても先生、見た目若いよな…)
とても口には出せないが。その視線が下に降り、慌てて逸らされる。
(…胸大きいな…)
Fだった。
瀟洒な日傘が青空の下に咲く。
「お嬢様よくお似合いです」
冬片 源氏(
jb6030)が微笑んで日傘を差し出す相手は朔卜部月(
jb6055)。フレアワンピ風のタンキニの部月と水玉ビキニの源氏に、冬片 淡雪(
jb6032)は心からの賛美を贈る。
「お嬢様、よく似合ってますよ。姉さんも、綺麗です」
「ありがとう」
ふわっと微笑む部月に源氏は微笑み、淡雪はそんな源氏を見て微笑みを浮かべる。
愛らしい主従の向かい側には、海の家の店主に頭を下げるヴェーラ(
jb0831)の姿があった。
「お世話になります」
「よぉ来なすったな」
白いものが混じった髪を布で包んだ老婆に、ヴェーラは微笑む。
「いっぱい、頑張りますね!」
その横で、アンネ・ベルセリウス(
ja8216)は銛を手に笑う。
「お。頑丈そう。これ借りれる?」
「大丈夫さね」
笑って頷く店主に礼を言い、そこでハタと気づき狼狽えた。
「あっ、これ、漁の許可とかどうなるんだろ」
「儂が了承もらっとるからかまへんで」
遠くから声を聴きつけた阿波座が声をかける。アンリは笑顔で礼を言った。
「ありがとうございます!」
「やったら、釣りも気合入れて出来そうやな」
椿は嫣然と微笑んだ。
「ルアーフィッシングで大物仕留めてあげる」
「あたしは素潜りだね。大物なら負けないよ」
「いいね、競争しようじゃない」
こつんと拳をあわせて二人笑いあった。
そんな二人の遥か後ろでは、更衣室から飛び出したリーア・ヴァトレン(
jb0783)が爆走していた。
「うみうみうーみーっ!」
白い砂浜を駆け抜け、波打ち際にざぶざぶと入る。波が足元から水とともに砂を連れて行くのに歓声をあげた。
「うううくすぐったいーv」
ぱちゃぱちゃと足をばたつかせ、少女は両手を空へと向ける。
「おいでヒリュウ!」
「きゅい!」
呼ばれて具現するのは召喚獣のヒリュウだ。
「いっくよー!」
「よっしゃ、遊び倒すぞ!」
楽しげな光景を見つつ、ラウール・ペンドルミン(
jb3166)は腕を回しながら言う。リーリアは人を探しつつ目に留まった大岩に口元を笑ませた。
「あそこが遊泳エリアの終わり? 人待ちがてら、ちょっと潜ってみようかな」
「そこまで競争しよー!」
「うわっ、おまえもう往復してきたのかよ」
リーリアが呟いた途端、ザパーンッとシルヴィアが海から飛び出てくる。
「二人が遅いんだよっ」
「最初から水着着てる奴と勝負になるかよ。つか、帰りの服どうするんだ?」
「いくよーっ! 負けたら罰ゲームだからねっ」
「罰ゲームとかあんのかよ!? いやその前に服の心配しろよ!」
二人の遣り取りに笑いつつ、リーリアは首を傾げた。
(負けたら…なんだろ、肩車とか?)
むしろラウールは負けた方が得しそうだった。
(海で泳ぐ…前に日焼け止めを塗りたいけれど)
サンオイルを片手にそっと更衣室を出て、翼は困ったように視線を彷徨わせた。その翼の姿に周囲の男性陣が「ぉぉ」と密かに感嘆の声をあげる。
スクール水着である。
繰り返す。
スクール水着である。
機能的かつ伝統的な水着を成熟の域にさしかかりつつある乙女が纏っているのだ。清純さと健康美と謎のけしからん感が満載だ!
「背中は自分じゃ塗れないし…」
その翼がサンオイル片手にそんな呟きを零すものだから付近の男性陣の間に目に見えない火花が散った。
「まぁ、平気か。スクール水着だし」
よくわからない根拠であっさりそのまま進もうとした途端、横からサンオイルを持って行かれる。
「背中が焼けるぞ」
「あ、先生」
微苦笑を浮かべる雅は翼の首後ろから背中をサンオイルで保護しておく。
「楽しんでおいでね」
笑顔で送り出され、翼は大きく頷いた。
「行ってきます!」
「さぁ! 稼ぎましょう!」
水着の上にエプロンを羽織り、柊 悠(
jb0830)はヒリュウを呼び出した。
「きゅいっ」
嬉しげに出現したヒリュウに悠は笑顔で看板を渡す。
「看板持ってPRよろしくね♪」
「きゅ!」
張りきって飛び立つヒリュウ。果たして聞こえてくるのは一般の人達の「かわいい!」コールだ。彼女の目論見通り、大きな看板を持って浮遊する小竜は大ウケだった。
「たこ焼きとか作ってみたいな」
「たこ焼き!?」
悠の言葉に秀永が0.03秒で反応。
「作る?」
「い、いや、あかんっ。俺やと全部自分で食べてまう!」
「あはは」
心の底からの声に悠は笑い、そうして汗ばむ程の暑さに考えた。
(それにしてもこれだけ暑いとかき氷すごい売れそうね…)
「たこ焼き粉、どれぐらいでしょう?」
「おっと。えー…レシピは…と」
華愛と悠がレシピ通りにたこ焼き生地を作っていく。
海ということもあって華愛の衣装はいつもとは違っていた。着物で動くわけにもいかないからと、海の家で買ったポロシャツに麦わら帽子というスタイルだ。胸の日の丸と背中の「海」の達筆が雄々しく、ミスマッチなところがかえってなんとも愛らしい。
せっせとたこ焼き粉を溶きながら華愛は花が咲くように微笑った。
「いい思い出作りましょうね♪」
「これ、生ごみとかの処分はどこかな」
テキパキと素材の位置を確認し、レーヴェ(
jb4709)は頭の中に効率の良い動線を描いていく。
「ゴミ箱なら裏手ですね」
同じくチェックしていた源氏が声をあげ、レーヴェに微笑んだ。
「レーヴェさん、慣れてますね」
レーヴェは作業を続けながら頷いた。
「慣れざるを得ないわ。こういう機会に働いてないと生活出来ないからね」
(元を正せばこう苦労しているのも姉のせいだけど…そうしないと貞操の危機だったしね…)
何かにつけて実験台にしようとしてくる実姉からの逃亡。そして現在。レーヴェは遠い眼差しで過去を思い出す。
(思い出してもいいことないわ。ただひたすら働くのよ)
忙しく働いていれば過去の記憶が押し寄せてくることはない。緩く首を横に振って後、レーヴェは表情を引き締める。その間も源氏は材料チェックに余念がない。
(お客様に満足して頂くのは当然ですが効率重視で回転率上げる様努めるのも大事ですね)
繁盛期ともなれば尚の事だった。
「体調は大丈夫か? 海の雰囲気、楽しんでくれよ」
「あぁ……すまない」
差し出された麦茶を受け取り、ネイ・イスファル(
jb6321)はぐてっと柱に背をなつかせる。
「こういうのは初めてだ…人界の暑さってどうなってるんだ……?」」
「慣れない環境で疲れでもでたんじゃないか? てゆか、悪魔でも夏バテってなるんだな」
実際のところは別の状態なのかもしれないが、傍から見る印象としては完全に夏バテだ。苦笑して幸仁はネイの肩を叩く。
「体調良くなったら遊びに行こうぜ」
「あぁ」
「そんな貴方に冷えたトマトのサービス♪」
笑ったネイに悠はよく冷やしたトマトを渡す。
「元気出てきたら遊びましょ。せっかくだもの楽しまなきゃ!」
(こういうの、やってみたかったけど、私にできるかな…)
憧れのアイドルによるプロモーションビデオをもう一度チェックし終えて、指宿 瑠璃(
jb5401)はぎゅっと両手を組み合わせた。
小柄ながら伸びやかな体を包むのは白い可愛らしいビキニ。ドレスのような襞のパレオは清楚かつ華やかに。胸元にはフリルと赤い薔薇。どこかアイドルのそれに似た衣装。
手が少し震えているのを押さえつける。
(一人じゃ出来ない、けど…)
手に取るのは借りてきたカメラ。PVを作りたいと申し出たら、笑顔で貸してくれた。景色のいい所だろ、と笑いながら。
「ッ!」
パンッと両手で頬を叩いて、瑠璃は気合を入れる。
バックに企業がついているわけじゃない。
オーディションや大会があるわけじゃない。
それでも、
何かを求められた時、その形を司るのが偶像(アイドル)ならば。
「……」
小さな呼気を一つ。
一度伏した瞼を上げた時、震えは止まっていた。
●
「これが珊瑚礁、ですか…」
船の上で結城は絶句していた。
同じく船の上から珊瑚礁を覗きこみ、カイン・フェルトリート(
jb3990)と霧島イザヤ(
jb5262)は瞳を輝かせていた。
「海の底が…見える」
輝く水面の下、水中でキラキラ光るのは魚の群れか。イザヤは無意識に胸元のロザリオを握りしめる。
(親父に見せたかったな…)
同じボートの中、エミリオは初めて触る『カメラ』に悪戦苦闘していた。
「これがビデオ? 撮ればいいのか」
「うむ。このボタンで始ると聞いたである。それにしても、なんとも美しいものよな…」
先に海に入ったバルドゥル・エンゲルブレヒト(
jb4599)は光景にため息をつく。
結城はカメラを回しつつ海の中に入った。
鮮やかなソラスズメダイの群れとエルミナが戯れている。
海の中は静かで、穏やかだ。
(戦火が広がればこういった光景も奪われるのか……戦いは何も生みはしないのに)
眼差しを細める結城の後ろ、カインは水底へとゆっくり降りる。
目の前を横切る鮮やかな青い小魚群。素早く動き回る魚達は、まるでダンスを踊っているかのよう。
(綺麗だ…)
初めて見る明るい海の光景。
学園に来ていろんなものを知って、少しだけ世界が明るくなった気がする。
もしかしたら初めから世界は明るくて、ただ自分が見えてなかっただけかもしれない。
カインは小さな魚達のダンスを見つめつつ、そっと口元に微笑みを浮かべた。
(…学園に来てよかった)
こんなにも、世界は美しいと教えてくれたのだから。
●
瑠璃が砂浜に踏み出すと、探す相手は海の中から手を振っていた。
「指宿さーん!」
「リーリアさん」
勢いよく海から飛び出し、走ってくるリーリアは白黒の水玉ビキニ。
「PV、作るんだよね?」
「ええ。あ、あの、皆さんが楽しんでる風景を」
「うん。指宿さんも映ってねっ」
「え?私…」
思わずいつもの癖で引っ込みそうになる手をリーリアがとり、笑いながら波打ち際へと走る。
「ねぇ! 手伝って!」
「あいよ」
事情を聞いてラウールが瑠璃の手からカメラを受け取る。
「あれだ。砂浜駆けたり水かけあったりするんだろ?」
「ボートもいいわね! 指宿さん、ほら映って映って♪」
手を引かれ、瑠璃は二歩三歩、歩みとともにおどおどとした殻を脱ぎ捨てる。
足元には透明な波。絶景のロケーション。
誘われるように笑顔が零れた。
「はい!」
海の家の繁盛ぶりは誰もの想像を上回った。
「いらっしゃいませー!」
ヴェーラの溌剌とした声が響く。
『氷』の暖簾をくぐればそこは日陰の涼しい空間。おまけに美味しい食べ物と美男美女が出迎えてくれるとあっては覗きに来ないわけもなく。
「すみませーん!ビール一つー!」
「はーい、ただいまー!」
笑顔を絶やさずヴェーラは次々に注文をとってはテーブルを回り続ける。
そんなヴェーラの横を通りながら秀永は恐るべき誘惑と戦っていた。
(あかんあかんあかんねんこれはお客さんのもんやねん…!)
たこ焼きである。
(く…! どんな美女よりも魅惑的な…たこ焼きはん、罪なおひとや…!)
人やあらへんがな。
少年が人知れず過酷な(誰も仕掛けていない)罠と戦っている向こうでは、エルミナがいそいそと顔を覗かせていた。
「あら、いらっしゃい。食べていくの?」
「バーベキューまでの繋ぎにもらおうか」
レーヴェの接待にエルミナはキリッと応える。次いで隣を見て首を傾げた。
「ん?なんでエミリオは頭を抱えているんだね?」
「…流されるよりいいか」
財布の中身は激流に流されそうだが仕方がない。エミリオは腹をくくって注文した。
「とりあえず、手羽餃子十人前で」
彼等の財布の中身が心配だ。
(二人とも、忙しそう)
海の家の傍ら、人目につかず、かつ働く源氏からはよく見える位置で部月はぽつんと座っていた。ナンパに「運命の人が見つけてくれたのかしら」とついて行ってしまうため、彼女等が働いている間、ここでお留守番なのだ。
「月だけ一人ぼっちだわ…」
ちょっと拗ねてソフトクリームを食べようとする。だがこの高熱の中、ソフトクリームの溶ける速度は少女(?)達の予想を超えていた。
べしょっ
滑り落ちたソフトクリーム。なんと胸元にジャストイン!
「冷たぁい!源氏ちゃん、助けてぇ〜」
なんというご褒美もといけしからん状況か。胸の谷間に光る白いソフトクリームである。
涙目で助ける求める部月がこれまた水着の胸元を引き下げるものだから非常に際どいラインまで胸が見えてしまってごっつぁんです!
「お嬢様!?どうなさ…あらあら、まあ」
一目で事態を察し、源氏は落ちたアイスをハンカチで綺麗にふき取る。
「お気を付け下さいね」
「今度はスプーンをつけてちょうだい」
「かしこまりました」
優しく微笑んだ後、源氏は周囲に男にガン飛ばす。視線で肉を抉り取られそうな勢いにそそくさと何人かの若者が散って行った。
(やはりお嬢様は一人に出来ないわ)
そんな二人の様子にぐぬぬってる少年が一人。
(姉さんに、アイスを、拭いてもらっているなんて……!)
ふるふるしていた淡雪はその時、天啓を受け取った気になった。そう、それはまさに
\神が降りてきた/
神『アイスです、貴方もアイスを落として拭いてもらうのです』
アイスわざとこぼした。
「姉さん、僕もアイス落としちゃいました(」
「淡雪何をしているの。みっともないから早く拭きなさい」
一撃。
全くこの子ったら、と言わんばかりの眼差しで見つめられ淡雪はガーンッと固まった。
神様の嘘つき! 成功するって言ったじゃないか!(言ってません)
ズーン、と落ち込む淡雪に源氏はハンカチを差し出しつつ嘆息。
(何時になったら姉離れ出来るのかしら……困ったものね)
弟の心姉知らずである。
「貝殻とか綺麗ー」
ふと聞こえた声に幸音は顔を上げた。いつのまにかすぐ近くにリーアが立っている。
「う、うん、すごく綺麗なの」
「一緒させてー!」
ぺたん、と近くに座ったリーアに、幸音は嬉しげに笑う。
「うん」
「えへへー。あ、このしろっぽくなった青い透明なのってなんだろー…?ガラス?」
「ん…ガラスだと思うの。流れ着くまでに、そんな風になるのね」
「かわいーね! おねえちゃんは、貝殻いっぱい集めてるの?」
リーアに尋ねられ、幸音ははにかむ。
「おにぃちゃんとおねぇちゃんへの、お土産なの」
その幸せそうな顔に、リーアも嬉しげに笑った。
「いっぱい可愛いの見つけようね!」
「うん!」
●
「うっす。久しぶり!」
声をかけられ、あまりの繁盛ぶりに手伝いに入ったネイは相手の顔に微笑んだ。
「あの時は世話になったね」
ラウールはその胸を拳で叩いてやる。
「んにゃ。体調悪くちゃしょうがねぇよ。また今度、色々やろうぜ!」
「ああ。…ところでそれは?」
ネイが見やる先、ラウールの手には網がある。びちびちと動く魚達に一般客がどよめいた。
「さっき潜って獲って来た。アイリ達も持ってくるぜ。……厨房、どこだっけ?」
運び込まれる魚介類に、麦茶の差し入れを持ってきた幸仁は破顔した。
「お! 大漁だな! すごいな!」
その向こうでは釣れた魚の情報をメモし、椿が魚を持って写真を撮ってもらっている。素晴らしく豊満な胸は迷彩柄のチューブトップビキニから零れんばかりで、見事な谷間と下乳がしっかりと見えてしまっていた。おまけにセクシーポーズで構えるものだから男性陣の視線が釘付けである。
「釣りガール椿ってね、ええ宣伝やろ?」
カメラ役の地元青年が鼻の下を伸ばしながらひたすらコクコク頷いていた。
「これ、どこに入れようか」
次々に盥に入れられる魚達にレーヴェは思案顔になる。
「裏の冷蔵庫は? さっき蛸出したから空いてるし」
「そうしようか」
「あっ。レーヴェさん待って待って」
頷き持って行こうと樽を抱えたレーヴェは、その声に振り返る。
「な・むぐ」
「アイスチョコ♪」
口を開けた瞬間に放り込まれたそれに、レーヴェは目を丸くしながらもぐもぐする。
「働きづめも体に悪いわ。時々は休憩してね!」
口に広がる甘味にレーヴェは苦笑した。
「まぁ、程々にね」
カメラは回る。
「食べてるシーンもいただき♪」
「あ、も、もぅ…!」
嬉しげに頬張っているところまで撮られ、瑠璃が笑いながら腕を振り上げる。その様子に笑い返しながら、悠はPV用にカメラを回し続ける。
(ふふ。皆の笑顔がいっぱい写ってればいいなっ)
おりしも人の波が落ち着き、休憩がとれるようになったところ。
体をほぐす面々に幸仁は声をかける。
「休憩に海に行かないか?」
「あ。珊瑚礁行きたいっ」
ぱっと悠が手を挙げる。ずっと気になっていたのだ。
「そだそだ。黄さん」
「もも(俺)?」
幸せそうに口いっぱいたこ焼きを頬張っていた秀永に悠って新しいたこ焼きの器を渡す。
「獲れたての蛸のたこ焼きですよ」
「おおきに!」
髪の水気を軽くタオルで押さえてとりながら、翼は興味を引かれたように一角に手を伸ばす。
「お手紙BOX?あのコになにか書いてやろうかしら」
今までずっと噂を聞くだけだった相手。活躍を聞くたびに、ぐぬぬと思ったものだけれど。
『私もやっと久遠ヶ原学園に入学したわ。これからは貴女ばかりにいい格好はさせないから 』
可愛らしい便せんにそう書く翼の唇には、しっかりと笑みが刻まれていた。
●
「わぁ…!」
輝く海の下、広がる光景に華愛は歓声を上げた。海から顔出した結城がそんな華愛に手を振る。
「お疲れ様でした。楽しんでくださいね」
「うん。すごく綺麗なの…ちょっと怖いぐらい」
「大丈夫ですよ。さぁ、どうぞ」
姫君に差し伸べるように恭しく手を差し伸べる結城に、ちょっとびっくりして華愛ははわはわと慌てる。
船の上でお魚だけ見ようかと思っていたけど、こんなに綺麗な海なわけだし。ちゃんと下にショートパンツ付きの水着も着ていることだし!
「はい。よろしくです!」
少女が海に飛び込む傍ら、ネイは水面から見える海底にただただため息を零す。
「これは…すごいな」
「あはは。すごいですよね」
イザヤが笑いながら船の上にあがってくる。そうして、手を貸したネイの顔を覗きこんで破顔した。
「よかった。顔色だいぶ良くなったね」
「ああ。…なんだか、皆の言葉から元気をもらう感じだった」
どこか不思議そうなネイの声に、イザヤは微笑う。
「言葉に魂が入ってるからじゃないかな?」
ネイはちょっと目を瞠り、ややあってふわりと微笑んだ。
「そうだね」
海の中をカメラにおさめるバルドゥルの視線の先をエルミナが悠々と泳いで行く。
(うむ。美しい海と美しい女性陣。眼福である。それにしても鮮やかな色の魚が多いであるな…)
ふと見やれば、同じようにしてカメラを回しているイザヤの姿が見えた。目があい、二人して手を振る。
(これだけ綺麗な海だ。騒ぎが落ち着けば人もきっと来るだろう)
イザヤはカメラ越しに見る世界に目を細める。
(光が降りてくるようなこの世界を沢山の人が見に来れればいいな)
「え、えと、カメラ、ここをこうして…あれっ?」
「スイッチこっちだね」
PV用ビデオを一生懸命回す華愛に結城が微笑んでレクチャーする。
ゆっくりとサンゴの海へと潜る瑠璃の姿をイザヤが撮り、何度かチェックし、首をひねり、もう一度と潜る。
その体にベールをかけるようにして流れ舞うソラスズメダイの群れ。イザヤが笑って水中で親指を立てた。
「くぁー! しょっぱいわぁ」
沢山たこ焼きを食べてご満悦なまま海に飛び出し、秀永は存分に海を堪能する。
「よっしゃヒリュウ来いやー」
呼ばれて飛び出てババババーンなヒリュウが秀永の顔に貼りつく。いきなり海だったからびっくりしたらしい。
「こらっ前見ぃひんやろ!?」
「きゅきゅー!」
そんな二人(?)の様子に子供達が楽しげに笑いながら寄ってくる。
「兄ちゃんそれなに?」
「ヒリュウいうてな、召喚獣やねん」
「かみつかない?」
好奇心旺盛な子供達に囲まれ秀永は笑う。
「悪い奴にしか噛みつかへんで。なんや、兄ちゃんが遊んだろか?」
「うん!」
珊瑚礁から戻った人々が真っ先に見つけたのは巨大な砂の城だった。
「すげ…砂の城かよ!?」
「僕も参加していいかな…?」
砂の城にココロときめかせながらイザヤもまざる。その様子を眺めながらカインは思う。
(あんな風に出来るもんなんだな…)
簡単に崩れてしまうものが、沢山の人の手で一つの大きな形を作っていく。
「我、こう見えても手先は器用である」
いそいそと参加するバルドゥルの顔は嬉しそうだ。
「明日参られる皆々が驚くようなものを作ろうぞ」
小枝を巧みに使い、瞬く間に城壁に煉瓦模様が刻まれる。砂だというのに崩れないのが凄まじかった。見上げる程に大きな城に、結城は感心しきった声をあげる。
「砂の城、ですか。力を合わせれば大きなものも作れるんですね…」
「あたしもまざる!」
「砂の城とはまた粋なものを…」
楽しげな様子にアイリとエルミナもたまらず仲間に加わった。
「上の方は任せるがいい。エミリオ、行くぞ」
「…僕もなんだね」
ばさぁっと光の翼を広げ、空の種族達が上空から築城を手伝う。久遠ヶ原と知っているせいか、天魔だろうと誰も気にしないあたり、人々の撃退士への信認は相当厚い。
「おっきいの作りましょ!子供の頃夢に見たような!」
悠がウキウキと声を弾ませ、後ろからバケツを持って走ってきたシルヴィアがその腰に飛びつく。
「まぜてー!」
「俺もっ」
ラウールが笑いながら走ってくる。
そんな賑わいの隅っこでは姉の仕打ち(?)に拗ねた淡雪が穴を掘る掘る。その姉はといえば、仕事終わりにほっとした部月の嬉しげな姿に癒されていたり。
「源氏ちゃん、離さないでね」
転ばない様に手を握って上目使いに言われれば、思わず眼差しも蕩けるというものだ。
「こらたまげたな……俺も砂遊びしよ思うたんやけど、スケールがちゃうわ」
「……一緒、する?」
こそっと覗き見る幸音の大きな瞳に、秀永は一瞬喉を嚥下させてから「ぉぉ」と頷く。
「あれや。門兵っているやろ。よっしゃ、ヒリュウでも作るか。動くんやないで?」
「きゅ!」
任せてと言わんばかりに大真面目な顔でヒリュウが頷き、幸音がくすりと小さく微笑んだ。
砂の城を見つめる瑠璃の元には、沢山のデータ。
「良きPVになるといいな」
「……いいものが作れるといいな」
そう言って微笑んでくれたのはバルドゥル。肩を叩いてくれたのはエミリオだ。
瑠璃は少しだけ瞳を潤ませる。
沢山の力の結晶がその掌に在った。
●
「この地に幸多からんことを!」
「かんぱーい!」
エルミナの声にあわせ、全員が乾杯を唱和した。
「なんというか…人界は贅沢な楽しみに満ちてますね」
結城はほろりと笑う。こうして舌で味わう食事は、人界で覚えた楽しみの一つだ。
「うむ。天界の時はどうとも思わなかったが、人界のものを「食す」のはなかなか楽しいであるな」
同じくバルドゥルもほくほくとした顔で舌鼓を打つ。
大人な天魔達が料理を味わっている中、雅はせっせと肉を焼いた。
「よーし、肉食べろ肉」
「先生、ちょっと入れすぎですっ」
雅に山と盛られた肉に翼が笑いながら悲鳴をあげた。
「イシダイ…釣れてる…とか」
並んだ食材にリーリアは頬を引きつらせる。大きさは三十センチぐらい。旬にはやや早いが、大きさ的には美味な範囲だ。
「内臓破らないように捌いて中洗ってにんにくハーブで焼こっか♪」
そんなリーリアの隣では椿がカサゴの骨と頭で出汁をとった味噌汁を作っている。
「味付けはこのくらいだね」
「あ、シルヴィア、はしゃぎ疲れて寝ちゃってる」
うつらうつらしているシルヴィアにアンネは笑いながら体を支えてやった。
「うー。ご飯」
「はいはい」
隣でもぐもぐにんじんを食べていたカインが、はたと思い出してパーカーのポケットから小さな何かを取り出す。
「ネイ…これ」
「ん?」
「海岸で拾った。海の記念に」
渡されたのは小さな赤い透明な石。白い筋が模様のように入っている。
瑪瑙だ。
「うぉ。いいの拾ったな」
「ん」
ラウールに頭を撫でられカインがこくりと頷く。何かを言いかけ、すぐにそれを飲み込んで、ネイはくしゃりと笑った。
「大事にする。…ありがとな」
東の水平線は蒼く沈み、西の水平線には赤い落陽の筋。揺らめき消える姿はまるで映画のワンシーンのよう。
それを背景に歌うのは瑠璃だ。
「いいねぇ」
手酌で晩酌しつつ、椿は自身が釣ったカサゴの刺身を堪能する。ふんわりと桃色に染まる肌がなんとも艶めかしく美しかった。
賑わいの片隅で、ラウールは明日の友人に宛てた手紙を書いていた。
『前日、遊び倒してきたぜ!漁に出るならここがポイントで…』
楽しみは分かち合うもの。明日の彼等もまた、楽しんでくれるようにと願いながら。
ちょうどラウールと背中合わせになる形で、幸音も手紙を書いていた。
『大好きなおにぃちゃんへ、幸音は今、海にいます』
明日になれば大好きな兄がここに来るのだと思うと、少し嬉しい。
(同じ時間は過ごせなかったけど、同じものはきっと見えるね)
海の青とか
空の青とか
(砂のお城…おにぃちゃん見つけてくれるかな?)
伝わるかな?
いっぱいいっぱいの『楽しい』とか『嬉しい』とか、
沢山人がいて、沢山楽しいがあったこととか。
伝えたいことが沢山ある。こんな一枚の紙じゃ書ききれないぐらい。
逸る様にペンが文字を書いていく。
(あのね)
あのね、
(おにぃちゃん)
沢山の思いを乗せて、最後に一言。
『お友達が出来ました!』
輪をそっと抜け出し、阿波座は瑠璃からプレゼントされたPVを見ていた。
海の家で流してもらえないだろうか、と渡された品。
近隣のテレビ局に送って流してもらえるようにお願いしてみると言われた言葉。
映像の中にある輝かくほどに美しい海と、空と、人々の笑顔。
ぽた、と掌に水滴が落ちた。
胸が詰まった。言葉にならないとは、このことか。
「ほんま、あの子等は…ごっつぃなぁ」
海の家の冷蔵庫には椿達が獲ってきた食材がぎっしり入っていた。明日来る人達用にと皆して集めた食材だ。
賑わいを見つめ、リーリアは空へと視線を投じた。
夜の潮騒は穏やかに遠く、空には満天の星。
心に千の輝きを与えるような。
(沢山の出会いと思い出を)
今日も、明日も、明後日も。
今を生きる――大切な人達と。