艶のある黒髪を靡かせ、天風静流(
ja0373)が駆ける。
「ゲートの破壊か、上手くやれると良いが」
「変態悪魔の相手をし終わった所に今度はゲート破壊ですか…休む間も無いとはこの事ですね」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は軽く息をついてそう零した。
立て続けに冥魔の報告があがる四国。同時多発ゲートという前代未聞の騒動は、確実に対応する者達を疲弊させていた。もし最初からこの騒動を見越して人員を組んでいなければ、対応の手すら足りないという事態すら発生していただろう。いかに先見が重要であったかが分かる。
「ですが……これ以上は止めてみせます」
「時間が無い以上は一気に突破するしかないですね」
楯清十郎(
ja2990)の声に一同は頷いた。
「道は切り拓く。信じて進まれよ」
鬼無里鴉鳥(
ja7179)が静かに言い放ち、纏められた情報を整理しつつ機嶋結(
ja0725)は思案する。
「悪魔が居ない隙を突いてゲート破壊ですか。まぁ冷静に戦力を比べると、そうならざるを得ないのでしょうけど……」
当初の懸念とは異なるものの、大月のゲートには確かに二体の悪魔が居る。一体でも難しいことを考えれば、不在時を狙うのは理に適っていた。
だが、逆に言えば常に悪魔の帰還を警戒しなければならず、その行動には速度が要求される。
「速攻で決めるしかないでしょうね」
「うん、さっさと済ませて帰ろな」
結の声に答えるようにして宇田川千鶴(
ja1613)は頷いた。
「悪魔の居ぬ間に済ませられれば良いのですが…ゲイのおじさんとかに見つかったら…色々と面倒そうですし?」
へらり、と笑っていた服部雅隆(
jb3585)の顔が、後半だけなぜか大変な真顔になった。何か色々とあるらしい。
それに神妙な顔で頷く面々も以下略である。レポート求む。詳しく。
そのうちの一人、強羅龍仁(
ja8161)もまた真顔で言いきった。
「このゲートは何としても破壊しなければな」
すでに戦意は十分。千鶴とともに資料を熟読した東城夜刀彦(
ja6047)も静かに頷く。表情の消えた顔には、何の感情も浮かんではいないものの。
(悪魔が来るまでに、撃破を)
内側の決意は龍仁に勝るとも劣らないものがあった。
「短期決戦…簡単に言ってくれるわね…。 でも成功させれば私にも人間にも得はあるし…それだけの価値はあるか」
危険と隣り合わせな現状を鑑み、イシュタル(
jb2619)は口元に手をあてて考える。やがて顔を上げた時、その瞳には強い光が宿っていた。
「…やるからには必ず成功させないとね」
その声に、結は同行する鎹雅(jz0140)を振り返った。
「負傷者の治療と、悪魔の接近警戒をお願いしてもかまいませんか?」
「了解だ」
雅は口元を笑ませる。その隣を駆ける石田神楽(
ja4485)は、愛用のPDWを手に常と変わらぬ笑みを浮かべた。
「本格的なゲート破壊は久しぶりですね」
ゲート破壊。死と隣り合わせな任務を前にしても、その落ち着きは些かも揺るがない。あるのはただ、実力に裏打ちされた強い意志。
「では、狙い撃ちましょうか」
そのすぐ後ろを駆けながらヤナギ・エリューナク(
ja0006)は静かに思考する。
(突出するのは好手じゃねェ)
目的はゲートコア。けれど全員がそこに集中することの危機を彼は知覚していた。
(連中の死角は、俺が補う)
「……無茶駄目」
ポツリと、ヤナギの耳に小さな声が聞こえた。目だけで横を見やれば、セレス・ダリエ(
ja0189)が正面を見据えたまま隣を駆けていた。
幻聴か。いや、違う。
「別に無茶は考えてねェぜ」
セレスは答えない。ただ眼差しだけが一瞬ヤナギを見た。
言葉は無い。けれど、通じていると分かった。
「誰かがやんなきゃいけねェだろ?」
セレスはやはり答えない。
けれど一瞬、ほんの僅かな頷きを返したのをヤナギは知っていた。ヤナギの口元の小さな笑みが浮かぶ。
「いっちょ、やってやるか……!」
「ふむむ〜。ここは我輩が悪魔どもの野望を砕くしかあるまいて〜」
小柄な体で仁王立ちし、ハッド(
jb3000)が堂々と言い放った。その隣で龍仁が思案気に呟く。
「奇襲ポイント……か」
「敵側が潜んでいる可能性もあります。まだ、蝶しか確認されていないですから」
仮にもゲートの開かれた地。そこの守りが虫一種類だけとは考えにくい。
夜刀彦の声に頷き、龍仁はそこで同行の雅を見た。
「すまん……そっちの回復は任せる」
「任せろ。そちらを頼む。……皆で帰って来てくれ」
「ああ」
頷き、互いに託しあう。この激戦にあって、メインの回復手はこの二人しかいなかった。
「強羅殿、回復は他の者を優先してくれ。わしは自己回復が可能じゃ」
気づき、白蛇(
jb0889)が声をかけた。同じく自己回復手段を持つ者が「俺も」「あたしも」と負担を減らそうと声をあげた。
共に行く者が補い合ってこその集団戦。生徒達の自主的な言動に雅の口元が淡く綻んだ。
「厳しい戦いになるでしょうね」
「なに。どこも厳しいものだ」
鑑夜翠月(
jb0681)の声に、白蛇は肩を竦めてみせる。
「されど、成さねばいずれ悲しみがこの地に満ちよう」
例えどれほど時間がなかろうと。
そこに危険が待ち受けようとも。
「門の破壊……成し遂げて見せようぞ」
●
最初に目を惹いたのは、青空の下にある白いリゾートホテルだった。
「あの悪魔の、城」
「わりと近代的な感じ」
羽空ユウ(
jb0015)とファラ・エルフィリア(
jb3154)が揃って遠くのホテルを見つめる。
ゲート内は作成悪魔の任意でどんな風に変化があるかわからない。だが、少なくとも外から見る建物は普通のものだ。
様々な懸念を抱えながら、けれど全員が転移完了と同時に駆けだしていた。誰かが号令をかけたわけではない。
ただ、足が、
体が、
自然に前へと動くのだ。
――其処に在る、成すべき事を成す為に。
「それにしても、遠目にもいっぱい見えるね。蝶の姿が」
駆ける緋野慎(
ja8541)の言葉通り、ホテルまでの道を覆う様に大きな蝶が飛んでいた。
「休む暇などなさそうな敵の多さですね…勿論、休むつもりなどありませんが」
穏やかな老紳士然とした八重咲堂夕刻(
jb1033)の風貌に、僅かにそれとわかる凄味が加わる。
地位も財も蹴ってでも、共に在ろうと思った愛しい人を奪ったのは天魔だった。無論、全ての天魔憎しとしているわけではない。だが人間に害あると分かる天魔を前に、一時たりとも体を休めれるはずもない。
「限られた時間で行く手を遮る者を排除するのであれば……一か所に敵を集めて薙ぎ払うのも手でしょう」
アクセル・ランパード(
jb2482)が声を上げる。その手が触れるのは神の雷光と呼ばれる首飾り。
戦闘を駆ける人々が刃を抜き放ち、書を構え、杖を振りかざし、その力を解き放つ。
「参る!」
ハッドの声と同時、二十六名の撃退士が結界を打ち破り、支配領域へと突入した。
●
「今から俺は風になる」
言葉と同時、慎の表情が一変した。牧歌的ですらあったのほほんとした気配が消え、どこか危険な気配が滲み出る。口元の笑みは好戦的なそれに変わり、瞳には闘争への喜びが煌めいた。
「さぁ……! 楽しませてもらうよ!」
生み出された風の手裏剣が蝶の羽根を穿った。バランスを崩した蝶へケイオス・フィーニクス(
jb2664)が矢を放つ。
「空に在りし敵か……ならば、我等翼の一族も空を受けもとう。ホテルまで、地上班の援護を行う」
黒焔を纏う翼が広がる。飛翔するケイオスをチラと見送って、ティア・ウィンスター(
jb4158)は己に言い聞かせるように心の中で呟いた。
(彼等は敵に非ず。彼等は敵に非ず)
幼い頃より冥魔と戦う戦士として育てられた。幼少より叩き込まれた『教育』というものはおいそれと変えられるものではない。だがそれをおしてティアは意識を切り替える。
(ここにいた悪魔は確かあのゲイル。出来れば顔を合わせず終わらせたいですし、急がないと)
ティアの葛藤を知ってか知らでか、影の書で生み出した影槍で蝶を屠りながら、チョコーレ・イトゥ(
jb2736)が口を開いた。
「コアを守る者がいるはずだが」
「そうですね……」
武器を持たない方の手で括った後ろ髪を無意識にいじり、翠月が答えるようにして呟いた。
「ヴァニタスについての情報はありませんし、気を付けましょう」
未だ遭遇記録の無い敵。おそらく、ゲート内部に居るものと思われているが、確たる根拠があるわけではない。
「まぁ、今回はゲート破壊だ。ヴァニタスとの戦いは二の次だろう」
「だが、万が一の時は考えておかないとな」
チョコーレの言葉に石上心(
jb3926)が言った。
キリッとした顔もしなやかな体つきもれっきとした女性なのだが、如何せん言動と気配が男らしい。
不明と言えばコアの場所も不明なのだが、これは先にアクセルが推測をたてていた。
「まずは邪魔な連中を払おう」
こちらを察知したのか群れはじめた蝶の姿に、静流は眼差しを細める。
「阻むな」
走り込んだ静流の一撃が蝶の一体を薙ぎ払った。その背後から新たな蝶が襲いかかる!
「させぬよ」
銀光が閃いた。風を切る音とともに蝶の胴体が切り裂かれる。鴉鳥が抜き放つ刃は見えず、けれど抜かれた刃の結果として敵は地に斃れる。
同時、ひらり、と舞い近寄る蝶に向かってチョコーレが魔法の影槍を生み出す。
「こんな所で消耗するわけにもいかないからな」
その背後で蝶が音をたてて地面に墜ちた。
「出でよ我が翼よ」
白蛇が己の権能:千里翔翼を顕現させたのはアクセル達が空へと舞った直後だった。
「空行く者と共に道を切拓く」
白い躯体に金色の瞳の竜は、背に白蛇を乗せてアクセル達に続く。
「狙うのでしたら、あの一群」
アクセルが紋章の力を行使した。やや離れた位置から向かい来る蝶が打ち抜かれ、進路を前方先行部隊からこちらへと変更する。
「ゆくぞ!」
アクセルが集めた蝶へと向かい、白蛇が命令を発した。だがこの時、彼女は千里翔翼に騎乗したままだった。
「……くッ!!」
発動した技と同時、凄まじい過負荷が白蛇の全身を叩いた。召喚獣の爆発的な力により範囲内の者を縦横無尽に攻撃する技は、騎乗したまま行うには些か厳しいものがあったのだ。振り落とされたり蝶と召喚獣のぶつかり合い時に接触が無かったのはある意味強運だろう。
「さすがに、一体化は、難しい、か」
衝撃を堪えきり、白蛇は息をつく。
負傷し、機動力の鈍った蝶の体をヤナギの放った白鶴翔扇が切り裂いた。横合いから現れた蝶へはセレスの雷球が襲い掛かる。
「遅い!」
羽ばたきと共に襲ってきた毒の鱗粉を避け、慎は風の手裏剣を放った。羽根を切り裂かれた蝶を結が一刀両断する。
「お眠りなさい。永遠に」
夕刻を中心に、氷結の力が吹き荒れた。睡眠に抗えなかった個体がぼとぼとと地表に落ち、そこへケイオスの放ったファイアワークスが炎熱の花を地上に咲かせる。
「わらわらと…薙払ってくれるわ…」
炎花が収まった後に残った灰を蹴散らし、一団は勢いのままに戦場を駆けぬける。
放った雷剣で蝶を墜としたハッドが声をあげた。
「右からの増援敵は阻んだのじゃ! 左はどうじゃ!?」
「左はまばらです。……前方から来ますね」
生み出した風の刃で近寄ろうとする蝶を葬り、結が静かに答える。その瞳が思案気に細められた。
(数は多いですが……容易すぎます)
ゲートの守り手としては些か拍子抜けするほどだ。
「前方! 纏めて払うわよ!」
イシュタルの勢いのいい声と同時に蝶を包む大きな結界が展開した。
「続きます!」
追い打ちをかけるべく翠月がファイアワークスを放った。連撃を受けて、前方を阻みかけた蝶の群れに大きな穴が開く。
このままの勢いで行けば、ホテルまでの踏破は容易い。
多数がそう思った刹那、夜刀彦が声をあげた。
「左前方路肩、新手!」
鋭い警告に神楽とティアが即座に反応した。ゼロコンマの差で撃ちだされた銃弾と矢が、突如現れた兵の胴を鋭く穿つ。
「伏兵か!」
眼前の蝶を両刃の大剣で薙ぎ払い、龍仁が顔を引き締めた。現れたのは一風変わった服の一群だった。人型である。その身を包むのは堅い革の鎧やローブと、中世を思わせる内容だ。それが八体。その顔には目も鼻も口も無い。
「へぇ……今までのとは随分違うね」
むしろ沸き立つ心を抑えるように慎は言った。口元の笑みが深くなっている。
撃たれた兵が剣を振るう。咄嗟に避け、静流はターゲットを蝶から兵へと変えた。
「兵士……顔無き兵か」
彼等は蝶のような生体的な群れではない、組織的な群れだ。まるで軍隊のような。
「何であれ、行く手を遮るのであれば、打ち払うのみ」
瞬間、静流の姿が掻き消えた。
否。あまりの速さに一瞬姿が消えたかのように見えたのだ。重く早い一撃に無貌兵の鎧に亀裂が入る!
「右です!」
ファティナの声が響いた。反射的に避けた静流の髪が数本、風に流れる。繰り出された槍の一撃を縫うように、今度は左から別の兵が剣を振るった。
「連携か……!」
「静流さん!」
腕を薄く裂いた剣兵の体をファティナの放った雷刃が穿つ。
「この動き。蝶とは別物だな」
「厄介ですね」
主たる製造者によってその強さに幅があるディアボロ。人型は基本的に総じて強い者が多い。
「少なくとも、人と同等と見て対処すべきか」
軽く見るのは危険。大薙刀の冷厳たる蒼白き刀身を向け、静流は内心僅かに憂慮する。
(移動速度が鈍ったな)
なぜか、心臓の裏がひやりとした。
一団の中央付近でも戦闘は激化していた。
「邪魔すんなや!」
道を塞ぐ一軍へ千鶴が雷遁を放つ。合わせ、夜刀彦が同じく雷遁を放つ。同時二列。躱し損なった兵が体を強ばらせた。
「続け!」
移動力を奪われた無貌兵に一同が一気に駆け抜ける。
「後ろです!」
ティアが警告を発した。驚き、振り仰いだ白蛇の先に在るのは口吻を伸ばし突き刺そうとしている蝶の姿!
パンッ!
その体が心に触れる前に横合いから襲ってきた紙の雷に貫かれて地面に落ちた。ユウがとびだす絵本片手に息をつく。
「敵、集合、ホテルまで、距離、ある」
見れば先行するべき部隊も半ば足止めをくらっている。
「連中のあの動き……道を塞ぐつもりか」
次々に集まってくる兵士達の姿に、結と鴉鳥が僅かに貌を顰める。
「させない!」
塞ごうとする敵に向かい、清十郎がタウントを発動させた。まるで怒りを触発されたかのように無貌兵が清十郎へと向き直る。同時、他七体の兵士も清十郎へと向いた!
「敵愾心が連動してるのか……!」
「好都合です!」
八体もの敵に集中され、ひやりとしながらも清十郎は叫んだ。第一目的はゲート破壊。時間短縮となるのであれば、危険も厭わぬ覚悟は出来ている。
だが、
「えっ!?」
すれ違いかけた瞬間、剣兵の一撃が腕を掠めた。翠月は叫ぶ。
「気をつけて! 彼等、近くの敵を優先します!」
「虫のように単純では無いか!」
白蛇が厳しい表情で叫んだ。その顔が一瞬赤く照らされる。千鶴の火遁だ。
「纏めていく!」
神楽と夜刀彦がかろうじて生き残った蝶を魔法と銃で撃ち落とした。
新たに進行方向に現れた蝶を撃ち抜きながら清十郎は臍を噛んだ。
「知能のある敵ということでしょうか……厄介ですね」
前方を切り開こうと刃を振るう仲間の傍ら、迫りくる敵から彼等を守ろうと左右の陣営も奮い立った。
「気をつけろ! 隙を見せれば畳み掛けてくるぞ!」
「時間が……」
結がわずかに焦燥を滲ませた声で呟いた。
顔の無い兵の連携は、こちらの勢いを大きく減じさせていた。単体がバラバラに攻撃してくるだけの敵と違い、彼等の動きは統一されている。隙が大きければそこを突かれ、仲間を庇えば畳み掛けられ、回復の手が追いつかない。
「あたしの糧になって!」
ファラの吸魂符が槍兵の体力を削ぐ。削いだ分回復した体に息をつきつつ、横合いからの剣に悲鳴を上げた。
「後ろへ」
「せ、先生。ありがとなの!」
庇われ、ファラが慌てて雅の後ろに下がる。
「むー。これはいかん。悪い流れぢゃ」
押されているわけではない。だが、こちらの作戦は時間との勝負。このままでは最悪の事態を迎えかねない。いっそ引き付け他の連中を先に行かすか。だが、どうやって。
「退くがよい! 我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世、王である!」
ハッドの声に、ザッと無貌兵が反応した。退いたのではない、刃を向けたのである。
「むむっ! 王に刃を向けるとは不遜である!」
「敵の王と間違われてたりして?」
兵士の兵士らしい動きからそう口にしたファラだったが、まさか本当にそうだと思っていたわけではないだろう。
「ホテルまで、あとちょいやのに!」
「連携の手強さを敵から教えられるとは……ですね」
飛来する矢を避け蝶を切り裂いた千鶴が焦燥を滲ませる。常と同じ笑みを浮かべた神楽の瞳にも僅かな思案の色が垣間見えた。
「切り開く」
鴉鳥の手元が霞む。倒れた剣兵に、しかし鴉鳥は息を飲んだ。
(な……ッ!)
切り裂いた剣兵の向こうで槍兵が構えている!
(どこまでが策ぞ……!?)
綿密な連携攻撃の怖さはここにある。切りつける相手は一体だが、相手は決して一体では無いのだ。
鴉鳥はせめて致命傷は受けまいとあらん限りの防御を固めた。
だが、一人ではないのは、こちらも同じ!
「させん!」
死角より現れたケイオスの大鎌が槍兵を薙いだ。
そこに矢を向ける弓兵は、けれど上空から放たれた白蛇の矢に足を射抜かれた。即座に標的を変えるのに、地上にいた夕刻と夜刀彦が同時に狙いを定めて魔法を放つ!
「そちらが連携で来るのなら――」
「こちらも連携で返すだけのことです」
どちらも一歩も引かない。
ホテルまで、あと少し。
あと一軍。
あれを抜ければ……!
だが――
「来るぞ」
最後の時雨を解き放った静流の隣で雅が鋭く告げた。撤退宣言では無い。悪魔では無い。
その報告に結は構えた。
(邪魔はさせない)
憎悪の対象でしかない冥魔達。あらゆる苦痛も絶望も全て連中がもたらした。
(滅ぼします)
冷ややかな眼差しに強い意志を潜ませ、
「な……」
相手を見て結は目を見開いた。
「……幼……子……」
五つにも満たないだろう幼女が其処に居た。
●
幼女はびっくりしていた。
外で大きな音がしたからとホテルの外に走ったのだが、何をどうしたことか二階に辿り着き、いろんな小部屋に舞い込み、やっと外に出たと思ったら目の前に知らない人間がいっぱい居る場所に出た。つまり、迷子だった。
撃退士達も驚いていた。
どんな強敵が現れるのかと思っていた。なのに幼女が現れた。
白い頬は幼子特有の赤みを帯び、大きな瞳は素直に驚きをこちらに伝えている。ぴんぴんと寝癖のような癖のついた銀髪はふわふわで、触るといかにも柔らかそうだった。
「っとーかわいー子出てきたっ」
愕然とする一同の中、蝶を切り裂いたファラがのほほんとした声を上げる。
「――幼子か」
小さく呟き、けれど鴉鳥は一切の躊躇も無く身構える。それは情が無いわけではない。
――幼く、痛ましいと思えばこそ。
「参る」
容赦なく振るわれた刃に、きょとんとしていた幼女がぴょいっとコミカルな動きで避けた。
「おにっ! おになの!」
「死者は眠れよ。それが救いと言う物だろう」
「ヤ!」
ちっちゃい体で「ヤ!」とやられた。鴉鳥は油断無く構えながら軽く息をつく。これを造った悪魔は、一体なにを考えているのか。
(蘇る死者など、醜いの一言に尽きる)
死した幼子をこのようにして生かす、その真意が分からない。
(安らかに眠らせてやればよいものを……)
他の撃退士達には動揺が広がっていた。
(これ……は)
敵である相手の稚い姿に結は息をのむ。輝く意志在る瞳も、表情豊かな幼い顔も、死を経て生まれるディアボロやヴァニタスには似つかわしくない。
あまりにも人間過ぎて。……あまりにも、幼すぎて。
「子供の姿をしても…悪魔は、悪魔…っ」
結は自身に言い聞かせる。この幼子もまた憎悪を向けるべき対象なのだと。放置すればいずれ、世に自分と同じ絶望を負う者を生み出すかもしれない相手なのだと。
なのに。
なぜ、武器が重く感じられるのか。
「にーさま……にーさま、どこー!?」
撃退士達を油断なく見ながら幼女が声をあげる。どこかか細い声は悲鳴にも似て、いっそう彼等の心を鈍らせる。
そして、幼女の登場はこの場の別の者達にも影響を与えていた。
「いかん!」
突然一斉攻撃の構えになった無貌兵に雅が走った。標的になったのは鴉鳥だ!
「く……!」
「つ……ッ!」
集中攻撃を喰らって雅と鴉鳥が呻く。あまりにも攻撃手が多すぎて全部を庇うことは出来なかった。
(ディアボロの、この動き)
魔法を放ちながらファティナは戦慄した。無貌兵が幼女の守護に回ったことに気づいたのだ。
「ヴァニタスか!」
心が苦い声をあげる。
しばらく周囲を見渡していた幼女が涙を浮かべながらこちらを見る。
嫌な予感がした。
「にーさま、を、どこにやったのー!」
全身からあげるような声と同時、大気が巨大な壁となって襲い掛かってた。幼女の前方にいた八人がまとめて吹き飛ばされる!
「止めます!」
ファティナの解き放った術が幼女の周囲に無数の束縛の手を生み出した。いきなり生えたような腕に幼女がギョッと身構える。
「重ねるぜ!」
瞬間、心の瞳が異様な光を湛えた。闇の中に浮かぶ金色は発動した邪視によるものか。複数の異なる法則が幼女へと襲い掛かる!
「こんなのにつかまるあたしじゃな……あっ! あしをつかむはひきょーなの!」
ぴゃっと逃げ出した幼女、あっさり短い足を捕まれて両手をじたばたさせた。
「今のうちに他の敵を!」
ヴァニタスと真っ向から戦ってる時間は無い。じたばたしてる幼女をそのままに、他の敵の掃討に向かう一同。だがヴァニタスはそこまで甘くない。
「ふんす!」
気合いと同時、幼女を束縛していた手と枷が霧散した。
「かくごするの!」
幼女が駆けた。倒れた八人を起こし、撃退士達が身構える!
幼女がこけた!
「……。」
そのままころんころん転がってひょこたんと起き上がる。
丁度真正面からそれを見下ろしたユウの目が合った。
話、するのなら、今。
「主、あなた、は、好き?」
「すき!」
ダメ元で声をかけた途端、速攻で答えが返ってきた。びょんっと飛ぶようにちっちゃい手でいっぱいいっぱいを表現している。幼いせいか、周囲の状況もすぽんと抜けてしまったようだ。
「どんな、悪魔? 会った事、あるかな?」
会話で時間稼ぎと、悪魔の情報を。そう思いながら声をかけると幼女はパッと顔を輝かせた。
「んとね、おじさま! たかいたかいしてくれるの! でもあんまりあそんでくれないの」
最後はどこかしょんぼりと。
「お嫁さん捜しに行くからなのかなー……遊んでくれないっての」
好機を察してファラが会話を繋ぐ。
「それなの! おねーちゃんたちは? あっ! さっきからヤなことする<てき>のひと!?」
「ゲイルたんの嫁候補その一だよ、よろしく!」
「おねーさまなの!」
なんとファラ。いきなり幼女の心を鷲掴みやがった。
ぴょんっと飛んできた幼女ヴァニタスを見事に腕の中に閉じこめる。
「かわいー」
撃退士ホールド、あっさり完成。
わりとボロボロの状態のくせに、やわらかい頬に頬ずりするファラの顔は至福そのものだ。そんな至近距離で大丈夫かと他の面々は気が気では無かったが、攻撃さえしなければ反応しないのか、無貌兵もファラ達に向かう素振りを見せない。
「お兄さんを探していたのですか?」
どういう法則でか無貌兵の攻撃対象から外れてしまったファラを見て、翠月が近づく蝶を撃退しながら声をかける。幼女がきゅっと唇を引き結んだ。
「にーさま……」
「兄弟を大切に思う気持ちは良く分かります」
一気に涙目になった幼女に翠月は頷いてみせる。
「僕は鑑夜翠月といいます。あなたのお名前を聞いてもよろしいですか?」
「マイヤ!」
「マイヤちゃんかー。あたしファラ。よろしくね!」
次いで一人とふたりに見つめられ、ユウがこくりと頷く。
「羽空、ユウ」
「ユウおねーちゃんもすいげつおねーちゃんもおじさまのおよめさん?」
「それ、は……」
「あの、僕はおねーちゃんではなくて……」
「一緒にスカウトされた仲よ!」
笑顔でファラが答える。お嫁さんになったとは決して言わない。言葉って便利。しかも翠月、巻き込まれである。
唖然と見守る一同の視線を受け、三人が後ろ手で、くいっくいっとホテルを指さした。
こくり、と全員が頷いた。
「素敵?」
そそくさとホテルに向かう一同を背に、ユウ達の会話は続いている。
ファラ、翠月、ユウ、戦線一時離脱。
同時に幼女ヴァニタス、戦線離脱。
快挙であった。
「あれ……よかったんでしょうか」
ヴァニタスとの戦闘は避けられたが、無貌兵の軍団と蝶の攻撃からは逃れられない。
未だに会話しているらしい二人と一柱と一体の不思議な組み合わせをちらちら見つつ、ファティナは気遣わしげに声をあげた。
癒しの風で負傷者を癒した雅も唸っている。
「少なくとも、無貌兵の攻撃対象からは外れてるみたいですね」
夜刀彦がヴァニタスを捕獲している友人を気遣わしげに見て呟き、龍仁が冷静に状況を分析した。
「ほとんどの敵はこちらに来ている。ヴァニタスの能力は未知数だ。あの三人を頼るしか無い……」
それでも声に苦渋が混じるのはどうしようもない。だが、むしろ危険なのはこちら側だった。
「悪い『何か』が起こる前に、ゲートを破壊する」
「あと少し……突き抜けるぞ!」
「「おお!」」
チョコーレの声に勢いよく応えが返った。
「前へ」
短く告げ、結は身を躍らせた。構える槍兵に向け強靱な一撃を放つ!
「ホテルへの道を通します!」
緑光を宿し敵を斬り裂いた結の一撃に、声をあげ清十郎が続く。
「彼らを通してもらうよ!」
声と同時に慎が技を放った。腕に纏った緋色の炎が疾風の力を得て目映いほどの焔光を発する。一気に振り抜いた一撃が視界を灼いた。
「緋炎拳っ!」
鮮やかな緋色の光線が一直線に戦場を駆けた。光に遅れて響いた衝撃音は炎の爆発に似て重い。
「駆け抜けて!」
立ち塞がるようにして現れた無貌兵の一軍へファティナがファイアーブレイクを放つ。炸裂する強烈な炎が敵を飲み込み、生じた隙にA班が走った。
「突入を!」
声と同時、再度緋色の翼を広げたアクセルが空を駆けた。ケイオスとティアがそれに続く。チョコーレも闇の翼を広げた。翼の一族達が一斉に羽ばたく様はある種圧巻ですらあった。
「まずはイベントホールへ!」
「承知!」
アクセルの声に、すでに二度目の召喚となる千里翔翼に騎乗した白蛇が応える。同時にハイドアンドシークで気配を殺した夕刻が駆けた。
それらを追う様にホテルへと走り、千鶴と夜刀彦は素早く周囲を確認した。
敵の少ない箇所は、と探す目が上部を捉える。
「頼むな!」
「頼みます!」
二人の忍軍が一気に壁走った。背後は見ない。それほどに、信ずるに足る相手が其処にいるのだから。
気づき、矢を構える兵士を横合いから神楽が狙い撃つ。放たれた黒塵が無防備な背に向かう矢の軌道を大きく逸らした。
「邪魔はさせませんよ。私がいる限り」
無貌兵が新たな矢を番える。狙う者と狙われる者。神楽の笑みがほんの僅か深くなる。
「A班! 続かれよ!」
「頼んだぞ!」
「B班! 守り抜くよ!」
「任せな!」
鴉鳥の声に龍仁が応え、イシュタルの声に心が応える。
ホテル前に集結した撃退士達と、無貌兵と蝶の混合部隊が衝突する。剣戟が響き、集団を薙ぎ払うべく振るわれる炎の花が赤々とホテルを照らし出した。
チョコーレの一撃で砕けた窓から、二階へショートカットした者達が次々に侵入する。
吹き抜けの下は一階。配置された無貌兵がこちらに気づいて身構える。
「狙い撃ちだな」
「ここに居るのが俺達だけならな」
チョコーレの声と同時、壁際廊下で見えない一階で剣戟が響いた。一階踏破組が突入したのだ。
「行くぞ!」
翼ある者達がエントランスの中空を往く。地上へとその武を放ちながら。
目指すイベントホールは入口の真正面。受付の裏手階段を上がった先。
駆け抜ける一同の中、ヤナギはエントランスで立ち止まる。
「エリューナク!?」
「行け!」
振り返る龍仁に告げ、ヤナギは後ろから追いかけてきたらしい蝶に白鶴翔扇を放つ。B班の面々が入口を固める前に紛れ込んだ一匹だろう。風を纏い蝶の羽根の一部を切り裂いて戻る扇を受け取り、言い放った。
「こっから先は行かせねェぜ!」
今エントランスに見える無貌兵は八兵で一組。だが、それで全てとは限らない。
多勢に無勢。そのヤナギの傍らでセレスが魔法書から雷球を生み出し、羽根の欠けた蝶を撃ち落とした。
「いいのか? 相当キツいぜ」
「……どこも同じ」
「違いねェ!」
笑ってヤナギはセレスと並び立つ。
この地に在って、安全な場所など何処にもない。
ならば、こここそが自分達の戦場。
「まずは一番射程がある敵から潰すとすっかね」
無言で答え、セレスが雷球を生み出す。同時に無貌兵が動いた。
「させるかよ!」
セレスに向かって矢を番える兵士に、ヤナギが駆ける。
技名の如く疾風迅雷な一撃が、やや前へと出ていた弓兵の体に叩き込まれた。
●
ホテル前は混戦状態となっていた。
何人かはA班と共にホテルエントランスにまで行きたかったのだが、敵の陣営がそうはさせてくれない。下手に数を減らせば押してこられるという現状だった。
「連携は……強いな」
むしろ感心した様に静流が呟く。強烈な薙ぎ払いにより剣兵の一体の動きを止めたというのに、それへの追撃に出た慎の動きを別の剣兵に阻まれるのだ。互いに補い合い、庇いあい、連撃を叩き込むのは連携の常。相手側にやられた時の攻めにくさといったら、単体で異常な強さを持つヴァニタス戦とはまた別種の難しさだった。
(もし、これがもっと大軍勢だったなら……)
静流はひやりとするものを感じた。
それに、あのヴァニタスが参戦したままだったなら……
「この蝶、一体、何匹いる……?」
軽く肩で息をしながら鴉鳥が呟く。隙と見たのか剣兵が走りこんだ。
その刹那、頭上で広げられた心の八枚の結晶翼が陽光に煌めく。
「やらせねぇぜ!」
魔法書から生み出された小魚に似た光が一斉に剣兵へと襲い掛かる。数多の煌めきにも似た小魚の突撃に、剣兵の左肩が大きく抉れる。態勢を崩したところに清十郎の銃撃がトドメをさした。
「今は香鱗も先生がカバーに入ってくれてますが……」
すでに二度、蝶の香鱗は放たれていた。敵の連携攻撃を受けている途中に仲間に攻撃されれば戦線の維持は難しい。
(これ以上敵が増えないことを祈るのみだが)
静流は眼差しを細める。
もっとも恐ろしいのは悪魔とヴァニタスの参戦。だが、ヴァニタスとは回避出来た。
否、出来たと思っていた。
もう一体のヴァニタスが現れるまでは。
●
ホテル前が混戦となっている頃、ホテル突入組はイベントホールへとさしかかった。
真っ先に到達したのはチョコーレ。だが、その体が閉ざされたままのホール入口前に来た瞬間、夜刀彦と夕刻が同時に叫んだ。
「避けて!」
「避けなさい!」
咄嗟に回避したチョコーレの前で光が爆発する。部屋の中で凄まじい雷鳴が響いた。悲鳴が聞こえる。
「範囲攻撃……!」
「中央を見よ!」
雅隆がちかちかする目を眇めて唸り、白蛇がホールを指さす。
「銀色の……騎士?」
身の丈は二メートル程。フルフェイスの兜に覆われ、顔は見えない。幅は一メートル程だろうか。銀色の甲冑で身を包んだその姿は、どこか異なる時代から現れたもののように見えた。
「守護者か」
即座に千里翔翼に帰還を命じ、白蛇は堅鱗壁を呼び出す。先ほど見た雷撃。その威力を考えるに、補助の手は多いほうがいい。
「気をつけろ。相当強いぞ」
重傷を負った三人を龍仁が癒す。回避できた者が多かったのは、寸前に発せられた警告と、扉一枚隔てたせいで相手の攻撃精度が低かったためだろう。
だが、ふいの一撃とはいえ、正面から来た広範囲雷撃の威力がこれ。
「姿からして他と違うな……」
千鶴が小さく呟く。頷き、夜刀彦が眼差しを細めた。
「司令官……でしょうか」
「……いずれにしろ、狙いは核やね」
「隙があれば、攻撃は全てコアに」
神楽の声に全員が頷く。目的はゲートコア。銀騎士を倒す必要は無い。
「来るぞ!」
ケイオスの警告と中央の騎士が杖を掲げるのとが同時だった。全員がホール内へと飛び込む。
先と同じく雷光がホテルを真昼の如く照らした。一瞬の空白後、雷鳴が大気を震わせる。
「無事か!?」
「構ってはいけません! 次が来ます!」
直撃こそ免れたものの大きく損傷したティアが龍仁の声に叫び返す。高い防御を誇る彼女だが、真逆の性質を持つ冥魔の攻撃はいっそう身を蝕む。
(流石に、守護者は雑兵とは違います……!)
死角を狙い千鶴が駆ける。同時、逆側から夜刀彦が走った。どちらかに向かえばどちらかがコアに手が届く。そう狙ったが、それぞれがそれぞれの射線前で身構えた。
「邪魔な……!」
「くッ……」
強固な盾に阻まれ、二人が敵から離れる。防御力も相当高い。
「その身でコアを守りますか……」
夕刻が低く零した。
攻め入ることはせず、例え身が削られても泰然と立つ敵。その身そのものが巨大な盾。
「「なら、その身ごと打ち砕くのみ」」
夕刻と神楽が異口同音に告げる。夕刻の気配が消え、神楽の銃が魔弾を放った。
(ふむ。死角から行ってみるのである)
巨躯を生かして守る騎士を出し抜かんと、ハッドもまた夕刻と同様にハイドアンドシークで気配を消して走った。
(直接は行かず、回り込むのじゃ)
ドンッと空気を震わすのはケイオスの放ったショットガンの一撃だ。防ぎきり、相手を見据える銀騎士の斜め後方からハッドが駆ける!
(っ!?)
あと五メートル、と迫った所で銀騎士が恐ろしい勢いで振り返った。
「なんとぉっ!?」
繰り出された槍が一瞬掻き消えたかのようだった。
「ハッドさん!」
「手強いのぉ!」
貫かれるのをギリギリ回避し、後方に大きく退避したハッドが嫌な汗をぬぐう。
「まるで後ろに目がついておるようじゃ。奴等、相当戦い慣れておる」
その横顔が閃光に照らされた。次いで轟音。
「いかん……!」
三度振るわれた雷撃に強羅が走る。倒れているのは夕刻と白蛇。同時、追撃を許すまいとアクセルがランスを振るい、チョコーレがグリースを放った。動こうとする別の騎士に千鶴が仕掛ける。
「させん!」
騎士が杖のかわりに剣を抜き放った。ゾッとするような気配に身を捻る。同時、空間が裂けた。
おそらく後方六メートルほどを切り裂いただろう一撃に、天井に大きな皹が入る。
「させません!」
次いで構えた別の騎士と夜刀彦が明滅する大太刀が切り結ぶ。感情に呼応するかのように刀身が仄かな光を宿す。蛍火にも似たそれに、冷徹な表情が照らし出された。
「東城さん!」
「はい!」
声と同時、夜刀彦が飛び退いた。一瞬前まで彼がいた空間へ、神楽が全力の一撃を放つ!
激しい音と共に銀の甲冑が軋んだ。さらに雅隆がリボルバーからの一撃を叩き込む。
「硬い!」
ほとんどダメージらしいダメージが通っていない。だが、連撃は負傷者の回収の助けとなった。
「我が司の守りをして、これか」
「こうも気配を読みますか」
回復してもらい、白蛇と夕刻が苦しい息の間から告げる。
「悪魔は、よほどの力を与えているとみえます」
「ヴァニタスが居ないのは、そのためかもしれませんね」
夕刻の声に神楽は頷く。守護を任せられるほどのディアボロならば、ヴァニタスの不在も頷ける。
「だが、万能な駒など、存在しない」
チョコーレが言い放ち、全員が頷く。
完璧などあり得ない。それは人も、人ならざる者も同じ。
「ならば……押し通る!」
負傷を重ねながら尚、十四名の撃退士達が意気も新たに武器を構えた。
●
「上も、相当、ひでぇ、みたいだな」
激しくあがった息の下で、ヤナギは声をあげた。ぺろりと唇を舐めれば、血の味が滲む。
距離的にホテル前の仲間達から援護を受けられるのは在り難かった。時折飛んでくる遠隔攻撃のおかげで事なきを得た場面も多い。
(流石に厳しい)
無貌兵の数を四体にまで減らさせたが、こちらも相当の手傷を負っている。
「このままは、危険」
周囲の敵影増にセレスはヤナギを引っ張って受付カウンターへと走った。僅かな遮蔽物でも、無いよりはマシだろう。だが、そのカウンターも魔導兵の一撃で砕け散る。
(……奇襲はさせない)
こちらかの奇襲は難しくても、せめて相手からの奇襲はされないよう最大限の注意を。その甲斐あって、死角外からの攻撃にいち早く気付れた。
「後ろ」
小さな警告と袖を引く力の強さにヤナギが反射的に動く。間一髪で矢を回避できた。
「長時間は……無理だな」
ヤナギの声にセレスも頷く。それは、二人で複数の敵を相手どっていることに対してだけではない。
最初の段階でそもそも時間がかかりすぎている。
そのことが二人にとっても気がかりだった。
●
少年は走っていた。どこをどう走ったのか自分でも分からなかった。
飛び出した幼い妹を追いかけ、ホールを出たのだが見失った。外へ出ようとしたが厨房に出て、客室に出て、機械室に出て、ようやく外に出たと思ったらホテル二階のベランダだった。つまり、迷子だった。
「あそこ!」
その姿をホテル前の一群に見つかった。同時、探していた姿を少年は見つける。
無言で少年はベランダを越えた。飛び降りると同時、剣を抜き放った。
「やっと敵が減ってきたと思ったら、さらに新手か……」
「強そうだね。わくわくするよ」
距離の一番近い静流が迎撃に身構え、慎が走り来る少年に目を輝かせる。静かな眼差しの少年は、一度だけ幼女がいる方に視線を向けて後、無言のまま静流切りつけてきた。
「く……ッ!」
細い体からは想像もつかない一撃に静流が歯を食いしばった。次いで真横で何かが光る。
(双剣……!?)
首を薙ぎに来た一撃が間に入った雅の盾に阻まれる。嫌な音を立てて鋼が軋んだ。
「二体目……ですか」
「どうやら、想定していた以上には、強い悪魔だったようだな……」
結と鴉鳥が身構える。視界の端で、幼女が三人の撃退士の輪から飛び出し、駆け寄ってくるのが見えた。
「どれだけの強さか、な!」
慎が影縛りの術を試みる。するりと抜けるようにして少年が駆けた。ファティナが眼差しを厳しくする。
「兵士達が……!」
同時、先と同じく無貌兵の動きが変化した。その数を減らしていながらも、少年に随従するかのように向かってくる。
これは――
「なるほど。貴方が統領ですか……!」
戦場にあって王に従う兵とはこのようなものであろう。一丸となって突撃に、ファティナが異界の呼び手を発動させる。
「!」
鮮血が散った。数多の手をすり抜け、少年と五体の兵士の刃が静流、鴉鳥、清十郎、結、雅に到達する。可能な限りの防御で迎えて後、即座に雅の治癒が発動する。
「滅ぼします!」
結が駆けた。表情は静かながらも烈火の如き剣を少年の剣が受け流す。同時、剣が閃く!
「カウンター……!?」
必殺の一撃から急所を逸らせたのは結ならではだろう。大きく腕を切り裂いた一撃に損傷部位から火花が散る。追撃を防ぐため、清十郎が即座にパールクラッシュを放った。武器に宿った白い輝きが少年に迫る。僅かな動作でそれを避けた少年の剣が閃いた。
「ッ!」
激痛による悲鳴を飲み込み、清十郎が歯を食いしばる。次いでゾッとした。こちらの攻撃時に相手側から攻撃を受けることの恐ろしさを知覚したのだ。血晶再生があるとはいえ、この状態で追撃されれば、下手をすれば生命も危うい。
「しばらく大人しくしてもらいたいものだが」
静流が駆けた。蒼白い光を纏った神速の一撃を少年はわずかに足をひくことで躱す。同時に放たれた一撃を辛うじて弾き返し、静流は息を飲んだ。
「これは……迂闊に攻撃できん」
「無意味な侵略や殺戮ばかり繰り返して…」
燃え盛る炎のようなアウルを纏う刃が空を裂いた。少年が弾かれたように空を見る。ぶつかりあった剣が火花を散らし、相手を真っ向から睨みすえてイシュタルは叫んだ。
「望まない者からすればいい迷惑よ…本当にね…!」
その言葉に、少年の瞳に静かな光が宿る。それは冷笑の気配と同時、自嘲めいたものを含んでいた。何かを言おうとその唇が開きかけ――閉ざされる。
同時、雅が叫んだ。
「総員、己の意思のまま動け! 悪魔が来るぞ!」
直後、轟音が天地を揺るがした。
●
雷撃の轟音に光信機を通じての声がかき消されなかったのは奇跡だった。
「先生……!」
千鶴が息を呑む。
何の因果か、今しも全員が次なる攻撃に移ったところだった。
駆ける足をそのままに、全員が悟った。
これが最後の機会だと。
足が動く。手が動く。体は前を向いたまま。
悪魔が来たら撤退を。
かねてから決めていた。その悪魔が来る。だが、
己の意思のまま動けと、言われたのだ。
だから――
「余と余の朋が居らぬ間に参ったか」
「……悪魔、か」
苦しい息の下で鴉鳥は呟いた。
挨拶とばかりに放たれたのは地上から空へと走る広範囲の黒い稲妻。その一撃で、ホテル前の戦線は瓦解していた。
「ゲイル……」
見上げる一同の頭上、悠然と空に浮かぶのは宵闇の翼を広げた悪魔。
「走れるか」
雅の密かな声に一同は頷いた。癒しの光は届いていた。それでも尚、この傷の深さ。
「駆けよ」
留まるは無意味。悟り、全員が駆けた。
痛みを堪え、ファティナは殿を受け持つべく最後に駆ける。出血のせいか意識が朦朧としているのを感じた。
だから気づかなかった。
駆けろと言った相手が動かなかったことに。
「汝が相手か」
一人立つ雅にゲイルが軽く手を上げる。動きかけた無貌兵達がそれで止まった。ヴァニタス二体も後ろに下がる。
見やり、雅は剣を構えた。
「それが私の存在理由だ」
――千鶴が身を屈めた。
僅かな目配せ。応え、夜刀彦が頷く。
「通す……!」
ゲートは人を壊し哀しみ増やす。
(絶対に潰し皆で生きて帰る……!)
(機会は一度)
別方向へと駆けながら夜刀彦が身の内に力を溜める。コアを狙おうとすれば何度も阻まれた。なら、狙うは邪魔な敵。
(道は切り開く……!)
矢を放った銀騎士の横へと千鶴が走り、杖を構える銀騎士の横合いへと夜刀彦が駆けた。
放たれるのは雷遁・雷死蹴。放たれたそれが二体の騎士を同時に縛る!
「コアを……!」
声を受け、コアへの射線を得た全員が一斉に構えた。
(この一撃に全てを)
ギチギチと身を穿つ痛みに打ち勝ち、神楽の黒業が発動する。
チョコーレの指から放たれた鋼糸が鈍い灰色の輝きを放ち、アクセルのランスが閃く。
ティアのフォースが光の波となってコアに向かい、ハッドが雷剣を具現化させる。
白蛇の生み出した影槍が走り、ケイオスと雅隆が引き金を引く。
「破壊、させて頂きますよ……」
大剣を手に夕刻が駆け、龍仁がアウルの槍を具現化させた。
「今回ばかりは無茶をさせて貰う!」
もはや回復手段は尽きている。
だからこそ、最後。
七つの方向から放たれた力が、コアへと放たれた。
●
「ゲートが!」
声があがった。
撤退の為、駆けだした生徒達は見た。一瞬だけ強く、天地とつないだ光の柱を。
その光が空の色に溶けるようにして消える。
『こちらA班! ゲートコアは破壊した!』
繋いでいた光信機から声が聞こえた。
『全員ゲート内離脱! 撤退に入る!』
重症を負った面々の顔にほんの僅か、生気が戻った。悪魔の帰還という最悪の事態。だが、目的は果たした。彼等の任務は完了したのだ。
「先生……」
結は声をかけかけ――
気づいた。
「先生……?」
轟音が轟く。
彼女達が駆け去った場所から。
振り返った。
ホテル前に、おびただしい血の池が出来ていた。
○
「ゲートは破壊されたか……我が朋に謝らねばならんな」
ヴァニタス二体を腕にゲイルは静かに呟く。背後には銀騎士を筆頭に無貌兵の群れ。
「あの手勢で陥す、か」
報復をするのならば現地の者達を血祭りにあげればいい。
だが、一騎打ちを仕掛けられたのならば、他への手出しは控えるのが礼儀。
「……此度は余の負けよ」
切り裂かれた腕の傷をそのままに悪魔は翼を広げる。
向かう先は香川県高松市。幾つもの陽動の中、生み出されたレディ・ジャムのゲート。
「手柄等はどうでも良いが、義務は果たさなくてはな」
――せめて朋の分だけでも。
●
三月某日。大月ゲート破壊。
それは四国で成した、撃退士達の確かな戦果だった。